小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:哲学書は小説の参考文献になりますか?

初めまして。ゆりと申します。
類似権や翻案権、剽窃など、ネットでできる限り調べてはみたのですが、自分ひとりではどうも判断ができず、こちらでみなさまのお力をお借りできたらと思い、質問させて頂く次第です。
私が執筆している小説の主人公は、無神論者です。無神論者のイメージを掴みたく、「神は死んでいる」で有名なニーチェ論の書籍をいくつか読みました。ニーチェについて、私の解釈では、「神はもとから存在していない。神は人間が作り出した存在である。神がいないと言うことはすなわち、人間は死後、天国に行くことも、地獄に行くこともない。死後は虚無である。」と言うことでした。私は、主人公に上記の思想を持たせたいのですが、著作権で保護されるものの中に「思想」があります。ニーチェの哲学思想を持つ主人公を書くことは、ニーチェの思想に対する著作権を侵害してしまうのでしょうか。
また、ニーチェ論の書籍をいくつか読みましたが、それぞれの著者の解釈の仕方により、例え「ニーチェ論」と言う同じテーマを扱っていたとしても、論文の内容に微妙な差異が出るのではないかと思っています。私は特に内容のわかりやすい方の書籍に偏って読んだので、その方の著作を参考に小説を執筆した際、ニーチェ論の中でも特にその著者の論ずる「ニーチェの思想」の著作を侵害しているのではないかと心配でなりません。
ものを書く以上、誰かが懸命に紡いだ言葉を奪う行為は絶対にしたくありません。みなさまのご意見をお聞かせ下さい。宜しくお願い申し上げます。
ゆり

上記の回答(哲学書は小説の参考文献になりますか?の返信)

投稿者 青緑色 : 0 投稿日時:

 19世紀のキリスト教圏で、終末とか神とかもうオワコンだし、生まれ変わりとか来世みたいな次があるって考えると人間性が腐るから、自己を見つめてそれを肯定しながら今を頑張ろうぜ! って主張してたら本が売れなくて発狂しちゃったお茶目さん。
 自分の中のニーチェの認識ってこんな感じなんですよね。哲学者って言うよりも、しなくていい苦労を背負い込んだ苦労人みたいな?

>>ニーチェを論ずる哲学書を参考文献にすることは、哲学者の方が独自解釈した「ニーチェ論」を拝借することに繋がってしまうのでしょうか。

 参考文献に書かれている独自解釈はあくまで参考に留め、ご自身の無神論に対する考えを基にした文章で、主人公の持つ無神論という思想を描写していると断言できるなら、偶発的にそれが誰かの著作の独自解釈に似通った物になったとしても問題は無い、というのが自分の意見です。
 あと、参考文献が明示できる著作物なら、小説執筆の参考文献としてタイトルと著者名ぐらいは書いておいてもいいかもしれないですね。

 なので、哲学書を参考文献として扱うこと自体は、なんの問題も無いと思います。あくまで参考の範囲だったら、ですが。
 世の中に出回っている小説にも、様々な哲学の論文なり書籍なりを参考にしている物が沢山あるでしょうし。

 気にされている拝借する事に繋がるかどうか、なんですが。
 拝借という単語の意味は他人の物を借りてくる事なので、参考文献に書かれている他人の思想解釈を、さも自分の解釈であるかのように作品中に描写する事が、拝借に該当すると思います。

 拝借って表現するとちょっと謙遜している感じで聞こえはいいですが、参考文献に対しての拝借って、要するに剽窃の類ですよね。
 法律上の問題はさておき、自分の考えに基づいた文章を書いてないって奴です。コピペ文章の単語や表現方法を自分好みに書き換えただけで、肝心の中身に作者自身の考察が伴ってないという。

 ニーチェの思想の独自解釈を参考に自分の解釈を構築しているなら、参考文献からの拝借には該当しないと思いますが、上記のとおりに独自解釈の表現上の単語を変えただけ、とか、自分風の文章に書き換えているだけ、などは拝借に該当すると思います。
 まあ、著作権を気にされているようなスレ主様が剽窃を行うとも思えませんけど、一応ね、書いておこうかなってね。

 結局は作者のモラルの問題で、法律上に罰則は無いんですよね。ただ、参考文献を読んだ事のある読者、あるいはその著者が拝借に該当する作品を読んだら大体バレるみたいですね。
 状況によっては社会的な制裁が課せられますよね、剽窃とパクリとは厳密には違いますが、パクリ作者ってレッテル張られて。
 そういえば、数年前の芥川賞の候補作で、剽窃じゃないかと指摘されて騒動になったのがありましたね。詳細を調べてないんで、ここで出す例えとして適切かどうかはわかりませんし、結末がどうなったのかも知りませんが。

 スレ主様が書かれているとおり、思想の解釈の仕方なんて人それぞれですし、さらにその解釈を読んだ人の考察も、人それぞれです。
 偶然同じ解釈に辿り着いた末に、それを作品に反映させたら盗用だ剽窃だなんて言われたら、堪ったもんじゃないですね。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: 哲学書は小説の参考文献になりますか?

