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【本人から削除依頼】さんの返信一覧。最新の投稿順8ページ目

元記事:キャラクターによる殺害描写

バトル物のライトノベルにおいて、メインキャラクターに悪役を殺させるのは、控えた方が良いのでしょうか?
物語において、悪役を退場させるなら死亡退場は鉄板だと思うのですが、さすがにメインキャラクターにやらせるのは避けるべきでしょうか?

上記の回答(キャラクターによる殺害描写の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

 作風にもよる話で、一括りにいい悪いは言いにくい問題ですね。

 ドラマなども含めて、昔の作品を考えてみると(古典は物語がシンプルで考えやすい)、悪党を殺しまくっている作品もあります。最近でもスペシャルがある「必殺仕事人」ですね。この作品だと、主人公チームが悪党どもをラストで殺さないことには、話が締まりません。

 必殺仕事人だけでなく、類例はいろいろ見つかりそうです。ただ、ダーク系という共通点はあると思います。

 作品的な多数派としては、たとえ悪役を死なせるにしても、例えば「殺す」を「倒す」と言い換え、ラスボスを人間ではなく異形の化け物にしたりしています。やはり、主人公が悪役といえど「殺す」となると、主人公に「非情」「冷酷」といったイメージが付加されるからでしょう。

 個人間バトルものの古典「ドラゴンボール」で主人公の悟空がどれくらい悪役を殺したか、ちょっと考えてみます。

・ピッコロ大魔王(初代)
 →悟空が殺した。しかし、初代はジュニアを生み出し(転生を匂わせる)、以降、ライバルのレギュラーに。
・ベジータ(サイヤ人襲来編)
 →悟空は撃退しただけ。以降、ライバルキャラ化。
・フリーザ
 →悟空は止めを刺さず(むしろ助けようとした)、フリーザは自分の技で自滅して死亡。
 →フリーザはサイボーグとして復活するが、止めを刺したのはトランクス。
・セル
 →一度目はセルが自暴自棄の自爆(悟空は周辺への被害を防いでの巻き添えで死亡)。
 →復活したセルに本当に止めを刺したのは、悟空ではなく息子の悟飯。
・魔人ブウ
 →善と悪に分離したブウの悪のほうだけを悟空が殺した。悪のブウはすぐ、無垢な子供に転生し、悟空が面倒をみた。

 確かに殺しているケースがありますが、殺された悪役はただちに転生などで蘇っています。その他のケースでは、サブキャラが殺し役になっています。
 また、同作ではドラゴンボールを集めて生き返らせることもできると明示的に描写されています(さらにこの世とあまり変わらぬあの世があったり、いろいろ死に対するリカバリーがある)。

 なぜ主人公が悪役を殺さないか。もちろん、主人公イメージが壊れる、汚れるといった直接的な理由は大きいと思います。しかし、それだけではなさそうです。

 主人公が頑張るのは、善悪物では悪の起こす問題の解決のためです。悪がはびこるのを止めるためには悪を消すしかない。だから悪を殺す。そういうのが単純には解決を与えます。

 ただ、悪を消すのは悪役キャラの退場だけではないですよね。悪役を改心させ、更生しようとする悪役を許す、というパターンもあります。これだと、主人公を聖化する感じになります。倒すより感銘度を高くできる(許しさえすればいい、というものではないですが)。

 なぜなら、「殺す」より難しい「許す」ですから。聖書でも対人関係では「汝の隣人を愛せ」(旧約)から「汝の敵を愛せ」(新約)に歩を進めています。自分を殺しかねない敵を愛するって、事実上不可能だと思いますが(例えば家族を殺した殺人犯を許して愛せるか、とか)、要求水準が不可能レベルなのが宗教だったりします(多少弁護すると、「だから懺悔しよう、そうすれば神は喜んで許してくれる」がポイントだったりする)。

 そのことを使った感じなのが、例えば「るろうに剣心」ですね。主人公の剣心は、初登場以前に数多を斬り殺したことになっています。しかし、ある事件を境に不殺を決意、殺さず解決することを誓ったキャラとしてスタートします。

 でも、多数が殺し合った憎悪が残っているといっていい、明治維新直後の時代です。剣心がもう殺したくないといっても、敵が容赦なく襲ってくる。剣心に深く恨みを抱く敵も少なくない。剣心の大事な仲間も狙われる。

 当然、剣心は再び殺すかどうかの境界線状で揺れ動くことになり、そこが作品の魅力の一つになっています。志々雄真実編(京都編)では、志々雄の信念をついに曲げることはできず、形式的には志々雄の自滅(身体が発火して死亡)ですが、事実上は剣心が止めを刺したと言っていい感じでした(そうなると分かっていて止めず、むしろ志々雄の生死を問わない奥義を繰り出した)。

 しかし、何度もできる作劇ではありません。雪代縁編(人誅編)では、ラスボス敵役の雪代縁は生き残る結末になっています。雪代縁も、ヒロイン薫を拉致しても殺さなかったりするなど(薫殺害を偽装しただけ)、ラスボス側に殺されるべき理由が発生するのを回避してもいました。

