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本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか? (No: 1)

スレ主 アライ 投稿日時:

私は本を読むのが苦手です。

しかし、世の中の小説家を目指す人は必ず本をたくさん読んでいますし、小説家の人も読むべきだと言っています。

しかし、私は読む気にはなれません。まずお金がないです、「本は千冊読むべき」と言いますが、そんなお金はありません。時間もありません、千冊読むのにどれだけの時間がかかるのでしょうか?学生、さらにはもうすぐ就職する年齢なのにどうやって時間を取ればいいのですか?

そもそも他人の考えを見るのが嫌です。他人の書いた作品、千冊となれば昔の作品にも触れなければならない。ですが、私は現実で色々事情を抱えている以上、それを本の中で馬鹿にされたり否定されたりするのに耐えられません。過去の嫌な出来事や歴史を見ることができません。

どうしても、そんな地獄を千冊も繰り返すなんて難しいです。それでも私は小説家になりたいのですが、小説家になる為には「本を読む」という生き地獄を体験しなければならないのですか?これは必ずやらなければならないのですか?

カテゴリー: 文章・描写

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人気回答!本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 2)

投稿者 パクトボー : 4 No: 1の返信

投稿日時:

自分が嫌いなものを供給する側になりたいってのも、なかなか酔狂な話ですね。
まあ、別に卵アレルギーが養鶏やってもいいし、耳が聞こえない人がピアニストやっても一向にかまわないのですが。
なんて話も、もしかして「他人の考えなので見るのも嫌」ですか?
ちょっと意地の悪い話ではありますが、気になったので。

多分、そういう読書家から小説家になった人の言う「本を読め」って、「健康になるには野球をやろう」と言う野球選手みたいなものなんですよね。バスケットボール選手なら「健康になりたけりゃバスケやれ」って言うでしょう。
本を読むって方法で小説家になった人達なんで、「本を読みたくないけど小説家になりたい」って人に対する助言はできません。自分たちがそれ以外に成功の方法を知らず、気持ちを理解できない以上、自分たちの通った道に近しい道を通ってる前提の助言にはなってしまいます。
つまり、アライ様が探すべきなのは「本を読まずに小説家になれた人の助言」です。
本を読んだから小説家になれた人のアドバイスなんて気にしてたらいけないです、アライ様にはまったく縁のない助言です。

それで、なんで本を千冊読める人の助言のほうが多いかっていうと。
それは単純で、「自分の生産物を自分で評価できるから」なんですね。
製品検査を自力でこなせる人と、本を読むのが生き地獄レベルな人で、どっちが小説家になるスピードが速くて生き残りやすいかと言うと、断然前者でしょう。

本を読めないけど小説書くよってのは、期末テストで、回答を書いたそばから見直しもできずに用紙ごと取り上げられてしまうってのと一緒です。消しゴム無しでのテストより厳しいです。
それがどれほど絶望的な難度なことか。しかも小説には決まった回答なんてないし、丸つけすら見知らぬ他人の善意です。そこに義務も定石も存在できません。
本を読めない人の小説家志望って、そういう難易度です。
それを、この先40年も50年も続けていけますか?というお話です。間違いなく、生き地獄どころの話ではないでしょう。
なので、自分の回答としては、アライ様が千年にひとりレベルの既に完成された天才文豪である可能性に考慮して「何が何でも絶対千冊読め」とは口が裂けても申せません。「そっち行くと多分生き地獄が延長されるけど心の準備は大丈夫?」とだけ、心配を申し上げさせていただきます。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 3)

投稿者 読むせん : 1 No: 1の返信

投稿日時:

あー・・・・謎が解けた。

少なくともアライさんは可能な限り本を読んだ方がいい人種ですね。

アライさんの過去スレみてしみじみ思うけど、あたまがおかしい作品が多いです。
何がおかしいか?着眼点がおかしい。
 どこまでも独善的でエゴイスティックで単純。幼稚園児のドクターがしはいするポル・ポトの王国のような牧歌的な狂気がむんむんしています。意図的なのかと思っていたら天然かー。

ポル・ポトで検索してやらかし列伝見てね。うん。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信の返信 (No: 5)

投稿者 読むせん : 0 No: 3の返信

投稿日時:

前の哲学質問とか、自然を「完全な悪」にしたいのにできない・・・みたいなノリだったと思いますが、自然を【敵対者】にすれば、選択肢はいくらでもあるんです。
――――――――――――――――

①「生きる為に肉を食らうのは当たり前」②「人間など大自然から見たらちっぽけな物だ」

①「俺は肉食って生きたくないから田畑を作るわ」
②「うん、ちっぽけに開拓させてもらうわ。自然は大きんだから後から文句言うなよ?」

で、農耕民族うまれたんよ。
 狩猟民族だと、人口コントロールのために仲間殺しをしておかないと、近隣の生物や植物を人間が全て食いつぶして餓死してしまうから。

狩猟民族は自分を【自然に寄生して生きるもの】と認識し、全てに感謝しつつ必死に少数精鋭で生き延びる。

狩猟民族は【自然は無料でつかっていい道具】として全力で略取しまくる。その環境に生きる全ての生物を絶滅させていきながら田畑を作り、自分と共存していた犬や獣を家畜という奴隷にし、人口爆発をして新天地を求め続ける。