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元記事:本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?

私は本を読むのが苦手です。

しかし、世の中の小説家を目指す人は必ず本をたくさん読んでいますし、小説家の人も読むべきだと言っています。

しかし、私は読む気にはなれません。まずお金がないです、「本は千冊読むべき」と言いますが、そんなお金はありません。時間もありません、千冊読むのにどれだけの時間がかかるのでしょうか?学生、さらにはもうすぐ就職する年齢なのにどうやって時間を取ればいいのですか?

そもそも他人の考えを見るのが嫌です。他人の書いた作品、千冊となれば昔の作品にも触れなければならない。ですが、私は現実で色々事情を抱えている以上、それを本の中で馬鹿にされたり否定されたりするのに耐えられません。過去の嫌な出来事や歴史を見ることができません。

どうしても、そんな地獄を千冊も繰り返すなんて難しいです。それでも私は小説家になりたいのですが、小説家になる為には「本を読む」という生き地獄を体験しなければならないのですか?これは必ずやらなければならないのですか?

上記の回答(本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信)

投稿者 青緑色 : 2 投稿日時:

 恋愛がうんたらかんたらのスレとか見てた時も思ったけど、○○をしていないとxxはできない、の考えに固執している人、多くない……?
 別に書いたり目指したりしていいのにね、厳格な国家資格とかがあるわけでもないんだし。

 何だか前にも、読めないけど小説家になりたい系の似たようなスレが立ってたなあ、とか。
 最初に苦手レベルで書いてるのに、最後の方は耐えられない見れないって書いてるし、多分質問内容を書いてる内に感情が高ぶって表現が膨らんでいっちゃったんだろうなあ、と思いつつ、きつい事を書かせていただきます。

 えーとですね、相談される場所を間違っています。
 ここで小説家になる方法を相談するよりも、心療内科なりカウンセリングなりで【他人の思考や思想に触れる事で耐えられないほどの精神的な苦痛を受ける】という内容を専門家に相談される事をお勧めします。
 もしも既にされているなら、その相談先で小説家になる方法を一緒に考えてもらってください。

 以下、その理由です。

 本は読めるけど、小説家になるための読書はしないで小説家になりたい。
 精神的苦痛をおぼえるから本が読めないけど、小説家になりたい。
 
 【本を読まない】と【本を読めない】は似てますがまったくの別物です。
 
 活字を目で追えないとか、内容が入ってこないといった【読書が嫌い、あるいは苦手】という本を読まないの分類と、精神的な苦痛で【読書に耐えられない、書かれている他人の考えが見れない】という本を読めないの分類は、全然違います。
 
>>小説家になる為には「本を読む」という生き地獄を体験しなければならないのですか?これは必ずやらなければならないのですか?

 そもそも、小説家になるための方法って確立してますかね? 多分、無いと思いますけど。本は千冊読むべきと言った小説家の方も、それさえすれば小説家になれるとは言ってないでしょうし。

 スレ主様の中で、本は千冊読むべきという言葉が引っかかっているようですが、そもそもその言葉も他人の考えですよね。しかも、他人の考えが見れないというスレ主様の精神的な苦痛に真正面からぶつかってくるような。
 
 映画やドラマ、それと漫画は小説とは話の流れ方が違うとは思いますが、登場人物の容姿や背景、各登場人物の目的を分析して文章にしてみるのは勉強になると思います。
 歌詞って詩的な描写に溢れてますよね。著作権だとかの問題があるので具体的には書きませんが。
 当然どれもパクリは論外です。使われている語彙や描写を参考にしつつ、自分の文章でどうぞ。
 
 映画やドラマ、漫画も他人の考えが形になった物ですが、観たり読んだりは駄目でしょうか?
 音楽だって他人が試行錯誤した結果です。曲を作るのも歌詞を書くのも他人ですが、そちらも駄目でしょうか?

