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元記事:モチベーションの繋げ方

最近、親に『お前の書いたものは、自己満足だ』と言われて、心が折れそうです。
『読んでないのになんで分かるのか』と聞いても、『普段のお前の話を聞いていたら分かる』と言われます。
確かに、私の作品は大したレベルではないと思います。でも、他人に指摘されるのは辛いです。
どうすれば、気にせずにモチベーションを続けられるでしょうか?
非常に身勝手な質問で申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします。

上記の回答(モチベーションの繋げ方の返信)

投稿者 ふ じ た に : 0 投稿日時:

例えばですが、注文していない、または心当たりが全くない商品が届いたとします。スレ主様はそれを受け取りますか? たぶん多くの人は受け取りを拒否すると思います。
同じように「頼んでいない批評」がきたら、「受け取らない」でもいいと思いますよ。
ちなみに、このサイトは、自分で批評を依頼している場なので、作品に対して何か望まない否定的な意見が来ても、配慮ある対応が求められていると思います。炎上するのは、作品ではなく作者を非難したり、配慮がない言葉を使ったりしたときが多い気がしますよ。この言葉遣いの許せる許容範囲が、人によって異なりますが、狭い人は相手に対してキツイ対応をとられるので、だんだん感想が来づらくなる気がします。

今回は、読んでもいない小説の話題に絡めて、スレ主様の親は子の普段の発言を非難していると思うんですよ。
何か問題のある発言を子がしていたら、「そういう言い方ないんじゃないの?」ってそのときに親は子に注意すればいいだけじゃないですか。
子どもの行動を注意するのに、子どもが書いている小説まで非難する必要はないのでは?って私なら思いますけどねー。なので、小説に関しては気にしなくていいと思いますよー。

あくまで個人の意見ですが、何か参考になれば幸いですし、合わなければ流してくださいね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: モチベーションの繋げ方

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元記事:創作論の投稿

間違ってるところあったら直してください。

読者は「現実」に対して一種の先入観を抱いている。ファンタジー小説を読むのは読者の住んでいる世界という「現実」とのギャップがあるからだし、ミステリーが面白いのはまず小説で提示された情報に抜け穴があり、物語の内部という「現実」とのギャップが存在するからだ。

「現実」は読者の偏見や先入観によって構築される。ギャップが物語という媒体で提示されなければならないのは(つまりスーパーのポップにでかでかと貼ってあってはいけないのは)読者のそうした先入観を次々と裏切っていくことで読者の持つ常識に別の視点を加えることが目的だからだ。

読者は本の中で提示された設定と今までに身に着けてきた常識とを組み合わせて物語の中の世界をイメージする。このイメージを推意と呼ぼう。推意は物語を読み進めるにつれて次から次へと更新されていく。読者の抱いていた推意に対する確信が強いほど、そしてまた読者がその推意を覚えているほど、それが裏切られたときのショックは大きく、常識が書き換えられた気がする。

読者が強い推意を抱いていない状態でそれを裏切る設定を公開しても強いショックは与えられないし、またそうした設定に説得力がない場合も同様である。スーパーのポップに何らかのメッセージを貼る行為は、読み手の興味がないこと(=先入観を抱いていないこと)を根拠なく提示している点で、ショックは与えられない。
本の場合はある出来事を事実だと思い込ませたり推意への反論となる根拠を散りばめたりする時間が豊富だからこそそうした行為が可能となる。

物語の最後で主人公が女性だと判明する展開が読者に面白いと思われたのは、それまでの話で読者は主人公を女性だと思う根拠がいくつも与えられ、しかもそれらが女性でも行い得る行為だったからに他ならない。「春が二階から落ちてきた」という文の次に長々と言い訳のような文章が続くのは、読者に複数生じるであろう推意を一つに固定化し、読者の先入観を早々に更新し終えて次の推意を行う準備を済ませるため(つまりチェーホフの銃が発生することによって読みにくくなるのを防ぐため)だ。

ここで二つの小説の冒頭を見てみよう。

1.
”①うだるような暑さで目を覚まして、カーテンを開くと、窓から雪景色を見た。
②青々と茂った庭の草木に、今もちらちらと舞い落ちている綿のような雪は、いずれ世界を一面の白に染めるだろう。路上に人の行き来は絶えている。昨日、川向こうの花火大会を見届けた窓にぺたりと頬をくっつけ、あたしはその冷たさと静寂に、ひとつ震えた。"(伴名練『なめらかな世界と、その敵』 〇段落番号は私)

