小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順317ページ目

元記事:皆さんにとって、魅力的なキャラクターとは何でしょうか?

質問です。

皆さんにとって、魅力的なキャラクターとは何でしょうか?

何を以てそのキャラクターを、作者も読者も「おお、魅力的だあ」と思わせられるのでしょうか。

また、ご自身の作品におけるキャラクターを作る際に大事にしている点や、「これだけは譲れない」ポイント等ありましたら教えてください。

作者によっては、キャラクターの持つ信念、目的、哲学、ギャップetc...と、千差万別ですよね。

一応、大まかな要素として、以下の通りですかね。

1.キャラクター全員が、物語の中で明確な思考と信念を持ってちゃんと生きている(作者の傀儡になっていないかどうか、なろう系のように非常識になっていないかどうか)
2.このキャラクターが、この物語にどのような味を齎すのか(いてもいなくてもストーリーの味に変化なしになっていないか)
3.このキャラクターが登場する意味とは?(他のキャラクターにも、きちんと登場から退場まで存在を認知されている)
4.作者が物語を制御出来ているかどうか(終始一貫している。とっちらかっていない)
5.ご都合展開になっていないかどうか(話の途中から「じゃあ初めからそうしろよ!」と突っ込みたくなる設定ではないかどうか)
6.キャラクターの属性・特徴・ギャップ(華奢なのに大食いとか、陸上競技全般得意なのに泳げないとか、頼れる兄貴分なのに虫が嫌いとか。これらの特徴が後の伏線に生かすのもアリ)

以上の5点をクリアした上でしっかりとキャラ付けを行えば、よっぽどのことが無い限りは、それなりの魅力を読者に伝えられるのではないかな、と思いますね。

とはいえ、そのようにキャラクターを登場させて、出番と見せ場を多く描いたとしても「あー、そういえばそんなキャラクターいたな」ぐらいの印象にしかならないこともありますし、「羊たちの沈黙」ハンニバル・レクターや「葬送のフリーレン」のアウラのような、たった数分程度の出番しかないのに、多くのファンが付いて後になっても語り継がれるキャラクターもいますよね。

結論:わかりません

上記の回答(皆さんにとって、魅力的なキャラクターとは何でしょうか?の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

うーん。
まったく関係ない話からするけども、日本のアイドルって割と素人臭さがあっても受け入れられるしその子が成長していく過程も一緒に楽しむものだったりして 応援する ってのがファン心理なんだけど、海外のアイドルってのは韓流をはじめ最初からダンスも歌も完成されてるものを出すのよね。最初から凄い庶民には手の届かない憧れの存在としてデビューする。
これは、海外は憧憬型、日本は感情移入型と言える。
海外映画などを見ても、ハリウッド映画のシリーズもので1作目のヒロインが2作目で登場しないとか、恋人が変わってたりとか、あるいは味のある部下があっさり死んでしまったりとか、割と主人公以外のキャラクターが消耗品になってるって思うことないかな。
日本の場合、主要キャラの退場はものすごく衝撃的なことだし、お馴染みのキャラクターはだいたい登場してくる。
海外の作品は基本的に英雄志向で憧憬型が思考の根本にあるから、日本っぽい共感型の作品を作ってもやっぱ違う出来になるんよね。

で、ここが日本の作品のキャラクター面での大きな強みだと個人的に思っていて、「共感」の作り方が海外と日本とで大きく違う。
海外の場合は、「こんな凄い人でも悩むんだ」みたいな人間性の一面を見せることで 一時的な共感 を積み重ねて感情移入させてく。「こんな幸せな人にも悩みが」とか「こんな不幸な人でも一時の安息が」とか。
日本の場合は最初から 等身大の共鳴 を目指した設計をしていて、だから読者層と主人公の年齢を合わせたりとかしてる。一時的な共鳴はあくまで人間味を表現し立体感を見せるためだけに使う。

