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創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説 (No: 1)

スレ主 鬼の王の墓標 投稿日時:

どうも皆様こんにちは。いつもお世話になっております。
今回は私にしては珍しく創作論の話です。

よくなろうテンプレを嫌悪している人達がいわゆる「ざまあ」に対しても文句を言っている現場を何度も見てきました。
(普段はお前もそいつら側だろってツッコミはナシでお願いします)
ざまあ系の話はいわゆる復讐の亜種だと思っているのですが、主人公が復讐鬼となる基本的に短編の方が多いと思うのですよね。

商業作品に限らず昔話や神話にも、復讐を取り扱った作品は多くあるから、最近は「長編に引き延ばさないで短編でやった方がいいジャンルなのでは」と思うようになりました。
それなのにわざわざ長編でやる方が後を絶えないのはなぜなのでしょう?
ちなみに私は現在「転生チートよりは好感を持てるから、一回短編で真面目に書いてみようかな」と思っているところです。

カテゴリー: 創作論・評論

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創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信 (No: 2)

投稿者 パクトボー : 0 No: 1の返信

投稿日時:

多分、目についた作品が長期化しているだけでしょう。

結局のところ「復讐」という題材は、主人公をある程度正義側・あるいは読者視点側に持っていきやすいんですよね。
これは現実世界でのうっぷんをうんぬんみたいな理由ばかりでなく、どんな悪いことしてる不良でも一回猫助けちゃえば「実はいい人」になってしまうわけで。人間、正しいことをしてる人は応援したくなるもんなんですよ。

そうやって人気出た人をあっさり短編で終わりにするより、復讐を助走扱いにしてもっといろいろな面を見せてくほうが、書く側は読んでもらえてハッピー・読む側は活躍がまだまだ楽しめてラッキー、なんですね。
言うて自分も好きですけどね、復讐終えてどこかへ去っていくダークな主人公も。でもまぁ、主人公の描写に成功してればその場合でも大抵は「これからこいつには幸せになってほしいな」って感想が大半でしょう。その幸せシーンを作者自ら提供されたら嬉しいね、じゃあ与えますよ。の結果が長編となるんでしょうね。

逆に言えば人気出ないまま終わった復讐は果たされないか、あるいはさっさと達成して終了して次作へ移行、といったところでしょうか。
これがまた絶妙にやりやすくって、こういう「序盤で一区切りできるポイント」って、見切るか続けるかの判断がしやすいんですよね。手ごたえなければ綺麗に完結にできちゃう。
少年漫画で、「序盤で終わる予定もあった」みたいな話、よく聞くじゃあないですか。

あと、長編でいつまでも復讐が果たされないと単純にフラストレーションというか、人間関係に与える影響がデカすぎて引っ張れないんですね。
無謀なことしようとしてる主人公の周囲に延々イエスマンが集うって絵面が最悪じゃあないですか。それで主人公陣営強くなり過ぎたら間引きして復讐果たせない状態に調整しなきゃいけない。
逆に主人公を止める人間が身内にいるとそれはそれで「いつまで味方面しとんねん。対策なり排除なり妥協点のすり合わせなりせんのかい」ってなりかねないです。
じゃあ願望達成まで一切復讐の話しないなら、お前それ「今年一年の抱負」レベルの復讐心とちゃうんか、みたいになる。

読みやすさ・続けやすさに対してたゆまぬ進化を続けた結果が、現時点では「序盤で復讐終わらせる」って形なんでしょうね。
それでも、「引き延ばすよりスパっとやったほうがよくない?」はいい着眼点なんじゃあないでしょうか。自分の感性に従って、一回書いてみたら、理由もわかるかもしれませんね。何事もトライ・アンド・エラーです。あなたはトライを恐れない人ですから、頑張ってください。

創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信 (No: 3)

投稿者 サタン : 1 No: 1の返信

投稿日時:

