小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:本当に書きたいモノはいつ書くべきか?

相談はタイトル通りです。
以前、作品の批評をお願いした作品は「本当に書きたいモノの為の習作」的な意味もありました。ネタも「本当に書きたいモノ」を考えてる時に思いついたものです。最初から書き上げる自信がなく逃げというか、とりあえず一冊分を練習の意味も込めて書いてみよう、と言うものでした。
 改めて作品を書いていこうとした最中、じゃあ「本当に書きたいモノ」はいつ書けばいいのか? と思い至ったしだいです。今も書ける自信がありません。 
 しかし、思い出のままにせずに未熟なままアウトプットしても面白いとは言ってもらえないでしょう。思入れがありますから、低評価にさらされば、おそらくすっごい「本当に書きたかったモノ」に囚われてしまうような気がします。だらか逃げたと表現しました。いずれ通道なのでしょうが。
 思入れがない作品ならどんどん、実験的な要素を取り言えれて、失敗したとしても糧として消費できます。それなら、「本当に書きたいモノ」の要素を分解してそれぞれ書いてけばいいのか? となりますとそれで満足しちゃうような……。書きたいモノをかけてるし、数もこなせる。上達する上で理もあります。
 その書きたいモノの現在の構想までの構成単位そのものをバラバラにすることにも抵抗があるよな気もします。
 あらためて、「本当に書きたいモノ」はいつ書けばいいでしょうか?

上記の回答(本当に書きたいモノはいつ書くべきか?の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2 投稿日時:

 結論から申せば、書きたいものは、今、書けばよいです。むしろ、書きたいものしか書くべきではありません。

 前のご質問で、私としても当初の回答を軌道修正して、モチベを保てるように書いて行けばよいとしたことも理由の一つになります。

 それより、おそらくは大事な理由もあります。揚げ足取りに見えるかもしれませんが、ご質問文から少し引用してみます。

>  思入れがない作品ならどんどん、実験的な要素を取り言えれて、失敗したとしても糧として消費できます。

 この前段で、面白くないなどの低評価を受けると気にしてしまう旨、仰っていますね。その点を考慮すると、上記は低評価を受けても平気とも取れます。

 そのことはいい面もあります。作者として冷静、客観的に感想や評価を見ることができるということです。

 反面、他人からの批評を真面目に、深く考えないリスクもあります。面白くないとか下手だとか言われても、聞き流せてしまう。だって、書きたいものではない≒大事な作品ではないから。そういう言い訳が働いてしまいます。下手すると、執筆が単なる作業に堕してしまいかねません(その後、「自分は何をしているんだろう?」などと)。

 書きたいものを書いた場合だとどうか。高評価を受けたら舞い上がるほど嬉しいし、ここは良かった、あそこで感動したという感想を熱心に読みますよね。一方、あの流れは不自然、ここは変、ラストでがっかり、といった低評価はぐっさりと胸に刺さって痛い。だから、どうしてそういう感想が出たんだろうと気になり、考える。

 一読して分かる文章や情報提示の仕方などの技術的な面は、今の段階だと、書けば書くほど上達します。勘ですが、長編10作くらいまでは、書いているだけで自然と伸びるようです(文章技術指南本を否定するつもりはなく、最初から援用してよい。慣れるか習うかは人それぞれ)。

 ただ、感想というリターンをどうするかですね。個々の感想にあまりに囚われてもいけません。感想は十人十色です。感想者が申し合わせて見方を整えてくれるわけではない。同じ感想者でも、そのときの気分で作品から受ける印象が変わったりもする。

 感想はそれぞれが一読者のしかもある時点特有のものと承知した上で、しかしせっかく読んで感じたことを言ってくれたのだから、今後に活かしたいものです。

 たとえ、低評価の感想を読んだ直後は悔しかったり、失望したりしたとしても、ですね。なぜなら、感想が得るものが大きかった証拠でもあるわけですから。ですから、作者として胸に刺さりやすい感想を得るようにすべきでしょう。

 高評価はモチベにつなげ、低評価はバネにする。今のご質問で申せば、書きたいものを書くべき、ということになります。

――――――――――――――――――――

 その他の理由として、「特異性の原則」があります。練習であっても、継続的にやれば、練習したことが最も上手になるという経験則です。書きたいものを書くための練習なら、書きたいものを書くのが最も効率のいい練習になります。加えて先に申し上げた守破離の守もあります。習熟過程での混乱と非効率化を避けるなら、ジャンルや作風を書きたいもの一つに絞るべきです。

 しかし、書きたいものではないけど、試しに書いてみるってあります。作者としての実験的作品ですね。これは書きたいものが行き詰ったとき、打開策を求めたり、作風の幅を広げる手がかりになります。

 ですが、あくまでも行き詰るほどやり込んだ場合に有効です。真剣に行き詰ってみないと、「試しに書いてみる」効用は理解しにくく、身に着きにくいと思います。

カテゴリー : その他 スレッド: 本当に書きたいモノはいつ書くべきか?