農耕民族はコロナのようなノリで増殖し、地球と自然をバリバリに蝕んでいるんやで。
――――――――――――――――――――――――
 悪というか災害の多くは人災です。だって今まで自然が頑張ってバランス取っていたものを、人間の都合で改変したらバランス崩壊した・・・・ってのがきほんですもん。

蝗害とか、そもそもイナゴを大量発生させかねないほど環境破壊を行っているから発生している面も強いのよ?

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 4)

投稿者 バッキー : 1 No: 1の返信

投稿日時:

必須とまでは行かずとも推奨はされる、と言った所でしょうか。
千冊という数字も飽くまで比喩的なもので「なるだけ多く」というのが現実的なラインですね、かく言う私も漫画やらアメコミやらを除いた活字メインの書籍となると間違いなくそこまでは行っておりません。

小説家になりたい!しかし読書は嫌だ。パクトボー様が既に仰られている通りそれはデメリットが凄く多いです。
一言でいうなら作品が凄く「独り善がり」になります。
詩のようにステキだけどそれでいてなんだか分かる文章表現だとか、そう言った文章の妙というのはどうしようも無く自分自身が無から編み出すより、他人から学び取る比率のが大きくなるでしょう、少なくとも私はニンジャスレイヤーや仮面ライダーのノベライズを読んでいなければ、未だにWikipediaみたいな機械的な文しか書けなかっただろうと思います。
> そもそも他人の考えを見るのが嫌です。
加えてアライ様は文章力自体は良くも悪くも未知数ではありますが、どうも作品内で主人公のものとして提示した思想や主張は、厳しいようですが世間一般に理解や共感を求め難いものではあります。
文章で評価を受けたいのならば、どうしようも無く他人の思想に触れない事には難しい事ではあります。

敢えてこのままのスタンスと読書量で行くなら、寧ろより過激に尖る事です。
文章や自分の思想信条について理解してもらう事を諦め、令和のドグラ・マグラや裸のランチを作るぜ!という気概でやる事です。
上述の作品が奇書と呼ばれながらも一定の地位を築いているように、剥き出しの濃厚で純粋なな狂気を作品に落とし込めば確かな魅力となり得ます。

人気回答!本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 6)

投稿者 サタン : 7 No: 1の返信

投稿日時:

あれ? スレ主さん、そんなんでしたっけ?
それなりに書いてなかった? 確か以前クロスオーバー作品を読ませていただいたような。
二次をやってて読むのが苦痛ってどういうことなのかと思うのだけども。

パクトボーさんの回答に頷くしかないところだけども、読まずに独力で過去読ませてもらった作品くらいに書けてりゃ、たぶんそれなりに書けるようになると思うよ。
ただ問題はやっぱその自分の腕が成熟するスピードだろうね。
創作に限らないけど、自分だけのやり方しか知らないと何事もすぐに限界が来るからね。
その限界を突破する切っ掛けになるものは、自分以外の方法論だったり自分以外の発想・思考だったりするから、自分だけだと限界を突破できない。
悩み事を一人で抱え込んで重度になるのと同じだね。誰かに話せばすぐに解決する事もある。
自分ひとりだけだと限界がすぐ来る、そして限界から抜け出せない。
そして創作は、特に小説なんてのは基本一人で書くものだから、出来る限り外から刺激を与え続けないとすぐに書けなくなる。
本が読めないのなら、旅行とか刺激が多いものを趣味にしてみたら。
刺激を与え続けて創作意欲が絶えないのであれば、王道に触れたことがない事が新しいものを生み出すかもしれないね。

ただねぇ。
作家になりたいって言ってる人って、割と芸術肌というか、まるで好き勝手に書いた原稿が本になると考えてる人が多いと思うのだけど……
社会においてプロっていうのは、頼まれたものを頼まれた通りに、依頼者の期待にそえる形で提供できる人の事を言うのよ。
だからさ、文字書きなら文章面で「こういうことは出来ません」ってプロじゃないのよね。
私もエロゲシナリオとか書いてるわけだけど、エロシーンとかもう恥ずかしくて恥ずかしくて自分で書くなんて、思考の上では出来ると思ってたけど実際はもうすっごい大変だった。ぜんぜん書けなかった。
そっから読みたくもない官能小説やノベライズされたエロゲとかWeb上のエロ小説とか読みまくって書けるようにしたよ。
だって、頼まれたものを出来ませんじゃお金がもらないからね。当たり前だよね。
例えばどっかの新人賞に送るのであれば、その新人賞が求めてる色や作風を読み取ってその期待に答える仕事をしなきゃ受からないって事わかるよね。
だったら、新人賞の過去の作品や審査を担当する作家さんの本を読むくらいのこと、基本だよね。
例えばミステリが好きであれば、ミステリの数々の名作くらい読んでるのは当たり前だし、最近発売されたミステリの話題を振られてちゃんと受け答えできないと、これは恥ずかしい事なんだよ。

