元記事:色々の返信
わかつきひかる先生のyoutubeの動画を見る事をおすすめします。
キャラ立ちなども学べますよ。
上記の回答(色々の返信の返信)
スレ主 黒々 : 0 投稿日時:
コメントありがとうございます。早速見てみたところすごく「あーここわかる」というのが見えたのとちょっと怖いところもありました。ただなれていないせいか音声がちょっと(否定ではないですがそう思ってしまいましたらすみません)
一応自分が見ているのはエンタメノベルラボですね
わかつきひかる先生のyoutubeの動画を見る事をおすすめします。
キャラ立ちなども学べますよ。
スレ主 黒々 : 0 投稿日時:
コメントありがとうございます。早速見てみたところすごく「あーここわかる」というのが見えたのとちょっと怖いところもありました。ただなれていないせいか音声がちょっと(否定ではないですがそう思ってしまいましたらすみません)
一応自分が見ているのはエンタメノベルラボですね
123,あ き ら め ろ \(^P^)/
とりあえず自分の癖を自分で認識できた点だけでも大進歩です。
無自覚だと、なにが原因か分からないまま失敗し続けるので、もう荒らしにしか成れなくなりますからー。
理想を言うと、読者に聞いてみるのが良えねんけどね。
読者が
「作者さんって○○展開好きだよねー」
「分かる(笑)だが、そこが良い」
「そう?俺は正直、苦手だわ」
「じゃあ、アンタなんで読んでんだよ?」
「△△が、めっちゃ好きだから」
「そこか」
「それな、アンタ趣味いいわ」
「今のところ○○嫌いより△△が好きなのが上回ってる」
「私は逆。△△アンチだけど○○が好きすぎて許せる」
「そっちかー」
「ソレナー」
とか言ってくれると、自分では観測できない作品傾向や自分の姿が客観的に見えるし、みてくれている人の嗜好もさぐれて便利なんだよね。
スレ主 黒々 : 0 投稿日時:
コメントありがとうございます。ただ自分が書いた小説を他人に見せるのは少し怖いですね。見せるとしたら多分親になるかと思います(ただおやはあまりライトノベル
に対してはいい感じではないみたいですが)。他人だと色々言われそうで…………
どうしても癖が治らなくて難しいです
>自分の中で流行ったものを詰め込んでしまうことがあります。どうすればそのくせをなくすことができるのでしょうか?
周囲の流行りや自分の中での流行りを創作物に詰め込むのは悪いことではないと思うよ。
ただ、それで作品が変になると自覚があるなら「詰め込んでいいキャラ」と「詰め込んじゃダメなキャラ」を明確に分けて、そこは厳密に管理したらいいと思うかな。
程度によるし作品規模にもよるけど、主人公や主要人物に そのときの流行 を詰め込んでしまうと、流行に自分が飽きたとき作品も飽きちゃうことがある・設定を変えたくて仕方なくなるってことがあるから、「詰め込み用キャラ」を作ってしまうのが楽だね。
その流行を描きたいときには、その流行を詰め込んだキャラの活躍を書けばいいだけだし。
>キャラクターが負けたりするのがあまり好きじゃないのでどうしても弱点とか弱い部分がかけません。
「負ける魅力」を理解すればいいかな。
例えば、英雄に憧れる駆け出しの冒険者が苦戦しながらもモンスターを倒してってそこそこ強くなるけど、そこにギルドトップの最強が現れて何故か戦うことになり負けられない戦いで必死に食らいつくけど、主人公は負けてしまう。悔しくて、ちょっとモンスターを倒したくらいで調子に乗ってたと恥ずかしくなって、それでもいつか最強の男と再戦するため、主人公は立ち上がる。
って感じのシナリオを想定した場合、スレ主さんは「主人公が最強男に負ける」というシーンは書けないかな? たぶんこれなら書けるんじゃないかな。
