人気のあるラノベを書くためには、人気作の研究が欠かせません。
ここでは累計発行部数150万部以上のヒット作『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』(2014/4/10刊行)のヒット要因、どういったテンプレが使われているか詳しく分析します。
●ストーリーの概要
主人公が、図書館でバニーガールの姿をしていたヒロイン桜島麻衣と出会って、姿が見えなくなる奇病にかかった彼女を救って恋愛するラブコメディ。
【人間関係の空気の読み合いといった青春の問題を「姿が消える」「身体が実際に傷つく」など不思議現象を組み合わせているのが特徴】
キャラはこうだから良いのかなポイント
主人公について
主人公は同じ高校生たちの生態について、やや斜に構えて、俺は世の中知っているぜ、的な態度を取っています。
これは古くは『涼宮ハルヒ』からある日常系のラノベ主人公に共通している特徴です。ラノベ主人公として押さえるべき基本テンプレだと言えます。
他者に対して、皮肉な言動を繰り返し、積極的にその他大勢の輪には入っていかないが、かつての恩人や妹と同じ思春期症候群にかかったヒロイン桜島麻衣のことが気になり、救おうとします。
主人公は、迷子の小さな女の子を助けようとしたり、アイドルの麻衣が勝手に写真を撮られているところを助けるなど、他者を助ける善人です。
これは物語の主人公を善人に見せるテクニックとして有名なやり方です。『SAVE THE CATの法則』主人公は冒頭で猫(弱い者)を助けなさい。
・徹頭徹尾、主人公視点で物語が進み、主人公が徹底的に活躍します。
ヒロインを立たせることよりも主人公を立たせることに主眼が置かれた構成です。現代ではコチラの方がウケると思います。
ヒロインについて
・ヒロインたちは、MF系のラノベヒロインほど頭がおかしくはなく、どちらかというとキャラ文芸に近いです。もっとも、妹はお兄ちゃんが大好きだったり、ヒロインはバニーガールの姿になったりと、ラノベの範疇に入るキャラ立てをしています。
・お兄ちゃんが大好きな妹は、やや間接的に兄への愛を表しています。
「お兄ちゃんを起こすことは、かえでの生き甲斐ですから」
「かえではもっと他に人生の潤いを見つけた方がいいぞ」
「お兄ちゃんの背中を流すとかですか?」
といったやり取りなど。
妹は、なぜか主人公に対して敬語。おそらくキャラ立てのためですね。
・妹が思春期症候群、ひきこもりなどの問題を抱えていて主人公に依存している点が、承認欲求を満たすと同時に、この作品のテーマである家族問題にも繋がっています。
・登場人物が多いですが、ただのハーレムではなく、すべてストーリーに関係しています。
例えば、美少女の双葉は「時をかける少女」の理科の先生役。主人公に事件解決のための知識と手がかりを与えてくれる。かつ、主人公に何かと世話を焼いてくれることでハーレム要員にもなっています。
展開はこうだから良いのかなポイント
主人公の親友の彼女が主人公のことを嫌っている。主人公より親友の方が好きな女の子がいるなど、登場する美少女は全員無条件で主人公が好きな他のラノベとは明らかに異なる特徴があります。
電撃文庫は、ラノベとキャラ文芸の中間くらいの作風と言われていますが、まさにそんな感じ。思春期症候群について『シュレーディンガーの猫』の実験など、量子力学で説明を試みるなど、やや高度な話が好きな読者向けです。
・台詞回しがどれもブラックユーモアとエスプリが効いており、秀逸。
・頭のおかしい美少女に好かれすぎて困るようなラノベ的なおいしさは薄く、刺激は少ないです。飲み物に例えるなら、コーラではなく、果汁100%ジュース。
刺激と甘さの強いコーラばかり飲んでいるふつうのラノベ読者には物足りないかも知れませんが、そういった物にうんざりしている層には響きやすいと考えられます。
ラブコメテンプレ分析
・古賀朋絵の登場シーン
主人公が桜島麻衣とのデートの待ち合わせに行く途中、迷子の小さな女の子を発見。