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元記事:主要キャラが男性だけではいけないのでしょうか?

 ヒロインはちゃんと居るのですが、主人公視点の話はヒロインが死んだ後からです。ラストにヒロインの蘇生シーンや主人公からの告白みたいなものがあるのですが、それまで一切出てきません。死んでます。

 交互で入るヒロイン視点の話では、ヒロインと主人公が出会う前からヒロインが主人公に殺されるまでになります。そちらでボーイミーツガールだとかアレやコレがあるのですが、主人公視点の話ではそう言ったことはしたくないんです。もちろん女性キャラが全く出てこない訳では無いのですが、出会って別れてでレギュラーにはなりません。

 やはり主人公視点の主要キャラが男性だけではいけないでしょうか?

上記の回答(主要キャラが男性だけではいけないのでしょうか?の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2 投稿日時:

 うっぴーさんへのご返信で、ご事情が少し分かって来たような気がします。もちろん、あらすじもプロットも知りませんので、いろいろ勘違いして回答してしまうと思います。予めお詫びしてご了解をお願いします。

 もし、お考えの物語が「ヒロインを取り戻す話」なのでしたら、ファンタジーでいえば「魔王に囚われた姫を王子が救いに行く話」との類似性を考えてもいいような気がします。囚われの姫(ヒロイン)が常に念頭にあるため、シーンに登場しなくても、常に姫(ヒロイン)は意識される対象となります。

 しかし、やはりヒロインが欲しいからとサブヒロインをレギュラーキャラとして加えると、話の雰囲気が思わぬ方向に行ってしまうこともあります。

 ちょっと前のコミック作品(途中までアニメ化されたことも)ですが「東京アンダーグラウンド」があります。主人公は武闘派の男子高校生(15歳)です。主人公のもとへ逃げて来たお姫様キャラのヒロイン(14歳)は、物語開始早々にも関わらず、敵にさらわれてしまう。主人公はお姫様の護衛の女性(19歳)とともに、お姫様が囚われている敵本拠、東京の知られざる地下世界に潜って行く。

 そういう話なんですけど、ヒロインがさらわれたせいでほとんど出てこないんですね。代わりに、護衛の女性がサブヒロインの役割を果たしています。ただ、4歳年長ということもあり、最初はサブヒロイン的ではなかった。

 しかし話が進むと雰囲気が変わってきてしまいます。主人公と護衛の女性が常にコンビを組んで戦っているため、息があって来るのはいいとして、さらに気持ち的にも接近していく感じになってしまう(作者も意図しなかったらしい)。カップ成立ぎりぎりまでいったようです。

 マイナーな格言ですが「男女間に友情は成立しない。友情が深まると愛情に変わってしまうからだ」というのを聞いたことがあります。異性だとどうしてもくっつきがちなんでしょうね。

 もし、華がないからとレギュラーのサブヒロインを出してしまうと、ヒロイン不在であるだけに、主人公とサブヒロインが(作者の意図に反して)、読者からは「くっつくよね、この2人」という印象を持たれてしまう恐れがあります。そうなると、読者が納得するようなヒロインの復活と主人公との接近が描きにくくなる可能性が低くありません。

 出てきては退場するゲストヒロインなら大丈夫だと思います。むしろ出したほうがいいかも。例えば、主人公がゲストヒロインと近づいても、ヒロインの面影が邪魔するとか、ゲストヒロインでは満たされないものを感じるとかがあれば、ヒロインの重みを描写できそうです。

 もう一つは、先にヒロインを描くパートがあり、主人公がヒロインを思い出す描写があれば、ヒロインは登場しているも同然にできるということです。ちょっと高等技術になるかもしれませんが、主人公がヒロインを明示的に思い出せば、読者もヒロインのイメージを思い浮かべます。

 使用には慎重を要しますが回想での描写も可能でしょう。ヒロインがいない間、主人公が何をして何を思うかでヒロインを描写することも可能だということですね。

 しかし、もし主人公がヒロインのことをほとんど知らないとすると(行きずりの殺人だったとか)、不在のヒロインを描写するのは別の手段が必要となります。もし、主人公が自らが殺したヒロインについて、次第に知っていく物語であれば、ヒロインの情報を得ることがヒロインの描写の代替になり得そうです。

