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金木犀さんのランク: 達人10段 合計点: 59

金木犀さんの投稿(スレッド)一覧

三人称一元視点を書くコツと注意点

投稿者 金木犀 回答数 : 13 更新日時:

 先日、三人称一元視点についてとある作者様と話していました。  しかし作者様には理解がしがたい説明になってしまったらしく、作者様を... 続きを読む >>

カテゴリー: 文章・描写

怪獣の設定について

投稿者 金木犀 回答数 : 20 更新日時:

怪獣があの大きさで潰れず動き回れるのは、物質と反物質、暗黒物質で肉体が構成されているからと説明したいのですが、 なにぶん作者が... 続きを読む >>

カテゴリー: ストーリー

テーマに飲まれていると感じさせないための技術

投稿者 金木犀 回答数 : 53 更新日時:

自分自身の欠点だと思う点について、指摘していただきたく、投稿させていただきました。 https://ranove.sakura... 続きを読む >>

カテゴリー: 小説の批評依頼

今回の総括

投稿者 金木犀 回答数 : 10 更新日時:

今回の総括として、 ・作品の感想ではなく、他者の感想を批判したこと。 ・思いやりの欠けた、攻撃的な物言いで、投稿者を傷つけ、創作... 続きを読む >>

カテゴリー: その他

もう一度質問です。どうすれば、良い話し合いができたのか。また、自身の攻撃的な発言のダメ出しをお願いします。

投稿者 金木犀 回答数 : 136 更新日時:

まずは起きた経緯を説明させてください。 まず今回のことは如月さんの言うように僕が完全に悪いです。 他の人の批評を批判する行為... 続きを読む >>

カテゴリー: その他

金木犀さんの返信一覧

元記事:誰も読んでくれず、更に自分自身が書いていて苦痛な作品を完結させるのって無駄な時間ですか?

失礼します。
趣味で小説を書いていて、それから公募に応募を始め、なろうでも投稿をしてから十年くらい経ちます。
若かった頃は受賞を夢見て書きたい長編作品を完成させて応募したり、なろうでも供養投稿という形で完結までちゃんと投稿したりしていました。
しかし、最近は仕事が忙しく心の余裕が無くなって来たのか、感性が枯れて来たのか以前ほど熱意をもって執筆に取り組むのが難しくなってきました。

今はなろうやカクヨムの人気作品から傾向を自分なりに研究し、ネットで受けそうな話を考えて投稿しています。
ただ、相変わらず殆ど読む人はおらず、ポイントやPVは芳しくありません。
くわえてなのですが、この不人気作品を途中で投げ出したくなるのですが、嫌でも完結まで書かなければいけないものですか?

よく、完結させないとエタり癖がつくという意見も聞くのですが、自分の場合それなりにプロットを考えて書いた作品は完結させてきました。
しかし、誰も見ていない上に自分自身が書いていて楽しくない作品に対して完結にこだわるのって時間の無駄なんでしょうか?
書きたい作品なら結末まで思い描けるのですが……

上記の回答(誰も読んでくれず、更に自分自身が書いていて苦痛な作品を完結させるのって無駄な時間ですか?の返信)

投稿者 金木犀 : 1 投稿日時:

それは当人の資質の問題かもしれませんね。

大前提として、書きたい作品を書けばいいと思います。それが執筆するモチベになるし、誰だってそうだからです。

本人が面白いと思っていれば、少なくとも自分が読者になったとき面白いと思った部分は書けるのではないでしょうか。

逆に面白くないと思っていれば、書きたくなくなります。面白くないのに書けば、需要をわかった気になってるだけで実は見出せてない作品を書き続けることになるかもしれません。

これでは悪循環です。

苦痛でも、需要を満たせればそれなりの成果がでるので成功体験になります。
しかし、苦痛を我慢しても成功体験がなければ、学習無料感に襲われることになります。

ここに、壁がありますよね。
途方もない壁が。

できるなら、僕は、そんな人が、
壁を超えるとこを見たいです。

自分で考えて成果がでないなら、その考えに穴があるからで、その考えの欠陥に気付ければ良いのですが、気付けるならそもそもそんな苦労はしないかもしれません。需要のある部分、読者が読みたい部分をかけていないと指摘されても当人は需要を意識して書いていると思っているものですから。

