小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:主人公の戦闘、殺人についての返信

この「殺しに躊躇う主人公」というのは、
そもそも若い子ではなく、大人向きのテーマだと個人的に感じたので、
「殺人の行為、描写」をあまり気になさらなくても大丈夫ではないかと思いました。

あくまで個人の意見なので、合わなければ流して頂いて構いませんので~。

上記の回答(主人公の戦闘、殺人についての返信の返信)

スレ主 やとう : 0 投稿日時:

藤谷要様

いつもお世話になっております。

少々派手な戦い方をするゲームや映像作品を見ていると、
このくらは大丈夫? という慣れもあり、その感覚で書くと
「殺し」の描写は苦手な方にはどこまで大丈夫か、不安になっていました。

ですがそこはあまり気にせず、
無意味な暴力ではなく、必要に応じて主人公が動くような展開を書いていくようにします。

ありがとうございました。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公の戦闘、殺人について

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元記事:主人公の戦闘、殺人についての返信

>ちょっと、殺しすぎる? これだとR指定に?

 作中での殺人の扱いってほとんど見せ方の問題でしかないんじゃないかなと思う。たとえば昔の洋画でシュワルツネッガーが機関銃を掃射して敵兵をなぎ倒したり、セガールが手榴弾で敵の基地を火の海にしても陰惨な感じはしないじゃないですか。冷静に考えたら大量殺人ですけど、シュワルツネッガーやセガールが映画のハッピーエンドのあとで警察に身柄を確保されて膨大な数の刑事裁判で立件される……みたいな姿ってあんまり想像できないですよね。
 殺陣が暴力的で悪趣味なものになるか、格好良くスタイリッシュなものになるかは書き方次第であって、作中での殺人行為それ自体の是非を考えてもしょうがないのでは。そのうえで、構想を読んだ限りでは『最初はちょっと派手に』は正しい判断だと思いますけど。

上記の回答(主人公の戦闘、殺人についての返信の返信)

スレ主 やとう : 0 投稿日時:

にわとり様

いつもお世話になっております。

主人公の戦いについては、にわとり様が名前を挙げていただいたように、
シュワちゃんやセガールのようなアクションシーンとして考えていました。
無駄にスプラッターで残酷な描写が目的ではなく、
テンポのよいアクション映画のような動きを見せる、
という方向で書き進めていきます。

ちょっと派手な時期は被害者多数になりそうですが、
それも仕方のない状況にさせます。

ありがとうございました。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公の戦闘、殺人について

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元記事:主人公の戦闘、殺人についての返信

こんにちは。

読むせんさんが言及されてますが、史実のヴィクトリア朝の頃の日本だと幕末から明治初期にかけてで、まあ物騒な頃ではありましたが江戸中期以降の侍って基本平和な時代が続いたおかげでけっこう腑抜けていたらしいです。
だから主人公のいた国って、日本でも戦国期か南北朝時代を想定するといいのかなーと思ったり。

それはさておき、主人公の蛮行を位が上の登場人物が諫めるのは割とよくあります。

西遊記でも初期の頃の孫悟空は盗賊とは言え人間を容赦なく殺したりとか。

個人的にはアニメ、翠星のガルガンティアを思い出しましたが。

殺した数が多いかどうかは程度の問題にもよりますが、それよりも越えてはいけない線の方が大事かなと思います。

例えば女子供には手を出させない(結果的にであることも含めて)とか。

もしくは貴族の少年の命が危険にさらされていたなど読者にも止むに止まれずの状況であったことが納得できれば問題ないかと思います。

もちろん、その後でみだりに人命を奪うのは良くないと諭されて以降の殺人は抑えられて然るべきなので、そのタイミングをコントロールすればいいだけだと思います。

上記の回答(主人公の戦闘、殺人についての返信の返信)

スレ主 やとう : 0 投稿日時:

