小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

雨オカマさんの返信一覧。投稿の古い順2ページ目

元記事:ライトノベルでのターゲット層についての返信の返信の返信の返信

 返信ありがとうございます! 議論が全部追えないのは、まあ、これだけ枝が広がったらね。こんなの全部追ってたら一日終わっちゃいますよ(笑)。だからこそNo.77を投稿する必要性を感じたわけでもあるのですが。あれはなるべく中立を期して記述したつもりですが、自分自身がこの議論においてひとつの極の急先鋒みたいな立ち位置なので、もしかしたら他の論者の意見について理解が浅いところがあるかもしれない。そこだけはご了承ください。

 で。あなたの意見は自分がNo.17およびNo.24で述べたこととよく呼応するように思いますね。

>なんでこういう反応ばかりになるのかっていうと、それはここが創作相談掲示板という場だからであり、そこでラノベの実際の対象年齢はもっと高いという話をするとどうしても「俺はラノベのフィールドでもっと文学っぽいやつを書きたいんだ!」っていうステートメントとして読まれてしまうからだろう(もっというと、いわゆるラノベラノベしたラノベを子供だましと見下す目線を読み取った人もいるかも知れない)。でもそうじゃないんですよね? べつに雑魚ラノベワナビは文学をやる力量がなくて子供だましに逃げているとかこき下ろしに来たわけではなくて、文字通り『10代の読者もいるので、わかりやすい文章で書く、という点は理解できるが、ターゲット層を10代だけに絞り、20代以上の年齢層の意見を無視するといった姿勢は明確に謝り』っつう話がしたいんですよね? だったらそれは完全に正しいですよ。何も間違ったことは言ってない。(No.17)

>スレ主はXX代向けを購買層からのみ定義しており、具体的にXX代向けの作品とはどんな内容であるかという話を一切していないので、そもそも『10代向けの作品』という言葉自体がこの文脈においては無意味かつ不適切です。あなたが10代向けという言葉で表現しようとしている作品はスレ主によれば20~30代が主力購買層であり、かつ20~30代の主力購買層はあなたの定義による『10代向け』の内容を好むので、ラノベ作家がこれから書いていくべき内容はさほど変わらず、ただ『10代向け』という言い回しのみが実態にそぐわない不適当なものとして浮かび上がるという話。(No.24)

>>正直、「10代」の定義を明確にしたら、言ってることそんな変わらないと思います。

>その明確になった定義にたいして『10代』という語句を当てはめるのは適切なのか? と問いたいです。
>しかも購買層の話をしているときに全く別定義の『10代』を持ち出して反論したら混乱しか発生しないでしょっていう。(No.24)

 というわけで、自分はあなたの見解に100%同意。そのうえで自分はスレ主に倣って『「十代向け(購買層)」という使い方』をすべし、というところまで踏み込んでますが、状況理解としてはまさにあなたが言ってくれた通りです。

 ただそうなると、スレ主がそもそも問題にしていたラ研の記述は『十代向け(内容形式)』と『十代向け(購買層)』のどちらの用法で使われていたのか、またそれは記述から自明に読み取れるものであったかが気になります。
 スレ主はリンクを張っていませんが、サイト内でそれっぽい記述を探してみると以下のような文言が見つかりました。

 https://www.raitonoveru.jp/howto1/sell/01.html
ライトノベルのメインターゲット層は10代のオタクです。
>20代以上のオタクは、そこに付随しているターゲットで、メインの顧客ではありません。ヒット作は、まず10代のメインターゲット層に受けて話題になってから、次の層に浸透していきます。

 ……これ、No.77で自分が行った分類で言うところのロ-2)『メイン購買者層をターゲットにしても本は売れてくれない、とする立場。』に含まれる、『・10代の流行が上の世代への流行に影響を与えるので、まずは10代の間で流行させることがマーケティング的に正解。』と同型の主張ですよね。これはクロウド氏がNo.12で主張していたことでもあります。
 となるとラ研コラム→スレ主までの流れでは一貫して『十代向け(購買層)』の意味においての議論が続いているのだからここでいきなり『十代向け(内容形式)』が説明なく持ち込まれるのは変じゃないかと思いますね。

>書く人たちは、多分「想定読者(読者ターゲット?)」という概念から、自身の物語に使う要素(語彙、出来事、リアリティ、テンプレ等)とか描写の仕方とか「語の意味」を決めるのだと思います。それは「専門用語を使わない」とか「科学的整合性を重要視しない」とか、あとは「これこれの語をこれこれの意味で使う」とかを決定するための概念として使うのではないでしょうか。これは購買層とは厳密には異なるもので、創作の手順として定めるものではないかと。(これが正しい「想定読者」の使い方かは分かりませんが、そういうものと思っていました)。