というかね。夢見る人が多いだろう場所でこんなこと言いたかないけど、
好きなことで生きていくってのは、ある意味、それだけで生き地獄なんだよ。
好きなことがどんどん嫌いになっていくし、それを続けるためにやりたくないことをやり続けなければいけない。
もうこんなん書きたくないけど、好きだから続けなきゃならん。
興味ない本を読むくらいが何だってのさ。
スレ主さんは、自分を曲げてでもやり続けたい事ではない、と自ら吐露してるわけだけども、文字でお金を稼ごうと思ったら、好きなことで生きていこうと思ったら、いずれ必ずこうした場面に直面して挫折するから、そんなら就職をひかえた今、作家は諦めてちゃんとした場所に就職して職場に集中したほうがいい。
そのほうが生活費に余裕が生まれて10年以上先で趣味の時間を作れるようになるだろうし、結婚したり子供ができたりして得難い刺激が得られるだろうから。

スレ主さんなら書いてりゃそのうちそれなりの作品が書けるだろうから、就職して研修終えて落ち着いたら趣味で書き始めれば良いと思うよ。
それが何らかの媒介でヒットするかもしれないし、そうすりゃ一作だけだけどイメージ通りの作家になれるんじゃないかな。
本を読まなきゃ作家になれないんじゃなくて、その程度の事出来ないんじゃ「作家に」ではなく「趣味を仕事にする」って事が難しい。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 7)

投稿者 玄翁 : 1 No: 1の返信

投稿日時:

えーと・・・。
相談する時点で他人の考えを否が応でも見ることになるんですが、と言うか、すでに何人かの方が答えられているのでその方たちの考えを目の当たりにしていると思いますが大丈夫でしょうか?

私も回答する以上、自分の考えを述べることになります。
考えを見たくないと言ってるだろうと思われるかもしれませんが、仮に何かの説明書や攻略法であったとしてもそれは誰かの考えにもとづいているもので、完全には排除できないと思います。
まあ他人の考えが自分のものと違ったり強く否定するような内容だと不安に思ったりすることもあるでしょうが、しょせんは他人の考えです。
自分は自分、人は人と言う風に都合よく考えるのもありですし、ぶっちゃけあなたがそう考えるのを止める権利は誰にも、その考えを述べた当人にもありません。

と、言う前提で私自身が経験した上での私なりの結論なり考えを書いていきます。

多少なりとも参考になると思えて納得できる場合はこの先を読んでください。
無理ならスルーしてもらって結構です。

お題の本を読まなくちゃいけないかですが・・・

私自身はまあ本を読むことはそれなりに好きな方ですが、いきなり千冊読めと言われて喜んでそうするほどではないです。

ただ私の場合は子供の頃に読んだ漫画描き方の入門書で、色んなものを見たり聞いたり読んだり必要なものはスクラップしておいたりしなさいと書いてあったことが心に残っていて、漫画家になりたいと思っていた当時の私はそれをそのとおりに実行したほどではないですが、自分なりに色々と知識を蓄えようとしてそれに近いことはしていました。

と言っても本に関しては基本気が向いたものしか読んでいなくて、古いものだとシャーロックホームズや西遊記だったり、三国志なんかを読んだ程度ですね。

まあ学校の昼休みに図書室へ本を読みに行ったりはちょくちょくしていました。

それにしたって本好きと言うよりはそれくらいしかやる事がなかったからで、サッカーや野球なんか苦手で興味が持てなかったからとかそんな程度ですが。

就職されると言うことですが、町の図書館なんかを利用する手もありますよね。
まあ私も成人してからはほとんど利用したことはありませんが。
実際仕事が終わってからわざわざ行く気になれないですし。

あとは図書館なんかにある漫画を読むくらいならネットカフェを使うのもありでしょうね。
それなりにお金はかかりますが、本を何冊も買い込むことに比べたらまだ安上がりだと思いますし、読みたいけど買うまでには至らない場合なんかは私も一時期利用したことはあります。

まあ今だとスマホで無料で漫画を読めたり、そもそも小説自体ネットで無料で読める訳で、お金をかけたくないならそれなりに方法はありますよね。
さすがにケータイ代くらいは何とかしてくださいとしか言えませんが。

漫画じゃなくて小説の話をしてるんだと思われるでしょうが、私の場合は漫画を描きたかったからと言うのがありますが、おはなしづくりと言う点では十分参考になったと思います。
それが証拠にと言う訳ではありませんが、今では本はほとんど読んでいません。
自分なりにおはなしづくりの基礎はできているので、特に気になるものでもないかぎりやっていません。
実際には今のトレンドを知ると言う意味でも人気作くらいは読む必要があるらしいのですが(汗)・・・。

