小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

売れる/売れない等は別として、異世界(=この世界と地続きでない世界)の文化や言語(あるいは異世界を構成する任意の「この世界と異なる要素」)を考えることは(SFとしてまたは純文学として)「正しい」のでしょうか。

というのも人が異世界へ行ったとき、その人が異世界に辿り着き生存し知的生命体と遭遇する確率はともかくとしても、たどり着いた世界の住民が肺で酸素を取り入れ呼吸するものである確率や, 住民の口腔等の形が地球人のものと似ていて人間の可聴域内かつ発声可能な音を出す確率, 会話の内容が人間の持つ処理能力で理解できる確率などを考えるとあまりにもご都合主義であり、今更言語や文化といった余りに微々たる違いを考えたところでそれらを埋め合わせることはできないように思えます。そこまで「運命力的な力」が働いているなら、なぜ完全に地球と同じ世界まで持っていくことはできなかったのかと思うのです。

これについて二つほど反論を知っています。一つは「異世界側の人物が呪文で主人公を呼び寄せていたり、あるいは異世界に関わる何らかの意思持つ存在が主人公を移動させる話の場合、人間に近い存在がしたことであるので異世界に人間が居るのは納得できることである」というもの。
もう一つは「それが転移モノ(=主人公が異世界の人物に生まれ変わる話)である場合、魂の器は人間しか有り得ないから、異世界へ行く場合は人間の住む世界だけを選んで転移できる」というもの。
どちらも納得できる論だとは思うのですが、何故かなんとなく違和感を覚えます。うまく言葉に出来ないのですが、どこかに作者の匙加減な部分が見える気がするのです。

また自分でも一つ反論を考えてみました。それは「あらゆるフィクションに於いて超自然的な出来事を語る際には読者の理解しやすいものに加工する必要があり、異世界のありようはその影響を受けている」または、「少なくとも自分の考える異世界では常人には理解できない出来事が繰り広げられており、それらを他者に語った時点で人間の理解できる形に喩えられる性質がある」というものです。しかしながらこの論はともすると「読者に理解できなさそうな出来事は考えなくて良い」という考えにも繋がる筈で、そのようにして作者や読者の都合のために「嘘っぽくなさ」を追求するのをやめるのは甘えではないかと思っています。

ファンタジー世界の架空言語を考えていらっしゃる方々がたまにいらっしゃいます(トールキン, セレン, Fafs F. Sashimi, 中野智宏, etc...、敬称略)。その人たちは架空言語を何からの形で存在させたいから書いているのでしょうが、自分としては設定面と同様、物語としての「嘘っぽくなさ」も大事にしたいと考えています。

ファンタジー(あるいはフィクション全般)に言えることなのかも知れませんが、ともかく自分はこうした疑問を抱き、創作が止まってしまいます。些細な問題かと思いますが、回答お願いします。

上記の回答(異世界の文化や言語を考えるのは不毛かの返信)

投稿者 スイ : 1 投稿日時:

 こういう議論が出るのは、いまだに「宇宙人」と会ったヤツが少数だからだよ。

 それでも言語学者あたりなんかが推定してはいるんだけど、現行の人間言語であれば「宇宙語」とは、さほど違ってもいない(だろう)と。
 宇宙どこでも物質資源は有限だから、それを効率的に使うのに知的生命体は、どうしても言語を持たなければならない。
 そう言語が違ってもいないなら、すなわち文化も違いすぎてはいない。

 地球でも、動植物たちが言語を使っている、と解明されてきています。

 アメリカの鼠だかイタチみたいな動物が、たしか形容詞を持った言語を使っているらしい。
 日本京大の学者さんなんかが突き止めて、学術誌に発表したそうですよ。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

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元記事:助けてください。

卒業制作提出を控えている大学四年生です。
卒業制作は来月の中旬に提出で短編集を書いているのですが、先生から「話の繋がりがない」「盛り上がりに欠ける」というコメントをいただき、書き直そうにもアイデアがまったく浮かばず、時間だけが過ぎて焦るばかりで、自分の作品全てや自分自身がゴミのように思えてきました。
短編集は「雨」をテーマにした話で、400字詰め原稿用紙に換算して40数ページくらい書けています。
今ではパソコンの画面を見るだけでも涙が出てくる状態です。すべて自分の技量不足が原因なので、甘えているのは重々承知しております。
厚かましいお願いですが、スランプから抜け出す方法や気持ちの立て直し方、創作に行き詰まった際皆様ならどうしているか、ご教示いただけたら幸いです。