この場面は「主人公が敗北して立ち上がる、最強男に認められ主人公も最強男をライバルだと認識する」って感じを想定した場面だから、そもそも「負ける」ことが魅力を出すシーンになるんだよね。
勝ったり善戦したりしたら主人公の悔しさが表現できないから、主人公にとってはボロ負けした形にならんと魅力が出ない。
そういう「負ける魅力」がちゃんと理解できてれば書けると思うよ。
えっと、お笑い芸人って仲間の芸人をすごく貶したりするじゃん? 仲悪いのかなと思うくらいに喧嘩したり、揚げ足取りまくって後輩をいじめたり。
でも、それってのは「粋がって先輩に反抗する姿が面白い」から、その面白さを出すために揚げ足取って、先輩芸人はわざと後輩の「反抗する姿」が出るようにしてる。出やすい環境を作ってる。
それと同じで、「負けること」で出る魅力はあるし、それはキャラの魅力だったりストーリーの魅力だったり、そういうのを理解しましょう、という感じかな。
もちろん、これは主人公だけでなくサブキャラでも同じ。
キャラクターが負けることが好きじゃないのは、それはそれで良いと思うけど、好き嫌いは別として「こうしたほうが魅力は出る」ということは知っておいたほうが良いと思うよ。
そのうえで「負けは書きたくない」と思うなら別の手段で魅力を出せれば良い話で、でも「負けで出る魅力」を知らないまま「好きじゃないから書かない」だと、魅力自体が書けてないってことになるから。
それはせっかく作って育てた自分のキャラクターの魅力を、作者自ら台無しにしてるって行為になると思うよ。
キレ芸が得意の後輩芸人にキレるような嫌味を一切言わなかったら、それは酷い先輩芸人だよね。
あと、「弱点」ってのは戦闘を強制的に終わらせるために作るもんだよ。
絶対に勝てない強い相手、でもココに弱点がある! ってなれば、例えば 主人公は死にものぐるいで弱点に剣を突き立てた って一行あれば戦闘は終わるでしょ? そういう強制終了ボタン。
テクニックを要するけど、あるいはミスリードや読み合いなんかで使う「道具」に過ぎない。
弱点を持った本人だってさ、弱点があるならそこは重点的に守るのが普通だし、弱点って攻めにくいものなんだよ。「弱点」が「弱点のまま」残ってるのが不自然なんだから、戦闘においてそれがあるのは、基本的には作者都合の強制終了ボタンなわけ。
不自然さを感じさせないように鍛えにくいメンタル面や守るべき弱者がいるとか強者の外側に弱点を用意したりもするけどね。
弱点は「負ける・負かす」ために作るもんじゃない、ってのが持論かな。
>どうしても似たようなキャラを作ってしまい誰が誰になるかわからないときがあります。
それは作者が自分の癖で書いてるからかな。
「こういうキャラ」というのをスイッチできてない。
例えば何か怒るような事を言われたとき、「なんだとこの野郎!」と怒るのは誰の役目? そういうの考えられてないんじゃないかな。
この場合、簡単には短気な激情家ってキャラの役目ではあるけど、短気なキャラは短気だからつまらないことでも怒ったりする。
そうなると相対的に「怒るような出来事」の重大さが伝わらないから、場面によっては温厚で優しいキャラが激怒したほうが「どれほど怒ってるか」が伝わるよね。
言い換えると、温厚で優しいキャラはつまらないことでは絶対に怒っちゃダメ。怒っても口や態度に出してはいけない。
けど、作者が手癖で書いてる場合、その場面で言いやすいキャラのセリフにしちゃうから、キャラの差別化ができなくなっちゃう。
こういう役割をなんとなく決めて、その役割が出やすいようなシーンを意識的に作っておけば、しばらく読めば同じセリフでもキャラが違うことはわかるようになる。