玄翁様

ご意見をいただき、ありがとうございます。

読むせん様がお話しされていたように、メインの舞台はヴィクトリア朝をモデルとします。

主人公の出身地は玄翁様がおっしゃるように、
比較的平穏な時期が長かった江戸時代ではなく、
戦国など動乱の時代の社会や価値観をモデルに架空の国家を考えています。

その国では一応教養と身分のあったという設定にしているキャラクターなので、
無茶苦茶な蛮行ではなく、基準や価値観がハッキリした上での行動を見せるようにしていきます。
新しい環境を学習・適応して大人しくなりつつも、必要に応じての戦いではしっかり動くような展開を考えます。

お世話になりました。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公の戦闘、殺人について

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元記事:主人公の戦闘、殺人について

いつもお世話になっております。
長編小説の執筆を進めている、やとうと申します。

先日は「執筆中の浮気心」の件について、皆様に大変お世話になりました。
ノルマを課すことで、読書や映画も楽しみながら進むことができます。

しかし執筆が進むなかで、ひとつ迷いが出てきたため、
こちらで皆様のお考えを伺えればと思い、お邪魔しました。

現在困っていることは、「主人公が作中で敵を殺す数について」です。
書いたものや、今後の展開の予定を読み直していると、
ちょっと、殺しすぎる? これだとR指定に? 読者側は大丈夫なのでしょうか?
などなど色々な考えから、主人公の行動を決めるときに迷いが出ます。

物語の内容としては、
ヴィクトリア朝のイギリスをモデルにした架空の舞台で、
武士階級出身の主人公が異国から派遣されて、
命を狙われた貴族の少年の護衛として行動する話を予定しています。

その中では、
少年を害する敵のとの戦いだけでなく、
主人公の考えから「切腹に値せず」な連中の始末(敵だけでなく味方?も)も含まれています。
場合によっては斬首もあり得る状況です。

殺人については、
戦続きで荒っぽいの故郷のノリで最初は殺しに躊躇のなかった主人公が、
異国の常識を認識し、周りの人間の立場を考えた行動ができるようになる。
手加減や非殺傷の手段の選択も増えていく、というように変化をつけるため
「最初はちょっと派手に」と思っていました。

ただ、それが読者側にどう受け取られるかと考えると、控えるべきか、どうするのが良いか判断に迷っています。

主人公を動かす上では、
・殺人の行為、描写を控えるべきか

皆様が小説を書く中ではどのように線引きをされているか、
また、読者としては「ここまでならば大丈夫」という基準についてなど、
皆様のお考えを伺うことができれば幸いです。

連休中のお忙しい時期に申し訳ないのですが、
書き手として、また読み手として、皆様のご意見をお願いいたします。

上記の回答(主人公の戦闘、殺人についての返信)

投稿者 田中一郎 : 0 投稿日時:

主人公は人を殺さないほうが良い、とはよく聞きますね。殺す必然性があるなら人外のものにすると良いとか。少年ジャンプのチェンソーマンなどを見ると、人外相手なら相当な描写まで許容してしまうのが現在の出版業界なんだなと思わせられます。

個人的に線引されるラインは、正義の有無とストーリー上の必要性かなと思っています。正義の行使のために悪党どもをバッサバッサと切り倒していくのはセーフ、倒されるべき悪を描写するために快楽殺人者が1回殺している描写ならセーフ、でも繰り返すのは不必要だからアウト、みたいな。あとは描写の程度だと思います。不必要なほど精細にするとアウト、と。
お題の主人公の場合ですと、正義の行使なのですから数は控えなくても良いかなと思いますが、多くなる分描写はあっさり目のほうが良いかと思います。

気になったのは現地の警察や法律はどうなってるのかなという点です。
現地の人が禁忌を覚えるぐらいなら、殺人は厳罰に処されて当然でしょうから、主人公に反省や融和の機会が与えられるのは不自然だと思います。狙われてるのは少年なので主人公の正当防衛が認められるというのも難しそうですし。ヴィクトリア期の英国がモデルとのことで、法や刑も同程度と考えるなら、異国人の殺人者など吊るされて終わりでしょう、公開処刑です。主人公は侍ですから貴族階級と認められれば斬首で済みます。(侍にとっては不名誉なことですが)

法は無いとすると、無いのに現地の人だけ温和というのは不自然ですし、主人公の民族だけが特別殺しに躊躇がないとの考えなら、それはモデルにした侍、ひいては日本人への差別に繋がり、要らぬ摩擦を招きかねません。

落とし所としては、両国とも「悪党に生きる権利はない」というのが常識で、貴族の少年とその周囲の感化された人たちだだけが甘ちゃんというパターンはどうでしょうか? 主人公は常識に従い悪即斬なのですが、ともに過ごすうちに感化されていく感じでどうでしょう?