 『購買層とは厳密には異なるもので、創作の手順として定めるもの』としての『想定読者』という考え方は興味深いです。作家の中にある"10代の頃の自分"みたいな感じでしょうか。これだけでいろいろ論じられるトピックになりそうです。

上記の回答(ライトノベルでのターゲット層についての返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 雨オカマ : 1 投稿日時:

 返信ありがとうございます。おそらくすでに説明したことを再び語ってくださり、またおそらくのスレ主元の文章を引用していただき、大体の流れが納得出来ました。
 皆さんがその時々で様々な心情や錯綜の下苦慮して書いたスレ全体の内容について、横から偉そうに総括は(量的にも)出来ませんので、まだ色々意見はあるでしょうが、個人的な納得を得られました。
 また自分で書いていて、思ったより「想定読者」という考えが、自分のなかでさえ曖昧なことにも気づきかせてもらいました。

カテゴリー : その他 スレッド: ライトノベルでのターゲット層について

この書き込みに返信する >>

元記事:異世界の魔法について

先日お世話になりました橙というものです。素人の意見ですのでご容赦下さい。
今回は物語を書く上で固めていきたい異世界の魔法の誕生について現実に当てはめてみて考えてみました。「異世界だから」や「神のおかげ」と言ってしまえばそこまでですが、私としては異世界では重力が働き、朝と夜が存在し、地球から転移されたにも関わらず呼吸ができるなど地球と変わらない環境であるのに加えて魔法という概念が存在するのが当たり前の事象として扱ってはならないと思いました。異世界の温度が地球と同じである、酸素がある、物語によっては月が2つあるのに異世界が安定しているなどの点から異世界は一種のパラレルワールドであると考えられます。ここでは異世界を一惑星として考えて現在と変わらない環境の惑星の完成までは地球と同じとします。
まず、異世界において大事な要素である魔法について考えていきます。私が勉強不足のためまだ他にあるかもしれないが魔法の発動方法を以下の5つとします。
①魔法陣を描く
②妖精を媒介とする
③体内を循環している物質を使い体外に放出する
④異世界人には体に特別な臓器が存在するから使える
⑤魔法を行う為の物質であるが空気中に存在しそれを元に発動する
大半のものは魔法を使うための物質が存在することが分かります。一般的に言う魔素やマナです。このことから異世界には酸素や水素のように魔素という物質が形成されているおかげで魔法が使えるようになったと考えられます。
それぞれの方法から魔法の成り立ちについて考えていきます。
①の場合は決められた法則に基づく紋様を描いて術者が発動するなどあります。魔法陣を使う世界での魔法の行使は魔法陣を頭で描いて技名を口にして行います。私はこの方法は頭で描いているものを具現化していることから術者の思考を読み取る存在が存在し、それらが魔法を行使していると考えます。このことから魔法陣を使う世界には②と同じで妖精という存在が必要不可欠になると考えました。では、妖精という存在はどのように生まれてきたのか考察していきたいですが、地球に当てはまる存在がないので、地球での生物の誕生と同じように魔素が独自に進化して生まれた生物と考えます。これらのことから、①と②は同義と考えました。次に③の場合です。私は④と同じ理由で異世界で独自に発展した肝臓と腎臓の機能が合わさったような栄養を吸収し、体外へ放出する器官が存在するからと考えました。しかしこの場合だと異世界に来た地球人が魔法を使えないです。私の読んだことある作品(主になろう小説)では地球人は体内にある物質の循環を感知する練習をすることで魔法を使えるようになっていました。中にはその物質を操る者もいます。私はこれらのことからこの物質は異世界にのみ存在する物質であるため魔素と扱われるのは必然的であると考えます。しかし地球人にはない感覚を用いて体内を循環している魔素を感知しています。私達は漠然とした感覚で血液の流れを感知できますがその流れを精密には感知できません。地球人が体内に存在する魔素を感知するということは、体内がそれを感知しているのではなく体の表面にある皮膚がそれを感知しているのではないかと考えました。要するに触覚です。体内に存在すると考えられているものを皮膚が感知するので、魔素というものは放射性物質みたいなもので血液に反応して物質化し、体内を流れまた体外に出た瞬間空気中に存在するなんらかの物質(窒素や酸素など)と反応し物質化し皮膚が感知してるのではと考えました。また体内に存在すると思われる魔素を使って魔法を行使していることから、魔素は思考を感知している存在であると考えました。そうなるとこの場合でも魔素は妖精であると考えました。ここまで考えると、⑤の場合も魔素というのは妖精という機械的な存在に命令することで魔法を行使しているという考えに至りました。
これらのことから魔法の行使には実体の有無関係なく妖精が必要不可欠であると考えました。先に述べたように妖精という存在は地球に当てはまるものがないので異世界で独自にある魔素が進化して生物化したものと考えてみました。
申し訳ないですが魔素の誕生や何故妖精が生物の思考を読み取れるのかは上手い具合に思いつかなかったので、私はまだ地球でも解明されてない思考のメカニズムを読み取っていると考えました。また、何故妖精が生物の命令を行使するのかというのも「そういう存在だから」としか考えられませんでした。魔法の発動内容については例えば、土魔法火魔法のように妖精が自然になんらかの作用を及ぼしているとしか考えられませんでした。
皆さんの魔法の考え方について教えていただけたら幸いです。