(ネタバレ注意)第一段落では複数の解釈が発生する。可能性が高いと考えられるのはどちらかが比喩である可能性だ。しかし第二段落で少なくとも比喩ではないだろうこと(つまりこれが超自然的な現象であること)が分かる。すると解釈の取りうる範囲が絞り込まれ、読者は異常気象などの要因を考える筈だ。すると解釈があまり多様でなくこの場で重要でもないと思われるような他の出来事は無視されるようになると考えられる。この文の後、主人公の教室には転校生がやってきて何か問題を抱えているようなしぐさを見せるが、そのとき読者の行っている推意のなかではその問題は日常の一部分にすぎず、現在解明されようとしている謎とは関係がないと思われるがゆえにそれほど印象に残らない。読者はその出来事をこれから謎を解明していくために筆者が立てた道具としか考えない。だからこそ物語をストレスなく読むことができる。

2.
"国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。"(川端康成『雪国』)

この文は一見1.で述べた考えと矛盾している。「国境の長いトンネルを抜ける」の主語が不明であるという点と「夜の底が白くなった。」の意味するところが不明な点とが多様な解釈を生んでいるがその答えは最後まで分からない。
1.の文章との違いは第一に解釈の幅が狭い点であり、第二にそのどれだったとしてもストーリーを理解するのには差し支えないと思われる点だ。
1.では複数の解釈があり、かつそれが少なくとも比喩ではないことが明かされる。つまり物語を理解するための重要な前提条件としてその謎が提示されている。読者の目を向けている対象たる謎が主人公ではなく世界観であるために、その他の出来事はせいぜい謎を解き明かすための道具としか認識されないし、どうでもいいこととして推測される。
2.「国境の長いトンネルを抜ける」の主語は汽車か乗客の主人公であると推測される。これは読者が読み進めるにあたっては問題ない表現だと言えるかもしれない。1.と違って世界の根幹に影響するような大規模な謎を提示しているとは考えにくい。どちらの解釈だったとしても主人公はその場にいると考えた方が自然だ。
「夜の底が白くなった。」も同様である。少なくとも「夜の底」として指示されているものの中に主人公は居ないと考えられる(もっとも関連性の高いものを挙げるとすれば、空とか地面とかの筈だ)し、また主人公は葉子という女性の素性を知りたがっているが、「夜の底が白くなった。」が何を指しているのか(つまり夜中に何かが光って見えたことをそう表現しているのかどうかなど)がそれに影響している確率は低い。さらに言えばこの文のすぐ後に闇の中明かりを下げてやってきた男の存在が、この比喩が単に情景を写したものである可能性を補強し、解釈を絞り込んでいる。読者が常識的に考える範囲では、物語の全体像をこの時点ではある程度推意することが可能だ。

1.と2.をまとめれば、次のようになる。
「謎は、推意される世界観が複数発生してしまう(解釈が多様である)ことにより発生する。」
「謎には序列があり、読者が重要だと思っている出来事に関する謎ほど読者の目に留まりやすく、読者はそれ以外の出来事に対しては無難な解釈をする。」
「謎を解決する過程でまたもう一つの謎が発生し、しかもその真偽によって最初の謎の答えが変わると考えられる場合、読者はストレスを感じる。」

加えて言うならば、テレビアニメの多くが場所のカットから始まるのは場所に対するヒントが十分でなければより序列の低い謎に対する注意が向きにくく、読者にストレスを与えることになるからだ。
また恋愛漫画の登場人物が素直に自分の感情を伝えたほうがいいと言われるのは、解釈をひとつにまとめることで「本当に愛しているのかどうか」という最大の謎を解決するためだ。

裏を返せばそれは、上記のような問題がない限りヒントは少なくて構わないということにもなるだろう。二次創作はしばしば原作にある矛盾を登場人物の恋愛感情等が原因であると解釈して行われたり、登場人物同士にあり得たかもしれない関係を想定することで行われたりするが、これらは推意の多様さを逆手に取り自分自身で視点を変革する行為でもあるだろう。解釈の多様さは生活を豊かにしてくれる。

以上を踏まえれば、下のような条件が考えられる。

"物語はその時点で序列の最も高いものから順番に、読者が求める答えに到達するまで謎を解いていくプロセスである。それがより序列の高い謎の答えに影響しないように見える限り、謎はいくつ置いてもよい。"

以上。
「序列」の高低や「読者が求める答え」がどのように決まるかということと、他に例外はあるのかということがまだよく分かっていなませnが、一応何かを真似るときの指針になるのではないかと思いました。

上記の回答(創作論の投稿の返信)

投稿者 t : 0 投稿日時:

こんにちは
面白ければすべて正解になるのでこのやり方で間違ってるかどうかとかは、その時々で、自分にあったやり方を選べてるならそれで十分だと思います。読んでいて謎に注目してある点はとても良いと思いました。後はちょっと要領を得ないというか私にはあいませんでした、ごめんなさい。

なんだろうな、アニメって目をつぶってても音で内容が頭に入ってくるじゃないですか、音を消しても映像を通して今何をやってるか、それこそキャラが言いそうな台詞も浮かんできたりします。
でも小説は音も映像もないので、文章を読むという行為は能動的なんですね。
それで読ませるための方法として謎も使いますね、他にもたくさんあるんですが。

自分が読んでみて面白かった理由と、読んでいて面白くなかった時はつまらなかった理由を考えてみる。次からは視点と舞台はどうだったか、視点と舞台に範囲を広げてそれらの使い方について読んだページまででいいので、謎以外にも考えていくと、新しい発見があるかもしれませんね。何かの参考になれば幸いです。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 創作論の投稿

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元記事:モチベーションの繋げ方

最近、親に『お前の書いたものは、自己満足だ』と言われて、心が折れそうです。
『読んでないのになんで分かるのか』と聞いても、『普段のお前の話を聞いていたら分かる』と言われます。
確かに、私の作品は大したレベルではないと思います。でも、他人に指摘されるのは辛いです。
どうすれば、気にせずにモチベーションを続けられるでしょうか?
非常に身勝手な質問で申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします。

上記の回答(モチベーションの繋げ方の返信)

投稿者 t : 0 投稿日時:

こんにちは
親にはそう言いたくなる背景が何かあるのかもしれませんね。その背景に自分なりに協力できるなら解決方法としては早そうですが、今の自分には難しい場合も当然あります。

親ではなくひとりの人間としてみたときに、自己満足で人生が幸せで豊かになっていった体験がこれまでなかっただけかもしれません。ですがあなたが楽しく幸せそうに毎日を生きていることで、自己満足も良いことだと気付くきっかけを作りだすことができるかもしれませんね。

海外に行くと日本語が通じないように。価値観が大きく違う場合、今のように言葉で理解してもらうことは難しいです。
あなたができることは相手が変わるきっかけを一緒に作るまでで、そこからさきは、考え方を変えるかについてはその人の選択であって、あなたからはどうすることもできません。

ですがそのような人達を無視したり遠ざけたりするのではなく、あなたが周りからどうしたらそんなに楽しく毎日を生きられるんだと聞かれるくらい、幸せそうに自己満足(小説)をすることで、それを近くで見ていた人間の考えや関係だったりあなた自身もすべてが変化していきます。
つまり、怒ったり悲しんだり悔しい思いをする必要はまったくないんですね。もっともっとまだまだ足りない、いつも楽しく幸せそうに笑って過ごしていればいいんです。何かの参考になれば幸いです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: モチベーションの繋げ方

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元記事:創作論の投稿

間違ってるところあったら直してください。

読者は「現実」に対して一種の先入観を抱いている。ファンタジー小説を読むのは読者の住んでいる世界という「現実」とのギャップがあるからだし、ミステリーが面白いのはまず小説で提示された情報に抜け穴があり、物語の内部という「現実」とのギャップが存在するからだ。

「現実」は読者の偏見や先入観によって構築される。ギャップが物語という媒体で提示されなければならないのは(つまりスーパーのポップにでかでかと貼ってあってはいけないのは)読者のそうした先入観を次々と裏切っていくことで読者の持つ常識に別の視点を加えることが目的だからだ。

読者は本の中で提示された設定と今までに身に着けてきた常識とを組み合わせて物語の中の世界をイメージする。このイメージを推意と呼ぼう。推意は物語を読み進めるにつれて次から次へと更新されていく。読者の抱いていた推意に対する確信が強いほど、そしてまた読者がその推意を覚えているほど、それが裏切られたときのショックは大きく、常識が書き換えられた気がする。

読者が強い推意を抱いていない状態でそれを裏切る設定を公開しても強いショックは与えられないし、またそうした設定に説得力がない場合も同様である。スーパーのポップに何らかのメッセージを貼る行為は、読み手の興味がないこと(=先入観を抱いていないこと)を根拠なく提示している点で、ショックは与えられない。
本の場合はある出来事を事実だと思い込ませたり推意への反論となる根拠を散りばめたりする時間が豊富だからこそそうした行為が可能となる。