 あくまでも有名・人気作の一例でしかありませんが、ラスボスを殺すにしても殺さないにしても、そこを本気で描くなら、どちらも一筋縄ではいかない、なかなか難しいもののように思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターによる殺害描写

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元記事:小説の設定に無理があるのか不安です

小説ストーリーといいますか、ざっくりとした設定を思いつきました。
それが、無理のあるものではないか心配なので、ぜひアドバイス頂きたいです。

主人公の男子高生が、クラスメートの目立たないが優しい美少女に告白する。
しかし実は彼女はお嬢様で、許婚がいると言われてしまう。
諦めようとする主人公だが、彼女に「実は、諦めきれない初恋の人がいる。相手はどこの誰か分からないから、家族には言ったことがなかったけれど、婚約が確定する前にどうしても探しに行きたい。探すのを手伝ってくれないか?」
と頼まれる。主人公はそれを受けて、彼女と初恋相手を探す。

なかなか見つけられないまま、1か月が経ってしまう。
主人公は落胆し、彼女との登校中ぼんやりしていたために自転車とぶつかるが、なんと、自転車に乗っていたのが彼女の初恋相手だった。
しかも、その人は男子のようなだけの女子(イケメン女子)で、彼女の勘違い…

主人公たちがその人に事情を説明すると、「彼女の許婚は、もしかしたら自分が片思いしている他校の生徒かも……」という返答が。

主人公は許婚とその人をくっつけようと奔走し、2人はめでたく交際することに。
そして、主人公と彼女も両思いになりハッピーエンド。

というストーリーなのですが、もしかして無理がある設定なのではないか?と不安です。

アドバイスお待ちしています!
よろしくお願いします。

上記の回答(小説の設定に無理があるのか不安ですの返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

 主な登場人物は4人ですね。4人中、ヒロインの婚約者だけは積極的に動いて物語を動かすのではなく、一種の物語上の障壁(主人公が克服すべきこと・もの)になっているようです。

 A. 主人公(男子高校生、ヒロインに惚れる)
 B.ヒロイン(婚約者あり、別に初恋の人あり)
 C.サブヒロイン(ヒロインの初恋の人、ヒロインの婚約者に片思い)
 D. 婚約者(主人公の勝利条件を有する受動的キャラ、他のキャラの行動の要)

 ストーリーの時系列的な流れは以下のようになっていますね。

01:主人公がヒロインに告白する。
 →ごく普通のイベント。
02:ヒロインは婚約者がいるとして断る。
 →ごく普通の破局。
03:ヒロインが主人公に初恋の人(片思い?)探しを協力依頼、主人公同意する。
 →意外な展開(無理が生じる可能性あり)
04:(初恋の人探し、難航)
 →いったん盛り下げる(第一の山場の準備に必要)。
05:主人公がアクシデントでヒロインの初恋の人発見。
 →意外な展開(無理が生じる可能性あり)
06:しかし初恋の人は女性(サブヒロイン)だった。
 →意外で、ヒロインには最大の障壁(最大の無理が生じそう)
07:サブヒロインからの情報「婚約者は自分の片思い相手」
 →問題解決のヒント(ここも無理が生じる恐れ)
08:(主人公がサブヒロインと婚約者を接近させようと努力する。)
 →いったん盛り下げる(ラストん山場の準備に必要)
09:サブヒロインと婚約者の交際成立=婚約者のヒロインとの別れ
 →最大の障害を突破
10:主人公とヒロインのカップル成立
 →副作用による問題解決(物語構造上の無理が生じる恐れ)

 上記で、単に「無理」と書いたものは、実はそれほど恐れる必要はないと思います。そんな偶然があるのか、と現実ではなりますが、フィクションです。無理を無理と感じさせないようにするのがリアリティの技術であり、作者の腕前です。

 言葉を変えて言うなら、無理がある部分こそ見せ場とできる、ということになります。全てあり得て必然に感じられ、奇跡や幸運(あるいは事故や不運)がないフィクションなんて、つまらないではないですか。工夫のしどころです。
(もちろん、無理を通しさえすればいい、なんてことではない。それでは単にあり得なさだけが目立つ。)

 どうしようもない無理が生じるとすれば、上記の10(主人公とヒロインのハッピーエンド)です。どうみても、直前の09(サブヒロインと婚約者のカップル成立)のほうが山場、見せ場です。なぜなら、その前段の08で主人公が努力するのが09の成就のためなのですから。08~09にはヒロインが重きを成していません。

 つまり、主人公の問題解決のために「婚約者がヒロインと決別してまで、サブヒロインを選ぶ」にスポットが当たってしまいます。婚約者の意思が、物語を左右してしまうわけですね。これが敵役ならラスボスで、倒してしまうべき存在ですが、この話だとハッピーエンドに持っていかなければなりません。

