小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:現在「看護師」 昔「看護婦」 使うとき

大正時代や昭和初期の作品を書く場合でも、現代人が差別用語に認定し変化させた「看護師」を使わなければならないのか、時代考証を考えて「看護婦」でもいいのかが以前から気になっています。
読者が「看護婦は差別用語です」とつっこんできたら、創作上の全体像や雰囲気で不都合が生まれると思った次第です。
例えば「ナイチンゲールは夜の帳が降りる不安のなかにも人々の心に寄り添い続けた看護婦でした」と「ナイチンゲールは過酷な戦場下でも献身的に人々の看病を続けた看護師であった」では雰囲気や伝わり方が違います。付属の言葉選びは名詞の雰囲気に合うものを即興でつけただけですが。
看護師は私の感覚的に堅い感じでより行政的な感じで、極めて現代風な映像しか浮かびません。最新鋭の機器に囲まれた清潔な病院とか。このように人によっては言葉の持つ映像がついてまわるのではないかと思うんです。どちらしにろ名称に関係はなく立派な職業に変わりはないものですが。
あとは「

江戸時代まで来るとさすがに今現在はいないけど、「武将」は(差別用語関係ないし、当てはまる役職でいえば大地主あたりでしょうけど)使ってますよね。
さすがに明治・大正の男性作家作品に多くみられるものですが、「妾(「わたし」と読むらしい)=女性が自身をへりくだって言うもの」は現代ではどう読んだって、ご主人が本妻以外に屋敷に愛人として抱え込んでた「めかけ」につながるから使わないとしても。「わらわ=あるていど高貴な雰囲気もあるような感だが、成人女性が自身をまだ子供のように言うもの」は使えると思いますけど。

上記の回答(現在「看護師」 昔「看護婦」 使うときの返信)

投稿者 あざらし : 4 人気回答! 投稿日時:

私は気になりません。
うん、『私』と態々書きました。
というのも、極一部だとは思いますが、いくらアルファさんが心を配ってもケチをつける人はいるかもしれません。

宮崎駿氏の最高傑作『風立ちぬ』のワンシーン、結核にかかったヒロインが床についている横で主人公がタバコを吸うシーンに文句をつけた団体(だったかな?)もいるぐらいです。
普通に考えて『そういった時代背景』であることは観客全てが承知しているような物語の終盤であり、タバコを吸うことそのものが感動的なシーンであるはずなのに文句をいう人はいいます。

で、ですね。(少なくとも私は)差別用語だとは思いません。
元々、というか大昔、呼び名はともかく立場として、医学の黎明期は男性の職業であり、単に看護人です。

麻酔がない時代でも傷を縫ったり、四肢を切り落としたりという、ぶっちゃけ外科的
アプローチは必要です。
そういう時に痛みで暴れる患者を押さえつける、要するに腕力が必要なんですが、これは必然的に男性の仕事です。

そこから時代が進み、ナイチンゲール云々もあり女性がすることが多くなり、看護”婦”と態々つけ加えてます。
『ご婦人が看護してくれる!』ってのは、言い方が変かもしれませんが老若男女問わずに患者にとって救いであり、病室で心が安まる華でしょう。
当時の人もそういう思いがあったのではないでしょうか。

どっちかというと『オッサンでも看護”婦”って呼ばれるぜ! ウヒっ!』という男性側の立場があって、厚生労働省が『もう男女の区別は必要ないんじゃね?』という流れではないでしょうか。

>読者が「看護婦は差別用語です」とつっこんできたら、創作上の全体像や雰囲気で不都合が生まれると思った次第です。

とはいえ、対策したいお気持ちは理解できます。
率直には『笑い飛ばそうよ!』と言いたいところなんですが、どうしてもということなら、お断りとして冒頭もしくは巻末の欄外とし【物語の時代背景を鑑みて、当時使われていた用語を使用しているシーンがあります】等々を書いておけば良いのではないでしょうか?
ただ、それでもケチをつけるのが趣味みたいな人は一定数いますので、『笑い飛ばす!』というお気持ちも忘れずに、そんなことに負けないで欲しくも思います。