上記の回答(異世界の魔法についての返信)

投稿者 雨オカマ : 2 投稿日時:

 デ・ラ・ポルタという魔術師曰く、「魔術とは哲学(科学)の実践」(と言っていた気がします)。というのも、「自然を意図通りに動かす」というのは自然に対しての理解と知識に技術を加えておこなわれるからです。他には、「魔術とは原因のない結果である」というもの聞いたことがあります。これはオカルトのことでしょうか。ところでラノベ魔法というと、「作中人物にとっては哲学(科学)の実践であり、読者にとっては原因不明の結果である」ようなものがほとんどですね。
 フィクション作品は、「魔法」のような、現実にあるものと、ないものを含みます。それが、それが「アリ」か「ナシ」かはさまざまな尺度によります。描写の仕方やデフォルメ、ジャンル、美学的要素をおよそ除いて、リアリティという(やや曖昧で厄介な)概念だけから見ますと、「現実に『もしも』をかけて作り出せるものが、妥当な改変要素」という大まかな基準が立てられうるでしょう(守る必要はないでしょうが)。そしてそれにはおよそ1「現実の物質、物理法則によって理由づけられるものだけで(かつ描写で理由づけして)、改変を行うべき」2「原因に対する理由説明はなくとも、それがもたらす結果は物理的であり、それを元に説明されるべき」、という意見があります(あるといったらあります)。
 1は、厳密にそうかはわかりませんが(そして内容も知りませんが、典型的に挙げられる)「日本沈没」などがありますし、2はコードギアスなどが「サクラダイト」という「原理は不明だが、常温超電導が可能な物質」という要素を含んでおります。スレ主さまの望んでおられるのは、おそらく究極的には1なのだと思います。おそらく「ラノベ的魔法テンプレ」を「架空物質なく全て科学的に説明しきる」ということです。残念ながら、私にはお役には立てません。
 ところで、いまのところの設定は2であります。魔素という架空物質が現実のものから導出される説明がありませんから。そしてライトノベル等に多く使われるのも2です。そのため、もし「魔素」が「なんにでもなる物質」で、「自然現象」を起こすならば、それがもたらす自然現象の連鎖に科学的整合性があれば、リアリティの基準の評価は獲得できるはずです。私にはそれでも扱い切れませんが。
 ただ、そういったタイプの設定はいくつか見たことがあり、「なんでも物質orエネルギー+概念+力み」というタイプに属する気がします(おそらく通俗的な意味での「質料(クッキー生地・物化する原理)+形相(型抜き・性質化する原理)」であります)。「なんにでもなれるものが概念で限定されるが、実現には力の量が必要」です。これに個人の概念実現の特性を加えると、「スタンド」とか「念」に近しい振る舞いをするでしょう。「なんにでもなれるもの」が個人というものを通して限定されていくのです。スレ主様の設定ですと、概念が魔法陣と妖精を通して、「なんでも物質」を限定していくということになります。このタイプの設定には、整合性上「妖精」も「魔法陣」も必要はないのはないかと思います。
 にもかかわらず、「その設定がいい」と思う理由は、あるいはなんらかの「美しさ(面白さ)」のせいかもしれません。例えば、「コミュニケーションという課題を扱いたい」「魔法の効果をヴィジュアル的に説明したい」というようなものです。そういったものが「美しさ」の役に立つなら、なにをそこに加えてもいいのだと思います。なので現実との整合性よりも「何が美しいか」「その美しさはなにによるか」という点に目をむけてみてもいいかもしれません。
 それと付け加えますと、すくなくとも少年向けのアニメや漫画では、「古典的イメージモデル」を使っていることもあうようです。「ダイアは鉄より強い」とか「電気や炎が気弾(そもそも謎の存在ですが)みたいに扱われる」などです。「それっぽいけど、考えると変」でも「ヴィジュアル的に納得する」ものです(なぜそうなるかはわかりませんが、我々の現実把握つねに科学的だったり数学的だったりするわけではないせいでしょう)。「改変要素」「デフォルメ」「言及しない」「古典モデル」というテクニックを駆使して違和感を隠す技術もあるので、物語を作るのであればその辺も考えたほうがいいかもしれません、好きなやり方ではないかもしれませんが。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界の魔法について

