小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

みりんさんの返信一覧。最新の投稿順23ページ目

元記事:新プロットにつての感想

まず。
ここまで提示されたプロットそのものは、大筋では悪くないと感じます。
しかし何度も言いますが、理論に当てはめようとしているところに少し疑問手が生じてしてしまっている気がしました。

>セットアップ5W2H誰がどこでどのような状況で何をする話か:父が死に、悲しむ母を主人公天沢夜白はなぐさめる
(中略)
>母が失踪し、母の友人と名乗る女・摩耶(ヴィラン)が家にやってくる

ここは悪くないというより、かなりいい感触です。そう思う理由は何度も書いたので省略。

気になるのは次の幕間。ここに複数の疑問を感じました。以下、それを説明します。

1)いきなりネタバレになっている。
 母が失踪した理由の一端。摩耶がヴィランであること。この二つを早々と開示してしまっています。私的にはこれらの謎が読者の興味につながると考えているので、もう少し引っ張った方がいいように思えます。(ヴィランの目的の提示)(杏里の目的の提示)と書かれていますが、セットアップとして必要な情報の提示というよりも、悪い意味でのネタバレになっている気がしました。
 同時に月の神殿や蘇生の禁書などのキーワードも示されますが、それらについてはここで読者にチラ見させておくのは効果的かもしれません。

2)読者と主人公の知識のギャップ。
 主人公が知り得ないことを読者に示しています。そういうテクニックもあるにはあるでしょうが、計算の上でしょうか? これは冒頭でやると主人公への感情移入の妨げになるので考えものだと思うのですが。

3)主人公にとってのセントラル・クエスチョンになっていない。
 「夜白は母を救えるか?」は、この時点では主人公にとってのセントラル・クエスチョンになっていません。
 2に関連しますが、これは読者だけに知らされた情報から生じるクエスチョンなんですね。なので、プロットの都合で作者がセントラル・クエスチョンを読者に教えただけという状態になっていないでしょうか? セントラル・クエスチョンはその後のストーリーを牽引する重要な要素のはずなので、それを読者と主人公が共有できなくても大丈夫なのかな? という疑問です。

以上の問題があるため、「夜白は母を救えるか?」という課題がまだ「夜白の課題」になっていないんですね。だから夜白が動き出すきっかけにならず、少し遅れて、

>主人公をめぐる問題が具体的に何か明確化: 通学中、霊に憑りつかれた男に命を狙われる。空からバイクに乗った少年が現れて、助けてくれる。

というイベントを入れることが必要になっています。
大まかな流れとしてはこれでいいと思うのですが、ここまでのパートに欠けていると思うのは夜白の主体性です。手探りでもいいから彼女自身が一歩一歩前に進み、テーマを目指すように描いた方がいいのではないかと。その方が読者は共感しやすいのではないでしょうか?

……ちょっと押しつけがましい書き方になっていたら、すみません。別に私の考えを強要するつもりはないのですが、どこに懸念を感じたかを伝えるために踏み込んだ説明をしてみました。
幕間パートはみりんさんが必要と判断してのことならいいのですが、「序盤に分かりやすいセントラル・クエスチョンを提示しなければならない」ということに拘って無理にねじ込んでいるように見えます。それがストーリーの狙いを少しおかしくしているように感じました。

上記の回答(新プロットにつての感想の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

あまくささん、コメントありがとうございます!

(No: 37)に、第4稿のプロットをあげました。
できれば、これでいきたいと考えています。
とりあえず、あまくささんのご指摘のあった3つの疑問については解消されている
セントラル・クエスチョンになっているはずです。
これ以上のセントラル・クエスチョンを思いつかないので……。

>「大切な人が死んでしまった世界で生きていく意味はあるのか?」
をセントラル・クエスチョンにすると、途中母杏里が登場した時点で、「大切な人が死んでしまった世界で」
という条件があいまいになってしまう懸念はあるのですが、父陽斗が死んでいることに変わりはないし、
母杏里にとってはこの問いが解消されていない、ヴィラン摩耶にとってもこの問いは解消されていない、
という訳で、クライマックスまで引っ張れる問題定義だと思います。
それに、夜白には、「母の催眠を解く」という偽りの目的を持たせられているので、どういう話かわからない、
という状態にもならないように気をつけるつもりです。

これ以上の案を思いつけないし、筋が通っていると思うので、これでいきたいです。
ご意見とても参考になりました。ありがとうございます!