ではでは、執筆頑張って下さい。
応援いたします。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 現在「看護師」 昔「看護婦」 使うとき

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元記事:ビデオカメラの事の返信

ビデオカメラで合ってます。
正確にはカムコーダですが、一般的にはビデオカメラで通ってるでしょう。
ハンディカムとも言われるけど、こっちは確かソニーの商品名。
ちなみに携帯オーディオのことをウォークマンと言うことがあるけど、こっちも商品名。スマホで音楽聞ける今からすると音楽を聞くための機械を出す事が稀だろうけどもw

セリフや地の文などで「ビデオカメラ」と書くのが何か変だなと感じたのだとしたら、それはおそらく普通はただ「カメラ」としか言わないためでしょう。
「撮影用のカメラ持ってこい」とか「大事な試合だからカメラで撮っとけ」とか、文脈で写真か映像かの判断はつくので、「カメラ」で良いと思います。
これが「試合をビデオカメラで撮っておけ」となるとなんか説明臭くて変だと思う。

ビデオ機器がVHSからDVDやBDへと移行したのもあって、OVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)のことを今はOAD(オリジナル・アニメ・ディスク)と言う事もあるように、技術の進歩によって名称が変わったりすることもありますが、ビデオカメラのビデオは単純に動画の訳でしょうから、今でも名称は変わっていません。

上記の回答(ビデオカメラの事の返信の返信)

スレ主 ポコポコ : 1 投稿日時:

ありがとうございます。
ハンディカムカメラを片手にと、最初書いてましたが違和感が出てきて、ビデオカメラ??で良いのか混乱してました。
助言ありがとうございます。

カテゴリー : その他 スレッド: ビデオカメラの事

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元記事:物書きへの適正について

当方自分は文章を書くのに向いてないと思っています。
理由はだいたい二つ
1) 何事にも無感動、無感想
作文を一行未満で完成とし、講義の感想?を書けといわれて30分以上居残りさせられるような人間です。無論読書感想文は鬼門、正直一人で書き上げた覚えがないです。
2) 対人能力の不足
当方中学卒業後はネット環境を含めても交友関係がほとんどありません。そもそも人の気持ちをうかがうこと・空気を読むことがまるでできず、弟の同級生が亡くなった際、その人が長期入院中だったと聞いて『どうせ誰も覚えていない』と発言するほどです。
他に、他人とはだいぶ違った思考をする点(例えば好きな人に値段をつけてといわれれば10円だか50円だかという安値をつけたり、怖いものと聞かれてペストと答えたり)も挙げられるでしょうか。
国語自体は答えればたいてい当たるほどには得意なのですが、こんな人間はアイデアをプロット投稿板に投げて他人頼みにするほうがいいんでしょうか?
それとも意地と執念だけを頼りに自分で書くことに挑戦した方がいいのでしょうか?

上記の回答(物書きへの適正についての返信)

投稿者 ヘキサ : 0 投稿日時:

 私も国語は得意だったけど、読書感想文はめちゃくちゃ苦手だった人だよ。でも、好きな作品の二次創作や考察・批評とか見ているうちに、大人になってから「ああ、そんな感じに書けばよかったのかもな」と思って感想メモとか残すようになってからむちゃくちゃ筆が乗るようになって、それで「書いてもいいかな、書けるかも」って状態になって書くに至ったところ。
 書いてみてわかったけど、小説ってけっこう理詰めで文章を構築できないと厳しいなって感じ。感性のみで書けるものではない。

 ちなみに現在の小学校は、読書感想文って必須課題ではなくなっております。「あんなもの書いても意味ねえだろ」って声がたくさん上がったんだと思うよ、他の人も薄々そう思ってたりでwwその代わり、エッセイや報告書などの書き方講義みたいなのの占める割合が増えてる。社会に出てからの実用性を考えると断然そっちのほうが重要だからじゃないのかなー。