あなたの場合、途中で投げ出すことなく完結させるのは間違いなく長所です。本当にすごいことで、誇っていいことでしょう。自信にすべきです。

が、完結させても、読まれないと、なかなか徒労感がありますよね。そこらへんは、現実として、他者はあなたの頑張りには興味がないことを自覚しているべきだと思います。なんのために頑張るかはあなたしか決められず、やめるべきかどうかもあなたしか決められません。

頑張っていたら応援はしたくなりますが、その努力が報われず苦しむだけになるなら、その応援ほど残酷なものもないのかもしれません。

やめたいなら、やめてよいと思います。

でも、夢を追いかけて頑張っている姿は、
どんなにつまらない作品を書いていようが、
人から尊敬されるものですよ。

そして、
本当に需要のある作品を書けたとき、
無駄じゃなかったと思える瞬間はくるかもしれません。

くるか、こないかは、運もあります。
運だけじゃなく、
自分だけでドツボにはまるなら、プロにたよってまずは自分の考えを矯正することも必要かもしれません。

趣味と言い聞かせて、惰性でやれるなら、よいのです。傷つかない範囲で、やれるでしょう。

本気で自分という存在を他者に認めて貰いたいと思い、本気で体当たりしようとすれば、傷が付きます。死にたくなります。痛みで喚き散らしたり、気を失うこともあるかもしれません。

僕はそんな人を笑わない。頑張っている人はそれだけですごいと思うし尊敬します。

が、トレーニングも、無理して筋肉を痛めたら、逆効果です。筋肉を虐めるのは大事ですが、休養は同じくらい大事です。

失敗体験で学習無力感を蓄積するよりは、小さな成功体験ができるような環境を整えのは大事だと思います。

そう、環境です。
意識して環境(人間関係、執筆環境、ルーティン)を変えれば、
あるいは、なにかが変わるやもしれません。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 誰も読んでくれず、更に自分自身が書いていて苦痛な作品を完結させるのって無駄な時間ですか?

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元記事:三人称一元視点を書くコツと注意点の返信の返信

まず基本的な例を示します。以下はすべて地の文です。

1)しずかちゃんはかわいいなあ。(一人称・主観型)

2)ボクは、しずかちゃんはかわいいと思っている。(一人称・客観型)

3)のび太は、しずかちゃんはかわいいと思っている。(三人称)

基本はこれだけです。
2と3は文章は同じですが、2は主語が「ボク」なので一人称になります。

で、これから分かること。
一人称には主観型と客観型があるということが、まず一つ。
一方、三人称の場合は基本的に1(主観型)はNGです。(テクニックで三人称に1的な文を入れてしまう作者がプロにもいますが、それは技術があれば基本を逸脱できるということで、別問題。まずは基本を押さえるなら、三人称の地の文に1を入れるのはNGです)

でですね。
3だけなら単に三人称なのですが、ひんぱんに「のび太は~」「スネ夫は~」とやらずにのび太ならのび太だけに決めて書けば、三人称一視点(一元視点)に近づきます。

   *   *   *

>・視点者は、場面を問わず「主人公」に限定。
>・( )の思考文は、主人公に限る。
>・地の文は「客観(背景・情景)」に徹し、主観は会話文・思考文でする。

それで間違っていないと思います。
ただ、地の文をどう書くかも注意が必要なんですね。

上記の例のように、一人称なら地の文を主観的に書かなければいけないというわけではありません。自分を客観視することもできますから、2の「一人称・客観型」も成立するのです。

で。
ここで注意を要する微妙なことが一つ。スレ主様(金木犀さん)の書き込みの方から引用します。

>例えば、主人公がなにか食べ物を食べたとき、
>「まずそうに食べた」という描写は、三人称ならありですが、一人称だとかなり違和感がある表現だと私は思いました。まずそうな表情をしている、という、客観描写ですよね。

これ、半分正しくて、半分間違ってるんです。わかります?