 いずれも具体的に申し上げてみましたので、御作に使えるとは思いませんが、要は「ヒロインがいないときでもヒロインは描写可能」ということです。

 これは、文章作品特有かもしれません。コミックやアニメだと絵を出さないといけませんから(、やれるのは回想シーンくらい?)。文章だとちょっと極端な言い方になりますが、視点キャラの目の前にいてもいなくても、ヒロインの名前が出ればイメージ喚起されます(逆に、これがくどくなる原因でもあったりして悩ましい)。

カテゴリー : その他 スレッド: 主要キャラが男性だけではいけないのでしょうか?

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元記事:文章に突き刺さるような衝撃が足りません& アスペルガーの作者がアスペルガーの進行を出すのはセーフでしょうか?

こんにちは。
なろうの方で小説を書いているものです。

『創作の腕を磨きたいなら、3人の師匠を勝手に持て。
そして 作風をひたすらトレスしろ』 というような言葉を聞いたことがあります。
僕も自分の師匠の胸に突き刺さるような 文章を見習って強いメッセージ性のある
文章を作りたいのですが、なかなかうまくいきません。
どんな文章なのか気になる方もいらっしゃると思うので、僕の師匠の文を例に挙げてみます。

1.少年少女前を向け 眩む炎天すら希望論だって 『ツカミトレツカミトレ』 太陽が赤く燃え上がる。
さあさあコールだ 最後にしよう 最善策はその目を見開いた オーバーな妄想戦線
感情性のメビウスの先へ

2. 君を救うためなら俺は何度でも死ぬ

3. かさぶただらけ荒くれた日々が
削り削られ擦り切れた今が
君の言葉で蘇る
鮮やかにも現れていく
蛹のまま眠る魂を
食べかけのまま捨てたあの夢を
もう一度取り戻せ

1.は自然の敵Pの『チルドレンレコード』で、2.は長月達平先生の『Re:ゼロから始まる異世界生活』で、3.が米津玄師さんの『ピースサイン』です。

誰もなかなか言えない言葉を効果的に強調し 心に突き刺さるようにうまく記述してるのが分かります。
「師匠たちの様に書けたらいいな」と思うのですが、どうしたらいいでしょうか?

上記の回答(文章に突き刺さるような衝撃が足りません& アスペルガーの作者がアスペルガーの進行を出すのはセーフでしょうか?の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 投稿日時:

 竹牟礼さん、ですよね? もし違うのでしたら、この掲示板が何か誤動作しているのかも。とりあえず、それはいいとしてまして。

 自分がある作品に接し、「ここで感動した」という台詞(や歌詞)を他人に言ってみると、だいたい以下の2パターンの反応になると思います。

 A. いいよね、それ!
 B. 何の話?

 残念ながらBになることが多いです。数少ないAはどういうケースか。Aはその作品に接していて、かつその台詞で感動した人の反応です。Aは言わずとも思い出しただけで感動できる人なわけですね。

 Bはその作品を知らない人の反応です。大半の人がAになるもの当然ですね。「日本人なら一度は観た(読んだ)ことがある」なんて作品、物凄く稀有ですから。
(それ以外に感動したポイントが違うケースなど、いろいろありそうだけど割愛。)

1.音楽の魔力

 歌曲の歌詞の感動効果については、曲があればこそです。音楽の気持ちに対する効果は絶大です。映画やアニメ、ドラマなどで効果的にBGMが使われていますね。気分を盛り上げたり、不安を感じさせたり。アニメのMAD動画でBGM差し替えなんてありますが、同じシーンで受ける印象が一変するのは、驚くほどのことがよくあります。
(見たものでは、「進撃の巨人」の恐ろしいシーンを「こちかめ」アニメのBGMに差し替えてて、こちかめらしい非常に可笑しいギャグシーンになってしまっていた。)。

 歌曲に戻りますと、やはり曲の気分を左右する効果は見逃せません。実例として、Born in the USA(ブルース・スプリングスティーン)があります。歌詞は英語ですから、意味が分からないまま聞くと、シャウトもあるしメロディーもかなり力強い。タイトルからすると「俺はアメリカに生まれたんだぜ!(凄いだろ)」と誇らしげに歌ってる感じがする。