 言い換えれば、主人公が最大の努力を傾注する婚約者であり、婚約者がサブヒロインを選ぶかどうかでハラハラするわけです。ヒロインの決断といったことがそっちのけになります。結果として、印象に残るのは努力をした主人公以外では、重大な意思決定をした婚約者です。そしてサブヒロインに花が持たされる。どのキャラの印象が強くなるかは明らかだと思います。

 そこが構造上の問題点です。上記で無理と表現したのは、主人公とヒロインのカップル成立が印象に残りにくい運びという意味で申し上げてみました。物語進行上の無理とは性質が異なり、書き方次第で解消できるものではなさそうです。

 これを解消する一案としては(ベタですが)、ヒロインが勘違いの初恋を諦めるところを強調しておいて、諦めるために初恋の人の恋愛を成就させようと決意させてはどうかと思います。苦渋の決断であり、初恋が破れても好意は変わらないというヒロイン像ですね。そこを主人公も協力する。

 あるカップルを成立させようと、恋愛感情がないキャラ2名が奔走しているうち、奔走していたキャラが接近して、成り行き的にカップルになるなんて話はよくあったと思います(上記でベタと申し上げた要素の一つ)。

 あくまでも参考の一例ですが、ヒロインに充分にスポットを当てておいてから、主人公とヒロインが一緒に行動させることをメインで描くなら、婚約者とサブヒロインを目立たせすぎることなく、主人公とヒロインのキャラを立てることもできそうに思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 小説の設定に無理があるのか不安です

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元記事:処女作前編の批評依頼。の返信

コメントしてくださる方がないのでこのスレ閉じます。
どうやら、色々間違えちゃったみたいです。
ごめんなさい。

上記の回答(処女作前編の批評依頼。の返信の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

「色々間違えちゃったみたい」と仰るのが、この掲示板にリンクを張る形で小説を出してみたことを指すのであれば、ちょっと違います。別の方の前例がありますが、返信もあるし、注意もされていません。

 このサイトには「鍛錬投稿室」があり、小説を投稿して感想を頂くことができます。
 御作の文字数と読むための所要時間を確認してみます(所要時間はPCブラウザのFirefoxのリーダービューによる推定)。

・赤の章 (推敲前版):33,061文字(所要時間 31~39分)
・青の章(推敲前版):16,374文字(所要時間 16~20分)
・黒の章(推敲前版):6,524文字)(所要時間 7~8分)
――――――――――――――――――――――
 合計:55,959文字(所要時間 54~67分)

 合計の文字数を400字詰め原稿用紙に換算すると140枚です。鍛錬投稿室であれば長編の間が適する長さになります。すらすら読んで行った場合だと、1時間前後で読めるはず。

 竹牟礼さんが、この掲示板で返信がないことから、読んでもらってないか、読んでもコメントしたくないと思ったかとお考えになるのも、無理はないかもしれません。1時間前後かければ読めるはずなのに、丸1日以上経過しても何の音沙汰もないように見えますもんね。

 しかし個人的にはですが、「ちょっと違います」と申し上げておきます。読もうとしています。なかなかまとまった時間が取れませんが、時間が空いたら読んでいます。途切れ途切れながら、3時間以上はかけたと思います。でも読み進められたのは、「赤の章」の、

> ―――――――――――――――4―――――――――――――――

の直前までです。文字数にして約1万字分ですね。小説全体で約5万6千字、所要時間1時間前後なのに、なぜそんなに時間をかけても1万字しか読めなかったのか。

 書いてあることが極めて分かりにくいんです。当たり前のことですが、読者は作品を読み始める前は、作品について何も知らないわけです。有名作家の作品や有名作品なら、ネットであらすじ見たりすることはありますが、御作はそうではないですよね。だから、御作を前提となる知識は全くなしで読み始めます。

 このスレッドでは、いきなり各章へのリンクが張られてます。でも、「なろう」掲載ですから、前文(あらすじや作品紹介等が書かれる)を読もうと、小説ページに行ってみました。前文はそこそこ分かる。

 なお、前文があまりにもよく分かると、小説を読むモチベが湧きにくいですから、そこそこ分かるレベルがよいのです。つまり、前文はかなりうまく書けている。

 これなら、と期待して第1章(赤の章)を読み始めてみました。しかし、一読して分かるようには書かれていませんでした。行きつ戻りつして読んでも、まだ分からない。仕方なく、「作者さんはこの文章で何を書こうとしたのか」と真剣に考えつつ読んでみました。だから、たった1万字で3時間もかかってしまったわけです。そうまでしても、よく分かりませんでした。

 各キャラの動作がつながらない感じだし、キャラがいる状況がよく見えないし、キャラの感情があまりにも唐突だし、台詞も会話になってない感じだし、ある一人のキャラの台詞ですらつながっていない感じです。

 作者さんは頭の中でしっかりと物語の進行をイメージしたはずですよね。そうでないと、文章で書くことができないですから。だけど、イメージしたものを、赤の他人が分かるように文章で伝えていない。作者さんがイメージしたものの中で、作者さんの注意がいったもの、面白がったものだけを抜き書きしてあるような印象です。