以下は蛇足的です。
史実で考えると、徳川五代将軍綱吉の「生類憐れみの令」の発令とそれによる意識改革が現在の日本人の世界にも稀なレベルの温和さの元となっているそうです。それ以前の日本人にとっては命は軽いものだったようで、軽い気持ちで殺生する者は稀ではなかったようです。
ただ以後も侍にとっては、自分の命は家や名誉と比べれば羽毛の如きものと考えるべきなので、それらを守るためなら相手を斬り殺し、その後責任を取る為あらば自ら腹切って死ぬことも厭わぬのが理想的な武士の姿でした。家>名誉>命、ですね。

この「家を守る」というのがひとつポイントで、正当な理由なく刀を抜けばお家断絶になってもおかしくないのが江戸時代ですから、よく言われる「斬り捨て御免」なんてことは無かったようです。無礼討ちは正当な理由があったとしても本人切腹で終わるケースも多く、そのため屈辱に耐えざるをえず、屈辱を受けたのに相手を斬殺しなかった事により、それを不名誉と取られ処罰されるなどという理不尽なケースもあったとか。

無礼討ちは正当防衛行為ですので、とどめを刺すことは禁じられていましたが、相手に逃走されるのも不名誉でした。まずその場で切り倒さねばならず、結果死ぬのは構わないのですが、傷を負って倒れた相手にとどめを刺すのはダメだったのです。
その場で相手を倒して終わりということもなく、後で役所に届け出る必要がありましたし、その後に正当性を審議され沙汰を待つことになります。
このように江戸時代の武士の日常は、案外殺しからは遠い感じで、やとうさんが描こうとする主人公とは程遠い姿です。鎌倉~江戸安定期以前、もしくは幕末の人斬りぐらいしか該当しないと思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公の戦闘、殺人について

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元記事:プロット作成後に本文が書けない原因は何でしょうか

これまで短編は二十作ほど書いたことがあるのですが長編はまだ一作しか完成させたことがありません。

そこで先日『SAVE THE CAT の法則』という本を参考にして長編小説プロットを作りました。
プロット作りはとても楽しくて時間を忘れて没頭できるほどで結構さくさくと進みました。

現在プロットはほぼ完成してあとは本文を書くだけという状況になりましたが、
急に熱気が冷めてしまっているというか本文がおもうように進みません。

内容に対する興味はもちろん冷めてはいないし、何を書くかは決まっているにもかかわらず、
どうにも億劫でさあ書こうという気持ちになれません。

プロット作成時にはこんなことは一度もなかったのにと自分でも不思議です。

エディタを開いてもつい別のことに使用したりしてしまい、
本文を書こうとすると重い気分にさえなってきます。

原因はなんだとおもわれますか?

プロットを作っている間は早く本文が書きたいとおもっていて、
まさかこんなに強力に筆が止まるとは予想もしていなかったです。
とにかく書くしかないとおもうし焦るのですが
本文を書こうとするとどよーんずーんという気持ちに襲われてしまいます。

こういう場合に何か改善策はあるのでしょうか。

上記の回答(プロット作成後に本文が書けない原因は何でしょうかの返信)

投稿者 田中一郎 : 2 投稿日時:

プロット作りに熱を入れすぎてしまったことが原因だと思います。
詳細に作り込みすぎて、満足してしまったのでは?
実は私自身今まさにそういう感じです。普段はプロットはさらっと書いて書き始めるタイプなのですが、今回じっくり作ってみたらこの体たらくです。

時間をあけるか、なにかリフレッシュになることをするか、いっそ別作品に取り掛かってはどうでしょうか? 義務感から取り掛かっても上手くいくとは限らないですし、熱意の復活を待ってみるのも手だと思います。
まぁ私はそろそろ義務感から書かないとダメなところまで追い詰められていますが。
お互い頑張りましょう。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: プロット作成後に本文が書けない原因は何でしょうか

