小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:小説のテーマを複数設置することはどれだけ可能か

作品にはテーマ(またはメッセージ)があって、自分はそれは「作品を読んだ後も誰かに語って貰うためのもので、かつそれ自体では瞬発的な面白さに繋がりにくいもの」だと受け取っていますが、このテーマには複数の方向性があると感じています。この方向性はどれだけ共存が可能なのかという話です。

1)「ニューロマンサー」のようなSF作品のテーマといえば、それは架空の世界での文化や社会がどのように変化するかという思考実験です。
2)恋愛小説の類で言えば、キャラらしさの発露だとか、キャラ同士の掛け合いといったことになりましょう。
3)クトゥルフ神話などでは、設定の考察によって話題性に繋げているという点では、テーマと同等の機能があるとして良いでしょう。

前1者が価値観の提示、後2者はキャラクターないしデータベースの提示を行なっているように見えますが、問題としては、これらのテーマはどこまで並列可能なのか、という点です。

1と3は相性が良いように思えます。例えば「魔法が日常的に使われている異世界」を想像してみると、その挙動に一定の法則性を与えれば、考察の余地が生まれます。その実在感を担保しているのは「人がそれをどう扱うか」ですから、それについて文化人類学的・社会学的・経済学的・認知科学的に正確に見えるようなシミュレーションを行えば、1と3を有機的に繋げることができるでしょう。言わば価値観の提示がデータベースの提示を助けている形になりますから、これは問題は無い訳です。

次に、2と1または3を繋げることを考えてみます。
2の実在感を担保しているのは人間らしさですから、設定や作中社会のありようが生かされるとしても、それは現実世界と何らかの接点がある部分な筈です。即ち、2と1及び3はあまり接点がないことになります。

であれば、よりスマートな形を理想とするなら、例えばもし2と1及び3を同居させるなら、片方をテーマとしての生産性をなくす(→話題性が生まれにくい、作者しか得をしないものにする)か、テーマではなくて「ストーリーを読ませるためのエンタメ部分」にしてしまった方が良いかと思います。テーマがあまりに分散しては、読者が混乱し、「美しくない」からです。

しかし実際は、これらがいずれもテーマとして同居しているように見える作品もあります(例を挙げるとするなら、上橋菜穂子『精霊の守り人』などでしょうか)。このような作品では、世界観の一部を見せながら、作中のキャラクターの心情にも焦点を当て、しかもそれぞれにテーマとしての機能を持たせているように見えます。これは一見スマートではないように思えるのですが、これらを同居させる方法があるのでしょうか。

上記の回答(小説のテーマを複数設置することはどれだけ可能かの返信)

投稿者 はらわた : 2 投稿日時:

テーマというのは種であり、物語は作者が種を立派な花にするための作業だと思っているので、複数のテーマを合わせるというのは、逆説的に育てている種とは違い自然とくっついてきた種なのではないでしょうか。
そもそもテーマを話題作りに使うという時点でおかしい。別にテーマを押し売らずに読者が感覚的に理解し、読み取れればそれで良い話なので。
むしろテーマを軸として小説を書くのに、テーマを分かりやすく提示したら第三者から一見で全ての内容をなあなあに理解して流し読みされるんじゃないですかね。
魔法でも神話でも恋路でも、それを描くに値する意味があるならいくらでも使えば良いんじゃないですか?
読者の記憶に残るものを作るとして興味を引き続ける話が重要なものではないテーマだとしたら蛇足になりかねませんけれど。

カテゴリー : その他 スレッド: 小説のテーマを複数設置することはどれだけ可能か

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元記事:がむしゃらに書いたけれど別のものが書きたくなるアレはどうすればいいのかの返信

人それぞれだと思うけど、あくまで私の場合はって話で。

まず、「執筆」と「物語を作る」って行程を別にする。
いきなり例えに入るけど、
イラストを描く時、初心者はキャラクターの眼とか輪郭とか一部分からキッチリ描き始める。対して描きなれた人ってのはイラストの全体像から描き始める。
もっと言うと、どういう構図でライン取りはこうで、と描くものをざっくり決めてから全体像のラフを描く。
これは、初心者のように一部分から描き始めると全体のバランスが見えないので描き進めるごとに歪みが生じてきてしまうし、なにより最初に全体のイメージをざっと出力しないと、そもそも「自分が描こうとしてるものがイメージ通りのものかどうか」がわからんため。
細かく言うともっといろいろ理由はあるんだけども、ただの例えなので置いといて。

