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元記事:キャラの行動原理を言葉で説明するか動きで示すか。

仮に、「僕は誰かを救って死にたいと常々考えていた」と「太郎は少女を助ける為に車の前に飛び込んだ」という文章があるとします。両方の文章共、「僕」と「太郎」が誰かを助ける為には命を投げ出す人物である、という事を念頭に書きました。
前者は言葉による説明で、後者が動きによる説明となります。そこで質問です。
作品のテーマを体現するキャラクターの行動原理は、言葉による説明で示してもよいのでしょうか? やはり、言葉では無く、行動で示す物なのでしょうか? 
ご回答よろしくお願いします。

上記の回答(行動原理を言葉で説明するか動きで示すかは使い分け)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2 投稿日時:

> 「僕」と「太郎」が誰かを助ける為には命を投げ出す人物である、という事を念頭に書きました。

ということからすると、実際に行動を起こすキャラであることを示すものだと思います。それなら、「太郎は少女を助ける為に車の前に飛び込んだ」が適切です。実際に身を挺して助ける、というシーンの説得力は絶大です。

 一方、「僕は誰かを救って死にたいと常々考えていた」は、言葉というよりは思考ですね。太郎(=僕)の欲求、考え方、さらには哲学を示しています。ですから、両方書くこともあり得るわけです。

「僕は誰かを救って死にたいと常々考えていた」→「だから、太郎は少女を助ける為に車の前に飛び込んだ」とつなげれば、言行一致の太郎を描写できるわけです。

 考え方と行動を齟齬させることもできて、「僕は誰かを救って死ぬなんて馬鹿げていると常々考えていた」→「しかし太郎は少女を助ける為に、思わず車の前に飛び込んだ」とすれば、結構印象に残るシーンを描けたりもします。

 考え方と行動の使い分けというなんですが、もう少し敷衍して説明してみたいと思います。経済学研究などで、「直感と熟慮で判断が異なる」ということが知られています。詳しい説明は割愛しますが、直感での行動は他人を利する傾向、熟慮の行動は自分を利する傾向があるとのことです。

 よくある台詞で「つい助けちまったが、やるんじゃなかったぜ」みたいのがありますが、実際の人間の行動と思考ではよくあることであるわけです。

 別の研究では、事前の判断においては自己評価バイアスが働くことも分かっています。自信過剰のケースだと、やる前だと、実は無理なことでも「自分ならできそう」と思えてしまうものですね。例えばレストランの「食べ放題30分5千円」という宣伝を見て、「充分元が取れるほど食えるはず」と思って入店したものの、思ったほど食えなかったとかです。

 逆に心配しすぎで、実はできることでもできないと思い込んでやらない、みたいなものもあります。要は自分の能力を正しく判断しそこなうことはよくあるという、誰でも経験する事実です。

 お示しの太郎の場合だと、「常々」ですから熟慮と考えることにします。単純に考えてみると、熟慮でも利他的なのですから、直感ではさらに利他的になりそうです。しかし、自分が自分について考えていることは自己評価です。バイアスがかかっている可能性があります。

 例えば「誰かを救って死にたいと常々考えていた」というのが、理想化された自分だということですね。自分がそういう理想的な存在であると、自分に言い聞かせることによって、自信や快感を得たいだけという可能性があります。そして、誰かが車にはねられそうになるのを見て、怖くてすくんでしまい、助けられず、自分が理想から程遠かったことを知る、なんてのもよくあることです。

 一方、身を挺して人を助けたら、文句なしに行動原理となります。思わず飛び込んで助けたら直感の行動原理です。友人の重病を治す高額な手術のため、悩みに悩んだ末、全財産を投げたしたら熟慮の行動原理です。行ったことは覆りません。行動原理を明示するなら行動です。

 一方、思考レベルの行動原理は上記のようにバイアスなどのため、覆ることがあるわけですね。言い換えれば、未決定で曖昧な印象の行動原理を提示したい、特に後で覆すつもりのときには、こう思う、という形で行動原理を示せばいいのです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: キャラの行動原理を言葉で説明するか動きで示すか。

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元記事:小説の場面転換のタイミングとは?