 もしかすると、竹牟礼さんは「分かりにくいのは自分が抱えているもののせいではないか」とお考えになるかもしれません。先に竹牟礼さんが仰っていたものですね。

 でも、まず間違いなく違います。小説での説明が下手なのです。竹牟礼さんは、「小説なんだからダイナミックに、キャラの感情をしっかり伝えて、アクションもスピードと迫力が感じられるように」みたいなことを念頭に執筆されたのではないでしょうか。

 そこはとても大事です。その大事なことを成り立たせるための大前提が「状況を説明できていること」なんです。その説明が圧倒的に不足で、しかもおざなりです。繰り返すようですが、作者さんが感動したり興奮したことしか書いてなくて、しかも説明ではなく感想になってしまっているのです。これでは、作品内容を事前に全く知らない読者はついていけません。

 では、竹牟礼さんは説明が下手なのか。言い換えれば、説明する技術に書けているのか。そんなことはないですね。小説前文は必要な程度に分かるように書いてある。こちらの掲示板での竹牟礼さんのご質問は、何をお聞きになりたいかよく分かるように書かれている。

 当たり前ですが、返信する人は私を含めて、竹牟礼さんがどうお悩みなのか、事前に知っているわけではありません。それどころか、竹牟礼さんどういうお方なのかすら全く知りません。だけど、ご質問になったのがどういうことか分かり、回答も考えることができています。竹牟礼さんが分かるように説明されてお出でだからです。

 ご質問をお書きのときは、「誰かに自分の悩みを知ってもらいたい」「自分が何を知りたいかを分かって欲しい」と思っておられたと思います。小説のときも同様にされてはどうかと思います。面白く思ってもらいたいということ以前に、「まず自分が考えた話を知ってもらいたい」「ストーリーがどう進んでいるか分かってもらいたい」を常に念頭に置くということです。

―――――――――――――――――――――――――――――

 とはいえ、いくつか困った点もあります。

 例えば、「赤の章 (推敲前版)」となってますよね。まだ推敲せずにアップしたと明示してあるわけですが、読者としては「冗談じゃないよ、推敲くらいしてから出してくれよ」と思います。ラフに書いたからちょっと見てくれ、と言われるのは嫌なのです。

 作者さんが「やれるだけやった」「やれることは全部したつもりだ」と言うようなものでないと、読み始めたくありません。評価依頼だとしても、全力を尽くしてからにして頂ければと思います。言い換えれば、読者の読む手間と時間や、感想を考える労力に敬意を払ってくださいということです。

 小説中の日本語も首を傾げるものがちらほらあります。覚えている範囲だと、例えば「意味朦朧」。普通は「意味(が)曖昧」でしょう。朦朧は「ぼんやりかすんでいる」「はっきり見えない」ですから、意味朦朧もなんとなくイメージは分かる。ですが、「意味朦朧」自体が「朦朧」としています。読者をわざと惑わせる、あるいは主人公の思考の特徴を表したいのかもしれませんが、印象付け含めて効果はありません。

「現実から反目する」もおかしい。反目は「仲が悪い」ことを意味します。現実を嫌う、と読めなくもありませんが、何を意味したいのか惑います。これも「反目」で意味的なイメージが湧かないわけではない。ですが、「目を逸らすを目を反らすと勘違いして、反目としたのか?」みたいな疑問も生じてしまいます。

 いずれも、物語から読者を現実に引き戻します。そういう、単なる日本語の用法、技術的な問題が散在していて、とても損です。こういう部分だけは推敲して取り除くべきでしょう。用法を間違えて覚えているなら正してください。何らかの効果を狙って、わざと普通とは違う書き方をしたのなら、逆効果ですから避けたほうがいいでしょう。

―――――――――――――――――――――――――――――

(この返信は2時間以上かけて書きました。この程度の回答でも、どう申し上げるか考えるのが、なかなか難しかったことをお察し頂ければと思います。)

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 処女作前編の批評依頼。

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元記事:設定、プロットがありきたりになってしまうことに関して

初めましてこんにちは。
はじめてこちらの掲示板を利用させていただきます。
さて今回の相談なのですが、プロの方の作品と自分の作品を比べるとどうも「ひねり」が全体的に足りないように感じます。キャラクターにも、ストーリーにも、会話にもひねりが足りてないと思います。つまり、読んでいても読者の想像上であり、吸引力がないというか、「次が読みたい」と思わせる力が弱いと思うのです。
そこで、このひねりというか独自の発想力をつける方法を教えていただけないでしょうか?
また、独自のトレーニングをしている方などが居たら、教えてください。

上記の回答(設定、プロットがありきたりになってしまうことに関しての返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 投稿日時:

 ご質問が要は「面白いアイデアを出す方法は何か?」みたいなことで、そう言われても「そんなことに具体的な方法論があるんなら、こっちが聞きたい」ような気がしてしまい、なかなか手が出せませんでした。