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信

 あまり三幕構成に詳しくないので、議論をかきまわすかもしれませんが、自分の認識が間違ってないか確認したいのもあって、力不足ながらコメントさせていただきます。
 
 セントラルクエスチョンとは、おそらく初期に提示され、全体において主人公を引っ張る「根本的な動機」の提示だと思うのです。そしてその動機は始めは大雑把で、話が進むごとに具体的な達成の方法や困難が提示され、それに苦悩しつつ、手段を変えつつ、揺らいでも、気持ちは変わらず主人公を引っ張っていくのだと思います。
 多分セントラルクエスチョンは「母と再び家族として暮らす(ただしあまり言葉にこだわらないで)」あたりでいいのではないでしょうか。およそ主人公の心理的な欲求と目的獲得が一致しているので「母親を取り戻す」でもいいかもしれない。それを提示するインサイティング・インシデントですが、これは摩耶の登場そのものではなく、表現は直接的か、一見前向きかは別として、「摩耶に冷たくされ、孤独を感じて、母に会いたいと感じる」「(その時点の認識で)亡き母に対する思いが生じる」になるのではないですか。ここまでは目的というほどでもなく、思いとして。摩耶をインサイティング・インシデントとして、母親と言う目的と結びつけるならば。
 そしてそのあと婚約者が登場、その巻き込まれ型の出来事のなかで母親が見つかるという、主人公の辛い感情(問題)が解決される具体的方法が提示され、具体的な目的を持った物語が開始されるのではないかと。
 セントラルクエスチョンは主人公の動機を通して読者に提示されるストーリーの大まかな骨組みのようなものではないかと思います。これによって以後の行為が、目的に近づくか遠のくかで善い悪いを判断されつつ、それが最終的にどのような形になるのか、読者が想像しながら読む、そのための道筋となるものというような。
 作者様の仰るテーマである「大切な人が死んでも一緒に生きてほしい」というところの「大切な人が死んでも」は、母親が主人公から離れる最も大きな原因であり、かつ最終的に解決されなければならないものであり、「一緒に生きてほしい」は主人公の欲求のことだと思われます。これはセントラルクエスチョンの最終形態(どのように目的を達成するか)であって、テーマでも初期に提示するセントラルクエスチョンでもないのではないかと思います。当初の質問でセントラルクエスチョンとして掲げられた「ヴィランを倒す」も「最後の戦闘パート」「最大の障壁」であって物語に一貫するセントラルクエスチョンではないように思えます。これがセントラルクエスチョンになるには、このこと自体が主人公の最終目的として意図されなくてはならないはずですから、「倒し」自体が心理的な目標になり、その方法を探す物語になるのではないでしょうか。
 テーマは、完全に私見ですが(三幕構成で定義されているならごめんなさい)、この親子の物語を通して「読者」にどのような価値観を届けたいかと言うことだと思います。それは、作者様の思うものと同じではないかもしれませんが、このタイプの物語が取りうるものとしては「死者をないがしろにするのでもなく、しかし囚われるのでもなく生きるにはどのように思い、そして行為すべきか」というようなことではないかと思います。ただ、物語としてどう伝えるかはよくわかりません。
 分かりやすいものでは、自分の好きな事柄を悪を倒すものとして描けば、その好きなものは「善なるもの」であるというメッセージやテーマを(首尾よく描写出来れば)発せられるとは思いますが、ちょっとこの物語には当てはまりそうにない。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信)

スレ主 みりん : 1 投稿日時:

大ボーイさん、コメントありがとうございます!

>およそ主人公の心理的な欲求と目的獲得が一致しているので「母親を取り戻す」でもいいかもしれない。
「取り戻す」だけでは、母の気持ち「夫が死んだ世界で生きているのは辛い」が解消されないので、足りないんです。物理的に戻ってきても、心の救済がなければこの話ではハッピーエンドにできないんです。ただ、救済できているかというと、そうでもないんですよね。人の死によってうけた心の傷をいやすことは出来てなくて。でもそれでも生きることを選択してもらう、そのために主人公が頑張る物語です。