 親戚の子の「読書カード(読んだ本とその感想のリスト)」みせてもらったけれど、感想が「たのしかった」「おもしろかった」「かなしかった」を顔記号で記しとけ、て感じだったり一行で済ませろ程度だったりで、むしろ無駄に長い文自体がNGになってる。そういう時代になってますよーという感じです。

 対人能力は……私も苦手だったけれど、仕事やら何やらで少しは鍛えられた。こればっかりは何とも言えないけれど、マナー本などを読み込むかってところかな。

 ところで 蛇鷲さんが何書こうとしている人だったか思い出してみたけれど、怪人もの書きたいって言っていた人ですか。個人的に「強殖装甲ガイバー」とか推してみますが。あれめっちゃ特撮怪人意識してる作品だから。改造の際のリスクとかめっちゃ細かいよ。生殖機能失うとか、寿命縮むとかで、その実験体扱いのキャラで格好いい人がいっぱいいて燃えます。
 
 とりあえずは趣味の範囲で書いて見てはどうでしょうか。というか、web小説が蔓延する昨今、専業でやること自体が難しくなっている感じもするので、肩の力を抜いて気軽に書き出してみてはどうでしょうか。

 あとここでもプロット提供板あったけど、過疎っていたせいかなくなりましたよね……理由はおそらく「プロット投げ出す人の持ち込むプロット自体が完成度が低くて誰も食指を動かさない」「完成度の高い人なら自分で書ける」あたりでしょうか。とにかく、他人に投げてもあんまりうまくいかないことのほうが多いです。下手でも自分で作ったほうが楽しいと思うんだけどなぁ……

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 物書きへの適正について

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元記事:現在「看護師」 昔「看護婦」 使うとき

大正時代や昭和初期の作品を書く場合でも、現代人が差別用語に認定し変化させた「看護師」を使わなければならないのか、時代考証を考えて「看護婦」でもいいのかが以前から気になっています。
読者が「看護婦は差別用語です」とつっこんできたら、創作上の全体像や雰囲気で不都合が生まれると思った次第です。
例えば「ナイチンゲールは夜の帳が降りる不安のなかにも人々の心に寄り添い続けた看護婦でした」と「ナイチンゲールは過酷な戦場下でも献身的に人々の看病を続けた看護師であった」では雰囲気や伝わり方が違います。付属の言葉選びは名詞の雰囲気に合うものを即興でつけただけですが。
看護師は私の感覚的に堅い感じでより行政的な感じで、極めて現代風な映像しか浮かびません。最新鋭の機器に囲まれた清潔な病院とか。このように人によっては言葉の持つ映像がついてまわるのではないかと思うんです。どちらしにろ名称に関係はなく立派な職業に変わりはないものですが。
あとは「

江戸時代まで来るとさすがに今現在はいないけど、「武将」は(差別用語関係ないし、当てはまる役職でいえば大地主あたりでしょうけど)使ってますよね。
さすがに明治・大正の男性作家作品に多くみられるものですが、「妾(「わたし」と読むらしい)=女性が自身をへりくだって言うもの」は現代ではどう読んだって、ご主人が本妻以外に屋敷に愛人として抱え込んでた「めかけ」につながるから使わないとしても。「わらわ=あるていど高貴な雰囲気もあるような感だが、成人女性が自身をまだ子供のように言うもの」は使えると思いますけど。

上記の回答(現在「看護師」 昔「看護婦」 使うときの返信)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

小説を書いていると、そういう言葉の選択にはしばしば悩まされますね。
そこには似て非なる二つの問題が複合しています。一つは「考証」の問題、もう一つは「情緒」の問題です。
また、作品の地の文が一人称か三人称かにも係わってきます。一人称の場合はより厄介なので後述するとして、以下は三人称の場合で考えてみます。

大正~昭和初期を舞台とした三人称であれば、地の文では「看護師」。セリフの中では「看護婦」。安全策を重視するなら、これが無難です。
時代を考えればセリフの中にまで「看護師」と書いてしまうと時代考証として違和感が強すぎます。昨今問題視される用語の中でも「看護婦」は身体や精神の障害を指す言葉ではないので、セリフとして使うくらいはセーフでしょう。
一方で三人称の地の文はあくまで客観的叙述になりますから、大正時代を舞台とする小説で現代用語を使っても問題ないのです。それがダメだと言い出すと、すべての用語や言い回しを当時のものにしなければいけないことになってしまい、それをやったら現代人にはかなり読みにくい文章になってしまいまうでしょう。