上記の回答(助けてください。の返信)

投稿者 スイ : 0 投稿日時:

 文芸科だとかの卒研です?   (^_^;) 

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 助けてください。

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元記事:助けてください。の返信の返信

コメントありがとうございます。
そうです。あまり詳細には書けませんが、400字詰め原稿用紙50枚以上の長編あるいは短編小説を提出することになっています。

上記の回答(助けてください。の返信の返信の返信)

投稿者 スイ : 0 投稿日時:

文章だとか国語関係が好きだったから入学したけれども、「書く」のには興味あるほうでもなかったクチですか? 

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 助けてください。

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元記事:助けてください。の返信の返信の返信の返信

いいえ。中学生の時から小説を書くのが好きだったため、創作に関するゼミのある今の大学に入学しました。

上記の回答(助けてください。の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 スイ : 0 投稿日時:

たぶん小説が好きなるがゆえに視野が固定化されてしまい浮かばないのでは? 

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 助けてください。

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元記事:助けてください。の返信の返信の返信の返信の返信の返信

確かにおっしゃる通りです。
大学生活最後の作品なので中途半端なものは書きたくないと思うが故に視野が狭くなっているのは自覚があります。
頭ではわかっていますが考えれば考えるほど何も浮かばなくなってしまいます。

上記の回答(助けてください。の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 スイ : 0 投稿日時:

 こう申しあげては失礼ですが、いかにも文芸科です的な文章だとか、いきなりプロットも立てないで執筆したら、巧くいかないのでは? 

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 助けてください。

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元記事:書いたプロットから文章を書こうとしても詰まる。書けない。

ごめんなさい。プロットの書き方について教えていただけないでしょうか。
自分はプロットを結構細かく書いたつもりでも、途中であーじゃないこーじゃないといって文字を書いたり消したりの時間がものすごい多いです。そして結局かけません。

多分、詰まる箇所は、心情描写や説明描写、あとは書いたプロットの筋書きと筋書きの間を埋める文章あたりです。自分でも解決策がよくわかりません。この程度の説明じゃわかりにくいかもしれませんが、分かる方いらっしゃいましたら教えていただけませんか。

あと、もう一つなのですが、複数の情報を説明しなければならないとき、どっちを優先したらいいのかわからなくなる時があります。

例:敵につかまってどこかに拘束されているキャラクターが目を覚ますとき
目を覚ます ⇒ ここはどこなのか? ⇒ 動こうとする ⇒ 縛られている

目を覚ます ⇒ 縛られている ⇒ わけがわからない ⇒ ここはどこなのか?

どっちの切り口で話を進めればいいのか分からなくなります。
これもいい方法ありましたら教えていただけないでしょうか。

上記の回答(書いたプロットから文章を書こうとしても詰まる。書けない。の返信)

投稿者 手塚満 : 1

1.プロットを進められない点について

プロットから小説本文を起こそうとして、行き詰るという相談がこの間ありました。

・プロットから執筆する際、ストップしてしまう要因
https://www.raitonoveru.jp/counsel/novels/thread/2789

スレ主さんですと、プロットで行き詰まりということですから、違う現象のように見えますが、気になる共通点があります。上記ですと「書いては消すの繰り返し」と仰っています。スレ主さんですと「あーじゃないこーじゃないといって文字を書いたり消したり」ということですね。回答も多く寄せられていますので、参考になさってはどうかと思います。

いずれにせよ、とりあえずのものも書き上げることができないという点で、お悩みが共通しているようです。類似のお悩みをいくつも見かけました。書き出してみるとなんか違う気がする、途中でおかしいと思って進まない等々です。

途中で引き返すのは正しい方法の1つではあります。間違いと分かっていながら、突き進んでしまっては破たんするかもしれない。プロならいざ知らず、アマチュアないしは趣味で小説書いてて、失敗しても大怪我するわけではないですが、やはり避けたいものではありますね。経験から来る予感、直感は大事にすべき。

ですが、いつも途中で詰まって消してしまうとなると、別の原因も考慮しておく必要があります。特に、完成させたことがあまりないなら、予感、直感自体が信頼性が低い可能性が高いのです。経験から来るものが大きいですからね。

