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リアリティがなくても面白い作品 (No: 1)

スレ主 ミラージュノベリスト 投稿日時:

学園ハンサムってゲームの超展開だらけの荒唐無稽なストーリーに爆笑して感銘を受けたんですが、リアリティがなくても面白い作品を目指すには何を心がけたらいいでしょうか?
荒木飛呂彦さんはジョジョ4部で岸辺露伴に「面白い作品にはリアリティが必要不可欠」と言わせていましたが。
というか「この作品の世界は気まぐれな神様がしょっちゅう戯れで世界の法則をいじくり回しています。だからキャラの言動・思考がおかしかったり、急に性格が変わったり、弱かった奴がいきなり強くなったり、以前に提示された世界の法則と矛盾していたりしても何もおかしくありません。言うなれば全てバグではなく仕様通りです。」みたいな設定を作ってあらかじめ明言しておけば、「この展開おかしい。整合性が取れてない。リアリティがない。」とか言われず、「そういう世界観ならいい。この作品の世界では何が起きようとリアルなんだな。」と納得してもらえるでしょうか?

カテゴリー: その他

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リアリティがなくても面白い作品の返信 (No: 2)

投稿者 あまくさ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

面白いというのも色々あるわけで。
「面白おかしい」という面白さもあるけれど、「興味深い」というのも面白いと言いますよね。後者なら一定のリアリティは重要な要素になります。
一方で、リアリティ皆無、荒唐無稽に振り切ったような面白さもあるとは思いますが、そういうのはノリと勢いが不可欠だし、斬新な構想力も備えていないと単に子供がはしゃいでいるだけみたいになりかねません。

>「そういう世界観ならいい。この作品の世界では何が起きようとリアルなんだな。」と納得してもらえるでしょうか?

納得はしてもらえるかもしれませんが、納得されれば面白くなるというものでもないので。
リアリティ重視であろうと、荒唐無稽であろうと、面白さを作るのは技術です。はっきり言って、それが一番難しいんですよ。

リアリティがなくても面白い作品の返信 (No: 3)

投稿者 サタン : 1 No: 1の返信

投稿日時:

>全てバグではなく仕様通りです。」みたいな設定を作ってあらかじめ明言しておけば、「この展開おかしい。整合性が取れてない。リアリティがない。」とか言われず、「そういう世界観ならいい。この作品の世界では何が起きようとリアルなんだな。」と納得してもらえるでしょうか?

偉そうに言えば、半分正解。
とはいえ持論でしかないけども、正確には「そういう世界観を作る」のが優先で、明言しただけでそれは作れない。
学園ハンサムは、たまに例に挙げるけど実は未プレイで実況動画をチラッと見てただけだったりする。
なのであんまり内容に深く切り込んでいけないけれど、印象だけで評価しても優秀な作品だと思う。
それは、まずタイトルがすごい。「学園ハンサム」この時点で「ふざけた内容のゲームだろうな」ってわかるでしょ。イラストはおふざけに拍車をかけてぶっ飛んでるし、プレイしなくったって「超展開」の作品だってわかる。
本編を一文字も読んでなくても、「リアリティがない世界観なんだな」という納得(リアリティ)を読者にプレイヤーに与えている。

「リアリティ」というのはこういうこと。
「現実的」という意味ではない。
「そういう世界観・展開が納得できる」という読者に「納得」を与えるための要素や道具、またその納得それ自体を、創作においてはリアリティと言うと思う。

だから、「この物語の世界観がぶっとんでいる」ということを如何に素早く読者に認識してもらうか、どのように「荒唐無稽なストーリーが面白味ですよ」と読者に伝えるか、それが問題。
そして最初に書いたけども、それは「明言する」というだけでは足らない。

