小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

サタンさんの返信一覧。最新の投稿順4ページ目

元記事:主人公以外視点の書き方

小説は主人公が見たものや感じたものを書きますが、主人公以外のキャラの見たものや感じたものを書きたい場合はどのように書けば良いのでしょうか?
それとも、急に主人公以外のキャラの視点で小説を書いていくのは出来ないのでしょうか?
教えていただければ嬉しいです

上記の回答(主人公以外視点の書き方の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

まず視点移動についてですが、これは視点の扱いの話なので基本的には移動してしまって問題ありません。
例えば視点が変わりまくる三人称の群像劇。あるいは一人称視点で章ごとに視点が変わるオムニバス。断続的に過去や別世界の(別主人公の)話を挟んでく劇中劇。または冒頭のみ敵サイドの動きを書くなどはよくあるでしょう。
しかし、ブルースクリーンさんが警鐘を鳴らしていますが、これは視点の扱いを覚えてる人向けの話です。
視点移動は技術として基本的に問題ない事ですが、そもそも「小説は主人公が見たものや感じたものを書きますが」と考えてる以上、「主人公が見たもの感じたもの」以外を書くことは絶対にダメだと思ったほうが良いです。

では、どう書けばいいのか、というと。
これは地味にすんげー難しいです。
テクニックとしてはいくつかあるにはあるのですが、非常に限定されたシーンでしか使えないので、詳細を知らなければ具体的な助言は出来かねます。

まずは、「強引にでも主人公に体験させる」というものがあります。
「主人公が見たものや感じたものを書く」と考えてる以上、強引だろうとこれに勝る方法はないでしょう。
例としては、「実際に体験する」「盗聴ないし他人を盗み見るような方法で知りうる」「映像ないし手紙などを「体験」の体で書く」などでしょうか。
しかし、展開上そうもいかないことは多くあります。
次に、「誤解させる」という方法があります。
これは、要するに「読者は知ることができるが、主人公は知らないままでいて欲しい」という展開になるので、例えば「目の前の女子高生が実は男」など、主人公は女の子だと思いこんでいる、という書き方をしておけば、読者は実は男と知ってるけど主人公は知らないという環境を作ることができます。
言い換えれば、「主人公が知らないことを書ける」というテクニックなので、工夫次第で応用の幅が広いですが、アイディアがないとかなりキツイです。
それも無理そうだ、という場合は「伏線にしてしまう」という形を取ることもあります。
これは、「明らかに何かあるだろう」と思わせるおかしな部分を作っておき、後になって(主人公に体験させてもいい段階になって)「実はあのときこんなことがあった」と、回想なり口頭なりで説明していく。
それさえ無理な場合。
「そもそも展開上、その情報が必要なのか?」と再確認してみる。
ぶっちゃけ、こういうのは「作者が書きたいだけ」で、「物語的には必要ない」という事がすごく多いです。
「こういう展開にしたいから、そのためには敵の思惑を書いておかないと」って場合も、局所的には必要に思えるけど、全体で見ると不要な場合もけっこうあります。
だって、「主人公の話」なのに「主人公以外の視点がないと成立しない」なんてあるわけないでしょ?
主人公のみでどうにかできます。どうにかできない場合、そもそも「主人公の話」ではなく「別の何かが中心にあって、その中心の話」なので、設計段階から何かミスってるハズ。
そのうで、「この情報はどうしても必要」という場合は、「情報の伝え方」を考えてみる。
結局のとこ、主人公が体験すりゃいいわけですから、主人公の耳に情報が入れば良いわけです。
体験・伝聞・映像・超感覚、アイディア次第で情報の伝え方は変更できるでしょう。

で、それも無理だ、という最後の手段として、「視点移動」という選択肢がある。という感じです。
無論、これは「主人公が見たもの感じたもの」の体で書くというコンセプトが前提なので、そうでない場合は視点移動の優先順位はもっと上がります。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 主人公以外視点の書き方

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元記事:バトルを売りにした小説において、ラスボスとの戦闘シーンには派手さが絶対必要か否か。

超能力や魔術を用いた直接的なバトルを売りにした作品で、ラスボス的存在が地味な能力であるというのはよろしくないでしょうか? やはり、バトル物であればある程度の華やかさをもった能力の方がいいでしょうか? 