苑子と申します。

小説には必ず「場面転換」があると思うのですが、どのタイミングで転換したら違和感を感じずに読めるでしょうか?
いつもそこで悩んでしまい、手が止まってしまいます。

上記の回答(シーンの切り替えは本当に必要なのか)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 5 人気回答! 投稿日時:

 考え方として「どこでシーンを切り替えるか」は作者側視点の発想ですよね。説明や描写の都合を考えるものになります。その視点は必要です。その見方を欠くと、ストーリーの運び方がグダグダになりがちです。

 一方、小説は読者に読んでもらうものですよね。読者側視点でいえば、「見て面白いものを見せてくれ」です。この見方でいえば、「つまらなくなる前にシーンを切り替える」ということになります。

 とはいえ、各シーンがぶつ切りでつながりを欠いてはストーリーになりません(だから作者側視点も必要)。必要な情報は引継ぎながら、どうでもいいことはバッサリ削除してしまう必要があります。

 森鴎外の「寒山拾得」に名描写と言われているものがあったのを思い出しました。ただ、誰が凄いと褒めていたか失念してしまいました。すみません。自分でも確認してみて、こういう運びはいいなと思いましたので、引用してみます。説明の都合上、一文ごとに改行し、各文に番号を振ってみます。

(主人公の閭(りょ)が病を得たところに、謎の僧侶が訪ねてきて、水で治せると申し出たところから。)
01> 閭(りょ)は小女を呼んで、汲みたての水を鉢に入れて来いと命じた。
02> 水が来た。
03> 僧はそれを受け取って、胸に捧げて、じっと閭を見つめた。
04> 清浄な水でもよければ、不潔な水でもいい、湯でも茶でもいいのである。
05> 不潔な水でなかったのは、閭がためには勿怪の幸いであった。
06> しばらく見つめているうちに、閭は覚えず精神を僧の捧げている水に集注した。
07> このとき僧は鉄鉢の水を口にふくんで、突然ふっと閭の頭に吹きかけた。
(この直後、閭の病はたちまり良くなってしまう。心因性の疾患をうかがわせるものです。)

 01で水を用意する段取りを始める。そうすると、小女が水を取りに行く様子、戻って来る様子などを書きたくなります。カメラ視点が小女に移り、もしかすると井戸から水をくむところなんかも描写したくなるかもしれません。

 しかし鴎外はそうせず、02でいきなり水を出しました。途中のシーンをカットしたわけです。考えてみると、このシーンで大事なのは、まずは僧の動きです。僧の不可思議な所作に読者として注目がいけば、主人公の閭(りょ)も僧に集中したような印象が生じます。だから小女に注目が行ってしまうことを避けた。それが01→02です。

 水を持ってくる動きについては02によりカット、続いて03で僧の動きの描写に移っています。何をするか不明な感じで、閭を見つめるわけですから、読者は自然と閭視点で僧に注意が向きます。

 そうしておいて04で水に注意を移します。これは06の後で分かる効果ですが、僧の不思議な動きで高めた緊張を一瞬緩めるものになっています。05で水について、まだ読者には知り得ない情報を出す。「不潔な水でないから何なの?」という感じですね。

 そうしておいて、06でまたカメラ視点を僧に移す。03で受けた印象が蘇る感じですね。そして07で僧が素早いアクションを起こす。

 もし、02を長々説明したら、03以降の効果は薄れます。小女が水くみに行くところを描写してしまえば、つい小女が僧を不気味に思う描写を入れたくなり、小女が帰って来るシーンで不安感を出そうとしてしまいそうです(私のような下手くそがやりがち)。

 でも、それでは主人公の閭視点での緊張感が途切れてしまいます。もう一度、緊張感を高める必要性が出てしまい、作者としては二度手間ですし、読者としてはあっちもこっちもと目移り、というより目が滑る感じすらしてしまいそうです。

 だから単に「水が来た。」としたのだと思います。物語に必要なものが何か、鴎外はよく承知していて、思い切った省略を用いたんでしょう。

 シーンを切り替えない話を長々としてしまいました。シーンをどこで切り替えるか、というご相談なのに。すみません。でも意図はあるんです。

 サタンさんが非常に良くて、基本に忠実なシーン切り替えの例を出していらっしゃいます。それをお借りして、そのパターンをさらに省略することを考えてみたいと思います。

> その日は素直に帰って、明日に備えて早めに就寝した。次の日は特に何が起こるわけでもなく、放課後、僕は約束の場所へと向かう。

 見事な例文ですね。必然性のあることを簡潔に描写し、かつ読む手間は少ない。イベントがない場合の時間の流し方の好例だと思います。通常はこういうシーン切り替えを用いるべきでしょう。