この書き込みに返信する >>

元記事:物語の考察のさせ方について

こんにちは㎜というものです。
面白い作品は読者に考察させる内容が含まれていることが多いですよね。
読者にはただ一つの答えではなく、様々な答えを考えさせ、議論させるものが私個人的には面白い作品であると考えています。
そこで、考察について4つの質問があります。
①作品によって異なると思いますが、どういった内容が読者にとって考察し甲斐のあるものになるのでしょうか?
②どういった点(例えば、登場人物の言動、舞台の背景等)に考察させる要因を入れたらいいのでしょうか?
③読者に考察させるので、作者側であらかじめ答えを用意しておいたほうがいいのでしょうか?ただ、私としては答えを用意して作品を書き、考察させるとなると、その答えに導かせる作品になってしまい、読者の考察の答えが1つだけになりそうで不安です。
④そもそも、今の読者に考察させるような作品を好むひとはいるのでしょうか?
みなさん回答お願いします。

上記の回答(物語の考察のさせ方についての返信)

投稿者 雨オカマ : 1 投稿日時:

 考察というと、私はもっぱらまとめサイトのツッコミ片手にジョジョの考察をするのです。そしてそれは、なんというか「神学(適切か不明ですが)」なんですね。「好き」というのは決まっていて、「どうやったら自分にとって好きな部分を破壊せず物語の整合性を取るか」というゲームなわけです。つまりは「すでに信仰することは決まっていて、そのうえでより『自分が納得するため』考えるんです」。
 これは、その作品が優れているかというのとは関係がないことです。エンタメの優れている作品というのは、一般常識的な読み方を続けるだけでなんらか良いメッセージや美術性といった満足感を与えるもので、それなのにその満足感のために読者の側に複雑な考察が必要なものは構造的な欠陥を有していると見ております。神学によって生じた価値は一般読者には無効です。
 こういうファン活動もたまに「考察」と言われたりしますけれど、当然除外したほうがいいでしょう。というのも、作者が意図的に読者に「隠れた要素」や「一見した矛盾」を提示してるわけではありませんから。区別できないときはままありますが。
 おそらく聞きたいのは作者が意図的に読者に対してなんらかの考察を誘発する、ないしはある種の「引き」の技法として効果的な情報の出し方をする方法と言うことではないでしょうか。

 ①記憶操作とか精神の障害だとかで回想や見ている世界とそうではない世界があるとか、パラレルワールドやアバターなどの同じ姿だけど違う存在がいるとか、なんらかの陰謀に巻き込まれ、様々な策謀やスパイが暗躍しているとか、「表(人物の同一性、明瞭な認識、正直)」の場面のあと「裏(人物の不同一、信用できない認識、嘘)」があるような設定を示されると、考察、というか諸々の描写を考える意味が生じますね。
 これとは別に「専門用語を理解しないといけない」とか「本が引用されている」とかもある種の考察が必要になりますが・・・。
 ②正面きって謎や矛盾や専門用語を使っちゃって考察してもらうのも男気があるでしょう。謎謎謎、で攻めていくのも考察してくれるでしょう。
 ほかにはギャグの場面、とか日常の場面、とかの副次的な情報に隠しておいて、あとで「裏」が明示されるとその場面の意味が変わるというような仕方も多いと思います(会話というところに焦点が当たった場面での背景や人物の癖とかの副次的要素)。そうすることで細かい描写に考える意味が生じるわけです。
 「ヘボット!」というキッズギャグアニメで、「トゥル子」というへんちくりんなキャラクターが出てきます。これは多分、ギャグ連発型のキッズアニメではよく登場する素材で、「爆釣り!バーハンター」というアニメで「島田のおばちゃん」という「芋食ってオナラをするギャグパート」のためだけにどこからともなく参上するキャラがいるのですが、トゥル子も表向きはその役割を持っていて、(大人の)視聴者にもおそらくそういうものとして認識されています。
 それで、そのキャラがどこからともなく現れて、キャラクターの足を引っかけて転ばせたりするんです。でも、話が進むと、ループ世界の設定が出てきて、そいつが実は味方側の重要キャラで、主人公たちが破滅的な未来を選ばないようにギャグパートのなかに潜んで監視してたことが明らかになります。
 こういう事態が生じると、かつてギャグパートだったものの意味が変化することになり、そういった部分にも焦点となる意味以外のものを考察してくれるようになるでしょう。こういう現象を有効に発生させるのに大事なのは、隠すための表の舞台が見るに値するものであり、かつ裏の舞台と整合性が取れること、明らかになったときに衝撃があること(ギャグキャラがシリアスキャラになるような落差とか)などだと思います。この例では一気に答えを出してしまいましたが、多分情報を小出しにしていって、どこを確定させ、どこを確定させないかのセンスが大事なのでしょう。
 ③個人の感想ですが、私は答えがないと嫌です。ただ、芥川先生の「藪の中」みたいに「確定できないということが確定」というような「認識不安」を扱ってるうえでの「答えはない」は「答えみたいなもの」ってことでOKです。そうでないなら失敗と看做します。裏の舞台が示されたときに、あらゆる矛盾した現象が、その情報の開示によって矛盾なく統合される瞬間こそ快感です。やはり「答えがない」ではなく「答えが作中人物に示されない」、あるいは「答えを出せるものではないという答え(不可知であるという判断、みたいな)」「意味のある無回答」という・・・曖昧ですが、そういう類のものでないと受け入れられません。全体として、考察そのものではなく、常に答えがもたらす快感を求めていると考えています。
 ④個人の感想ですが、竜頭蛇尾になりがちで、そういったものを何回も見た覚えがあるのであんまり期待できないです。何も考えず理解できる本線があれば大体何を仕込まれてもいいような気がしますが、議論するうえではどんなところにも隠れた意味を見出そうとされるとまともに話が出来なくなって、結構うんざりしますね。