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元記事:新規作品のオリジナリティについて

私は新人賞に向けて新たな作品のプロットを制作している途中なのですが、その作品のテーマに新規性があるのかと疑問を抱いています。
テーマは「悪の魔法少女が蔓延る世界で、唯一の正義の魔法少女となって戦う」といったものです。改めて見返すとパッとしないような気がしてどうにも不安です。このテーマにオリジナリティがあるのか、客観的な意見をいただきたいです。

上記の回答(新規作品のオリジナリティについての返信)

投稿者 サタン : 1

新規性とか考えるときは、話を抽象的に単純にしてみるといい。
そのテーマは具体性を排除して抽象的にしてみると「悪党ばかりの世界観で唯一の正義が戦う話」なので、ぶっちゃけ既視感はバリバリだと思う。
舞台が世紀末なら魔法少女が北斗の拳やってるだけのような。
でもそれは、あくまで土台だけの意見であって、完成した作品が類似品にしかならないと言ってるわけではないです。
例えば、「魔法少女は理性を消費して魔法を使うので、魔法を使うほど本能が表に出てくる」という設定だとして、すると優しかったおっとり系の先輩が本能剥き出しで少年をいたぶってたりとか主人公が戦う中でだんだん狂ってく姿を描いたりとかってのが中心になると思う。この場合、まあ、そういう人間の本性を書いていくダークなバトル系の話もよくあるけど、魔法少女でやるのはまあ新しいかな、とか。
抽象的に表現したものには既視感があるけど、御作との違いは「魔法少女」って点で、これをどう扱うかが魔法少女をどの角度から見るかが今回の御作においてオリジナリティの出せる場所ではないかなと思うかな。
なので、土台の時点では既視感はある。けど魔法少女の扱いでその度合いは大きく変わるのではないかと思う。
既存の魔法少女の定義から大きく外れないと、しかし魔法少女らしさがないと、既視感は残るのではないかな。
つまりは、勝負はこっから先にある。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 新規作品のオリジナリティについて

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投稿日時:

元記事:キャラクターの面白い会話、面白いセリフを思いつくようになるには

読者をクスリとさせたり、キャラが可愛いと思わせたり、ツッコミを入れさせる。
そんなセリフを書けるようになりたいです。
しかし、自身が人との会話が得意でなく、咄嗟の言葉が出ない人間であるため、面白い会話が日常的にできないです。
会話とセリフが頭に浮かぶようになるにはどうしたらいいでしょうか。
耳で覚えられると聞いたことがあるので、男女問わず、好きな作品のセリフを音読して頭に染み込ませれば、何か良いセリフや掛け合いが思いつくでしょうか。
何か有効な方法はあるでしょうか。
どなたかご意見をお聞かせください。

上記の回答(キャラクターの面白い会話、面白いセリフを思いつくようになるにはの返信)

投稿者 サタン : 0

いや、人との会話が得意でアドリブ上手くても、面白い会話を日常的にしてるわけではないゾ。
逆に本当は面白いことを考えてるけど表に出すのが苦手でずっと黙ってるようなヤツが創作なんかでそうしたセンスを発揮することだってある。
とはいえこういうのは、センスと書いたけど、ぶっちゃけ根底にあるのはその人の人間性によるところが大きいから、
>しかし、自身が人との会話が得意でなく、咄嗟の言葉が出ない人間であるため、面白い会話が日常的にできないです。
そんなふうに卑屈になってるところから改めたほうが良い。

だから、まあ、前述したように根暗な人が実は面白いこと考えてて楽しいコメディを書けるってこともあるけど、基本的には卑屈で暗くて会話できない人はそういうのには向いてない。
無理して書こうと思うなら無理して明るい人間になれ。実は根暗だけどテレビの中ではハッピーな芸人を演じられるタイプなら、それで書けるようになる。
絶対無理だと思うなら、自分はそういう人間だと思って試しに陰鬱な物語を書いてみるのも、自分の向き不向きを確かめる手段だと思うよ。

