小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:幻想とリアルの両立をする方法の返信

まずは、これは個人的な主張でしかないのでところどころ断言しちゃうけど、別に「これが正しい」って話じゃないよと断っておきます。

「リアリティ」という言葉を「現実的な」という意味で捉えてるように読めるのだけど、創作において作者が読者に与える「リアリティ」というのは別の言葉にすると「説得力」という意味です。
「現実的」という意味だとすると、じゃあ「現実にありえないもの」は書きようがないですよね。
特にラノベなんて魔法も能力も現実にはありえない事のオンパレードなわけで、だからこそ「それらをどうしたら現実的に書けるか」ということで「リアリティ」と口にしているのではないかと思う。

でもそれは実は簡単な話で、
例えば、「とても優しく綺麗でおしとやかな女性」がいるとする。
そんな女性が、ある日「殺人事件の容疑者」になった。
女性の事を知ってる人は皆、口を揃えて「彼女が犯人なわけない。そんな事はありえない」と言う。
でも、「女性は浮気性の男性と付き合っていた」「男性の浮気相手は女性の妹だった」「女性には毒物の知識があった」などなど状況証拠を積み重ねていくと、
「犯人なわけない」という感情から「犯人かもしれない」という気持ちになっていきませんか。
ここにあるのはただただ「説得力のある要素」であって、物語においては設定もネーミングも「与えたいイメージに対してどれだけ説得力があるか」という問題でしかないわけです。

だから別に精霊の守り人のネーミングがオーストラリアの先住民から借りてきたものであるって事もリアリティのためじゃなく、「彼らが精霊に関する存在である事に説得力をもたせる」ため。
それがリアリティなんじゃないか、というのは個人の解釈だと思うけど、
「どうしたらリアリティが生まれるか?」と考えるのと「どうしたら説得力があるかな?」と考えるのでは、答えの出方が全く違うと思う。
なぜなら「リアル」「リアリティ」というのは非常に抽象的だからね。「どうしたらリアリティがあるか(どうしたらリアルか)」という問いには「リアル」の定義がないので無限に近い回答があると思うけど、「どうしたら説得力があるか」という問いには「結果Aに対してその論拠を示す」というだけだから、割と答えはアイディアに対して数えるくらいのパターンしかない。

創作において「リアリティ」ってのは読者に対する「説得力」でしかないわけです。
説得力さえあれば、「犯人であるはずがない人」も犯人として納得できるものになる。
そこに筋が通ってるので、「リアリティがある」と読者が錯覚して認識するわけです。

これは言いかえると、精霊の守り人のネーミングは「オーストラリアの先住民の言葉」でなくとも別に良い。
読者にそういう印象を与え展開とキャラクターに説得力があれば良いので、例えば、「作者がゼロから創作した言語」でも良いわけです。
もちろん人間には先入観がありますから、ネイティブ・アメリカンやアフリカ系のネーミングなど「それっぽい」ほうが読者のイメージに馴染みやすく、つまり説得力を持ちやすいので、作者の選択は適切でしょう。
うーんと、ちょっと例が出しづらいな……まあいいか。
つまり、
>一見するとファンタジー世界にそうした現実の論理を持ち込み、「リアリティを持たせる」ことは、逆にこうした「作者/読者が紙という質料を超えて想像する風景」に「現実」を混ぜ、「嘘」にしてしまう可能性を孕んでいると思います。
この解釈は理解できるけども、そんな難しい事はなくて、単に「説得力」の問題だってこと。
だから、例えば「ご注文はうさぎですか」は終始カワイイを押し出す内容でキャラも世界観もそれにマッチするものを選んで構成しているわけで、ココに「文字通り現実的な設定(喫茶店には借金があってとても苦労しているなど)」をぶち込んだら、全てが一瞬で嘘になるので、台無しだって事がわかりますよね。
「カワイイ世界観」に対して「借金で苦労している」などという設定は「説得力がない」のです。