どうかなぁ……。
たぶん、それを言ったら他のジャンルも当てはまると思う。
例えば、
1「こういう事情があって主人公は復讐する決意をした」
2「主人公は復讐を実行に移す」
3「復讐は果たされた」
という流れで考えてみるとして、長編ってのは基本的に2が長いだけじゃん?
だから、
1「主人公はチート能力を手に入れました」
2「その能力でチヤホヤされます」
3「異世界で活躍しました」
という、まあ3が思いつかなかったんで適当だけど「世界を救いました」でも「英雄になりました」でもいいんだけど、とにかく活躍したって結末ね。
こういうネタを考えても、これって結局のとこ2が長いだけで、特に1は話の導入だから、どのジャンルでもそんな長くない。
ってことは、2が短けりゃ短編に収まるしチート例の場合は「チヤホヤされてる様子」が伝わりゃそれで良くて、どのジャンルにも同じことが言えるんじゃないかなと。

でも、復讐系は目的がはっきりしてる分、短編にまとめやすいとは思う。
上で書いた事の繰り返しだけど、結局のとこ「復讐を誓った」「復讐をした」「その結果」という工程が書けりゃいいだけだから、2の「復讐をした」を極論1シーンで済ませたって成立はするから。

ここまでは復讐系の話だったけど、一方で「ざまぁ系」は、主人公側に復讐の意図がないから、短編でまとまるサイズだとは思うけど、短編向きかと言ったら、どうかな。ネタ次第かな、という感じがする。
「ざまぁ」なエピソードは2chスレッド関係で割と膨大に参考があって、そのほとんどは短くまとまってるから、嫌な奴が不幸になるサマを見てスカッとする、というそのジャンルの本質自体は、うーん……

ごめん、ちょっと考えがまとまってないままレスってしまった。
個人的には、基本的に目的がはっきりする・わかりやすいものは短編にしやすいと思う。
裏切られた、だから復讐する、と明快だから、こういうのは確かに短編にしやすい。
でも、それは言い換えると、どんな話でも目的をはっきりとわかりやすく設定してしまえば同じことなので、そこがやりやすい、というだけかなと思う。

創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信の返信 (No: 7)

スレ主 鬼の王の墓標 : 1 No: 3の返信

投稿日時:

サタン様、いつもお疲れ様です。今回もありがとうございます。

>それを言ったら他のジャンルも当てはまると思う。

……ああ、もしかして言い出したらキリがないって奴ですか。言われてみれば愚問だったかもしれません(汗)
例示に関してはどの作品も長編になれば2の部分は長くなりますよね。

>「ざまぁ系」は、主人公側に復讐の意図がない

主人公自身が復讐しようとしているわけではないのか……取り扱うならここがキモになりそうです。
多分私が書こうとしたらかなり能動的に復讐に動くようなプロットが出来やすいと思います。
実際にそういう短編を何個か書いているので、手癖でそういう展開にしないよう気を付けなければならないですね。

>「ざまぁ」なエピソードは2chスレッド関係で割と膨大に参考があって

スカッとジャパンとかも有名ですよね。テレビで取り上げられるくらいに実例があるのだから参考資料には困らなさそうです。

>裏切られた、だから復讐する、と明快だから、こういうのは確かに短編にしやすい。
>でも、それは言い換えると、どんな話でも目的をはっきりとわかりやすく設定してしまえば同じことなので、そこがやりやすい、というだけかなと思う。

そう考えたら割と創作初心者向けの題材なのかもしれませんね。
私の書く短編は評判がいい作品と芳しくない作品の落差が大きいので、一度形式の一つとして実験してみるのはありかなと思いました。

創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信 (No: 4)

投稿者 あまくさ : 2 No: 1の返信

投稿日時:

もちろんスレ主様が独自に解釈する「ざまぁ」を描けばよいと思います。

ただ、「ざまぁ系」として流行しているタイプの作品にかぎって言えば、「復讐劇」ではなく「追放系」ととらえる方が近いかもしれませんよ。
その特徴は、

1)主人公を見下す「ざまぁ対象」が登場する。

2)主人公は「ざまぁ対象」を(それほど)憎まない。

3)「ざまぁ対象」は、主人公の実力を軽視したことが原因で勝手に没落する。

で、3に対して読者が「ざまぁみろ」という感情を抱いて満足します。

これは復讐の亜種ではなく、チートものの亜種と考えられます。オーソドックスなチートとの違いは、主人公の上昇によってではなく、「ざまぁ対象」の転落によって主人公のチートを際立たせるという点です。

