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元記事:神視点での小説の成功例の返信の返信の返信の返信の返信の返信

>それって、人称とか視点とか、関係なくないですか?

そのへんはあまくささんが言っていることにまったく同意なのでパスさせてもらう。サタンさんも言ってるけど物語→神→読者の中継点となっているケースがあって「神要らねぇええ!」と思うのがまずい使い方をしているやつ、「あなた(神)がいてくれないとこの作品の面白さは半減してしまう」ってのが「ちびまるこちゃん」「黒いおみみの~」のナレーション。

個人的には、歴史小説は「まあ……解説してくれるのはありがたい」「でもやっぱり微妙かも」の二派に分かれるジャンルだと思っています。

>神視点だけに起こる問題点ではないと思いますよ。

そうなんだけど、一人称→三人称一元→三人称一元のシーン切り替え→三人称神視点の順に「起きやすく」なるんです。だから、小説道場ではこの順番で視点の使い方をマスターするのが推奨されている。

>なろう系の書籍になってる作品で、視点の揺らぎがあるものも存在しますから。

は? なろう系の書籍化作品ですと? そんな「玉」のほうを見ていて問題なんてあるわけないじゃないですか。小説道場だって、有段者(書籍化レベルの人)には「まだところどころ視点が揺れているが、そんな些細なことはどうでもいい。瑕瑾を探すというやつに過ぎぬ」というくらい、道場主は視点を重要視しつつも同時に寛容な人なんですよ? 私だって、f-logさんに指摘されるまで気づかなかったくらい通常は意識してないんですよ?

だから「石」のほうを見ると勉強になるんですよ。道場主もそのつもりで見ていたそうですから。

>「神視点」を「多元視点」と置き換えても成立するんじゃないでしょうか。

さっきも言ったことの繰り返しになるんだけれども、だんだん難易度が上がっていくんです。そして、難易度の低い手法で書いていれば見逃さなかったレベルの失敗をやってしまう、それが恐ろしいところなんですよ……。

上記の回答(神視点での小説の成功例の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 t-log : 1 投稿日時:

私は最初から「視点の揺らぎが読者の混乱を生む」と主張してます。その上で、「揺らぎがあったって、混乱なく読めれば別にいいよね」と言ってるわけで、混乱が生じるようであれば、それはダメに決まってるじゃないですか。
hexaさんが「読者から見てわかりやすければそれでいい」を否定されたんで、「いや、視点に関しては、書籍になってるもので、揺らぎがあるもの存在しますよ」と言ったまでです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 神視点での小説の成功例

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元記事:語り手とカメラを意識させるのはまずい

横槍、申し訳ありません。

>「~太郎は思いもしなかったのだ」という文章がストーリーの流れをぶった切るので、没入感が妨げられるということですよね。
>それって、人称とか視点とか、関係なくないですか?

これは人称・視点に関係あると思います。
「~は思いもしなかったのだ」という文章は、一人称であれば語り手キャラが未来の時点から物語を振り返っていることを示します。しかし三人称の地の文でそう書くと、「誰が振り返っているのだろう?」という疑問が生じてしまいます。
もちろん三人称の地の文はすべて誰が語っているのか分からない「空気」のような存在なのですが、読者にそれを意識させてしまうことがまずいのです。「今、読んでいるのは所詮作り話にすぎない」ということを読者が思い出し、それによって醒めてしまうおそれがあるからです。

映画のカメラ。三人称小説の語り手。この二つはどちらも、観客や読者は物語に没入しているときには存在を忘れているはずです。それを思い出させてしまうような表現は避けるべきです。

上記の回答(語り手とカメラを意識させるのはまずいの返信)

投稿者 t-log : 1 投稿日時:

なるほど、詳しい解説ありがとうございました。とても勉強になります。
その上で質問があります。
「~は思いもしなかったのだ」という文章、一人称では問題はなく、三人称神視点では没入感が妨げられる。とのことですが、三人称一元視点の場合はどうですか。
視点者の思考と捉えることもできるので、問題ない。か、やはり神の視点であるから、適当ではない。どちらでしょうか。

もうひとつ、三人称では地の文に嘘があってはならないといわれます。逆にいうと、視点者が知らないことでも、事実であれば書くことができます。
以前のレスで、あまくささんは神視点であれば表現できることの例を挙げてました。それは、たとえ事実であっても一元視点ではダメだと考えますか。

>事件の背景となる事柄とか、SFだったら特殊な物理法則だとか、あるキャラとキャラが仲が悪い理由の解釈だとか、過去の出来事だとか、遠い将来に主人公が遭遇する運命だとか