ファンタジーにおいて「どうしたらリアリティが出せるか」と考えるのは、もとが幻想世界ですしこの思考自体はとてもよくわかります。
ですが、そもリアリティとは説得力のことなので、説得力である以上は「何に対して説得力があるのか」って話なわけで。
つまり、設定じゃなくて、物語がまず無いとそこに説得力など生まれるわけもないんですよ。
こういう物語がある、それが「作者が想定するイメージ」になるよう説得力を付け加える、物語に対して説得力のある設定を作る、そういう話なわけですね。
で、そこで生まれる「リアリティ」は作者のイメージに対する説得力なので、ここで「作者のイメージ」がシビアでリアルな現実世界だとするなら、それは「現実的な」ものであろうと思います。
私はごちうさはアニメ1話しか見てないけども、別に「リアリティ=説得力」が無い・薄いわけではないのよ。
精霊の守り人と比べて、単純に作者のイメージが違うというだけで、両方共に説得力はある作品。私にごちうさはハマらなかったけど、ぶっちゃけ「カワイイ」に対する説得力の強さはかなり強い方にある作品。なので、設定の重厚さなどでジャンル分けする必要はないものだと思う。

以上のことから、
>幻想とリアルの両立をする方法
という主旨に答えると、
これは作者の中での「幻想」と「リアル」の定義づけをしたほうが良いと思う。作者がそれらをどう思っているか。そしてそれを両立するアイディアはあるか。という話だから。
私の場合は、「幻想」は現実には無いものなので、ここで両立ができると思う。
例えば心霊をテーマに扱う作品でたまに見かける。
物語展開上「幽霊」そのものは出てこないのだけど、出てきそうな雰囲気で恐怖を演出しているって構成の作品や、そこが恐怖ではなく謎などミステリ要素を入れたりとか。
つまり、「幽霊」そのものは書かない。けれど「幽霊に対する説得力」だけはきっちり書く。
幻想という存在せず物語の中にすら出てこないものを、強い説得力でもって描写する。という手段ですね。
この答えは万能ではないけど、一つの回答であると思う。

上記の回答(幻想とリアルの両立をする方法の返信の返信)

スレ主 坂田真文 : 1 投稿日時:

回答ありがとうございます。

つまり、リアリティよりは説得力といったものを意識した方がよくて、それは「作品の現実らしさ」ではなく「作品の作品らしさ」(かわいいがテーマなら、そのテーマを損なわないこと)ということでしょうか。

実は自分は知識がないなりに内政チートものの妄想をすることがあって、その設定のイメージを持て余していたから小説にしようと考えていて、言語とかにはそれほど興味ないんですが、仰ったようなアプリオリな(語源から全部オリジナルの)言語を作ってらっしゃる方は多いみたいでした。自分も興味があればそれを考えていたかもといった感じでしたが、面白い文字や文法を盛り込んだ言語を小説に出すことを考えると確かに自分の中には「言語学を真面目にやっている人にも少しはリアルに見えるようにしたい」という欲求が出てくるだろうという気はします。でもそれをどう出せばいいかが分からない。異世界の神秘にメスを入れることになりかねないのが怖い。

幽霊を出すとします。ファンタジーの世界では幽霊がいるのは当たり前かもしれない。これが絵本であれば、それでも都合のいい時だけ幽霊の存在を怖がったりできると思います。でも、世界観が上のように緻密に作られているほど、幽霊の描写だけ大らかでは作者の意図に反して浮いてしまう。だから都合のいい時だけ友達扱いしたり怖がったりということはできない。前者と後者とを両立できる方法、というのがあればいいんですが、なかなか思いつかないんです。

サタンさんが仰ったような解決策は、効果があると思いました。友達扱いする・怖がるという各々の面に対して、それらの存在に「説得力」を持たせる。あるいは、世界観を緻密に描けば大らかさは虚構になりますが、虚構そのものに説得力をもたせる。おそらく言葉での説明ではなく、ストーリーを追っているうちに感じる恐怖などの経験によって行われるものでしょうし、それはある程度の技量を要するものかもしれませんが、そういう足掛かりみたいなものを掴んだ気がします。

カテゴリー : その他 スレッド: 幻想とリアルの両立をする方法

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元記事:幻想とリアルの両立をする方法の返信の返信の返信

すっかりウロ覚えになっていたので調べ直しました。『となりの宇宙人』所収の「泪稲荷界隈」です。

上記の回答(幻想とリアルの両立をする方法の返信の返信の返信の返信)

スレ主 坂田真文 : 0 投稿日時:

ありがとうございます。さっそくチェックしてみます。

カテゴリー : その他 スレッド: 幻想とリアルの両立をする方法

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元記事:異世界モノを作るための歴史の知識はどこから得ればいいですか?の返信

地政学は他の人が説明していましたね。

後・・・歴ログ、海外の反応、カラパイア。

等と言ったサイトも奴に立つかも。

済みません、あんま役に立たなそうで・・・。

上記の回答(異世界モノを作るための歴史の知識はどこから得ればいいですか?の返信の返信)

スレ主 坂田真文 : 0 投稿日時:

返信ありがとうございます。ネットの情報も有益みたいですね。調べてみようと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界モノを作るための歴史の知識はどこから得ればいいですか?