じゃあ、どうしたら「等身大の共鳴・共感」を作れるか。
主人公を読者と近い設定にすればいいのかってなるけど、設定はあくまで しやすくなる だけで利用できる道具でしかない。
例えば、「イジメの現場を目撃してしまった」とする。相手は無茶苦茶怖いんで有名な先輩。割って入ったら確実に自分も標的にされる。あなたはイジメを止めに入れるだろうか。
ここで 主人公と読者が近ければ共感しやすい とするなら、主人公は「イジメを見て見ぬふりをする」はず。けれど、そんな物語の主人公に共感はすまい。
設定はあくまで 共感しやすい設定 なだけで、 共感する設定 ではないわけだ。
主人公なら「イジメを止めに入る」か「機転を利かせてイジメを止めさせる」って方法を取る。
そういう主人公のほうが読者が「応援しやすい」から。
ここで上のアイドルの話と繋がる。この「応援」したいと思う気持ちを偶像ないしキャラクターに乗せてるのが日本のエンタメの特徴。文化的に日本人はそういうのが好き。
海外の場合も応援はあるけど、海外の場合の「応援」はあくまでヒーローを応援するっていう、どちらかというと 支持 に近い感情だと思う。

では、「応援したい」という感情はどうやって作るか?
これは恋愛ないしラブコメ作品が非常に参考になる。人気のラブコメ作品はどれもこれも「二人の恋愛を応援したい(見守りたい)」というカップリングになってる。
そりゃ当然で、「どうせすぐ別れるだろ」ってカップルの恋愛話なんて聞いてて面白いわけがないので。
じゃあ、そのラブコメの主人公とヒロインは、初回登場で初めて顔を合わせた時点で読者は二人を「応援したい」と思うかどうか。
思わんよね。
二人のドラマの積み重ねが、二人を応援したいって気持ちにさせる。
恋愛の「応援したい」という感情とは違うけど、レクター博士に対する読者の感情も基本は同じ。クラリスとの関係性があってはじめてキャラクターが成立する。
とはいえ海外作品なのでレクター博士に対する憧憬がある憧憬型で、クラリスとの対比でそれが深化されてる形。共感が入るのはクラリスのほうだね。前作もあるし、あくまで有名になった二作目の羊たちの沈黙だけで分析するけども。

でも、フリーレンのアウラは、たぶんあれは特殊。
まず初めて出てきた魔族のボスで、二次創作的に弄りやすい能力を持ってて、実際イジられまくったから。というか二次でギャグにしても敵対役として出すとなるとアウラ以外にキャラがいないって状態でアニメ化してヒットしたから。
たぶん作者としてもアウラが人気出たのは困惑してるんじゃないかな。
何も掘り下げてないし、何も活躍できてないし、ただフリーレンの魔力の話をするためだけの設定と能力を与えただけなのに、って。
だから、以降もアウラは人気あるけども、徐々にユーベルの人気も出てきたでしょ。ユーベルは最初こそ狂気的なキャラクター性が垣間見えたけど、メガネくんとのカップリングがいい感じだし、なんか「応援したい・見守りたい」と思えないかな?

スレ主さんが箇条書きにされたものはだいたいが「設定」で、それは大事なんだけど設定はあくまで道具でしかないので、それをどう感情移入につなげて共感を得るかって話が重要じゃないかなと思う。
例えば、
>華奢なのに大食い
でも弁当は普通サイズで、足りなくて影で総菜パン食ってるのを主人公に見られて恥ずかしがるとか、ひょんなことからヒロインの家に行ったら母親がテーブルに乗り切らないほどの夕飯を用意してて唖然とする主人公と取り繕うヒロインとか。
コアになるキャラ設定に対して感情を乗せるシーンを作るとこまでがセットではないかな。
そうすることで、そのコア設定が彼女の魅力ですと読者に伝わると思う。
更に「応援したい」につなげるなら未完了の欲求や潜在的可能性の予見を書けばいいのではないかな。
「応援したい」って気持ちはキャラクターの行動・リアクションで生まれてくるので、
>頼れる兄貴分なのに虫が嫌い
この場合は、突然虫が出て情けない悲鳴をあげるけど、弟分の手前震えながら自ら追い払おうとして更に悲鳴を上げるとか。苦手なものでも嫌でも弟分より前に出る。頼りないけど頼りになるシーンとか。
これは、兄貴分の不器用さを応援したくなるって視点で考えたけど、ようは設定だけじゃなく、その設定をどう使うかって部分が大事だと思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 皆さんにとって、魅力的なキャラクターとは何でしょうか?