上記の回答(バトルを売りにした小説において、ラスボスとの戦闘シーンには派手さが絶対必要か否か。の返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

うーん……
例えば、もっとショボくして「ラスボスは戦闘力ほぼ0で戦う力さえない相手」と考えてみると、そんなラスボスはアリか? 
これは実は前例がないわけではありません。
ラスボスというか黒幕的な扱いですが、パッと思いつくのは幽遊白書の戸愚呂兄弟を雇ってた闇ブローカーですね。
「力」ではなく「悪」を表現した黒幕なので、戦闘力の有無はさして関係なく、力担当の戸愚呂弟が実質的なラスボスとして成立していました。

絶対的強者というラスボス観は、これは単純に「力」をテーマに正義の正当性を書いてるわけですから、「強者」の有り方の問題です。
なので、例えばマジンガーZとかああいう単純に力と力のぶつかり合い的な内容においては「ラスボスはデカくて強い」というのは王道というか「こうあるべきもの」というか、「ヒネっちゃいけない部分」という気がします。
というのも、単純にデカいと強さを連想しますからね。あからさまに強そうな相手のほうが良いに決まってます。
しかし、一方で同じ戦闘がテーマでも「強さ」にはいろいろな種類があります。
例えば財力やカリスマ、アニメ「C」では財力が力でしたから、ラスボスはイケメンで有能で「才能ある若い御曹司」の象徴みたいな存在でした。
例えば「強さ」を強く印象付けるために、対照的な弱い外見で「意外に」というギャップを利用したものも多くあります。
例えば「悪」など性質の問題とすると、先ほどは幽遊白書で例えましたが、近年のタイトルで言えばFateの言峰神父でしょう。キャラクターを並べれば下から3番目か4番目かってくらい弱いキャラで、ですがラスボスでした(セイバールートのラスボス)。まあ言峰は善悪を超越してる気がするけども。

「直接的なバトルが売り」とあるので、主人公は降りかかる苦難をバトルを介して乗り越えていく内容なのだと思います。
すると、単純に言葉の通りに考えれば、「その苦難が最高潮に達するクライマックスで、対する苦難がショボい」というのはいかがなものか? と感じます。
しかし、繰り返しますが、これは「強者の有り方」の問題です。
ブルースクリーンさんの意見とも繋がりますが、それをどう表現していくか、という話です。

創作的には、「ラスボスがショボい」のは何も問題ありません。
それで盛り上がる人気作という前例は多くあります。
ただ、ラスボスの有り方が「悪」であれば、戦闘力や能力はともかく「悪」においてはキャラクターの中で随一の飛び抜けたラスボス感があるキャラクターでなければ当然ながらラスボスっぽくなくてショボさが浮き彫りになってしまうでしょう。
故に、「能力」をテーマにした能力バトルものはラスボスの有り方が「能力」なので、「攻略不能に見えるほどヤバい相手」というのがラスボスになりやすいわけです。
……これを地で行くと「全ての能力を使える」というのがわかりやすいラスボス像なので、よくギャグマンガとかでネタにされますよね。
要するに、何度か書いてるけども「有り方」の問題です。
ショボくても問題ありませんし、派手である必要はありませんが、そういうラスボス像を作り上げることに成功しているかどうか。
これが成否を決めることになるでしょう。

カテゴリー : キャラクター スレッド: バトルを売りにした小説において、ラスボスとの戦闘シーンには派手さが絶対必要か否か。

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元記事:いっこうにストーリーが

つい最近活動を始めた創作ド初心者です。
ラブコメや現実世界線のSF物を書こうとしたものの、キャラが思い付くのまでは良いんですが、全く物語が編めません。
一体どうすればいいのか……。

上記の回答(いっこうにストーリーがの返信)

投稿者 サタン : 5 人気回答! 投稿日時:

物語の作り方は十人十色で、人それぞれ違うものです。
なので講座を読んだり教えを請うたりしても、なかなか自身で納得できず、言われた通りにやっても上手くいかない、という事が多いかと思われます。
その上で話をするので、疑問があれば答えようと思いますが、合う合わないの判断はご自身でしたほうが良いでしょう。
まあつまり、これから言うことが正解とは限らんよ。という前置きです。

まず、物語が作れる人と作れない人の差は「こういう話を考えてる」と軽く話を聞いただけで明確にわかります。
作れる人は「主人公がヒロインと恋をする話を考えてるんだけど」という感じの事を言ってくる。
作れない人は「こういうジャンルで、こういう設定で、キャラはこうなんだけど」という感じの事を言ってくる。
いきなり何言ってんだと思うかもしれませんが、これが核心です。
この両者がどう違うのかと言うと、
作れる人は「これは恋をする話だ」と主旨が明確なんですね。
だから、「どういう恋をするか?」とだけ考えればいい。趣味をぶっこむか読者層に合わせるかの選択肢はあるけど、方向性を決めりゃすぐ話ができる。
一方、作れない人は、「雰囲気も設定もキャラも決めた」と言うものの、主旨が無いので何の話なのかさっぱりわからない。
だから、イメージは固まってるし雰囲気も掴めてるし、書きたいワンシーンも思いつくけど、肝心の大筋たる「お話」が作れない。
もともと主旨がないので、作れるわけないってことですね。

いやいや。言いそびれただけで、設定の中に「主人公はヒロインを好きになる」って書いてるし、そもそもジャンルにラブコメって書いてるだろ? と、思ったかどうかはわかりませんが、「それを要約できてない時点で、自身が主旨を把握できてない」って事なんです。

ちょいと上から目線な嫌らしい言い方をしてしまいましたが、「こういう話」とシンプルに答えられない場合は、まずこれを答えられるようにしましょう。
これが第一歩です。
例えば「主人公がヒロインと恋する話」だとしたら、次はどういう設定なのか? となる。
「設定」と聞くとアレコレ詳細に答えたがる人が多いというか、おそらく舞台設定とかキャラ設定とか細かいものを指して設定と考えているんだろう、と思う。
それも設定ですが、ここで言う「どういう設定なのか?」は、主旨である「主人公がヒロインと恋する話」に対してなので、考えるのは「どういう主人公か?」「どういうヒロインか?」「どんな恋をするのか?」ということだけ。
だから、この時点で「どういう設定?」と聞かれたら「不器用だけど青春したいと思う主人公が、自由奔放に振る舞うヒロインに惹かれる。次第に主人公はヒロインに感化されて青春らしい青春を体験してゆく」とか、こんな感じになる。
繰り返すようだけど、主旨が定まってないとここで設定を答えることができませんよね?
だから雰囲気とか舞台とかキャラとか、パーツごと別々に考えてしまって、それがまとまらないわけです。
別にキャラや舞台から考えても良いのですが、漠然と「まとまらない」と言ったところで、それは「主旨でまとめる」んだから、主旨が決まってなけりゃどのみちまとまりません。
キャラや舞台から考える場合は、考えながらイメージを練ることで主旨を決定していかなきゃ。

こういう大雑把な設定を考えたら、あとは物語のテンプレを持ってきます。
基本ルールに当てはめて面白くなるよう整えて、物語の雛形、簡易的なプロットの出来上がりです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: いっこうにストーリーが

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元記事:ラッキースケベについて

まず最初にこれは真面目な話であることを理解お願いします。

とりあえず、ちょっと聞きたいのですけど、ラッキースケベって必要なのでしょうか?
なぜそんなことを言うかというと、自分が書く作品の主人公はラッキースケベをするような主人公ではないのです。
もしラッキースケベが起ころうとしたら、それを回避しようとする主人公なのです。
例えると、魔法科高校の劣等生の主人公であるお兄様みたいな感じです。
で、ラッキースケベは必要でしょうか。
というより、ラッキースケベとはどの度合いを言うのでしょうか。
女の子に抱きつかれたりするのはラッキースケベに入るのでしょうか?
もし自分の作品の主人公がラッキースケベをするとしたら、ドアを開けたら女の子が着替えてるところに遭遇するとか、女の子に抱きつかれたりする程度です。
間違っても転んで女の子に突っ込むようなことはしません。
そんなことをする前に主人公の能力とかで回避してしまうからです。

長々となりましたけど、以上の点からラッキースケベは必要なのでしょうか?