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元記事:幻想とリアルの両立をする方法の返信の返信

回答ありがとうございます。

つまり、リアリティよりは説得力といったものを意識した方がよくて、それは「作品の現実らしさ」ではなく「作品の作品らしさ」(かわいいがテーマなら、そのテーマを損なわないこと)ということでしょうか。

実は自分は知識がないなりに内政チートものの妄想をすることがあって、その設定のイメージを持て余していたから小説にしようと考えていて、言語とかにはそれほど興味ないんですが、仰ったようなアプリオリな(語源から全部オリジナルの)言語を作ってらっしゃる方は多いみたいでした。自分も興味があればそれを考えていたかもといった感じでしたが、面白い文字や文法を盛り込んだ言語を小説に出すことを考えると確かに自分の中には「言語学を真面目にやっている人にも少しはリアルに見えるようにしたい」という欲求が出てくるだろうという気はします。でもそれをどう出せばいいかが分からない。異世界の神秘にメスを入れることになりかねないのが怖い。

幽霊を出すとします。ファンタジーの世界では幽霊がいるのは当たり前かもしれない。これが絵本であれば、それでも都合のいい時だけ幽霊の存在を怖がったりできると思います。でも、世界観が上のように緻密に作られているほど、幽霊の描写だけ大らかでは作者の意図に反して浮いてしまう。だから都合のいい時だけ友達扱いしたり怖がったりということはできない。前者と後者とを両立できる方法、というのがあればいいんですが、なかなか思いつかないんです。

サタンさんが仰ったような解決策は、効果があると思いました。友達扱いする・怖がるという各々の面に対して、それらの存在に「説得力」を持たせる。あるいは、世界観を緻密に描けば大らかさは虚構になりますが、虚構そのものに説得力をもたせる。おそらく言葉での説明ではなく、ストーリーを追っているうちに感じる恐怖などの経験によって行われるものでしょうし、それはある程度の技量を要するものかもしれませんが、そういう足掛かりみたいなものを掴んだ気がします。

上記の回答(幻想とリアルの両立をする方法の返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

>「言語学を真面目にやっている人にも少しはリアルに見えるようにしたい」という欲求
それが出来るのは、そもそも真面目に言語学をやってる人だけでしょう。
例えばトールキンは我々が想像するエルフ像を作った人物ですが、そのエルフの言語を自分で作っていました。まあ有名な話ですが、彼の本職は言語学者です。
創作から言語に入ったわけではなく、言語学から創作に入ったから出来ること。
プロとして活動してる作家は、その知識の本職から見ても納得できるものを書いたりしますが、素人がそれを真似ようというのは無謀でしょうね。
何故なら、彼らはちゃんと取材をするし、取材のためのアポ取りとか面倒な事は担当編集がやってくれるので、そういう意味ではアマチュアより気軽にその道のプロに取材できるためです。
最悪、言語であれば言語学者にエルフ言語を作ってくれと依頼すりゃいいし、Wikiで調べて考えただけの素人発想のネタを取材先のプロに見てもらって意見を貰えばいいしね。
作家が「自分でやろう」とするのは限界があるから、ある程度のところで妥協を知ったほうが良いと思うよ。
作家に必要なのは物語の完成であって、作り込むことは悪いことじゃないけど二の次だから。

まあ、司馬遼太郎みたいに歴史学者じゃないけど歴史が趣味って人は、高いレベルで知識を溜め込んでるから一人でやっちゃうけどね。
でもそういう人の作品は、すごく作り込まれてるけども、基本的に「そのジャンル」しか書かないって事が多い。
つまりは学者と同じく専門がハッキリしてるわけだね。
トールキンは言語学から創作に入って、その逆ではないと書いたけど、司馬遼太郎をはじめこの手の人は創作から学問を本当にやっちゃった人なわけだね。
とはいえもともと興味があって蓄えた知識があってという下地があってこそだろうとは思うけども。