 整合性を保ったまま(読者の心ではなく展開を)裏切るには、「嘘」「陰謀」「記憶操作」のような舞台装置もありますから、なんとなく考えれそうですが(作中での表の情報へ裏の情報がどう変換されるか、その整合性はどうであるかというように)、「考察を起こさせる」というのは、実は結構複雑だと思います。読者の想像を奮起する不気味なモンスターの描写とかでも考察は発生しますし(映像作品ですが、青鬼とか)、「想像力を奮起させる文章センス」みたいなものも関わってくると思います。
 もしかしたら「魅力がある作品は続きが気になる」だけで「隠して示唆する技法」や「謎」にどこまで意味があるかも分かりませんが。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 物語の考察のさせ方について

この書き込みに返信する >>

元記事:キャラクターの能力について

私の小説には『無を操る能力』というキャラが出てくるんですが、
話しの流れで、そのキャラクターと、『美を操る能力』というキャラクターが戦うんですけど、力の強さが互角なんですよ。

でも、それじゃあ不自然じゃないですか。

作中の無を操るキャラは、最強キャラのなんですよね。
なんでも、無にできるんですよ。力の強ささえも無にできる。
だから、変な話、敗北という事実を無にしてしまえば、負けないわけなんですよ。

対して、美を操るキャラの方は、能力を応用することによって得た人を魅了させ、操ることができるという力をもっているんです。
因みにこっちが敵です。

この二人を互角に戦わせるにあたって、無を操る方に何かしらの弊害が必要なんですよ。もっと言ってしまうと、その無にするキャラが、その能力を手に入れたというのも、特殊なんですよね。
必要だけれども増やし過ぎたせいで、とうとう一人では収集できなくなってしまったので、皆さんの力を借りたいと思い、ここに書き込みました

上記の回答(キャラクターの能力についての返信)

投稿者 雨オカマ : 2 投稿日時:

 無(消し去る)に対する美は、言われてみるとかなりキラー属性だと思います。「美しいものは消したくない」という理由はとんちが効いてると思います、ツッコミどころはあるでしょうけど。
 この場合の「敗北を無にする」といのは「魅了を無にする」ということですから、「幸福を無にする」に等しいわけです。つまり美が発動した瞬間無は力を失うのです。「存在してほしいものの前には無は無力」、と。「無」は使用者にとっての「負」に働きかけたときのみ効果があるでしょから。
 なんならその人が「危害」や「不幸」を予め世界中から消し去っていても「美」「魅了」は「幸福」なので残りますね。殺せはしないけど、目的を美にくぎ付けにすることで無力化できる。無が概念的でチートであれば、このくらい美も概念的でチートにすればいいのではないでしょうかね。

 むしろ、「美による操作」こそ場合によっては強力ですね。見た目の美ならば、目視という条件で自動反応し、結果としては意識操作というところまでいけます。「メガネ好きにする能力」で「メガネが自分の命より大事になる」という展開をさせたマンガあったと思いますが、それなんかは発動条件を非常に厳しくしていた記憶があります。

 問題は無をどれだけの力にするかですが、穏当にいくなら「物質を凄まじく分解する」ぐらいがいいと思いますが、そうではないようですし、最悪「自分への効果を無にする」とかで予め敵の全能力を無効化できるとかだと厳しいかもしれない。
 それをさせないような状況を作らないといけませんね。能力者個人にとって価値あるものを巻き込んで消せない状況を作るとか、能力の限定、例えば「見えるモノしか」とか「全体と個物のどちらかのみ」とか「現にあるもの(魅了なら魅了が生じたとき、あらかじめは消せない)」にしか適用できないとか、そういうのが必要かと。

 美の能力も、強力かつ「他を美しくする」ことにして、弾丸や刃物や火を美しくすることで害悪だけど消せなくなる、効果を消すということもしたくなくなる、でも能力者自身に対してはそういった感情は抱かないとか(やや矛盾ですが)、あるいは「周りの美しくないもの物」を消し去ることで、意図しない事故を呼び込んで能力者を始末するとか(これも能力まで消したくないなら守ってしまうかな)。

 あと全体としてもうすこし能力の範囲を限定したほうがいいとは思いますが。ながなが失礼しました。僕はあんまり書けていないので、あてにせずにお願いします。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターの能力について

この書き込みに返信する >>

元記事:【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?
 主人公を強く見せるために敵を弱くするというのは昔からあることですが、小学生レベルの掛け算で賢者認定、杜撰な知識で異世界改革など主人公が強い・すごいというより周りがひどいだけの設定や描写で主人公を賛美するのは無理がありませんか?