小説でも同じところがあって、最初に全体像を作らないと、イラストで言えば「キャラクターの顔」は上手く描けたものの身体の構造は難しいし手の形もなんとなくで書いてしまって適当になっていき、最終的には頑張って書いたんだけど「顔を書いた時点で力尽きた」感じのイラストになってしまう。
だから、「小説の全体像」と言えるプロットはすごく大事。
プロットの時点で全ての展開が作られているくらいなのが、個人的には理想的。
そうしたら、あとの執筆は、ただそのプロットを「文字に起こすだけ」の作業でしょ?
まあ、一般的には全体の流れを把握できるくらいで十分プロットの役目は果たしているので、「全て」ってのはあくまで私個人の理想ね。
最初に全体像を作ってないから、執筆途中で作品のおかしなところに気がついてしまう。
つまり、「自分が書こうとしてるものがイメージ通りかどうか」がわかってない状態で執筆に入っちゃったんじゃないかなって思う。

こうすると話が進むにしたがって「物語の内容(展開など)が雑になる」ということがまず無い。だって先に作ってるんだもの。
強いていうなら文章力や描写力が、作者の疲労や飽きによって低下してくるけど、そんなものはあとから元気なときに推敲すりゃ修正可能な範囲なので、どうにでもなる。

上記の回答(がむしゃらに書いたけれど別のものが書きたくなるアレはどうすればいいのかの返信の返信)

スレ主 はらわた : 1 投稿日時:

サタン様、返信感謝です。

物語を骨組みで、執筆を肉付けという感じなんですね。そりゃあ綺麗な骨格さえ出来れば立派な物が出来ますよね……。
最高速度でガガガ、ガガガガガオガイガーという勢いのまま最初書いて、終わりまで突っ切る形でやり始めるタイプなのかな。プロットに集中すると速度が落ちるのであまり時間を割かないようにしていたのが原因である可能性は捨てきれませんね。
物語の流れを組んでも登場人物の設定がいざ本番と行くと明らかに不自然だったり、そもそも意思を尊重していないからかキャラが不貞腐れるんですよね。
だからある程度野原を散歩して、気に入った花を見つけたら、それを形にしてプレゼントするとキャラがやる気を起こしてくれるので行き当たりばったりなのかな。
優先順位
キャラ〉物語〉読者〉作者
こんな形になっているのがわるいのかも。
あ、これだめですね。修正しようにも別の案がそのばそのばで魅力的に見えて別の話を思い付いてしまう。
根本的に基本が違ってしまっていますねすみません。
小6から中3までキャラ=出演者とわいわい小説を書いてきたので頭のなかが花畑ですわ。少年期に小説は書くものではありませんね。
モチベーションの回復ではなく、何故モチベーション維持に私がこだわってしまったのかサタン様の助言によってようやく理解しました。
モチベーションの回復はいま出来ました。ありがとうございます。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: がむしゃらに書いたけれど別のものが書きたくなるアレはどうすればいいのか

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元記事:がむしゃらに書いたけれど別のものが書きたくなるアレはどうすればいいのかの返信

僕も長編を書いているとよくそうなるんですが、「アレ」は承認欲求だと思っています。
個人的な解決法は、別のもの……例えば、掌編や短編を書きたくなったら、書いてしまうことでしょうか。
承認欲求モンスターになってしまっているので、抑え込もうとせずに、書きたい物を書きます。

その際、
「別の作品へ目移りさせることで、長編へのモチベーションが尽きてしまうのではないか?」
「別のキャラクターのことを考えることで、元の作品のクオリティが落ちてしまうのではないか?」
「よそ見は、なんか、不誠実な気がする。浮気癖がつきそう」
など、僕も悩むんですが、思い切って別の方向へ舵を切ってしまった方が、すっきりすることは多いです。
もちろん、その際に書く掌編や短編を手慰みにとか、適当でいいとかは思いませんし、一生懸命やります。
そうすると長編へ戻った時、冷静になり、見えていなかった矛盾や、キャラクターの描写のブレに気付く事も多く、却ってプラスになることもあって、無駄じゃなかったなって思う事もあります。

ただそれは、ちゃんと長編のプロットを最初から最後まで組んであるということが前提です。
長編のテーマが浮かばない、設定が見えない、ストーリーの矛盾の解決法が分からないまま、別へ行った場合、いつも失敗して嫌になって放置って流れですね。