まだ作り始めていない、あるいは途中段階ですと、その先は可能性の塊みたいなものです。例えば、主人公がこうしたとして、次はこうもできるし、ああもできる、あるいはそうすることも、みたいな感覚です。

このことを、お金に喩えてみます。今日、好きに使っていいお金が千円あるとします(使わなかったら没収される、と考えてみてもいいかも)。旨いラーメン食おうか、好きな映画の廉価版DVD買おうか、興味があった物語の本を買おうか、とか嬉しく悩めますよね。千円札1枚がいろいろなものを買える可能性を持っているからです。

だけど、可能性に過ぎません。ラーメンを選んだら、映画や本は諦めないといけない。映画を選んでも同様ですね。手に入るのはたった1つ、千円分だけです。千円札1枚を物に具体化すると、可能性から現実に変わります。数多の可能性に対し、たった1つの現実です。

プロット・物語作りでも同じです。主人公にはいろんな選択肢が生じる。主人公が選べる可能性は数多とある。だけど、選べるのはたった1つになります。ある選択をすると、他の選択肢は消滅する。

途中で行き詰る人に少なくないのが、事前に想像した数多の可能性がもたらす楽しさを、実際に書いてみたたった1つの結果にも面白さとして求めてしまうというものです。でも、当たり前なんです。

書く前に思っていたほど、実際に書いてみたものが面白くないのは当たり前と覚悟すべきです。いくつものの可能性をそのまま同時に書き表すのは不可能です(量子力学の「シュレディンガーの猫」でいえば、生きていて、かつ死んでいる猫みたいなもの)。文章ではたった1つの現象しか描けませんし、そもそもいくつもの可能性が塊になったものなんて、どう表現されても理解できません。

どんなに違和感が生じても、まずは書き上げてしまうことです。しかし、書き上げたら完成でもありません。なぜ書き上げることが重要かといえば、「叩き台」になるからです。「叩き台」とは「批判・検討などを加えて、よりよい案を得るための原案。」(デジタル大辞泉)です。

一度で最高の完成度なんて、ごく限られた天才にしかできません。普通は、小説本文なら推敲し、改稿して改善していきます。プロットだって同じです。頭の中だけで練っていてもなかなか上手く行きません。たとえ短い話でも、情報量は膨大になります。キャラ1人だって、性格とか経歴とか出自等々、いろいろ考えとかないといけないですよね。頭の中だけで練れるような単純なものではありません。

だから、まずは書いておくんです。すると、全体を見渡して扱えるようになります。さらに、書いたことから発想を得ることもできます。創造は大変な作業ですが、改善は比較的楽なんです。元になるものがあれば「ずらしたら」「大きくしたら」「入れ替えたら」等々で変更案を思いつくことができます。

さらに、たとえギクシャクする感じでも、一応はプロットに形に書き上げれば、誰かに見せて相談できます。このサイトでもプロット相談用の掲示板がありますよね。「騎士が姫を救う話を書きたいんだけど、プロットが書けない」では誰も手助けできません。曲がりなりにもプロットとして書いたものがあれば、上記の改善という段階となり、他人でも思いつくことが出てくるでしょうし、手伝うことも可能になってきます。

2.複数の状況の説明

お示しの例文とは異なりますが、同時に起こっていることでも、文章だと分けて書かないといけないですよね。コミックなどの絵での表現だと、同時のものを同時に表せるんですが、文章だとそうはいかない。

お示しの例文とて、ほぼ一瞬に起こるものではないかと思います。目を覚ましたら見慣れない風景でしょうし、目を覚ましたら体動かすのは普通ですんで、動けないと思うや否や縛られていることに気づくか、あるいは目を覚ましたときに自分を縛るロープが見えて混乱するか。

コミックなら2コマでしょう。1コマ目:単に目を覚ます(顔アップ)→2コマ目:縛られて転がされている状態で「なんじゃこりゃ!」と叫ぶ、みたいに表現してしまえます。だけど、文章の描写ではできない。名詞に限っても、何らかの順番で出していくしかない。読者側では、名詞ごとに物がイメージされ、全部で揃ってようやく全体像がイメージできるわけですから。

お考えのように、優先順位をつけるしかないわけですね。しかし、シーン内だけで考えて、優先順位をつけられることは少ないように思います。シーンの前後もよく考える必要がありますお示しの例で考えてみます。

> 例:敵につかまってどこかに拘束されているキャラクターが目を覚ますとき

これはシーンの前提となるものですね。その次以降からすると、「気を失っている状態で拘束された」ということになります。

> 目を覚ます ⇒ ここはどこなのか? ⇒ 動こうとする ⇒ 縛られている

シーンでの詳細な各アクションですね。数字を振って、箇条書きにしてみます。

0:???
1:目を覚ます
2:ここはどこなのか?
3:動こうとする
4:縛られている
5:???