あとは、割りとゴリ押しではあるけど自然に演出できるものでは、キャラの趣味や性質なんかをセリフに反映させてやることかな。
例えば、弓師とかガンナーとかそういう遠距離武器が得意のキャラがいたとして、何らかの困難にぶち当たったとして、そのキャラは「どんな困難だろうと撃ち落とす」とか言うわけだ。
けど、これが剣士や戦士だったら「どんな困難でも斬り開く」とか言うわけだ。
ちなみに本来「切り開く」が正しいと思うけど、剣士や戦士で例えたから「斬り開く」とあえて書いた。
趣味の場合、「まるでツーアウト満塁な状況だな」なんてセリフは野球好きじゃなけりゃ言わない。逆を言えば、野球が好きって設定ならこういうセリフはどんどん使ったほうがキャラが出しやすい。
こういった「状況の例え」はキャラの趣味をセリフに出しやすいから積極的に使うべきで、そして、前述した作者の手癖を気をつけて、「趣味の例えは同じ趣味を持ってないと通じない」ってことに気をつけて、「まるでツーアウト満塁だな」ってセリフには「よくわからない例えだけどピンチな状況なのはわかる」って感じで返したり、こういう場面はノリで書かないことが大事かな。
で。
ぶっちゃけこんなんいちいち気をつけて書いてたら筆が進まんし楽しく書けないので、たぶんこういうところが原因かなと感じるのを書いたけど、こんなんは「はーなるほどーそういう考えもあるのねえ」程度の知識欲を満たすくらいに思ったほうがいい。
他の方も書かれてるけど、気づけた、自覚したというのが何よりの収穫。
ぶっちゃけ書いてりゃそのうち改善する。
スレ主 黒々 : 1 投稿日時:
詳しいコメント返信有難うございます。キャラクター作りは個人的には苦手な方でどうしても同じパターンだったり、自分が苦手(もしくは嫌い)な感じのキャラの性格を出したくない成果、誰が誰なのかがわからなくなるときがあります。色んなゲームをやっていますがなかなか改善されなくて(汗
なにかで「弱点や短所はあった方がいい。俺Tueeeとかは避けるべき」と聞いて、そういうのを作ろうって考えましたがやはり負けるとかがすごく嫌なためかなかなか作れずにいました。
あと、やはり自分が流行ったものを入れてしまって設定がごちゃごちゃしたり「もうこいつ一人でよくね?」になってしまいますね。キャラ作りは難しいです
>自分が苦手(もしくは嫌い)な感じのキャラの性格を出したくない
そこは慣れ。
嫌味な貴族とか主人公の踏み台になってすぐフェードアウトするちょい役のクラスメイトとか、少しづつ挑戦していったほうがいいと思うけど、
なにもいきなりメインキャラの一人とか物語通して出てくる悪役とか、そういうので出すことはない。
そもそも、嫌いな性格の人物像がどう動くかなんて想像もつかないから考えたところでおそらく動かしようがない。
ただいまは、主人公にやられたらスカッとするキャラ、って感じで考えてみればいいと思う。
>なにかで「弱点や短所はあった方がいい。俺Tueeeとかは避けるべき」と聞いて
これはあくまで一般論で、しかも「弱点」と「短所」は別物なので、一概にそうとは言えないと思うかな。
「弱点」については前回のレスで少し書いたけども、「短所」については、これは人間性を書くうえで別側面を書いてキャラクターに立体感を持たせるために必要なことかなと思います。
キャラを魅力的に書く、つまりキャラを立たせるためには「キャラの特徴」を強調してやる必要があります。カッコいいキャラはカッコよく見える場面をアピールすべきだし、強いキャラは強さをアピールすべき。そうして特徴を強く出してやることでキャラが立つ、というかそれがキャラ立てのためのレベル1だと思う。
でも、そうやって一面しか見えないとキャラはわかるけど親近感が持てない。だから、「キャラの特徴」とは落差のある別側面を用意してやって、キャラを別角度からも書くことで立体感を持たせる。