悪手ばかり打ってしまっても、自分の部屋のゴミ箱蹴っ飛ばすくらいのことはしてもいいと思いますし、モチベーションが維持できるなら、思い切って別のものを書くのも手段の一つではないでしょうか。

上記の回答(がむしゃらに書いたけれど別のものが書きたくなるアレはどうすればいいのかの返信の返信)

スレ主 はらわた : 0 投稿日時:

サイド様、返信感謝です。

ですよね。長編になると終わりか区切りまで書けないと全体の評価を貰えずにやる気が無くなるんですよね。
評価が欲しくなると手っ取り早いのが短い話を作ってしまうこと。そうするとまだ書けるような気がするのは私も一緒です。
私の場合は不誠実という所で引っ掛かります。キャラが実際に呆れて動いてくれないし、逆に目移りしたキャラがでしゃばって集中出来ませんから。

期間をあけると本腰に戻るとき、今まで書いてきたストーリーに自分自身愛想が尽きるという状態もあります。
サイドさんは三十代でしたっけ? 私は二十歳で、まだまだ成長できる余分があるのですが、この成長がネックなんです。
元々批判的な考えなので前は良かったものが穴だらけ悪手だらけな部分を発見して、根本的に作り直さないと続けられない状態になります。
それに自身の環境が良いとは言えず、こう、暗い話に持って行きがちなんですよね。
これは自分自身の問題。

なので私が掌編に手を出す時はいちいちブレーキを掛けずに良くても悪くても書き終えるからするのであって、長編となると途中で行き詰まるのが怖い、時間の無駄になることが怖くて手を出せないのかもしれません。

考えます。
ありがとうございました。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: がむしゃらに書いたけれど別のものが書きたくなるアレはどうすればいいのか

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元記事:とにかく人気であることを伝えたい

 こんにちは、ヨリ―タです。
 私の書いている小説内で、架空の漫画を出すつもりなのですが、その漫画が社会現象を起こすほどの人気があることを伝えたいのです(一人称)。
 そこで皆さんから『人気があることが伝わる表現』をたくさん教えて欲しいです。
 例として、「どの店でも入荷したら即完売」や「グッズは連日売り切れ」などですかね。
 よろしくお願いいたします。

上記の回答(とにかく人気であることを伝えたいの返信)

投稿者 はらわた : 0 投稿日時:

適当に序盤に漫画の題名を日常会話で使い、中盤辺りに週刊雑誌の表紙にその漫画を見たりすれば自然に人気なんだなぁって読み取れると思いますよ。
結局読者に感じ取って貰わないと小説内で作者にとっての戦略が読者には違和感を与えることになるので、人気だとかの要素を前に出したいのなら徐々にという感じですかね。
それが小説のキーパーソンなら話は変わりますが、それなら相談せずに自分で考えたほうがやりやすいと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: とにかく人気であることを伝えたい

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元記事:小説の分析って意味がありますか?

こんにちは。趣味で小説を書いている者です。ここの住民さんたちによって、なんとか習作を執筆している段階なんですが、なかなか筆が乗りません。嫌ということはなく、気分が上がらないというか。

それから前回のスレ、返信ができておらず申し訳ありません…。正直返信する気になるまで、気分が上がりませんでした(そればっかり)。
前回色々とまだ質問などがしたかったことと、親切に答えてくださったのに、私が愚図っているうちにスレが下がりました。また上げるというのも迷惑だろうと、触れずにいます。

本題に入ります。
小説などの作品を読み終えた後、心に引っかかったところ(全くないときもありますが)ならなんでもいいからノートに書く。

それがとても良いものであれば、なぜこういった発想が生まれたのだろう?と作中の世界観と合わせて想像を膨らませていく。そもそもの作品がどうやって生まれたのか?私ならこうやってそれに行き着く、といった風にです。

ちょっとしたものなら、それでも何故自分の琴線に触れたのか、それもノートに書く。
それだけだと雑学といった部類に落ち着くので、何故?何故?を納得の行くまで突き詰める。今すぐにやるのではなく、たまにノートを見返したときでもいいから、思いついたら書くといったように。

もちろん前提としては、分析なんて気にせずその作品を楽しむ、ということです。
これ、全く時間の無駄遣いですかね?ご回答よろしくお願いいたします。

上記の回答(小説の分析って意味がありますか?の返信)

投稿者 はらわた : 1 投稿日時:

その行動について、私はしないです。
時間の無駄とかそういうのではなく、そもそも小説は読まない。
私の世界を誰にも変えさせたくないから。だから他の小説を読まないようにしています。
もちろん、読む場合には読む時の心構えでします。しかし極端にはやらないというだけで、趣味を読書にはしないという感じです。
読まなければならない時は読む、ですね。

読んでいた作品に特段良い点を見付けることはあります。イリヤの空だと、伊里野のことをもっと知りたくなって、序盤の少ない情報でどういう子なのか分かろうとするけれど、読み進めているうちに確かに伊里野のことが明らかになっても、分かって何があるのだろうか? 分かろうとして、その先に幸せがあるとは言えないだろ。その感じをリアルに、細かく伝えられたこととかです。
私はその良かった点を脳内で二者面談したりとかしました。25人の主役もしくはヒロインにこういう話を取り入れて、踊ってみないかと。
まあ拒否しますよね。25人それぞれが性格も心も違っているし、他人の考えがどんなものなのか確実に分からないのに、それを信じてやり遂げられるはずがないって言ってね。

自分の感じ方に小説が乗ってくれるとは限りません。けれど自分の中に何かが引っ掛かるような感覚が粗末なもののはずもない。
私は自分に向き合わずキャラと向き合うことにしましたが、わさびさんがなにと向き合うかによって小説の分析が有益になると思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 小説の分析って意味がありますか?

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元記事:一回の台詞文は何行までが最適ですか?

皆さんのご意見を聞かせてください。
自分の場合は、一回の台詞文は長くても3行までにしてます。それ以上は地の文で区切って、その後にまた台詞文の続きを書いてます。
3行は最適でしょうか? 皆さんは台詞文の長さはどうされているでしょうか?

上記の回答(一回の台詞文は何行までが最適ですか?の返信)

投稿者 鬼の王の墓標 : 8 人気回答!

私も大体同じくらいですね。
ちなみに演説や会議などで一人のキャラクターが長くしゃべらないといけないシーンの場合は、そのセリフの内容を地の文にしますね。

最近書いた作品では、敵軍の捕虜に情報を吐かせた後、それを会議の場で共有する際こんな感じにしました。

A「有意義な情報はあったか?」
B「知ることができたのは有意義だが、悪い知らせばかりだ。心して聞いてくれ」

――(ここからBが尋問した相手から聞き出したことを語るセリフを地の文で書く。ダッシュや改行を活用して「ここから文体を変えますよ」というのを表明をするのがポイントです)

A「……なるほど」

ちなみに長セリフの部分をキャラクターの発言を意訳した地の文にする方が一般的な気がしますが、私はキャラクターのセリフが好きなので、ここは私の好みが反映されている部分です。
演説のシーンとかは必然的にセリフを長くしないといけないので、スレ主様に限らずセリフを長くしないといけないシーンを書きたい方は一つのやり方として参考にしてほしいです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 一回の台詞文は何行までが最適ですか?

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投稿日時:

元記事:驚いて声も出ない様子

「驚いて声も出ない様子」を表現するとしたら、
地の文で「彼は驚いて声も出ない様子だった」と書けばそれまでなんですが、
強引に鉤括弧を使って台詞として表現するには、どのように書けば良いですか。
「!?」くらいしか思い付きませんが。

上記の回答(驚いて声も出ない様子の返信)

投稿者 たぶんギリで牡蠣 : 0

シチュ?牡蠣はしりませんが。勝手に書きますた。

■台詞
「……っ!」
「!?」
「は、……え?」
「あ、ああ……そん、え?」
■声以外の身体的行動
 その衝撃はその場にいた全員の思考を停止させた。体は硬直し、足一つ踏み出すことも指先一つ動かすことすらもできない。だが目だけはそれを直視して離さない。顔をこわばらせるやつ、口を手で覆い、顔が蒼白なった奴。一瞬だけ体に緊張を走らせ、その場をにらんだ奴。反応はそれぞれだったが、みな例外なく同じ衝撃だったことは間違いない。
■驚き時の思考
 何が起こったか?いや、そんなもの理解はできない。頭が真っ白になったと言ってもいい。物理的に殴られたわけでもないのに、脳の内側からぶん殴られたかのような衝撃を受けて、頭は機能不全に陥った。それまで考えていたことなど文字通り吹き飛んだ。誰一人として行動にすら移せないのはまだ、思考が完全にこの状況を飲み込めていないからに過ぎない。
■外部、他者からの指摘
その時、バたんという音とともに慌てて駆けてくる足音が聞こえた。
「い……おい、おい!大丈夫か?」
あとから入ってきた奴に声を掛けられ、ようやく一同がハッとする。
「お前ら、固まっちまったみたいに止まってたけど、ほんと何が何があった」
「アレ……」
「なっ!そんな、嘘だろ!……なる、ほどな。確かにこんな状況なら異様な雰囲気もうなづける……か」
■ちゃんと言う
「それで、本当に何があったんだ?」
「わからない。でも、その、驚いて声が、出なかった……それだけは確かで…」