 しかしもし、上記描写が緊張感を高めた後で、かつ「約束の場所」について、読者の注意と緊張感を持続したかったら。上記の鴎外の手法(全部バッサリ削る)が使えると思います。例えば、

「翌日の放課後、僕は約束の場所に来てみた。」

といった感じ。つまり、「シーンを切り替えたい」と思ったとき、「本当にシーンを切り替える必要があるのか?」「そのままイベントになだれ込んでしまえないか?」といったことを考える必要があると思います。もしかすると、シーンを切り替える必要がないのに、シーンを切り替えようと思うから、悩んでしまうこともあるかもしれないのです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 小説の場面転換のタイミングとは?

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元記事:主人公以外視点の書き方

小説は主人公が見たものや感じたものを書きますが、主人公以外のキャラの見たものや感じたものを書きたい場合はどのように書けば良いのでしょうか?
それとも、急に主人公以外のキャラの視点で小説を書いていくのは出来ないのでしょうか?
教えていただければ嬉しいです

上記の回答(主人公以外視点の書き方の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

> 主人公以外のキャラの見たものや感じたものを書きたい場合はどのように書けば良いのでしょうか?

 書かないで済ます方法をまず考えるべきです(理由は後述)。
 主人公以外の他のキャラの見たもの、感じたことをどうしても記述する必要があれば、ダイレクトには台詞です。何を見たか、考えたか喋らせる。

・主人公:(地の文)
「電車で向かい側の席に座っている男が、目の前に杖を突いて立つ老人に席を譲ろうとしない様子に腹が立った。」
・他のキャラ:(主人公の隣にいるとして)
「なあ、あそこで座ってる奴ってさ、ほら向かいの席、目の前にお年寄りいんのに、平気なのかな。フツー、席譲んじゃないの? 杖突いてるの見えてるわけだし」

 曖昧に表現しても大丈夫な場合ですと、主人公が他のキャラを観察した様子で語ることも可能です。

・主人公:(地の文)
「電車で僕の横に立つ友人がちらっと向かいの席を見て、顔色が変わったのに気が付いた。視線を追うと、杖を突いた老人と、その目の前に座る男。どうも友人は男が席を譲らないのが気に入らないらしい。」

 主人公と他のキャラ一名が会話しているときでも、主人公を確定的に、他のキャラを目に見えるものからの推測で描写すると、自然になります。例:主人公「不思議に思った」→他のキャラ「不思議そうな顔をした」。

> 急に主人公以外のキャラの視点で小説を書いていくのは出来ないのでしょうか?

 視点移動と呼ばれるものですが、絶対にダメ、くらいに考えたほうがいいです。一応、三人称多視点といった手法名はありますが、読者が一読して分かるようにするのは、とてつもなく難しいのです。でも、作者は割と気軽にやってしまう。そして読者から描写が分からないと言われたりします。

 作者は「こっちのキャラから見てみよう」と思って、描写の仕方を変えることができます。書きあがったものは、途中で別の視点(別キャラ、別カメラ位置)に変わりますが、作者にはよく分かります。変えたのが自分だから、当然、よく分かるわけですね。

 読者は作者の内心の意図は読めません。書いてあることしか分からない。読者は単語ごとにイメージしつつ、文章が表す全体状況を再現しようとします。別視点に切り替わったことが分かるように書いてあれば、なんとかなります。しかし、たいていは情報不足になります。

 特に絵的なものですね。例えば、どちらから見たのか。コミックなら問答無用に絵を見せられます。でも文章だと、説明して読者に絵を描いてもらうようなものになります。イメージしてもらいたい物を、どの方向から、どういう距離で見ているのか、文章だといちいち説明せねばなりません。

 しかし、そんな説明をするとだらだらと長い文章になってしまいます。とても読めないものになるでしょう。それを避けて簡潔に説明しようとすると、情報不足になり、何をどう見ているのか不明に陥ります。