>世界観が上のように緻密に作られているほど、幽霊の描写だけ大らかでは作者の意図に反して浮いてしまう。
言いたいことはよく分かるよ。
言う慣れば、ホラー映画「リング」の世界に「オバケのQ太郎」は出せねえだろ、という話ですね。
出せないことはない、リングの世界観にQ太郎が出てくるだけの説得力があれば。でもリングの世界観を壊さずにQ太郎を出すのはほぼほぼ不可能だろうし、これはどうやったって説得力ないでしょう。
やるとしたらホラーかコメディかのどっちかに寄せる必要が出てくるから、両立は難しい。
でも、泣きながら笑うことは難しいけど、涙と笑いが同時に押し寄せてくる複雑な心境を描写することはできる、という感じ。
モノの解釈の仕方だね。
自分にとって「幻想」とは何なのか、「リアル」とは何なのか。その解釈をこねくり回せばそれなりに回答は得られるのではなかろうか。

>「作品の作品らしさ」(かわいいがテーマなら、そのテーマを損なわないこと)ということでしょうか。
そうなのだけど、
そもそも人間って一つのモノに集中したいんだよね。あれこれ色んなものに意識を取られる事は集中を乱すからストレスにもなるんだよ。
だから、「テーマ」でも良いけど何かしらの「芯」となるものを明確にしておくのがいい。
そして作者は、その一つの芯にだけ真摯であればいい。
「何か一つのハッキリした事」が全面に押し出されてたらわかりやすいでしょ。読み終わったとき「これはこういう話だった」と明確になるじゃん?
言いかえると、「幽霊の成仏の仕方」という芯、そういう伝えたいことを考えたなら、それだけに集中して書いて他の事はむしろ雑なくらいでもいい(これは私個人のやりかた)。
「カワイイ」を芯にするならひたすらあの手この手で可愛いシチュエーションを盛り込んでいく。それが作品としての「面白さ」になるからね。
「面白さ」を追求するなら、そうやって芯となる「面白いもの」を作って強く押し出さなきゃいけない。
そして、それをどれだけ強く押し出してるか、という事が、スレ主さんが最初に書かれた「練られてるもの・練られてないもの」の分類に当たると思うから、
精霊の守り人はああいう文化(?)が積み重なったような世界観がシリーズ通しての芯なわけで、それを重厚な設定で表現し押し出してるだけで、
ご注文はうさぎですかは、前述したけどカワイイが売りだからひたすら演出で可愛さをアピールしている。
その違いがあるだけで、分類するようなものじゃないよ、という想いがあった。
分類するなら、設定で表現してるか、演出で表現してるか、という分類は出来ると思う。漫画は絵の表現が強力だから演出での表現が多いね。

カテゴリー : その他 スレッド: 幻想とリアルの両立をする方法

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元記事:幻想とリアルの両立をする方法の返信の返信の返信の返信

ありがとうございます。さっそくチェックしてみます。

上記の回答(横槍ぎみですが)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

サタンさんへの返信を拝見しました。

>幽霊を出すとします。ファンタジーの世界では幽霊がいるのは当たり前かもしれない。これが絵本であれば、それでも都合のいい時だけ幽霊の存在を怖がったりできると思います。でも、世界観が上のように緻密に作られているほど、幽霊の描写だけ大らかでは作者の意図に反して浮いてしまう。だから都合のいい時だけ友達扱いしたり怖がったりということはできない。前者と後者とを両立できる方法、というのがあればいいんですが、なかなか思いつかないんです。

それは作品のコンセプトの問題です。ホラーが書きたいのか、幽霊と友達付き合いする物語を書きたいのか、ですね。
怖がらせるのが目的のホラーであっても、ストーリーの流れの中に幽霊に親近感を抱くエピソードを織り込むことは可能です。しかし、その場合でも最終的には怖がらせるということに照準を合わせて調整することになります。

* 幽霊モノの王道パターンとして、ホラーでも日常コメディーでも童話でもなく、シリアスな流れで幽霊に親近感をもたせ、最後は泣かせる系のストーリーもあります。しかし、これはシリアスであってもホラーではないんですね。(幽霊をギミックに使った人情モノというか)