個人的には、正直文字だけの小説ではキツいジャンルだと思う。
漫画やゲームでは「絵」というツールがあるから、何気ない普通の学生の通学風景を描いていても、その背景が廃墟になった東京だったりすると、この「普通の通学風景」と「廃墟の東京」というミスマッチな組み合わせが異化効果を生んで「普通ではない世界観」を演出できる。
一方で小説は文章だけだから、実際効果的に扱える道具は「言葉の先入観」と「物語・展開」しかない。
すると「展開」で読者の予想の斜め上を行くような手段を持ってくるしかなくて、センスが問われる。
例えば、うーん……
「女子高生二人が登校してる通学路」「二人は浮かれた恋バナのようなものをしている」「女子高生の一人が狙撃されてヘッドショットで即死する」
「残った女子高生は物陰へと逃げて、先程の恋バナはやっぱ間違いだった変だったと叫んで怒る」「スポーツバッグからマシンガンを取り出してやけくそに外へ出る」「そこへ背後から静かに後頭部へと銃を当てられ、絶命する」
「量子ポットから出てきた女子高生はVRが「恋愛シミュ」ではないとキレる」「時代設定は同じだし前文明のデータ発掘なんてこんなもの、との声でオペレーターが女子高生をなだめる」「全員が量子ポットから出てきて報告。発掘データに生存者は確認されなかった、量子データの海で迷子になった前文明の全人類を救出するなんて無謀だな、とボヤいた」
と、少し予想の斜め上を行きそうな感じで考えてみたけど、この通りぜんぜんぶっ飛んでない。
単に予想外の事態にさせて、それを納得できる形に収集しただけ。

絵がある漫画やゲームやアニメなら、ストーリーで突飛なことをさせても絵でまとめられるけど、小説は文字だけなので、まとめようとすると「まとまっちゃう」んですよね。
だから突飛なストーリーを思いついたなら、それをまとめたうえでどう崩すのかが重要じゃないかなぁ、とは思います。
例えば上の例で言えば、
「女子高生二人が登校してる通学路」は普通に通学シーンをするけど、あえて背景や世界観は描写せず、すると読者は先入観から日常モノっぽい普通の通学シーンを想像するから、「ヘッドショットで即死」からは、瓦礫に身を隠す とか 崩れた建物の中から とか背景の情報を書きまくる。
こうすっと、読者は「普通の平和な日本の通学シーン」を想像してたのに、全然違う終末っぽいものが出てくるから、混乱する。突然廃墟になったような違和感を与えて、「量子ポットから出てきた」ことでSFだと知ってもらい、先程の「突然廃墟になった違和感」はデータ世界の描写だと納得してもらえる(かもしれない)。

うーん。ここまで書きながら例はスレ主さんが求めてるものではない気がするんだけど、
とりあえず「リアリティ」は「現実的」ってことじゃないよ、「納得させる」ってことだよ、ということと、
小説においては、話をまとめようとすると表現ツールが文字しかない小説では「まとまっちゃう」のであまりぶっ飛んだ世界観は表現しにくい、ということと、
そのうえでやるならセンスとか技術とかいろいろ必要で、かなり難しいと思う、という感じです。

個人的には、ぶっ飛んでるってほどじゃないけど、おバカなラノベを書く人では阿智太郎が好きです。
「僕の血を吸わないで」でデビューして「住めば都のコスモス荘」はアニメ化もした。
例えば「住めば都のコスモス荘」では、主人公が宇宙人からパワースーツの性能試験のテスターに選ばれて地球に現れる宇宙犯罪者を捕まえようとするって内容なんだけど、
パワースーツには勇気や闘争心を高める洗脳ソングが流れてて誰でもヒーローになれるって設定なんだけど、犯罪者を追い払って一段落したときに洗脳ソングの洗脳機械に欠陥があって洗脳効果は無いって事が発覚し、じゃあ主人公は洗脳ソングのメロディにノッてるだけで犯罪者を追い払ったの、ってオチになる。
これは「んなバカなw」って現実味のない展開なんだけど、これのおかげで以後の展開では「主人公はノリやすいバカ」って事が強い説得力になって、どんな変な展開でも「この主人公だもんなw」で納得できるんよ。
創作において「リアリティ」っていうのはこういう「納得」のこと。

リアリティがなくても面白い作品の返信 (No: 4)

投稿者 大野知人 : 1 No: 1の返信

投稿日時:

 リアリティ、っていうのは結局、『どれくらいその世界らしいか』って事じゃないかと思います。

 例えば、所謂ギャグマンガ時空なんてものがあって、『死んでも次のコマでは甦ってる』とか『何でも切れるけどこんにゃくだけは切れない』とかが許される作品があったとする。
 トムとジェリーとかもそうだし、ルパン三世とか、バカテスですね、例えば。

 こういった作品が『リアリティが無い』という批判を受けるかと言うと、そうでは無い。たとえそういう批評があっても、大半の視聴者は『それはなんか違うでしょ』と言うでしょう。

 これはなぜか。
 そういう荒唐無稽さが許される部分が作品の世界観の中にあって、『世界観』に対してはちゃんとリアリティが守られているからです。
 ルパン三世において、ギャグシーンでルパンが吹っ飛んだりしても、大体の場合大怪我はしませんが、シリアスシーンで次元が撃ち殺したボスキャラは、まず甦りません。
 トムジェリでは、トムの悪戯でジェリーが死んでもトムは笑っているだけですが(そしてジェリーはすぐに蘇りますが)、一方で隣のブルドッグに吠えられて怯えているジェリーをトムが心配するようなシーンもあったりします。

 これはもちろん、リアリティだけではなく、シーンごとの雰囲気や展開、ストーリーの中核にある主題の問題もあります。
 ですが一方では、『ルパン三世におけるリアリティ』として『ギャグシーンでルパンが死ぬことはない』し、『バカテスにおけるリアリティ』としてヒロインの美波に殴られた主人公は大怪我をしてもすぐに元に戻ります。

 そこには、確かに『現実世界』ではなく『作品世界』としてのリアリティがあるはずだと思います。

 荒木先生の言う『リアリティ』ってのもそういう事じゃないかなぁ。

 その上で、『作者の意図が見え透くような展開』はリアリティ関係なく嫌われがちな傾向にあります。
 所謂『お涙頂戴』な展開とかもやりすぎると臭がられますよね。『リアリティが無い』と批判されがちな場合の多くには、作者が『自分のやりたい展開』を重視しすぎて、作品世界のリアリティを無視してしまったパターンも多いように感じます。

 好例としては、一時期話題になった『鉄血のオルフェンズ』のオルガですね。ピクシブ百科事典の『オルガショック』の項目が良くまとめられているのでよかったら読んで欲しいのですが。あれを見ていたガンダムファンが激昂した何よりの理由として、
『最終話直前で唐突に盛大なフラグをいくつも立て、その話の間に死んだ』
『シリーズ通して慎重なキャラで通していたのに、指名手配された状況下で(何の必然性もなく)目立つ格好で街中をうろつく』
『護衛の人数が異常に少ない上、しかもヒットマンの存在に気付かなかった』
『設定上高い医療技術があるはずなのに、誰も医者を呼ばず、車に乗せて逃げる事もしない(近くに味方の車がある)』
 という点が重なって起きていて、誰がどう見ても『脚本の都合で殺されたな』と言う感じだったわけです。
 こういうのは、もう滅茶苦茶に批判されます。気を付けたいですね。

 最後に、そういうリアリティ問題で最近上手いなあと思ったオススメのなろう作品のリンクを貼っておきます。
 この作者さんの作品は『クソゲーを極めた主人公が、当のクソゲーの世界に転移・転生してしまう』という物が多いんですが、『クソゲーとしてのリアリティ』が秀逸に出来ているので、シュールだったり荒唐無稽な展開が多いにもかかわらず破綻点はほぼなく、読んでいて度々驚かされます。

 https://ncode.syosetu.com/n3245fy/

 何かの参考になれば幸いです。

リアリティがなくても面白い作品の返信 (No: 5)

投稿者 読むせん : 0 No: 1の返信

投稿日時:

あー・・・・「この世界がゲームだと俺だけが知っている」
https://ncode.syosetu.com/n9078bd/
とかかな?主人公がゲーム世界にトリップしますが、そのゲームは

Q:○○なんですけどバグですか?