この中で、「あるキャラとキャラが仲が悪い理由の解釈」は視点者の解釈であれば可能だか、それ以外はNG。「遠い将来に主人公が遭遇する運命」は、上記で論じられている。ではそのほかは?
例えば、過去の出来事だったら、一般的に知られている歴史を振り返るのなら大丈夫だが、登場人物の過去はNGなのか、それとも一般的な歴史でもダメなのか。

お答えいただければありがたいです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 神視点での小説の成功例

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元記事:関係ないことをちょい横槍

>サタンさんも言ってるけど物語→神→読者の中継点となっているケース
個人的にはそのケースしかねえだろ、と思ってたのだけど、あざらしさんが「ノンフィクション作家」をオススメに挙げてるのを見て、ハッとした。
ノンフィクションは専門外だしまったく興味なかったんで気づきもしなかったけど、hexaさんの言う「ナレーション」に類すると言っていいのかどうか、ともかく多視点でなく神視点が良い場合(作品の一部で神視点を使うなどではなく)もあるのだと考えを改めました。
作者視点だと作者の主観が入った文章になるし、まあそれは避けられないけど、神視点のほうが「記事」に近く事実を書くノンフィクションとの相性は悪くないのだと。

それで言うと歴史モノも相性は悪くないのだけど、やりすぎるとただの教科書になってしまうし、
>二派に分かれるジャンルだと思っています。
「その時代の歴史を読んでいる」か「物語のドラマを読んでいる」か、という違いで分かれてしまうのでしょうね。

まあ、ぶっちゃけ本当に正しく分析すると、なろう系どころか三人称で書かれてる文芸作品の大部分で「視点のゆらぎ」はあったりもすると思うんですよね。
わかりやすく「やっちゃってる」人は、建物の外観を説明してからその建物の廊下を歩いてる人物に視点を合わせたり。
人物から建物の外観は見えないハズなんで、建物の説明が神視点になってるんですよね。
もっとも、「人物は建物の外観を既に知っているから、それを人物に説明させることに何の違和感もない」とも考えられるので、視点のゆらぎはない、と言えるんですけども。
でも、この時点で「その人物が建物の外観を知っている」という事を読者はまだ知らないので、読者としては「人物は外観を見たことがあるのだろう」と解釈する。
このため視点のゆらぎが起こっていないように見える。これを誰でも普通にやってるから、普段はあんま意識しないんですよね。
私はそれで良いだろうと思う派なので、「読者がわかればどうでもいい」と思っちゃいますね。
神視点ではなく、人物Aと人物Bとの間で「視点がゆらぐ」事も、まあ無いほうが良いけど、読者に伝わっていれば問題ないし、でも、確かに「視点がゆらいでるからわかりにくい文章になっている」という事はあるし初心者には多いので、そこは指摘するし「ゆらがないようにしたほうが良い」と助言もする。
わかりにくい文章の原因が「視点のゆらぎにある」という可能性が高い、ってだけではなかろうか。

ーーそう思って読んでるから、神視点による「作者(神)の解説文」なども、その場で一番視点が近い人物の解説である、と解釈して読んでたりする。
古いSFやファンタジーにたまにある「世界観の説明から入るタイプ」の小説は、これって「その世界観の説明部分は神視点だよね?」って話になると思うんですよね。
でも、次のシーンで某国の王子様が出てきて王子の視点で三人称が始まったら、「王子が知ってる事を最初に説明しただけの、王子視点の三人称」と私は考える。
もともと三人称は一人称と違って執筆の際にコレといったルールは無いですからねぇ……。
視点の問題も、「誰かに固定したほうがわかりやすい」とか「何にスポットを当ててるか明確にすべきだ」という話であって、別にルールではありませんし。
だからhexaさんが言うように 一人称 → 一視点 → 多視点・神視点 とその視点の数が増えていくと難しくなっていくんですよね。

上記の回答(関係ないことをちょい横槍の返信)

投稿者 t-log : 1 投稿日時:

視点の揺らぎについて、よくあるパターンは「A視点で進む中に、数か所B視点が混じる」のと「いつの間にかAからBに視点が移ってる」というのがありますね。
後者はスムーズに移行していれば、何の問題もありません。が、前者は視点の揺らぎに寛容な立場を表明しておきながら、やはり気になりますね。
特に、書籍になってるヤツなんかは、編集者が指摘してやればいいのに、って思ってしまいます。そこまで気にするのって、自分だけかと心配になってたんですが、結構いらっしゃるようで、安心しました。ありがとうございます。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 神視点での小説の成功例

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元記事:語り手とカメラを意識させるのはまずいの返信の返信

