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【本人から削除依頼】さんの返信一覧。最新の投稿順7ページ目

元記事:冷静な強キャラを怒らせるの返信の返信

>>全力を尽くしたはずの敵女Bの作戦立案がなってないとしか思えません。つまり、彼女はバカで、むしろギャグキャラの感じすらします。違和感があるとして、敵女Bのキャラの立たせ方に問題があるせいかもしれません。

冷静な大物キャラを倒せれば、主人公が強くなったということをさらに引き出すことが出来ると思うので、敵をより強いキャラにしようと思いました。
冷静で大物キャラが敗北してしまう展開はどうすれば違和感がなくなりますか?

それとも、敗北したことで激昂すること自体が大物失格ということでしょうか?

上記の回答(冷静な強キャラを怒らせるの返信の返信の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 投稿日時:

> 冷静な大物キャラを倒せれば、主人公が強くなったということをさらに引き出すことが出来る

 そのお考え自体は正しいです。主人公単体で強さを表現することは難しい。特に正義の味方キャラだとすると、悪が動かないなら正義も動かず、強さを表現するための活躍すらできません。

 ですから、まず悪役(やりたい放題キャラ)を動かし、読者に強さを見せつけておいて、主人公に勝たせる。そうすれば、主人公の強さは悪役を上回ることを印象付けられます。

> 冷静で大物キャラが敗北してしまう展開はどうすれば違和感がなくなりますか?

 これはプロットレベルまで落とし込んで考えるべき問題だと思います。この一文に対してだけだと(最初にお示しの話の流れを考慮しても)、一般的な解はありません。もし何か言えるとしたら、「数多くのやり方があるでしょうね」くらいでしょうか。

> それとも、敗北したことで激昂すること自体が大物失格ということでしょうか?

 これも同様です。これら2点については、最初のご質問でお示しの範囲で、既に先の返信で書けるだけのことは書いております。敗北で激高することが不自然にならない例も書いたはずです。

 返信に応じてご質問を掘り下げて頂けないと、私としても先の返信以上に掘り下げることができません。

 なお、プロットレベルまで作ってみたとしたら、このサイトにはプロットの出来についての質問に適した掲示板もありますよ。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 冷静な強キャラを怒らせる

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元記事:冷静な強キャラを怒らせるの返信の返信の返信の返信

詳しい回答ありがとうございました。
自分で考えずに答えてだけ貰おうとして申し訳ございません。

キャラやプロットをよく見直して、自分なりの答えで書いていきます。

上記の回答(冷静な強キャラを怒らせるの返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 投稿日時:

 ちょっとしまったと思っております。このスレッドをリロードするタイミングで、サタンさんへのご返信を読み損ねておりました。それも踏まえますと、決して「自分で考えずに」ではなかったですね(私としましては、そうまで思ったわけではなく、催促したい気持ちがあった)。タイミングの不運があったとはいえ、結果としてきつい言い方になったことをお詫びします。

 改めて、サタンさんへのご返信を考慮しますと、何に激高するかをもう少し考えてもいいかもしれません。逆鱗は怒りのトリガーですが、もうちょっとバリエーションを考える感じです。

 例えばですが、負けたから相手に八つ当たり、では冷静キャラのイメージは壊すことになるわけですよね。冷静はうわべだけであって、コアのところでは感情的ということです。

 それでも、やりようはあります。感情的なんだけど、組織に属する者として、例えば幹部クラスなのであれば、常に自分の本性に逆らって、必死で冷静さをうわべだけでも保っておかねばならなかった。

(そういう実在人物として、古代中国、東晋の時代の宰相、謝安の事例があります。おおむね、気取ってはいるが、実は小人物の例とされますが、個人的には「気が小さいのに、よく踏ん張ったもんだ」と感心し、肯定的に見ています。)

 となると、主人公に破れて、自分の素のままの感情(この場合は激怒)を見せたことで、憑き物が落ちたみたいになって、主人公に対して素直になれる。そういう段取りだと、素直になった敵女Bを強調して描写すれば、冷静キャラが壊れることによるイメージダウンを補って余りあるようにすることも可能でしょう。