2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について
 いわゆる中世風異世界に「ジャガイモ」と呼ばれる農産物を登場させたときに「その時代にジャガイモがあるのはおかしい」という批判は、現実世界の歴史を基にした主張です。ジャガイモという名前に引っ張られる形でその歴史過程までも異世界に当てはめようとしてしまうことがおそらく原因でしょう。
反論としては、「異世界が舞台であり現実のそれとは違う」というものがありますが、この場合「ジャガイモ」という名称の由来が新たな争点となります。
異世界であるなら別に「ジャガイモ」である必要は無いのではないかというわけです。(無論すべての名詞を異世界風に改めるのは某FFのように読者の理解が追い付かなくなる危険がありますが)
 もう一つ話題になったものとして「異世界シャワー問題」があります。(僕はその作品を読んでいないので詳しいことはわかりませんが)異世界なのになぜシャワーがあるのか? という疑問だったと思います。ジャガイモやシャワーに限らず異世界に関する描写・設定について読者はどこまでを現実的に判断し、どこからをファンタジー的に判断するのでしょうか?(考えるだけ無駄という意見はこの際おいといて)

上記の回答(【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信)

投稿者 雨オカマ : 2 投稿日時:

1・掛け算賞賛ですが、結構整然とした街並みがあって、脳死で生きていけるほど魔法の力もなく、技術力も識字率も高そうな世界で掛け算が出来なければ違和感はありますが、教育が行き届いてないとか、逆にその世界の技術が便利すぎて退化してるとかであればそんなに違和感はありません。限度はほとんど定められず、設定や雰囲気によるのではないかと。

2・現実とおなじジャガイモを登場させたいならば、その世界の風土設定が現実のジャガイモの生育条件に適合すれば出していいでしょう。よく知りませんが、歴史的に偶然アメリカ大陸にあっただけで、自然法則的にアメリカ大陸にしか出現しない作物ではないはずです。
 生育できない場所で「ジャガイモ的なもの」を出すとき、あるいは、ジャガイモに限らず、生育条件へのツッコミ等を避けるため、味や見た目の基本性質は同じでも現実の品種との違いをだしたいとき、どういう名前にするかということでしょうかね。そしたらその地域の名前をつけて「(ラ研地方なら)ラ研ジャガイモ」でいいんじゃないでしょうか。これで「ジャガイモ」だけど「なんか違うらしい」ってことにできるはず。
 そもそもジャガイモという語がない世界でジャガイモという名詞を使っていいかという話ならば、「現実と同じ性質のものを指すなら問題ない」と思います。三人称の語り手なら、基本超越的なので、断りなく現実のジャガイモと全く同じ性質の物体を「ジャガイモ」と言っていいはずです。一人称、ないし回想形式であれば、主人公が翻訳しているのでしょう。あるいは異世界での呼び名を知るシーンがあってもいいですが、そのあとはジャガイモで通してもいいかと。ことわざとか物の名前の由来はめんどうですが、意味だけ抽出してるという態度でいいと思います。「左遷」が中国の制度に由来していたり、言語表現は歴史と一体なので下手に手はつけれられないと思います。

どこまで現実的に判断するかですが、物語一般において、リアリティは
1・ドキュメント的「現実と一致していなくてはならない」
2・リアリティ小説みたいな「登場人物、架空の都市など、現実と異なる部分もあるが、世界の大まかな歴史と物の一般性質は同じであり、かつ現実の町や人も登場する」
3・リアリティSFチック「物理法則は同じであり、”一つの嘘(IF)”があるが、その嘘によって引き起こされる結果の系列はすべて物理法則に適っている」