物語の最後で主人公が女性だと判明する展開が読者に面白いと思われたのは、それまでの話で読者は主人公を女性だと思う根拠がいくつも与えられ、しかもそれらが女性でも行い得る行為だったからに他ならない。「春が二階から落ちてきた」という文の次に長々と言い訳のような文章が続くのは、読者に複数生じるであろう推意を一つに固定化し、読者の先入観を早々に更新し終えて次の推意を行う準備を済ませるため(つまりチェーホフの銃が発生することによって読みにくくなるのを防ぐため)だ。

ここで二つの小説の冒頭を見てみよう。

1.
”①うだるような暑さで目を覚まして、カーテンを開くと、窓から雪景色を見た。
②青々と茂った庭の草木に、今もちらちらと舞い落ちている綿のような雪は、いずれ世界を一面の白に染めるだろう。路上に人の行き来は絶えている。昨日、川向こうの花火大会を見届けた窓にぺたりと頬をくっつけ、あたしはその冷たさと静寂に、ひとつ震えた。"(伴名練『なめらかな世界と、その敵』 〇段落番号は私)

(ネタバレ注意)第一段落では複数の解釈が発生する。可能性が高いと考えられるのはどちらかが比喩である可能性だ。しかし第二段落で少なくとも比喩ではないだろうこと(つまりこれが超自然的な現象であること)が分かる。すると解釈の取りうる範囲が絞り込まれ、読者は異常気象などの要因を考える筈だ。すると解釈があまり多様でなくこの場で重要でもないと思われるような他の出来事は無視されるようになると考えられる。この文の後、主人公の教室には転校生がやってきて何か問題を抱えているようなしぐさを見せるが、そのとき読者の行っている推意のなかではその問題は日常の一部分にすぎず、現在解明されようとしている謎とは関係がないと思われるがゆえにそれほど印象に残らない。読者はその出来事をこれから謎を解明していくために筆者が立てた道具としか考えない。だからこそ物語をストレスなく読むことができる。

2.
"国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。"(川端康成『雪国』)

この文は一見1.で述べた考えと矛盾している。「国境の長いトンネルを抜ける」の主語が不明であるという点と「夜の底が白くなった。」の意味するところが不明な点とが多様な解釈を生んでいるがその答えは最後まで分からない。
1.の文章との違いは第一に解釈の幅が狭い点であり、第二にそのどれだったとしてもストーリーを理解するのには差し支えないと思われる点だ。
1.では複数の解釈があり、かつそれが少なくとも比喩ではないことが明かされる。つまり物語を理解するための重要な前提条件としてその謎が提示されている。読者の目を向けている対象たる謎が主人公ではなく世界観であるために、その他の出来事はせいぜい謎を解き明かすための道具としか認識されないし、どうでもいいこととして推測される。
2.「国境の長いトンネルを抜ける」の主語は汽車か乗客の主人公であると推測される。これは読者が読み進めるにあたっては問題ない表現だと言えるかもしれない。1.と違って世界の根幹に影響するような大規模な謎を提示しているとは考えにくい。どちらの解釈だったとしても主人公はその場にいると考えた方が自然だ。
「夜の底が白くなった。」も同様である。少なくとも「夜の底」として指示されているものの中に主人公は居ないと考えられる(もっとも関連性の高いものを挙げるとすれば、空とか地面とかの筈だ)し、また主人公は葉子という女性の素性を知りたがっているが、「夜の底が白くなった。」が何を指しているのか(つまり夜中に何かが光って見えたことをそう表現しているのかどうかなど)がそれに影響している確率は低い。さらに言えばこの文のすぐ後に闇の中明かりを下げてやってきた男の存在が、この比喩が単に情景を写したものである可能性を補強し、解釈を絞り込んでいる。読者が常識的に考える範囲では、物語の全体像をこの時点ではある程度推意することが可能だ。

1.と2.をまとめれば、次のようになる。
「謎は、推意される世界観が複数発生してしまう(解釈が多様である)ことにより発生する。」
「謎には序列があり、読者が重要だと思っている出来事に関する謎ほど読者の目に留まりやすく、読者はそれ以外の出来事に対しては無難な解釈をする。」
「謎を解決する過程でまたもう一つの謎が発生し、しかもその真偽によって最初の謎の答えが変わると考えられる場合、読者はストレスを感じる。」

加えて言うならば、テレビアニメの多くが場所のカットから始まるのは場所に対するヒントが十分でなければより序列の低い謎に対する注意が向きにくく、読者にストレスを与えることになるからだ。
また恋愛漫画の登場人物が素直に自分の感情を伝えたほうがいいと言われるのは、解釈をひとつにまとめることで「本当に愛しているのかどうか」という最大の謎を解決するためだ。

