ドラコンです。ブログ「小説の書き方。読者に好かれる『文章の書き方講座』」にて紹介されている『薬屋のひとりごと』について、補足私見を申し上げたくメールを差し上げました。
なお、以前「小説の創作相談掲示板」「【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について」に投稿した内容と重複しますこと、あらかじめお断りします。
『薬屋のひとりごと』は、うっぴーさんのおっしゃる通り、世界観に合わせた言葉の選び方がうまいですね。
小説の世界観に合った言葉を使おう!(元記事)
良い文章を書くためのコツとして「難しい言葉や漢字を使わない」ことをご紹介しました。
これには例外があります。
古代中国の宮廷物など、時代がかった難しい言葉が合う世界観の場合は、作品世界を表現するために「下賜」「傾国」「卑賤」といった、その世界に合った言葉を使った方が良いです。
シリーズ累計発行部数は130万部以上の人気作『薬屋のひとりごと』(2014/8 刊行)は、古代中国風の帝国の後宮を舞台にした小説です。
後宮のただれた美しさを文体で表現するために、「下賜」「傾国」「卑賤」など、わたしたちの日常生活ではまず使わない、時代がかった難しい言葉を使っています。
また可可树にカカオ、巧克力にチョコレートとルビを振るなど、古代中国の文化を表現するために言葉を選んでいます。
これによって、物語の架空世界にすっと入っていくことができるようになっています。
『薬屋のひとりごと』では、主人公の猫猫を次のように紹介している文章があります。
時代と場所が違えばきっとこう呼ばれていることだろう、『狂科学者(マッドサイエンティスト)』と。
マッドサイエンティストとは、古代中国風の世界観に合わない言葉ですが、ライトノベルですので、わかりやすさを重視するためにあえて使っているのだと考えられます。
また、狂科学者という漢字にルビを振ることで、中華っぽさを演出し、違和感を最小化しています。
実力がある作家さんは、言葉選びに気を使っているのですね。
「可可阿(カカオ)」「巧克力(チョコレート)」の表記について
例に挙げられている「可可阿(カカオ)」「巧克力(チョコレート)」の表記(1巻)は、作中ではカカオもチョコレートも「珍しい異国の食べ物」として描かれています。
ですので、カタカナで「カカオ」「チョコレート」と書いても違和感がなかったでしょう。チョコレートを作るときの材料で、「乳酪」に「バター」とルビを振ったのは、良かったですね。
『薬屋のひとりごと』は、単に「古代中華風異世界の描き方がうまい」ではなく、「想定西洋世界と交流のある古代中華風異世界の描き方がうまい」のです。
主人公の少女・猫猫(マオマオ)の養父の西方留学が明らかになるのが2巻、3巻で西方の特使が来ていますが、想定西洋世界のとの交流が本格的に描かれるのは、大分後の巻になってからです。
6巻で西洋かぶれの町が出てきて、西洋式の立食パーティーをしていますし、7巻では西方からの亡命者を受け入れています。
登場人物名や用語の一部が中国語
猫猫(マオマオ)はじめとして、一部の登場人物名の読みが中国語になっています。また、一部用語に「小姐(ねえちゃん)」「公主(ひめ)」と、中国語が使われています。
挿絵の助けも大きいのですが、チョコレートが出ておきながら、ちゃんと「古代中華風世界」と認識できたのは、登場人物名・用語の一部が中国語、という面もあります。
1巻76ページに猫猫と上司の付き人とでこんなやりとりがありました。
「猫猫さま」
高順が話しかけてきた。猫猫は様付けされて、居心地の悪さを覚える。
「敬称はいりません。高順さまのほうがずっと位は高いでしょう」
正直に猫猫が言うと、高順は顎を撫でて、一瞬首を傾けた。
「では小猫(シャオマオ)」
(いきなり小(ちゃん)付けですか)」
時間・度量衡の表記
昔っぽさを出すため、分秒単位の時刻概念のない世界だから「四半時(さんじっぷん)」(1巻57ページ)、長さも「五尺七寸(百七十五センチ)」(3巻145ページ)と表記しています。
度量衡は、1尺=30.3センチの換算から、昔の中国の単位ではなく、日本の尺貫法を使っているようですね。異世界ファンタジーでの度量衡の表し方は、読みやすさと雰囲気のバランスで、悩むところだと思います。考えられるのは以下の方法でしょうか
- モデルとする国・時代(例えば唐代の中国)の単位を使う。
- 1メートル=1〇〇(架空単位)というように、メートル法置き換えの架空単位にする。
- メートル法をそのまま使う。
- 和風・中華風世界の場合、「粁(キロ)」とメートル法の漢字表記を用いる。または、日本の尺貫法を使う。