 お金が無いなら図書館行きましょう。学校のじゃなくて、地域の図書館ね。
 地域の図書館の方がまず確実に蔵書が多いですから、スレ主様に合う本が見つかる可能性が高いです。身分証が必要な利用登録の手間はありますけど、本を読むのに金は掛からない、素敵。
 他人の考えがとことん詰まった施設なので、スレ主様にとっては地獄のような場所だとは思いますが。

 小説を書く際に参考文献は使われないでしょうか? それらも誰かが書いた物ですが、読めますかね?
 過去の嫌な出来事とかも、なぜその出来事が発生したのかだとか、周辺の人間関係まで調べていけば、ストーリー構成やキャラクターの感情の動きの勉強になると思いますが。
 別に嫌な出来事を書く必要は無いですしね。嫌な要素を幸せな要素に変えて、結末をハッピーエンドに書き換えてしまえばいいわけですし。

 街中を歩いていれば、誰かが考えたキャッチコピーや思想の詰まった文言が溢れてますよね。店の名前だって文章になっている物は少ないですが、他人が考えた物ですよ?

 あと、読書の時間を作るのは自分自身です。自分がどうすればよいのかという事を他人に聞いても、明確な答えは得られないと思います。
 大概の人は、別の趣味と読書の時間を天秤にかけて悩んでると思いますし、通勤通学の時間だとか何かの余暇を見つけては、せせこましく本を開いてはすぐに時間が過ぎて、悲しみにくれながら栞を挟んだりしていると思いますよ。自分はページ数を覚える派ですが。

 スレ主様の小説家になりたいという自己実現の欲求と、他人の考えを見たくないという自己防衛に折り合いをつけられるのはスレ主様だけです。頑張れとは言いません、逃避が必要な事ってありますし。

 ただし、本を読んだ結果、他人の考えを目にしてしまって精神的な苦痛を受ける。これが本当に事実で、読書そのものが出来ないほどに重篤で耐えられないなら、どう考えても日常生活に支障をきたしています。
 繰り返しになりますが、もしもそうであるならば、ここで小説家になる方法を相談するよりも、本が読めないという事実とその理由を、心療内科なりカウンセリングなりで専門家に相談される事をお勧めします。

 もしもそうでないなら、とりあえず千冊読書を努力目標として、最初の一冊を読み始めてみればいいんじゃないですかね。別に年間数百冊と読まなくても、四冊五冊でも意識して読むのと一冊も読まないのでは大きな違いでしょうし。
 
 知り得た情報から自分にとって有益な物を取捨選択するのはスレ主様ご自身です。本は千冊読むべきという意見と、ここでの質問に他の皆様が書かれた返事、そこに大きな違いがあるとは思えません。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?

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元記事:人間と自然の矛盾について

哲学的な問題ですが、力を貸してください。

私が今書いている小説の中で、自然の傲慢さや身勝手さを描いて批判する場面を書いているのですが、どうしても人間側と矛盾が生じてしまいます。

人を襲った獣とか災害を引き起こしたりした自然そのものと対話するシーンが数多いのですが、彼ら自然な物を傲慢な存在として描くので、彼らは「殺した人間の事などどうとも思っていない」「生きる為に肉を食らうのは当たり前」「人間など大自然から見たらちっぽけな物だ」等々、身勝手な考えを持っています。

それを主人公達に論破させたいのですが、いかんせん上手い言い回しが見つかりません。人間も同じように生きる為に肉や魚を食べているので、矛盾が起きてしまうのです。

最終的には読者が獣や自然が「完全な悪」であると納得させたいのですが、怒りを感じた主人公はどうやってこの存在を論破するべきでしょうか?

上記の回答(人間と自然の矛盾についての返信)

投稿者 青緑色 : 0 投稿日時:

 そらまあ論破出来ないよね、というのが正直な感想です。

 議論して相手の説の間違っている部分を指摘し、言い負かすのが論破ですが
>>「殺した人間の事などどうとも思っていない」「生きる為に肉を食らうのは当たり前」「人間など大自然から見たらちっぽけな物だ」
 こういった理屈は間違いである、と対話相手に議論をしかけて認めさせないといけないんですよね、人の身で。しかも弁舌だけで。