 それだけではありません。視点を一人(普通は主人公)に定めて動かさないようにすれば、たとえ三人称でも、読者は一人のキャラの見たもの、考えたものを追えば理解できます。現実でも、内面まで分かるのは自分だけですね。一人分ならいつもやっている通りですから、主人公の見たもの、考えたことを追っていくのは容易です。

 これが視点を切り替えられて、複数人になると大変です。普段やってない、多人数同時進行で思考や感情を追って行かねばなりません。こっちのキャラはこう考えていて、あっちは反対にこう思ってて、みたいに情報整理も必要となります。そういう訓練を積んだ人(例えば、多人数視点のフィクションを作り慣れた人等)なら別ですが、一般向けとしては難しいでしょう。

 小説は楽しんでもらうためのものであって、状況を正確に伝えるレポートやドキュメントではありません。楽しんでもらうためには、正確さを犠牲にしてでも、楽に読めるものである必要があります。

 視点移動は作者の書ける自由度が高いため、楽に、しかも状況を正確に書き表せる手法です。しかし、作者が楽をした分は、読者に苦労させることになります。エンタメにおいては、作者が自由度の低い書き方(視点固定)で苦労してでも、読者に楽をさせるべきです。でないと、読んでもらうことすらできないでしょう。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 主人公以外視点の書き方

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元記事:主人公以外視点の書き方。主人公の目を通して間接的に他のキャラの内面を表現する

 プロ作家がどのようにして、主人公以外のキャラの心情を表現しているか、プロの文章を参考にするのが最も良いと思います。
 実際に、最近の作品から引用してみます。

 ドワーフの王ギュンターは俺の側まで馬を走らせてくると囁いた。
「しかし、厄介なものだな。武人の矜持というやつは。まあ、ワシも人のことはいえないが」
 ギュンターとティンゴッド、種族は違えど似たようなところがあるのだろう。
 会話を交わしたことはないが、その生き方に共感めいたものを覚えているのかも知れない。

以上『魔王軍最強の魔術師は人間だった(4) 』(モンスター文庫) 2017/11/30刊行 著者:羽田 遼亮 より引用

 ここでは主人公がギュンターというキャラの感じていることをその言動から推測して、「その生き方に共感めいたものを覚えているのかも知れない」と感想を述べています。
 主人公の目から見て、このキャラはこのように思っていのだろう、と地の文で書くことで、間接的に他のキャラの内面を表現しているのです。
 
 どんな分野でもプロから学ぶのがもっとも効率が良いですので、いろいろな作品を読んで、その技をマネされると良いと思います。

上記の回答(主人公以外視点の書き方。主人公の目を通して間接的に他のキャラの内面を表現するの返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

(No: 6 うっぴーさんへ返信)

 引用なさったものは「小説家になろう」サイトにもありますね。商業出版ではいろいろ手直しされたと思いますが、ネット投稿時のものでも参考になるかと思いますので、ご紹介だけしておこうと思います。

「魔王軍最強の魔術師は人間だった」(作者:羽田遼亮)
 ・第四章 ドラグーン
http://ncode.syosetu.com/n6247dd/138/

 引用部分のすぐ続きで、やはり心情を推測で述べる手法を使っています。

> 次いでやってきたのはサキュバスのリリスだ。
>  彼女も武人の端くれなのだろうか、強敵に対する賞賛を惜しまない。

 この部分ですと、「だろうか」と推測+疑問の形を取り、より婉曲になっています。また、「武人の端くれ」という立ち位置で性格を伝えている点は、作者と読者の共有知識を用いて、読者側でイメージしてもらう手法だと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 主人公以外視点の書き方

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元記事:バトルを売りにした小説において、ラスボスとの戦闘シーンには派手さが絶対必要か否か。

超能力や魔術を用いた直接的なバトルを売りにした作品で、ラスボス的存在が地味な能力であるというのはよろしくないでしょうか? やはり、バトル物であればある程度の華やかさをもった能力の方がいいでしょうか? 