以下はあくまでも私の考え方なので、もちろん異論はあると思います。また、視点・人称はルールではなくテクニックだというお考えには同感です。だからこそ原則論ではなく、それぞれの視点の長所・短所を踏まえた上で最も効果を発揮させるためにはどう書くのがよいかという私なりの方法論から意見を述べています。(なので論理的には矛盾することを言っている場合があるので、この問題は説明するのは難しいんですね。まあ、やってみます)

(1)
>「~は思いもしなかったのだ」という文章、一人称では問題はなく、三人称神視点では没入感が妨げられる。とのことですが、三人称一元視点の場合はどうですか。

三人称一視点と最も相性が悪いと思います。

(2)
>例えば、過去の出来事だったら、一般的に知られている歴史を振り返るのなら大丈夫だが、登場人物の過去はNGなのか、それとも一般的な歴史でもダメなのか。

一般的な歴史はOKでしょう。三人称一視点の記述は、基本的に視点人物(視点を固定する人物)の知識と一致させた方がいいように思います。

(1)について。
「~は思いもしなかったのだ」という文章は、一人称でも問題はあると思います。
こういう書き方の問題点は三つ。

A 時系列の乱れ。過去を振り返る文章なので、叙述の流れを止める、進行中の時間の流れと合わないなどの問題が生じる場合があります。

B 物語全体が回想になってしまう。

 小説の時間には大きく2分して、回想型と現在進行型があるように思います。どちらがよいか一概には言えないでしょうが、緊迫感をつくためには現在進行型の方が有利です。「~は思いもしなかったのだ」と書くことによって読者と物語の距離感が遠くなってしまうリスクがあるんじゃないかと。

C カメラは過去を振り返らない。

 現代的な三人称の視点は比喩的によく言われる「カメラ視点」であり、人格を持たないのが特徴です。
ただ、文学史的にはこの「人格を持たない視点」という手法が確立するまでが大変だったんですよ。「昔々、あるところに~」というのは、語り手が過去の知っている出来事について語っているという体裁をとっていますよね? つまり作者視点・語り手視点が物語の原型なんです。
三人称の地の文から作者を切り離し得たのは、現代小説の大きな方法的成果。なのに、「~は思いもしなかったのだ」という文章を含めて作者の顔が地の文に出てきてしまう書き方は、古典的な語り手視点の世界に引き戻してしまうんです。

で、ですね。
一人称であってもA・Bには絡んできますから、問題がないとは言えません。ただし一人称はCには引っかからないという意味で、先の書き込みでは大丈夫だと書きました。
なぜなら一人称は普通に語り手視点です。ただし、語り手は作者ではなく作中の登場人物のうちの誰かという体裁をとっています。カメラ視点三人称とは別の方法で、地の文から作者を隠しているんです。なので「~は思いもしなかったのだ」と書いても一応違和感は少ないのだと考えられます。

で、三人称一視点。これは最も実践的な視点手法で、簡単に言えば一人称と三人称のいいとこ取りを狙っているんですね。なのでこの手法は、何をやってよくて何がダメなのがという判断が難しいんです。

私見ですが三人称一視点の最大の狙いは「臨場感」だと思うんですね。

一人称にも物語と読者の距離感が近くなるという長所がありますが、語り手キャラの主観が目立ちすぎるため、「場の空気間」を表現するためには必ずしも適していません。三人称一視点は読者を視点人物に寄り添わせつつ、視点人物の心理描写は(軽く入れる人もいますが)淡泊にとどめるので、臨場感を出すためには最適な手法だと思うんですね。

つまり三人称一視点は、説話的物語手法(神視点)から現代的な三人称に進化してきた過程の一つの到達点なのだと考えています。

(2)について。
これまで述べてきたような理由で、三人称一視点では現代的三人称の客観描写を守りつつ、一人称的な効果も取り入れることを目指したいのです。そのために、文章そのものは三人称のルールに従いながら、敢えて一人称の制約を加えてしまうという方法が考えられます。一人称の制約の一つは「視点人物が知らないことは書かない」、ですよね?
なので、そのキャラが知り得ない他人の過去は書いてはいけないし、歴史の知識など誰でも一般的に知っていておかしくない過去は書いてもかまいません。