 自然って変化しますから、例えば雨一つとっても恵みの雨にもなりますし、暴風雨として脅威にもなります。
 議論のテーマが馬鹿みたいに大きくその範囲も広い上に、そもそも自然の現象っていうのはそこに意思が介入しない、何者かの手が加わっていないからこそ自然現象と呼ぶんですよね。
 その現象に何者かの意思が介入しているなら、それは自然を利用しているだけの兵器・魔法・能力だと思いますよ。もうこの時点で議論にならないんですよねー……

 例えば、台風の風で家屋が吹き飛ばされたり、豪雨で山の斜面が崩落して巻き込まれたり、川が氾濫して大洪水に飲み込まれたりしても、それは【台風の発生と終息】という自然現象のメカニズムの過程に起きた出来事なので、そこに何者かの意図や悪意は存在せず、その被害を発生させる理由も存在しません。
 まあ、自然災害に対して擬人的な傲慢さや身勝手さを付与し、ある種の悪意ある存在・憎むべき相手を想像する、なんてのはよく聞く話ですが。あのクソ台風の野郎! 家をぶっ壊して行きやがった! みたいな。
 意思の存在しない自然は、何らかの意思に基づく意図的な現象を起こしませんが、自然を操る事の出来る意思は、その意思に基づく意図的な現象を起こせます。

 あくまで個人的な憶測なので、間違っていたら大変申し訳無いのですが、傲慢と例えられるほどに圧倒的で何物にも左右されない自然と、自然現象を操れる個別の意思の傲慢さや身勝手さが、スレ主様の中でごっちゃになってるのかな、という気がします。

 スレ主様が書かれている件のシーンの対話相手は、大自然だったり自然の摂理だったりを代弁するかのように振る舞っているみたいですが
 
>>人を襲った獣とか災害を引き起こしたりした自然そのものと対話するシーンが数多いのですが、彼ら自然な物を傲慢な存在として描くで、彼らは「殺した人間(中略)物だ」等々、身勝手な考えを持っています。

 人を襲った、災害を引き起こした、と書かれていますので、他者(人間だけに非ず)に様々な悪影響を及ぼす行動を意図的にしていますよね。

 起きた出来事が自然災害と表現するべき規模の現象だとしても、それを引き起こした個別の意思が存在しているなら、作中で主人公達が動くきっかけとなった出来事を【自然災害による被害】ではなく【意思を持つ存在が意図的に起こした事件】として捉えてみてはどうでしょうか。
 主人公達は人間という立場を基準として善悪を判断しているようですので、一応これなら対話相手に言うべき言葉も定まってくるんじゃないかと思う次第です。

 それと人を襲う獣に関してですが、これはもう、作者様の質問の中に答えが書かれているんじゃないかな、と思います。
>>「生きる為に肉を食らうのは当たり前」
 スレ主様が書かれている矛盾点の元凶の一つだと思いますが、これって善悪以前の問題なんですよね。
 己の糧とするために何かが襲いかかってきたら、まず抵抗しますよね。さあ僕の顔をお食べ、なんてのはアンパン頭のヒーローぐらいのもんですし。

 生きる為に肉を食らうのは当たり前ですが、それを対話の本質にしてしまうと、それを聞いてぐうの音も出ない主人公が黙り込んでしまい、ただの大馬鹿野郎のヘタレになると思います。その当たり前の向こう側に、主人公が対話相手を論破するための議論のテーマ、対話の本質という物を持たせておくべきです。

 食らう側が肉を食らった結果として、食らわれた側の命が奪われ【ここまでが当たり前の範囲】、【ここから議論開始】それにまつわる諸々の苦悩や悲劇の責任の所在について、主人公側が獣相手に問いかけし、それに対する獣の悪辣な反論なり行動なりが描写されて、主人公が獣を悪だと判断して論破【議論終わり】する。
 適当な流れを大雑把に書いてみましたが、そもそも善悪は個人や環境、社会によって変化する曖昧な概念です。
 とりあえずパッと思いついた議論のテーマとして、苦悩や悲劇に対する責任の所在と書きましたが、主人公が何を善悪の基準として捉えているか、そのスタンス次第でいくらでも議論のテーマを変えられると思います。

・作中世界における人間の価値観を基準とした善性を、主人公の性格や思考の傾向、その周囲の環境に織り込んでおく(主人公とそれを取り巻く環境で描写する、客観的な善の要素)
・獣の被害がどれほど出ているのか。それがどれだけ凄惨な物で、被害を受けた側がどれだけ困窮しているのかといった描写(物語の都合として描写される、客観的な悪の要素)