「キャラの特徴」とは言ってしまえばキャラの長所だから、それと落差のある要素は何かって言ったら「短所」が扱いやすい。
例えばよくあるのが、 凄く美人で頭も良くて完璧な才色兼備の令嬢だけど、私服が死ぬほどダサい とか、 女番長みたいなカッコよくて強い女性だけど無類のカワイイもの好き とか。
そのギャップがいいって表現になっちゃってるしそう見えるだろうけど、構造というか仕組み的な話をするとこれは「キャラに立体感を持たせる」という行程の演出になる。そのための「短所」はとても有効。
でも、言ってしまえば「キャラに立体感を持たせる」が出来れば別に短所でなくてもいいし、多角的にキャラを書けば良いから、テクニックが必要だけど、別に短所は必須というわけでもない。
短所を作るとキャラを書くうえで扱いやすいのは確かだと思うけど。
つまり、「弱点」も「短所」も、必要なのはわかったけど、なぜ必要なのかってところを理解して、そのために「弱点」や「短所」をどう扱ってるかってことを知って、じゃあ自作にそれが活かせるかどうか・どう活かせるのだろうかと考えみるのが先決かなと思う。
「俺Tueeeは避けろ」は、これ単にそれ言った人(書いた人)が主人公無双が多くて飽きたってだけじゃないのかね……。
そもそもワンパンマンみたいな最強主人公を書きたいって人に「俺Tueeはやめろ」って、いやそれが書きたいんですけど?って話だと思う。
その場合、「俺Tueeeの物語にはこういう欠点があるから、こんな感じの解決法を考えておいたほうが良い」とか、生産的な助言をすべきだと思うかな。
>「もうこいつ一人でよくね?」になってしまいますね。
いや、主人公一人でいいじゃん。
主人公一人がむちゃくちゃ活躍して主人公マンセーな流石主人公でいいじゃん。それが書きたいなら、誰の目を気にするでもなく、書けばいいじゃん。
別に登場人物全員に均等な活躍があるべきだなんてルールはないし、主人公一人が凄いなら、別にそれでいいと思うよ。
ただ、それで「ドラマが成立しますか?」という問題にはちゃんと答えを用意しておくべきだと思う。
例えば最強主人公で例に出したワンパンマンの場合は、主人公にドラマがあるわけではなく、周囲のサブキャラや敵キャラにドラマがあって、彼らが奮闘し泥にまみれて活躍し、それでも敵わず劣勢になったり敗北したりして、そこに最強主人公が現れてワンパンでやっつける、という構図になってる。
主人公ではなくサブキャラにドラマを用意することで、前述した「それでドラマは成立するか?」という問題を解決させてるわけだね。
だからワンパンマンはキャラ設定的に「もうこいつ一人でよくね?」なキャラ設定だけど、それでちゃんと物語が成立してる。
言っちゃけばドラマが成立すれば物語としても成立するから、それがクリア出来てるならどうとでもなると思う。
たぶん、これは提案してもやらんだろうなーとは思うけど、そういう主人公と物語を作ったあとで、いざ執筆する段階になって、いきなり主人公を変更してみたらどうかな。
クールで知的な最強探偵シャーロック・ホームズって主人公を作った、どんな事件も超推理で解決していく凄えヤツ! と、そこまで考えた状態で、「でも主人公(っていうか語り部)はホームズじゃなくて隣の凡人ワトソンにしよう」みたいな。
「もうこいつ一人でよくね」なキャラは別視点から観察すると、実はそうでもなかったりする。
スレ主 黒々 : 1 投稿日時:
ありがとうございます。詳しい解説のおかげですごくわかりやすいです
最近は主人公が「最弱だけど時と場合によっては強い」とか見かけるようになって、なかなか難しいなぁと思うようになりました。
いつも本当にありがとうございます
1.
