小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

まとら魔術さんの返信一覧。最新の投稿順1ページ目

元記事:主役が小物の返信

言うちゃ悪いけど、最近の潮流は「小物が周囲に評価されて認められる」がトレンドだと思うわ。すごい人、偉い人の割合はちょっと低め。
むしろ小物は貧乳といっしょでステータスなの。けど、一番の問題は「小物(の割に共感できる奴)」であることが重要。小物キャラでもいいんだよ。
本当にコスいだけのやつだとヲチ物件として物語を作ればいいでしょ。まとらさんはどんな主人公にしたいんですか?

上記の回答(主役が小物の返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 0 投稿日時:

 ポケモン(ゲーム版)みたいに強敵と出会いながら、どんどん成長していく王道の主人公にしてみたいです

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主役が小物

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元記事:主役が小物の返信

主役の言動が分からへんから知らん。
具体的にどういう行動が小物っぽいか?って聞いてみらな、以降もずっと小物ムーヴする癖が残ったままになるんちゃう?

上記の回答(主役が小物の返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 0 投稿日時:

 描いている小説はこれ(https://kakuyomu.jp/works/16817330649292955080)です。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主役が小物

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元記事:主役が小物の返信

主人公が小物でも良いんじゃないでしょうか。

①勇者が死んだ!
②異世界ワンターンキル姉さん

など、主人公が小物な例はあります。要するに、小物が小物なりにその場その場を乗り切れる展開にするんです。

逆に言うと、主人公がいかに小物感を出すかというのを、ストーリーにすれば良いんじゃないでしょうか。

上記の回答(主役が小物の返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 0 投稿日時:

この2作品、毒魔理沙に酷評されましたが……

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主役が小物

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元記事:主役が小物の返信の返信の返信

ちゃんと読む気無いで?
まず主人公メスかーい。性差別かもしれへんけど、女の子は別に小物でも、えーのんと違う?
強いて言うとプロローグの売られたバトルを買うシーンには小物感を感じた。

「買いたいから買う」でええと思う。せっかく申し込まれたんだから「やってみたい」で親同伴で挑戦しちゃうとか、どこかしら好戦的な面とか愉快犯的な面の紹介は、あってもえーかもね。
あまり主人公の人間性は見えてこない。ちょっとお洒落道楽のあるポエポエ訛り娘って感じ。

ダンスに誘われたんだから踊らな損でしょ!とか、負けたなら「あー!抜かれた!くやしー。それにしても、さっきの人~」とか一回「悔しさ」を素直に言ってもいい。
父親乗せたままバトルしとるねんから、父親に娘の困った性分とかを喋らせな。

新体操好きな子はわりと自己研鑽が好きな目立ちたがりな子が多いっぽいから、そういう掘り下げシーン入れてもええね。車好きで楽しんでる感はある。

上記の回答(主役が小物の返信の返信の返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 0 投稿日時:

 批評ありがとうございます
 今後フィードバックしま

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主役が小物

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元記事:作者の嫌いな人をモデルとしたキャラは悪人、善人、どっちにすべき?の返信

それは方法論の一つで、とても効果的だと思うよ。
例えば、「泥棒はよくないことです」と書くのは簡単だけど、「彼は人のものを盗むことでしか生きていけない」とか「盗まなければ幼い妹が食べるものもなくて死んでしまう」とか「それが当たり前の環境で、中でも彼は貧乏人を狙わず金持ちから盗むようにしてる」とか、「泥棒」を正当化するようなことを先に書いておき、これらを否定する展開を書くことで「やっぱり泥棒はよくない」って表現する事ができる。
自分が言いたい主張とは真逆のことを書かないとそれを否定できないので、肯定意見しか書けない。
ちょっと伝わりにくい例だったかな。
えーと、日本では議論することをディベートって言うけど、本来 ディベート ってのは自身が持ってる意見や立ち場とは真逆のポジションで議論することを言うんよ。まあくじ引きで決めるから真逆になるかはわからんけども。
基本的には肯定派は否定の意見を、否定派は肯定する意見で議論する。
そうすることで反論が予想できるから突っ込まれたくない場所を突っ込むし、理論武装が強くなってく。
嘘をつくんじゃなく、その瞬間だけ本気で思想とは真逆の思考をする。そうやって真逆のスタンスに立てる、そういう立場で物を言えるってのは結構強力なスキルだと思うかな。
「人の命は大切だ」ってテーマなら「人の命を何とも思わない残虐非道な悪人」が出てこないと、肯定意見だけの上っ面だけの主張になっちゃう。
「残虐な悪人」がテーマを否定するから、その悪人を倒しての主張(肯定意見)が正義になるわけで。