>前者と後者とを両立できる方法、というのがあればいいんですが、なかなか思いつかないんです。

どちらが本筋なのかを書き手が見極めて、もう一方をサブとして盛り込む感覚があればできますよ。音楽に喩えればクラシックの進行とジャズの進行は根本的に違うことが分かっているかどうかです。

ただ、思うのは。

坂田さんは歴史や文化人類学に興味を持つにしても、それそのものが面白くなってしまって、割り切って創作に役立てるという方向にあまり意識が向かわないタイプなのかなという気がします。
同様に創作論に取り組むにしても、プロットならプロットの本質の分析みたいなことに興味が向いてしまうのではないでしょうか?
つまり学者的、または評論家的なんですね。

そういうことがお好きであれば他人がとやかく言う問題ではないのですが、上記のようなことは往々にして実作する上でプラスにはならず、ヘタするとマイナスになってしまうことも有ります。

ですが、こうも思います。

内容に興味を持ち資料調べに力を入れたり分析的に考察することは、目先の創作にはたいてい役に立たないものですが、好きこそ物の上手なれなんて諺も有ったりするのです。
調べるのも考察するのも好きでやっている分にはだんだん蓄積ができてきます。単に知識量がふえるだけではなく、最初は付け焼刃の生兵法だった知識がこなれてくるんですよ。

知識が付け焼刃から博識に進化した場合でも「知識の披歴」になることには注意が必要ですが、プロの作家の中にも「怒涛のような知識披歴」で読者を圧倒するタイプの人もいますから、いっそそういう作風を目指すのもなしではないかもしれません。

カテゴリー : その他 スレッド: 幻想とリアルの両立をする方法

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元記事:本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?

私は本を読むのが苦手です。

しかし、世の中の小説家を目指す人は必ず本をたくさん読んでいますし、小説家の人も読むべきだと言っています。

しかし、私は読む気にはなれません。まずお金がないです、「本は千冊読むべき」と言いますが、そんなお金はありません。時間もありません、千冊読むのにどれだけの時間がかかるのでしょうか?学生、さらにはもうすぐ就職する年齢なのにどうやって時間を取ればいいのですか?

そもそも他人の考えを見るのが嫌です。他人の書いた作品、千冊となれば昔の作品にも触れなければならない。ですが、私は現実で色々事情を抱えている以上、それを本の中で馬鹿にされたり否定されたりするのに耐えられません。過去の嫌な出来事や歴史を見ることができません。

どうしても、そんな地獄を千冊も繰り返すなんて難しいです。それでも私は小説家になりたいのですが、小説家になる為には「本を読む」という生き地獄を体験しなければならないのですか?これは必ずやらなければならないのですか?

上記の回答(本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信)

投稿者 パクトボー : 5 人気回答!

自分が嫌いなものを供給する側になりたいってのも、なかなか酔狂な話ですね。
まあ、別に卵アレルギーが養鶏やってもいいし、耳が聞こえない人がピアニストやっても一向にかまわないのですが。
なんて話も、もしかして「他人の考えなので見るのも嫌」ですか?
ちょっと意地の悪い話ではありますが、気になったので。

多分、そういう読書家から小説家になった人の言う「本を読め」って、「健康になるには野球をやろう」と言う野球選手みたいなものなんですよね。バスケットボール選手なら「健康になりたけりゃバスケやれ」って言うでしょう。
本を読むって方法で小説家になった人達なんで、「本を読みたくないけど小説家になりたい」って人に対する助言はできません。自分たちがそれ以外に成功の方法を知らず、気持ちを理解できない以上、自分たちの通った道に近しい道を通ってる前提の助言にはなってしまいます。
つまり、アライ様が探すべきなのは「本を読まずに小説家になれた人の助言」です。
本を読んだから小説家になれた人のアドバイスなんて気にしてたらいけないです、アライ様にはまったく縁のない助言です。

それで、なんで本を千冊読める人の助言のほうが多いかっていうと。
それは単純で、「自分の生産物を自分で評価できるから」なんですね。
製品検査を自力でこなせる人と、本を読むのが生き地獄レベルな人で、どっちが小説家になるスピードが速くて生き残りやすいかと言うと、断然前者でしょう。