このパターンが長編に向いている理由は、

4)「ざまぁ対象」の視点を盛り込むことが不可欠。

5)主人公を見下す「ざまぁ対象」だけではなく、対極として主人公を高く評価するキャラを登場させることも、ほぼ不可欠。

6)「ざまぁ」はストーリー全体というより要素であって、それとは別に主人公の魅力や能力そのものも描く必要がある。

以上かと思います。

創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信 (No: 5)

投稿者 迷える狼 : 0 No: 1の返信

投稿日時:

あくまでも私的に思った事です。

復讐系の場合、基本的に復讐が終われば物語も終わります。ただ、その復讐が過程の1つに過ぎず、最終的な目標がまた別の所にあれば、物語は終わりません。

「ありふれた職業で世界最強」の場合、自分を罠にハメた同級生への復讐は、あくまでもついでであって、主人公の最終目標は「元の世界へ帰る事」ですので、物語はまだ続くという訳です。

また、「主人公が本当は強い。凄い能力持ち」だった場合、基本的にそれを知っているのは敵ではなくて読者であるべきです。
読者は、自分が知らない事があるのは基本的に嫌なのです。

なので、敵キャラが主人公を能無しだと思って散々こき下ろしたりナメてかかっても、読者は、

「こいつ、馬鹿だねえ。今に解っても遅いぞ。」

と、ニヤリと出来るのです。
言うなれば、「水戸黄門」です。

それと、当然ですが「復讐する目的がラスボスだった場合」は、復讐=物語の終了になります。

結局、目的が何であるかによって、物語がどこで終わるかは変わると思います。

スポーツ系の場合、①「これまで散々自分を見下して来た奴らに勝つ事で見返してやる」のが目的なのか、②「大会などで優勝して、これまで自分を見下して来た奴らを見返してやる」のが目的なのかでも、違いますね。
また、②の場合、その過程で自分を見下して来た奴らと戦う事になる場合もあります。
それと、①と②を比べると、②は「自分を見下して来た奴らに勝った上に、大会にも優勝する」という、二重のカタルシスを得る事が出来ますが、その分だけ長編になります。
「キャプテン翼」の場合、②に加えて、それまでライバルだった相手が味方になるというオマケもあります。

問題は、相手を見返す事が目的だった場合、これまで自分を見下して来た相手に、自分の実力を見せ付けて思い知らせた時に、それで復讐が終わってしまう事です。
その場合、それだけで終わってしまうと、どうしても物足りなさを感じると思います。
もちろん、見返す相手がラスボスだった場合は、それで良いんですけどね。

結局、読者を満足させるには、どういう結末にするかだと思います。
余り役に立たないと思いますが、以上が私の考えです。

創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信の返信 (No: 8)

スレ主 鬼の王の墓標 : 0 No: 5の返信

投稿日時:

迷える狼様、初めまして。レスを頂きありがとうございます。

>復讐系の場合、基本的に復讐が終われば物語も終わります。ただ、その復讐が過程の1つに過ぎず、最終的な目標がまた別の所にあれば、物語は終わりません。
>それと、当然ですが「復讐する目的がラスボスだった場合」は、復讐=物語の終了になります。

多分私が書くと基本的に復讐相手がラスボス型です。今まで執筆した復讐系の話は全部そういう傾向の作品でした。
そしてこの「ざまあ系」を実験作として執筆する場合も、現時点でふんわりできている頭の中のプロットでは復讐の先を書くつもりは全くないです。書くとしてもエピローグに留めます。

創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信 (No: 6)

投稿者 大野知人 : 2 No: 1の返信

投稿日時:

 個人的にはナンセンスな話題だと思います。

 何かっつーと、エンタメという物は『斬新なもの』を求める傾向にあります。その上で言うと、向き不向きって言うのは『書く側が楽かどうか』の話に落ち込んでしまっていて、出来上がりの良しあしとは関係ない。
 これが、『ざまあは長編に向いてない気がするけど、長編でやってみたいと思います!』みたいな話であれば、『お、頑張れ!』と言ってアドバイスとかアイデアを出すんですが、『長編に向いてない気がするんで、短編でやりまーす』と言われても、『うん。それが普通だし、出来る範囲で出来る事をやるんだったらそれでもいいんじゃない?』と感じますけど、わざわざ議論をするほどではないっていう。