A:バグです。

が合言葉の「糞ゲー」だった。
糞ゲーゆえのバグを駆使して気持ち悪がられながらも無双する主人公のギャグです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
リアリティーがないというより「生々しいバグ」がえぐってきて、凄まじい事になっているかんじ。

本当は作者が「意図的に伏線を張り巡らしてある仕様」だけど
劇中では「偶発的に発生してしまったバグによる」糞ゲー化っていう奇怪なリアリティーがあります。

>>この展開おかしい。整合性が取れてない。リアリティがない。」とか言われず、「そういう世界観ならいい。この作品の世界では何が起きようとリアルなんだな。」と納得してもらえるでしょうか?

むしろ、そういう無茶苦茶を本気で仕込める能力が必要になりそう。
ーーーーーーーーーーーーーーー
私はプレイしたことないんですが「学園ハンサム」は誰だって作れる安易なシナリオやら設定なん?

簡単に二番煎じを作れそうで、二番煎じ感覚でつくった「ネタゲー」は、「学園ハンサム」プレイ経験者に高評価を得られると思う?

読者の足がかりを作る (No: 6)

投稿者 あまくさ : 1 No: 1の返信

投稿日時:

>リアリティがなくても面白い作品を目指すには何を心がけたらいいでしょうか?

この質問に回答していなかったので、追記します。

結論から先に書くと、読者が作品世界に入りやすい足がかりを、どこかに最低1箇所は作ることだと思います。以下、説明します。

例えばピカソとダリの絵画を比べてみてください。

ピカソの絵は、はっきり言って難解です。名作という評価が定着しているので賞賛する人は多いですが、内心では「とは言え、よくわからん。なんじゃこれ?」と思っている人も多いのではないでしょうか? 正直私もゲルニカなど何となく迫力は感じますが、ピカソ作品の真価を本当に理解できているのかどうか自信はありません。

ダリの絵は、写真のようなリアルな表現と、現実には有り得ない奇妙なモチーフを同居させる手法です。その落差に新鮮な驚きを感じたり、面白がったりすればよく、鑑賞の仕方が分かりやすいのです。

この場合、ダリの絵の写真的な表現が、鑑賞者を作品世界に導く入り口、足がかりとして機能していると言えます。

   *   *   *

写真的表現と書きましたが、受け手の足がかりを作るのは、写実性という意味でのリアリティだけではありません。

エンタメ系では、例えば私はガルパンが好きなんですね。あれも、かなり荒唐無稽です。普通の女子高校生が部活気分で戦車を乗り回しているという設定に、リアリティがあると言う人はいないでしょ?
ただあの作品は、そういう思い切った設定以外は王道パターンのてんこ盛りです。主要キャラ全員がもれなく美少女なのは、二次元美少女ファンには心地よいと思います。キャラデザインや日常生活の描写は『けいおん!』とそんなに違いません。
またストーリーは、スポ根少年漫画の筋立てを臆面も無く踏襲しています。主人公は名門校の落ちこぼれ。しかし落ちこぼれたことには理由があり、実は抜群の能力を秘めた主人公が個性豊かな弱小校をリードしてトーナメントを勝ち上がります。そして、決勝戦で自分をはじき出した名門校と対決するという流れ。まさに王道そのものです。

ガルパンに設定されている足がかりは、ターゲット視聴者にとって(リアリティはなくても)安心して観られるお約束的要素の数々。それによって心地よさを提供している点です。

   *   *   *

もう1作、荒唐無稽でもヒットした作品をあげるなら、私的には銀魂も思い浮かびます。
あれは全編、ネタとパロディーで構成されている感じで、どこに足がかりがあるのか分析するのが難しいです。
そういう作品もありますが、あれはよほど作者のセンスが高くないと成立しないのではないかと。そこに得体の知れない求心力が生まれていて、それが足がかりになっていると言えます。すなわち、なかなか余人に真似のできるワザではないと思われます。

リアリティがなくても面白い作品の返信 (No: 7)

投稿者 通りすがり : 0 No: 1の返信

投稿日時:

例えば、気まぐれな神様がすぐに世界の法則をいじくり回すとして、それ自体にリアリティがあるかどうかではなく、そうされた世界の人々がどれだけ振り回されるのか、人々がその都度どう対処しているのかを読んでいて納得いく形で表現できていればそれはリアリティがあると思います。
設定にリアルさを求めるか、行動にリアルさを求めるか。
荒唐無稽な設定でも登場人物の行動が理にかなっていればリアルを感じるし、
とてもリアルな設定であっても登場人物がご都合主義で暴れまくればリアルを感じません。
設定の範囲内の事であれば何でもリアルなんですって考え方で押し切ろうとしても、おそらく納得してもらう事は難しいのではないでしょうか。

リアリティがなくても面白い作品の返信 (No: 8)

投稿者 手塚満 : 1 No: 1の返信

投稿日時:

リアリティとリアルは異なるもので、リアルに近いからリアリティが出るわけではありません。リアリティはテクニックで出すもので、目的は読者の感情移入です。ですので、確かに必須でしょう。しかしリアリティは細部に宿るものでして、こうすればいいというものではなく、個々の作品から学んでみるしかなさそうです。以下、その辺りを少し説明してみます。

1.リアリティは真に迫るものであって真ではない

岸部露伴ってよく引き合いに出される気がしますが、あくまでもリアルの作家の荒木飛呂彦さんが創作した、作中の漫画家です。その仮想の創作家の創作論は、あまり当てにするべきではありません。

しかしリアリティ自体は、どうやって出せばいいかのコツがいろいろ語られてまして、大事であるのは間違いないでしょう。リアリティを訳すならば迫真性。真に迫るということですね。迫るんだから真ではない点は重視する必要があります。

「学園ハンサム」はゲーム未プレイ、アニメ未見でして、ちょっと自分には語れない作品です。が、ネットで画像を見てみると、顎がとがった奇妙なキャラが多く、コミック/アニメ的ということを踏まえても、ちょっといそうにもないキャラ性を表しているように感じます(ギャグ系にはよくあるとはいえますが)。

2.リアリティはキャラや世界に実在感を与え、感情移入を容易にするもの

その作品でスレ主さんは爆笑できたわけですね。笑えたからには、どこがどうおかしいかは分かり、実感もできたはずです。言い換えれば、作品世界がどうなっているか分かり、その世界に住むキャラがどのようなスタンダードを持ち、笑える部分はそのスタンダードからいかに外れたかが分かったはずです。

簡潔に言えば、「作品世界とキャラが実在するように感じられた」となります。それがリアリティです。リアル(我々の現実世界)と近いからリアリティが生じるわけではありません。生じさせるのは、いかに突飛であろうと、その作品世界の実在感です。

3.「ねじ式」の事例

例えば、シュールな有名古典漫画の短編「ねじ式」(つげ義春著)。海でクラゲに刺された主人公が医者を探し、手当てを受けた、というストーリーです。が、医者に行きつくまでの道中が現実世界とは思えない代物になっています。が、読んでみると異様な感動が生じます。おかしな世界が実在するように感じ、主人公の視点でその世界をさまよっているような感覚が生じるからです。

それもリアリティゆえです。リアリティは細部に宿るとも言われまして、小さいけれど具体的な描写が大事になります。決して、物語背景とか、世界設定からは生じません。「ねじ式」であれば、例えば作中に描かれるモノの1つ1つは、写真から模写したもの多々で(今だとトレスの指摘受けるかも)、実際に存在するものが多い。しかし主人公がさまよう道中では、それらの組み合わせは奇妙になっている。主人公の目の前のモノに違和感を抱かせず、存在していそうに感じるよう引き込んでおいて、超現実的な世界が実在するよう感じさせるテクといえます。

4.リアリティの対義語は違和感;感情移入の阻害要因

この「ねじ式」で、個々のアイテムも「見たことも聞いたこともないようなモノ」にしてしまえば、超現実度自体はさらに増すでしょう。しかし仮に冒頭で「この世界は気まぐれな神様がしょっちゅう戯れで世界の法則をいじくり回しています」みたいな前置きを入れたとしても、作品世界が実在するかのように感じるのは難しいでしょう。未就学児がなんか熱心に語ってる、くらいの印象しか生じない恐れが極めて強くなります。