本を読めないけど小説書くよってのは、期末テストで、回答を書いたそばから見直しもできずに用紙ごと取り上げられてしまうってのと一緒です。消しゴム無しでのテストより厳しいです。
それがどれほど絶望的な難度なことか。しかも小説には決まった回答なんてないし、丸つけすら見知らぬ他人の善意です。そこに義務も定石も存在できません。
本を読めない人の小説家志望って、そういう難易度です。
それを、この先40年も50年も続けていけますか?というお話です。間違いなく、生き地獄どころの話ではないでしょう。
なので、自分の回答としては、アライ様が千年にひとりレベルの既に完成された天才文豪である可能性に考慮して「何が何でも絶対千冊読め」とは口が裂けても申せません。「そっち行くと多分生き地獄が延長されるけど心の準備は大丈夫?」とだけ、心配を申し上げさせていただきます。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?

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投稿日時:

元記事:クズ主人公の扱い方、あるいはその是非について

キャラクター像と冒頭部の書き方についての質問です。
導入部の書き方に細心の注意を払うべきなのは言うまでもありませんが、今回はその冒頭における主人公の人物像描写についてご意見を伺いたく、質問させて頂きました。

私の物語は「邪道な主人公」と「王道のストーリー」をコンセプトとしております。具体的に言うと、舞台は剣と魔法のファンタジー世界で、主人公は猛烈な逃避癖のある冒険者です。
私はこの主人公を、冒頭から徹底的にクズとして描くつもりでいます。理由は、精神的に幼い状態からの成長を物語の題材にしたいと考えているからです。
そして、その要素の一つが「自分がサボっているだけなのに『評価が仕事の割りに合わない』という理由で職務放棄し、放浪の旅に出る」という冒頭シーンです。

ここで重要となるのが、私はこの主人公が読者の共感を得られると考えている点です。ここからは私個人の哲学になるのですが、ラノベの読者層は中高生、それも俗に言う非リア充であると考えられます。また、彼らは日々の学校生活が苦痛で、ただ学問のためだけに通学していると思われます。
しかし、私自身がその一員であるのに言うのも変な話ですが、彼らの人生が楽しくない原因は己の努力不足にあると私は考えます。そして、彼らはわざわざ小説を読むような思考力のある人間ですから、それを自覚していると推測します。
ここから、私は「組織・共同体からの逃避欲求」と「でもそんなことする人って実際クズだよね」という2点を表現することで、よりリアルな現代の中高生像、ひいてはラノベ読者層の「あるある」を引き出せると考えました。

ですが、それを冒頭シーンからやることには一抹の不安があります。私個人としては中高生のリアルな心情を書いているつもりなのですが、何となくそれが選考落ちの理由になる気がします。
また、その後の展開が主人公が成長して普通に格好いい人になる展開なだけに、冒頭で損するのは悔しいというか、それで評価下がるなら別のにするわ、って感じです。

それに、同じクズでもポジティブなクズとネガティブなクズがあると私は考えており、上記の主人公は後者にあたると思います。

中高生に例えると
・ポジティブなクズは普段から授業をサボって悪友と遊びに出かけるヤンキー。女好きで恋愛に飢えている。
・ネガティブなクズは真面目に授業には出席するがヤル気はゼロで、ある日突然引きこもるニート予備軍。
みたいな感じです。

そして、漫画の分野なら勿論、ラノベにおいてすらもポジティブなクズはOKだがネガティブなクズはダメみたいな固定観念があると考えています。
私個人としてはリゼロが流行った時からこの固定観念が崩れつつあると思っており、今ならイケると踏んでいるのですが、信憑性に乏しい推測であることは否定できません。

以上を踏まえて、現代のラノベにおいてクズ主人公は認められるか否か、ご意見を伺わせて下さい。

上記の回答(クズ主人公の扱い方、あるいはその是非についての返信)

投稿者 三文山而 : 2

 猛烈な逃避癖面白いんじゃないでしょうか。キャラも立ちますしそれだけで面白いシーンがたくさんできそうです。万が一の話としては「彼らの人生が楽しくない原因は己の努力不足にある」というイメージが例えば読者のダメな部分を指摘してやるというようなマウント取ったり威張り散らしたりするような方向に傾いてしまうようなことが起こると物語の面白さから外れてしまう不安がありますが……。
 とりあえず冒頭部でのクズっぷりは徹底的に書きつつ、最初は単なる紹介として短めに、あるいは気持ち軽めに流すとかしたら読者のストレスは減りますかね? 成長途中ではクズっぷりが状況を切り抜けるのに活かされるなんてのも面白そうです。