「ひねり」というのが、興味を持たせるとお考えで、その線ではtさんからサタンさんのご解説で、素材を使い切る(勝手に意訳すれば、素材が内包するひねりも自然と含まれて来る)、黒鐘さんからは自分の作品のオリジナリティ(他の作品にないものを作れば、他の作品と比べてひねりがある)ということから、一応の方向性を見出されたようですね。

 辞書で「ひねり」(ひねる)を調べるといくつか語義があり、その一つが「深く考える」。素材を使い切るためには、素材について考え抜かないとできませんよね。あるいは「普通と違う物にする」という意味もあって、オリジナリティの一面を言い当てているような気がします。

 ともかく、一段落したようですから、ちょっと小手先の話を少し。雲鈍さんは「ひねり」に「次を読みたい」と思わせる力を求めてお出でですね。次を読みたくなる要素の一つとして、疑問を解消したいというものがあります。

 読んでいて生じる「これ(←ここ、割と大事)、なんだろう?」ですね。ただ、あれもこれも分からないようでは、かえって「これ、なんだろう?」は生じません。疑問は理解の中の欠けたピースですから。全体が疑問だらけなのは、意味不明であって、興味を失わせるだけです。

 ですので、八割がた分かって、残り二割が分からないようにすることが必要です。そうできれば、せっかく八割分かったんですから、二割を知りたくなります(好奇心だけでなかう、経済学でいうサンクコストがいい形で作動している)。

 ちょっと、シーン例を考えてみます。

「主人公が水のない荒野をさまよい、ようやく井戸を見つけた。時刻は夜で、井戸をのぞき込んでも中がよく見えない。そこで主人公は傍らにあった小石を拾って井戸に落としてみる。
 しかし期待した、ポチャンという水音は返ってこない。小石が硬い底に落ちたカランという音もしない。小石が落下し続けて速度を増したらしく、ヒューという風切り音が聞こえたが、やがてそれも遠ざかって聞こえなくなった。」

 こうすると、自然と井戸がどうなっているか、知りたくなってきます。

(実は上記は星新一氏のショートショートをちょっと改変。原作だと、底なしの穴らしいと思われて、国中の面倒な廃棄物がその穴に捨てられるようになり、廃棄物問題が解決したと喜んでいたら、数年して、最初に穴に投げ込んだ石が空から落ちて来た、で終わる作品です(その後、大量の廃棄物が空から落ちてくると暗示)。)

 ただし、このまま井戸の底を放置してはいけません。とりあえず、井戸の底がどうなっているかは次のシーン(あるいは節、章)で一応の解決をしておきます(例えば、なぜか石が跳ね返って来た→後述する新たな疑問の伏線でもある)。

 ひとまず読者は、井戸の底について何らかの納得をする。しかし、その一応の解決の中に、あらたな疑問(これもやはり全体の二割程度)を生じさせる段取りにします(例えば、井戸から「痛えな、こん畜生!」という声がした→誰だ?)。

 もちろん、続きを読ませたくなる要素はいろいろあるわけですが、個人的には最も使いやすいのが「疑問を少し残す」なもので、これ一つだけ取り上げて説明申し上げてみました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 設定、プロットがありきたりになってしまうことに関して

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元記事:処女作前編の批評依頼。の返信の返信の返信

ご感想ありがとうございます。
実のところ、師匠と相談しまして一応人様に見せられるだけのクオリティには仕上がってるから、 完成してないけど1度多くの人に見てもらうことはいいだろうということになりました。

でも、推敲もしていない作品を上げること自体がアウトだったのですね。
全く知りませんでした。

「自分が書いた本をお金を出してわざわざ 読んでもらうからには、 作者にとって読者はお客様」がモットーなのですが、どうやらまだまだ配慮が足りなかったらしいです。

僕も書いていてずっと違和を感じていました。

それがブルースクリーンさんがおっしゃっていた通り、 キャラクターの行動や感情に繋がりがない、 作者の僕は面白いと思ったところだけを抜き書きした、というところです。

まさにおっしゃる通りです。
僕はずっとその辺を気にしていましたし、とても致命的だと思ってました。

赤の章執筆当時は全くプロットを決めていなかったのです。

それに序章として白の章という『前提』がありました。
ですが黒の書が完結した時点で白の章を書き始めることにしたので、まだ着手すらしていないのです。

『たぶん白の章の展開が前提に置かれた赤の章だから理解ができない』のではないでしょうか?

でもこうして誰かに指摘されるまで全く自覚できなかったのです。

それを気づかせてくださったブルースクリーンさん、本当にありがとうございます。

至らないところばかりで皆様申し訳ありません。
これからも日々精進してまいります!