>作者様の仰るテーマである「大切な人が死んでも一緒に生きてほしい」というところの「大切な人が死んでも」は、母親が主人公から離れる最も大きな原因であり、かつ最終的に解決されなければならないものであり、「一緒に生きてほしい」は主人公の欲求のことだと思われます。これはセントラルクエスチョンの最終形態(どのように目的を達成するか)であって、テーマでも初期に提示するセントラルクエスチョンでもないのではないかと思います。
仰る通り、「大切な人が死んでも一緒に生きてほしい」というのは、テーマというよりはメッセージに近いかもしれませんでした。「一緒に生きてほしい」というのは、主人公の欲求であり、普遍的なメッセージでもあるんです。「残された人は、それでも生きなければならない」というような感じでしょうか。ただ作者の主張というか、そういうものがテーマなのかと思っていたので、今回はこうなりました。
本当は、もっと「死と生」とか、「死んだ人が星になるという祖霊信仰」とか、そういうのをテーマと呼ぶのかもしれません。正直、テーマってよくわかりません。ただ、どのような価値観を届けたいかでいうと、「大切な人が死んでも一緒に生きてほしい」というのが私の価値観です。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信

 混乱もあって読みにくい文章になってしまいましたが、ご返事ありがとうございます。
 最終的には「母を救う」というところになるかもしれませんが、その目的を持つのは母の事情がわかったあとで、どうもあとのほうになるのかな思います。wikiによればセントラルクエスチョンは最初のほうに提示されるものなので、その内容が果たして一幕段階で「救う」まで含むのかというのがすこし疑問でした。最初に提示されるべきはもう少し単純なもので、だんだん目的の意味が深くなっていく、そういのが今まで見た物語のなかでは一般的な気がしたのです。
 もしかしたらハリウッド式では序盤で目的とその解決法を全て出して一切そこは揺るがないのかもしれません。でも、この物語ではだんだんと相手のことを知っていくことが主人公の目的達成に必要であると同時に、そのことを突き詰めると、主人公の目的達成を危険に晒すという構造であり、それがスリリングな魅力を持ってる気がします。母の意図を知り、彼女を思うなら、主人公の思いは捨て去られなくてはいけないかもしれない、というように。話を聞く限り、目的の姿が変わっていくときの衝撃が大事なので、用語として第一幕に出さねばならないらしいセントラルクエスチョンを、全体のテーマとか終盤の目的そのものとして捉えると良くないかな、と。それらは序盤に出してはいけないものですが、セントラルクエスチョンは序盤に出してしまうらしいので。
 ・・・という感じで、わりとどうでもいい、用語問題が個人的に引っかかってしまって、そのうちセントラルクエスチョンにクエスチョンって感じ(?)になって、独りよがりになってしまい、失礼。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

>大ボーイさん、再訪ありがとうございます!

セントラル・クエスチョンについて。
ウィキペディアには、

「主人公の解決しなければならない問題である。これはセットアップの最後に観客への問いかけとして示され、その答えはクライマックスに Yes/No で与えられる。セントラル・クエスチョンは、主人公の行動する「きっかけ」という目線から立てられる (例: 「X はダイヤモンドを取り返せるか?」「Y は彼女をゲットするか?」「Z は殺人犯を逮捕できるか?」など)。すなわち「主人公は目的を成しとげられるでしょうか」ということがクエスチョンとなる (主人公の心理的な変化が目的となる場合もある)。セントラル・クエスチョンは、ストーリー上の全ての出来事に関係する。セントラル・クエスチョンの設定によってセットアップは終了し、本当のストーリーを始める準備ができる[142]。

セントラル・クエスチョンは、インサイティング・インシデントと対になっており、インサイティング・インシデントの事件によって示される」
と書かれていました。

それで私も大ボーイさんと同じように混乱して、セントラル・クエスチョンを用意できなくてご相談した次第です。

>最初に提示されるべきはもう少し単純なもので、だんだん目的の意味が深くなっていく、そういのが今まで見た物語のなかでは一般的な気がしたのです。
セントラル・クエスチョンが変遷していくという形は、ふつうにみられるというご意見は他の方にも頂いたので、テンプレートなんだと思います。ただ、ハッリウッド式では、最初の段階では主人公にとって意味がわからなくても良いので、クライマックスでイエス、ノーで答えられる問いになっている模様。今回は、様式に従って設計してみたかったので、こだわってみました。

>でも、この物語ではだんだんと相手のことを知っていくことが主人公の目的達成に必要であると同時に、そのことを突き詰めると、主人公の目的達成を危険に晒すという構造であり、それがスリリングな魅力を持ってる気がします。
お褒めにあずかり、光栄です!
自分では良いと思ってるんですけど、良いと思ってるのは私だけかもしれないと危惧してましたので、
少しでも褒めていただけるとこれから本文起こしたりするときのモチベーションになります!
自分では言語化できてなかった魅力なので、ちゃんとそう見えるように頑張ります。

参考になりました。
ありがとうございました!