 善悪の扱いに関してなので、あくまで一個人の見解としてになりますが、主観的な善悪の要素ではなく、上記二点のような客観的な善悪の要素を前もって作品内で積み重ねておき、善(人間的価値観)VS悪(人食いの獣)という構図を読者に提示しておけば、主人公が対話相手を主観的に悪だと判断しても、読者からの理解は得られるんじゃないかなとは思います。

 もしも作品がファンタジーな世界観で【風が吹くのにも水が湧き出すのにも、精霊なりなんなりの意思が介在する】という場合ですが。
 論破しようとする事自体に無理があるかなー……自分にはその世界観における自然の定義がわからんです。議論できね。
 むしろ、現実的な現象に制限されずに自由に描写出来るから、作者が思い描く完全悪としては描写しやすいのかな? やっぱりわからんです。

 結局の所、読者の印象に残る上手い言い回しも大事だとは思いますが、なぜ主人公達が対話の中でその台詞を発したのか、そこに読者の理解と共感を得られるような、作中における善悪基準のさりげない描写の方が大事だと思います。

 あー、あとですね、書くべきかどうかちょっと迷ったんですが、一応書いときます。
 身も蓋もない事を言うようでなんですが、読者から見て完全悪として存在させたい相手なんですよね? そうなると、おそらくストーリー的にも作中の世界的にも悪で、当然主人公にとっても悪ですよね。角度によっては善性が見えてくるような存在なら、完全悪とは言えないでしょうし。
 
>>「殺した人間の事などどうとも思っていない」「生きる為に肉を食らうのは当たり前」「人間など大自然から見たらちっぽけな物だ」
 こんな事を言いながら人を襲うような、悪だと断言できる相手に、主人公達が善悪問答をする必要がどこにあるのかちょっと疑問です。自然も獣も悪即斬でいいんじゃないかな。

 それと、完全悪がどういう物なのか、スレ主様は説明出来るのでしょうか。
 悪ってそもそも概念だから、作品内に出てくる完全悪という物はこれこれこういう物である、と作者が説明出来ないと、作中で描写するのも厳しいんでねーかなと思ったりもします。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 人間と自然の矛盾について

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元記事:【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。の返信の返信の返信の返信の返信の返信

私的に【嫌なハーレム】は、『不謹慎な笑い』を求めたいです。

「うっはwwww羨ましく無ぇーwwww」

というノリが、欲しい。

泥沼ハーレムは普通に怖っ!?(;´∀`)コメディー要素のあるギスギス・ハーレム作品は割と好きなんですけどね~。
―――――――――――――――――――――――――

不良の良い子ムーブにギャップを感じるごとく、凡顔のホスト・ムーブはギャップ案件(笑)
 顔のいい男のホスト・ムーブは『本職ホストとして援助交際とかしてそう・・・』に感じられやすいからね。

 ヒロイン自身、鈴をポケットに直入れしていたからこそ光る、めちゃ些細な案件です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あー・・・

①男(わが身に置き換えやすいフツメン)が「おばあちゃんにもらた御守り」落っことしたとして、どうも掃除の折にゴミに出されてしまったシチュで

②集積場前で、「もう諦めちまうかー」って時に、クラスのギャルっぽい怖い女子(←重要)に「あ?何してんのー?」って聞かれて、理由を話したらその子が黙々と集積場のゴミ開封を手伝ってくれて

③髪の毛にゴミついちゃうのも気にせず、ゴミまみれの袋に手を突っ込んで「見つけたー!!コレじゃね!?」と見つけてくれて

④「うちのお婆ちゃん去年死んじゃったからさー・・・・」「私もお婆ちゃんっこだからね(笑)」とか言いながら、お守りの汚れ払って笑顔で渡してくれた―————ような感じでドヤ?( ・´ー・`)
……………………
ちなみにその「お守り」は、
アイドル追っかけが趣味の、たくましい祖母がライブツアー行脚ついでに買って来てくれたもの。
 学校用カバンとか見える場所につけないと拗ねられるために、「ダサさが目立つからつけたくないのに・・・・・趣味じゃないのに・・・・」と内心は嫌々つけていた物とする。

上記の回答(【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 青緑色 : 0 投稿日時:

 泥沼にしろ不謹慎な笑いにしろ、羨ましくないハーレムって中心人物にとっては堪ったもんじゃないですねw

>>ギャップ案件
 狙ってやってない自然な動き、というのも大事ですよね。

 フツメンがホスト・ムーブを狙ってやると、よほど時と場所を選んで上手にやるか、周囲からギャグキャラとして認識されてないと、モテたいオーラがバレバレでガチの失笑を買いますから。
 やった本人じゃないのに、見ているだけでなんか心が痛いというか、居た堪れなくなるというか。しかも大体の場合、やった本人はその空気に気付いていないっていうね……現実でも創作物でもよくあるパターンかと思います。
【※ただしイケメンに限る】という不文律って、やっぱり実在するんだなぁと思うわけです。