いくら作者が「奇妙だけど、そういうもんです」と言っても無駄です。なぜならリアリティが感じられないと、感情移入や作品世界への没頭が起こせませんから。「気まぐれな神様がしょっちゅう戯れで世界の法則をいじくり回し」の世界なら、その世界が実在するかのように読者に感じさせないと、「全てバグではなく仕様通り」と納得してもらうのは難しい。たいていは、3分読んだだけで退屈され、投げ捨てられます。

まず主人公が、その作品世界で違和感がないようにする必要があります。最も簡単な手の1つとしては、「キャラの言動・思考がおかしかったり、急に性格が変わったり、弱かった奴がいきなり強くなったり、以前に提示された世界の法則と矛盾していたり」するのを見た主人公が混乱すること、でしょうか。例えば、急に異世界に飛ばされたとしたら、使える手です。

この場合、主人公に自然に生じる目的が「その世界(の法則性)を理解すること」になります。そうなると、読者も主人公を通して、作品世界を理解したくなり、読み進めてもらうことが可能になります。

5.ジョジョシリーズの事例

荒木飛呂彦さんの「ジョジョ」シリーズですと、今アニメ放映中なのが「ストーンオーシャン」ですね。主人公の徐倫は、物語開始以前ではスタンド能力とは無縁で、序盤早々にスタンド能力を得ます。そこからは、スタンド能力を理解するように話が運ばれます。それまでのジョジョシリーズも、たいていは同じような序盤です。奇妙な能力や現象に遭遇して、それが何かを確かめて行って、奇妙が奇妙でなくなるにつれて、敵との戦いに本格的に突入していく。

決して「奇妙」を奇妙のまま放置してないなわけです。それが荒木飛呂彦さん流のリアリティの出し方なんでしょう。有名なジョジョ立ちもうまく活かしています。キャラが、ある意味突拍子もないことを言ってるんだけど、そのときに取るスタイリッシュでいて奇妙なポーズが気になり、台詞の奇妙さが目立たなくなっています。絵を使う描写ならではのミスディレクションな手法です。

6.リアリティは細部に宿るゆえに個々の作品に学ぶくらいしか手がない

具体例については具体的に語ることが可能ですが、一般論として「こうすればリアリティが出せる」ということは語れません。上述しましたが、細部に宿るからです。物語って、要は嘘です。大嘘であるほど面白い。しかし嘘と感じさせないのがリアリティで、これが細部に宿ってる。しかし細部は大枠(の大嘘)がなければ出て来ようがありません。リアリティの出し方について、一般論があると思うべきではありません。

ですので、「学園ハンサム」なり荒木飛呂彦作品なり、ぶっ飛んでいるのに感動できた、キャラに感情移入できた作品がどうなっているか、分析するところから始めてはどうかと思います。そこから、スレ主さんが構想する作品でのリアリティの出し方、言い換えれば読者の感情移入を誘って面白がってもらえるやり方のヒントが見つかることが期待できるでしょう。

7.細部の事例:魔術的リアリズム

> 「たとえば、象が空を飛んでいると言っても、ひとは信じてはくれないだろう。
> しかし、4257頭の象が空を飛んでいると言えば、信じてもらえるかもしれない」
> (ガルシア=マルケス「想像力のダイナミズム」『すばる』1981年4月号)

上記は、あり得ない状況を描写しているのに、なぜか目の前に見えるように感じる、と評価される作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの言です。確かに「象が空を飛んでいる」と言われても、ピンときません。しかし「4257頭」と付け加えると、なんだかあり得そうな気がします。

もっとも「4257頭の象」なんて、大平原を想定してもありえないくらいの大群です。この数字自体もなんだかあり得ない。しかし「4257頭の象が空を飛んでいる」は目の前に見えるような気がして、「それでどうなった?」と聞きたい気が怒ったりします。

1つには「4257頭」は数字として大きいけれど、約4千頭などとは異なり、具体的で厳密ということがあるようです。細かいところまで言うからには正確に違いない、正確なら本当なんだろう、という思い込みが生じやすいわけですね。

それにしても「4257頭」と付け加えるだけで、いかにも象が空を飛んでいるはずと思える点はなかなかのものです。こういうことがありますので、一般論にはしにくいわけです。

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