というのもね、人間って自分にないものに憧れるから、自分にないものを書きたがるのよ。
そういう「憧れ」で書きたいのであれば無理するか諦めるかの二択だから、血反吐の味を覚えるしかないかな。
うーん。
話がかなり変わっちゃうけど、「才能」って自分では気がつかないものだけど、それは当然で、何故なら才能ある人の才能って出来て当然だから才能と思わないのよね。
だから才能ある人ってのは教育者に向かないのよ。出来て当然のことが生徒は何故出来ないのか理解できないから。
鳥が鼠に空の飛び方を教えるようなものだね。
でも、鼠も四肢の皮膚を伸ばして高いところから飛べば、飛べはしなくとも滑空くらいは出来るかもしれない。
無いものに憧れているのであればそういう無理無茶が必要。
でも一方で、鳥には鼠のような立派な歯はないから、木を噛じって切り倒すような事は出来ない。鼠にはそういう才能がある。
けど、鼠は木を噛じることなんていつもしてることだし大したことじゃないから、こんなの出来ても何にもならない、って思ってるかもしれない。
「才能」ってのは持ってる本人はみんなそんなもの。利用価値を知らない。
なので、もし、陰鬱な話を書いてみて自分自身にそれほど手応えがなくとも、それは出来て当たり前のことをしているから手応えがないだけで、他者から見ればすごい才能なのかもしれない。

無理にでもやりたいと思うなら、
>読者をクスリとさせたり、
ハリウッドとかのB級映画を参考にするといい。
ウィットに富んだ台詞回しが無茶苦茶多い。
最初はそういうセリフから単語を変更してそのまま使ってみればいい。

>キャラが可愛いと思わせたり、
これはね、セリフ単体でそう思わせてるんじゃないんだよ。
キャラが可愛いと思える流れがあって、そこでセリフがあるから、そのセリフが可愛いセリフに思えるんだ。
えっと、例えばグーグルで「アニメ 名言」とかでググって、スレ主さんが見たこと無いアニメの名言を読んでみな。それを読んで「すごい名言だ、感動した」って思うなら、私が言うことは間違いだと謝罪するけど、たぶんせいぜいが「ふーんいいセリフだけどさ」程度にしか思わんのじゃないかな。
アニメでは名言を言うにあたって流れがあって、その流れが素晴らしいものだからセリフが輝くわけで、セリフ単体が素晴らしいのではない。
スレ主さんが求める「可愛いと思わせるセリフ」というのも同じ話。
まず演出や展開でもって「そのキャラが可愛いこと」を読者に伝えるというのが前提で、そこに「可愛いセリフ」があるから可愛いと思える。
セリフだけあっても可愛いとは思わない。

>ツッコミを入れさせる。
読者にツッコミを入れさせるって意味でいいんだよね。
そうだな…コメディで私がよく使う手は、矛盾した言動をさせる、とかですかね。
飯屋で騒いでた小悪党を懲らしめて「いいか、人の命ってのは大事なんだ。二つと無い。簡単に殺してやるなんて言っちゃいけねえよーー」なんていい感じに説教してるそばから、自分が頼んだ好物を盗み食う相棒を見つけて「ーーてめえ、いま俺の唐揚げ食ったろ、ぶっ殺すぞ!」と声を荒らげたり。
これも前の話と同じで、「綺麗事を並べていい感じに説教する」という前フリがあるから、読者がツッコみたくなるようなセリフが成立する。
なので、自己弁護すると普段はもっと整えるけどこの例えじゃ「そういう流れ」が出来てないから、あんまりおもしろくは感じなかったはず。
読者がツッコミを入れたくなる状況ってのは、読者の予想の斜め上を行く展開だからツッコミを入れたくなる。
では、そもそも「読者の予想」がなければ成立しない。
なら読者には何か予想をしてもらわなければならない。そういう前フリが必要で、その上で斜め上を行くには前フリと矛盾した言動を取らせるというのが手段の一つになる。

これくらいなら、割と面白味の基礎的な部分とも繋がるしセンスじゃなくテクニックだから頑張れば書けるようになるかなと思う。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: キャラクターの面白い会話、面白いセリフを思いつくようになるには