上記の回答(ラッキースケベについての返信)

投稿者 サタン : 2 投稿日時:

ラッキースケベは、ブルース・クリーンさんの言うように基本的に気にする必要はありません。
ところが特にラブコメなんかではほぼ必須と言っていいほどラッキースケベな展開が用意されてたりします。
お色気が出しやすい漫画などではラッキースケベを主力の一つと考えてる作品も少なくないでしょう。
これは何故かというと、単純に「そういう表現だから」というだけの理由です。

つまり、「ラッキースケベ」で表現できるものを考えてみて下さい。
まず、トイレや脱衣所に鍵をかけわすれて女の子と主人公が出くわすみたいな展開は、恥ずかしがって怒る女の子と誤解を解こうと慌てる主人公とでコメディを表現できますよね。
次に、スケベというのはようはお色気。性を書いてるものですが、ラッキースケベした相手がどうでもいい相手なら冷静に対処すればいい話で、そこで恥ずかしがる・慌てるってのは、これって恋愛感情の延長線上にある表現なんですよ。
すなわち「ラッキースケベ」ってのは、「ラブコメ」の「ラブ」と「コメ」を同時に表現できる秀逸な展開だ、ということです。
そのうえ、キャラクターが恥ずかしがったり慌てたりするような感情が強く現れる場面ってのはキャラクターの素を書けるので、キャラを出しやすいんですよ。
だからラブコメではほぼ必須と言えるくらいよく見かけるわけですね。
ただこれは使いやすいので便利に多用されている、というだけで「必須と言えるくらい」とは書いたけど、別に必須ってわけではありません。

当然ながらラブコメ要素のないラノベも世の中には多いですし、ラブコメ展開を好まない作家さんは使用したがらないでしょう。それで何も問題ありません。
お悩みの内容では「ラッキースケベに移行しにくい」というキャラクターのようなので、この場合はラッキースケベを利用しても上記したような効果は得られないでしょう。
そうなると、簡単に考えれば御作には不要ではないかなと思います。

ここからは私見というかただの妄想だけど、
作品の中には、そういうラッキースケベにしにくい設定であえてラッキースケベな展開にして、ラッキースケベ展開に対する批判を書くというアンチテーゼもあったりします。
近年は個性的なキャラクターが多いので、こういう斜に構えた展開を多々見ますね。
例えば、「この素晴らしき世界」はパッと見でハーレム系ラブコメファンタジーかなと思えるけど、主人公がそうでもない上ヒロインたちが個性的なので、ひとつ屋根の下で暮らして一緒に風呂入ったりもするけどラッキースケベな展開にはさほど発展しない。はいはいそうですねと簡単に流しちゃう。
そういった、やりにくいならやりにくいなりに「逆方面に利用する」というアプローチも良いと思います。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: ラッキースケベについて

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元記事:集中力とモチベーションの低下

今、学園魔法ファンタジー物のラノベを書いてますけど、集中力とモチベーションが続きません。
締め切りもあり、書くことはもう脳内にあるのになかなか続きません。
音楽を聞きながら、アニメを聞きながら、いろいろと試行錯誤してますけど、続きません。
何も聞かないでやろうとしましたけど、それはダメでした。
書けるときはありますけど、最近は書き続けられません。
書かなくてはいけないのに、どうしたらいいですかね?