 他に人気作品のクズ主人公だと「このすば!」のクズマことカズマさんが思い浮かびます。色々残念なところもありますが、最終的にやらねばならないことはやり遂げて見せるのでヘイトも稼ぎませんし、パーティーメンバーをはじめとする周囲のキャラたちも皆それぞれやり返したりやらかしたり一人一人違った形で残念なところがあったりしてそのやりとりがむしろコメディとして面白さに繋がっているようです。

 それから最近私はラノベ作家さんのインタビュー記事を読んで回ってまして、丁度関連がありそうな内容を見かけたのでひょっとしたらこんなのも創作に役立つかもしれません。

ラノベニュースオンライン 独占インタビュー「ラノベの素」 暁雪先生&へんりいだ先生『今日から俺はロリのヒモ!』
(ln-news.com/archives/46446/post-46446/)
――お金の話題がやや続きますが、第1巻ではロリのお金を使う、第2巻ではロリと遊ぶ。それぞれそんな印象を抱いたのですが、本作を書く上でのテーマや気を付けていることがあれば教えてください。

暁:本作のテーマは楽しく遊ぶが大前提です。気を付けている点としては、第1巻でソシャゲのガチャを回すシーンがあったじゃないですか。あのシーンを書きながら、これを上回るクズを書いてはいけないとも思ったんです。なので、お金を使うシーンはソシャゲ回がひとつボーダーになるだろうなと。なので、第2巻ではお金を使う方向よりも、遊ぶ方向にシフトしていますね。

――クズはクズでも真のクズを作らない、と。

暁:そうですね。第2巻でもロリのお金でキャバクラに、というシーンもありますが、許せるかと考えた時にダメだと判断したんです。なので、第2巻ではロリのお金でキャバクラには行かない代わりに、ロリキャバクラが開店したりします。ハルの場合、麻耶さんという美人も近くにいるわけですし、欲求もそこまで強くないのかなと。それこそ漫画の資料として経験してみたいっていう思いはあるのかもしれないですけど。

――本作は際どいラインを攻めつつ、楽しいことへの比重がとても重要視されている作品ですよね。

暁:そうですね。楽しい作品であり、ロリたちを楽しませ続ける作品でもあるわけです。なので、クズの最低ラインは、藤花たちが楽しめるかどうかなんですよ。藤花たちが楽しめないクズのラインはダメなんです。このWIN-WINの関係であれば、ロリキャバクラもOKなんです。開店するんです

独占インタビュー「ラノベの素」 鏡銀鉢先生『俺たちは空気が読めない』
(ln-news.com/archives/48999/post-48999/)
――莉子は本当にいいキャラクターだなと思います(笑)。そんな莉子を巻き込む4人のKYですが、彼らが動くと読者は常にどうなってしまうのかという不安に駆られると思うのですが、執筆で気を付けていることはありますか。

理不尽に不幸な人は出さないことでしょうか。たとえば悪人がKYキャラに成敗されたり、自業自得な人は別ですけど、本当にただKYキャラたちに取り返しのつかない迷惑をかけられて終わりにはしないようにしています。とはいえギャグ作品なので、誰かが酷い目にあうという笑いはOKにしています。それでもギャグで済ませられることとそうでないことの境界は難しいですね。

――確かにギャグものの作品は笑えるネタなのかそうでないのか、バランスのとり方が非常に重要ですよね。

たとえばKYキャラのせいで浮気がバレてモブキャラが彼女にフラれる、カツラがバレる。とかはギャグで済みますが、無実の人の家が全焼するとか会社をクビになるとかはギャグで済まないわけですよ。第1巻に登場した中二病患者・作子も、特に理由もなく学校に行きたくないからと引きこもっている所に主人公たちがやってくるのでギャグで済んでいると思います。第2巻でも引き続き振り回される彼女に注目です。作子可愛いよ作子。