てことはPDFで送ることにしたのね。
応募要項には40☓34の80~150枚ってあるから、それは守らないとダメ。
ちなみにコッチでもMF文庫のHPからサンプルをダウンロードしてみたけど、古いLIBERAOffice使ってるせいか40☓34にならないね。
そういう設定が面倒臭いからOfficeは使ってないんで、ごめん、これはよくわからないや。
MF文庫の応募要項を読む限り、PDFで送るなら40☓34で80~150枚の原稿にしなきゃダメで、TXTで送るなら40☓34で80~150枚になる文字数で送ればいい、という感じだと思われる。
なので、文字数で送るならTXTで送るってことで、ぶっちゃけPDFが不安ならTXTで送ればいいと思うよ。
2.
>自分は少し前のライトノベルがすきです。しかし最近はあまり見かけなくなって、もう流行っていないのか
流行り廃りは大事だけど、新人賞ってのは「新しい流行を作ってくれる人材」を探してるんであって、普通に原稿書いてくれる新人作家を探してるって場所じゃない。
だから、既に流行ってる今の流行りを書いても反応はイマイチよ。
その流行の中で更に一歩先に進んだ何かを用意しないと、流行ネタを書いて手応えを得るのは難しい。
それは言い換えれば、古い流行(ネタ)を持ってきても同じ。
使い古されたネタを使い古された扱いでそのまま持ってきたって反応は悪い。その原因は古い流行だからって事ではなく、現在の流行を書いた場合と同じで「もう誰かがやってる踏み荒らされた土地でしょ」ってことね。
なら打開策も同じで、古い流行のネタでも、そこから一歩踏み込んだ目新しいモノならむしろ新人賞に向いてる作品だと思う。
というか、ぶっちゃけ古いネタは古いからこそ、古いネタをベースに昨今の流行の一部を取り入れたりするだけで目新しいものになりやすいし、古いネタの当時なかった感性を盛り込めるから、古いけど新しいモノが作れたりして、意外とヒットする場合があるのよね。
そのジャンルが好きなら信じて書き続けるのがいいと思うよ。
3.
>当初は電撃文庫に応募する予定でしたが、色々調べてMF文庫の方に応募する予定です。
うーん。これはあくまで個人的判断ではって話だけど、
「ウチでこの手の作品はあんまり扱ってこなかったから佳作でもあげて出版させてみようか」となるか、「この手の作品書く作家は既にヒット作家を数人抱えてるし、受賞させるにはパンチが弱いなあ」となるか。
って考えちゃうかな。賞レースで比較対象があるとキツいよ。
出版社の色を見るのも重要だから常にこういう考えをしてるわけじゃないけど、電撃もMFも有名所は受賞を考えるならしっとり系っていうかこの手の作風だとかなり独自性を要求されるか作家の技量を求められると思うよ。
ストーリー自体は感動のテンプレ(型の意ね)があれば十分だから、この手の作品は評価基準が「雰囲気」っていう独自性が強く出るものに依存するわけで、そこが既存作をなぞったものだとそもそも電撃はまず無理かな。言っちゃえばネタ元の出版社だし。
スレ主 黒々 : 1 投稿日時:
コメントありがとうございます。今回送ろうとしているところがwordで送れないのを知っていろいろtxt関連でエディタなど調べて使っていますがかなり苦戦してます(おい)近くのパソコンショップにいってPDFも見てみましたがお金かかるんですね。どっちで送るかもう少し考えてみます
流行りは変わりやすいので書く内容が難しくなってきたかもですね。自分の好きな作風が通じない可能性もあって限界なのかなと感じました。
自分は一度電撃に送りましたが選考されませんでした(理由はわからないです)。結構送られている作品数も多く似たようなものとかいっぱいあったんだと思いますね。
いろいろありがとうございました
カテゴリー : その他 スレッド: 書こうとしているものについてや応募に関して
この書き込みに返信する >>現在までに合計33件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全7ページ中の3ページ目。
小説を書く前に一つ質問をさせていただきます。
ヒロインの設定で姉貴キャラ、妹キャラ、幼なじみキャラが流行っている理由はどう言った理由からかなのでしょうか?