 そのせいか、米国の愛国者的な集会でよく流されていたんですが、歌詞を改めて見てみると、アメリカに生まれて、貧乏で戦争に行かされた挙句、お払い箱にされて等々、酷い半生だと嘆いているんです。「俺はアメリカに生まれたんだぜ!(それなのに)」と怒ってるわけです。とても愛国者的集会で流される歌詞ではない。

 だけど曲調とシャウトで騙される。米国で流されるんですから、英語ネイティブが聞いています。歌詞の意味は聞けば分かる。なのに、歌詞以外の雰囲気に流されてしまうわけです。歌詞に反して気分が高揚してしまうんですね。(そうなると、歌詞の言葉は分かっても、違う意味だと牽強付会するようにも。)

 個人的にはですが、お示しの1と3は読んでも目が滑りそうになります。目の前で言われたら、「やめてくれ」と言ってしまいたくなると思います。
(しかし、その後で元の曲を聴いたら、もしかすると好きになって、その歌詞について語り合いたくなるかもしれません。)

1.言葉の魔力の源泉

 では、お示しの2はどうか。リゼロはアニメは観てますんで、意味は分かります。だけど、それだけ言われても視聴時の感動はよみがえりません。最低でも「〇〇のシーンでの」としてもらわないと、漠然とし過ぎています。おそらく、作品全体のテーマですから、当然のことかもしれません。

 重要シーンの、しかも山場がピンポイントに想起されないといけないわけです。すると、その山場はどうして成立しているかが大事になります。例えばですが、「〇〇と叫んで剣で斬りつけた」ところで自分が感動したとして、その作品を知らない人に、そこだけ切り出して見せた(読ませた)としたらどうなるか。ぽかんとされると思います。

 作品を作る立場で考えたら当たり前ですよね。山場を作るのに、山場以前でどれだけ段取りしているか。決め台詞をかっこよくするために、それを言うキャラを立たせようとどれだけのエピソードを書き連ねたか。膨大なものがありますよね。

 感動部分だけでない、もっと大枠の話をしてみます。文章は単語の連なりですね。各単語の意味がつながっていって、意味のある文になり、意味のある分を並べて意味のある文章にする。

 だけど、単語はたった一つの意味しかないものは少なく、むしろ多義なものが多い。たとえ一つの意味だとしても、比喩、皮肉で意味が変わったりもする。しかし、文章を読んでいて単語の意味で惑うことはほとんどないですね。これがなぜかと考えると、ある単語はその前後から意味が定まって来るからと分かるはずです。

 つまり、単語の意味を一つに定めるのは文であり、文の意味を一つに定めるのは文章だということです。さらに文章はどこにどう置くかで、意味が明確化されます。例えば、ある文章が新聞に記事として書かれているか、小説中に書かれるかで、意味が違います。前者は実際に起こった事件を伝えようとしている、後者は物語に必要な虚構の事件だと分かる。文章を含めた文脈ということで、言葉以外も含むことを強調してコンテクストと呼んだりします。

 感動した台詞(や一文)も同じようなものです。台詞を文脈が支えてこその感動であるわけです。

 ですから、ある台詞が感動できたとしたら、分析すべきなのは「どうやってその台詞で感動できるよう手配りしてあるのか」です。その台詞が出てくるまで、どういう物語進行をしたのか。その台詞の後にどうなったか。全部ひっくるめないと、台詞のカッコよさや感動の原因は分かりません。

 ですから、感動したと思える対象の前後を探ってください。感動の源泉はそこにあります。書く立場で言い換えれば、「どうやってこの台詞をカッコよくしようか?」と考えるわけです。

 逆に、感動した台詞だけに注目してカッコいい理由を考えたり、感動した台詞集みたいなものを作っても、感動できる台詞は書けません。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 文章に突き刺さるような衝撃が足りません& アスペルガーの作者がアスペルガーの進行を出すのはセーフでしょうか?

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元記事:文章に突き刺さるような衝撃が足りません& アスペルガーの作者がアスペルガーの進行を出すのはセーフでしょうか?の返信

 竹牟礼さん、ですよね? もし違うのでしたら、この掲示板が何か誤動作しているのかも。とりあえず、それはいいとしてまして。

 自分がある作品に接し、「ここで感動した」という台詞(や歌詞)を他人に言ってみると、だいたい以下の2パターンの反応になると思います。

 A. いいよね、それ!
 B. 何の話?

 残念ながらBになることが多いです。数少ないAはどういうケースか。Aはその作品に接していて、かつその台詞で感動した人の反応です。Aは言わずとも思い出しただけで感動できる人なわけですね。