上記の回答(集中力とモチベーションの低下の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

よく聞くのは、いっそ忘れて何もしない・他のことをする、というものですね。
すると次第に好きなことをしたくなる、という事のようですが、恥ずかしながら私はそのまま本気で忘れて数年ほったらかしにしてしまいました。

脳みそ的に言うと、やろうやろうと思っていると、逆にこれがプレッシャーになってしまってやる気を削がれてしまいます。
では逆に、やる気が出るのはどんなときか? と考えてみると、多くの人が経験するのは「授業中とか、試験前とか無性に書きたくなるしネタが浮かんでくる」というものです。
これは、実は上のと同じ話です。
要するに、勉強という「やらなきゃいけないこと」というプレッシャーから逃げた結果、創作活動のスイッチが入ってしまうわけですね。
創作してない人でも、試験前は部屋の掃除をしたくなる、みたいな人は多い。そういう人に限って、普段から小まめに部屋の掃除する習慣を持ってない人なんですよ。
でもこれは精神的な逃げ道になってるだけなので、前向きに利用できるものではありません。

ポイントは「習慣」です。
人の脳みそってのは、良いことでも悪いことでも繰り返すとその習慣が身についてしまうものなんです。
例えば、PCでワードを開いて白紙を前にウンウン唸ってマイナスの感覚を持ってしまうと、「ワードを起動させたら嫌な感覚になる」という習慣が身についてしまう。だからワードを起動させたくなくなる。強いてはやる気がなくなる。至極当然な事ですね。
ですので、いっそ執筆のアイテムを全て一新させるとか、気分を変えてやるのも一つの手です。
ようは執筆のポーズになると嫌な感覚になる習慣があるのかと思うので、執筆前には食事をするとかリラックスするとか、楽しいものを用意するのも有効でしょう。これは「音楽を聞きながら」にも通じますので効果はないかもしれませんが。
次第に楽しいことをすれば執筆するという習慣が身につくかもしれません。私は楽しいことに気を取られすぎて失敗したけども。
ちなみに私の場合は、「書くことが決まるまでワードは絶対に開かない」と決めてました。
するとだんだん、はやくワードを起動させたくなってくるって事さえあるので不思議です。
これに加えて、執筆するタイミングを決めておき、その時間意外は書かないなどしておくと時間になれば自動的にスイッチが入るので、携帯などに毎日アラームを設定するなどしていました。
パブロフの犬じゃありませんが、こういう条件付けで脳みそにスイッチを植え付けてしまうと切り替えが楽になります。

おそらく、執筆しながら展開を考えてるんじゃないかなと思います。
書きながら展開を考えると、当然のこと白紙を前にウンウン悩むことになるので、モチベーション低下を招きやすいと思います。
アナログなメモ帳なりで出先でネタを考えながら、決まったらネタを整理してまとめて、そうなってはじめてワードを開いて一気に書く、とするとこうした問題には躓かなくなるでしょう。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 集中力とモチベーションの低下

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元記事:小説執筆の時間確保及び、執筆の習慣づけと、気力を出す方法

皆さんこんにちは。たまにこの掲示板にお世話になっている者です。今日もお知恵をお借りしたくて書き込んでいます。

今回お聞きしたいのは、タイトル通り、「小説執筆の時間確保」または「執筆の習慣づけ」、そして「気力を出すこと」の方法についてです。皆さんのやり方を教えていただけると嬉しいです。

現在の私の生活なのですが、実は、私は持病の影響で脚に障害があり、特にここ数ヶ月は外に出るのもままならないです。そんな感じなので、仕事は、就労支援事業所に所属して4時間分の在宅ワークを与えてもらっているのと、クラウドソーシングサイトで見つけた文章の仕事をいくつか掛け持ちしています。報酬が少ないので、実家暮らしで何とか食いつないでいる感じです。
父がもうすぐ定年なので、どうにかもっと家にお金を入れられないかと焦ってもいます。(不幸自慢みたいに聞こえたらすみません)

こんな感じで、仕事の掛け持ち、そして今後の生活のために考えなければいけないことなどに振り回されて、ようやく確保した自由時間にはもうクタクタで、ぼんやりスマホを眺めることしかできなくなります。小説を書く気力が残りません。

最近では、全然書き進められない自分を振り返り、「私は本当に小説執筆が好きなのか」という考えが頭の中をぐるぐる回っています。

世の中の兼業作家さんや、小説家を目指して頑張っている人は、会社でフルタイム働いてから小説を執筆しておられます。だからこそ、私だって時間を確保して小説を書いて、腕を磨いていかなければならないと思っています。というか、できなければ小説家になどなれないでしょう。