>>①②③④

 あーいいわーこの展開いいわー、恋の始まりっすわー(*´∀`*)

 フツメン君は諦めるつもりだったのに、ギャル系女子は自分が祖母を好きだからこそ、フツメン君が祖母から貰った御守りを大切にしていて、それを探すために集積場前に居たって思い込んでますよね。
 次の日フツメン君が教室行ったら、ギャル系女子が普通に話しかけてきて無駄にどきまぎして、ギャル系女子と同じくちょっと怖めの友人だとか、取り巻きだとかが白い目でそれを見てて、なんて展開からの甘酸っぱい青春恋愛ストーリーみたいな。
 
 ヲタ系じゃなくてフツメン君って部分がいいですね。御守りが二重の意味で大切な物になったねフツメン君! みたいな感じに思ってたのに

>>アイドル追っかけが趣味の、たくましい祖母がライブツアー行脚ついでに買って来てくれたもの
>>学校用カバンとか見える場所につけないと拗ねられる

 これに全部持ってかれた。
 見える場所に御守りつけてないと拗ねる婆様に全部持ってかれた(゚∀゚)
 推しの全国ツアーライブ全参加とかしてそうですね、バーちゃん無理すんな。
 孫のフツメン君は、鞄の見える場所に意識して御守りをつけるようになっていそう。そしてそういう小さな変化から、孫の恋に気付いた婆様の過激なアドバイスとかもありそう。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。

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元記事:「Sanチェック」が必要かの返信

皆様、返信ありがとうございます。
共通して「終盤までに存在を小出しにして主人公らに心の準備をさせる」という方向性を示して頂けており、自分としてもその方向でバランスを取りたいと思います。

> そんな強大なラスボスをどうやって倒すのか、またはどうやってお引き取り願うのかの方が大変な気がします。
そのへん、何か具体的な案はあるのでしょうか?
この話のヒロインはダンウィッジの怪のウィルバー・ウェイトリー宜しく人間とこの神様の娘であり、神様の完全な召喚と(この神様を良いように利用して)敵勢力の目的の達成に彼女の力添えが必須でありました、青緑色様の提案の中では2と4が近いですね。
まだ具体的にどうするかは正直に言うと決まっていないのですが、彼女が今ありのままの人間の在り方をなんだかんだ肯定できた事(=敵勢力が思っているような方向に世界を変えてしまう事に否定的になった)が鍵になると考えています。

> 世界設定が現代的な世界なのか、魔法ありきのファンタジーな世界なのか。
魔術が社会に浸透した近未来という設定でした、強いて言うなら魔法科高校の劣等生が近いですかね。
完全に現代社会がベースの世界よりは比較的こういう存在を受け入れやすいのではと考えています。

> 太陽系よりも巨大な存在を、そもそもどうやって主人公側がそれと認識するのか
まだ召喚が中途半端な状態の神様の姿が夜空を覆い尽くすぐらいに広がって、敵側によって「今見えている所すら極一部に過ぎない」と言及されるような感じです。
グレンラガンの最終回において、銀河系より巨大になったグレンラガンとグランゼボーマが取っ組み合う様子が地球からもうっすら見えている場面なんかを参考にしていました。

上記の回答(「Sanチェック」が必要かの返信の返信)

投稿者 青緑色 : 0 投稿日時:

 いいですね、ダンウィッジの怪。

 ヨグ・ソトースが喚び出された事で、ラヴィニア・ウェイトリーがウィルバーとその双子の弟を身籠りましたが、その際にどのようにヨグ・ソトースを喚び出したのか、また送還したのかは、ダンウィッジの怪には具体的には書かれてませんでしたね。
 自分が持ってる本以外だとか、TRPGのルールブックなんかだと描写されてるのかな?
 