以上が「考証」の問題になります。
しかし「情緒」の問題となると話が違ってくるんですね。

>看護師は私の感覚的に堅い感じでより行政的な感じで、極めて現代風な映像しか浮かびません。最新鋭の機器に囲まれた清潔な病院とか。このように人によっては言葉の持つ映像がついてまわるのではないかと思うんです。

これは「考証」というよりも、どちらかと言うと「情緒」の問題です。あえて語弊をおそれずに言えば、「看護師と書くと雰囲気がこわれ、作者の表現したいイメージにそぐわないからイヤだ」ということかと。
と言っても、けして情緒を軽んじているわけではありません。小説は論文でもビジネス文書でもありませんから、言葉の選び方によって伝える情感が大切なのは論を俟ちません。
ただ前述したように、すべての用語と言いまわしをその時代に即したものにしてしまうのは現実的ではありません。なので小説は、多かれ少なかれ現代的な文章をベースにして、そこに時代にあった言葉を適当に散りばめるなどのアレンジを施して書かれているものなのです。
「看護師」ではイメージが伝わらないというお気持ちは分かりますが、一つ一つの用語にこだわらない文脈全体やエピソード、人物描写によっても情感は表現できます。そういうテクニックにも目を向けることをお勧めします。

さて、後述すると書いた一人称の場合です。
一人称の地の文はその時代の誰かが語っているという設定になりますから、「看護師」という当時使われていなかった用語を入れるのは少し厳しいですね。
なので三人称のセリフと同じ考え方で「看護婦」くらいは許容範囲(身体的・精神的な障害を示す用語と比べたら)と割り切って使っておいてもいいんじゃないでしょうか。
もし心配なら、あざらしさんが提案されているように冒頭にでもその旨の但書を入れておけばいいのではないかと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 現在「看護師」 昔「看護婦」 使うとき

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元記事:物書きへの適正について

当方自分は文章を書くのに向いてないと思っています。
理由はだいたい二つ
1) 何事にも無感動、無感想
作文を一行未満で完成とし、講義の感想?を書けといわれて30分以上居残りさせられるような人間です。無論読書感想文は鬼門、正直一人で書き上げた覚えがないです。
2) 対人能力の不足
当方中学卒業後はネット環境を含めても交友関係がほとんどありません。そもそも人の気持ちをうかがうこと・空気を読むことがまるでできず、弟の同級生が亡くなった際、その人が長期入院中だったと聞いて『どうせ誰も覚えていない』と発言するほどです。
他に、他人とはだいぶ違った思考をする点(例えば好きな人に値段をつけてといわれれば10円だか50円だかという安値をつけたり、怖いものと聞かれてペストと答えたり)も挙げられるでしょうか。
国語自体は答えればたいてい当たるほどには得意なのですが、こんな人間はアイデアをプロット投稿板に投げて他人頼みにするほうがいいんでしょうか?
それとも意地と執念だけを頼りに自分で書くことに挑戦した方がいいのでしょうか?

上記の回答(物書きへの適正についての返信)

投稿者 ドラ猫 : 0 投稿日時:

何かの本でありましたが、作家というものは多かれ少なかれ「変わり者」だそうです。そういう人ほど面白い物語が書けるのだとか。
文章が書けないのは誰だってそうです。私も小学生の頃の読書感想文は「面白かった」くらいしか書けませんでした。社会の授業でやった「調べた内容をまとめる」作業も資料の丸写しです(自分の言葉で文章化できませんでした)。
それでもラノベを読み書きしていたら某賞三次落ちくらいまでは行けるようになったので、続けていればその悩みも晴れると思います。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 物書きへの適正について

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作者の嫌いな人をモデルとしたキャラは悪人、善人、どっちにすべき?