しかし、どうやって執筆時間を確保すればいいか、執筆を毎日の習慣として組み込めばいいか、執筆する気力を出すにはどうしたらいいか、この3つについて、いい方法が思いつかないのです。
だから、どうか、皆さんのやり方や、解決策などありましたら教えてください。
よろしくお願いいたします。

上記の回答(小説執筆の時間確保及び、執筆の習慣づけと、気力を出す方法の返信)

投稿者 bisei : 0

まずは、以下の優先順をつけるとのではないでしょうか?
1.「執筆の習慣づけ」
2.「小説執筆の時間確保」
3.「気力を出すこと」

霜月さんが、気力を出すことが苦手ならば、体から入ることです。
1と2は、同列になるかと。
3は、YouTubeのBGMで、自分の書く小説のテーマにあうBGMを聞いてテンションを上げるなどはどうでしょう?
そうなると、気持ちが盛り上がるまで時間はかかりますが。
1.2.は、例え数行でも、書くこと。書くことを習慣化するのが目的です。進まない時は、過去の見直し。けど、1・2回程度で。
YouTubeには、アファメーションなど、怪しくない動画で、励ましてくれるのも沢山あるので、それを聞いてテンションを下げない工夫をすると良いかも。
参考になれば。
後は、仕事は、給与が高くて時間の取れる仕事に就くことを諦めないことですね。
今は、どうでも良いので、未来はどうありたいかですかね?
努力逆転の法則もあるので、ゆるりと頑張るが、毎日継続がコツかもしてません。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 小説執筆の時間確保及び、執筆の習慣づけと、気力を出す方法

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投稿日時:

元記事:三人称視点における文章の表現の仕方について

久方ぶりに投稿させて頂きますニシンです。夜遅くの投稿で恐縮でありますが、どうかよろしくお願いします。
内容はタイトル通り「三人称視点における文章の表現の仕方について」です。三人称一元視点、三人称神視点と呼ばれる視点において曖昧な表現は避けるべきだと言う話を聞いたのです。例えば「彼の目の前にはリンゴがいくつか転がっている」という文章の場合「いくつか」という点がNGであり「彼の目の前にはリンゴが3つ転がっている」という様に個数を明確に記載し「いつの頃からか」と言った文章は時間を正しく明記しなければならない言う物でした。そこで質問なのですが、三人称というカテゴリに含まれる視点の場合、上記のように曖昧な表現は避け、明確に、如実に記載しなければならないのでしょうか? 
ご回答よろしくお願いします。

上記の回答(三人称視点における文章の表現の仕方についての返信【レベル次第では】)

投稿者 読むせん : 1

ほんとレベル次第かと。
悪い例としては

【彼の前にリンゴが転がっていた】

【夜7時45分35秒、座る彼の左斜め前1メートル先には、彼が起きる5分20秒前から、未熟なリンゴが1つと熟したリンゴが2つ転がっていた】

前者は情報が少なすぎ、後者は必要ではない情報が多すぎ。
=======================

この文章でいうなら【りんご】の位置が問題になるかと。

 例えば、彼がいるシチュが『リンゴ泥棒の見張り番』ならば(いくつか)表記だけで泥棒が単独犯の可能性が高いのが十分わかります。
(いつのまにか)なら彼が不真面目な見張りだったか、居眠りをしていた可能性が高い。
【彼が居眠りをするソバで、リンゴを落っことすレベルで慌てて逃げた、リンゴ泥棒がいる(つまり、まだ近くにいる)】という事は分かります。

・・・・・・・・・・・・・・・・

これが真冬のキリマンジャロで仲間の登山者とはぐれ、絶賛遭難中の登山家が見たなら【りんご】は異常な存在になります。
この場合【りんご】は個数より妄想の産物か本物かの方が重要。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ホラーなんかでは、りんごやラバー・ダッキーなんかは暖かでありふれた日常の象徴として描かれ、非日常的な死体や殺人鬼とのコントラスト。あるいはブラックジョークとして使われますね。

【彼の足元には彼が抱えていたリンゴが4つ転がっている。
 4つ?彼が購入したリンゴは3つのはずだ。4つ目のリンゴを注意深く見る。なぜあのリンゴには指と自身がはめていたはずの婚約指輪がついているのだろう?あれは———】