 じゃあ、なんでここに書いているかと言いますと、『ざまあ/復讐物は短編向き』という考えが間違っていると思うからです。
 
 確かに、ざまあと言うのは『蔑まれていた状況から這い上がり、見返す』という事により、爽快感や達成感を強く得られる要素です。
 スピーディーであったり、逆転の落差が大きいほど読者は盛り上がるので、そういう意味では『ざまあ』そのものは短い方が良いとは思います。

 ただ、それと並行して思うのは『ざまあ物』と呼ばれている作品のうち、どれくらいの作品が『ざまあ』のみを作品の焦点としているかです。
 よりハッキリと言ってしまうなら、『ざまあ』そのものは作品のカタルシスとしては優秀ですが、あくまで単発のネタであり、それを作品の主軸にするべきではない、という話。

 例として挙げるなら、バカテスやこのすばなどのギャグ系作品において、『雄二(腐れ縁の親友)に馬鹿にされた明久(主人公・バカ)が翔子(雄二に憑いてるヤンデレ)にホラ話を吹き込み、雄二が酷い目にあう』とか『アクア(駄女神)に「やーい、童貞」と煽られたカズマ(主人公・童貞)がドレインタッチなどで嫌がらせする』とか。そう言うのも、大枠で言えば『ざまあ』です。
 或いは、乙女ゲームにおける悪役令嬢(転生モノのアレではなく)なんかも、作品の主軸としては『主人公(ヒロイン)がイケメンと結ばれる』事であって、悪役令嬢へのざまあは作品におけるエッセンスの一つでしかないわけです。

 確かに、ざまあ単品で作品を書くのであれば短編の方が向いているのは事実ですが、結局のところ『ネタそのものが小さい』だけであり、他の要素と合わせれば幾らでも長編化は出来るという話。……そして同時に、たとえ短編でも『ざまあ』単品でネタを作るなら、ストーリーとしては薄いという事も思います。

 一方の復讐モノですが、これも短編向きという捉え方は間違っています。
 『例に挙げられている神話や昔話の類、大体短いじゃねぇか!』という話は置いておいて。

 ざまぁを単一のネタと呼ぶのであれば、復讐は『主人公の目的』であるべきです。
 別に『魔王を倒してお姫様と結婚する』のと同じノリで『宿敵への復讐』の過程で仲間と出会い・成長する王道少年漫画展開でも良い。
 或いは『復讐する相手がすでに死んでいた』という状況から、トラウマと憎悪に悩まされながらも、復讐相手の娘と同居するラブコメがあっても良い。
 もしくは、『勘違いで自分に挑んでくる復讐者の少年/少女を良い感じに揶揄って遊ぶ魔王様』の物語を、シリアスギャグっぽく復讐者サイドから書いても良い。

 発想が貧困、と言うと嫌味なようですが。要するに、バカとハサミーーもとい、ネタとキャラは使いようです。

 王道の復讐モノだって、別に中ボス小ボスを用意しつつ、衝撃の真実やらヒロインとのラブコメを挟めば全然長編として書けるでしょう。

 或いは、ざまあモノだって『「ざまあ」をしようとするけどポンコツミスをしでかす主人公と、捻くれつつも主人公に「ざまあ」されるのを心待ちにする悪女系隠れMヒロイン』とかでもラブコメは成立するかもしれない。愛が拗れまくっててキモイですが、そこに萌える人も居るはずです。

 『政宗君のリベンジ』とかを読んでみると良いかもです。漫画ですけど。

 また、あくまで『素早くやるとカタルシスを得やすい』だけなので、時間をかけてざまあしたっていい。長編の要所要所に別のカタルシスを挟みつつ、最後の最後に盛大に『ざまあ』って言うような作品も別に作れるでしょう。

 最後に、もう一度だけ棘のある言い回しをしますが。
 『受ける作品を作るために流行ネタを取り入れる』ことと『テンプレを何の創意工夫もなくそのまま使う』事は違う事だと思います。
 さっきも書いた通り、ざまあモノは単一のネタとしては『小さい』です。ざまあネタだけで書けば、短編に収まるでしょう。ですが、そこにオリジナリティは無い。
 まあ別に、後者をやってもらっても良いですが、誰かが書いたような作品を書いたとして、如月さんは楽しいですか?
 