他には学生の頃にテレビで洋画を見たりアニメを見たり、その時見れなければ録画して見るとかは、やはりおはなしづくりのためのいい蓄積になったと思います。
自分の引き出しの中身を充実させることは作家として成功するために必要だと考えていたからです。
・・・それらも社会人になってからはほぼできていませんが。

仕事やってると仕事以外に時間も労力も割くのは大変ですが、以前上司に仕事のことで時間はつくるものだと言われてその時は内心ムッとしましたが、今思い返せばほんと、その通りだと思います。

そう言う訳で、今だと毎日ではないですが、仕事帰りにコーヒーショップに寄ってそこで小説を書いたりしています。
喫茶店だったりハンバーガーショップだったりコンビニのフードコートだったりと、場所はその時々で違ったりしますが。
長時間居る訳ではなく、一時間か二時間程度ですが、家にそのまま帰ってしまうと全く何もしないので習慣化も含めてそうしています。

Youtubeで小説家になろうに投稿している方がウケる小説を書くための動画を投稿していて、少しだけ見ました。

その人の考えを聞かされることになりますが、それすらも自分が作家になるための踏み台として利用するんだと思うくらいの気持ちで(そこまで行くとやりすぎですか?)とにかく参考になればと見るのはどうでしょうかね。
私自身は小説を書くのにプラスになるなら何でもどん欲に取り込んでやれって感じでいますが。

私から言えるのは、どんな方法であっても小説を書ける実力が身に着けば問題ない訳です。
そして私の場合はその方法を自分にユルく課しています。
きっちりできないとダメ、しっかりやらないとダメだとしんどくなってしまいますが、その時出来る範囲で出来る分だけやれればよしとしています。

その結果、少しずつでもいいのでとにかく行動することです。
思っていても実行に移せなければ意味はないです。
大人からよく言われるお説教みたいで嫌だなあと思っていましたが、まあこれも後になって身に染みて思い知らされたことですね。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 8)

投稿者 ふじたにかなめ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

もしかして、あと少しで就職する学生さんだから、これからの生活に不安も抱いているのかな?って思いました。
就職先が忙しい職場じゃないといいですね。
私は体力なくて、就職したら本は読めたけど創作活動はできませんでした。
今は生活が変わって戻ってきましたけど。

あと、読まなくても受賞できた人を知らないので、読まなくてもいい助言はできなくて申し訳ないですけど、二次創作とかされているなら、原作は読めたわけですから、
読めるジャンルを探して活字に親しまれてはいかがでしょうか?

お互いに体に気を付けて創作活動、頑張りましょうね!
ではでは、失礼しました!

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信の返信 (No: 9)

投稿者 ふじたにかなめ : 0 No: 8の返信

投稿日時:

あとごめんなさい。思い出したことがあって追記です。

本を読んだ方がいい理由ですが、
どういう設定がよく使われているのか、本を読んで色んな作品に触れてないと、
区別がつきにくいと思うからです。
ひどい場合ですと、似たようなシチュがどこでも使われているのに、「これは私のアイディアだ!」って知らなくて誤解しちゃう恐れがあるからです。

新人賞で必要とされる「既存作品にはない斬新さ」ですけど、
上記と同じ理由で、既存の作品を読んでないと、斬新かどうか判断がしにくいと思うんですよね。

何か参考になれば幸いですし、合わなければ流してくださいね。
ではでは失礼しました。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 10)

投稿者 手塚満 : 2 No: 1の返信

投稿日時:

今までのスレ主さんのご質問も拝読してみてですが、きつい回答になります。結論を簡潔、端的に申せば、

「今すぐ断筆すべき。でないと自他を害することになる」

です。

ご質問が最初から小手先のことばかりお尋ねですよね。あるいは自然を完全悪にするにはどういう言い回しをすればいいか、とか。自然を悪役にするのは、スレ主さんも哲学的と仰る通り、難しい問題です。どんな哲学者も自然を悪とした試しはないでしょうから、極めて難しい問題です。

しかしフィクションですから、哲学的な回答とまではいかなくてもいい。もしかしたら可能かもしれない。しかし依然として高度に難しいテーマです。もう読者が「なるほど、そうだね」という気になるようなストーリー、ドラマを構想出来たら、凄いことです。

問題は、それをしれっとお尋ねである点です。作者が作品の最大級のウリになりそうなことを、どうしたらいいかと聞いてしまう。こうなると他人に代筆させるも同然の態度です。作者たらんするなら恥じ入るようなことです。

しかも、です。言い回しなんですよね。言い方ひとつで何とでもなると思っていらっしゃる。哲学的などと言いながら、極めて安易。どうやればいいか、いちいち聞いてはやってみる悪癖がついにそこまで行っちゃったのかと不安になります。