とかなら個数にこだわってもいいよ。
============================
前に読んだ推理本にこんな言葉がありました。

「言葉を正確に伝えようとするほど、言葉の正確な意味が伝わらなくなる」

・例・・・・・・・・・・・・・・・

とある女○○が大好きな男性、××には微妙に好きになれない点がある————例えば、頭の天辺が薄っすらハゲている————として。

食堂とかに集まった(無関係な)女グループが大声で【ハゲとか本当キモイ】【いくら金持っていいてもハゲは無理】【ハゲのイケメンより、不細工でもフサフサがいい】【そもそもハゲはみっともない】【薄らっぱげとか惨めすぎて横を歩かれるのすら嫌】という話題で盛り上がっているのを見かけ、

後日、たまたま好きな男性××と二人きりになった時に、彼から
『そういや○○さんもあの場にいたよね。俺もいたんだ~。ちょっと凹んだ。○○さんも、やっぱりハゲは無し派?』

と冗談めかせて聞かれたとき

1、「正直、ハゲは厳しいですわぁ・・・・(本音)」

2、「ぶっちゃけ・・・はげフェチなんです(嘘)」

どっちが○○の心情を、明確に、如実に正しく伝えるでしょう?ってやつ。

・・・・・・・・・・・・・・・
1、を伝えてしまうと、受け取る相手からすれば【お前は無理、嫌い、わたしの横歩かないで】と言われているに等しい。

欠点を含めても、お釣りが来るほどあなたが好き!!なら2、と伝えた方が相手により正確に伝わる感じです。(あえて男女を逆にして設問しました)

第三者視点でも、ハゲが「ハゲ嫌い?」なんて尋ねている事実から見て【そう】としか見えないし、取れないと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・
より明確に、如実に記載するために、あえて曖昧な表現を使う必要もあったりするかと。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称視点における文章の表現の仕方について

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投稿日時:

元記事:物書きへの適正について

当方自分は文章を書くのに向いてないと思っています。
理由はだいたい二つ
1) 何事にも無感動、無感想
作文を一行未満で完成とし、講義の感想?を書けといわれて30分以上居残りさせられるような人間です。無論読書感想文は鬼門、正直一人で書き上げた覚えがないです。
2) 対人能力の不足
当方中学卒業後はネット環境を含めても交友関係がほとんどありません。そもそも人の気持ちをうかがうこと・空気を読むことがまるでできず、弟の同級生が亡くなった際、その人が長期入院中だったと聞いて『どうせ誰も覚えていない』と発言するほどです。
他に、他人とはだいぶ違った思考をする点(例えば好きな人に値段をつけてといわれれば10円だか50円だかという安値をつけたり、怖いものと聞かれてペストと答えたり)も挙げられるでしょうか。
国語自体は答えればたいてい当たるほどには得意なのですが、こんな人間はアイデアをプロット投稿板に投げて他人頼みにするほうがいいんでしょうか?
それとも意地と執念だけを頼りに自分で書くことに挑戦した方がいいのでしょうか?

上記の回答(物書きへの適正についての返信)

投稿者 かにさん : 0

やれるだけやってみたらいいと思います。

無感動は「感情的にならず中立的な視点を持って物事を見れる」とも取れます。
対人能力の不足は「他にない独特な個性を持っている(集団と共有する背景が大きく異なるから意思疎通のハードルが高く、社交性がないように映る)」とも取れます。

上記の特徴は、小説家としては普通の人に比べて有利に働きうる素質でもあります。

長所と短所は裏返しなので、短所を無理に無くそうとする、克服しようとする必要はないです。日本社会は能力平等観に立った価値観(人の能力はみな平等だ)を持つ人が多くいるので、短所の克服を求めますが。個性的な人間に個性を克服させるのは無理ですし、やる意味がない、コスパに合わないと思います。

自分の長所が使えて、短所をなるべく使わないクリエイター系の職業につくのは、むしろ向いているのではないかとも思います。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 物書きへの適正について

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投稿日時:

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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