キャラは過去の経緯を踏まえて行動します。1~4ではとりあえず驚いているだけですから、目を覚ます以前のことはまだ気にできるほど落ち着いていないはず。しかし、このシーンの後(5以降)もあるわけですよね。

1~4だけだと、もう1つの例と大差ありません。「わけがわからない」も書いてないけど、上記には含まれるはずです。2で場所を疑問に思う直前に「わけがわからない」と感じるはずです。

0:???
1:目を覚ます
2:わけがわからない
3:ここはどこなのか?
4:動こうとする
5:縛られている
6:???

しかし、「わけがわからない」と感じるには、周囲の異常に気付かないとおかしいはずです。いつも寝ているところで目を覚ませば(拘束に気づく前の一瞬なら)おかしいとは思わないはず。

0:???
1:目を覚ます
2:目に入った光景は周囲が見慣れない場所
3:わけがわからない
4:ここはどこなのか?
5:動こうとする
6:縛られている
7:???

これでも足りない。なぜ最初の思考・疑問が「4:ここはどこなのか?」なのか。そこは0に入るべきシーンの前提が影響するはずです。だからシーン直前までの経緯を考えないと、3→4をうまくつなげられなくなったりします。

例えば3と4の間が「3.5:何があったか思い出せない」となれば、とりあえずはこのシーンはそこまでの経緯をあまり気にせず作れそうです。しかし、「3.5':○○で●●していて、そこから思い出せない。あのとき敵に襲われたか?」(0:???に相当する事情)という思考が生じると、主人公に何らかの目的意識(敵の狙いをかわす行動を考える等)が生じるのが自然となります。

5→6は自然でしょう。ですが、6でシーンを終えるからには、7は「この拘束を解くには?」と考えることになりそうです。続くシーンは拘束をいかに解くかにつなげると自然な運びにしやすい。

もう一方の例文では、シーンの最後が「ここはどこなのか?」という思考・疑問です。縛られていることは既に気づいていて、そのままで自分の今いる場所について考えている。これも、シーン前にどうだったかが影響したはずですし、続きのシーンは場所が分かったら脱出のヒントが得られる、みたいな感じで続けるのが自然となります。

どちらがいいとは言えない。決まるとしたら、このシーンの前後のストーリーの要請です。あるいは、拘束を解いて脱出するアクションを見せたいのか、自分の置かれた状況の謎を推理し看破するシーンを見せたいのか、という問題ですね。

以上は一例にすぎませんが、どの情報をどの順番で出すかは、シーン前後から決まって来るという点が大事です。シーンだけ取り出して考えても結論は出ません(たいてい、どういう順番でも大差ないとしかならない)。

ことわざを借りて言い換えてみますと、「木を見て森を見ない」のでは、シーン描写の文章はうまく作れないということになります。シーン内の事情(木)だけではなく、シーンの前後(森)を考慮して、上手くつながるように、見せたいものを印象付けられるにはどうするか、で考えてはどうかと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 書いたプロットから文章を書こうとしても詰まる。書けない。

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元記事:【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?
 主人公を強く見せるために敵を弱くするというのは昔からあることですが、小学生レベルの掛け算で賢者認定、杜撰な知識で異世界改革など主人公が強い・すごいというより周りがひどいだけの設定や描写で主人公を賛美するのは無理がありませんか?