>例えば、主人公がなにか食べ物を食べたとき、
>「まずそうに食べた」という描写は、三人称ならありですが、一人称だとかなり違和感がある表現だと私は思いました。

これは同意。しかし、

>まずそうな表情をしている、という、客観描写ですよね。

これは間違いと言ったら言い過ぎかもしれませんが、注意が必要。
「まずそう」というのは傍から見ている誰かの印象です。つまりこの文章は、食べている人物とは別の誰かの主観が入り込んでいるんです。

◎一人称の地の文は、客観描写なら入れられます。

◎上記の例文に違和感があるのは、客観描写だからではなく、うっかり「他者の主観」をまぎれこませてしまっているからです。

一人称や三人称一視点の文章に「視点がブレている」というツッコミが入るのは、こういう部分です。

>地の文で、どこまで作者(天の声)が出て良いのか、言い換えれば地の文で、キャラにツッコミを入れたり、視点人物の心情を書いても良いのかが、よく分からなかったですね。

回答。

基本、三人称なので、どう書いてもかまいません。ただし、三人称一視点には「三人称でありながら一人称的な効果をもたせたい」という狙いがあるので、ある程度一人称的に書かなければこの手法を採用する意味がありません。
そこから考えると、「地の文に作者(天の声)が出る」「キャラにツッコミを入れる」をやると、一人称的な印象が著しく阻害されるので、やめた方がよいです。

◎三人称一視点にするなら、地の文は客観描写であっても、主人公(視点人物)の性格・思考・世界観を反映させる方が効果的です。

>視点人物の心情を書いても良いのか

これは、真逆の問題。上の◎以下で説明した理由で、視点人物の心情はむしろ入れる方がよいです(作者や他のキャラの心情は入れない)。ただし、三人称の地の文でそれをやると、ある程度の文章力がないとグチャグチャになりかねません。なので筆力のある作者ならやってもいいのですが、そこに自信がないなら、( )でくくるという方法をとるのが無難です。

上記の回答(三人称一元視点を書くコツと注意点の返信の返信の返信)

スレ主 金木犀 : 1 投稿日時:

眉をひそめ、飲み込んだ。なら、客観ですかね。

確かにまずそうは、誰かがまずそうだと思わないと書けない表現ですね。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称一元視点を書くコツと注意点

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元記事:三人称一元視点を書くコツと注意点の返信

 ドラコンです。回答というより、スレに乗っからせていただいての質問、という感じになってしまいますが。思うところがあるので、書き込ませていただきます。
 
 2022年8月に、ここの「ノベル道場」に投稿した拙作では、「三人称一次元」で、以下の方針で書きました。なおこのサイトで、今更取り立てて宣伝をするのも、気が引けるので、作品名は伏せます。
 
 ・視点者は、場面を問わず「主人公」に限定。
 ・( )の思考文は、主人公に限る。
 ・地の文は「客観(背景・情景)」に徹し、主観は会話文・思考文でする。
 これについては、第四研究室「ライトノベルは三人称一視点で書くべき?」での泥人形さんのご回答が根底。

 https://www.raitonoveru.jp/howto/h5/677a.html
「簡単なことです。
 会話文は「」
 思考は()
 地の文は情景・状況描写のみ。
 これを徹底すれば、味のある文章は書けませんが、意味不明の文章を書くこともありません。余程変なことをしない限りは。

 繰り返し言いますが、余程の文章力がない限り、味のある文章は絶対に書けません。ストーリーのみの勝負となります。ストーリーに自信があればどうぞ」

・会話文、思考文が先、発言者を示す地の文は後。

 地の文で、どこまで作者(天の声)が出て良いのか、言い換えれば地の文で、キャラにツッコミを入れたり、視点人物の心情を書いても良いのかが、よく分からなかったですね。

 また、背景事情の説明の仕方やタイミングも迷ったところです。

上記の回答(三人称一元視点を書くコツと注意点の返信の返信)

スレ主 金木犀 : 0 投稿日時:

ドラコンさんありがとうございます。

コメントいただいた内容で、ドラコンさんの作品の文体の特徴がわかりやすくまとめられていましたので、興味深く感じました。

 私は感想は書きますが、基本的にこういった場でアドバイスはしません。
 難しいからです。
 自分の実力的な問題がまず一番。
 人になにか助言できるような力は私にはありません。
 アドバイス自体もそうだし、その人それぞれに合わせた回答が必要なわけで、基本的にはあまり有用な助言はできないと思ってます。
 ただ、率直な感想は書けるので、私はそれくらいしか能のない人間だと思います。
 逆に言えば、人を傷つけやすい人間ですね。
 ここでアドバイスをもらった方が、ダメージは少ないと思うんです。作品を通さないから、直接的なダメージは少ないはずですから。
 なので、根本的に傷つきやすい人と私は相性が悪い……困ったものです。

 それを前提にして、ドラコンさんに回答いたしますと、
 ドラコンさんの作品を読んで、「文章が固すぎてよみにくいな。説明が多いな」とは思うものの、「文章が破綻している」と感じることはありませんでした。
 文章力の問題というよりは、読みやすさの問題かな、と私は感じます。
 文章力は確かにあると、思います。

 地の文で、作者が出ていいのか、となると、メタ的な視点になって読者の好みがわかれるところではありますね。結局は書き方の問題なので、あれですが、三人称一元視点なら視点者の心情を描いても問題はないと思います。で、心情を描くなら、突っ込みはその視点者のものと思わせた方がいいのではないでしょうか。

 背景事情の説明の仕方やタイミングも……本当に作品次第なんですが、
 できるなら説明不要な事態を起こして、読者に察知してもらったほうがいいのかなと思います。
 カレーに毒が盛られている事件が起きるとして、
 伏線としてそのカレーを食べた被害者が苦しみ倒れる場面が要所要所で挿入されていれば、
 なんでそんなことになったんだろう、と考える必要があるので、実は毒が盛られていたという説明を挟む必要があるのではないでしょうか。

 必要な説明か、不必要な説明か、というのは伏線になるかならないか、そういうところで判断するのかなと、私は思いました。

 ……うーん。でも、場合によるので、一概には言えないことですね。
 文章ってほんと難しいです……。
 考えると頭が痛くなる。
 書いているときは、感覚で書くので、それを言語化するってなかなか大変ですよね……。

 サタンさんとかあまくささんとかほんとすごい。
 投稿室の質問に答えている人みんなすごい。

 ドラコンさん、コメントをお寄せになっていただきありがとうございました。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称一元視点を書くコツと注意点

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元記事:三人称一元視点を書くコツと注意点の返信

一人称には明確なルールがありますが、三人称一視点(一元視点)にはそれがないんですね。

そもそも視点に関してはルールがないのが三人称。だからどう書いてもいいのですが、初心者が視点に無頓着にとっちらかって書くとかなり読みにくくなるということが経験則で分かっているので、少しは整えた方がよいというところからこの手法はスタートしたのだと思います。
つまり絵画で言えば構図を整えるというようなこと。良い構図と悪い構図というのは間違いなくありますが、それでいて、じゃあどうするのが正解かというのはないでしょう?

正解がなくても良い構図はあるように、一視点には有効性があります。

ざっくりまとめると、

1)描写が安定するため、読者にとっては読みやすくなる。

2)視点をおいたキャラに読者が寄り添うように誘導することができ、読者はそのキャラに近い位置から物語を体感できる。

この二つになるかと。
おわかりのようにこれらは一人称の特徴でもありますが、一人称では強制的にこのような形を作るのに対して、三人称一視点では読者がこの形に乗るかどうかは自由なんですね。なので、最も読者に負担のかからない形式と言えますし、一人称の長所を誘いながら一人称ではないので、必要に応じて一人称的な特徴から離脱することもできます。

繰り返しますが、三人称一視点は一人称と違って明確なルールがありません。
これを作者寄りの角度から考えますと、明確なルールがなければどのようにも書けるので楽そうですが、実はそうでもありません。どう書いてもよいということは、どう書けばよいか分からないということでもあるからです。

それと。

本来三人称に視点の決まりはないのに、あえて視点を制限するのは、その書き方に一定の効果があると期待するからです。だから、どう書いても間違いではないとはいえ、結果的に効果が得られなかったらこの手法を採用する意味がないんですね。
使いこなすには、けっこうセンスと文章力、構想力が問われる手法だと思います。

上記の回答(三人称一元視点を書くコツと注意点の返信の返信)