上記の回答(バトルを売りにした小説において、ラスボスとの戦闘シーンには派手さが絶対必要か否か。の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 3 人気回答! 投稿日時:

 派手さは強さに通じますね。大きさも強さに通じます。しかし、そうでありさえすればいいか、本当に派手さ、大きさで強さが表されているのか、よく考える必要があるように思います。

 結論を先に申し上げてみます。ラストまででラスボスの強さを表現しておくことが不可欠で、それさえできていれば大丈夫です。逆に、ラストバトルの派手さ等の、最後の部分だけでは迫力は表現できません。

 実写映像作品で、もう10年以上前のものですが、「牙狼(1期)というものがあります。当初から、ラスボスはラストで出現する巨大な「メシア」と呼ばれる魔物だとされていました。

 途中までのメインの敵ボスは、暗黒魔戒騎士と呼ばれる、主人公(黄金魔戒騎士)と対極のキャラが暗躍していましたが、終盤で暗黒魔戒騎士は自らが出現させた、巨大なメシアに飲み込まれて、いったん消えます。(まあ、悪役のよくある自滅パターン)

 当然、主人公と巨大なメシアが対決するわけですが、苦戦しつつもなんとか撃破、そこで大団円かと思ったら、暗黒魔戒騎士が復活、主人公との最終対決になります。

 この最終対決が非常に迫力があったのです。そこが受けたせいか、以降の牙狼シリーズでは、ラストの対決は、最終盤で出現する巨大なラスボス戦→序盤からいる等身大ラスボス戦、がフォーマットとなりました。

 しかし、巨大な敵の後、等身大の敵が出て来たって地味です。でも、なぜか最後の等身大ラスボスが巨大ラスボスより強いと感じられます。このことは後述します。

 別の例では、ラノベでアニメ化もされた「とある魔術の禁書目録」がありますね。ラスボスではなく主人公のほうになりますが、能力が「幻想殺し」なる「触れば異能を無効化」であることは有名です。

 これも地味です。他の異能キャラは電撃だ、反射だ、炎だ等々、派手な技使いまくりです。しかし、主人公が出てきて触るとそれらはストップ、地味な対決になります。序盤の異能キャラ中、最強のラスボスという感じの「一方通行」(攻撃全反射)との対決では、主人公は異能技を停止させ、殴り合いで決着でした。でも、手に汗握るし、燃えるし、でした。

 やはりもう古典に属しますが、コミック(とアニメ)のドラゴンボールにおいては、逆説的に「小さい者のほうが強い」というパターンがあります。サイヤ人襲来の部分では、小さいベジータと大男のナッパが地球に到達、ナッパが最初は暴れまわるわけですが、実はフリーザのほうがはるかに強い。ナッパが怯えてました。

 その後、フリーザがラスボスとして登場します。フリーザも小さいですね。しかし、並み居る強豪、強いことが充分描写された部下が、名前を聞いただけで震え上がって怯える描写がありました。

 主人公の強さを証明するのは敵、特にラスボスですね。主人公は作中の最強キャラに勝つことによって、新たな最強の座を獲得します(そこでキャラが立ったりもする)。では、ラスボスの強さはどうやって表現するのか? ラスボスです、強いんですと説明しても、強さは感じられません。

 序盤で主人公を倒してしまえば(主人公はぎりぎり生存させる)、主人公と相対的な強さは表現できます。でも、具体的な力量差が見えてしまいますね。どのくらい主人公が強くなれば勝てるかが分かってしまう。

 フリーザの強さの表し方ですと、主人公たちに容易に勝てる部下を用意していました。その部下がフリーザを非常に恐れる様子が充分描写されたので、フリーザは得体のしれない強さが感じられるものとなっていました(加えて、当時は斬新だった数値による戦闘力表示も強さの描写を助けていた)。

 フリーザやベジータの場合は、強さの表し方がセオリーと逆方向になっていて、しかし充分に強さが感じられるものです。ただし、戦闘は派手ですので、その点はご質問の件では参考にはなりません。

「とある魔術」にしても、序盤ラスボス「一方通行」が、表舞台では最強クラスとされる「御坂美琴」(超電磁砲)に恐れられ、能力的に劣るとはいえ御坂美琴のクローン御坂妹を1万人以上、圧倒的実力差で殺害したと描写されています。