この書き込みに返信する >>

元記事:漠然としたメモから膨らませていくやり方について

漠然としたメモだけが浮かんでる場合、みなさんはどこから話を考えますか?
今考えているものが抽象的でどう膨らませていけばいいのか……5年以上ちゃんとしたものを書いていなかったので、何からやればいいんだろうという感じです。

具体的には
・「こういうキャラクター同士の話が見たい」
・「A→Bはこういう感情でこういう気持ち、こうなってほしいと思ってる」
・「B→Aは逆にこう思ってる、正反対なのが良い」
・「A→Bへの独白、それに対するBの反論」
・「それぞれの過去はこうで、だからAはこう思っている」
・「AとBはこういう仕事で、こういう環境に住んでる。Aはこういう場所に住んでいて朝起きたらこういうことしてて……」

こんな感じの設定とも言えないような「こういう感じがいいな」という抽象的なメモばかりが溜まっていきます……。
具体的なエピソードをここからどう広げようか、というところで立ち止まっています。
こういう場合皆さんはどうするのか、参考にさせていただきたいです。
よろしくお願いします。

上記の回答(漠然としたメモから膨らませていくやり方についての返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

広げるんじゃなくて、落としどころを考える。
まず着地点を考える。それは出来るだけ早い方がいいけど、イメージが出尽くした頃にやってもいい。
落としどころを考えることで物語としての枠が出来るから、そっから具体性をもってエピソードを広げていく。
具体的なエピソードを作ってく過程で落としどころが決まってく人もいるが、オチを作る才能のある人か、でなければ短期的な落としどころは無意識に作ってるって人でない限りは、意識して落としどころを早いうちに想定したほうがいい。

示された具体例で言うと、この場合ようはAとBの人間ドラマであって二人の衝突が内容なので、和解するか反目するか現状維持かの3択。
和解する場合はどちらかが否定され受け入れるか、お互いに理解し合うかの二択。
反目する場合はどちらかが否定され受け入れないか、お互いに理解し合えないかの二択。
現状維持は、文字通り何の変化もない現状維持か、進展はあるが関係性は変わらないかの二択。
これは私個人の理屈で紐解いてるだけで、こうだって話ではないからね。
ちなみに個人的には「どちらかが否定されて和解する」パターンが好き。隠してた本音がぶつけられて気づいてやれなかった事に罪悪感を覚えながらも仲直りするって感じがこのパターンの王道かな。親子とか兄弟姉妹とかの設定でやられると感情が揺さぶられ過ぎる。なので、自分も好んでよくやる。
反目パターンの場合は、この物語自体を内包するもう一個別のストーリーラインがある場合に使うことがあるかな。例えばバトルもので反目して敵のとこへ行く、一人のところを敵に襲われるなど。そのまま敵対関係や悲劇展開にもってってもいいけど、この場合敵を倒せば話は終わるから、この事件を切っ掛けに二人は仲良くなっていくって感じに持ってける。
現状維持は、ラブコメとかでよく見るパターンかね。進展したかに見えたけど、何気ない一言で元の鞘に収まるパターン。進展してるようで物語は展開してないからいつまででも飽きるまで同じこと繰り返せる。

まあ、要するに、イメージを膨らませるやり方はまず落としどころを決めなきゃダメ。落としどころを決めるためにイメージを膨らませてると思ったほうが良い。なのでイメージが出にくくなってきたら意識的に落としどころに思考を切り替えたほうがいいと思うかな。
この時点では前述した感じで簡単な落としどころでも良いので、例えば「挑戦」に対しては「成功」か「失敗」かの二択しかないんだから、まずそこから決めていく感じ。
そしたら、オチへ至るための条件を羅列してそれを配置し、その条件に合う事前に考えてたイメージを当てはめてく。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 漠然としたメモから膨らませていくやり方について

この書き込みに返信する >>

元記事:キャラクターとストーリーの両立って可能ですか?

キャラクターストーリーの両立って可能ですか?

作品を執筆する上で、「ストーリーに注目させたい」のか、「キャラクターに注目させたい」のかを自分の中で明確にした方が良いでしょうか?