みたいな?
望んでるのはこんなシリアスな衝撃じゃないかもしれないけど、
「彼は驚いて声も出ない様子だった」をそれで終わらせたくなかったら「彼は驚いて声も出ない様子だった」時の周りの描写とかしてみればいいのかもしれないですね。
"彼"ばかりに、"声"ばかりに注目しなくても、声に出せないほどの衝撃を別のもので表すのはさほど難しくなくなるかと、牡蠣はそう思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 驚いて声も出ない様子

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投稿日時:

元記事:なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?

なろう系ラノベは、「友情」「努力」「勝利」の法則を掲げた少年ジャンプとは対極にある存在で、読者はチートハーレムを望んでおり、主人公が努力するのはタブーである、ラノベ読者は努力が嫌いである、という言説があります。

一方で、ラノベ新人賞の下読みさんによると、物語には成長要素が不可欠で、読者は登場人物が成長していく姿に心を動かされると言います。
果たして努力をせずに、成長が描けるのか?

実は、なろう系ラノベの読者は努力が嫌いなのではなく、対価の約束されていない努力が嫌いというのが真実だと思います。

その証拠として、主人公がモンスターを倒して経験値を稼ぎ、ステータスをアップさせる、新たなスキルを獲得するというタイプの物語が多いことが挙げられます。

これはシリーズ累計発行部900万部突破のヒット作「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 」(GA文庫・2013/1/11刊行)がパイオニアとなった要素で、主人公などの登場人物のパラメータがゲーム的に表示され、モンスターを倒すたびにこれがアップしていきます。

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 」の主人公は、登場した当初は最弱でしたが、成長速度が異様に早くなるスキルの持ち主で、どんどん強くなっていきます。
この成長要素が快感だったわけです。

なろう系の異世界転生とは、より本質的に言えば、ゲーム世界への転生です。
ゲームの世界では、モンスターを倒せば必ず経験値やアイテム、お金が手に入ることが約束されており、努力が無駄になりません。

これはラノベの読者層であるオタクに馴染みやすい要素であるため、受け入れやすく、努力して強くなっていく主人公に感情移入しやすくなっています。

しかし、これ以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いたなろう系ラノベ(書籍化作品)は、寡聞にして知りません。
もし、これが以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いた書籍化作品がありましたら、その内容などを教えていただけるとありがたいです。

なろう系に努力の要素を持ち込むのはタブーか?についてもご意見をいただけるとありがたいです!

上記の回答(なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?の返信)

投稿者 ふ じ た に : 0

うっぴー様、いつもこういった交流の場を提供して下さりありがとうございます。
みんなが投稿しやすいように気を配ってくださっていること、いつもありがたく感じております。

家族がなろう系のコミカライズをよく読んでいるので、
会話の話題によく出ています。
そこで出た結論なんですが、
「なんらかのきっかけがあれば、俺(僕)だって小説みたいに活躍できるかもしれない」という状況が良かったのではないか、ということでした。

ジャンプみたいに努力するのって、見るからに大変ですよね。それを成し遂げるからこそ感動が生まれるわけですが。

一方で、なろう系は転生&スキルゲットすれば、簡単に活躍できるように話が進んでいくことが多いような気がします(特に序盤)。

また、ゲームの要素も受けたのも、
読者層でゲームプレイヤーが多かったからではないかと思います。
読者にとってゲームって身近ですし、多くの人がスキルを上げるのに当たり前のように時間をかけるじゃないですか。
そういった「自分でもできる」系が同じように好評だったのかな?って思いました。

だから、「努力が嫌い」というよりは、「自分でもできそうな努力」が親しみやすかったのかなぁとも思いました。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?

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投稿日時:

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

プロ作家、編集者にアドバイスしてもらえる!勉強会で腕を高めあえる!小説で飯を食べていきたい人のための創作コミュニティ。学生には交通費1000円を支給。

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