 その一方通行に主人公が勝つわけですね。単に殴り倒して。派手な描写は本当のタイマンに至る前まで。主人公が触ってしまえば全ての異能の効果は消えるわけですから。

 牙狼1期ですと、明示的な描写はないんですが、暗黒魔戒騎士が巨大なラスボス:メシアに飲み込まれたけれど、飲み込み返したような印象がありました(ただし、ウィキペディアや公式サイト等では、そう明言されておらず、むしろ鎧のみ復活した、みたいな説明がある)。ですので、「この等身大ラスボス強いぞ」という感じがありました。

 戦闘は地味とは言えませんでしたが、そこまでの数多くの敵との戦闘と同等くらいの派手さです。少なくとも、巨大なメシアなるラスボスとの戦闘とは比較になりません。等身大ですしね。でも、迫力が感じられた。

 これらは全て、ラスボス敵の強さを充分感じられるよう、長い尺を使って描写したからなのです。決して、ラストバトルだけ取り出して、敵の強さは感じられません。

 長くなりました。以上のような次第ですので、最初に申し上げた結論になります。
「ラスト前までの段取り次第です。」
「ラスボスの強さを、ラスト前までで表現しきることが必要です。」
「逆にラストでだけ派手とか巨大にしても、迫力は出ません。」

カテゴリー : キャラクター スレッド: バトルを売りにした小説において、ラスボスとの戦闘シーンには派手さが絶対必要か否か。

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元記事:タイトルの印象で何が足りないか

親が決めた横暴でゲーム好きな許嫁がいるが、俺は俺の事を好きになってくれた家庭的な娘と結婚したらその娘が金持ちになり幸せいっぱいになった件。

というタイトルを思いつきましたが、カクヨムで星が増えません、星が増えるとしたらどんなタイトルがよいでしょうか。
ラノベは長い言葉を使い小説のタイトルで結果を教えているんだという事が分かりました。
タイトルをつけるコツも少し分かりましたのでタイトルの印象などのご感想お聞かせ下さい。

小説の内容が作家でごはんで面白いと言われただけにカクヨムで星が増えないのが悔しいです。.
カテゴリーはやむを得ずなろう研究にします。

https://kakuyomu.jp/works/16817139559023926055

上記の回答(タイトルの印象で何が足りないかの返信)

投稿者 あだちただし : 2

サタンさん。
度々、返信ありがとうございます。
ああ、恋愛戦争はむしろ良かったのですね。
ただ、固執しないで幅広い思考を持たせるためにあえてそう言ったのですね。
説明して下さりありがとうございます。
あれから紙に書き出してタイトルが15個思いつきましたが、そのうちの一つである、バカなモブキャラとクラス一美女で高飛車な嘘彼女と秀才でスポーツ娘の恋人との三角関係というのも考えましたがただの三角関係しか印象は与えられないのなら三角関係もありかな?と思ってきました。
もっと柔軟に考えろってことですね。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: タイトルの印象で何が足りないか

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投稿日時:

元記事:冒頭が思い浮かばない

初めまして、お早うございます。
わたしは昔から冒頭シーンを書くのが苦手で、現在も新たな小説を執筆しているのですが、案の定冒頭でまた迷ってしまい手が進みません。
そこで皆様の力をお借りしたいのです。
大まかなあらすじを書くので、一緒に冒頭シーンを考えてくださいませんか?

大学受験に失敗し浪人生として冴えない日々を送っていた主人公(女・19歳)は、ある日兄(28歳)の提案で、兄の友人が経営するバイクカフェで働くことに。
快活な店長と、そこへやって来る個性豊かなバイカーたちに刺激を与えられ、主人公は徐々に成長していく…

拙い文章、言葉足らずですが、どうぞ宜しくお願いします。

上記の回答(冒頭が思い浮かばないの返信)

投稿者 読むせん : 0

あくまで「シーン」でいいの?
===================

唐突だが、こんなコピー&ペーストの文章を知っているだろうか?

168 名前:名無しさん@4周年[] 投稿日:04/01/17 10:43 ID:X7vkUwRR
いよいよ明日がセンター試験本番ですよ!

むっちゃドキドキしてきた…。

受験生の皆さん、今日くらいは勉強は休んで明日に備えますよね?