世間一般的な認識で言うと、

一般小説→どちらかという事件や出来事がメインでストーリーが展開される作品が多い

ライトノベル→登場するキャラクターがメインで話が展開させる作品が多い

といった具合だと思います。

これを踏まえた上での私の悩みというのが、一般小説の要素とライトノベルの要素を両方取り入れて作品を書いてしまったことです。

つまり、仮に作品を完成させてサイトに投稿したとしても、「この小説って、ストーリーとキャラクター、どっちに注目して読めばいいの?」と、読者を困惑させてしまう小説になりかねないということです。

私自身、今取り組んでいる作品を一般小説として書いているのか、ライトノベルとして書いているのかよく分からないまま、がむしゃらに書き続けた結果、そのどちらでもあり、どちらでもない謎の作品になってしまいました。

内容としては、「現代の現実世界が舞台で、世界を巻き込む巨大な事件が発生し、それを引き起こした敵組織と戦う」

と、これだけ聞くと「あっ、一般小説かな?」と思えるような世界観ですが、先を読んでいくと、

「攫われたヒロインを助けに行く」、「美少女」、「敵幹部との長い異能力バトル」、「敵同士の異能力バトル」、「三つ巴の異能力バトル」、「主人公ピンチからの暴走・覚醒」、「敵全員倒して勝利エンド」
と、主にライトノベルでよく見られる要素がてんこ盛りとなっております。

もう、ずーっとキャラクターたちがバトルしているので、物語全体が殺伐としていて、キャラクターたちの魅力なんて伝えられたものではありません。一応、各キャラクターの固有の能力を披露したり、「大好きだから―」とか「お前なんかに負けるもんかー」といった決め台詞を言うシーンもあるので、それで魅力は伝えられているのかな? と思います。「美少女」要素を取り入れたのも、殺伐とした雰囲気を中和させるためです……

事件にも注目してほしいんですけど、それを繰り広げるキャラクターたちにも注目してほしい、という純粋で真っすぐな思いを抱きながら執筆していきました。これは言うなれば、漫画20~30巻分の描写を、全て文字に変換してアウトプットしたみたいな具合ですね。

はい。自分で書いてみて思いましたが、もう正気の沙汰ではないですねw

これだと、「なんか凄いことが起こっているのは分かったんだけど、それがよく分からないまま読み終わってしまった」という感想を読者が抱いてしまいそうですよね。

事件とキャラクター。両方を読者に注目してもらいたいっていうのって、自分勝手なエゴでしょうか?

上記の回答(キャラクターとストーリーの両立って可能ですか?の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

正直なとこ、いろいろ前提に誤解があるんじゃないかってのが最初に思ったこと。
そもそも、物語は変化の過程が内容になるものだけど、基本的には「誰が」と「何をしたか」で構成される。
ようするに物語は「誰が」っていうキャラクターないし対象が不可欠であって、ストーリーかキャラクターかではなく、二つの要素は相乗効果で良くなってくもの。
どちらかが良ければ片方は牽引される形で魅力を増していく。
なので、相談内容に書かれてる大部分を否定する形になっちゃうので、なんか前提に誤解があるんじゃないかな、と。

最初と最後の疑問に答えておくと、
>キャラクターとストーリーの両立って可能ですか?
可能。むしろキャラものは「キャラの魅力を多くする」のではなく「余計な物語を削ってキャラを立ててる」。つまりキャラをプラスするんじゃなくて物語をマイナスして、キャラを邪魔しないよう必要ない設定や伏線など物語的ギミックを省略してるわけで、別に物語自体に力を入れてないわけではない。
言い方を変えれば「そのキャラの魅力を出す物語」に力を入れてる。

>事件とキャラクター。両方を読者に注目してもらいたいっていうのって、自分勝手なエゴでしょうか?
ぜんぜんエゴじゃない。むしろそれを目指さないでどうすると思う。
何故そういう考えに至ったのか興味があるので、できれば回答が欲しい。

美少女要素の追加も、それは中和じゃなくて相乗効果ではないかい?
例えば、「ひぐらしのなく頃に」あたりから可愛い画風でシリアスなホラーやサスペンスをやるっていう「がっこうぐらし」とかああいう系が増えたと思うけど、可愛い画風はホラーの怖さを「中和」させるものかな?
むしろ、そんな可愛い画風が恐怖に浸食される相乗効果があるものではない?
なので、美少女要素はそもそも中和に使うものではなく相乗効果に利用しないとって思うかな。