 五月祭の前夜に山の上の環状列石で儀式をしていたのではないか、万聖節の宵祭にウェイトリー家が怪しい儀式をしていたのではないか、頻発する妙な山鳴りはウェイトリー家の儀式のせいでは無いのか、といった内容の登場人物の憶測は描写されてるんですけどね。
 
 仮にどの媒体でも描写されてないなら、その辺りはキリスト教が下地にあるメリケン文化だとか、作者である御大の宇宙的恐怖だとか海産物キモい嫌いという趣味嗜好だとかが積み重なってそうですし、読者の想像に任せる系のあえて詳細を描かない技術って事なんですかねー。

 スレ主様のヒロインも、ウィルバーよろしく英訳版魔術書に欠けている751ページ目を探すことになるのかな。流石にラテン語版を大学図書館から盗もうとして、番犬に噛まれるって事は無いでしょうけどw

・娘が居る=神は一度喚び出された事がある?
・現状で神は居ない=帰ってもらう何かしらの方法が存在する?

 仮に神という存在が、敵陣営に秘匿されている存在だとするなら【人間と神との間に出来た娘】というヒロインの属性がストーリー上で明かされる事で、上記に挙げた二点が主人公サイド、ひいては読者に示唆されそうです。

 まあ、帰す方法もまだ具体的に決まっていないとの事なので、今あれこれ言うこっちゃないですね。
 どうも初めまして神の娘です! みたいな登場の可能性もありますしw
 
 最初のご質問の、神と対峙した際のリアクションに関して。
 神秘が一般的な事象として世間に認知されているなら、神に対する主人公サイドの心構えといいますか許容量といいますかは、現実的な(魔術・魔法が無い、あるいは無いとされている)世界の人間に比べれば、ずっと余裕がありそうですね。
 逆に、危険性を正確に認識できるからこそ恐れ慄く、という流れも面白そうですが。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 「Sanチェック」が必要か

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元記事:評価傾向

小説家になろうでファンタジーを書き続けて25万字に達しましたが最近特に更新時PVが7倍近くになり驚き嬉しいですが、感想、ブックマーク、評価PTはなかなか増えません。
PVは増えましたがポイントは増えません。評価者ほとんどいません。

これは読者様にどう言う風に見られていると言う感じでしょうか。
後感想が少ないのでラノベ道場に掲載しましたが、それでも2人方程しか感想はつかず(丁寧だった)感想を10件以上もらい活発な意見が飛んでいる方の作品もあるのに、と思う事あります。
あんまりつまんないとか問題点はっきり言っちゃうと、とか、この人メンタル弱そうだから、とか思われてるのかも、と。

上記の回答(評価傾向の返信)

投稿者 読むせん : 1

私は、なろうでも道場でも、【そもそも長い作品】に挑戦しません。

ズルズルとクソ長い二次創作に付き合わされて以降【リリカルなのは】に虫唾が走るようになっちゃったし。よほど好きにならないと、付き合いきれない。

上手い人の短編はだいたい長編でも楽しいから、思い切って読んでみようかな?とか思いますが、処女作25万文字とか絶対付き合わない。

なろうの機能検索での読了目安は約500時間一日8時間読んで約63日。
つきあわされるの嫌。

もし感想だのなんだの書いてあげるから、先に私の作品読んで感想くれる?
あ、アチシの作品5万文字(読了目安1000時間)ね♡「ワタシとダーリンのラブラブ☆レジェンド」だよ☆
とか言われて、私の作品とやらを読みきる覚悟はあるんか?

カテゴリー : ストーリー スレッド: 評価傾向

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投稿日時:

元記事:小説を何人称で書くかで悩んでいます

初めまして、くろいのです。
自分は昔から一人称で書いてきたのですが、見返してみるとなんだか幼稚に思えました。
ですので、最近は三人称で書く練習をして見たのですが、いまいち書きづらくしっくり来ません。

ここで相談なのですが、三人称を続けるべきか、一人称に戻すべきか。どちらが良いと思いますか?

上記の回答(小説を何人称で書くかで悩んでいますの返信)

投稿者 ふ じ た に : 1

私の場合ですが、話によって変えてますよ。
そもそも、他のキャラの視点を書かないと成り立たない話ならば、三人称のほうがいいと思います。視点変更は読者が混乱しやすいので、一人称よりも三人称のほうが読者に負担を掛けにくいと思うからです。

視点を変える必要がなく、想定読者とキャラが同じなら、一人称がいいかもしれませんね。感情移入しやすいので。

あと、そのキャラに作者が感情移入しにくい場合、三人称のほうがいい場合もありますね。キャラになりきらないと、一人称って書きにくくて(;・∀・)

参考になれば幸いです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 小説を何人称で書くかで悩んでいます

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投稿日時:

元記事:地の文が説明的になりやすい

どうもこんにちは。
ちょっと最近スレッドを立てる頻度が増加していますが、今回はいつも以上に急務な相談なので許してください。

題名通り私の作品は地の文が説明的になりやすい傾向にあるようで、鍛錬室の感想でよくそのような苦言を頂いています。
ちなみに初めにそれを受けたのは一年前なのですが、どうやら最近になってもまだ改善していないようです。
むしろ最近は締め切りを急いで執筆した短編小説が増えているので、急ぎすぎるクセがついてしまい前より悪化したのではないか、と自分でも思っています(汗)

例文として、最近最後まで書きあげた長編の第1話から引用するのですが、三人称で書くとこんな感じになります。

――そんな日常が紡がれる中、彼らの平和を壊す者が現れた。
「ヒャッハー!」
 存分に踏み込み拳を放つ男。応戦した戦士を捉え、一撃で吹き飛ばす。
 起き上がらない戦士。間違いなく即死だった。
「ヒッヒエエー!? 父ちゃん、しっかりしてよぉ!!」
 悲しいことにもその声は父に届かない。今ので戦士は全滅。もう彼らに戦うすべは残されていなかった。
「ウワッ!?」
 父に寄りそう男の子を乱暴につかみ上げ、振りかざす侵略者。彼は外海から来た冒険者である。目的は不明だがたった一人でゴブリンの村を強襲。十人以上の戦士が一人残らず惨殺された。
「オラオラッ! このガキを助けたければ水と食料を全て俺様に差し出せぇ!!」
 声を張り上げ嘲笑する男。その様はか弱きゴブリン達よりもよっぽど恐ろしい魔物そのものだ。
「やめるんじゃ! お前さんの気が済むのならわしが代わりになる! だから、だからその子を放しておくれぇ! 未来のある幼子なのじゃぁ!!」
 村長の必死の懇願。しかし男は耳を貸さなかった。
「うるせえ! そういう指図は俺様の欲しいものをよこしてからにしやがれ! 見てろ!!」
 宣言した途端、男は子供を地面に投げつける。顔と胴に凄まじい衝撃を浴びせられ、骨の砕ける音と共に血の飛沫と砂煙が舞う。
「ああ!? なんということを!?」
「これは俺様に指図した見せしめだ! 死ね!!」
 さらに背中への踏みつけ。地面が軽く割れる程凄まじい蹴りにより、子供は胴と腰を分断され死んでしまう。その亡骸は父以上に無惨なものであった。
「キャアァー!?」
 逃げ惑う女性達。皆がそれぞれの我が子を連れて。村を放棄してでも逃げるしかない。それだけが生き残るための唯一の方法であった。
 一方村長は一人、その場を動かずにいた。老い先の短い己が囮になって、少しでも子供達が逃げるための時間を作るために。
「ヒャッハハハー! 臆病すぎだテメーら!!」
 下品に笑う男。彼にとってこれはまさしく最高に愉快な光景なのだろう。

――引用終わり

この作品は約三年ぶりに三人称だけで書いた長編なので、かなりブランクが出ていることを自覚しています。
説明的な文章にならないよう意識的に執筆できる方法を教えてほしいです。

上記の回答(地の文が説明的になりやすいの返信)

投稿者 サイド : 4 人気回答!

これは説明というより、箇条書きだと思います。

そうなった原因として考えられるのは、スレ主さんは小説のネタの多くを、視覚的娯楽(マンガ、アニメ、ゲーム)から得ているのではないかということです。
掌編に投稿された作品などを読んでいると、そんな雰囲気がしています。

上記したような娯楽に触れることは大事ですが、小説を書きたいのなら小説を読んで学ぶのが一番の近道です。
引用された部分を読む限り、「書き方を変える方法論」ではなく、「生活の中で、活字に触れる時間を増やすための方法論」を考えた方がいい感じですね。
変えるならパーツではなく全体を、というか。

個人的に考え付く方法としては執筆の合間、もしYouTubeやサブスクアニメに当てている時間があるのなら、それをプロの作品(ジャンルは問わず、できれば大御所の方のもの)を読むことに割いてはどうでしょうか?

お金を出して買える十万文字から十五万文字の作品に触れ、最後まで読み切る経験を積むことが一番の改善法だと思います。
効果が出るまで手間と時間がかかるやり方ですが、根気よく良いインプットを続けていれば、アウトプットにも、じわじわ変化は見えて来るのではないでしょうか?

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 地の文が説明的になりやすい

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