 もう一つ思いつくやり方は、敵女Bが主人公に完敗した自分が許せなくて激怒する、というものです。この場合、例えば敵女Bが自分の命と引き換えの大技を持っていると設定しておけば、敗れて全て失った自分への罰として大技を発動する、といった手が考えらえます。一種の自裁ですね。

 それなら、冷静キャラを壊さずに描写することも可能になります。そこを主人公が身を挺して技の発動を止めて救う(逃げるか倒すかのほうが安全なのに、あえて止めて助ける、がいいかも)。そうすると、敵からヒロインに変わる必然性を与えることも可能でしょう。

(なお、「数多くのやり方があるでしょうね」というのは、こういう感じの話です。)

カテゴリー : キャラクター スレッド: 冷静な強キャラを怒らせる

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元記事:話の筋を作りながら物語のテーマにぶち当たるまで思いつくままに書いていていいんでしょうか?& アスペルガーの作者がアスペルガーを題材にしていいんでしょうか

どうも竹牟礼です。
「一番合戦 仁」というペンネームでやっています。

紛らわしいのでこちらの名前にすることにしました。

以下長文失礼します。

一つ目の質問です。
僕には小説の師匠がおりまして、 人となりを簡単に説明しますと、 かつて11人体制のプロジェクトを組んで途中で頓挫したという経歴を持つ、そこそこ経験のある現役同人小説家です。
( 現在は神話系の話を書いてるそうです)
そんな彼の指導のもといつも書いているのですが、彼のアドバイスで「本当にこれでいいのか?」と思うものがありました。

別スレッドでも少し書きましたが、「テーマというものは物語の最後でぶち当たるものだからどんどん書き進め。 出来上がったものが面白くなくても話の筋はできているはずだ。 それをたたき台にして推敲すればいい」 というものでした。

僕の作品のあらすじを以下に少しだけ説明させていただきます。

アスペルガー症候群を持つ主人公が七つの種族が治める異世界へワープし、謎の少女を暴漢から助ける。
事情をよく聞いてみると、彼女たちの種族は差別されていて、 村は差別主義者に焼かれて両親も焼き殺されたという。
お兄さんは破壊神の力に取り憑かれていて、各地に災いを振りまいてるという。
そのお兄さんを探しに 二人は旅に出る……、と言うお話です。

そ師匠の言う通り書いてみたのですが、やはり自分の作品が書いていても面白くないし、見ていても面白くないのです。
計画通り進んでいると言えば聞こえはいいですが違和感を禁じえません。
本当にこの書き方でいいのでしょうか?

二つ目の質問です。

(先に断っておきますが僕はアスペルガー症候群の当事者です)

先にも書きましたが アスペルガーの主人公が僕の小説に登場します。

軽々しく表現するべきじゃないことは重々承知しておりますが、ライトノベルの業界では「アスペルガー」という単語が出てきたことは過去一度もないでしょう。
一般文芸を見渡してもそうそうそんなタイトルは見つかりません。
( もしそんなテーマで売れてるのであれば 本に疎い人であっても誰の耳にも入っている筈です)
「発達障害×ファンタジー 」 というジャンルはまだまだ未開拓であり、うまく料理すれば僕にしか作れないとても面白いストーリーになるではないかと僕は分析しました。
いわば諸刃の剣です。
下手くそなものを書いて発表すれば確実に 身を滅ぼしかねないほどバッシングされます。
( 僕はよく知りませんが、筒井康隆のてんかん騒動とか)
少なくとも通常であれば素人や定型発達の人が扱う代物ではありません。

なのに、せっかく主人公は『アスペルガー症候群』という設定にしたのに設定自体を物語に絡めることができないのです。
それ単体でもかなり重い要素なのに、そこに破壊神、人種差別、 と重たくて暗い要素が加わり、作品全体がまとまってないような気がします。

そろそろ質問したいことのまとめへ移りましょう。

1.アスペルガーの作者がアスペルガーの 主人公を出していいのか?
また、アスペルガーの作者が、 実体験をもとにアスペルガー症候群を題材にしていいのか?

2. 「物語のテーマにぶち当たるまで話の筋を掴みながら場当たり的に書いていき出来上がったら推敲する」という書き方でも大丈夫なのか?