2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について
 いわゆる中世風異世界に「ジャガイモ」と呼ばれる農産物を登場させたときに「その時代にジャガイモがあるのはおかしい」という批判は、現実世界の歴史を基にした主張です。ジャガイモという名前に引っ張られる形でその歴史過程までも異世界に当てはめようとしてしまうことがおそらく原因でしょう。
反論としては、「異世界が舞台であり現実のそれとは違う」というものがありますが、この場合「ジャガイモ」という名称の由来が新たな争点となります。
異世界であるなら別に「ジャガイモ」である必要は無いのではないかというわけです。(無論すべての名詞を異世界風に改めるのは某FFのように読者の理解が追い付かなくなる危険がありますが)
 もう一つ話題になったものとして「異世界シャワー問題」があります。(僕はその作品を読んでいないので詳しいことはわかりませんが)異世界なのになぜシャワーがあるのか? という疑問だったと思います。ジャガイモやシャワーに限らず異世界に関する描写・設定について読者はどこまでを現実的に判断し、どこからをファンタジー的に判断するのでしょうか?(考えるだけ無駄という意見はこの際おいといて)

上記の回答(【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信)

投稿者 手塚満 : 2

正直なところ、ご質問内容には興味が湧きませんでした。1は作品ごとの工夫を度外視しての一般化ですし、「小学生レベルの掛け算」「杜撰な知識」「周りがひどいだけの設定や描写」と、スレ主さんが期待する回答は既に決まってしまってます。

2ですと、逆に個々の事例に拘ってしまっている。確かにジャガイモは例だし、ご質問もジャガイモを例に取った説明のように見える。ですが、「ジャガイモ」が名詞という記号であり、実態そのものでないこと等へ踏み込む様子がない。

「異世界シャワー」問題に至っては、読んでないと仰ってますよね。それで何か論じられるんでしょうか? 私も書籍版は読んでいません。話題になった当時は「なろう」にありましたんで、読んでみました。シャワーに違和感を表明したのは、あるプロ作家でしたね。作品内容だけでなく、その作家の普段の言動なども考えないと、JKハルにおける「異世界シャワー」問題は論じられないように思います。

いずれも以下の各項で触れてみたいと思います。興味ないのになんで回答を試みる気を起こしたかといえば、各ご回答には興味ある内容が多かったからなんです。ご質問はお世辞にも中身があるとはいえませんが、少なからず寄せられた回答がよき議論になっている。だから参加してみたくなったのです。

> 1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?

これって作者が設定する強弱、賢愚の相対性に過ぎません。無双主人公を出したいのなら、抜きんでて強力、ないしは天才になるのは必然です。でも「抜きんでて」なんですよね。絶対的な基準じゃない。例えば「12万5千度の炎が出せるなら最強」にしてみたとして、15万度出されたら最強じゃなくなる。主人公の12万5千度を最強としたいなら「この作品世界では理論上の最高温度」とか「他のキャラはそこまでやれない」とするくらい。

既出の良回答と被りますが、現実の歴史でも「小学生レベルの掛け算」を古代の庶民に見せたら、賢者レベルに認定される可能性が高い。異世界なら文明や教育レベルは設定次第ですよね。

設定次第を使った作品だってあります。ドラえもんですと、のび太が他の惑星に行ったら、超人的な膂力と認定されるなんて話がありました(重力が弱い星なので、住人の筋力が低いという設定)。確か永井豪さんの昔の作品で、未来世界に行った男の話もありました。その話では、機械文明の発達で人間が虚弱化してしまった、と設定されていました。そのため、過去から来た普通の男でも超人的になってしまう。

いずれも無理な感じはありません。周囲が主人公を褒め称えるのも自然でした。作品内での整合性があるからだと思います。

一方、無理を感じるものがあるのも確かでしょう。実際の作品を出すのははばかれますので、この場で捏造してみます。例えば、悪役(嫌われ役)が凡人レベルの実力もないのに親の七光りだけで威張り散らし、周囲を虐げている。主人公が颯爽と現れ、悪役の親が公認するゲームで悪役を叩きのめす。周囲が主人公を「凄い」「最強」「英雄だ」と心から称賛する。

おかしいですよね。凡人以下の悪役は実際にはモブキャラでも倒せてしまうことは分かり切ってるわけですから。悪役が叩きのめされて気分はいいでしょう。しかし主人公が強いことにはならない。戦えさえすれば誰でも勝てる相手に勝ったに過ぎない。

こういうの「ご都合主義」と呼んでるわけですよね。作者が「みんなが主人公を褒め称えるシーンが欲しい」と思って、整合性、必然性等を考慮せずに話を運んでしまうといったことで起こることです。

仰っている内容は、おそらく無双だからではありません。ご都合主義が感じられるとリアリティのなさにがっかりする、という昔から言われているものに過ぎません。ご質問(ないしはご主張)は問題のとらえ方が間違っています。