裏を返せばそれは、上記のような問題がない限りヒントは少なくて構わないということにもなるだろう。二次創作はしばしば原作にある矛盾を登場人物の恋愛感情等が原因であると解釈して行われたり、登場人物同士にあり得たかもしれない関係を想定することで行われたりするが、これらは推意の多様さを逆手に取り自分自身で視点を変革する行為でもあるだろう。解釈の多様さは生活を豊かにしてくれる。

以上を踏まえれば、下のような条件が考えられる。

"物語はその時点で序列の最も高いものから順番に、読者が求める答えに到達するまで謎を解いていくプロセスである。それがより序列の高い謎の答えに影響しないように見える限り、謎はいくつ置いてもよい。"

以上。
「序列」の高低や「読者が求める答え」がどのように決まるかということと、他に例外はあるのかということがまだよく分かっていなませnが、一応何かを真似るときの指針になるのではないかと思いました。

上記の回答(追記。左甚五郎の彫り物。)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

伴名練と川端康成の文章に対する分析そのものは興味深かったので、思ったことを少し書いておきます。
特に1の伴名練作品について。この冒頭は確かに仕掛けが分かりやすく、「うだるような暑さ」なのに「雪景色」という矛盾をまず読者にぶつけているんですね。2行目以降はこれの補強になっていて、雪景色についての描写が追加されながら「花火大会」という夏を連想させるワードがまたしても登場しています。

スレ主様の解釈では、1行目だけだと読者に単なる文飾としての比喩と受け取られかねないので、2行目以降の補強によって、そうではなく主人公の周りで実際に起こっている異常現象の描写であることを読者に伝えようとしている。
平たく言えばそういうことかと思いました。

次に、

>解釈があまり多様でなくこの場で重要でもないと思われるような他の出来事は無視されるようになると考えられる。

うん。
ここが割と重要なんですね。

頭が良くて文章力のある初心者が陥りやすい傾向として、比喩を駆使した流麗な文章を書こうとしすぎるというパターンがよく見られます。しかしそういう文章は美文がノイズになってしまい、そのパートで何を読者に伝えようとしているかという方向性が分かりにくくなってしまいがちです。
なので、書き手が方向性を意識して、それを要所で読者の頭に定着させる配慮は大切です。

ただ。

偉そうに言うのも気が引けるのですが。

上記の伴名作品からの引用は、そういうことへの配慮は感じられるものの、個人的にはまだ弱いと思ってしまいます。
ぶっちゃけ、技巧に走りすぎでしょう。読者の印象に必ずしも強く残る書き方になってはいないように感じます。

以下は、江戸の彫刻家、左甚五郎のエピソードだったと思います。

多少うろ覚えですが、寺社の庇を飾る竜の彫り物の制作を、若い新進気鋭の職人と競うんですね。
若い職人は精緻な技巧の限りをつくして、皆が感嘆するような見事な竜を彫り上げます。しかし甚五郎は、一目見て「それではダメだ」と言います。
甚五郎がそう断じた理由は、実際に若者の彫り物を高い庇に付けてみてはじめて分かります。距離を置いて見上げると、彫り物の細かい造作がよく見えず、印象がぼやけてしまったんです。
甚五郎の掘った竜はやや大袈裟なほど深々と削り込まれていて、近くで見ると荒く見えますが、庇に付けて見上げるとディテールがくっきりとして、まるで生きているようだったそうです。

上記の引用文は、私には若い職人の彫った竜のように感じられます。
エンタメ作品の文章は、要所ではケレンをつけて大袈裟なくらいに目立たせた方が良いというのが、個人的な見解です。

スレ主様の「推意」という考えは、着目点としては秀逸だと思います。そういう感覚を意識しながら作品を作ること自体は大切かと。
ただ、推意のコントロールだけで読者の興味を引きつけることができるかと言えば、疑問を感じます。目立たせるべきポイントはむしろ演出で目立たせるべきで、それがあってこそ(どちらかと言うと)隠し味としての推意操作が生きるのではないでしょうか?

   *   *   *

補足1。
先の書き込みで例に挙げた『まどマギ』は、プロットそのものが推意操作の連続で構成されているような脚本です。ここまでやれば思い切り目立つので、謂わば甚五郎の竜のようなものになっているように思います。

補足2。

>「謎を解決する過程でまたもう一つの謎が発生し、しかもその真偽によって最初の謎の答えが変わると考えられる場合、読者はストレスを感じる。」

>より序列の高い謎の答えに影響しないように見える限り、謎はいくつ置いてもよい。

このあたり、ちょっとピンときませんでした。

序列の高い謎の答えが変化するのは悪手というお考えでしょうか?