スレ主 金木犀 : 0 投稿日時:

 あまくささん、コメントありがとうございます。

 コツを上げてくださっていますね。
 自分があまくささんのコメントを理解しているか、簡潔にまとめさせていただきます。
 違っていたら、ご指摘ください。

・三人称視点問題は、そもそもルールはない。読みにくいか、読みやすいかの問題になる。
・良い構図と悪い構図がある。構図を整えて書くと読みやすくなる。
・明確なルールはないからこそ、どう書けばいいのかわからなくなりやすい。
・三人称に視点の決まりはないのに、あえて視点の制限をするのは、その書き方に一定の効果があるから。結果的に効果を得られなかったら、その手法を採用する意味はないのではないか。

 三人称一元視点のメリット。
・視点が固定されて、描写が安定するため、読者にとっては読みやすい。
・視点をおいたキャラに読者が寄り添うように「誘導する」ことができ、そのキャラに近い位置から物語を体感できる。

 こんなところかな、と思いました。
 やはりあまくささんも、一キャラクター、主人公固定が基本だと考えられているのでしょうか。私はそう読み取ったのですが、どうでしょうかね。
 私も必要ならほかのキャラクターの視点に移行していいと思うんです。
 ですが、あまり頻繁にやると、一元視点の意義がなくなっちゃうのかな、と思いました。

 あまくささん、コメントありがとうございました。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称一元視点を書くコツと注意点

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元記事:三人称一元視点を書くコツと注意点の返信

これって人称の問題とも言い難いし、視点の問題とも言い難く、もう 作者の問題だ と思う。

とりあえず私の認識としては、
一人称視点は、ゲームで言えばFPS。まあファーストパーソン・シューティングだし直訳して一人称だし。
三人称は、極論だけどゲームで言えばシミュレーションゲーム。シムシティとか。その上で「誰に焦点を合わせるか」っていう視点の問題になる。
それで三人称一元視点は、バイオハザードシリーズみたいなショルダーカメラ。初期のバイオみたいなシアターカメラもそうだけど、主人公を中心に画を撮ってる形。

ただ、この考えだと、つまりは「三人称は俯瞰で誰に焦点を合わせるかの視点の問題」と書いたけど、じゃあ一視点は「それが主人公固定になっただけ」なので、三人称と一視点の違いはソコしかないという考えになってしまう。そして私個人はそれで納得している。
だから、スレ主さんが「一人称と同じような表現」と書かれているけど、あくまで私個人としてはそれは 作者の好みでそのようにしている というだけで、手法独特の強味ではないと思う。念のため書くけども、だから一人称と同じような表現をするのは間違いだという話ではない。好みだし個性だから良いと思う。

そもそも三人称というのは、「私」というのが一人称に対して「Aさん」というのが三人称だから、つまり「Aさん」と声をかける「第三者」がいる。だから「三」人称なわけで。
ということは三人称って「第三者による筆記」ということだから、そもそもそれ以外にルールなんて無い。
対して「一人称」は「私」である以上は「私」から外れれば視点がブレてしまうから、「私」を主観とした事以外は書けないというルールが出来てしまう。そういうルールがあるわけじゃなくて、ルールが出来てしまう。
一人称にルールがあることから、三人称にもルールがあると先入観が働いて、それに合わせた三人称一元視点にはこういうルールがあると考えるのではないかなと思う。

だから、私は「三人称は俯瞰で誰かに焦点を合わせる」と「俯瞰」って書いたけど、実際は、
 Aは驚いて飛び退いた。落ち着いて見てみるとソレはただの流木だったようだ。
 ーー焦ったわぁ、マジ超ビビった。
 危うく声が出るところだったが、Aは口の中に溢れた心の声を殺して静かに息を吐き出す。
とか、こんな感じで「主観的な人物の声」もガンガン地の文に書いてます。
ちなみにこれは普通の三人称として私が書くものです。
つまり私にとって「一人称」と「三人称」の違いは「視点主の主観であるか」「第三者による記述であるか」という違いがあるだけで、それ以外のルールや手法なんてものは無いと思ってます。
「一人称は視点主が見聞きしてること以外は書けない」というルールが有名ですが、これは別にルールではなく「そこを外したら視点主の主観ではくなるよね?」というだけなので、結果的にそういうルールがあるように見える、つまりそういうルールが出来てしまう、あるわけではない、と思ってます。
で、問題の「三人称」と「三人称一元視点」の違いはというと、上で既に書いたけど「視点を一人に固定しているかどうか」というだけだと思ってます。
基本は三人称ですし、視点主に寄せてる以上はより一人称っぽい表現に近づけようと試みるのも良い表現だと思います。けど、それは好みだと思います。
私は、寄せるところはいきなり寄せるし離すとこはいきなり離します。