> 2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について

「ジャガイモ」という名詞は語源があって、ある一つの種類の芋を指しますね。そういう意味では、「ジャガイモ」と書いたら、対応する芋がイメージされる。現実の古代~中世ヨーロッパが舞台(ただし魔法やドラゴンはいたりする疑似的なもの)だとしたら、避けるべき。それは分かります。「国王の人気が失速」したり、「話が脱線」したりという表現も避けるべきかもしれません。そこまで制限して、作者、読者ともメリットが生じるかは疑問です。ですので、出すのを控えたり、変えるとしたら固有名詞だけでしょう。

ですが、古代~中世欧風の異世界だと話は違いますよね。「ジャガイモ」があって何がいけないのか。現実世界とリンクしてしまい、異世界感が損なわれるからでしょうか。それは一理あります。「ジャガイモ」を避けるなら、リンゴもピーナッツも避けるべきでしょう。調理法、食器にもオリジナルのものと固有名詞を考案する必要が生じます。結果、わけが分からない食事シーン描写に陥ります。

それでもいい、と思える作品もあるでしょう。例えば、異世界(ないしは異星)に放り込まれて戸惑う主人公ならアリでしょう。食品も(現代日本から来た)主人公にはグロテスク、味も不慣れなうちは極めて不味くて苦労するといった運びなら、異質・異常感を出すために、現実のものを連想させない固有名詞を与えるのはアリです。

一方、冒頭から美味しそうなご馳走を出したかったらどうか。例えば、腹を減らした主人公が宿屋に駆け込んで来たら、大勢がご馳走を食べていて、とか。未知のオリジナルな固有名詞で美味しそうと感じてもらうのは相当に無理が生じます。ビーフステーキにジャガイモの付け合わせ(に相当する食事)をどう言い換えるのか。言い換えること自体は簡単です。ですが「美味しそう」と感じてもらうのは、事実上、無理でしょう。

異世界感よりも食事が美味しそうなほうが大事であれば、なじみのある表現を使うべきなんです。異世界なんだから、なんでもかんでも異質にするべきと一律には言えない。そもそも、異世界の住人とて2足歩行で顔には目が2つ、鼻と口は1つずつ、髪の毛が生えていているだけではなく、美人・イケメンかどうか、マッチョか否か、とかとか、現実世界基準のものが多数あるわけです。たとえ、異世界感を強調する作品でも。でないと、例えば恋愛とか描いても感情移入はしてもらえないですよね。

これも問題意識の持ち方が間違ってるんです。問いの立て方がおかし。「ジャガイモ」を例にしてもいいけど、「中世欧風でアリかナシか」と考え始めると、罠にはまります。ジャガイモが出て来て雰囲気壊れる作品読んだら「ナシ」と言い始め、ジャガイモが出て来ても自然な作品を読んだら「アリ」と言い始めてしまったりします。

さらに映像作品を引き合いに出して文章作品に安易に適用したりして、さらに間違ったりします。例えば「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの前日譚「ホビット」シリーズでは、ホビットが食道楽ですんで、食事シーンがふんだんにある。原作小説はありますが、映画版で考えてみます。中世欧風異世界ハイファンタジーですが、食事ではジャガイモやトマトなどが並んでいる。まるで全世界から食材を集めてきたかのようです。

大変に美味しそうで効果的です。ですが、だから文章でも同じに描いていい、とはなりません。映像は説明しないから成り立つ面が多分にあります。トマトに見えるけど、トマトと呼んでないし、単にさりげなく置かれているだけ。意識してみなければ、「あ、トマトだ」とは思わない。文章だと必ず名詞を書かないといけません。必ず意識することになります(意識しないなら読んでない)。

同様のことが「エヴァンゲリオン」(1995年)でも見られました。日常シーンでアスカがゲームをしているんですが、マシンがセガサターン(そっくり)だったんです。だけど、単にさりげなく置いてあるだけだから無理は生じていない。これを文章で「アスカがセガサターンでゲームをしていると」と書いたら、相当おかしな感じになります。「2015年でなんでセガサターン? レトロゲームファンなの?」みたいになりかねません。映像作品だからこそ、さりげなく置くことができ、当時の視聴者に日常感を感じてもらうことが可能だったわけです。

同様に、「トップをねらえ」(1989年)。日常シーンのソフトドリンク(缶)、スナック菓子は当時に実際にあったものを忠実に描いていました。ただし誰も固有名詞で呼んだりはしない。映像作品だからこそ、それで日常感を出せたわけです。どちらもGAINAX作品・庵野監督で、小道具での効果の出し方に特有の拘りがあったのかもしれません。