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元記事:現在「看護師」 昔「看護婦」 使うとき

大正時代や昭和初期の作品を書く場合でも、現代人が差別用語に認定し変化させた「看護師」を使わなければならないのか、時代考証を考えて「看護婦」でもいいのかが以前から気になっています。
読者が「看護婦は差別用語です」とつっこんできたら、創作上の全体像や雰囲気で不都合が生まれると思った次第です。
例えば「ナイチンゲールは夜の帳が降りる不安のなかにも人々の心に寄り添い続けた看護婦でした」と「ナイチンゲールは過酷な戦場下でも献身的に人々の看病を続けた看護師であった」では雰囲気や伝わり方が違います。付属の言葉選びは名詞の雰囲気に合うものを即興でつけただけですが。
看護師は私の感覚的に堅い感じでより行政的な感じで、極めて現代風な映像しか浮かびません。最新鋭の機器に囲まれた清潔な病院とか。このように人によっては言葉の持つ映像がついてまわるのではないかと思うんです。どちらしにろ名称に関係はなく立派な職業に変わりはないものですが。
あとは「

江戸時代まで来るとさすがに今現在はいないけど、「武将」は(差別用語関係ないし、当てはまる役職でいえば大地主あたりでしょうけど)使ってますよね。
さすがに明治・大正の男性作家作品に多くみられるものですが、「妾(「わたし」と読むらしい)=女性が自身をへりくだって言うもの」は現代ではどう読んだって、ご主人が本妻以外に屋敷に愛人として抱え込んでた「めかけ」につながるから使わないとしても。「わらわ=あるていど高貴な雰囲気もあるような感だが、成人女性が自身をまだ子供のように言うもの」は使えると思いますけど。

上記の回答(現在「看護師」 昔「看護婦」 使うときの返信)

投稿者 あざらし : 4 人気回答!

私は気になりません。
うん、『私』と態々書きました。
というのも、極一部だとは思いますが、いくらアルファさんが心を配ってもケチをつける人はいるかもしれません。

宮崎駿氏の最高傑作『風立ちぬ』のワンシーン、結核にかかったヒロインが床についている横で主人公がタバコを吸うシーンに文句をつけた団体(だったかな?)もいるぐらいです。
普通に考えて『そういった時代背景』であることは観客全てが承知しているような物語の終盤であり、タバコを吸うことそのものが感動的なシーンであるはずなのに文句をいう人はいいます。

で、ですね。(少なくとも私は)差別用語だとは思いません。
元々、というか大昔、呼び名はともかく立場として、医学の黎明期は男性の職業であり、単に看護人です。

麻酔がない時代でも傷を縫ったり、四肢を切り落としたりという、ぶっちゃけ外科的
アプローチは必要です。
そういう時に痛みで暴れる患者を押さえつける、要するに腕力が必要なんですが、これは必然的に男性の仕事です。

そこから時代が進み、ナイチンゲール云々もあり女性がすることが多くなり、看護”婦”と態々つけ加えてます。
『ご婦人が看護してくれる!』ってのは、言い方が変かもしれませんが老若男女問わずに患者にとって救いであり、病室で心が安まる華でしょう。
当時の人もそういう思いがあったのではないでしょうか。

どっちかというと『オッサンでも看護”婦”って呼ばれるぜ! ウヒっ!』という男性側の立場があって、厚生労働省が『もう男女の区別は必要ないんじゃね?』という流れではないでしょうか。

>読者が「看護婦は差別用語です」とつっこんできたら、創作上の全体像や雰囲気で不都合が生まれると思った次第です。

とはいえ、対策したいお気持ちは理解できます。
率直には『笑い飛ばそうよ!』と言いたいところなんですが、どうしてもということなら、お断りとして冒頭もしくは巻末の欄外とし【物語の時代背景を鑑みて、当時使われていた用語を使用しているシーンがあります】等々を書いておけば良いのではないでしょうか?
ただ、それでもケチをつけるのが趣味みたいな人は一定数いますので、『笑い飛ばす!』というお気持ちも忘れずに、そんなことに負けないで欲しくも思います。

ではでは、執筆頑張って下さい。
応援いたします。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 現在「看護師」 昔「看護婦」 使うとき

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