色々と書き連ねてきましたが、以上の2点について質問したいと思います。

どうぞお手柔らかによろしくお願いいたします。

補足: 僕は本気でかつて自分にも向けられた発達障害に対する差別や偏見を、他でもない自分のペンによってぶっ壊そうと思ってます。
ですからアスペルガー症候群という症名も バンバン出して行くつもりでいます。
カテゴリーエラー起こしてるのは重々承知です。
そうでなければこの世の中は変わりません。
いくら大人に読まれる内容の本をアスペルガーという題材で書いたとして、 理解するのは大人であり 10代20代に響きません。
そこで感化された大人がいくら動いたとしても、イジメはなくならないのです。
かといって療育の専門家が10代向けに書いた説教臭い教育本なんて、誰も読みはしない。
ならどのようにして彼らに訴えかけるべきか。
答えはただ一つ。
彼らが一番よく目にするライトノベルというジャンルに 発達障害というキーワードを以て一石を投じる必要があります。
僕がそのつもりで書いていることをご了承ください。

上記の回答(本人の経験をもとにしていいか、師匠とはどういう人か)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

 以下、出来る限りのことを申し上げておりますが、門外の者ですので、間違いもありましょうし、誤解もあるかと思います。また一個人の考えでもあります。予めお詫びし、ご了解、ご高察をお願いいたします。

―――――――――――――――

> 1.アスペルガーの作者がアスペルガーの 主人公を出していいのか?
> また、アスペルガーの作者が、 実体験をもとにアスペルガー症候群を題材にしていいのか?

 なぜこういうYes/Noの選択にするのか、ちょっと戸惑います(こういう選択肢に絞った経緯が分からない)。ただ、前段で竹牟礼さんご本人がアスペルガー症候群だと自己紹介されておられ、そこからは当事者・経験者だから他人よりよく分かるという実感をお持ちのようです。

 確かに、普段は気にしていない人よりはずっと知識があり、ご自身の経験としては感覚的な細部に至るまで感じ取っておいででしょう。なんとなれば、自分の内心まではっきり分かるのは自分以外にはいないわけですから。

 アスペルガー症候群について、一般的で初歩的なことから考えてみます。専門医がよく参照する臨床基準資料にDSM(「精神障害の診断と統計マニュアル」米国精神医学会編)があるのはご存じだと思います。現在、第5版、DSM-5(2013年~)ですね。
(他に、ICDがあるが、個人的に聞いている臨床への用いられる度合いや、最新版ICD-10ができた時期などを考えて、割愛します。)

 DSM-5からはアスペルガー症候群の記載がなくなったこともご存じだと思います。アスペルガー症候群という括りで診断することが難しく、他の症状と合わせて判断したほうが良い、といったことがあったようです。その辺りの事情は、専門家での議論であって、私のような一般人には分かりません。

 ただ、アスペルガー症候群という症名から、どういう人なのかということを考えるのは難しいということだけは確かだと思います。アスペルガー症候群だからどうこうと、肯定的、あるいは否定的、さらに差別的に考える一般人がいたとしたら、もう専門医でも諦めた判断に固執し、勝手なイメージでやってしまっている可能性が高いと判断すべきでもあると思います。

 ですので、フィクションであっても、「主人公はアスペルガー症候群です。だからこういうキャラなんです」といった描写は、誤解を広げないように書くのは非常に難しいと思います。専門医に近いレベルの知識と経験が必要ではないでしょうか。

 なお、これは当事者団体などの活動とは別の話です。生きづらさがあって診察を受け、アスペルガー症候群だと診断され、だからといって生きづらさは解消されない。周囲から差別的扱いも受ける。だから、当事者で集まって問題を解決していこう。それは、非常に大事で、DSMの改定が悪影響を与えないようにしなければなりません。

 竹牟礼さんが構想してお出での物語で、当事者の苦しみの部分にスポットを当てるのなら、問題は起こしにくいかもしれませんね。それも、ご自身が経験したことに限定して、内面含めて描くのなら、さらに問題は少なくなりそうです。

 簡潔に言い直しますと、アスペルガー症候群という括りで一般的に創作してしまうと、傷つく人、困る人、誤解する人が多数出そう。ある一人のアスペルガー症候群の個人的な経験として創作するなら、あまり問題ない創作をすることはできそう(注:できそう、であって、個人経験にすれば何を書いても大丈夫、とはならない)。