投稿者 まとら魔術 回答数 : 9

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 また質問します。  自分の嫌いな人をモデルとしたキャラを悪役として出したいのですが、「善人にした方がキャラに深みが出る」と言われ... 続きを読む >>

質問です。思い切ってあまり普及していない野球系を書きたいので、何個か質問に答えてほしいです

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元記事:スランプの解消

こんにちは。久しぶりにコチラに書きます。色々あって現在どうしても小説が書けない状態です。少しでも書きたいと思いNolaノベルさんのほうでかいています。そこで編集部からあしあと?がついたので少しずつやる気を取り戻し頑張ろうと思っていますがどうしてもかけないです
理由としては
1:自分の脳内で作って自分で楽しむという自己満足感がどうしても抜けないor解消できない
2:流れは考えているのに文章にすると、売れている小説の通りうまくかけない手見てくれない&書いている人にあるあるな「書いている途中でこれ面白いの?」状態にあっている
3:最低限の知識はあるけど、ガチで経験しているもしくは本職じゃないと書いてはいけないようなはやり?になっているのを知って止まっている。
4;現実世界を舞台にした作品の場合、フィクションでも現実にないようなものはおかしい。みたいな考えがどうしても残っている。
5:ルビをつけるときはオリジナルをつけようとすると、どうしてもセンスがない
この5つが挙げられます

特に3に関しては、現実世界のような舞台で現実にはないもしくはあるけどすこし違う感じのを書きたいと思いましたが、昨今の作品を見ると経験者や本職じゃないと書いちゃいけないみたいなのが見られてすごく怖いです。
4に関しては親の教育のせいでどうしてもぬけないです
問題の解消の優先的には1から3が大きいです
なにかいい方法はありませんか?もしありましたら教えてほしいです

上記の回答(スランプの解消の返信)

投稿者 サタン : 1

大野さんの回答が素晴らしすぎて特に言う事は残ってないで、別角度から回答してみようかなと。

>1:自分の脳内で作って自分で楽しむという自己満足感がどうしても抜けないor解消できない
自己満足すら書けなくなるのが一番ヤバい状態で、自分を追い込んだ結果そうなった症例をスポーツではイップスと言うけど、創作活動でも昔からままあること。
スレ主さんはそこまで行ってないようだから、普通に気楽に自己満足を書けばいい。
基本的には読者に合わせることで自己満足は抜けていくけど、極論、作者が読者に合わせるのは効率的に面白さを伝えようとするから必要なわけで、別に読者が作者に合わせろよって芸術肌のスタンスも間違いではない。
一度そうやって吹っ切れてみるのも手だと思うよ。それで違うと思えばそれはそれで発見だし、手ごたえがあったならそれはそれで発見だから。

>2:流れは考えているのに文章にすると、売れている小説の通りうまくかけない手見てくれない&書いている人にあるあるな「書いている途中でこれ面白いの?」状態にあっている
あるあるですね。
私の場合は、割とはやめに新人賞からの作家コースを諦めて、ゲームのシナリオなりで小銭を稼ぐコースに進んで、物書き自体を諦めるよりも物書きで生活基盤を作って創作を続ける道を選んだので、その症状は早めに治りました。
というのも、クライアントからOKが出れば、私がどう感じてるかなんてどうでもいいからね。
それが「面白くない」と評価を得た場合、そりゃ書いた私が悪いんじゃなくOKしたクライアントが悪いんだし。
ちなみにクライアントからNGが出た場合は、「面白くない」の責任は私にある。
てか、仕事の場合は、当時は、私が考えたネタや設定で書いてたわけじゃないしね。
だから、「面白くないものを楽しく書く」って感覚はそのとき得たかな。
アホすぎる主人公ワロスwwクソだせえwwwって思いながら書いたりしてたよ。
もちろん最初は苦労しまくってビビりながら提出してNGには内心キレまくってたけどさ。
なので、その経験から言えば、一番の薬は仕事でお金を貰う事だと思うかな。