でもそういう方は、スレ主さんお一人ではない。よくいるんです。この掲示板だけでも、そういう傾向があるんじゃないかと不安になる方が、何人もお見えでした。以下のような段階を経て、消えていきます。
(分かりやすいよう具体性を持たせてますんで、必ずしもピッタリ当てはまらないものになります。)

1. こういう作品が書きたいんだと大雑把に質問する。
2. こういう出だしから、どうつなぐかと細かいことを聞き始める。
3. 誰も読んでくれないと嘆いて、読ませるにはどうしたらいいか聞く。
アドバイスを受けているうちに、なぜそのアドバイスが実行不可能か説明するようになる。
(4. アドバイスした奴のせいだ、お前のせいで私はこんなに苦しんでるんだと言い始める。)

スレ主さんはもう3まで来ているようです。わざわざ自分に難しい小説練習法を探し出してきて、これができないと仰り始めた。その練習法をやってみた形跡はなく、想像だけで不可能と主張されてお出でです。

これを続けると、できない理由を探し出す癖がつきます。言い換えれば、失敗する癖がつくのです。たとえ、うまく行き始めることがあっても、この悪癖が邪魔をするようになります。うまく行かない可能性にひたすらすがるようになる、と言ってもいいでしょう。

その後、高確率で周囲を非難し始めます。うまく行きそうな人、行っている人の足を引っ張るようなこともしたくなります。このことは、趣味の小説の執筆に留まらなくなります。仕事でも同じことをやらかしてしまうようになる。何事かに上手く行っている人は卑怯だと感じるようになってしまっていますから。
(からかってるのか、あるいは脅しかと思われるかもしれませんが、複数の実例をもとにしています。自分は小説を書きたい、書けると思い込んだために、生活苦に陥った人を何人か実見してます。小説家以外では翻訳家志望も同じような悲惨な事例を見ました。「家」がつく職種は要注意かもしれない。)

ですので、引くなら今です。就職で忙しくなるのは、むしろ幸運です。そっちにかかりきりになったほうがいいでしょう。断筆したって、自分が自分のやることを決めただけです。身の回りが落ち着き、生活が順調にいくようになったら、まだ小説を書いたっていい。誰にも迷惑はかかりません。誰に遠慮する必要もない。

―――――――――――――――――――――――――――――

千冊読め、という練習法のご質問についても少し。自分の知る限り「好きなジャンルを千冊読め」です。この場合、好きなジャンルとは、作者としての方向性、つまり自分が書きたいジャンルになります。

それくらいやらないと身に着かない、というだけのことです。身に着くって、無意識にやれるということです。例えば、目の前にある何かを手に取ろうとして、「肩関節をこうまげて、ひじの角度はこうして」とか考えません。「これを手に取ろう」と思えば、後は無意識のオートで手が動いてくれます。

小説の執筆でも同じです。だいだいどう書いたらいいかくらいは、考えずに文章が出てこないといけません。その後、推敲に推敲を重ねるわけですが、最初の草稿くらいは、シーンを思い描いたら、自然に文章が出てくるくらいでないと、小説を書き続けるのは難しい。とりあえずの叩き台が出来る前に疲れ切っちゃいますから。

それが千冊読め、ということ。あるいは1万時間やれ、というコツです。しかも、その千冊読むのは、読む作品を面白がれる人ほど難行苦行になります。楽しんで読んじゃいけないからです。楽しく読むと、「あー面白かった」で終わります。書く技術は何も残らない。シーンさえ思い浮かべられたら、どう書いてあってかなんてどうでもいいですから。

しかし、それじゃ小説の創作練習としてはマズい。どう書くが問題ですから。楽しみそうになる自分を抑え込み、「こう書いてあると、読んでこういうイメージが浮かび、こういう感情が湧き」とシミュレートしないといけません。言い換えれば、(仮想的な)読者がどう楽しむかを観察するのであって、読んでいる自分は何の感情を抱いてもいけないのです(感情が動くと理性が抑え込まれる等の理由)。

それでも、読んで面白いという気持ちを抑えきれないなら、作家は諦めて読書家になるしかありません。好きなものを好きなままで好きなものを描くと、他人が楽しめるものにならないのです。好きになる前から好きになっていく過程を見せないと、魅力は伝わりませんから。好きだという結果、感想しか書けないなら、作者には向きません。

面白いと思わない作品なら比較的容易なんですけどね。自分は楽しめないけど、好む人が多い作品って、分析はしやすい。好きな作品だと大変ですよ。例えるなら、猛烈な空腹状態で、つまみ食いもせずに、他人のための料理を作るようなものです。

文章(おそらく小説のみでしょうか)を読むのが難行苦行、他人の考えを読まされることが大嫌いなら、大いに結構です。その点だけは向いてますよ。楽しみに邪魔されず、作品分析ができるでしょう。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 11)

投稿者 青緑色 : 2 No: 1の返信

投稿日時:

 恋愛がうんたらかんたらのスレとか見てた時も思ったけど、○○をしていないとxxはできない、の考えに固執している人、多くない……?
 別に書いたり目指したりしていいのにね、厳格な国家資格とかがあるわけでもないんだし。

 何だか前にも、読めないけど小説家になりたい系の似たようなスレが立ってたなあ、とか。
 最初に苦手レベルで書いてるのに、最後の方は耐えられない見れないって書いてるし、多分質問内容を書いてる内に感情が高ぶって表現が膨らんでいっちゃったんだろうなあ、と思いつつ、きつい事を書かせていただきます。

 えーとですね、相談される場所を間違っています。
 ここで小説家になる方法を相談するよりも、心療内科なりカウンセリングなりで【他人の思考や思想に触れる事で耐えられないほどの精神的な苦痛を受ける】という内容を専門家に相談される事をお勧めします。
 もしも既にされているなら、その相談先で小説家になる方法を一緒に考えてもらってください。

 以下、その理由です。

 本は読めるけど、小説家になるための読書はしないで小説家になりたい。
 精神的苦痛をおぼえるから本が読めないけど、小説家になりたい。
 
 【本を読まない】と【本を読めない】は似てますがまったくの別物です。
 
 活字を目で追えないとか、内容が入ってこないといった【読書が嫌い、あるいは苦手】という本を読まないの分類と、精神的な苦痛で【読書に耐えられない、書かれている他人の考えが見れない】という本を読めないの分類は、全然違います。
 
>>小説家になる為には「本を読む」という生き地獄を体験しなければならないのですか?これは必ずやらなければならないのですか?

 そもそも、小説家になるための方法って確立してますかね? 多分、無いと思いますけど。本は千冊読むべきと言った小説家の方も、それさえすれば小説家になれるとは言ってないでしょうし。

 スレ主様の中で、本は千冊読むべきという言葉が引っかかっているようですが、そもそもその言葉も他人の考えですよね。しかも、他人の考えが見れないというスレ主様の精神的な苦痛に真正面からぶつかってくるような。
 
 映画やドラマ、それと漫画は小説とは話の流れ方が違うとは思いますが、登場人物の容姿や背景、各登場人物の目的を分析して文章にしてみるのは勉強になると思います。
 歌詞って詩的な描写に溢れてますよね。著作権だとかの問題があるので具体的には書きませんが。
 当然どれもパクリは論外です。使われている語彙や描写を参考にしつつ、自分の文章でどうぞ。
 
 映画やドラマ、漫画も他人の考えが形になった物ですが、観たり読んだりは駄目でしょうか?
 音楽だって他人が試行錯誤した結果です。曲を作るのも歌詞を書くのも他人ですが、そちらも駄目でしょうか?

 お金が無いなら図書館行きましょう。学校のじゃなくて、地域の図書館ね。
 地域の図書館の方がまず確実に蔵書が多いですから、スレ主様に合う本が見つかる可能性が高いです。身分証が必要な利用登録の手間はありますけど、本を読むのに金は掛からない、素敵。
 他人の考えがとことん詰まった施設なので、スレ主様にとっては地獄のような場所だとは思いますが。

 小説を書く際に参考文献は使われないでしょうか? それらも誰かが書いた物ですが、読めますかね?
 過去の嫌な出来事とかも、なぜその出来事が発生したのかだとか、周辺の人間関係まで調べていけば、ストーリー構成やキャラクターの感情の動きの勉強になると思いますが。
 別に嫌な出来事を書く必要は無いですしね。嫌な要素を幸せな要素に変えて、結末をハッピーエンドに書き換えてしまえばいいわけですし。

 街中を歩いていれば、誰かが考えたキャッチコピーや思想の詰まった文言が溢れてますよね。店の名前だって文章になっている物は少ないですが、他人が考えた物ですよ?

 あと、読書の時間を作るのは自分自身です。自分がどうすればよいのかという事を他人に聞いても、明確な答えは得られないと思います。
 大概の人は、別の趣味と読書の時間を天秤にかけて悩んでると思いますし、通勤通学の時間だとか何かの余暇を見つけては、せせこましく本を開いてはすぐに時間が過ぎて、悲しみにくれながら栞を挟んだりしていると思いますよ。自分はページ数を覚える派ですが。

 スレ主様の小説家になりたいという自己実現の欲求と、他人の考えを見たくないという自己防衛に折り合いをつけられるのはスレ主様だけです。頑張れとは言いません、逃避が必要な事ってありますし。

 ただし、本を読んだ結果、他人の考えを目にしてしまって精神的な苦痛を受ける。これが本当に事実で、読書そのものが出来ないほどに重篤で耐えられないなら、どう考えても日常生活に支障をきたしています。
 繰り返しになりますが、もしもそうであるならば、ここで小説家になる方法を相談するよりも、本が読めないという事実とその理由を、心療内科なりカウンセリングなりで専門家に相談される事をお勧めします。