私としてはむしろ、読者が序盤や前半で最高序列の謎と推測したファクターがストーリーの進展とともに覆り、後半や終盤に至って真の最高序列の謎が明らかになるといった展開の方が望ましいと考えるのですが。
『まどマギ』は、まさにそういう脚本でした。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 創作論の投稿

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元記事:追記。左甚五郎の彫り物。

伴名練と川端康成の文章に対する分析そのものは興味深かったので、思ったことを少し書いておきます。
特に1の伴名練作品について。この冒頭は確かに仕掛けが分かりやすく、「うだるような暑さ」なのに「雪景色」という矛盾をまず読者にぶつけているんですね。2行目以降はこれの補強になっていて、雪景色についての描写が追加されながら「花火大会」という夏を連想させるワードがまたしても登場しています。

スレ主様の解釈では、1行目だけだと読者に単なる文飾としての比喩と受け取られかねないので、2行目以降の補強によって、そうではなく主人公の周りで実際に起こっている異常現象の描写であることを読者に伝えようとしている。
平たく言えばそういうことかと思いました。

次に、

>解釈があまり多様でなくこの場で重要でもないと思われるような他の出来事は無視されるようになると考えられる。

うん。
ここが割と重要なんですね。

頭が良くて文章力のある初心者が陥りやすい傾向として、比喩を駆使した流麗な文章を書こうとしすぎるというパターンがよく見られます。しかしそういう文章は美文がノイズになってしまい、そのパートで何を読者に伝えようとしているかという方向性が分かりにくくなってしまいがちです。
なので、書き手が方向性を意識して、それを要所で読者の頭に定着させる配慮は大切です。

ただ。

偉そうに言うのも気が引けるのですが。

上記の伴名作品からの引用は、そういうことへの配慮は感じられるものの、個人的にはまだ弱いと思ってしまいます。
ぶっちゃけ、技巧に走りすぎでしょう。読者の印象に必ずしも強く残る書き方になってはいないように感じます。

以下は、江戸の彫刻家、左甚五郎のエピソードだったと思います。

多少うろ覚えですが、寺社の庇を飾る竜の彫り物の制作を、若い新進気鋭の職人と競うんですね。
若い職人は精緻な技巧の限りをつくして、皆が感嘆するような見事な竜を彫り上げます。しかし甚五郎は、一目見て「それではダメだ」と言います。
甚五郎がそう断じた理由は、実際に若者の彫り物を高い庇に付けてみてはじめて分かります。距離を置いて見上げると、彫り物の細かい造作がよく見えず、印象がぼやけてしまったんです。
甚五郎の掘った竜はやや大袈裟なほど深々と削り込まれていて、近くで見ると荒く見えますが、庇に付けて見上げるとディテールがくっきりとして、まるで生きているようだったそうです。

上記の引用文は、私には若い職人の彫った竜のように感じられます。
エンタメ作品の文章は、要所ではケレンをつけて大袈裟なくらいに目立たせた方が良いというのが、個人的な見解です。

スレ主様の「推意」という考えは、着目点としては秀逸だと思います。そういう感覚を意識しながら作品を作ること自体は大切かと。
ただ、推意のコントロールだけで読者の興味を引きつけることができるかと言えば、疑問を感じます。目立たせるべきポイントはむしろ演出で目立たせるべきで、それがあってこそ(どちらかと言うと)隠し味としての推意操作が生きるのではないでしょうか?

   *   *   *

補足1。
先の書き込みで例に挙げた『まどマギ』は、プロットそのものが推意操作の連続で構成されているような脚本です。ここまでやれば思い切り目立つので、謂わば甚五郎の竜のようなものになっているように思います。

補足2。

>「謎を解決する過程でまたもう一つの謎が発生し、しかもその真偽によって最初の謎の答えが変わると考えられる場合、読者はストレスを感じる。」

>より序列の高い謎の答えに影響しないように見える限り、謎はいくつ置いてもよい。

このあたり、ちょっとピンときませんでした。

序列の高い謎の答えが変化するのは悪手というお考えでしょうか?