あと、一般小説、たぶん大衆小説・文芸作品のことだと思うけど、これがストーリー重視というのも違う。ラノベと比較して結果的にそう見えるから言ってることはわかるけど、それは相対的なものであって、別に文芸作品が「ストーリー重視で書かれてる」というわけではない。
あくまで抽象的な表現だけど、書こうとしてる対象のテーマを主観的に見るか客観的に見るかっていう違い、みたいな感じ。
よくアイディアに対し「それはラノベ向きじゃない」とか「文芸向きじゃない」みたいなこと言う人いるけど、確かに広い意味での向き不向きはあるけど、例えば直木賞とか取ってる作家の宮部みゆきはゲームICOのノベライズを担当してるし、アニメ映画化やコミカライズ展開もしたブレイブストーリーを書いたりもしてる。
ようは、テーマに対して、それを「見る角度」の問題であって、これはスレ主さんの相談の本質にも言えるんじゃないかって思う。
ちょっと難しい話になるけども、
ストーリー重視とかキャラ重視って言葉は確かにあるけど、そもそもその物語で何を書きたいんですか、その書きたいものに対してどういう角度でアプローチしてますか、って話じゃないかな?
キャラに魅力があればストーリーにも魅力が出てきてついてくるし、ストーリーが複雑でもキャラを追ううちにストーリーの魅力に気が付いてくる。その例としていいかはわからんけど、一般的なラノベよりは複雑なストーリーだろう作品で言うと、デュラララあたりが挙げられるんじゃないかな。
もちろん、この構造は逆も然りで、ストーリーが面白いからキャラに魅力が出てきて、話を追ううちにキャラにハマったって場合もあるだろう。
スレ主さんは、そこで じゃあ、どっちも最初から魅力的だったら? という問いをしていると思うけど、そんなの読者が好きに片方を選べば結果はどちらも同じなんだから、何も問題ないよね、というかそう出来れば理想よね、って感じじゃないかな、と。

カテゴリー : ストーリー スレッド: キャラクターとストーリーの両立って可能ですか?

この書き込みに返信する >>

元記事:このような小説はどのようなジャンルになるのでしょうか

ちょっとした疑問です。
ライトノベルよりも長めにSF的解説が入る小説である、
瀬名英明『ドラえもん のび太と鉄人兵団』、小太刀右京『勇者聖戦バーンガーン THE NOVEL』は、
「アニメ・ゲームを原作とした小説」以外ではどのようなジャンルの小説と言えるのでしょうか。

以下、バーンガーンの一部
「 Variable Robot System “VARS(可変型ロボットシステム)” は、瞬兵の年の離れた姉である芹沢愛美が開発した革新的なロボットトイである。

 登録者の脳波と言語インプットの双方を読み取ることで、これまでのインターフェースとは比較にならないほど柔軟な情報入力を支える最新の超AIを搭載したVARSは、新世代のeスポーツとして爆発的な人気を博していた。

 例えば、である。
 これまでのロボットに「パンチを繰り出して相手のロボットを倒せ」という指示を与えるには、「相手との距離をセンサーで測距し当該位置に移動し」「右マニピュレーターでストレートを繰り出す」というような命令をコントローラで与える必要があった。
 無論、これでも単純化されたモデルであることは言うまでもないが、砕いて言えばこのようなことである。」

引用終わり。

上記の回答(このような小説はどのようなジャンルになるのでしょうかの返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

両方とも読んだことないので明確に答えられないが、「SF要素がある」とか「科学的な解説がある」とかじゃなくて、何を作品テーマにしてるかってのがジャンルに大きく関係してくる。
極端に言えば、オバQは幽霊を題材にしてるけどこれはホラーか? 違うでしょ? ジャンルで言えばギャグコメディだよね。
幽霊とかオカルトとか、空想科学とか科学的解釈とか、そういう 道具 があったとして、その道具で「恐怖を書きたいのか」「近未来の何かを書きたいのか」あるいは「恋愛を書きたいのか」っていう、その道具で何をしたいのか、がジャンルに関係してくる。
なので、作品を読んで あなたはどう解釈できましたか、どう読み取れましたか、っていう話。
作品の一部引用だけで判断はできない。

もうちょい例えると、
何らかの戦闘をする物語はバトルものと定義するかどうか。ナルトにしろワンピにしろ能力バトルと言えるだろうし、とあるシリーズあたりは学園バトルと言えるんだろう、じゃあ、仮面ライダーは? バトルものとは言わずヒーローものと言うよね。戦闘する物語なのに。ヒーローだからヒーローものなのかな。じゃあ〇〇レンジャーとかは? これはヒーローものとは言わず戦隊ものって言うよね。
戦闘って枠でくくると同じだけど、その戦闘で能力を表現したいのか、ヒーローの活躍を表現したいのか、戦隊のチームを表現したいのか、まったく違うため変わるわけだね。
要するに、最初に戻って、何を作品テーマにしてるか、っていう話であって、作品の中で扱ってる道具で区別する話ではない。と思うかな。