(補足)
ここまで三人称一視点(一元視点、単一視点)を推奨するような書き方をしてきましたが、一方で「現代的神視点」みたいな手法もありなんじゃないかと個人的には考えています。
ハリウッドなどで物語の面白さの基本は神話に見出せるのではないかと研究されていることからも分かるように、神視点的な手法は波乱万丈で内容の豊富なストーリーを書くにはおそらく適しているのだと思います。
ここまで神視点の欠点をいくつか書いてきましたが、逆に言えば従来の神視点的書き方からそういう欠点を取り除けばいいということでもあります。単に多視点の弊害ならば、 f-logさんも仰っているように読者が混乱しないように書けばすむだけの話です。しかし神視点には hexaが指摘されたように、地の文に「作者」が不用意に顔を出すことによる没入感の妨げという別の弊害もあると思うんですよ。このもう一つの弊害は、一見、視点・人称とは無関係に見えるからこそ、気付かれにくいんじゃないかと。
しかしこれは神視点を無頓着に採用することによって発生しやすい弊害なので、やはり視点・人称の問題の一つであるし、読むに堪える優れた神視点小説を書くためにも強調しておきたいところです。

上記の回答(語り手とカメラを意識させるのはまずいの返信の返信の返信)

投稿者 t-log : 1 投稿日時:

詳細な回答と解説、ありがとうございます。大変参考になります。

(1)について。
Aの問題点については、私も認識してました。最初に例として出した際に「ダサいかどうかはともかく」と書いたのも、こういう部分が単に視点の問題だけではないからです。例として最適ではないと思いつつ、他に思い当たらなかったので、注釈付きで挙げました。
A・Bの問題は人称視点とは関係ないので置いておくとして、Cの部分で一元視点は引っかかるということなんですね。
一元視点のチェックに、一人称に変換するという方法がありますが、この件については通用しないようですね。

質問しておいてなんですが、私の感覚として、三人称の地の文に人格が垣間見えることが、そこまでリーダビルティーに影響するんだろうかと疑問があります。
先の例では、それ以外の問題点の方が大きいのではないかと。好例が思いつかないので、間違ってるかもしれませんが。

回顧型の小説
歴史小説によくみられるタイプかなと思います。そもそも過去の出来事であることが、前提ですからね。
人物を描くのなら、感情移入もしやすく、臨場感もある「現在進行型」が向いてますが、歴史の転換期にスポットを当てたものや、その時代になにが起こったのか、客観的に描く作品なら「回顧型」が向いているんじゃないでしょうか。

>三人称一視点の最大の狙いは「臨場感」

私の考えでは最大のメリットは「客観性」だと思っています。
一人称の場合は、すべて視点者の言葉で語られるので、それが作者の主張と同一視されがちです。ですが、かならずしもそうではありません。三人称にすることによって、視点者と距離を置くことができ、作者の意図が別にあることを示せることが、大きいのではないかと考えます。

(2)について。
>基本的に視点人物(視点を固定する人物)の知識と一致させた方がいいように思います。

ということは視点者が知りようのない「特殊な物理法則」などもダメということですね。
私は、三人称の地の文には、客観的事実でないと書けない。逆にいえば、客観的事実であれば、何を書いてもかまわない。と考えており、視点とと結び付けてはいませんでした。
今回、皆さんの指摘を受け手元にある小説をチェックしたところ、視点者の知識から逸脱した内容には触れていないとこに気づきました。
また、サタンさんの「作者の解説文」の見解を読んで、確かに視点者の知識から逸脱した内容については、最初か途中で挿入するかの違いはあれど、物語の進行とは切り離して記述してあるなと、思い当たりました。
とうことで、質問させていただいたのですが、やはりそうなんですね。
この件について、「三人称なんだから、客観的事実は書いても問題ないでしょう」という考えの人はいないんでしょうか。いれば、意見を伺いたいです。
子供が視点者で、地の文に大人でないとわからないような記述がある、というのは例外なんでしょうね。

「現代的神視点」
当てはまっているかどうかは、わかりませんが、ファンタジーで吟遊詩人が語るという、体裁をとった作品を読んだ覚えがあります。
三人称の変わり種としては、金田一耕助シリーズは、実在する金田一探偵の冒険譚を、友人である作家の横溝正史が記録に残す、という形になってました。
横溝氏が登場する作品もありました。
当初から想定していたとは思えないので、シリーズを続ける際に何らかの必要性があったのでしょう。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 神視点での小説の成功例

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元記事:地の文が書けない

 寒くなってきた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
 さて今回相談したいことは表題の通りです。正直に申しまして、[なぜかけないのか]どころか[そもそも何を書けばいいのか]すらわかりません。人並み以上に本は読んでいるのですがそれでもさっぱりです。
 以下に現在執筆中の短編の書けた部分を開示しますので、どういったことが足りないのかご教授願いたいです。
ーー以下小説ーー
 少女の前に少年が一人倒れている。
「どうしてこうなったのかって?これには深い事情があるんです」
そんなわけでしばらく時間はまき戻る。