 もしもそうでないなら、とりあえず千冊読書を努力目標として、最初の一冊を読み始めてみればいいんじゃないですかね。別に年間数百冊と読まなくても、四冊五冊でも意識して読むのと一冊も読まないのでは大きな違いでしょうし。
 
 知り得た情報から自分にとって有益な物を取捨選択するのはスレ主様ご自身です。本は千冊読むべきという意見と、ここでの質問に他の皆様が書かれた返事、そこに大きな違いがあるとは思えません。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 12)

投稿者 t : 1 No: 1の返信

投稿日時:

こんにちは
本を読まないメリットは才能を磨くことです。
デメリットは、何をするにも他の人の3倍の時間と労力がかかります。
もし5年かけてプロになった作家志望者がいたとするなら、あなたは同じことができるようになるまで、15年かかる計算になります。
才能の世界では他の人にできないことに価値があります。
学校教育のように全員ができるところを目指さなくてもいいので、みんなと同じやり方が嫌なら、本を読む必要はありません。むしろ本当に才能を磨きたいなら、本はできるだけ読まない方がいいと思っています。

作家志望者やプロ作家は本を読んだ数で評価が決まるでしょうか。
違いますよね、単純に作品が面白いかどうかです。
では、「本が嫌いだからお前らも本を読むのを禁止、同じ条件で勝負しようぜ!」
と自分ルールを作ったとしても、当然のように周りはたくさん本を読み、読むことでレベルアップします。
合理的に考えなければいけません、
もしあなたが本を読まないという選択をするなら、本を読む以外で、レベルアップする方法を見つける必要があります。さらにお金がない、時間がない、本は読みたくない。
これらの条件も同時に満たす必要があります。

見つけるための方法はあります。
あなたは学生時代どの科目が得意でしたか?

数学なら、計算された緻密なプロットが向いているかもしれません。
語学なら、読ませる文章を書くことが向いているかもしれません。
化学なら、異能力を組み合わせるのが向いているかもしれません。
歴史なら、偉人を主人公に書くのが向いているかもしれません。
これらを考える時は落ち着いた空間でかつ時間をかけて探すことをオススメします。
そして、
あなたの身の回りにも成功した友人や知人がいたはずです。
難関大学に合格したクラスメイトだったり。
条件の良い会社に内定が決まった友人だったり。
彼らはどうやって成功したか、その体験を自分におきかえて考えることも必要です。
彼らはいつ見ても勉強していたり、誰かに情熱を熱く語っていたり、明るい未来を信じて前向きに努力していませんでしたか? 
その姿勢を取り入れるように日々心掛けなくてはいけません。

悲観的になるのではなく、合理的な手段で物事に対処しましょう。
結果がでなくても、これをすればどんどん上達できる。
時間を忘れて夢中になって小説と向き合える。
そういった自分なりの上達方法を見つけること。
まずは自分の生活のなかに取り入れて実行できるかどうかです。

『言うは易く行うは難し』
本を読む人はこれでいいのですが。
本を読まないという選択をするということは、さらに、3倍かかる作業量を減らす方法も、いずれ自分なりのやり方で克服していかなければなりません。やることも考えなければならないことも、もっと自分について、何が好きで得意で嫌いで苦手か、知らないといけないこともたくさんあります。
とりあえず本を読むのが嫌いなら、アマの方の小説を読めるところまで読んで。
どこが面白くて逆につまらなかったのか、感想を書いてみるのはいかがでしょうか。
自分に合う合わないを知るためにも、行動あるのみです。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 13)

投稿者 ハイ : 1 No: 1の返信

投稿日時:

んー、個人的には好きにしたら? と思いますねぇ。
読みたくないのに読むのって苦痛だと思いますし、そんな気持ちじゃ血肉になりにくいから意味薄いでしょうし。

ただまあ、考え無しに「とりあえず千冊読みました! 内容はよく覚えてないっす!」みたいなのよりは考えている方とは思うのですよ。
なので、それってほんとに意味あるの? って疑問に思うこと自体は大事ではないかと。

で、なのですが。
読まないとどうなると思いますか?
ちょっとそこをどう考えているのかをお聞きしたいです。
読みたくないって気持ちは理解しましたので、読まないための代替え案とかメリットデメリットを見通した上でどうします? いや、そもそもメリットデメリットは見えてます? って話をしたいところですね。それがないとただの押し問答にしかならんのではないかと。
そのように感じました。

あと、他の人の考えを見たくない、自分の考えを否定されたくない、ってことですが。それ自体は別に構わないと思います。人間の半分以上はそうでしょうし。
ただ、そうですねこんな話はいかがでしょう?