上記の回答(処女作前編の批評依頼。の返信の返信の返信の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2 投稿日時:

 以下は、万が一の誤解を心配して書きますが、指摘というものではないし、批判や非難でもありません。念のため、確認程度ということでご了解をお願いします。

 推敲すること自体が大事なのではありません。例えば、推敲3回やれば大丈夫だとか、推敲してないから絶対ダメだとか、そういうことはありません。

 要は、他人が読み物として分かるか(さらには楽しめるか)を確認することが大事なんですね。「たいていは書いただけではミスがある。だから見直してみる必要がある」という経験則から推敲がよく言われるわけです。

 さらにコツなども言われてて、「少なくとも1日経過してから観なおしたほうがいい」というのもあります。書いた直後だと、何を書いたつもりなのか、記憶が鮮明でミスを発見しにくいからなのです。

 大事なことなので言葉を変えまして。推敲はこなすべき作業でもなければ、儀式でもありません。作品を読みやすくするための必要悪でしかありません。目的が「読みやすい文章にする」であることは、常に念頭に置く必要があります。

 そして、推敲も(個人分類ですが)いろいろあります。

・校正:誤字脱字の発見と修正
・校閲:内容の誤りの発見と修正

 以上は単なる間違い修正なので、推敲に含めないことがあります。推敲って、ある漢詩人が「月下の門を僧が推(お)すにしようか、敲(たた)くにしようか」と迷い、人にも相談して、ようやく「推すのほうがいい」と思い定めたことが語源ですね。

 そのレベルでやるのが推敲であるわけです。読んですっとイメージできるか、何がイメージされるかを気にして、一字一句に拘って修正するわけです。例えば以下の二つを例文として見ます。

A. 侍は刀を鞘から抜いて構えた。
B. 侍は鞘から刀を抜いて構えた。

 別にどっちでもいい感じではありますが、作者としてはAとBで悩むくらいでちょうどいいです。こんなことを詳細にイメージして決めます。

A. 侍は刀を鞘から抜いて構えた。
 作者「イメージされるのは、侍→刀→鞘→構えるだな。刀から鞘に戻るわけか」

B. 侍は鞘から刀を抜いて構えた。
作者「イメージされるのは、侍→鞘→刀→構えるだな。刀がイメージされるのが遅れるな」

 こんな感じです。描きたい状況や前後の文脈から、どちらかを選ぶことになります。これに加えて読点を置くか否かも、テンポや見た目の読みやすさ、意味の明確さなどに影響しますから、いろいろ読点を置いたり削ったりです。

 この程度の差、ほとんどの読者は気が付きません。だけどやるんです。差異が0.1%だとしても、こういうのは数多と出ますから、細かい積み重ねが大きな差となってきます。推敲の個々は気づかれず、褒めてももらえない覚悟で、手間暇かける必要があります。

 もし推敲したとして、他人に作品をお見せになるのでしたら、上記のレベルまでやったかどうかも注意してください。もちろん、竹牟礼さんとしてお分かりになる範囲でいいのです。

 推敲に含まれないかもしれませんが、情報をどう出すかにも注意されたほうがいいと思います。シーンをイメージして書き始めるとして、シーン中の何を読者に出せばいいか(=文章化するか、以下同様)、出すもののどこを描写すればいいか、何を省くか、何を強調するか、何を弱めるか、場所は言うか言わないか、それらをどういう順序で出すか、等々です。

 こういう情報提示について間違うと、一字一句の推敲を行っても、読者に伝わる文章にはなりません。

 また、文章に向くものを作品設定に採用しているかどうかも、要注意です。絵的には素晴らしいシーンをイメージできても、コミックなら可能だが文章では難しいのでは、文章作品に向きません。我々志望者はまだイラストを付けててもらえないのですから。

 見たこともない世界設定をしようとすると、しばしば読者に理解不能になる罠に陥ります。例えば、「猫がいた」と書いたら、ほぼすべての読者は間違いなく猫を想像できるでしょう。でも「見たこともない猫がいた」(←イメージ不能の例ですから、ちょっと無理矢理です)と書いたら、読者はお手上げです。

 ほとんどの描写では読者が知っているものを使ってください。読者が知らない、作者の考案した設定なら、似ているものと使うといいかもしれません。例えば「ウサギのような長い耳の猫がいた」なら、ほぼ大丈夫でしょう。

 以上はとても難しいです。あるいはしたくもない譲歩をしなければならず、悔しかったりもします(せっかくいい思い付きなのに、といったもの)。偉そうに説明している私でもやれる、やり切る自信はありません。しかし、できそうにないからやろうとしないのでは、どうしても読者が読んで分かる文章にはできないように思います。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 処女作前編の批評依頼。

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元記事:近代的自我なしに思想の自由を発達させることは可能か。

異世界の設定を考えています。

もし、西洋文化のもたらされていない前近代的な地域(:=異世界)があったとして、その世界での人々の思想を考えたときに、無条件に我々の住む世界と同じ考え方や行動原理をしている訳ではないと思います。
ヌエル族が牛の尿で顔を洗う行為を一定数の日本人が「理解できない」と感じるように、異世界にも現代の日本人が「理解できない」文化があると考えます。

問題は、その文化の強制力が、近代的自我の概念がもたらされる以前には最大でどのくらいなのか、また、その世界をより「快適な」世界にするために、近代思想に代わる別の思想的変革、いわば「替わりの社会学」があるとしたらどのようなものか、ということです。