 もう少し枠組みを広げて考えてみます。精神医学の本はどれくらいお読みになった経験がおありでしょうか。一般向けのものではなく、大学の医学部で教科書になりそうなものや、臨床心理士が読むようなものです。

 総合的な精神医学教科書を2冊ほど読んだことがあります(他にハンドブック的なものも読んだが、症名の浅い解説程度で参考にならず)。それと臨床心理士向けの参考書。年長の作家志望の知り合い(その後、商業デビュー)から、狂気がないと、少なくとも狂気が分からないと小説なんか書けない、というアドバイスを受け、分からないので読んでみたのです。

 ちょっとびっくりしました。主に2点です。1点めは、どの症状も大なり小なり自分に当てはまるものがあること。もう1点は、まるでフィクションのキャラを解説してるんじゃないかと思えたことです。

 どういうことかと思ったんですが、理解に至る手がかりは精神医学教科書内にありました。異常という状態を舞台に置き換えた喩えがあり、舞台全体を均等に明るく照らしているのが普通の状態だとすると、失調した状態は舞台全体が暗くなったり、一部にだけスポットライトが当たっている状態との説明でした。

 さらに、バス停の喩えもありました。いつも定刻より30分遅れてバスが来るバス停がある。ある日、たまたま定刻通りにバスが来た。いつも通りでない観点からは異常事態と思えるが、定刻通りが本来だと考えると、他の日はずっと異常だったと思える。つまり、価値判断基準次第でどちらにも変わってしまう。

 フィクションだと、キャラの一面を強調しますし、そのために誇張もしますよね。現実にはいそうもない奇矯なキャラはフィクションに数多といます。例えば、照れるたびに主人公を張り倒すヒロイン、なんてちょっと前はよくあったりしましたが、現実にいたら大変です。

 そういうキャラでも理解できるのは、読んでいる読者自身にも、可能性としてはあるため、推測可能だからでしょう。この点は、構想されてお出での物語が読者に理解される可能性を示唆します。しかし、理解できるために非常に誇張されて、現実では見当たらないほどの奇矯なキャラも大勢いるわけです。むしろ、どんどん奇矯にしていかないと、面白みが出ないほどです。

 力を尽くしてアスペルガー症候群の主人公を描いてみたら、ごくありきたりのキャラだった、なんてことになる可能性は低くありません。

 それでも、お考えの差別をぶっ壊すという点が魅力にならないか。構想の重要なポイントの一つのはずですね。現実だって、誰かを虐げるより、一緒に笑うほうが楽しい。それは、笑うからではなく、悪いことをしていないから、つまり罪の意識を感じないからですね。フィクションで得た感覚と知識を現実にも持ち込んで、もっと嬉しい。そうなる可能性はあります。

 しかし、注意点も考えておくべきでしょう。多くのフィクションでは問題を解決しています。奇矯なキャラも、周囲、特に仲間とやっていけるようになるラストが多いわけですね。そう考えると、もう先行例が数多とあるわけです。むしろ、フィクションの大多数がそういうもの。その中で勝ち残れるだけのものがあるか、よく考えておくことが必要だと思います。

 なお、作者本人がアスペルガー症候群だから、というのは小説を補強するものにはなりません。そこをセールスポイントにしてしまうと、作者の魅力込みで小説を読んでもらうことになります。有名人ならともかく(「ああ、これをあの人が書いたんだな」という快感が生じる)、我々無名人では無理でしょう。

 それに、アスペルガー症候群をよく知らない人がターゲット読者層ですよね。知らない人だと興味を引くことすら難しい。タイトルや内容梗概に興味を引かれて読み始めるのは、おそらくかなり知っている人です(だから、もともと差別的ではない点も、ターゲット読者層から外れてしまう)。

 難しいですが、読み始めてもアスペルガー症候群がテーマに含まれているとは分からず、読み終わってから「主人公はそういう人だったのか」と分かり、何らかの感慨を残すように書ければ、成功できるような気がします。

―――――――――――――――

> 2. 「物語のテーマにぶち当たるまで話の筋を掴みながら場当たり的に書いていき出来上がったら推敲する」という書き方でも大丈夫なのか?