でも「三人称一元視点」と言っても、長期シリーズになると幕間みたいな形で固定した視点主以外に視点が飛んだりする作品もあるし、そういった作品を否定するつもりもないので、やはり「こういうルールがある」というのは無いかなと思ってます。
本編はあくまで主人公のみに視点を固定し、途中の合間合間に、あってもなくても良い外伝か幕間か補足的なエピソードが他視点で少し書いてある、とかだと私も「三人称一元視点だ」と感じますから。
一方で、
そういう長期シリーズを読んで勘違いして「本筋」の中で物語にガッツリ関わるエピソードなのに他視点にしてたりして、それを「三人称一元視点です」と言われたら、そりゃ普通に三人称だろ、とは思います。

「一人称」と「三人称」には明確な違いがあるけど、そっから先は明確なルールはなく、作者の好みによると思います。
「三人称一元視点」についても、基本は「一人の視点主に固定する」だけど、そういうルールがあるわけじゃない。
「三人称一元視点」って言葉を個人的な感性で意訳すると「この物語を主人公を中心に三人称で語りたい」って感じだと思うから、それが表現できているのなら途中で一時的に視点が変わっても「三人称一元視点だ」と思いますし、そこを外してしまってるのなら「これは三人称一元視点には見えない」と思います。

ついでに、私はそんな考えだから、
「三人称」「一視点」「多視点」の違いは何かって質問を受けたりもするけど、基本的には「三人称を書く上で作者がどう表現したいのかって考えの違いしかない」って答えてる。
手法的には「三人称」で、「一視点」と「多視点」は三人称を書く上で視点の扱いの話になるから、そもそも「一視点」や「多視点」で手法的に三人称と何か違いがあるわけではないと思うのよね。
人称の問題と視点の問題は違うから。
だから、それらを混在して「三人称一元視点とは?」と聞かれると、もうそれは作者の考えの問題になる、と思う。
正解はないし、どっちも正しいと思う。

上記の回答(三人称一元視点を書くコツと注意点の返信の返信)

スレ主 金木犀 : 1 投稿日時:

サタンさんコメントありがとうございます。
まず、自分が見解を理解しているか、まとめさせていただきますね。

・三人称は基本「俯瞰から誰に焦点を当てるか」。
・三人称一視点は「主人公固定」になる。
・一人称に寄せるかは好みの問題であって、ルールではない。
・三人称は「第三者の記述」一人称は「視点主の主観か」の違いがあるだけで、それ以外にルールはない。結果的にできてしまう。
・基本は「一人の視点主に固定する」が、そういうルールがあるわけではない。
・物語の主人公を中心に描かれているなら「三人称一元視点」だと言える。描かれていないようなら「三人称一元視点には見えない」と思う。
・三人称と、視点の問題を混在しないようにする。作者の好みがあっていい。

 間違っていたら指摘お願いしますね。

 簡潔にまとめてくださってありがとうございます。
 要は「主人公固定で描かれているか、いないか」を中心に指摘できれば、少しは実のあることを書けたのかもしれませんね。
 私自身ごっちゃにしてしまっていたから、相手に負担になっていたのかもしれません。
 冷静な指摘ありがとうございます。

 やはり、三人称一元視点も、三人称なので「まずそうに食べた」という表現をしてもいいのですね。なんか固定観念があったのかもしれません。
 全体の文章が、より一人称気味なら違和感を覚えやすく、三人称よりなら違和感を覚えにくい、それだけの話なのかもしれませんね。

 なんか、私なりに整理ができた感覚です。
 ありがとうございました。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称一元視点を書くコツと注意点

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