 夜も更けてすっかり暗い林の中、荷物を背負った少年が立ち止まっていた。大きなリュックのためか背を丸め、ヘッドライトをつけた顔には困惑の色が浮かんでいる。
「いやいやこんな始まり方されたら誰だって困るよ」
「開幕早々メタ発言なんかしない」
少年に言葉を返したのはセミロングの少女。こちらは藪打ち用の鉈を持ってはいるがそれ以外の荷物は少なく、身軽な格好をしている。
「いやだって、ウルトラマン第二話みたいな始まり方じゃ真面目な作品とはだれも思わないよ」
「初代バルタン星人は十分真面目な話じゃない。比べるなんて脚本家の方に失礼よ」
「ぬぐ、けどもう少し雰囲気ってもんがさあ」
そんな会話をしつつ、少女が少年を先導し林の中を進む。
「ねえ奏、うちら少年少女って年かな?」
「燈、女性の年に触れないのはマナーだと思うのだけど」
あまりメタ発言ばかりだと話が進まないのですが。
「「お前が努力しろ」」
ごもっともで。
 生暖かい空気の中、ヘッドライトの明かりを頼りに燈と奏は進んでゆく。
「これ、状況説明した方がいいんじゃないかしら」
夜野燈はとある秘密結社所属の改造人間である。今回は幼なじみ兼別の支部所属の月影奏に「水中から白い触手を出すUMAを見せてあげる」言われ、半ば強引に連れ出されたのであった
「説明が雑、それに無理やりすぎるすぎる」
「そうね。これじゃ燈がUMAにつられて40秒で支度してついてきたってことがわからないわね」
「そうじゃなくて。はあ、それよりまだつかないの?」
「え~っと、沼にはもうついてもいいころなんだけど」
問われたことに対し言葉を濁す奏、その態度から燈は嫌な想像をする。
「まさか迷ってる?」
「だ、大丈夫よ。ちゃんとつく、もうすぐだから」
「はあ、もうUMAなんていいから帰りたいよ」
「ここまで来たら退くだけ損よ、口じゃなく足を動かして」
「そんな気質効果は損の元だよ。そもそも奏がいきなり言い出さなければうちが下調べして先導できたのに」
「そんなことされたら…っと、ついたわよ」
 話している間に藪を抜け、二人は林から沼のほとりに出る。
そこそこの大きさはあるが葦など水生植物は少なく、暗くよどんだ水面がよく分かる。
何かが出てもおかしくないという雰囲気に燈の顔色がより悪くなる。
「これはUMAよりも幽霊が出そう・・・あれ、他の人がいる?」
耳聡く人の声を聞きつけ沼の反対側を見る燈。そちらには懐中電灯と思しき明かりが数条動くのがみえる。
「あ~、ちゃんとした道を通れば向こうに出るんだ」
「ちょ、ちょっと待って。ちゃんとした道があるの知っててわざわざ林の中をえっちらおっちら歩かせたの?自分が方向音痴だって自覚してる?」
「だって、もしほかの人と会ったらここがなんなのかバレ…二人っきりになれないじゃない」
「ごまかし方が雑。ここ、UMAが出るんじゃなかったの」
燈の追求に奏は悪びれる様子もなくあっさり口を割る。
「ちゃんと出るわよ。UMAじゃなくお化けだけどね」
お化け。この言葉に燈の顔は青くなる。
「・・・帰る」

上記の回答(地の文が書けないの返信)

投稿者 t-log : 0 投稿日時:

会話文が続く下記の個所に、地の文を挿入しました。
最小限の範囲で、セリフも改変してます。

>「そうじゃなくて。はあ、それよりまだつかないの?」
>「え~っと、沼にはもうついてもいいころなんだけど」
>問われたことに対し言葉を濁す奏、その態度から燈は嫌な想像をする。
>「まさか迷ってる?」
>「だ、大丈夫よ。ちゃんとつく、もうすぐだから」
>「はあ、もうUMAなんていいから帰りたいよ」
>「ここまで来たら退くだけ損よ、口じゃなく足を動かして」
>「そんな気質効果は損の元だよ。そもそも奏がいきなり言い出さなければうちが下調べして先導できたのに」
>「そんなことされたら…っと、ついたわよ」
> 話している間に藪を抜け、二人は林から沼のほとりに出る。