自分個人の勝手な考えですが、文化とは往々にして不自由で, 差別的で, 監視社会的であると思っています。
文化人類学的に母系社会があり得ても女権社会があり得ないことを考えれば、個人が文化という仕組みを(文化に対する反感が個人の感想だけにとどまることなく)集団として乗り越えるにはより強力な概念を手に入れる必要があり、それを手に入れるまでは人間が抗えない「何か」が人々にそうさせていると考えざるを得ません。
もし仮に異能の力をもって女性が社会的権力を持つような社会になったとしても、おそらくその「何か」はこんどは男性から権力を奪うかもしれないし、知的障碍者, 癩者, トランスセクシャルといった人々を、差別ないし「区別」するよう人間に仕組むかもしれません。

人類がその「何か」を乗り越えることができたのは思想の変革、すなわち近代的自我, 産業革命, 資本主義を経、さらには大きな物語から小さな物語への移行を経たためであると考えます。
しかしながら異世界という(特に条件がない限りは)全く西洋と無関係な世界に於いてそれほどまで我々の世界に似た思想が生まれるかどうかといえば疑問があります。

この問題を解決するには、
第一に、「異世界なのだから多少人間が暮らしにくくても仕方がないし、それ以上を望むのは傲慢だ」として諦めるか,
第二に、魔法や異能の関与を認め、そのようなものが存在する世界における混沌は予想できないものとして説明を放棄するか,
第三に、異世界に人間が存在することから我々の世界と異世界とが99%似ているとし、残りの1%が似ていないのは確率的に不自然だとして近代思想までもを人間に与えてしまうか,
第四に、ミームや情報の流れといった社会的要因に直接介入できるタイプの異能を登場させ、無理やり個人の力を強くするか,
第五に、異世界と我々の世界を交流させて近代思想をもたらすか,
第六に、近代思想に代わる「替わりの社会学」を考えるか

といったことが考えられます。
そして、自分としては第六の方法を採りたいところなので、a. 実際はどのような方法を採るのが「正しい」あるいは「創作として健全な」のか。b. 第六の方法を選んだとして、「替わりの社会学」がありえるとしたらどのようなものか。といったことが疑問に思われました。

a.の問題は一時的に保留にするとして、b.はどのようなものが考えられるでしょうか。教えてください。

なお、自分の想定している世界のスペックを載せておきます。

・「銃」は、存在していないか、広まっていない。
・西洋近代以前のあらゆる道具を使うことができる。
・西洋近代的な思想を持つ社会はその世界には現在にも過去にも存在しない。
・やむを得ずそうする時を除いて、文化は地球上のどの社会のそれからも借りない。
・ドラゴンクエストシリーズに登場する呪文のような用途/効果の「魔法」は存在する。それ以外の魔法は存在しないか、あまり知られていない。

これ以外の要素を後から加えるのは、避けたいですが可能です。また、第六の方法だけでは不可能であると判断される場合は、関与が最低限になるような経路でその他の方法を混ぜることも可能とします。

上記の回答(近代的自我なしに思想の自由を発達させることは可能か。の返信)

投稿者 通りすがり : 0

a→どれを選んでもいいと思う。要は選んだもので面白い物が書けるかどうか。必要なのは正しさではなく面白さ。

b→現実において国ごとに社会システムが違うのは人類が有史以来いまだ皆が幸せになれる社会システムを見つけられないからだと思います。
だから既存にない全く新しくて理に叶った社会システムにはどんなのがありますか?と聞かれても答えられないですよね。
放射性物質の半減期を減らす方法ってどんなのが思いつきますか?って聞いてるようなものだと思います。
まぁそれでも何かとなったらまず「人権」や「身分」や「役割」が全く存在しない社会を考えてみるとか?

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 近代的自我なしに思想の自由を発達させることは可能か。

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元記事:プロットの書き方は簡単なあらすじと、本文に近い方法はどちらが楽ですか?

例えば簡単なあらすじ系は
おじいさんとおばあさんがいる家で、おばあさんは桃を持ってくる。切った桃から子供が生まれ、彼は桃太郎と名付けられた。
このような要点以外を削ぎ落とした感じです(桃太郎なので次は犬や鬼なども出てきます。)

本文に近いのは
おじいさんとおばあさんは寂れた家に住んでいた。
「ふうふう、なんという大きい桃なのかしら」
おばあさんは川で洗たくをしていたら、自分の膝くらいはある大きな桃が流れてきた。
「美味しそうだから家に持って帰ろう」
興奮しているのか、老人とは思えない力を出し、桃を抱えて家に向かっていく。
家には芝刈りを終えたおじいさんが帰っていた。
「な、なんじゃその桃は?」
おじいさんが驚くのも無理の無いことだった。
おばあさんが桃を切ろうとすると、赤子の泣き声のような音が響く。
怪訝に思い、外から切っていくと、中に本当に赤子がいた。
このように簡単とは言え普通の小説に近いプロットを書き、この文を穴埋めする感じです。

皆さんはどちらが書きやすいと思いますか?