表現媒体でも違いが出てしまうわけですね。決して「中世欧風(異世界)ファンタジーでジャガイモはどうか?」みたいな、大雑把な、あるいは大枠過ぎる問いを立ててはならないと思います。間違った問いには適切な答えは生じません。延々として終わらない議論であるのも、無理からぬことかと思います。必ず「この作品にジャガイモは適するか否か」みたいなピンポイントな疑問を持つべきです。
(続きます)

カテゴリー : その他 スレッド: 【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

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元記事:物語の余韻について

先日、評価シートが届きまして、そこに『地の文や台詞に余韻が感じられない。余韻を感じられるようにすればもっと物語に深みが出る』と書かれていました。
この余韻というのはどういうものでしょうか? いえ、なんとなくならわかるのですが、それが果たして正しいのかどうか気になりまして。この疑問に答えを出すべく質問をさせていただいた次第です。

上記の回答(物語の余韻についての返信)

投稿者 手塚満 : 5 人気回答!

公募先からの評価が「地の文や台詞」とのことですので、どの部分で余韻が感じられないのか、小説本文を示して頂くのが難しいのでしょうか。余韻にもいろいろありますので、原因が多岐に渡っている可能性もありますよね。
(それでも「小説のタイトル・プロローグ改善相談所」掲示板で冒頭を投稿して相談してみてもいいかもしれません)。

余韻のなさについて、既出の良回答と被る部分もあるですが、思い当たることを列挙してみようと思います。

その前に余韻の意味や効果の確認から。余韻って、例えば寺の鐘がゴーンと鳴って、その後も長くなり続ける音のことですね。聞き続けていることもあれば、鳴り終わったと思っていたら、ふとかすかに鳴り続ける音に気が付いたりもする。

転じて、見たものや誰かが言ったことの、その後が気になるようなことを指すわけですね。小説なら、描写の後にも何かが引き続き起こると感じたり、台詞の後に何を言いたいかを感じたりする。

そういうものが、なぜ必要なのか、ということから考える必要がありそうに思います。なぜ、完全に説明したり、言いたいことを全部言ってしまうと、面白くなくなるのか。これは、書いている人なら心当たりのある現象があります。

考えたことが思った通りに書けていたら、嬉しいですよね。言葉にする前は非言語的なイメージもあったりするんですが、全てを言語化できたら充実感があります。例えば「そうだよ、こういうことが言いたかったんだ」という気持ち。

しかし、作者が言いたいことが全部言えていたら、読者はどうなるのか。ひたすら作者の言うことを聞くだけになってしまいますよね。想像を巡らせる余地がない。言われた通りにイメージするだけになる。読書が作業に堕してしまい、退屈です。

ある(地理担当の)予備校講師さんがTVで授業で行うような講義をやっていました。例えば「小麦の生産量は人口に比例する」と説明し、生徒Aに「世界で一番人口が多い国は、どこでしたっけ?」と問う。生徒Aは「えっと、イン(ここで講師がちょっと首をかしげて見せる)、あ、中国」と答える。講師はニコッと嬉しそうに「そうですねー!」と言い、生徒Bに「じゃあ、小麦生産が世界一なのは?」と問う。生徒Bはそこまでの話を踏まえて、「中国になるはず」と言い、講師がまた嬉しそうに「そうですよねー!」と言う。

そうやっていると、だんだん生徒も面白がってきます。正しく答えられたからだけではないでしょう(質問が簡単すぎますし)。講義に参加し、講義を補完しているという自覚が生じ、充実感が生じるのが大きな理由の一つになるように思います。ちょっと大げさに言えば、「この講義を仕上げたのは自分なんだぞ」という気持ちです。

余韻の効果は、風情とか深みとか曖昧に表現されることが多いんですが、ラノベに関して言えば、読者が物語を補完する、物語に参加する意識が出る、といった効果があるように思います。読者には、キャラに感情移入して欲しい、できればキャラになり切って物語を味わって欲しいわけですから、単なる見物客ではまずいわけです。だから、物語に参加してもらい、特に完結させる喜びは読者に譲る必要があります。そのための手法の一つが余韻であるわけです。