「そうじゃなくて。はあ、それよりまだつかないの?」
「え~っと、沼にはもうついてもいいころなんだけど」
歯切れの悪い返答に、燈は嫌な想像をする。
「まさか迷ってる?」
「だ、大丈夫よ。ちゃんとつく、もうすぐだから」
 秦の「大丈夫」ほど当てにあらないものはない。燈の悪い想像は当たっていたらしい。本当に迷ったようだ。
「はあ、もうUMAなんていいから帰りたいよ」
 いつ目的地につくか、わからないと思うと、急に背中の荷物が重く感じだした。足取りが重くなる。うなだれたせいで、ヘッドライトの光が関係のないところを照らし出す。
 遅れだした燈に、秦は舌打ちをした。 
「ここまで来たら退くだけ損よ、口じゃなく足を動かして」
 そう言って強引に手を引く。だが燈の士気は上がらない。
「そんな気質効果は損の元だよ」
 そもそも奏が、いきなり沼に行くなどと無理を言わず、十分な時間さえくれれば、燈自身が下調べして先導できたのだ。そう愚痴をこぼすと、秦はかぶりを振った。
「駄目よ、そんなことされたら…」
「なに?」
 燈は秦の顔を覗き込んだ。彼女は気まずそうにそっぽを向いた。
「なんでもない……ってほら、ついたわよ」
 秦が右手を上げ、まっすぐ前を指さした。
 深い藪を抜け、ようやく二人は林から沼のほとりへ出た。

こんな感じでどうでしょうか。
ざっくりなんで、文章表現が拙いのはご容赦を。

人が会話するとき、口だけが動いているわけではありません。
身振り手振りや、頷いたり首を振ったりもします。
嬉しい話なら喜び、嫌なことを言われればムッとします。

今作であれば、歩きながら会話しているわけです。
精神状態によって、足取りが軽くなったり、重くなったりもするでしょう。

そういう仕草、表情、行動を地の文で描写すればいいのです。

セリフのみで書くよりも、感情表現が豊かになります。

また、一部セリフを地の文に落とし込めばメリハリがでます。

参考になれば幸いです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 地の文が書けない

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元記事:初心者・素人が小説を執筆するうえで陥りそうな落とし穴や注意点

質問です。

初心者作家や素人が初めて物語を書く場合、あるあるだなあと思う注意点や見過ごしやすい落とし穴、これやってしまったら「はい素人―」と呆れてしまうようなポイントやNGってどんなものがありますか?

登場人物が多すぎて物語がごちゃごちゃしている、
大風呂敷を広げ過ぎて物語が変な方向に行ってしまう、
冒頭でメチャクチャ長い解説を入れている、
文字数が50万を超えていて単純に長すぎ。もっと削るべき

等々

よろしくお願いします。

上記の回答(初心者・素人が小説を執筆するうえで陥りそうな落とし穴や注意点の返信)

投稿者 千歳 : 0

主人公不在。
◯◯君を主人公として書いたつもりだったが、改めて読んでみるとストーリー的にはむしろ××さんが主人公で、語り手ポジションの◯◯君絶対要らなかったよね。というか語り手でもないからむしろモブ(千歳さんの処女作)

カテゴリー : その他 スレッド: 初心者・素人が小説を執筆するうえで陥りそうな落とし穴や注意点

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投稿日時:

元記事:報告とお礼。

ここに書いて良いものかどうか迷ったのですが、この場を借りて皆さんにご報告申し上げたい事があります。

万年一次選考落選を続けて参りましたが、この度やっと、

「某ライトノベル新人賞の、第一次選考を通過する事が出来ました。」

これも、アドバイスを頂いた方達のお陰も、少なからずあったと考えます。
そういう訳ですので、この場を借りて、改めて一言御礼を申したいと思います。

「どうもありがとうございました。」

中には、

「たかが一次選考を通過したくらいで、良い気になってんじゃねーぞ。」

と、鼻で笑われる方もいらっしゃるかも知れませんが、何せ、初めての事なので、少々舞い上がって浮かれ気味になっています。

これからも、相談した際には、ビシビシと厳しいご意見を宜しく(でも、出来れば少しは手加減をw)お願い申し上げます。

上記の回答(報告とお礼。の返信)

投稿者 ふ じ た に : 1

おめでとうございます!
やっぱり自分の名前が載っていると嬉しいですよね。
お互いに頑張りましょうね。

カテゴリー : その他 スレッド: 報告とお礼。

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投稿日時:

元記事:【確認】創作作品の作り方はだいたいこんな感じでFAでしょうか

※用語はすべて執筆者独自のネーミング・用法です

◇話の構造
作品の「ストーリー」は「レシ」「ナラティブ」「ディエジェーズ」の三つに分かれている。レシは文章等の表現技法であり、ナラティブは話の構造であり、ディエジェーズはテーマや価値観のことである。読者は主にナラティブを読むので、作者の好きなことや流行を主軸にし、読者をひきつける方法に落とし込むことで作ることができる。すなわち「作者自身の欲望」と「読ませ続けるためのもの」の二種が必要となる。
レシはナラティブを説明する部分であるので、対比構造等に着目して適切に言葉を選び、作者の伝えたいニュアンスに合わせて全体の文体を決定する。
ディエジェーズは作品を読んでから読者にそれを定着させる要素であるので、文学的な深さを必要とする。
作者は主にナラティブまたはディエジェーズから先に作り、多くの場合、レシによって他が決まることはない。