 Bはその作品を知らない人の反応です。大半の人がAになるもの当然ですね。「日本人なら一度は観た(読んだ)ことがある」なんて作品、物凄く稀有ですから。
(それ以外に感動したポイントが違うケースなど、いろいろありそうだけど割愛。)

1.音楽の魔力

 歌曲の歌詞の感動効果については、曲があればこそです。音楽の気持ちに対する効果は絶大です。映画やアニメ、ドラマなどで効果的にBGMが使われていますね。気分を盛り上げたり、不安を感じさせたり。アニメのMAD動画でBGM差し替えなんてありますが、同じシーンで受ける印象が一変するのは、驚くほどのことがよくあります。
(見たものでは、「進撃の巨人」の恐ろしいシーンを「こちかめ」アニメのBGMに差し替えてて、こちかめらしい非常に可笑しいギャグシーンになってしまっていた。)。

 歌曲に戻りますと、やはり曲の気分を左右する効果は見逃せません。実例として、Born in the USA(ブルース・スプリングスティーン)があります。歌詞は英語ですから、意味が分からないまま聞くと、シャウトもあるしメロディーもかなり力強い。タイトルからすると「俺はアメリカに生まれたんだぜ!(凄いだろ)」と誇らしげに歌ってる感じがする。

 そのせいか、米国の愛国者的な集会でよく流されていたんですが、歌詞を改めて見てみると、アメリカに生まれて、貧乏で戦争に行かされた挙句、お払い箱にされて等々、酷い半生だと嘆いているんです。「俺はアメリカに生まれたんだぜ!(それなのに)」と怒ってるわけです。とても愛国者的集会で流される歌詞ではない。

 だけど曲調とシャウトで騙される。米国で流されるんですから、英語ネイティブが聞いています。歌詞の意味は聞けば分かる。なのに、歌詞以外の雰囲気に流されてしまうわけです。歌詞に反して気分が高揚してしまうんですね。(そうなると、歌詞の言葉は分かっても、違う意味だと牽強付会するようにも。)

 個人的にはですが、お示しの1と3は読んでも目が滑りそうになります。目の前で言われたら、「やめてくれ」と言ってしまいたくなると思います。
(しかし、その後で元の曲を聴いたら、もしかすると好きになって、その歌詞について語り合いたくなるかもしれません。)

1.言葉の魔力の源泉

 では、お示しの2はどうか。リゼロはアニメは観てますんで、意味は分かります。だけど、それだけ言われても視聴時の感動はよみがえりません。最低でも「〇〇のシーンでの」としてもらわないと、漠然とし過ぎています。おそらく、作品全体のテーマですから、当然のことかもしれません。

 重要シーンの、しかも山場がピンポイントに想起されないといけないわけです。すると、その山場はどうして成立しているかが大事になります。例えばですが、「〇〇と叫んで剣で斬りつけた」ところで自分が感動したとして、その作品を知らない人に、そこだけ切り出して見せた(読ませた)としたらどうなるか。ぽかんとされると思います。

 作品を作る立場で考えたら当たり前ですよね。山場を作るのに、山場以前でどれだけ段取りしているか。決め台詞をかっこよくするために、それを言うキャラを立たせようとどれだけのエピソードを書き連ねたか。膨大なものがありますよね。

 感動部分だけでない、もっと大枠の話をしてみます。文章は単語の連なりですね。各単語の意味がつながっていって、意味のある文になり、意味のある分を並べて意味のある文章にする。

 だけど、単語はたった一つの意味しかないものは少なく、むしろ多義なものが多い。たとえ一つの意味だとしても、比喩、皮肉で意味が変わったりもする。しかし、文章を読んでいて単語の意味で惑うことはほとんどないですね。これがなぜかと考えると、ある単語はその前後から意味が定まって来るからと分かるはずです。

 つまり、単語の意味を一つに定めるのは文であり、文の意味を一つに定めるのは文章だということです。さらに文章はどこにどう置くかで、意味が明確化されます。例えば、ある文章が新聞に記事として書かれているか、小説中に書かれるかで、意味が違います。前者は実際に起こった事件を伝えようとしている、後者は物語に必要な虚構の事件だと分かる。文章を含めた文脈ということで、言葉以外も含むことを強調してコンテクストと呼んだりします。

 感動した台詞(や一文)も同じようなものです。台詞を文脈が支えてこその感動であるわけです。

 ですから、ある台詞が感動できたとしたら、分析すべきなのは「どうやってその台詞で感動できるよう手配りしてあるのか」です。その台詞が出てくるまで、どういう物語進行をしたのか。その台詞の後にどうなったか。全部ひっくるめないと、台詞のカッコよさや感動の原因は分かりません。