なので、ドラえもんの鉄人兵団についてはちょっと調べてみたけど、これはおそらく児童向けアニメを題材にSFリメイクさせたものだと思うかな。対象年齢をやや引き上げてジュブナイルにした作品だろう。児童書にせずSFの入り口になる作品を目指したんじゃなかろうか。
つーかこんな作品あったのね。知らんかった。ちょっと買って読んでみるわw

カテゴリー : その他 スレッド: このような小説はどのようなジャンルになるのでしょうか

この書き込みに返信する >>

元記事:使用人の一人称で書くときの、雇い主への敬語について

同じ質問をなさった方が過去にいらしたら申し訳ありません。

お屋敷の使用人視点で短編を書こうとしております。お仕えするお屋敷のご家族についての話になります。
使用人なので、「奥様」「旦那様」「ぼっちゃま」など、呼ぶ相手は敬称でよいとして、その方々の動作や仕草を説明するときも敬語にすべきでしょうか?

「旦那様が奥様のお髪を直そうとなさった」
「ぼっちゃまがお部屋に入っていらした」

などです。このまま読むのはなかなかうっとうしいなぁと思ったのですが、使用人視点なので、普通の文にしてしまうと、雇い主への敬意がないうえに、無礼な使用人というキャラクター付けをしてしまいかねないのか?など
悩んでおります。
よいお知恵をお授けください。

上記の回答(使用人の一人称で書くときの、雇い主への敬語についての返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

一人称といえど、地の文が視点主の心の声だけで構成されてるというわけではないので、使い分けかなあ。
とはいえ心の声だけで書くってコンセプトも間違いではないから、確かに常に敬語だと鬱陶しいけど、だからこそ心の声だけっていう印象が強くなって没入感がある作品もあると思う。
たぶん作品コンセプトにもよるし、作風や作品の雰囲気にもよるし、やってみなきゃわからない類の悩みだと思うから、短編規模ならいっそ冒険してみるつもりで悩むより書いたほうがいいと思う。
短編は個性が見えたほうがいいから、半端にやるよりがっつり敬語に振ってみたらいいんじゃないかな。

試すなら敬語に振るのをお薦めしてみるけど、一応、個人的には使い分ける派で鬱陶しい一人称は読むのも苦手なタイプっス。
使い分けは、例えば外国人の外国人っぽさを表現するために地の文の一部を外国語にするなど工夫があると思う。そういう工夫の話だから、ルール的なものはないし自分で試行錯誤するしかない。つまりどちらにせよ書くしかない。
例えば、「奥様」とか「旦那様」とかが主語になる文章は敬語で書く、他は敬語にしないとか、そういうのを自分で決めて自分ルールでやる。
なのでそこを決めかねているのなら、いっそ敬語に全振りしたほうが経験になるのでは。っていう助言です。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 使用人の一人称で書くときの、雇い主への敬語について

この書き込みに返信する >>

現在までに合計1,591件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全319ページ中の317ページ目。

ランダムにスレッドを表示

参考にしている語彙集、語録集

投稿者 文吉 回答数 : 4

投稿日時:

質問です。 小説やラノベを書くときに参考にしている語彙集や語録集(本またはwebどちらでも)またはそういう言葉の一覧表が載って... 続きを読む >>

バブ味

投稿者 笹丸 回答数 : 2

投稿日時:

一番バブ味を感じる母親、と息子の主人公の設定を一緒に考えて欲しい 今主人公が朝起きる時 すぐ起きるタイプかぐずるタイプか もし... 続きを読む >>

地の文の描写について

投稿者 迷迷 回答数 : 3

投稿日時:

はじめまして。早速ですが質問になります。 自分は会話文を全て書き終わってから地の文を足していくのですが、どうしても動きの描写ばかり... 続きを読む >>

ランダムに回答を表示

元記事:人数について

私が書こうとしてる長編はどうも8人以上いってしまう傾向があります。
物語上、組織とか作らなきゃいけないときや前世も必要になってくると、どうしても8人以上になってしまいます。
この場合、どうしたら良いのでしょうか?
また、その章にしか登場しないキャラは特に気にしなくても良いのでしょうか?