◇起承転結
ナラティブは3~4つ程度のパートに分かれている(今回は4~5つのパートに分ける)。結を除くそれぞれのパートはそれ自体の展開とそこから次へ繋がる部分という二つのパートに分かれている。

タイトル...最初にタイトルと説明欄があり、それらは読者に疑問を与え、期待させるものであるとよい。『異世界の名探偵』なら「異世界でミステリーをする話」であると分かる上、「この先どうなるのだろう」と読者に疑問を与えるような内容であるので合理的である。

起(前半)...読者に疑問や衝撃を与える部分。例えば、「うだるような暑さで目を覚まし、カーテンを開けると雪景色だった」という表現は、何が起こっているか分からないので読者に疑問を与え、次へと繋がる。このため、「男が二階から落ちてきた」を「春が二階から落ちてきた」とするように、レシの段階で臨機応変に情報を切り抜き、その後さらに、平時の文と違和感なくつながるよう適切にケアする必要がある。
起(後半)...話の流れを説明する部分。長編の場合、序盤に、この作品の大まかな流れはどのような構成になるか、リアリティとしてはどの程度かを説明することで、読者に安心感を与える。短編の場合は起の状況に対する具体的な説明の前に、状況に読者を慣れさせる。その過程で読者は薄々設定が掴めて来るので、新たに「では何故彼女は主人公に冷たいのだろう」「彼はなぜそこに居たんだろう」といった疑問を与える。

承(前半)...疑問を解くために具体的な説明が入るシーン。長編の場合、必要最低限の説明を行った方が話がスムーズに進む上読者の考察意欲を刺激する。これによって主人公の疑問と読者の疑問が一致している段階に入ると感情移入がしやすい。
承(後半)...主人公が行動するシーン。読者の目的と主人公の目的がほぼ一致していて、主人公の目的を遮るように障害が存在し、主人公は自らの手でそれを取り除こうとする。

転(前半)...今までの常識が覆される。すなわち主人公が負けるなどして承の流れに変化が生じるか、あるいは序盤で示された一見もっともな意見に穴が見つかるなどしてディエジェーズが揺らぐ。
転(後半)...今までに示された主人公の変化や成長の道のり、あるいはこの世界の思考の制約等によって、主人公が決断をし、状況を切り開くなどする。

結...日常が戻りつつも、主人公の変化などが起こっている。あるいは、ディエジェーズのまとめに入る。長編作品なら次の話への導入になり、短編作品等なら、ここで作者の欲望の一部が満足される。
嗜好はストーリーと関係なく挿入されることも多いが、ナラティブの結果の副産物として配置することで、作者のモチベーションに繋がる。

◇データベース
世界観や登場人物、人物同士の関係性などの設定(=データベース)はストーリーとは別に扱われる;すなわち、ストーリーはデータベースを表現するための一側面に過ぎない。
データベースは「キャラ」と「キャラクター」の二つの側面があり、後者がストーリーと不可分なのに対し、キャラは読者の二次創作などの多様な解釈が発生しうる。

キャラは読者に訴える部分で、ナラティブで描かれ、3つの要素が重要となる。

「ワンダーモード」...他と区別でき、場合により意外な一面があること。
例:「Kanon」の月宮あゆがたい焼きを盗んでくるシーン、「アイドルマスター」シリーズの登場人物のシルエットや属性の組み合わせ
「考証モード」...葛藤や実在感があること。
例:「ルパン三世 カリオストロの城」の終盤でルパンがクラリスを抱きしめようとするができないシーン、「鬼滅の刃」で甘露寺蜜璃にたいして紳士的な対応をするが直後に鼻血を出す竈門炭治郎、など
「文学モード」...ディエジェーズの中で対比的な役割を持っていること。