でも、スレ主さんの状態はそうではなく、エスパーするけども「いま書いてるものに飽きが来てるだけ」だと思うかな。
ネタを思いついてから書き上げるまで時間はどれくらいかかる?2か月か半年か、それくらいかな。じゃあ、好きな作品の1巻だけを2か月から半年ほど繰り返し読み続けてごらんよ。途中で飽きて面白いと思わなくなるよ。
もし、その状況だと思えるのなら、創作と執筆の作業を分けるのがお薦め。
最初の一か月くらいで物語自体は作ってしまって、あとの執筆は無心で書き起こすだけの作業にすりゃいい。
最初は創作と執筆を切り分けるのは難しいと感じるだろうけど、なれると超楽よ。必要な指示さえあれば(最初に作れば)何でも書ける自信もつくし、自分が書くために何が必要なのかも定まってくるし。

>3:最低限の知識はあるけど、ガチで経験しているもしくは本職じゃないと書いてはいけないようなはやり?になっているのを知って止まっている。
まあ、いくら取材しても勉強しても本職にはかなわんからね。
これは「知らないことをどうやって書くか」を覚えれば、書けるには書けるけど、たぶんスレ主さんが言ってるのは技術的なことではなく精神的なことだよね。
ようは、詳しい読者に叩かれたらどうしようとか、読者に突っ込まれないように書かないととか。
気にするなというか、むしろ「叩くくらいに読み込んでくれてありがとう」と言えるくらいに自信を持てって思うけども。

>4;現実世界を舞台にした作品の場合、フィクションでも現実にないようなものはおかしい。みたいな考えがどうしても残っている。
結局これも3と関係してるでしょ。「本職」が現実の正義で、自分の創作は嘘がある、みたいな。
作家なんて嘘書く職業みたいなもんだけどな。読者に世界観を信じ込ませたら勝ちだし。
作品は「現実」が基準なんじゃなくて「作家」が基準だから、フィクションだろうがノンフィクションだろうが、読者に疑問を持たれたら「おかしい」んだよ。
むしろ現実にないもの、ありえないものを、あたかも事実のように書くから面白い作品になるんだよ。
たぶん、何かに気が付けばスッと腑に落ちるんじゃないかな。
その何かは人によって違うしわからんけども。

>5:ルビをつけるときはオリジナルをつけようとすると、どうしてもセンスがない
私はカッコつけようとすると超絶ダサくなるので、カッコつけないことにした。そのほうが本来の自分のセンスが出ると思ってる。
でも、それは私個人の考え方ってだけで、創作論的には理由は別にあるとも思ってる。
例えば「征夷大将軍」に「サムライキング」なんてルビついてたらクソダサいでしょ。でも「アメリカ大統領」に「USA!USA!」ってルビついてたら、サムライキングを含めて「そういう世界観ね」ってなるでしょ。
ルビ付けがキャラの能力とかキャラが関係している場合、そのキャラが書けてないのがダサさの原因で、設定の場合は世界観を書けてない表現できてないのがダサさ原因。
ルビじゃないけど、幽遊白書で飛影が「邪王炎殺黒龍波」って技を叫ぶけど、これは幽遊白書の飛影が言うからカッコいいし違和感ないわけで、ドラゴンボールで悟空が「かめはめ波」って叫ぶけど、これはドラゴンボールだからカッコいいわけで。
ドラゴンボールのかめはめ波は元祖が亀仙人で、亀仙人はアロハシャツを好むしハワイを意識しての「かめはめは」つまり「カメハメハ大王」から来てるでしょ。
「かめはめ波」っていう名前だけ見たら一ミリもカッコよくないよ。駄洒落だし。漫画の中で世界観やキャラをちゃんと描けてて印象的な場面で使われてるからカッコいいんだよね。
今回はルビの話だからネーミングの話はちょっと反れるけど、本質的には同じことだと思う。
センスがないんじゃなくて、それをカッコよく見せようっていう意識が足りない。
ネーミングセンスだけがあったって、そりゃただ名前負けしてる結果にしかならないから逆にダサいと思うよ。
つまり、最初に戻るけど、私は、ルビ含めネーミングなどにはカッコつけないことにした。それに頼ってカッコよさのアピールをしなくなるから。だから超絶ダサくなる。カッコよくないものをどうやってカッコよく見せるかって考えたほうが楽しい。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: スランプの解消