 これは「師匠に師事する」ということだと考えて、回答を考えてみます。師匠ってどういう存在なんでしょうか。「教えますよ」と宣伝して、入門者からお金を取る師匠なら、フィットネスジムのパーソナルトレーナーみたいなものです。弟子の希望を叶えるために教えてくれる。

 一方、尊敬できる仕事をしている人に、「弟子入りさせてください」と頼み込んで師匠になってもらうような場合だと、全く異なりますね。

 師匠は弟子の希望を聞く義理はありません。師匠のレベルに達したい弟子が、師匠についていかねばなりません。師匠は何の譲るところもない。「自分はこうしているんだ。お前も同じようにやれ」です。

 もし、「師匠から自分のやりたいことをダイレクトに教わりたい」とお考えなら、やりたいことを教えてくれない師匠からは離れるべきでしょう。そうではなく、「この人のレベルに達したい、この人からは小説がどう見えているか垣間見たい」とお考えなら、自分を曲げてでも師匠に倣う(習う、ではない。念のため)べきでしょう。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 話の筋を作りながら物語のテーマにぶち当たるまで思いつくままに書いていていいんでしょうか?& アスペルガーの作者がアスペルガーを題材にしていいんでしょうか

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元記事:初めてラノベを書くのですが、、、

はじめまして!!現在働きながらラノベ作家を目指して日々勉強中の細井翔というものです。最近少しずつ物語を作り始めたのですが、わからないことが沢山出てきて、悪戦苦闘の毎日です。。。
そこでいくつか聞きたいことがあるのですが、この場では「作品を複数同時に書くべきか」について聞きたいのです。
最近、仕事中に思いついたネタを元に書き始めていたのですが、後日「あれ?こっちの方が面白くね?」と思い2個同時に書いていたら、数昨日「あ、、、また浮かんだ、、、」と、今では3つ同時に物語を書いているのですが、このままだともっと増えそうで、、、正直、作品が完成させられるのかも不安で仕方ありません。でも1度書きたいと思ってしまうと、どうしてもその作品に心がいってしまい、集中できません。
初めて書くのは、やはり1つに絞ってまずは完成を目指した方が良いのでしょうか?それとも創作意欲掻き立てるままに、身を任せて複数書いた方が良いのでしょうか?
皆さんからしてみたら「勝手にしろ」って感じですよね。すみません。。。
ですが、もしよければご指導頂けないでしょうか、、、?
よろしくお願いしますっ!!!!!!

上記の回答(初めてラノベを書くのですが、、、の返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1 投稿日時:

 初めて書く、と仰るのが謙遜かもしれないことを考慮して、回答してみます。

 もし、作品を書き上げ、推敲もして完成させたことがおありでしたら、他の作品も書き始めるか、今の作品を仕上げるか、気持ちがしっくり来そうなほうを選べばいいでしょう。どちらにしようか迷うということなら、どちらでもいいのです。

 しかしもし、まだ1作も仕上げたことがないのでしたら、まず今取り組んでいる作品を書き上げ、推敲を重ねて、自分としては(とりあえずは)これ以上はできない、というところまで仕上げてみてください。

 1作を書き切って仕上げたときの嬉しさを経験するということですね。作品アイデアをを思いついた楽しさは、既に経験されています。このアイデアを具体化したら、どうなるかとわくわくしますよね。

 だからこそ、作品を仕上げたときの充実感を伴った嬉しさも経験しておく必要があるのです。両方知ってないと、どちらにすべきか比べることができませんから。

 ですが、長編だとこれが大変です。ラストまで書く手間は膨大なものがあります。ですので、掌編か、せいぜい短編で今の作品を仕上げてみてください。構想的に短編でも収まりきらないなら、冒頭からキリのよさそうなところまで取り出し、オチを適当に考えて完結させてはどうかと思います。

 人それぞれの面がありますから、確かにこうなるとまでは言えませんが、おそらく完成させる嬉しさのほうが、アイデアを得て書き始める楽しさより、喜びは大きいんじゃないかと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 初めてラノベを書くのですが、、、

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元記事:視点の移動について

新人賞に応募するため、戦記物のラノベを書いているのですが「村上海賊の娘」や「忍の国」のように、別々の戦場で起きている出来事を交互に見せる形で戦闘を進めていると、二ページに一回(酷い場合には一ページ)毎に視点を変えていました。
視点変更の際は一行開けてはいるのですが、頻繁に視点を変えるのは読みづらいでしょうか?