上記の回答(プロットの書き方は簡単なあらすじと、本文に近い方法はどちらが楽ですか?の返信)

投稿者 ミミッキュ : 0

プロットは作者が自分の作品を整理するために読み返したり確認するものです。
ですので、プロットの書きやすさに関しては人それぞれとしか言えません。
あなた自身が書きやすいやり方で書くのが望ましいでしょう。

ただ、個人的にはプロットを書く時は小説形式ではなく出来事の羅列で書いています。
プロットに情緒的な表現の模索は不要ですし、その方が文字数を節約できるため、訂正がしやすいからですね。

カテゴリー : その他 スレッド: プロットの書き方は簡単なあらすじと、本文に近い方法はどちらが楽ですか?

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投稿日時:

元記事:ラブコメとSFの掛け合わせについて

別サイトでお世話になっています、五目班と申します。

私は今ラブコメにSFを掛け合わせたような作品を執筆しています。
物語の根本は学園日常ループ系で、そこに主要人物の恋愛を混ぜた感じの作品です。割合的にはちょうど半々くらいだと自負しています。

ここで疑問に思ったので質問させて頂くのですが、この手の話は投稿するジャンルとしてはSFが正しいのでしょうか?それともラブコメでもいいのでしょうか?
涼宮ハルヒの憂鬱などはジャンルとしてはSFに割り当てられるそうですし……。

ご回答お待ちしてます。

上記の回答(ラブコメとSFの掛け合わせについての返信)

投稿者 サタン : 0

自分が書いてるもののジャンルがわからないという場合は、物語をシンプルに考えてみると良いです。
例えば「ループから抜け出す話」つまり、恋愛感情がどう決着ついてもSF要素の問題解決があれば物語は終了すると考えられるのなら、それは「SF」というジャンル。
例えば「恋愛ないし恋をする話」であるなら、SF要素がどう決着しても話は恋愛に終始するため、ジャンルは「恋愛・ラブコメ」となります。
例に挙げられている「涼宮ハルヒの憂鬱」は、恋愛ないしラブコメの要素はあるけど少なくとも一巻の中で決着はついておらず、物語は「超常的な能力を持つヒロインのご機嫌をうかがう話」で、これが解決することで話は終わる。
コレがSFか? と考えると頭をひねる人もいると思うけど、少なくとも「恋愛・ラブコメ」は解決していないので、解決し終了条件となってるSF要素を持つ方がジャンルとして候補に上がっている。

でも、物語を上手く作ろうとするほど、物語の中で扱う要素は終盤にすべて回収・解決しようとするものです。
例えば「主人公とヒロインの恋愛が世界滅亡の未来を左右する」なんて場合、「恋愛」も「滅亡回避」も物語の終了条件になっているので、何気にジャンルに悩む。
こういう場合は「SFラブコメ」とでも開き直るしかないと思うけど、どっちかって言うと「世界滅亡を回避するための手段として恋愛がある」ので最終的な目標は「世界滅亡回避」ということになり、「SF」のほうが要素として強い。
逆に、「主人公とヒロインが恋愛する過程で世界滅亡の危機を回避する」なんて場合は当然のこと「ラブコメ」のほうが強いですね。

「要素の割合」で考えるのではなく強弱で考えると、「最終的な終了条件になっている方」のが圧倒的に強くなります。
これについても少し書いておくと、
文章にしろ会話にしろ、普通、「結論」って最後に来るものなんですよ。
だからラストが曖昧だと「コイツなんの話をしたかったんだ?」ってことになる。
逆にラストで「こうだ!」と明言すると、「なんか道中あやふやだったけど、彼の言いたいことはソレなんだな」と理解できる。
ここで、「彼は何について話をしていましたか?」と問うた場合、普通に考えれば「「結論」について話をしていた」という答えになりますよね。
つまり、「ラブコメ」と「SF」の要素を半々で語っていても、ラストで「恋愛が終了条件」となると、これは印象としては「恋愛・ラブコメ」になります。

物語をシンプルに一行で表現してみると物語の本筋のみを出力できるので、「主人公がループから脱出する話」なら、「ループから脱出する」ということが主目的なので、それが「何の要素か?」と考えれば「SF」なり「魔法・神秘=ファンタジー」なり、答えが出しやすいと思います。
もちろん、それが「主人公とヒロインが恋する話」といった感じであるなら、「恋愛・ラブコメ」になるでしょう。

で。
そういう面倒な事を考えないでフィーリングで決める場合。
ぶっちゃけ、読者がつかないことにはどーにもならないので、単純に人気がある・観覧されやすいジャンルを選んじゃえば良いかと思う。
複数選択できるなら両方選択すればいいし、一つしか選択できないのなら、まあ、SFよりラブコメを選んだほうが読者の分母は増えそうです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: ラブコメとSFの掛け合わせについて

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