この話をキャラクターに当てはめれば、「いい人だと思った人物は悪役として書いたほうがいい」ってことになる。
ただこれ言うほど簡単じゃないし、私も一番嫌いな人間は書くのも嫌だから書けないかな。
とはいえ、「いい人」の良い面を書いてりゃ肯定的な面しか書けないので、あえて「悪人」として書くことで肯定的な面だけでなく否定的な側面を表現できて、結果キャラクターが立体的になって深みのある人物像になる。

じゃあ、作者的にどっちで書けばいいですかって問われると、作者のことも作品のことも知らん第三者に断言できることはないんだけども、
そういう方法論があると知ったうえで、その練習として試してみるってのは勉強になると思うし、真逆のポジションを考える切っ掛けになればストーリー面でも何か成長か変化かがあると思う。
でも、ここまでは私見もあるけど方法論から正論を書いたと思う。だからと言って、正論が正しいとも限らんわけで。
悪役を変更して善人に変えたら話変わっちゃうし、本当に嫌いな人だから思いついた展開ってのもあるし、言ってることは正しいんだけど、それで変更してクォリティが上がるかっていうと、作者の力量や作品の作風なんかを知らないとわからんかな。
今回の作品は悪人のままでやって、次回作でその意見を取り入れてみよう、くらいの感じでいいんじゃないかな。

上記の回答(作者の嫌いな人をモデルとしたキャラは悪人、善人、どっちにすべき?の返信の返信)

スレ主 まとら魔術 : 1 投稿日時:

 つまり、哀しき悪役に描くべきですか……。
 ディベートを身につけるべきですね。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 作者の嫌いな人をモデルとしたキャラは悪人、善人、どっちにすべき?

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元記事:どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?

タイトルのまんまの質問ですので省略させていただきつつ、この疑問を抱いた経緯を説明した方が良いかもしれません。
なので、一応参考までに書いておきます。

ズバリ、《聲の形》という青春映画を観たからです。
ろうあ者の少女が昔自らをいじめていた少年に恋をするという、かなりセンセーショナルな内容であるにも関わらず、ジャンルは違うとはいえ、コミュニケーションの祖語によって人間関係が崩壊してしまい、そこから何を得て、何を取り戻していくのかを描いたその筆致に一目惚れしました。
感情表現が凄まじく鮮やかだったのを記憶しています。

僕はこの作品を見て一番考えさせられたことがあります。
曰く《他人の事を想う純粋な気持ちと言うのは、こんなにも美しいものなのか》と。

誰かが傷つくことで、自分へでは無く他の誰かを憎み、誰かが悲しむことで涙を流せるなんて、僕には真似できないことばかりです。
この作品に登場する彼らが、僕の目にはとても眩しく映りました。
この外側に向いた美しい感情を【他でもない僕自身が】表現できない限り、主人公のレイヤも成長しないし、脇役たちも根っこのところでは自分のことしか考えていない、とても醜く泥臭い人間のままです。

ここで質問です。
どうしたら、他人を想う気持ちを描写できますか?
僕は他人を心の底から想いやったことが、ほぼ一度もありません。
今までの僕の質問に応えて下さった皆様のお察しの通り、僕はアスペルガー症候群を持っており、感情の共感性が著しく低いです。
母が父にDVを受けて泣いているときに、一緒に泣いてあげられなかったことを今でも勝手に後悔しています。
外側に向いた他人を想う気持ちを理解できない人間が、どうしてその美しい感情を描くことができるでしょうか。
どうやらこの先を書き進めるには、僕自身の『身勝手な考え方』と決別する必要があるようです。

皆様どうか知恵を貸してください。
よろしくお願いいたします。

上記の回答(どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?の返信)

投稿者 あざらし : 0

一気に書きますので口語が混ざることを予めご容赦願います。
もう一点最初に。
私自身が数年前から自閉症スペクトラムについて理解を深める必要に迫られており、そういった経緯から先入観的なもの、これらを排除しようと努めていますが、同時にそれが影響しひょっとすると不快な点が見受けられるかもしれません。
遠慮無くご指摘頂ければ幸いです。