上記の回答(視点の移動についての返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 0 投稿日時:

 結論を先に申せば、仰る範囲で考えて、「視点移動は固定したほうがいい」になります。

 視点移動はするなとよく注意されます。分かりにくくなるからと。しかし、プロ含む上級作者の中には視点移動を(積極的に)用い、読者から分かりにくいと苦情を言われている様子がなかったりもする。

 視点移動という言葉があるのは、禁則だということではなく、そういう技法があるからなんですね。だから用いてもよい。ただし、きちんと扱えるなら、言い換えれば、作品内容を一切知らない読者がすっと一読して、迷わず理解できるように書けるなら。

 経験則ですが、たいていの発展途上の作家、特に我々みたいな経験がまだ浅い作家志望者だと、ほぼ失敗します。これは、一つには作者と読者の作品に対するスタンスが違うからです。

 作者は当然ですが、物語をイメージしてから言葉で表します。残念なことに、言葉が伝えられる情報量は少なく、特に絵的、音的なものはほぼ伝えられないと言っていいでしょう。モナリザの絵を知らない画家に、説明文章だけ渡してモナリザの模写が描けるか。無理です。五線譜ではなく、やはり言葉でベートーベンの運命を説明して、運命を聞いたことがないリスナーに運命を聞いたときの感覚が伝わるか。やはり無理です。

 言葉にした時点で、どんなシーンであろうが、極端に情報量が減り、絵も音もなくなってしまうのです。伝えられるのは記号だけ。例えば「猫」と書けば、日本人ならたいてい猫の画像や動画を思い浮かべられます。猫の鳴き声も同じです。猫を知っているからですね。つまり、読者の知識を全面的に借りて伝えるのが文章作品なわけです。

 場面転換での視点移動についてはどうか。キャラAの視点で記述された文章を読んで、作者に追いつくようにして読者もだんだんキャラAの見えるものが見えてくる。そして、空行たった1行がある。

 一応、場面転換かなと思いはします。読み進めたら確かに空行前と何か状況は違う。そこまでは分かる。だけれど、それをどのキャラが見ているかも伝える。それも視点キャラが変わっって、キャラBになったことも併せて伝えてもらわないと、元のキャラAが見ているものとして理解しようとします。当然、わけが分からなくなります。

 じゃあ視点移動時に何を書いておけばいいか。シーンを見ている視点キャラは誰か、視点キャラに見えている状況は何か、シーンの作内日時はいつか、最低でもこの三つを教えてもらわないと、視点移動に読者はついて行けません。

 章、節といったはっきり切れ目だと分かるのなら、まだなんとかなります。読者としても、さっきの続きではない可能性を十分に考慮しますから。でも、1~2ページごとに切り替え、しかも空行1行しかヒントがない。まず間違いなく分からなくなります。

 しかもです。例えば、作者さんとしてはキャラAとBの同時進行で切り替えつつ書いているとします。作者さんはAのシーンと視点を切り替えたら、当然、Bに移ると分かる。だけど、読者には全く分からない。たとえ別のキャラだなと感じ取っても、別のキャラCで切り替わったシーンなのかもしれないと思う。

 ですから、切り替えるたびに、視点キャラ、状況、日時をまず描写に混ぜつつ説明してから、狙いのシーン描写に移らないといけない。それが1~2ページごとにできるのか。もしやったとしたら、1~2ページごとに本筋と無関係の、視点キャラを切り替えた説明が入る。読者的にはかなり無駄に読む感じがしてしまいます。

 使いたい気持ちは分かります。例えば、複数の同時進行すべきシーンがあり、それぞれのシーンが他のシーンと絡むことがあり、山場では各シーンの結果が集まって来る、という物語構造だったら、視点移動しつつ、各シーンを少しずつ同時に見せていきたい。確かにそれが成功したら、ラストで「なるほど、こうなるのか!」という驚きが生じますよね。