仮にですけど、山田さんは「A、B、C」という考え方をする人だとしますね。そして、川田さんが「D、E、F」という考え方を持っている人、とします。
(※アルファベットには特定の思想、思考メソッド、前提認識が入るものとします)

で、この二人に特定の問題を解決してもらうとします。
まあ、政治問題でも、論理パズルでも、旅人のマントの脱がせ方でもなんでも良いです。
それらの問題を解いていこうとした場合、問題を解きうる思想、メソッド、前提知識、ってのが必要になる場面が必ず出てきます。
で、そういった問題を山田さん、川田さんがそれぞれ個人で解いていった場合、このケースだとだいたい3パターンから7パターンぐらいまでに限定されてしまいます。つまり、それ以外の考えが必要な問題には全く太刀打ち出来ないわけですね。
(A、B、C単独使用の他、AB等二種複合や三種複合も考えるとした場合)
(計算苦手なのでもし計算違ってたらすいません)

でも、もし二人で考えを共有しするのであれば、6種のアルファベット複合ですから、対応力は6〜63パターンの3〜9倍にまで膨れ上がります。
それだけ答えられる問題が増えることになる、ということです。

これは単なる数字遊びですからこんなに物事は単純ではありませんが、個人の考えのみでどうにか出来ることというのが非常に少ないということは体感しやすいと思います。
もちろん、個人が次々に新しい考えを生み出せる可能性も無きにしもあらずですが、人類がゼロから今日まで何万年、何十万年とかけてきたことを考えると、ゼロから、というのは非効率を通り越して個人では不可能レベルでしょう。……そもそも全く他人の考えに触れないで、ってこと自体が無理筋ですけどね。

もしかすると模倣や猿真似的、あるいはパクリみたいにタブーだと感じているのかもですが、私個人としてはどちらかと言うと『転生したらスライムだった件』や『星のカービィ』あるいは『ハンター×ハンター』の団長みたくスキル習得とかコピー能力でカッコイイ! と思うのですがどうでしょう?
中二病心とかくすぐられません?w

あと、気になったことですが。
自分の考えを否定されるのが嫌、とおっしゃってますが。
それは勿体ないですね。
考えを否定されるということは。考え方にそもそも粗がある、間違いがある可能性があるということです。言わば成長のチャンスってことではないですか? 成長マニア(?)の私としては検証、検討の機会到来だと思ってます。

むしろ自分の考え方を人から肯定されるところまで研ぎ澄ませられたら、やリィ! と小躍りするので、多少の否定とかは気にするほどでもないと思うんですよね。むしろ間違った考えを持ち続けるほうがよっぽど恐ろしいです。

あー、それとも、間違ったままでいる方が好きな方ですか?
この界隈だとそういう人はまれによくいるので、その場合私からは何も言うことはございません。

本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信 (No: 14)

投稿者 こうなご : 0 No: 1の返信

投稿日時:

初めまして。えーと、他の方も言ってますが千冊だの読まなきゃいけないは、ただの比喩だしメリットデメリットとは言っても、やらないからと言ってそんな算術的に将来が割り出せるものでもないです。例えばお気に入りの、影響を受けた小説という観点を新しく設けるならば、百だろうと千だろうとその数は少ない方へ集約されます。そして何冊でそれらに行き当たるのかは確率的な考えになります。
それよりも気になるのは、昔や今の本を読むと自分の個人的な事情を否定されるという発想の方です。
そりゃ創作物の中には物によっては自分の境遇に似たケースを、殊更に悪人だったり不遇をかこわせるようなキャストにするストーリーはあるかも知れませんが、それを地獄と読んで避け得ないものとまで考えるのは、失敗の運命論の信奉か何かでしょうかと思ってしまいます。それは母数が多いと自分の嫌いなものに確率的には出会いやすいのを、嫌悪感だけで悪く見過ぎな上に読書行為そのものを悪しざまに見るような、昨今よく騒がれるヘイトなスタンスに染まりかけてるという奴です。
そんな自分の一部でしかない嫌悪感に屈して、主語の大きな対象まで嫌うようなパニックの起こし方は、落ち着いてよく考えてからやめちゃった方がいいですよー。

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タイトル:本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか? 投稿者: アライ

私は本を読むのが苦手です。

しかし、世の中の小説家を目指す人は必ず本をたくさん読んでいますし、小説家の人も読むべきだと言っています。

しかし、私は読む気にはなれません。まずお金がないです、「本は千冊読むべき」と言いますが、そんなお金はありません。時間もありません、千冊読むのにどれだけの時間がかかるのでしょうか?学生、さらにはもうすぐ就職する年齢なのにどうやって時間を取ればいいのですか?

そもそも他人の考えを見るのが嫌です。他人の書いた作品、千冊となれば昔の作品にも触れなければならない。ですが、私は現実で色々事情を抱えている以上、それを本の中で馬鹿にされたり否定されたりするのに耐えられません。過去の嫌な出来事や歴史を見ることができません。

どうしても、そんな地獄を千冊も繰り返すなんて難しいです。それでも私は小説家になりたいのですが、小説家になる為には「本を読む」という生き地獄を体験しなければならないのですか?これは必ずやらなければならないのですか?

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