私としてはむしろ、読者が序盤や前半で最高序列の謎と推測したファクターがストーリーの進展とともに覆り、後半や終盤に至って真の最高序列の謎が明らかになるといった展開の方が望ましいと考えるのですが。
『まどマギ』は、まさにそういう脚本でした。

上記の回答(PDCAを回す)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

それともう一つ。

創作に限らず何かを習得するためには、PDCAを回すということが重要なんじゃないかと。
ご存じかとは思いますが、PDCAというのは、

Plan(計画)
Do(実行)
Check(評価)
Action(改善)

の略で、Action(改善)の結果を改善案としてPlan(計画)を立て直し同じプロセスを繰り返すことから、回すと言います。要するに考えたことを実際に試してみて、その結果から最初の考えの問題点を修正し、再び試すというフィードバックを繰り返します。

サタンさんへの返信に、

>とりあえず片っ端からこの方法であらゆる作品を分析しパターンを覚えていくことで感覚を鍛えていくことを考えていましたが、

と仰っているのが気になりました。
これですとDが決定的に抜けています。Dが無いとPCAだけで止まってしまい、先が無いんですね。Dを挟むことによって問題点が実践的に洗い出され、Pの練り直しに繋げることができます。

ですから、ひたすら書いてみることが最重要。ただし書くだけでは不十分で、スレ主様の「推意論」のような視点を持つことによって実践から問題点を効率的に抽出できるようになるのは確かです。
車の両輪として、どちらも必要なのだと考えます。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 創作論の投稿

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元記事:ヒロインや女性キャラの動かし方

初めまして、皆さん。渋谷の野良犬と申します。

最初に一言断っておきますが、小説執筆について悩んでいるのは僕ではなく、小説家を目指している僕の友人です。僕は彼の夢を真剣に応援していますので…。

彼とは、個人的にも交流があり、お互いに持っている漫画の貸し借りなどをしたりしているのですが、先日貸してた漫画を返す際に「気になるシーンがあってそれがどうしてもわからない」という事を言ってきました。

それは、長い事家を離れて旅をしていた主人公が、やっと家に帰ってきて久しぶりに学校に顔を出したものの、幼馴染であるヒロインがヒロインの従兄弟と付き合うようになっていた事を知って、ショックのあまり(彼女に対してだけは素直になれない性格から来る照れ隠しや、思春期特有の強がり、従兄弟に対する嫉妬もあって)「俺はこいつの事なんか別に何とも思ってねぇや!付き合いたきゃ勝手にすりゃいいだろ!!」と暴言を吐いた場面でした。

僕が主人公がなぜこんな事を言ったのかについて説明して、やっと納得がいったようですが、どうも小説執筆などでも、自分がヒロインとの恋愛のシーンを書く事は、からっきし苦手であった事が判明したのです。

僕も昔は漫画が好きだから漫画部に所属してみたものの、自分の絵の下手さとストーリー創作能力の無さに唖然として、その道には見切りをつけた経験があるので、話を考える事の大変さはよくわかっているつもりです。

その後、よく話してみると彼は「自分の書く作品はドンパチやるか。物事を理論的合理的に進めていく考え方に基づいた産物」と言っており、人間の感情があまりよくわかっておらず、小説を書く時も作者である自分の目線に基づいた主観的なものばかりだったのです。言い換えれば、キャラの目線になっていないのです。

詳細は言えませんが、実は彼は今も住んでいる山の中にある田舎で、幼少期に同級生や教師に酷い目に遭わされた経験から、人間不信の強い所があり人付き合いがあまり得意ではないのです。

その頃のトラウマを思い出した時に、語気が荒くなって他者に対して不信感を剥き出しにしたり、極度に敵を前にしたような身構えた態度を取ったり、自分の好き嫌いを基準にしたモラルとはかけ離れた極端な考え方をしたりと、人としてそれはどうなのかと思う部分もありました。

もしやと思って、自分自身が女性の誰かを好きになったり、告白したり、付き合ったり、別れたりといった恋愛経験がないのか聞いてみた所、やはりなかったようです。本人曰く、人を愛するという感情が欠落までとは言いたくないけど、閾値レベルにないのかもしれないと言っています。

そのためか、ストーリーを考える際に頭の中で女性というものが動いてくれず、他の人の作品の萌えキャラに心を動かす事はあっても、現実の女性はおろか、自分で書く段であってもヒロインを動かせないのは、自分の作家として致命的な弱点だと仰ってます。

やはり、ここは何かしら創作の肥やしや引き出しを増やすために、彼に恋愛ドラマや映画を見せたり、現実に女の人と関わらせるようなレンタル彼女を借りてデートをさせたり、何か異性と触れ合うことのできるサークルに参加させるなどして『女性の目線と考え方』を彼の中に落とし込めればいいのでしょうか?

皆さんはどうすれば、彼はヒロインや女性を小説執筆で動かせるようにしていけると思いますか?