 だけど、たいていは読者側の負担になるのです。少しずつ進行するキャラ別シーンを脳内でしっかり把握し、整理せねばなりませんから。読者としてやりたい作業ではありません。読み進めたらすいすい頭に入るくらいでないと読めないのです。だって楽しみたくて読むんだから。決して作者さんが構想した話を勉強したいわけではない、だから努力なんかしたくない、手間がかかるのも大嫌い。

 ですから、すっと一読して分かるように書けて、読者が退屈しないようにできるのなら(つまり上級者であり視点移動技法を習得済み)、視点移動を使えばいいと思います。でも、視点移動していいかどうかお尋ねということ、現在お使いの視点移動技法のご説明が的外れなことから、おそらく視点移動テクは身に着いていないと思われます。だから、やめたほうがいいです。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 視点の移動について

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元記事:少女向けと少年向けの違い

少年向けと少女向けの違いがよくわかりません。
設定からして少女向けだと言われました
少女向けと少年向けだとどこがどう違うんですか?
私は戦闘シーンを入れたいのですが少女向けだから無理と言われてしまいました
女性が主人公で戦闘は難しいですか?

上記の回答(少女向けと少年向けの違いの返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 1

 例えばですが、少女コミックは三角関係等も含めての恋愛ものが多く、少年コミックはスポーツも含めてバトルが多い、みたいな(ステレオタイプですが)印象があります。

 少年誌では「争い」を描き、少女誌では「諍い」を描く、と言い換えてもいいかもしれません。そういうテンプレなんでしょう。だから、少女ものとジャンル分けされると、「争い」を描かれると読者ががっかりすると危惧する向きもあると思います。

 もちろん、何を描くかは作者の自由です。もし、「たとえ少女ものと言われても、がっかりされてもバトルを入れるんだ」と思えば、入れたらよいです。

 しかし、もし「せっかく少女ものらしさがあると言われたんだから、少女もののテンプレに従ってみるか」と考えるのなら、そういう路線で一作を仕上げてみるのも一興かもしれませんね。

 少女ものと少年ものの違いは何だということについては、やはり自分で両方のジャンルを読んだり、観たりしてみるしかありません。感性的なものなんで、実感してみるしかなく、実感するには経験してみるしかありません。

 だけど、とりあえずやってみるとしたら、上記のような違いだと、大雑把に理解して、やってみてもいいような気がします。例えば以下のような要領。

 とりあえず、ヒロインを設定し、ヒロインを大事にするようにして、恋愛要素をメインで入れる。ヒロインは彼氏キャラに好意を抱く。そこへ、同じく彼氏キャラに好意を抱くライバル女子を登場させる。登場時のライバル女子の魅力としては、モブキャラ基準では、ライバル女子>ヒロイン。

 少年ものだと、ヒロイン vs ライバル女子の構図を直接的に描き、ヒロインとライバル女子を争わせます。軽い感じなら、どちらが彼氏キャラとデートの約束を取り付けるるかで争い、ライバル女子がヒロインを排除しようとし、ヒロインも負けじとライバル女子を抑え込もうとする。

 だけど、女性向テンプレだと違ってきます。ライバル女子が嫌味なキャラであれば、ライバル女子は直接的にヒロイン排除の行動をしても可です。しかし、ヒロインは嫉妬をしても、ライバル女子に直接的には向かいません。

 判定を彼氏キャラに預けるのです。だから、ヒロインがライバル女子を攻撃することはない。ヒロインは彼氏キャラに救いを求め、彼氏キャラによりライバル女子を排除してもらう運びになります。

 言い換えれば、少女路線テンプレでは、ヒロインの力は価値判断の力を持つ彼氏キャラによって発揮されるのです。彼氏キャラ=勝利条件=価値評価の神に選ばれる、ということですね。少年ものだと神頼みをせず、ライバル同士の直接対決です。

 物凄く大雑把に一部のテンプレだけで説明してみました。大雑把にして部分的な点、ご高察を願います。自分の描いているものがどういう路線なのかをきちんと知って、長所を生かすのなら、やはり幅広いジャンルに当たってみる必要があることは、念押しして述べておきたいと思います。

カテゴリー : その他 スレッド: 少女向けと少年向けの違い

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投稿日時:

元記事:書きたい話があるんです。

初めまして。ちょっと相談したいことがあります。ここの利用者の方で、書きたい話があるから創作を始めたという方はいらっしゃいますでしょうか。

自分はまだ一つも作品を作ったことがありません。ですが、書きたい話があります。
10年くらい前から、自分で作ったキャラを頭の中で動かしたり、競わせたりという遊びをやってきました。
最初は眠れない時の為の暇潰しという感覚でしたが、続けているうちにキャラクターにも愛着がわいてきまして。
で、そいつらを使った話を作ってやろうと決めたはいいものの、ストーリーがなかなか決まりきらず。そうして執筆開始をずっと先延ばしにしてきたのですが、ここ3年程でストーリーの大まかな流れがやっと決まり始めました(遅いですね)。
構想を進めていったのですが、その中には、自分でも納得のいく出来の話もいくつかは作れました。

ですが、ストーリーの約半分くらいが出来たところで、(冒頭からラストまでの流れの中で、構想できてる部分が半分くらいという意味です)ストーリーを作っていくことに不安を感じるようになってしまいました。

理由としては、これまで作品を作ったことがない未熟さも考えられますが、もう一つ、構想に時間をかけすぎたということが考えられるのです。

これまで、暇な時にはキャラを動かしたりするということを、10年くらいしてきました。おそらく、これを欠かした日は少ないと思います。結果として、この話は自分の人生の中でも特に大きな要素となってしまいました。

もしこの話が完成してしまったら、自分の人生は終わってしまうのではないだろうか、という不安を、いつからか感じるようになってきてしまいました。
もちろん他にやりたいことはありますが、大目標であるこれを達成してしまったら、クリア後のゲームの世界を生きているようになってしまうのではないだろうかという感覚があります。

他に作りたい話が特にあるわけではありません。キャラクターやネタのストックも、思い付くものは全てこの話に還元してます。ですので、この話が完成したら他の話を書くという可能性は低いと思います。

それでも、この話だけはいずれ完成させたいと思ってはいるのですが。

前置きが長くなってしまいましたが、ここで相談です。

これまで作品を完結させること、あるいはそもそも執筆を始めることに抵抗を感じてきた方。それをどのように克服されましたか。

答えていただけたら幸いです。

上記の回答(書きたい話があるんです。の返信)

投稿者 あまくさ : 1

小説にかぎらず、物事を完成させるのが恐いというのは一般的な心理らしいですよ。

人間は「変化」を恐れる生き物です。変化した先に何か危険が潜んでいるのではないかと無意識に感じてしまう、動物的な防衛本能に起因する心理のようです。
なので、完成を恐れる心理から逃れるコツは、完成を「ゴール」ではなく「通過点」と考えることです。ところが処女作の場合は経験がないため、完成した先の状態をイメージしにくいんですね。

これを回避する方法は。
構想されている作品の一部を無理やりでもいいから切り取って、適当な長さに纏めて新人賞に応募することです。または、このサイト(ラ研)では定期的に競作企画というのをやっているので、こういうのに挑戦してみてもいいです。とにかく枚数制限と締め切りのある何かに取り組んでみるんです。
公募にしても、落選必至の不完全なできでもいいと割り切ってしまってください。とにかく1作完成させるという経験をすることが、きわめてきわめて大きいんです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 書きたい話があるんです。

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投稿日時:

元記事:少女敵キャラの扱い

ラノベを読んでいると、敵を殺す主人公が多いですが、男だけで少女は殺していないですよね。むしろ仲間になって一緒に戦っていますよね。
そこで質問なのですが、ラノベで少女敵キャラを殺してしまうのはご法度ですか?
そのキャラの性格上、殺人などを平気で犯している快楽殺人者なのですが、この場合はどうなるでしょうか?

上記の回答(少女敵キャラの扱いの返信)

投稿者 たまねぎくん : 0

読み手の
「女性と仲よくなりたい」
という願望を叶えてやるのが書き手の思いやりですね。
しかし、主人公が快楽殺人鬼だったら、別です。
もちろん、他に快楽殺人鬼が100人いたら、主人公は100人の人間を皆殺しにしなければ、殺されてしまいます。ですので、書くのが難しいです。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 少女敵キャラの扱い

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