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1人称か3人称で書くかで悩んでいます (No: 1)
スレ主 パンナコッタ 投稿日時:
こちらで初めて質問させて頂きます。
小説を書いてみたいと思い、プロットまでは作りました。ただ、1人称か3人称で書くかで悩んでいます。
内容としては、主人公の男性がだんだんとストーカーになっていくホラー小説を考えております。
1人称なら心情の変化まで書け、主人公へ感情移入しやすいメリットがありますが、今回主人公がストーカーなので感情移入し難く、読みにくさに繋がるかと悩んでいる所です。
一方で、3人称は、ミステリーやサスペンスに適しているというメリットを目にしたことがあるのですが、ホラー的な部分を描写し難いのでは無いかと思っています。
メリット、デメリットやどちらの方が良いのでは無いかと言ったアドバイスを頂けると幸いです。よろしくお願いします
カテゴリー: 文章・描写
この質問に返信する!1人称か3人称で書くかで悩んでいますの返信 (No: 2)
投稿日時:
人称の違いは作者が何を書きたいのか次第で変わるけど、どちらにせよ「しやすい」「しにくい」というだけで「できない」わけではないから、ベストな答えは作者の腕も関係してくる。
でも、
>内容としては、主人公の男性がだんだんとストーカーになっていくホラー小説を考えております。
と考えているのなら、「一人称なら心情の変化も書ける」と思ってるわけで、なら一人称で書くのが一番表現したいものを表現しやすいのではないかな。
感情移入については、「ストーカー」とは別のところに感情移入できる部分を用意すればよい。
感情移入とは共感だから、共感しやすい要素を入れてそこを強調するだけ。
「ストーカー」について書くから「ストーカー」に共感させなきゃいけないってわけじゃない。
1人称か3人称で書くかで悩んでいますの返信の返信 (No: 5)
投稿日時:
サタン様
アドバイス、ありがとうございます。
確かに今回、書いてみたいと思った事は、誰にでも起こり得る心情と状況についてです。正直、倫理観として踏みとどまることが出来なかったストーカーは結果的な部分です。
誰にでも起こり得る、あるあるって”共感の部分を主人公に描写してみる事で、ストーカー(狂っていく人間として)とのギャップを考えてみたいと思います。
ありがとうございます。
1人称か3人称で書くかで悩んでいますの返信 (No: 3)
投稿日時:
>内容としては、主人公の男性がだんだんとストーカーになっていくホラー小説
>一方で、3人称は、ミステリーやサスペンスに適しているというメリットを目にしたことがあるのですが、ホラー的な部分を描写し難いのでは無いかと思っています。
ご質問の文を読んで、すぐに思い出した作品があります。『シャイニング』です。スティーヴン・キングの原作をスタンリー・キューブリックが映画化して有名になった作品で、私は原作の方は読んでいないのですが、このスレの論点について考えるには映画版でよいと思います。
三人称がホラーに向かないということはまったくない。
言いたいのはこれです。
映画版『シャイニング』は映像作品ですから一人称・三人称というのはないのですが、前半で次第に狂気にとりつかれていく男の姿を彼の妻の目線から描いています。
ご質問の案件は、煎じ詰めれば狂気の過程を内面から描くか外面から描くかという問題です。映画『シャイニング』の前半は外面から描くことで強い恐怖を生み出していました。具体的にいくつかのシーンを紹介することもできますが、ネタバレになるので一応それはひかえておきます。
恐怖の形は色々ありますが、正体がわからず得体の知れない存在への恐怖もその一つでしょう。そういう存在は当然外面から描くことになります。
一見普通に見える人間が、ふと気がつくと意味不明な奇妙なことをしているって、けっこう怖いじゃないですか。そういう不気味さは内面がわからないからこそで、それが徐々に嵩じていく様子を描けばいいんじゃないかと思います。
追記。そもそも恐怖と感情移入の方向性をどう捉えているのかわからない (No: 4)
投稿日時:
ホラーということなのですが、何をどう怖がらせたいのか整理した方がよいかもしれませんよ。
だんだんストーカーになっていく主人公の姿や心情が恐怖の対象ということでよいでしょうか?
しかし読者にすれば恐怖を感じるものに感情移入はしにくいだろうと思われるので、そもそもそこに矛盾があります。一人称か三人称かという問題ではありません。
また、サタンさんも仰っているようにストーカーになっていく主人公に感情移入させること自体は可能だと思います。ですが、感情移入させてしまったらもはやその主人公は恐怖の対象ではあり得ません。
つまり、ストーカーを一人称で描くと読者が感情移入できなくなるということではなく、ホラーとして成立しなくなりかねないのが問題です。
あるいは。
読者が主人公に感情移入させた上で、そういう主人公が壊れていく恐怖――つまり、自分の心が壊れていく恐怖を描くといった方向性ならあるかもしれませんが。
うん、そういうホラーもあるかもしれませんね。実例としては、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』は近い感じかもしれません。
そういう方向なら当然一人称で書くべきですし、『黒猫』は一級品のホラーになっています。ただ、ポーの作品は、読者にふと「自分の心にも、こういう闇がひそんでいるかもしれない」と思わせることはありますが、それは感情移入とは別物でしょう。
普通の意味での感情移入とストーカーの恐怖を両立させたいのならば、素直に普通のキャラクターである主人公がストーカーに苦しめられる話にするのが自然です。
また、読者を惹きつける要素は主人公への感情移入だけではありません。恐怖そのもによっても惹き込むことは可能だし、ホラーというのは本来そういうものです。なので、ホラーに感情移入は必ずしも重要ではないとも言えます。
追記。そもそも恐怖と感情移入の方向性をどう捉えているのかわからないの返信 (No: 6)
投稿日時:
あまくさ様
アドバイス、ありがとうございます。
ご指摘頂いた“読者にすれば恐怖を感じるものに感情移入はしにくいだろうと思われる”
その通りで自身が見落としていた視点でした。
サタン様にも返信させて頂いた様に、主人公の心情、行動の変化が恐怖の対象として書いてみたいと思いました。
ご教示頂いたアラン・ポーの黒猫との作品は、率直に自身の表現してみたかった事そのものでした。一度読んで、落とし込んでみたいと思います。
ありがとうございます。