特に妹キャラが多い気がしますが、その理由などはあるでしょうか?
投稿者 silica : 1
こんにちは、silica です。
私の作品の主人公大体女の子なんですよね……。
本題。
そもそも、大体の、可愛らしさを表に出したキャラクターはその三つのどれかに分類できてしまう、と言うことか、その三つのどれか以外だと可愛らしく書けない人が多い、のどちらかが真相なんじゃないかな、と思います。
そう言う予想を外して言うとするなら。
自分から関わるよりも、相手に積極的に構って貰いたい欲求が強いんじゃないかな、と思います。姉貴キャラなら、なんもしなくても相手が引っ張ってくれるし、幼馴染キャラなら世話を焼いて貰えるし、妹キャラなら甘えてもらえるので、そう言う消極性の表れかな、と思います。そうじゃない姉貴妹幼馴染キャラも居ますが、この感覚を元に弄ったキャラが多いと思います。
とは言え、ここまでの私の意見、ラノベ、ネット小説、一部漫画、一部アニメにしか掛かっては居ませんが……、『キャラ』という表現を使うのもその辺りなので、これで多分大丈夫だと思います。
カテゴリー : キャラクター スレッド: ヒロインはどういうタイプが好まれるか?
この書き込みに返信する >>投稿日時:
最近信じていたおれさまの小説がすごくくそみたいに見え始めたので厳しいです。執筆意欲をどう解決すればいいんでしょうな…
そして、書くときもほとんど読んだやつのスタイルに似たようにかいてしまいます…
よろしくお願いします
投稿者 田中一郎 : 2
人により違いがあるので参考になるかはわかりませんが、私の場合は評価されなかった悔しさは改稿意欲にしかならず、新作を書くエネルギーは思いついたアイデアから発生する感じです。アイデアが発生するまではインプットに務めるわけですが、その際には自分の趣味や好みとは別口で研究のために見る感じにしています。
好きな作品に似てしまうのは、好きな作品しか読んでないからではないですかね?
もっと手当たり次第に色々な作品を読んで、何に似てるか自分でもわからないごった煮状態にしてしまえば、やがてそれが個性になるでしょう。
カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 自分の作品はウンコだった。
この書き込みに返信する >>投稿日時:
初秋の候失礼します。
どうも当方、視聴者がこちらの意図通りに「だけ」話を理解する、加えてある程度基礎知識がある状態で話を見ると思っているようです。
ストーリーものの二次創作を何年も作ってきて、『なぜそんなこともわからないのか』『なぜツッコミ待ちの部分ではなくそこを気にするのか』と疑問に思うことが数多あったのですが、最近ようやっと自分の方に問題があるのではないかという可能性に気づきました。
小説執筆に際し同様のことが起こらないようにしたいとは思うのですがどうにも根が深く、自覚した程度では直りそうもありません。どういったところに気を配れば多少なりとも改善できるのでしょうか。
投稿者 手塚満 : 0
ご質問の内容は、既に複数の良回答にもあります通り、実によくあることだと思います。
もし、多数の読者(や視聴者)のうち、たった1人とか、ともかく少数が分からないと言い、他の大多数が何も言わない、あるいは分かったと反応しているなら、気にすることはありません。多数が相手の場合、1人たりとも分からないようにもしない、なんてのはほぼ不可能です。そして、分かった人は黙っていることが多いですが、分からなかった人はその事情を伝えたくなるものです。
問題は過半とか、無視できない割合で「分からない」と反応された場合ですね。これは作品・作者側に問題があると判断すべきでしょう。原因はさまざまです。対象読者(視聴者)層を間違えても、分からないという声多数になったりします。作品を発表する場所、アナウンス等の間違いです。作品自体をどうこうする必要はない。