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投稿日時:

元記事:小説内に登場させる主要キャラの適正人数について教えてください。

おはようございます、お世話になります。またまた質問させてください。
10万~15万字で完結させる小説を執筆しているのですが、40,000字辺りまで名前のある人物は主人公とヒロインの2人しか登場しません。
(名前のないモブキャラ自体は登場させています)
40,000字以降になって、ようやく敵キャラや味方キャラが新しく数人出てくる構成なのですが、序盤、それも40,000字もかけて主人公とヒロインしか出ないのは少なすぎるでしょうか?
一応、あまり登場人物を増やすと読者が混乱するかもしれないから、最初は登場人物を絞ろうという考えがあり、そのような構成にしたのですが。

上記の回答(小説内に登場させる主要キャラの適正人数について教えてください。の返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答!

私の場合は、登場人物は「役」で考えてます。
問題を持ってくる役とか話を進行させる役とか問題をかき混ぜる役とか問題を解決させる役とか。
一人一役ではないので、問題を持ってきてかき混ぜるキャラとか話を進行させて解決させるキャラとか一人でいくつもの役をやってもらうことはよくあるし、逆に 不良グループのバカ三人組 にトラブルメーカーをやってもらうような3キャラに1役を与えることもあります。
こう、物語に対してキャラクターの役で考えるとキャラクターの調整がしやすいので、増やしたり減らしたりが容易になります。

まずここで
>あまり登場人物を増やすと読者が混乱するかもしれないから、
という話題に触れると、
登場人物が多いと覚えきれないのは事実ですが、そもそも読者はキャラクターのプロフィールを把握したいわけではないし、それを覚えてキャラクターを記憶したというわけでもない。
では、読者はどのようにキャラクターを覚えるかというと、まあこれは持論もあるし私がそう思うというだけのことだけど、読者は「何をしたか」でキャラクターを覚えるのではないかと私は考えている。
例えば「クラスで一番可愛い女の子と教室で普通に談笑する」というシーンと、「クラスで一番可愛い女の子が突然奇声を上げて二階の窓から飛び降りた」というのでは、印象はだいぶ違う。
これはちょっと極端なのでインパクトが強すぎるけど、「ハブられてる主人公に唯一優しくしてくれる子」とかでもいい。
というのも、人は何かを思い出せなくて思い出そうとするとき、特徴から思い出そうとする。「えーと、ふわふわしててヒゲがあってニャーって鳴く……そう、猫!」みたいな。しかし、小説は文字だけなのでビジュアル的な特徴は印象が薄いので、同じようにキャラクターを思い出そうとするときは、「ほら、誰だっけ、序盤で奇声あげて飛び降りたヤツ」といった感じになったりする。
こうした「行動」があると思い出しやすくて、その行動が「物語の切っ掛けなど話に関わってくる行動」であると、読んだ読者はまず覚えている。
それがたったの数ページないし数行の出来事だったとしても。
つまり「物語に対してどういう役を持ってるか」が覚えやすいのだろうと思ってる。

それは同時に、「複数の役柄が同時に出てきて複数の役を演じる」とか「何の役なのか把握できないキャラがワラワラでてくる」とか、そういうシーンは確かに把握しにくくて混乱します。
でも例えば、「問題を起こした主人公を、騎士団が捕らえにきた」って感じのシーンでは、「問題を起こした主人公」と「捕らえに来た騎士団長」と「騎士団長を補佐する数名」とかで認識できるので、たとえ騎士団や騎士団員が全員名前ありのそこそこ重要なキャラたちだったとしても、このシーンはこの3役だけ覚えられれば問題ないので、3役を中心に書けばどれだけ多くても混乱は少ないです。

ようは「キャラクターを覚えられるか・把握できるか」ってのは、個人的には「その物語で何をした人物か」というのが明確であれば覚えやすいので、
私の場合は、覚えて欲しいキャラクターにはまず「何か」をさせます。
その「何か」を読者が覚えてれば「何かをした人物」のことも記憶しやすいので、それでキャラを覚えてもらう行程は済んだと考える。