ご意見、お待ちしております。

上記の回答(ヒロインや女性キャラの動かし方の返信)

投稿者 神原 : 1

私も恋愛に関しては普通の人よりかなり欲求が少ないと思います。

が、それで書けないと言うのはまた違って、ある意味男性が作品内で動かす女性って自分の妄想が100%入っている物と思われます。

良い例がハーレムアニメ。今は少し廃れて来ているのかな? あれって主人公(書いている人)の願望がめちゃくちゃ入っていますよね。もしくは読む人の願望ってこうだよね、と言う感じで読む人(普通のハーレムなら男性、逆ハーレムなら女性)がこうあったら読んでいて楽しいだろう、と言う妄想の産物ではないでしょうか?

昔漫画家の高橋留美子先生が取材旅行よく行くって言う漫画家の事を聞いて(稀に高橋先生も取材旅行いくけれど)想像で書けない人って駄目だよね、みたいな発言をしています。

女性を知ったからと言って女性の思考は分からないし、行動を理解できるかと言えばどうなんでしょう?

そのお友達は好きな小説で女性がどう動いているのか研究はしないのでしょうか? しないとしたらそれこそが問題です。ああ、こう言う女性の発言行動は読んでいてたのしいな、って感じでもいいですが、事、自分の小説ではそれは書けないとはならないと思われます。

それと付き合ったとして女性とひとくくりにしていますが、それこそ千差万別です。10羽一絡げにしないでもっと市販の小説なりなんなりを読んで取り込む事をオススメします。

カテゴリー : キャラクター スレッド: ヒロインや女性キャラの動かし方

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元記事:「チートもの」でなくとも必殺技や特殊能力は必要?

「アンチ異世界チートもの」を掲げた作品の構想を練っています。主人公は陰鬱とした展開を経て、奴隷から成り上がっていく粗筋なのですが、序章を途中まで書いて「華がねえ……」という事に気付きました。
例えるなら承太郎がスタンドではなくただの鉄拳で戦うようなものでしょうか。

自己満足で書くならともかく、あわよくばそのテの人の目に留まりたいと思って書いています。その場合にこの華の無さが「斬新な設定」と思われるか、「要件未達成」として流されるか、気の早い話ですが、気になってしまいます。
そのような観点では、やはり目を引く必殺技などは必要でしょうか?

上記の回答(「チートもの」でなくとも必殺技や特殊能力は必要?の返信)

投稿者 玄翁 : 1

はじめまして。

アンチ異世界チートものとして作品を作りたいとのことですが、ではそれって具体的にどうすればいいのでしょうか?

単にチート能力だけを抜いたら四苦八苦する主人公の姿しか見えないですよね?
普通いきなり異世界に飛ばされるようなことがあればその時点で恐ろしく苦労することは想像に難くない訳で、そこにチート能力付与と言う形で主人公が無双できたり楽勝で問題解決できる部分に魅力があるからこそ異世界転生チートものがこれだけ流行っているのだと思います。

ですからその魅力の部分を抜いただけでは能がないと言うことになってしまうのではないでしょうか?

ただもし本当の意味でアンチ異世界チートと言えるものを作り出せれば、他の人がおそらくまだやっていないことなので、今までにない快挙と言うことになるでしょうね。

異世界チートに代わる画期的なアイデア・・・と言うのが理想的ですが、それはさすがに大変すぎると言うことであれば何らかの必殺技や特殊能力などと言った劇中における小道具を何か変化球をつけて出すかたちにするのが現実的なのかもしれません。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 「チートもの」でなくとも必殺技や特殊能力は必要?

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元記事:三角関係の修羅場を描くには?

地下鉄日比谷線さんの質問

恋人と恋敵か浮気相手の3人が遭遇して口論となる模様を描きたいのですが、なかなか会話が思い浮かびません。

もちろん、こういう経験もないので、想像力に頼るしかないのですが、結末をどうするかによっても変わってくると思います。

初めはそこそこできそうと思っていましたが、なかなか上手くいきません。
どうか参考になるご意見がありましたら、よろしくお願いいたします。

2016/06/04(Sat)

上記の回答(三角関係の修羅場を描くには?の返信)

投稿者 うっぴー : 2

薔薇騎士さんの回答

ぱっと思いつくのは↓ですかね。

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=37725
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=36472

特に、山口百恵の「絶体絶命」は笑えますw

浮気。修羅場。などで検索するといくらでもネタは拾えますね。
また、スーパーなどにも主婦向けのその手の漫画雑誌は山のように売っていますw

わたしは浮気をしないので、そういう経験はないですが、結婚前に何気なく職場の若い子と撮ったプリクラを電卓に貼っておいたのを妻が発見した時に泣かれましたw

「わたしなら、こんなのは全部捨てる」とか言われて。
なんとも思っていないから、剥がしていないだけだったのですが……。
女心は、そういうものなのでお気を付けくださいw

2016/06/04(Sat)

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三角関係の修羅場を描くには?

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