というようにジャンル的に要求されるリアリティをおおざっぱに区分が出来(るとしてもらい)ます。ファンタジーはおそらくリアリティの要求として「歴史が現実とつながりを持たず、物理学を共有しつつも、複数の嘘を用いることが出来る」だと思います、完全に私見ですが!
 自由度が高いジャンルですが、ややSFチックに考えるなら「新しい惑星に、IF(もしもあったら)的な物質(魔石的な)やエネルギー(魔法的な)を複数入れた世界を作る」となりそうです。このとき魔法等を最小限にすると、物理法則と技術の発展段階(あれを作るにはこれがないといけない、あれがあるならこれもある)などが科学法則的なものでなくてはならない、ないしそのように考えた後それと整合性が取れるIFを加える、となるでしょう。
 しかし、これはとても「原理的」「理想的」です。本当のところはもっとルーズであるように思えます。あるのは基本的な物理法則「らしきもの」です。しかも、厳密なものではないので、「重力」よりは実質「立つことへの経験則」「落下することへの経験則」程度の日常認識。しかもそこに「現実とは違う」魔法やなんやをぶちこで、リアリティをぼかすのです。そういう曖昧な世界の中ではジョジョみたいにナイフが回転せずにまっすぐ飛んでも「物理法則に適っている」(ように見える)のです。
 ファンタジーに対するリアリティの要求はゆるめのSFという感じだと思いますが、現実的には本筋や美点を破壊しない矛盾はほっといていいはずですし、ほっといてくれると思いますが、どんなファンタジー世界でも、物が落ちる描写があるなら、我々の世界の重力があり、この世界の物理学がその描写で含意されるという見方を持つ方もいるでしょう。そもそも読者の側のことなので、ジャガイモ問題のように歴史の連続性すら要求する方も少数存在するようです。読者の見方より自分のスタンスを持ったほうがいい気がします。完全に私見ですがっ!

カテゴリー : その他 スレッド: 【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

この書き込みに返信する >>

現在までに合計23件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全5ページ中の2ページ目。

ランダムにスレッドを表示

燃料切れです。

投稿者 ひろぴりあん 回答数 : 8

投稿日時:

物語を作るのが好きです。 しかし、とある理由から、エンジンストップしてしまいました。 ですので、いままで散々やってきたシナリオの... 続きを読む >>

ファンタジー衣装を考えたいのですが、どんな本を読めばいいでしょうか。

投稿者 ヤンク 回答数 : 11

投稿日時:

異世界に出てくるキャラクターのデザインをしたいです。個人的に用件としては以下の4つがあります。 1. なるべくキャッチーでスタ... 続きを読む >>

やはり最終的には文才でしょうか?

投稿者 8時16分 回答数 : 8

投稿日時:

タイトルの通りなのですが、人気小説を書くには最終的には文才なのでしょうか? どんな魅力的な世界観、ストーリー、キャラクターがあって... 続きを読む >>

ランダムに回答を表示

元記事:妹を殺さざるを得ない時

国が内戦で難民になった、それでも追ってくる兵隊たちから逃れる為に、連れてきた嬰児の妹の泣き声を消す為に、主人公は彼女の口を塞ぎ、殺すことにした。
内戦終結後、妹そっくりの同級生の妹に出会う。
去来する思いはどんなものでしょうか?
後悔、懺悔、知りたいゆえのストーカー行為、恨みつらみ、もう二度と逢いたくない? 貴方は他人だもの、私達親子に係わらないで、どうしてそんなに責めるんだ(の)、どんな思いが湧き出るのでしょうか? 
もちろん人間性でも答えは違います。
難しく、複雑な、解に至る前でも何かしら、指に触れることばを下さい。

上記の回答(妹を殺さざるを得ない時の返信)

投稿者 パクトボー : 3 人気回答!

嬰児、というのが難しいですね。
キャラクターとしては、意思のある言葉を出せるかどうかも怪しい、というレベルでしょう。ほとんどアイテムみたいなものですね。
つまりは、この場合「妹」という属性はあまり重要ではないかと思われます。
どちらかというと、家族写真とかそっちに近い存在になりますね。
すると、必然的に家族とか、近所付き合いとか、そういった方向性の思い出を引き出すトリガーの役割を担うことになる。
妹という言葉から想起されるようなイベントは、嬰児の段階ではそうそうありはしないでしょう。
内戦、難民、と考えると、貧民でもある?それなら、「意地に手間のかかる厄介な道具」というタグもつけられます。撃って気持ちがせいせいしてしまうパターンもありうる。
いずれにせよ、「妹」という、いくらか動きを想像しやすいキャラクターにはなり得ません。赤ん坊ですもの。
血縁から母との確執とか、そういった感じのストーリーで攻めることになるかもしれませんね。

で、「妹そっくりの同級生の妹」というのがちょっと理解しかねます。
赤ん坊ってみんな顔一緒じゃあないですか。少なくとも自分には区別つかないです。
「内戦が終わって」から「同級生の妹」、となると、「昔近しい人を手にかけた主人公が、平和になってから赤ん坊の産声を聞く」というお話になるでしょうか。
まあ、主人公の人間性次第になると思いますよ。
「置き去りにして囮にする」とか考えなかったのなら、最低限のやさしさはあったかもしれない。「引き金を引く瞬間」笑っていたかもしれない。意外と何も感じなかったかもしれないですよね、内戦起こるような治安の国の住人なわけですし。
そういうわけで、かもめ様がどういった家族と過ごしてきた主人公を想定しているか、ということになると思います。優しい家族か、狂った家族か、一般家庭か。
どうぞ、頭の中のキャラクターを動かしてみてください。「こういう動き方をするなら、こういう生い立ちなのかな」と肉付けしていくやり方もあります。短編向きな設定に思えますので、一通り練り上げたら、短編の間に投稿してみてはいかがでしょうか。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 妹を殺さざるを得ない時