大事なことなので簡潔に繰り返しますと、「言いたいことを書き切れたら面白いわけだから、その面白さは読者に譲ろう。それが面白くするコツだ」ということになります。

余韻の大事さはこれくらいにしまして、どうして大事な余韻がなくなってしまうか、いくつかケースを考えてみます。

1.説明し切ってしまう
上述しましたが、キャラの行動・言動が完了してしまうという、おそらく最もよくある現象です。ご質問文を小説本文と考えて、例にしてみます。

> いえ、なんとなくならわかるのですが、それが果たして正しいのかどうか気になりまして。

「なんとなくならわかる」わけですよね。「なんとなく」なんですから、はっきりはしていないことが読み取れます。質問ですからはっきりさせる必要があって、「果たして正しいのかどうか」と続けるわけですが、これがキャラの台詞だったらどうでしょうか。

「いや、なんとなくなら分かるんだけど」

としてしまってもいいですよね。すると、「だけど」の逆接の後に何が言いたいか、自然と想像を働かせたくなります。

もし、キャラが続けて「果たして正しいのかどうか気になって」と言ったら、読者の気持ちは「ふんふん、なるほど」でしかありません。正確に言えば、「気になって」で途切れてますので、その続きは読者が補完します。

ですが、「分かるんだけど」で切ったほうが、補完できる幅が広がりますよね。質問ではまずいわけですが、小説でなら有効です。その後の展開でどうだったのか示すことも可能ですし、逆に小説の最後の台詞であれば、「完」の後で起こることを想像したくなります。

技法的には、台詞や地の文の末尾を「……」や「――」にする手法がよく知られています。明示的に「この後に言いたいことがあるが言わない」と示すものですね。

2.逆に中途半端すぎる

もう一度、同じ部分。

> いえ、なんとなくならわかるのですが、それが果たして正しいのかどうか気になりまして。

話をひっくり返すようですが、実は決定的に足りない部分もある。どう「なんとなくならわかる」のか、です。仮にこれが冒頭の台詞だとすると、想像のしようがありません。

余韻を残すには、おおむねですが「八割分かって、二割分からない」必要があります。必要な情報のうち、半分くらいしか出していないのでは、想像の余地がありすぎて、余韻どころではなく、むしろ混乱を招いてしまいます。

3.場面転換が速すぎる

例えば、「ヒロインが主人公のデートの誘いにちょっと戸惑った→いきなりヒロインが車にはねられた→車からテロリストが降りて来て銃乱射→…」と一気に話を進めたら、ヒロインがデートの誘いにどう思ったか、読者が考えてる暇はないですよね。

小説を読み進めてもらいたいあまり、目立つイベントを矢継ぎ早に出すと、余韻がなくなります。要は読者を振り回してしまうということです(話の展開でそういう狙いがあるなら、余韻は諦めるべき。余韻は常に必要なわけではない)。

4.シーン接続が密すぎる

上記3の逆です。1と同じことで、時系列でシーンを並べ、各シーンの間に時間経過がないと、シーン間で何かが起こったかどうか、迷わなくなり、想像も働かせなくなります。

5.シーン間が飛びすぎる

上記4の逆で、2と同様です。シーンの時間をあまりに空けたり、無関係な場所に変えてしまうと、シーン間で何かがあったかどうか気にならなくなり、読者が補完しなくなります。

6.シーンの同時並列進行を用い過ぎる

シーンというよりイベントと言うべきかもしれません。例えば、メインキャラA、Bが別行動を取り、「Aがこうした→その頃、Bはこうした」みたいなストーリー進行を用いることがあります。これ自体は、読者の補完、想像力を喚起させ得る手法です。Aのシーンのとき、Bはどうしているか考えたりしますから。

しかし、2つのシーンの同時進行なら大丈夫かもしれませんが、3つ、4つと増えてくると、読者は情報整理に追われ、ついにはお手上げになってしまいます。結果、作者の説明をただ聞くだけになってしまう。あるいは、3で申しましたような速すぎる切り替えで、同時進行シーンが細切れ過ぎる場合も同様です。要は、作者にしか分からなくなる。

思いつくものを挙げてみましたが、これ以外にも余韻が感じられなくなる要因はいろいろあると思います。ただ繰り返しですが、余韻は必ず必要なものではありません。比喩と同じく、使いすぎると嫌味な感じになりかねませんので、スパイスのつもりで少量用いればよいと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 物語の余韻について

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