 ですから、感動したと思える対象の前後を探ってください。感動の源泉はそこにあります。書く立場で言い換えれば、「どうやってこの台詞をカッコよくしようか?」と考えるわけです。

 逆に、感動した台詞だけに注目してカッコいい理由を考えたり、感動した台詞集みたいなものを作っても、感動できる台詞は書けません。

上記の回答(文章に突き刺さるような衝撃が足りません& アスペルガーの作者がアスペルガーの進行を出すのはセーフでしょうか?の返信の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 投稿日時:

 念のため読み直したら、さすがにまずい誤字が。

>  Bはその作品を知らない人の反応です。大半の人が『A』になるもの当然ですね。「日本人なら一度は観た(読んだ)ことがある」なんて作品、物凄く稀有ですから。

 すみません、思い切り間違えました。大半の人が台詞だけ切り出しても感動してどうする!
 以下のように訂正してお詫びします。

>  Bはその作品を知らない人の反応です。大半の人が『B』になるもの当然ですね。「日本人なら一度は観た(読んだ)ことがある」なんて作品、物凄く稀有ですから。

 その他、「してまして」→「しまして」とか、誤字が多くて済みません。自分のうっかり者を治そうとは思うんですが、なかなかうまくいきませんorz。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 文章に突き刺さるような衝撃が足りません& アスペルガーの作者がアスペルガーの進行を出すのはセーフでしょうか?

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元記事:冷静な強キャラを怒らせる

私が書こうとしている物語で以下の展開があります。

登場人物
主人公A:男
敵女B:大人の女。悪の組織に所属する冷静な悪女。後々ヒロインになる

展開
1:BはAを確実に抹殺するために、念入りに作戦を立てて追い詰める。
2:しかし、すべてを覆され、逆にAに追い詰められる
3:どんなときも冷静なBが失敗に次ぐ失敗で冷静さを失い激昂する

この3なのですが冷静で大物な大人の女が激昂するというのは自分でどうしても違和感があります。Bには最終的にAに屈服してほしいのですが、Bの強キャラ感を残しつつ、Aに感情剥き出しで敗北させるにはどうしたらいいでしょうか?

どなたか教えてください。
お願いします。

上記の回答(冷静な強キャラを怒らせるの返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2 投稿日時:

 展開を拝読しますと、敵女Bが(少なくとも主人公と相対的に)愚か者のようにしか見えません。なぜなら、念入りに計画を立てて臨んだのに、つまり最大限に知恵を使ったのに、次々と作戦を破られちゃうわけです。

 全力を尽くしたはずの敵女Bの作戦立案がなってないとしか思えません。つまり、彼女はバカで、むしろギャグキャラの感じすらします。違和感があるとして、敵女Bのキャラの立たせ方に問題があるせいかもしれません。

 冷静で大物と設定したのに、やっていることが設定と合ってない。最後に激高することの違和感は、そこまでの流れに齟齬や矛盾がないか、見直してみる必要がありそうに思えます。

 しかし、敵女Bの作戦立案は事前情報の得方からして完璧で、推敲も手落ちなくやれていたとします。すると例えば、主人公が仲間や努力、さらに運も味方につけたことによって、奇跡的に敵に打ち勝ったとなります。そういう、うまい段取りになっている場合での違和感も考えてみます。

 不治で致死性の疾病について、告知後の患者の心理変化は、以下のようになるようです(精神科医キューベラー・ロスの研究事例)。

 否認(何かの間違いだ)
  →怒り(なんで自分だけ)
   →取り引き(健康を心がければ助かるかも)
    →抑うつ(もう何をしても、自分は駄目だ)
     →受容(いや、これでいいんだ。生きている間は楽しもう)

 敵女Bに適用してみますと、例えばこんな感じでしょうか。

 否認(失敗? 報告の間違いだ)
  →怒り(あの部下がミスしたからだな!)
   →取り引き(自分が出張ればなんとかなるはず)
(  →怒り2(コイツ(主人公)め、卑怯な手を使いやがって!)が入るかも)
    →抑うつ(全て駄目だ、自分は奴(主人公)に勝てないんだ)
     →受容(いや、これでいい。コイツ(主人公)の強さを認めよう)

 他にも自然な流れはあると思いますので、あくまでも参考例でしかありません。ただ、もしかすると、敵女Bが激高する部分の前後で、激高するのが自然になる流れを作り損ねてないでしょうか。あるいは、激高した後の敵女B(と主人公)の言動・行動に不自然さはないか。言い換えれば、どこで激高するか、ということですね。