湾曲表現を避けたいところですので、伝えたいことから端的に。
『ご自身が感じられている特異性を足かせにする必要は全くありません』

さて本題。
あのですね、これ、難しい話です。
どこが難しいかと申しますと、

>僕はアスペルガー症候群を持っており、感情の共感性が著しく低いです。

この、ご自身に対する認識を部分的にでも覆す必要があるように感じてしまいます。
有り体に申しますと、あなたは特別に共感性が低いわけじゃないと思うのです。
これは医師という専門家に診断を受けられたであろう、おそらく『共感性』について説明を受けられたであろうことを考慮に入れても、それでも少なくとも私の身の回りの方を拝見してそう感じますので、こう書かざるを得ません。
実際に竹牟礼さんと対面してお話ししたわけじゃありませんので、たぶん、とつけますが、それでも、きっと、表現方法が多数派から解りづらいだけではないでしょうか。

こう書いたのは前述の通り私自身の経験に基づくのですが、ここ数年生業であるデザイン関係で某教育機関において客員みたいなことをしており、そこの生徒さんに多くいらっしゃるのです。(と、いうか職種的にも、同業者とその関係者に比較的多くいらっしゃいます)
『なにと比べて多い?』というと、学生時代に家電量販店で接客業のアルバイトをしており数え切れないほどの人と会話しておりましたので、その経験に基づき『世間一般・不特定多数のお客さん』と比べてですね。家電量販店というのは接客時間が長くなりがちですので、こういってはナニですが、たかが数年のアルバイト経験とはいえ、やっぱりちょっとした事で「おそらくは、」と感じることがありました。

現在の生業として周囲には世間一般の認知に近いアスペルガーの方、いわゆる『得意なジャンルで力を発揮する』というプラス面の特徴をそのまま発揮している方がいらっしゃいます。
職種的に困難だろうと思うのは『個人事業主となったときの営業』ですね。これは個人事業主、特に駆けだしにとって避けようのない出来事になってしまいますが、それ以外の企業所属という道もありますので、選択の幅です。

なにが言いたいかと申しますと学内、つまり場所によっては多数派や少数派という垣根がなくなり、普通のことになる。
半数は流石にいませんが、それでも自閉症スペクトラム分類ASの特徴が多分に見受けられる人が”5人にひとり”ぐらい(かな?)になると、『多数派の意識の持ちよう・観察認知の角度の差異』程度のことになります。
そしてですね、生徒さんも少数派は結構少数派同士で仲が良い、いや、ちょっと感覚的にストレートではないのですが、静寂の仲の良さといいましょうか。これは悪くとらないでください。単純に価値観や物の見方が同じなので自然にそうなるのでしょう。

ともかく綺麗事抜きに、少数派が少数派として存在しない場、そうなると時として多数派が客観的には浮いた存在にすら見えることがあります。
ここらは『大前提として学内関係者は見とけ!』と紹介されている資料のひとつを手っ取り早く。NHKのサイトです。http://www1.nhk.or.jp/asaichi/hattatsu/about_nt.html#video-03

さて、冒頭から書いたことをもうちょっと突っ込んで。
人間、言葉だけじゃ無く全身で感情を表します。興味がある出来事には”前のめりになる”といった具合に体幹が変化しますし、”どん引き”なんてのもそうですね。
手の位置や足の組み方、顔なら眉や口元は特に雄弁に語ります。そして興味のある内容を話し出すと目が輝きます。
これら全身言語というべき観察を加え、彼ら彼女らを見る限り間違いなく共感してます。ポイントが多数派と若干異なるだけ。要するに多数決の問題で、これが当人の置かれている場の影響により、噴出したり引っ込んだりということです。

DSM分類という存在からしても程度問題でもありましょうが、少なくとも私が知る限り、教育機関に通うことが自主的に出来る人は”特定の場において共感を表現しずらく、その方法が多数派とは異なる”が私の認識です。

そもそもですね、私を含めて多数派の人間が『共感している演技をしていない』と何故いえるでしょうか。
ぶっちゃけ『そういう反応が正しいという教育のたまもの』だったり、もっといえば『ウソをついてる』だけかも知れませんよ?

>母が父にDVを受けて泣いているときに、一緒に泣いてあげられなかったことを今でも勝手に後悔しています。

同様の経験がございませんので、本来は黙して語らずべきかも知れません。
ただ、ですね。
多数派の人間だって泣けないことがあります。
小説でも映画でも、漫画だってもちろん泣くヤツ、私なんですが、それが母親が亡くなったというのに涙が出ない。
葬儀が終わっても泣けない。自分でも冷たいと思いましたが、あるのは苦しいほど悲しくとも涙が出ないという事実だけです。
でもある日、結婚して数ヶ月後、お気に入りの音楽をならしてくつろいでいるとき、寄り添ってきた愛犬の頭を撫でながら、嫁さんが裁縫をしているのをぼんやり眺め、ふと顔をあげると母親の写真が目に入った。そこでいきなりボロボロと涙が落ちました。
これが母親が身罷って3年後、まだ子供も産まれる前でした。
そんなことだってあります。
これは嫁と犬が自覚せず泣かせてくれた、というありがたくも大切な出来事。