しかし、なろうなどの投稿サイトでラノベだとして発表して、「分からない」が多数派になったら、作品自体に問題が生じている可能性が高いです。分からないという苦情多数の、ほとんどのケースが作品の問題かもしれません。
その多くの場合、作者と読者(以降、文章作品に限った話にします)の情報の非対称性が問題になっているようです。情報の非対称性自体はなくすることはできません。作者はどういう話、シーンを考えてから文章化するわけですし、読者は文章からシーン、ストーリーを理解していくわけです。やっていることが真逆です。
そのため、作者が作品情報的に読者と同じ土俵に立つことは不可能です。それでもやろうとしないと分かる文章は書けません。よく「頭を真っ白にして読み直せ」といったコツが言われますが、読者目線になってみろということかと思います。
一般的にこうすれば問題を回避できるといった手段は思いつきませんので、よく見かけるケースをいくつか挙げてみたいと思います。
1.情報密度が濃すぎる(詰め込み過ぎ)
状況がよく分かっている作者が先導し、読者が付いて行くことになるわけですね。学校の授業ですと、先生が説明し、生徒はまずよく聞いて、聞いた内容を整理し、理解するよう努めます。ですが、しばしば経験することですが、立て板に水とばかりにすらすら述べ立てられたら付いて行けない。どこかで躓いて、以降は分からなくなる。先生は「どこが分からないんだ」と不満を言う。
生徒からしたら、聞くのが未知のことばかりだからです。分かる生徒がいるとしたら、予習で既に分かってしまったか、先生以上に賢い生徒か、でしょう。説明する側は速度を落とさないと、説明される側がついていけない。たとえ、説明自体が完全なものであっても、です。このことは、徒歩での観光ガイドなどでも起こり、先導する者(ガイド)は普段の6割以下の速さで歩かないと、後続(観光客)がついて来れないようです。ガイドがどっちに行くか、事前には知らないからです。
文章でいえば、情報密度が濃かったら、読者はついて来ません。頑張ったらついて来れるようなものでもいけません。楽しみたいんですから、勉強するが如き態度が必要な作品なんか読みたくないですので。
例えば、分厚い世界史年表を渡されても、一読するだけでも普通は嫌でしょう。既に世界史をよく学んでいて興味もあるのなら、読むかもしれません。好きな作品の設定集なら読めるのと同じです。ですが、普通はそうではない。
それでも終わりまで読んでみたとします。しかし、何が何年に起こったか、普通は覚えているわけがありません。何年に何が起こったどころか、出来事の順番も覚えてないでしょうし、出来事として何があったかすら断片的な記憶になるはずです。
理解してもらうには、覚えられるように伝えねばなりません。覚えてもないことは理解できるはずがないですから。大事なポイントは強調したり、繰り返すことが必要です。その一方、理解できないことは覚えられないことも注意が必要です。平易さが大事なゆえんです。
2.作者が感想を言ってしまっている
もしかすると、このパターンが最も多いかもしれません。ちょっと極端な例で説明してみます。決め台詞です。カッコいいと言われ、印象に残るものですよね。だから、作者になってみると主人公に決め台詞を言わせたくなる。作者としては万感の思いを込めて、主人公に(どっかで聞いたような)決め台詞を吐かせる。多数の敵を前に「世界を敵に回してでもヒロインを救うんだ」とかですね。ですが、読者に感動はおろか、感心すらされないことが多い。
もし、ある2人が同じ名作を読んでたら、作中の「世界を敵に回してでもヒロインを救うんだ」はその2人の間では、その台詞を言うだけで2人とも盛り上がれます。ですが、ストーリーからして知らない人にその台詞だけを言っても、きょとんとされるだけなのは明らかです。せいぜい好意的でも「どの作品の話だろう?」と思うくらいでしょうか。
決め台詞って、その台詞を主人公に言わせるために、手間暇かけて段取りするわけですよね。かつ、決め台詞の後は、その台詞が有効に働くよう、フォローもする。そうやって初めて、決め台詞が輝くわけです。