――ギャグをベースに、敢えて「KY」なキャラクター達を描こうと思った理由、執筆に至った経緯は何だったのでしょうか。

よく『KY』とか『空気』って単語は聞くけど、それを題材にした作品はないことに気づいたんです。調べるとリア貧主人公の話や、リア貧達が集まって部活を作る話は多いけど、みんな『リア充になりたいリア貧』であって、KYとは違うんですよ。だから私が書こうと思いました。それでKYな連中が集まった部活KY部。場をかき乱すトリックスター的なキャラたちが色々なところでトラブルを起こす。じゃあ活動内容はボランティア部にしよう、とトントン拍子に決まりました。

――なるほど。具体的なキャラクター像やストーリーラインもトントン拍子だったのでしょうか。

実は最初、ヒロインが主人公を振り回す、という組み合わせを考えていました。でもそういう作品はいくらでもあるし、自分が書く意味あるのかなとも思って。何よりも『ヒロインはKYだけど、いじめるのは酷いじゃないか!』よりも『空気なんか読んでたら誰も救えねぇんだよ! 空気を読むのがヒロインを見捨てることなら、俺は一生KY上等だゴルァ!』のほうが絶対熱いしカッコいいと思って、主人公をKYにしました。私自身の好きなものでも言った通り、男性ホルモンを具現化したような熱い作品が好きなので。私の好きな偉人や英雄もみんな超KYなんですよ。偉人や英雄ってのはそもそも凡人では成しえないことを成し遂げた人なわけで、みんなが右向いている時に左を向いている人ばかりなんです。そういう意味では、世界はKYの手で作られ変革し生み出されたとも言えますね。そういった背景が主人公をKYとしてより確立させたと言えるかもしれません。

キャラ造形などの参考になるでしょうか。

カテゴリー : キャラクター スレッド: クズ主人公の扱い方、あるいはその是非について

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投稿日時:

元記事:皆様は書いても読まれないとわかっているプロットをどう扱いますか?

どうもこんにちは。いつもお世話になっております。
前のスレから間隔が短いですが、ちょっと真剣に悩んでいることがあるので相談させてください。
ちなみに前のスレへの回答もまだ受け付けています。少しでも意見があればドシドシレスを下さい。

先日「異世界しか読まれない」というスレを立てた後の進展なのですが、現在未完で放置している連作が相変わらずPVすらちっとも増えないという状況が続いています。
この連作にはまだ続きのプロットが残っていて、一話は執筆完了していてもう一話は手付かずにしています。
書き終わった方は時系列的に後のエピソードで、シリーズの最終回にする予定のものになります。
新しいプロットを用意する元気と時間的余裕はもうありません。手付かずのもう一話が終わったらすぐにでもエンディングにするつもりです。

ただ相変わらず自分の中で「書いても読まれないだろうなー……」というネガティブな皮算用が働いてしまい、別の連載を多く抱えていることもあって「いつかけじめをつけないといけない」と思っているのに後回しにしてしまいます。
皆様はこういう状況になった時、私みたいに後回しにするのでしょうか? それともやりきってから次に進みますか?
(幸いにも短編連作なので未執筆部分の目算字数はあまり多くないのですが……)

打開策として親しくして頂いている方が描いてくれたファンアートを掲載するアートギャラリーの掲載も試しましたが、結果はかすりもしなかったです。
正直自分でも苦肉の策と言いざるを得ない作戦ですが、これが思いつく限りでの自分にできた最後の抵抗でした……

上記の回答(皆様は書いても読まれないとわかっているプロットをどう扱いますか?の返信)

投稿者 神原 : 0

一晩考えてみた。やっぱりきちんと感想もらえる場所で完成した作品を評価してもらって、自分の力にする方がいいかも、と思った。書き上げたって言うのが大事だと思う。感想が付く場所ってのが問題だよね。あそこだとスタンプはもらえるけど、きちんとした感想を書いてくれる人があまりいない。

ここに、と言いたい処だけど、今のここはそんなに人が残っていない。私が最近投稿した場所は季節ごとに一回くらいしかやってないみたいだし。

感想が一杯貰える処が思いつかない。書いている途中で投げ出してしまうのはもったいない気がしてならない。

せめてその小説のどこが悪かったのかを自分で把握しないと二度、三度と同じ事をしてしまうかもしれない。それが心配。何が悪いか分からないままで置く事が良い事とは思えないから。

なので、私だったら書き上げて、感想の貰えそうな場所に投稿する。これが一晩考えた結論かな。(私だったらだけど)

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 皆様は書いても読まれないとわかっているプロットをどう扱いますか?

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