人気のあるラノベを書くためには、人気作の研究が欠かせません。
ここでは累計発行部数100万部以上のヒット作『86ーエイティシックス』(2017/3/10刊行)のヒット要因、どういったテンプレが使われているか詳しく分析します。
●ストーリーの概要
主人公レーナが被支配階級である86たちを助ける話。人間心理の暗黒面を描く。
もうひとりの主人公シンが殺されて敵の指揮官になったお兄さんと対決して勝利し、過去のトラウマを乗り越える話。
キャラはこうだから良いのかなポイント
主人公のレーナは少女。支配層でありながら、非支配層でる有色人種86たちを同じ人間として扱いたいという気持ちを持っており、この行動原理に沿って最後まで動きます。故に読者から応援、共感されると思います。
小説の主人公は善人であることが鉄則。
シンはもうひとりの主人公です。最強の兵士で異能力を持っていて、仲間から慕われて無双します。
彼の異能は、敵である無人兵器軍レギオンに取り込まれて亡霊と化した人々の声が聞こえるというもの。
これによって、レギオンの数や接近がわかるために、彼は最強の戦士となっています。
同時にシンは可愛そうなヤツであることが強調され、レーナが彼を救いたいという動機になっています。
主人公の能力とは、その人物の性格やストーリーと密接に関わっていると、おもしろくなるという法則があります。
展開はこうだから良いのかなポイント
少年向けラノベレーベルである電撃文庫から出されていますが、中身は女性向け。
主人公のレーナは女性。彼女は、敵の指揮官であるお兄さんとBLっぽい絆で結ばれた最強の戦士シンが率いる舞台の指揮官となって、彼を支配する立場にいます。
イケメンを支配し、BLっぽい関係を眺めていたいという女性読者のニーズにマッチしているのではないか?と考えられます。
ストレスが強いようで、実はストレスフリー。
レーナは支配層の中でも貴族で資産家、しかも美少女という恵まれた立場。
被支配層である有色人種86たちが、共和国の支配層である白色人種に徹底的に搾取され、戦場に送られて惨たらしく殺される話ですが、実は主人公にはストレスがかかっていません。
レーナは安全な基地の中から、戦う86たちを監視し、指示を出す立場。危険はありません。
86たちへの差別をやめさせたい、彼らを人間として扱いたい心優し美少女という点で、読者の共感と支持を集めます。男性読者(俺)は健気な美少女が好きです。
レーナは86たちから敵視されて、なじられたりしますが、徐々に彼らと仲良くなっていきます。最後に規則を無視して、砲撃支援を行ってシンを助けます。
主人公に対するストレスは、言葉でなじられる程度で最小限。86たちと仲良くなって、最後にちゃんと活躍します。
人気の小説は、読者に与えるストレスを上手に計算、コントロールしています。
起伏がないと物語はおもしろくならないのですが、主人公にストレスがかかりすぎると、読者は嫌な気分になります。
そこで、ストレスをサブキャラに負ってもらって、主人公は彼らを救って大活躍するというのがひとつのテンプレです。
これは別になろうやラノベに限った話ではなく、水戸黄門などの時代劇から繰り返し行われてきた物語の伝統的な型です。
虐げられる弱い民衆を、支配層で最強の水戸黄門が救ってあげて、すごい、すごいと大感謝される。
これをうまく応用しているのが86などの人気のラノベだと思います。
ぶっちゃけシンの異能やお兄さんとの確執が描かれる160ページまでは退屈です。
それまでは長いチュートリアルといった感じで、Web小説なら人気が出にくいだろうと思われます。
語彙力が豊富で文章はうまいのですが、SFということもあり、情報量が多くて、読むのが若干疲れます。
電撃大賞を取れた理由について
ラストは100%死んだと思われたシンや仲間と再会して終わります。
86を差別していた共和国も滅びて、人道的な連邦に吸収されて大団円となります。
この作品は、最初に新人賞に送られた時は、一次選考落選でしたが、ラストを変えて応募したところ電撃大賞を受賞したそうです。
かなり強引ではありますが、無理矢理でもパッピーエンドにした方が読者ウケすることがわかります。
通信機越しにしか会話をしてなかったレーナとシンが初めて顔を合わせるという劇的な終わり方をしているのもグッと来ます。
この点は、大ヒットアニメ映画「君の名は」のラストに似ていると思います。
もう会えないと思われた男女が再会し、これから新しい関係が始まることを予感させて締め括っています。余韻があって、非常に良いです。
設定、世界観はこうだから良いのかなポイント
人間の醜い暗黒面を徹底的に描く世界観設定。
負けているのに自分たちは勝利に向かっていると宣伝し、何もしない無能な上層部。
86たちを戦場に送って搾取し続けたが故に自滅する共和国など、設定は人間心理に沿ったものでリアリティがあります。
また、ちゃんと世界観設定がストーリーに生きています。
初心者のSF小説は世界観を書きたいがための設定の羅列に終始してしまう傾向があります。
この作品はストーリーやキャラクターを魅せるために、世界観が有機的に機能しています。
無人兵器であるレギオンが人間の脳を取り込んで、進化。
レギオンたちには取り込まれた人々の亡霊が付いているという、SFとオカルトを融合させた設定は見事だと言えます。
仲間が亡霊となって襲ってくる様は、とても嫌な気分にさせられる。もちろん褒め言葉です。
その他ここはこうだから面白いのかなポイント
台詞回しがうまく、ウィットに富んでいます。セリフの勉強になります。
冒頭で読者をつかんでいる秘訣
冒頭は戦闘シーンから始まっています。
部隊長であるアンダーテイカー(シン)は、指揮官であるハンドラー・ワン(レーナ)を信用しておらず、仲が悪いことなど、人間関係をちゃんと描いています。
戦闘が悲惨で、仲間が大勢死ぬなど、プロローグで作品の方向性を示しているのが特徴です。