だから、大事なのは決め台詞の前後。だけど、感動した(と思える)のは決め台詞になる。感想としては「決め台詞が実にカッコよかった」ということになります。読者の感想ならそれでいい。作者の工夫とかは関係ない。
ですが作者ならば、読者に未知の物語を提示するわけですよね。作者は物語を構想し、もし読者が読んだらここで感動、とかストーリー、ドラマを設計する。当然、作者だって感動はする。そうでないと読者の気分をトレースできず、物語を設計できない。
しかし、作者の感動が邪魔になるんです。感動したところをつい頑張って書いてしまう。感動した部分を書くために、その前後を端折ったりもする。だって、相対的に地味なんですから。結果、作者が感動したところだけが書かれることになる。下手すると、決め台詞だけ連発されたりする。
それではダメなんです。作者の感動した気持ちだけを読者にぶつけることになってしまう。決め台詞であれば、どうしてその決め台詞がカッコいいかという理由になる部分を丁寧に書かないといけません。決め台詞を聞きたくなる気分にどうしてなったか、決め台詞の後にどうして胸がすくような気がするか。つまり決め台詞の前後であり過程です。
決め台詞自体は割とどういうものでも良かったりします。「世界を敵に回してでも」なら、要は「何が何でも」です。決め台詞前後の状況に沿うものなら、何でもいい。「うるせえ」でもいいし、黙って行動で示してもいい。主人公が読者の期待通り(想定外を含む)の選択をするなら、なんでもいいわけです。
ですが、あるフィクションで感動して、自分も作ってみたいと思った場合、ついつい自分が何に感動したかを強調してしまう。読者は作者の空想の感想を聞かされる気分になってしまう。そういう失敗は割とよくあると思います。
ただ、作者の感想、感慨を作中に書かないというのはほぼ不可能でしょう。ですが、文章量、あるいは印象の強さとしては5パーセント以下に抑えるべきです(0.0何パーセント以下という説もあるらしい)。95パーセント以上は描写であるべき、ということになります。
3.持っている基礎知識の相違
作品を読む読者はいろんな意味で白紙です。作品について知らないのですから当然です。どんなキャラが何をするかすら知らない。読んで理解していく、というのは既に申し上げました。
作者はどんな作品を書くか、自分で選ぶわけですよね。当然、ある程度は自分が知っていることから選ぶ。必要なことが出たら調べもする。自分にある程度の基礎知識があることを調べるんですから、調べたことは比較的容易に分かる。
読者は選べません。だから先に申したように、もし知識が作者程度にあっても、何が出てくるか、何と何をつなげたかは読んでから知るわけですから、作者より理解速度は大幅に低下します。
それ以上に、そもそも作品内の知識体系からして初めであるわけです。「中高の文科省学習指導要領の範囲内で作りました」なんて、そんな作品なら別ですけど、そんなのは教科書以外にはほぼないでしょう。
作者の得手不得手が作品に自由に反映され、読者の得手不得手とはたいてい異なる。それも大幅に。読者は作者が示すものを受け取る以外にない。
しかし読者は勉強のために作品を読むわけではない。ただ単に楽しみたいだけです。余計なことは読まされたくないし、分からないことを読みたくもない。そう堂々と主張する権利が読者にはあります。
エンタメ作品で「そんなことも知らないのか」とは作者としては言うべきでも考えるべきでもありません。平易さが足りなかったか、単純化をミスったか、事前の説明が不足かつまらなかったか、等々の反省材料にすべきものです。伸ばすべきは作者が言いたいことを分かるように書ける能力であって、作者が制御不能な読者の読解力や知識ではありません。
カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 「わかる」前提で話を作ってしまう
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