上記の回答(人数についての返信)

投稿者 サタン : 1

「キャラクターの数」で数えれば、人数が多くなったって別に問題ありません。
推理小説では容疑者が5人いれば探偵役と被害者役を含め7人になりますし、探偵役にヒロインをつければ8人になります。
じゃあ容疑者を減らせば……となれば、話の幅が狭くなるので正しい判断ではないでしょう。
あるいは群像劇の場合、一人の主人公に対して2~5人以上のキャラクターをつけて1グループとし、これが3・4グループあったりもします。
単純計算で6~20人のキャラクターが出て来ることになります。

ここで考えるべき「キャラクター数」というのは、「目立たせたいキャラクター」という意味で考えれば良いと思います。
当然のこと主人公はこの筆頭で、ヒロインやサブキャラクターと続いていきます。
これが8人以上いるのはキツいし、作者の技量的にもアマチュアクラスなら5人くらいを上限にみたほうが良いと思う。

というのも、新人賞くらいのページ数を考えると単純に計算して12万字を5人で割って一キャラあたり24000字しかページを割けないんですよね。
実際は正確に5等分ではないしキャラ描写以外にもストーリーを進行させなきゃいけないページ数も考慮するから、この数字は理論値ですらないけど、あくまで考え方としてそうなるって話ね。
たぶん実際にキャラ描写に割けるページは、主人公以外はこの半分以下になるでしょう。
そうすると、8キャラもいたら、相当上手くないと確実にキャラ描写が足らなくてキャラを出しきれない。
登場回数が少ないのにインパクトのあるキャラもいるけど、こういうのは相対的だから全キャラで同じことをするのは出来ない。

サブキャラのキャラ描写に執心して主人公がおろそかになったら、絶対に主人公空気な状態になるでしょ?
ヒロイン主体の巻き込まれ系を書いてる人は、ヒロインが目立ちすぎるためにここで悩んだりもするけど、これは単純にキャラ描写のページ配分やヒロイン主体にせざるをえない物語構成に問題があるんだけど、主人公以外に「目立たせたいキャラクター」が多すぎるとこうした問題を併発していくことになる。

なので、キャラクターが多いこと自体には問題ないけど、「目立たせたいキャラクター」が多いのは問題です。
雪夜刹莉さんの場合、「その章にしか登場しない」とあるので単に「キャラクターが多いだけ」の話で、問題ないんじゃないかと思います。
「キャラクターが誰だかわからない」のは、まあ極論ですが、読者が正確に誰なのかを把握する必要はないので、そのキャラの立ち位置さえわかれば話は通じます。
例えば「前世のキャラ、敵役」とわかれば問題ないので、工夫次第でどうとでもできます。
前世のキャラは名前の印象が古風だとか横文字だとか、話題に上がれば「◯◯か」と名前だけで呼ぶのではなく「裏切り者の◯◯か」と書いてやるとか。
読者の理解は話が通用する程度に理解してくれれば問題ないので、そう思えばどうとでもなります。
その工夫がある以上は、キャラクターの数が増えまくったところで別に問題ないでしょう。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 人数について

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:小説って何を以て「面白いなあ」と感じますか?

質問です。

1.小説って、何を以て面白いと感じますか?

①ストーリー展開、緩急が上手いところ等
②伏線の敷き方、回収の仕方
③個性的なキャラクターがたくさん
④作品のテーマ(命とか友情とか愛とか)
⑤描写が良い
⑥世界観やオリジナリティが感じられるかどうか
⑦引き込まれる文章力
⑧1~7全部
⑨人それぞれ

2.作品って、面白いから売れるんですか? 売れるから面白いんですか?

