既存作のパロディ領域から脱却するためには?/新人賞下読みが回答

2015/10/09(金曜日) 新米さんの質問

『既存キャラを下敷きにしたキャラはオリジナルとみなされる?』ご回答ありがとうございます。

設定のオリジナリティと物語性にはそこそこ自信があります。
ただやはり全てを読んでもらい新人賞の結果で問題があるようならば、改稿するにしても次作を書くにしてもキャラ造形についてやり方を改めようと思います。

個人的に気になるのは――(中略)
応報さんが応募作を書くにあたり、そのキャラや既存作を強く意識しているのではないかという点です。

この点ですが、残念ながらなのでしょうか、ジジさんの推察は杞憂ではありません。

私はその既存作に心を動かされ創作を始めました。その中で、自分の中で大きすぎるその既存作に飲まれないよう、またそのジャンルではその作品の著者には勝てないと思うので、異なるジャンルで一番になろう、その作品の弱いところを主線に異なるジャンルで勝負だと、応募作を書きました。

そしておそらくジジさんが懸念しているように、私の中ではその作品が頂点であり、違う畑(ジャンルのことです)で戦うほか無いと思うほどに崇拝、尊敬しています。

ですので、自作のメインヒロインの下敷きにその既存キャラを置いたのは、私自身の中でそのキャラが最も好きな形であるからです。故意に同じにしたのではないのですが、最も好きなキャラを生み出そうとした結果、既存キャラをトレースしてしまったのです。(最もどちらも結果的には同じですね)

ただ、最高だと思うからこそ同じにはしたくない、尊敬しているからこそパクりたくはない、という気持ちで、属性というのでしょうか、人物の殻だけを借り、異なる人格を描いたつもりです。。。

やはり程度で答えが左右されるようですが、このような考え、やり方はこれからその既存作の著者と同じ舞台を目指す一創作者としてはあるまじき行為でなのしょうか。。。
私自身、未熟ですので、ぜひご意見を伺いたいです。

●下読みジジさんの回答

やはり程度で答えが左右されるようですが、このような考え、やり方はこれからその既存作の著者と同じ舞台を目指す一創作者としてはあるまじき行為でなのしょうか。。。
私自身、未熟ですので、ぜひご意見を伺いたいです。

物語作りというものを目ざす人には、ほぼもれなく「その道へ踏み入るきっかけの一作」ないし「その道を歩き続ける燃料となり続ける究極の一作」が存在するものと思います。

ちなみに私の場合、師匠という人からお借りしたマイクル・ムアコック氏の『メルニボネの皇子(「エルリックサーガ」シリーズ/早川書房)』がそれにあたります(しかもこの本の訳者はグループSNEの主催、安田均氏なのです)。

しかし、そのような作品やキャラクターを意識して物語作りにあたれば、かならずそれは類似します。

この類似のおそろしさは、「○○に似ている」だけではなく、「○○には似ていない」という形でも現われるところにあります。似ていようと似ていまいと、「○○」というものを基礎にしている以上はパロディの域を抜け出せないわけです。

そしてこの「似ていない」パロディ領域にいる者は、なかなかその事実に気づけません。

気づかないままずっとパロディを排出し続け、たとえプロになれたとしても、多くの場合はオリジナルを越えられないまま(読者に見透かされて)、比較的短期間で消えていくことになります。

ですので、惚れ込んだ作家のテイストやギミックを学ぶことを積極的に行うのはよいのですが、プロを志すのであれば、今いる一種の「二次創作空間」からの脱却を目ざすべきかと思います。

そしてその脱却方法ですが、「他の小説やアニメ、映画等のメディアを数多くインプットすることで、現在心を占めているものの影響力を薄める」ことから始める。に、なるでしょうか。

方法論をひとつに絞れるような小さな問題ではありませんので、あくまでも一手として挙げるしかないのが申し訳ないところなのですが……。