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:戦記ものの視点

お世話になります。
初めて質問します。
戦記ものの視点は神視点でも良いのでしょうか。
銀英とかを見ると、必ずしも視点が固定されていないけど、だからこそ読者はわかりやすい気がします。
詳しい方、よろしくお願い申し上げます。

上記の回答(戦記ものの視点の返信)

投稿者 大野知人 : 1

 簡潔に答えを言ってしまうと、『一人称、三人称(神)共に長所も短所もあるので、「戦記物」と言うだけでどちらにすべきかは、判断できない』です。

 もしも仰る通りの初心者さんなら、三人称視点の方が書きやすいんじゃないかと思いますが、理由含めて、一人称・三人称の長所と短所を纏めてみます。

・一人称。
 基本的に、誰か一人の視点に集中するため、モノローグを使った思考の説明や、感情の細かい所の表現に向きます。また、地の文の担当者に当たるので、三人以上の人物が会話している時などに、テンポを落とさない表現がしやすいです。
 一方で、当然ではありますが客観的な表現には向きません。「誰かが誰かを騙す」などのシチュエーションにあっては、騙す側か騙される側に視点を集中させることになるので、表現力が問われます。
 また、視点人物自身の行動・外見を客観的に描写できないので、アクションなども若干ですが書きにくくなりますね。

・三人称。
 こちらは、まず第一に自由度が高いです。誰かにある程度視点を寄せて書いても良いし、逆に遠景で軍勢を映すんでも良いし。ほぼ全てのキャラを冷静に、客観で描けるのでアクションや複数の人物が強い感情をぶつけ合うのにも向きます。
 しかし、モノローグや思考を挟みづらい分、特定の人物に絞った感情表現や深い思考・思い悩むシーンなどの描写は苦手になってしまいます。また、それを補おうと特定のキャラに視点を近づけすぎると、三人称の強みを失う事になります。
 特定の視点人物を設けにくい都合上、外見や動きの描写はやりやすいですが、一方で性格的な癖の描写は難しい所もあります。

 さてその上で、三人称をオススメする理由ですが。
 一番大きいのはキャラの動きを整理しやすく、描きやすいからです。
 また、日本の国語教育では読書感想文や小論文をやらされがちですが、それらは『客観的に見てどうか』とか『自分の主観的な感想を、客観視して分かりやすく書く』事がメインになりがちなので、経験と言う意味で一人称よりも『慣れ』はあると思います。

 

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 戦記ものの視点

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:爆発的な山場のある既存の物語が知りたいです!!

ストーリー作りに精進する小さな身の上からの質問です。

爆発的な山場(オチ、クライマックス)を自分の物語の中に入れたいです。
そこで、この山場の盛り上がりが凄い!作品を教えて頂けないでしょうか。

山場さえエゲツなければ途中がグダグダでも、エンディングがヘロヘロでも教えて下さい!
ちなみに自分は、ふと思いついたのを上げるとSAOのマザーズロザリオ、とある魔術の妹たちの話、デンドロのフランクリン編、俺の死亡フラグが〜(vs勇者編)、ドラゴンボール(挙げきれないほど各編に山場が沢山)、ワンピース(同じく)、小説版ルパン(緑の目の少女)、ラピュタ、タイタニック、ダイハード、バタフライエフェクトなどが、山場が大きい作品として思い浮かびました。

他にも沢山あると思うので是非お教え下さい。
お願いします。

上記の回答(爆発的な山場のある既存の物語が知りたいです!!の返信)

投稿者 ドラ猫 : 2

媒体を問わないならば、PS3ゲーム「テイルズオブヴェスペリア」と「テイルズオブエクシリア」ですかな。
前者は法では裁けない悪党たちを主人公が裁き、味方だと思っていた人たちが実は敵だったり。後者は敵対勢力を倒したら更なる黒幕勢力が現れ、それを倒したらまた……と激闘の連続です。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 爆発的な山場のある既存の物語が知りたいです!!

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

トップページへ

▼書き込みの検索

▼投稿者の検索

質問、相談をする!
コメントは4500文字以内。
返信通知設定(必要なければ外してください)

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

ページの先頭へ

小説の書き方Q&A:創作相談掲示板の使い方・利用規約(必ずお読みください)。お問い合わせ