 オリジナリティが有り過ぎるとか、もっと流行通りの受けるネタを書けとか誰かに言われたのかも知れませんが、如月さんでなくても書ける作品なら、如月さんが書く必要は無い。
 『オリジナリティの無い、どっかで見たようなざまあモノの短編』が、如月さんの書きたいものですか?

創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信の返信 (No: 9)

スレ主 鬼の王の墓標 : 0 No: 6の返信

投稿日時:

大野さん、いつもお疲れ様です。

>『ざまあ/復讐物は短編向き』という考えが間違っていると思うからです。

なるほど、商業作品は他の目的を取りそろえた上で人気を得ているのね……
確かにざまあのみに焦点を当てて長編を書いていたらいつまでたっても復讐が終わらないから、終わった後何をするか考えた上で執筆しないといけないのか……
私はそれを考えるのがおっくうなタイプだから「こんなもん長編に向いてねえよ。短編で終わらせちまえ(すごく乱暴な意訳)」という感じの決めつけでスレを立ててしまったということか(汗)

>例として挙げるなら~

まあそれらも小規模ですがざまあと言えるでしょうね。私も時々そういうものを作品に組み込みます。
これくらいのゆるい仕返しの方が、書く側は気が楽と思います。必要に応じて切り替えもすぐできますし。

>ざまあ単品で作品を書くのであれば短編の方が向いているのは事実ですが~

確かにこれ単品で盛り上がるようなものではないですね。
ワンプレートの料理にも丁寧な食材と調理法の組み合わせがあるように、他に裏テーマなどの要素が必要そうです。
まあ私の作品は詰め込みすぎって言われることが多いから、薄いストーリーを盛り上げる工夫を考える練習も必要だと思いますが。

>一方の復讐モノですが、これも短編向きという捉え方は間違っています。

まあ長編でそのような作品が全くないわけではないですからね。私がぱっと思いつく実例は昭和仮面ライダーくらいですけど、大野さんの挙げたような話みたいな工夫があれば割と多彩に書けるものなのですね。

>『受ける作品を作るために流行ネタを取り入れる』ことと『テンプレを何の創意工夫もなくそのまま使う』事は違う事だと思います。

去年異世界転生テンプレを風刺する短編を書いた際には「プレミアムフライデーと13日の金曜日組み合わせたら面白くない?」という大喜利が思い付いたんですよね。
ただ今回はそんな感じの面白い大喜利が浮かんできませんでした(汗)

>如月さんでなくても書ける作品なら、如月さんが書く必要は無い。

確かにそこは工夫が必要なところです。実際に書く場合はオリジナリティの出し方に関しても意識しないといけません。
ただ先の方には肩を押してくれた方もいるので、反省することは書き終わった後にさせてください。

創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説の返信の返信の返信 (No: 12)

スレ主 鬼の王の墓標 : 0 No: 11の返信

投稿日時:

大野さん

感想読ませていただきました。
ただ今用事が立て込んでいるので詳細な返信はまた後日になります。申し訳ございません。
今回はきちんと読んだよっで連絡ということで。

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タイトル:創作論の話 実はざまあは短編向きなのでは説 投稿者: 鬼の王の墓標

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ざまあ系の話はいわゆる復讐の亜種だと思っているのですが、主人公が復讐鬼となる基本的に短編の方が多いと思うのですよね。

商業作品に限らず昔話や神話にも、復讐を取り扱った作品は多くあるから、最近は「長編に引き延ばさないで短編でやった方がいいジャンルなのでは」と思うようになりました。
それなのにわざわざ長編でやる方が後を絶えないのはなぜなのでしょう?
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