169 名前:名無しさん@4周年[] 投稿日:04/01/17 10:57 ID:zUQVRYG7
>>168
今日と明日だよ
来年こそはがんばってよ
シーズン開幕からこんなことになるなんて

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
笑える人は笑えるだろうが、このコピペに笑えない人間は少なくないと思う。

だってそうだろ?
こういうのが笑えるのは受験が他人事だってやつに決まっているし、もうちょっと行ってしまうと無事に合格できたやつだけだ。

受験真っただ中のやつ、さらには不合格だった奴にとってはリアルな悪夢・・・・夢で当て欲しいレベルの恐怖でしかないし、笑えるわけがない。

・・・・・と言うわけで、俺○○○○は大学に見事、落ちました。
合格判定システム的には太鼓判まで押されていたのに・・・・・。

=========================-

とか、こんなかんじ?

まず不合格からはじめては?

どうしても志望校に行きたくて、あるいは学校に近いいい部屋を早めに契約できてしまったとかで、そこに残り来年にかけるも惰性に苦しむとか。逆に滑り止めに惰性で通い、そこでバイクに出合うとか、ここから分岐すればいいやん。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 冒頭が思い浮かばない

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投稿日時:

元記事:タイトルの付け方について

 連投失礼します。本居です。
 新人賞に応募する際必要なタイトルを考えていたのですが、私自身ネーミングセンスが皆無です。
 記念に応募するだけなので、凝った題名を付ける必要もないとは思っているのですが、そもそも凝った題名である必要があるのでしょうか?
 考えているのは、安直ですが物語のキーパーソンとなるワードを題名にしようと思っています。ジャンルはSFです。安直なままでいいか、題名は凝るべきか、アドバイスお願いします。

上記の回答(タイトルの付け方についての返信)

投稿者 サタン : 0

タイトルは作品にとって読者が一番最初に目にするものですから、大事かと言えば大事です。
物語の重要なワードを持ってくる、例えば漫画「ワンピース」なんてのがそれですが、主人公のルフィは「海賊王になる」とはよく言うけど、「ワンピースを見つけるんだ」とはほとんど言ってません。
一話から通して見てみると、要所要所でワンピースという言葉は出てくるものの、そもそも彼らは「海賊王という海の覇者を目指して冒険している」のであって、ワンピースを求めて旅立ってるわけではない。
けど、おそらく読者の半数近くは「ワンピースを見つける旅でしょ?」と答えるんじゃなかろうか。
つまりその理由は、タイトルにあるわけですね。
「だってタイトルにそう書いてあるでしょ」と。
本編にはワンピースを目指す旅とは一言も書いていないとしても(一度も出てこない巻はよくある)それは「ワンピースを目指す過程の一幕である」と認識できる。
タイトル効果によるもの、と言ってもいい事でしょう。

一例なだけですが、タイトルが作品に影響を与えるという事もよくあるので、タイトルは大事です。
記念応募だから、新人賞は受賞してもタイトル変わるから、と思っても、それさえ実力を測る一部ですので、あまり適当に名付けるのは止めたほうが良いでしょう。

と言いつつ、私もタイトルは苦手です。
コレだと思うものはなかなか見つからないし、一方で内容はまったく考えてないのにタイトルだけが思いつくなんてこともあったりします。
困った時のコツは、単純に「主人公」をタイトルにしてしまいます。
「主人公の名前」「主人公の役職名」「主人公のあだ名」「主人公を表現する何か」
といった形です。
これは「物語の重要な要素」でも同じで、要するに物語の中心ないし中心人物を、ヒネってタイトルにする、という具合。
主人公の名前の場合、「○○の聖剣使い」とか「童貞男の☓☓」とか、「主人公を表現する何か」はとても便利です。
そこへ物語の重要ワードも組み込めば、「終末世界の聖剣使い」とか「童貞男の恋愛講座」とか、割と適当にタイトルっぽいものが出来上がります。
要するに物語は「誰が何をする話か」って事なので、「誰」すなわち「主人公」と「何をするか」という部分が埋まれば、あとはその単語を上手く繋げるだけでタイトルになります。
これはセンスではなく理詰めで考えた「物語を表現するものをタイトルにする方法論」なので、良いタイトルも微妙なタイトルも生まれてきます。
なので、コレを実践するとしたら、最低でも10個はタイトルを考えて、どれが良いか吟味しましょう。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: タイトルの付け方について

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