で、たぶんですね。
御作の参考になればという思いで書きますが、もし暴力行為を受けて泣いている人を見たとすると、それがたとえ親しい人であっても私も泣けないと思います。
肉体は起こりえる戦闘準備に備えて忙しくなりますし、頭の方も今後の解決方法の模索、こっちに感情が向くでしょうから、それに大部分が支配されます。
人の反応なんてそれぞれです。

>僕は他人を心の底から想いやったことが、ほぼ一度もありません。

ごめん。
いや、謝るこっちゃないんですが、思わず。
『心の底から』という条件なら、私もほぼしたことがありません。
心の底から思いやる事が出来る(と、自分で思っている)のは親友・恋人・親族、こういった相手だけです。
こういった相手が幸せに生きてる限り、また人生において重大なトラブルに見舞われたとしても解決方法がある限り、つまりそういったケースは何度も発生しておらず、そういう意味で”ほぼ”です。
言葉遊びじゃ無いですよ。
そりゃ赤の他人に対して可愛そうだとか、辛いという感情を見てとり、心を揺さぶられることはあります。
物語で涙を流しても、だからといって流さない人より共感しているなんて勘違いもしてません。
これそのものが『あんたは多数派だから』という愚を犯しているだろう自覚もありますが、たとえば私が病院に入院したとしても、いや死んだとしても、親しい人間に泣いて欲しいとは思わないんです。
私に共感してくれるなら、できることなら『良い生涯だった、お見事!』と微笑んで欲しい。そうしてくれるなら、これだって共感だと思うのです。

むしろ親しい相手に対して、ほんの些細な事であっても心の底から共感していると思えるのは人間よりも犬ですね。
犬は生まれついて愛を知っている素晴らしい生き物です。人間がそれを忘れさせようと育てない限り、先天的に愛情で溢れています。これは一般的に『怖い』と思われがちな獣猟犬と、その血統だって全く変わりません。
田舎、というより先祖代々の土地がありますので猟もしますが、犬は自分の体重の10倍近い相手に口の周りを返り血で真っ赤に染め、猛然と立ち向かいます。
で、猟が終われば普段はペット。行動も愛玩犬と変わりません。こういう猟犬がやってくれてるのは《イノシシを家族(人間)と一緒にとっちゃる!》これだけ。
変に人間が『猟犬はかくあるべし!』と気負って育てちゃうと禁猟期に手に負えない犬になります。よくあるのは主従関係が~ってヤツ。バカがやる犬の育て方です。

あることはあるがまま。自然に逆らわずナチュラルで良いんです。
人間の欠点は雑念が多すぎること。感情の表し方なんて個性です。
で、だ。

>僕はアスペルガー症候群を持っており、感情の共感性が著しく低いです。

「第三者に、そう言われた」が元々ではないですか?
相手が医師なら(受診時に、その医師が持つ当時最新の医学的知見に基づき)
こういうことです。
他の情報も一緒。
ネットなら(どっかの誰かが)もしくは、ってか悪くいえば(馬の骨)
発信者が明確なネット記事や書物なら(著者が)突っ込んだ事実として(玉石混淆の出版業界において)

私だって個人情報を晒す気はちぃともありませんので、どっかの馬の骨未満です。それを承知で書きますが、私は竹牟礼さんのご質問を拝読して、共感性が著しく低いという根拠は見つけられませんでした。
むしろ、

>僕はこの作品を見て一番考えさせられたことがあります。曰く《他人の事を想う純粋な気持ちと言うのは、こんなにも美しいものなのか》と。

『美しいモノを美しいと感じる感性』はお持ちですよ。
『美しいと感じられない人』よりも間違いなく遙かにアドバンテージがあります。

>>僕はアスペルガー症候群を持っており、感情の共感性が著しく低いです。

ご自分が指摘された特異性と向き合うことは大切です。
医師のアドバイスに向き合うことも大切です。
でも足かせにする必要はありません。

最後になりますが、興味深い記事を紹介して締めくくります。
もう5年も前の記事ですが。
https://news.mynavi.jp/article/20130625-a145/

竹牟礼さんが得意とされる部分を、ご自身の力で発見されることを切に望みます。
応援します!

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?

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投稿日時:

元記事:異世界設定

異世界ファンタジー

魔法 魔術

それぞれ違いを教えてください

上記の回答(異世界設定の返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答!