ワンダーモードはまた、ナラティブにおいては終盤と序盤に同じキャラを出すことによって読者に感動ややるせなさといった感情を生ませる。したがって、1.起として読者をひきつける役割2.読者に感情を与える役割の二つがある。
考証モードは人物や世界観等が実在しているように見せるためのものである。たとえばAIが発達した世界であるなら、「その動作原理はどのようなものか」「兵器に運用される可能性も当然あるが、作中でそうなっていないのはなぜか」「この世界で他の技術が発展していないのはなぜか」といったことを考慮する必要がある。文章にするとダレるので、たとえば考証モードとしての世界観を説明する役は起モードとしての登場人物にやらせる、というような工夫が必要となる。
文学モードは人物同士の相違点や共通点、関係性に相当し、ディエジェーズのための対比を形成する。また、例えば恋愛のような展開がある場合には、もしかしたら他のだれかと付き合っていたかもしれないという可能性を示唆することで読者の想像を刺激することができる。すなわち、1.ストーリーと不可分な部分2.読者による創造の余地がある部分の二種類を生む。

キャラクターは主に人物に存在し、主にディエジェーズの一部として描かれる(=ルーティンとしてナラティブに組み込むと不自然になる)。それは二つの要素に大別される。

読者からの不透明性...読者に人物の内面が完全には分からないということ。
本人からの不透明性...本人がその内面を完全に理解しているわけではないということが本人に分かっていること。

◇対位法・伏線
「対位法」は、ここでは、「読者に与えられる感情」と「作品の本当の流れ」の相違という意味で用いる。
たとえば「けものフレンズ」(2017)は視聴者にとっては少女二人の冒険だが、考察する人々にとってはそれはポストアポカリプスなどを想起させる。すなわち、深層の設定から話を進める最低限の要素を抽出し、残ったものの一部を視聴者サービスの範囲で画面の端々に配置するものである。

伏線による語り方は、読者に理解・記憶されている範囲で論理的に話を進める。すなわち、読者が感情移入される対象(≣「主人公」)が行動する範囲においては、いまだ出てきていない深層の設定や、考察しなければ分からないような設定によって物語を解決するべきではない。
また、主人公の行動動機は、その世界観の範囲で合理的である必要があり、そうでない場合は事前に説明を行うか、その世界観では異質であることをその場で明示する必要がある。

「伏線」は、1.読者に覚えられる2.忘れさせられる3.必要な時に思い出される、という3つの構成からなる。2が欠けていたり、3があっても回収されない場合は「布石」と呼ばれる。主人公がストーリーを進める場合は伏線や布石の範囲内で行わなければご都合主義となり不自然になる。

なお、絵画のように、その場の気分等により恣意的に設定が決められる場合があるが、これに関してはより複雑であると思うので判断を保留する。

◇対比
対比は、ディエジェーズを表現するため、または、ナラティブの特定のシーンやデータベースを引き立てるために使用する。対比がナラティブの範囲で不可能である場合には、レシの比喩表現によって表す。

対比はファンタジーや純文学といったストーリーに重点を置く作品では伏線や考証よりも重要であるが、逆にSFや推理小説では話の論理性を損ない、思考実験や頭脳戦といった要素の障害となる。

上記の回答(【確認】創作作品の作り方はだいたいこんな感じでFAでしょうかの返信)

投稿者 あまくさ : 0

ベースはジュネットの物語論でしょうか?

ジュネットの提唱する物語の三要素は「物語内容」「物語言説」「語り」でしたよね?

物語には「登場人物・登場人物の感情や行動・時間と空間・世界観・テーマや思想」などのすべてをひっくるめた「内容」があります。それが「物語内容(historie)」であり、その内容を文章として表現したものが「物語言説(recit)」。そして物語を語る行為を「語り(narration)」と言うのだと思います。

要するに物語は作者の頭の中だけでも存在できますが(物語内容)、それを文章化しないと(物語言説)作品にはならないわけですね。そして内容を文章化するにあたり、作者の様々な作意や設計上の工夫があるわけで、それがナラティブ(語り)なのだと思います。

ディエジェーズという言葉は普通は「(架空の)物語世界」という意味の筈ですが、ジュネットの理論では「物語内容(historie)」とほぼ同義と捉えられているらしいので、まあ、「物語を通して作者が伝えたいこと」と意訳しても間違いではないかもしれません。
しかし、最初の書き込みで仰っていたように「テーマや価値観」と捉えるのは、おそらくスレ主様の誤解かと思います。

もしかしたら誰かが書いたジュネット論の中にディエジェーズは「作者が伝えたいこと」というように説明されていたのかもしれませんが、それはテーマや主張という意味ではないと思いますよ。実際に文章として書かれた作品と対比して、その手前にある作者の構想の全体として「伝えたいもの」と説明されていたのではないでしょうか?

なのでスレ主様の文脈で三つの用語を意訳するなら、「ディエジェーズ」(物語の内容)、「レシ」(文章)、「ナラティブ」(作者の創作意図)くらいになるかなと思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 【確認】創作作品の作り方はだいたいこんな感じでFAでしょうか

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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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