ほんで、えらい長くなっちゃったけど、
>あまり登場人物を増やすと読者が混乱するかもしれないから、最初は登場人物を絞ろうという考えがあり、そのような構成にしたのですが。
その考え自体は良いと思うし、正確には読んでみなきゃわからないので何とも正しいことは言えないと思いますが、
あくまで個人的には、という話で答えると、
読者にキャラを把握してもらうためだけに4万文字使うのは、ちょっと長いかな。
キャラの多さ少なさじゃなくて、長いと思う。

キャラクターの数そのものの話をすれば、私の考えでは「役」を考えるので、主要な役を全部主人公がやれば長編小説で「主人公」と「それ以外のモブ」で十分に成立させられると思います。
エンタメ的には、たぶん3~5人が適正だと考えられてると思うけど、そこはどういう話を書いているのかどんな作風なのか実際読んでみないとわからないし、私みたいな顔もみえないヤツの意見を真に受けず、とりあえず4万字までキャラ二人のまま書き上げて読者の反応を確かめ、実験してみるべきだと思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 小説内に登場させる主要キャラの適正人数について教えてください。

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投稿日時:

元記事:『惚れたヒロインのために頑張る主人公』は今日び受けないでしょうか?

 大野です。
 ついこの間までやっていた原稿が仕上がり、それの推敲を進めつつも、『次なに書こうかな』なんて考えていた所で、最近はやりのラブコメとやらに手を出してみようかと思ったんですけど……。

 今の流行を見ていると『いちゃラブもの』や『ハーレムもの』、『両片思い・ヒロインの片思いで、主人公が鈍感』みたいな奴が多く、積極的な、もっと言えば『ヒロインを振り向かせるために頑張る主人公』って言うのを見かけない気がします。

 また、ヒロインに対する『好き』の内容も、『自分を好きになってくれたから』とか『美人だから』みたいな所に絞られているか、ヒロインがアプローチしてきた結果気付かされるものであり、『好意の感情』が細かに描かれていない・消極的であるように感じます。

 まあ、要は『なんか気に食わねぇぜ! 流行に逆らってやる!』って感じの事なんですが、それはそれとしても『読む側がどう思うか』を考えることは大事です。

 まとめます。 
 『主人公が先にヒロインに惚れ、ヒロインを振り向かせるために頑張る』小説は、今の時代にどう評価される(と思う)か、とその理由を皆さんなりの意見で答えて頂ければ幸いです。

上記の回答(ルパンとルパン3世)

投稿者 あまくさ : 0

他の方への返信から失礼して。

>主人公が異様にハイスペックな上、割と早い段階でデレが入り、ヒロインのポンコツを愛でつつ、いちゃラブしながら関係を進める作品なので、

そういうことなら、もしかしたら参考になるかなと思った作品。

モーリス・ルブラン『八点鐘』
         『緑の目の令嬢』

元祖アルセーヌ・ルパン・シリーズで、主人公がめちゃくちゃカッコイイです。なにしろルパンですからヒロインの30倍はハイスペックなんですが、それでいて美女の心を奪うために命がけで活躍します。ヒロインの方は少しずつ信頼感を深めていくといった流れです。
ちなみに宮崎駿の『カリオストロの城』は『緑の目の令嬢』へのオマージュです。3世の方もハイスペックなのに、女性を追いかけるタイプですね。追いかけたり、守ったり、体をはって気取ったり、心をつかみかけて身を引いたり、ふられたり。粋な三枚目っぷりが、格好良すぎってほど格好いいんですね。

考えていらっしゃる構想って、2~30年古いというより、世紀単位で古いんじゃないですか? 真の騎士道物語って感じがします。それって、むしろ新しいのかもしれません。
寺山修司も、過去と未来の距離は同じだって言ってましたよ。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 『惚れたヒロインのために頑張る主人公』は今日び受けないでしょうか?

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投稿日時:

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