あなたが違いを作ってください。

それぞれ現実には存在しないものだし、英語で書けばどっちもMagicとなって、違いは日本語のニュアンスでしかありません。
つまり、あなたが書く作品内の世界観に合わせてあなたが勝手に違いを作ってください。となるかと思います。

参考までに自分の考えを書くと、
両方ともに「魔」という字を使うので、違いは「法」か「術」かってことになる。
「術」は「すべ」とも読む。辞典には「方法」「手段」「手立て」とある。つまり技術的あるいは学問的なものであると考える。
「法」は「法則」や「おきて・定め」「手順」とあり、また仏教においては「真理」「存在・現象」「儀式」とある。つまり個人が習得できるようなものではない定めのようなもの、と考える。

「法」については漠然としてるけど、例えば何らかの凄いものを見て、「魔法のようだ!」とは言うけど「魔術のようだ!」とは言わない。この違いだと考えてる。
私が異世界ファンタジーを書くに当たって魔法と魔術の違いを出すのであれば、「魔法を人が再現しようと探求したものが魔術という学問である」って感じにするかな。魔術で展開されるモノが魔法。ってかんじ。

再三に念押しするけども、これはあくまで私の解釈ね。こんな感じで自由に作っていいんだ、という参考であって、こういう構造なんだって参考ではないからね。
なので、スレ主さんの自由にご自身で勝手に違いを作ってください。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界設定

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投稿日時:

元記事:青空坂上って、走るか歌うしか無いの?

お久し振りです。千歳です。
皆さん真剣に小説の研究をしていて、凄いなと感じています。

大学生の頃から趣味で書いている「青空坂上」シリーズ。
現在4作目(4条線)を執筆中です。
単行本化したラノベの4巻を執筆中と考えてください。

このシリーズは、共通の世界観で展開し、共通の登場人物が出てきますが、
毎回新しいキャラクターが出てきて、主人公も毎回変わり、通しのストーリーがありません。
(この時点でシリーズ化したラノベとしてはどうなんだという話もありますが)

これまでのストーリーを振り返ってみると、

1条線→絶縁した友達が仲直りする話
2条線→陸上部が駅伝大会に出る話
3条線→歌が好きな人が歌い手デビューする話
4条線(執筆中)→走れなくなった生徒会長が走る話
5条線(構想中)→文化祭で合唱を披露する話

2条線以降の話が「走る」と「歌う」しかありません。

陸上部のキャラクター、スポーツ観戦が好きなキャラクター、歌が好きなキャラクターを使い回しているのが原因かもしれません。
新しいキャラクターを設定しても、既存のキャラクターと関係性を持たせようとすると、どうしても走ると歌うの繋がりにしかならないようです。

ちなみに、作者千歳の趣味も、スポーツ観戦とカラオケです。

皆さんなら、この状況どう思いますか?
どうやって打開しますか?

上記の回答(青空坂上って、走るか歌うしか無いの?の返信)

投稿者 あまくさ : 0

>新しいキャラクターを設定しても、既存のキャラクターと関係性を持たせようとすると、どうしても走ると歌うの繋がりにしかならないようです。

>皆さんなら、この状況どう思いますか?

千歳さんご自身が何を書きたいのかを、もう一度確認してみるとよいのではないかと。

1)歌と陸上競技をめぐる人間模様を書きたい。

2)特にモチーフはしぼらず普通の学園もの青春ものを書きたいのだけれど、作者の興味や知識が歌と陸上競技に偏っているため、そういう話ばかりになってしまう。

1であれば何の問題もないのはお分かりですよね?
例えば野球マンガなら延々と野球の話が続くのがあたりまえで、むしろ野球以外のエピソードを入れるとファンは不満を感じると思います。主人公が毎回変わるという点についても、水島新司『野球狂の詩』はそんな感じでした。
このタイプのシリーズを書く作者は、本当にそのモチーフが好きなんだろうなと思える人が多いようです。野球なら野球という一つのテーマを様々な角度から見つめて掘り下げるので、主人公が毎回変わるのはむしろ自然です。

2の場合も大いにまずいという程ではないと思いますが、さほど必然性がないのにいつも歌か陸上の話になってしまうという感じだとしたら、作品の弱点にはなってしまうかもしれません。
対策の方向性としては、二つ考えられます。

2-1)腹をくくって構想を練り直し、シリーズの性格を意識的に(1)に特化してしまう。

2-2)学園を舞台にしたイベントで歌と陸上以外のモチーフを探し、徹底的に調べてみる。
仮に友情そのものが書きたいテーマというような場合も、具体的なモチーフが有る方が書きやすいと思うので。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 青空坂上って、走るか歌うしか無いの?

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