 それ以外の観点としては、例えば「逆鱗」があります。原義は「竜の多数ある鱗のうち、一枚だけ、触ると竜が激怒する鱗がある」です。もともとが比喩で、天子(人徳が万人を超える)の怒りの表現で、転じて目上の怒りを指します。

 しかし原義に戻り、「それを言っちゃあおしめえよ」みたいな、触れられるとどうしても不快になる、怒り出すポイントとしての「逆鱗」を考えてみます。これは敵女Bが何にプライドを持っているか、何が心のよりどころかの設定次第となります。

 どこに逆鱗があるか、すなわち、我を忘れて怒ってしまう弱点をどうするかですね。例えばですが、敵女Bが自分の頭脳に絶大な自信を持っているとします。完璧と思われた作戦が失敗したのは、ごく初歩的な知識がないためのミスのせいだった。そう主人公から明かされたら、敵女Bが(罵倒されなくても)激怒する描写は可能です(簡単ではないけど)。

 あるいは、激高が必要かどうかも再考していいかもしれません。作戦が全て水泡の泡と帰したが、敵女B自身はまだ戦えるとします。主人公を目の前にして、いったん剣を抜く敵女B。しかし、敵女Bは剣を捨て、「もういい。さっさと斬れ」と言う、なんてよくあるパターンです(そして主人公も「もういい」と言って剣を納める)。

 よくあるってことは、カッコよく締めるのがやりやすいからですね(加えて、後味もよくしやすい)。激高に違和感があれば、激高自体を再考し、例えば怒ると見えて笑ったみたいな、別の締め方を考えることも必要のように思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 冷静な強キャラを怒らせる

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元記事:モチベーションの維持

初質問です。
ファンタジー小説を書こうと志してから1年ほど経つのですが、未だに納得のいく設定、プロットが書けずネット小説サイトに投稿すらできない状態が続いています。今までは何万字と書いた設定集やプロットなどを没にしても、「もっと面白いものが書けるはず」と考えてモチベーションを保っていましたが、それも難しくなってきています。
やはりある程度は妥協して投稿してみるべきなのでしょうか? 
それとも自分の中で完璧だと思えるプロット、設定ができるようになるまで粘るべきでしょうか?
初歩的な質問で申し訳ないのですが、どなたかご教授いただけますと幸いです。

上記の回答(モチベーションの維持の返信)

投稿者 ふ じ た に : 0

「もっと面白いものが書けるはず」というのは、「現状ではいまいちかもしれない」っていう不安の裏返しとも言えるかもしれないですね。

なので、面白いかどうか自分では分からないなら、短編なりにアレンジして読み切りにして、面白いかどうか読み手に委ねてみればいいのでは?って思いました。
それでウケが良ければ、連載版として長編にするといいのでは?って思いました。

あくまで個人の意見ですが、何か参考になれば幸いです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: モチベーションの維持

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投稿日時:

元記事:ラノベヒロインの年齢は20代前半だと受けが悪いですか?

警察組織で捜査官という設定なので、大卒設定なのですが、ラノベヒロインとしては年を食い過ぎているでしょうか?
せめて10代後半に抑えるべきですかね?

上記の回答(ラノベヒロインの年齢は20代前半だと受けが悪いですか?の返信)

投稿者 あだちただし : 1

結局、書き方によると思うよ。
だからこれが絶対に駄目なんていうのは小説にはないと思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: ラノベヒロインの年齢は20代前半だと受けが悪いですか?

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投稿日時:

元記事:技術を求めるうちに書けなくなりました

初めまして。趣味で二次創作をしている者です。

何作か書き上げるうちに、もっと上手くなるにはどうしたらいいだろう?と考えるようになり、他人の小説を研究するようになりました。
文章を丸暗記するほど読み込んだり、好きな表現を抜き出して小話を作ってみたり、ストーリーの構造を分解してみたり。
結果、全く小説が書けなくなりました。

大好きなキャラクターにこんなことをさせたい、こんなことを言わせたい、こんなシーンが書きたい、それを理想の形で表現するための技術が欲しい。
その技術を追い求めるあまり、今では萌えより何よりいかに凝った文章にするか、凝った表現を使うか、凝ったストーリーにするか、そんなことばかり考えるようになってしまい、執筆が楽しめなくなってしまいました。

原作への愛も、キャラクターへの萌えも、書きたいネタもたくさんあります。
けれど、以前は頭の中で活き活きと動いていたキャラクターたちが今は全く動いてくれない。
自分の中からキャラクターたちがいなくなってしまったような、そんな喪失感さえ覚えています。

また楽しんで執筆を行うにはどうしたらいいでしょうか。

上記の回答(技術を求めるうちに書けなくなりましたの返信)

投稿者 あまくさ : 3 人気回答!