↓
お母さんを探してあげる(主人公が善人であることが伝わる)
↓
古賀朋絵が現れて、ロリコンの変態だ。と罵られて蹴られる。(古賀のキャラを立てつつ彼女との距離を一気に詰める)
↓
誤解を解く。古賀は蹴ってしまったお詫びに、自分の尻を強く蹴れと言う。(古賀のキャラを立てつつ彼女との距離を一気に詰める)
↓
実際に蹴ると、もっと強く蹴れと言う
↓
ド変態プレイに興じていたとして、おまわりさんに補導される。桜島麻衣とのデートには遅れてしまうが、古賀という変な美少女とは仲良くなる。
主人公が善人であることが美少女に伝わり、お互いを蹴っ飛ばし、罵り合うことで一気に距離を詰めるという秀逸なラブコメテンプレ。
桜島麻衣も主人公が迷子を助けたことで、好感度が落ちない。デートの遅刻を怒ることで、呼び名の「君」付けが消えて、彼女との距離も縮まる。
主人公(読者)にとっては美味しいことだらけである。
おいしさと感動を併せ持ったストーリー
・図書館でバニーガールの姿をしていたヒロインという、ラノベっぽい一見頭が悪そうな(非常に良い意味)冒頭の展開が、感動に繋がっている点が素晴らしいです。
主人公が桜島麻衣にちょっかいをだしていたのは、恩人である女子高生が、彼女と同じ奇病にかかって、この世から存在ごと消えてしまったから。同様に、人々の記憶から忘れ去られていく麻衣を救うために主人公が全力を尽くします。
また、母親との関係を修復しようなど、ヒロインが自分の殻を破って成長しようとする要素もあります。
クライマックスシーンが優れています。自分のためには本気で空気と戦えなかった主人公が、消えてしまったヒロインを救うために、全校生徒の前でヒロインへの愛を叫んで精神的に成長し、恋愛を成就させます。
主人公が殻を破って成長するのは感動の王道。これを最後に持ってきたのは、非常に上手いです。
・存在が消えていくヒロインが、圧倒的な存在感をもった元アイドルという設定が良いです。価値のある美少女と付き合えるのは主人公にとっておいしいだけでなく、存在が消えてしまうのがわかりやすく伝わります。
・主人公が受け身にならず、麻衣の問題を解決するために必死に動く点も好感が持てます。駄目な受け身主人公の正反対。
設定、世界観はこうだから良いのかなポイント
人間関係の空気が感染して人が消えるなど、現代の日本人の問題を超常現象やストーリーと密接に絡めています。これによって、読者は自分自身にも起こりうることだと感じて、より没入感が高まると考えられます。
その他ここはこうだから面白いのかなポイント
ストーリーの必然性に沿って、無理なくおいしい展開を入れています。
主人公が麻衣のことを知っている人間を探すために彼女と一緒に遠出し、ふたりでホテルに泊まることになる。
麻衣の下着を一緒に買いに行く。
眠ると麻衣のことを忘れてしまうので、主人公の家で夜、二人っきりで勉強をするなど。
感動とおいしい展開をセットにするストーリーテリングの圧倒的なうまさ。
・主人公はエロいことを麻衣に対して言いますが、それが愛情表現にもなっています。
「麻衣さんのバニーガール姿は、ばっちりと脳に焼き付いてます」
これは消えていく麻衣を決して忘れないという愛情と一緒に主人公のエロさ、バカさも伝わって非常に良いセリフです。
良いセリフとは短くて情報量が多いもの。
また、イチャイチャしているシーンが、麻衣が消えてしまうという危機感とセットになっているので、せつなさを感じるようにもできています。
徐々に麻衣を覚えている人が消えていく、というのも危機感を煽っていて良いです。物語の王道である主人公を追い詰めるをやっています。
冒頭で読者をつかんでいる秘訣
バニーガールの姿をしている美少女と図書館で出会うという異常な状況から始まっているのが良いです。
それが中盤以降に明かされる主人公のトラウマや抱えている問題に繋がっている展開も秀逸。
ただ、180ページまでは、割とよくあるラブコメです。中盤以降にがぜんおもしろくなります。