ジャンルは違いますが、「鬼滅の刃」とか「呪術廻戦」とかは漫画もアニメも映画も大ヒットしているじゃないですか。YOASOBIの曲である「夜に駆ける」も再生回数が4億回達成したぐらいですし、こういう大ヒット作品って、何かしら「面白い」と言わしめる何かしらの「共通点」があるのではないかなと思えてなりません。
その共通点がずばり何なのか分かることが出来れば自分の作品にも採り入れてある程度世に通用する作品に仕上げることができると思うんですよ。
(ちなみに「鬼滅の刃」は、コロナ禍というかつてない状況の中、ストーリーもさることながら、コロナ=鬼と重ねたことで鬼をバンバン殺していく場面を見てコロナに対する鬱憤を晴らしてスッキリすることができるという点が大ヒットに繋がったという見方もあるそうです)

よろしくお願いします。

上記の回答(小説って何を以て「面白いなあ」と感じますか?の返信)

投稿者 大野知人 : 0

 趣味に合うか、否か。
 それ以上はしらん。

 まあ、「自分はどういうものが好きなのかなあ」とか考えたりもしますが。
 基本的に悩むだけ無駄ですよ。

 人気作ってのは、人気作だから売れるんです。
 元のできがいいのはもちろん大事ですが、結局、広告会社がどれだけ仕事をしたかです。

 日本人、周りに流されるのが大好きですからね、たいしてなにも考えず、<「人気作だから」読む人も多いと思いますよ。

カテゴリー : その他 スレッド: 小説って何を以て「面白いなあ」と感じますか?

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:エッセイの中でさりげなく、自分が中傷されていたらどうする?

こんばんは、甘粕です。

私が普段活動しているサイトの中で、ある人のエッセイの中で、僕の名前は出ずとも、本人には分かる様な中傷、やり取りの抜粋がなされていたエッセイを発見したんです。

が、ペンネームが具体的に出されている場合は通報でいいのでしょうが
こうした巧妙な隠され方をした場合、単なる愚痴で放っておけばいいんでしょうか?

ちょっと交流を持っただけなのに、距離つめてきて、私の事を勝手に創造する。事実を曲げる。ネットの特に有意義でないやりとりは良いものをはこんではこないなと思ったり、人間つかれたなと思ったこの頃でした。

皆さんは似たような経験はございますか?

上記の回答(エッセイの中でさりげなく、自分が中傷されていたらどうする?の返信)

投稿者 サタン : 0

何度かやり取りしただけで気安く距離つめてくる人は、びっくりするぐらい手の平返すの早いですからね。
似たような経験は確かにありますが、そういう相手ってたいがい「気安く距離つめてくる人」なんだよね。
しかも一度触れてしまうとしつこいんだよね、この手の人。思い込みも激しいし。
ほんで「可愛そうな自分アピール」があったりするんだけど、このあたりの特徴をよくよく考えてみると、中学生か高校生くらいの思春期あたりの子の特徴に近いんだよね。
自尊心が芽生え始めた頃というか。

こいういう子は一度痛い目をみないと治らないし、大人のやりかたでガツンとやったほうがいいんだけど、正直そんな目くじら立てるのも大人気ないし、私が相手のためにそこまでして憎まれ役を買って出る義理もないし、いつまでも馬鹿を晒してれば良いと思うので、面倒臭くなったあたりで私は「私のほうが余計なこと言ったね、ごめんね」と引いてしまいます。

エッセイやブログなんかの日記とか、私も以前やってたけども、これって正直ずるいんだよね。
どうあっても私の土俵でアレコレ言うことになるから、前提として私の言が正しい事になるんだけど、そうすると、何か言うと当たり前のように賛同するメールのほうが多数を占める。
でも、どんなに正論を言ってても正しいことを主張してても、自分の土俵から出ないでアレコレ言ってるだけなんだから、これって結局愚痴と大して変わらないんですよね。
安全圏から声高にあることないこと言ってるだけ。しょーもない行為ですよ。別にエッセイを馬鹿にしてるわけじゃないんだけどもね。自己表現の一種だと思うし。

でも、私はその人が馬鹿を晒してるのを止めてあげるような友人ではないので、ほっといたら良いでしょう。
ただまあ、自分の勘違いってこともあるので、未練があるなら「これは私のことですか」と一言聞いてみるくらいのことはしても良いと思う。
これは明らかに自分のことだ、勘違いのしようがない、という、それ自体が勝手な思い込みである可能性もゼロではないので。

カテゴリー : その他 スレッド: エッセイの中でさりげなく、自分が中傷されていたらどうする?

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

トップページへ

▼書き込みの検索

▼投稿者の検索

質問、相談をする!
コメントは4500文字以内。
返信通知設定(必要なければ外してください)

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

ページの先頭へ

小説の書き方Q&A:創作相談掲示板の使い方・利用規約(必ずお読みください)。お問い合わせ