二次創作を書く原動力はキャラクターへの愛情ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
他の方への返信に三幕構成やキャラクターの葛藤・成長と書かれていましたが、それらはストーリーを作るための技術です。そしてストーリーを作るためにはキャラクターを客観視する必要があり、時には冷たく突き放すことも求められます。

>以前は頭の中で活き活きと動いていたキャラクターたちが今は全く動いてくれない。

ストーリー作りの技術はキャラを動かす技術で、キャラが動くのではありません。
ただしオリジナル・ストーリーの作者にもタイプがあって、最初にストーリーやアイデアから考え始める人と、キャラから考え始める人がいます。最終的にはストーリーとキャラクターは融合しなければいけないのですが、物語を作っていく段階での優先順位が異なります。
よく「キャラクターが一人歩きする」と言いますが、そういうことが起こる人はキャラクター優先でストーリーを考えることに慣れているのではないでしょうか? 私自身はどちらかと言うとストーリーから考え始めるタイプなのでいまいち分かりませんが、本当にキャラに一人歩きさせたら三幕構成のようなプロット・テンプレートにはなかなか収まってくれないんじゃないかと思います。

二次創作と技術が相容れないものだとは思いません。ただ、あくまで二次創作にこだわるなら、目指すべき技術の方向性が違うのではないかなと。
原作のキャラや設定。それらを掘り下げてより深く理解することによって、みんみさんにとって最も真と思える理想のストーリーを追求すればよいのではないでしょうか? 二次創作の技術を高めるというのは、そういうことなんじゃないかという気がします。

一つ例になりそうなエピソードを思い出しました。
クラシック音楽の著名曲にモーリス・ラヴェル作曲「ボレロ」というのがあるのですが、これは作曲者による自演の古いレコードが残されています。ところがイタリアの名指揮者トスカニーニが、「あなたの演奏したボレロは解釈が間違っている」と言ったそうです。作曲者にですよ(笑

作品の解釈を深める。これですよ。

ポピュラー音楽の好きな方は、クラシック音楽の世界では過去の作品をただ楽譜に忠実に繰り返し演奏していることに疑問を感じるようです。つまらないんじゃないかと言うんですね。
しかしクラシックの演奏家は過去の楽譜を徹底的に分析して、理想の表現に到達することに心血をそそぐんです。そういう演奏家の姿は、マンガ『のだめカンタービレ』に活き活きと描かれていました。
それもまた創造だと私は思います。トスカニーニが作曲者に「あなたのボレロの演奏は間違っている」と言った気持ちは、二次創作に取り組む方には分かるのではないでしょうか? 原作を原作者以上に自分のものにしたいという想いがあるのでは?

オリジナルと二次創作に優劣はありません。単に別物であるだけ。私見ですが、根本的な違いは二つあります。
一つは、二次創作はキャラや作品に対して「第三者目線」から出発するということ。オリジナル作品の場合、自作を第三者目線で見るということがきわめて難しいんです。なので、書いた作品を他人に読んでもらった時に「ここをこうした方がいいんじゃない?」という意見に驚くことがあります。そんな見方があったのかと目から鱗が落ちることがあるのですが、二次創作ってある意味そういう読者目線から出発できるんですね。
そして違いの第2は、広がるか収斂するかなんじゃないかなと。
オリジナルは一つのアイデアから可能性は無限に広がります。しかし広げすぎると雲をつかむようになってしまうので、三幕構成などの型にはめると考えやすくなります。
二次創作は、原作のキャラや設定などの好きな要素から、自分なりの理想形というほぼ一点を求めていく感覚なんじゃないかと。

……とまあ、技術を習得するにしても、二次創作なら求める技術の内容が違うんじゃないかなという話をしたわけですが。
それはそれとして、これを機会にオリジナルに目を向けてみるのもいいんじゃないかなと私も少し思いました。取っ掛かりはストーリーではなく、オリジナルのキャラクターを作ってみるというのはいかがでしょう? 自分しか知らない自分一人の友達のようなキャラを作ってみるというのも楽しいですよ。
二次創作に行き詰っているのなら、気晴らしに目先を変えてみるというくらいの軽い気分でやってみてもいいのでは。それでうまく行かなければ、また二次創作に戻ればいいのですし。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 技術を求めるうちに書けなくなりました

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