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:プロット第四稿、拝見しました。グッジョブかも。

プロット第四稿、拝見しました。グッジョブかもしれません。
この件について返信させていただくのは、これが最後になると思います。みりんさんにかえって負担をかけるのは本意ではないので、レスはお気遣いなく。この掲示板で意見交換するのは私にとってもよい訓練になっています。

いろいろと分かっていらっしゃる方とお見受けしますので、これ以上私がどうこう言う必要はないのかもしれませんが、以下は一応の参考ということで。

構想されている物語は、「大切な人の死と、残された者の想い」というモチーフが繰り返し示されています。試みに整理してみると、

1)主人公天沢夜白の父の死と、それに対する夜白の想い。(夜白→父)

2)夜白の父の死に対する、母杏里の想い。(杏里→夫)

3)摩耶の息子の死と、それに対する摩耶の想い。(摩耶→息子)

4)最期に自死を選んだ摩耶の死と、それに対する夜白の想い。(夜白→一抹の共感をおぼえた敵)

5)(摩耶の偽りとしての)杏里の死と、それに対する夜白の想い。(夜白→母)

6)自死を望む杏里と、それに対する夜白の想い。(夜白→母)

この中から( )の左側が主人公夜白になっているのは、1・4・5・6です。言い換えると、テーマに対する主語が主人公になっている項目、ということです。
このポイントは強く意識してほしいです。

エンタメ・ストーリーは主人公が何をするかが大切。
2・3は重要な要素ですが、これの比重を大きくしすぎると、主人公ではなく他人の物語になってしまうんですね。ですから2・3はあくまでもサイド・ストーリー。主人公にとっての反面教師だったり、行動をうながすきっかけだったり、終幕をめざすヒントだったり。そういう位置づけに止めたいです。

次に、残された者の想い。

これにまつわり、「魂を空にあげて星にすることによって、浄化する。これでどうよ?」という問いかけが浮上するわけです。
それによって死者も残された者も救われるんじゃないの? と。
これは月兎族から主人公夜白への提案。物語から読者への問いかけ。そして、おそらく中盤の「間違った解決への誘惑」なのでしょうね。

しかし後半、魂を星に変えるのは実は残酷なことなのではないかという考えが主人公に兆し、「じゃあ、どうしたらいいのよ? 結局、絶望しかないわけ?」的な最悪の悩みに陥る、と。

ここで注意したいのは、すでに死んだ者と、まだ生きている者がいるというポイントです。
すでに死んでいる者は、主人公の父と摩耶の息子。これは取り返しがつきません。
しかし、まだ生きているのに死のうとしている者もいます。摩耶と、母杏里ですよね。
父の死が取り返しがつかないのは夜白にとっても同じなのですが、夜白にとっては、まだ生きているのに死のうとしている「もう一人の大切な人」がいます。母杏里です。

ここが、この物語の中で夜白だけが「成長できる」最重要ポイントなのかなと。

同時に、盛大に絶望にとらわれて大破綻する摩耶の姿。絶望に染まりかけている母の姿も目の当たりにします。
ですから。
結局、諸悪の根源は絶望なんじゃないの?
そこに気づかせればいいわけです。

(今これを書きながら発作的に思いついたのですが、魂の悪霊化も実は絶望が原因だったということにすると話が分かりやすくなるかもしれません)

ということで。
すでに死んだ者は、星にして浄化。 → 絶望からの解放。
まだ生きている者は、希望を失わずに生きていく方がいい。

こんな感じのところに着地させればいいのかな?
なんて、思ったりしました。

上記の回答(プロット第四稿、拝見しました。グッジョブかも。の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

あまくささん、コメントありがとうございます!

プロット第四稿、拝見しました。グッジョブかもしれません。
よかったですー。とりあえず一安心しました。

>エンタメ・ストーリーは主人公が何をするかが大切。
そうなんですよね。摩耶はヴィランなので置いておくとして、
杏里はへたに書くと夜白を食いかねないので、注意したいと思います。

>結局、諸悪の根源は絶望なんじゃないの?
>そこに気づかせればいいわけです。
ここに関しては、ちょっと意見がわかれますね。
絶望だと気づいても、その絶望を解決することはできないんですよね。
杏里は、夜白の悲しみに気づき生きることを選びますが、夫である陽斗が亡くなってしまったことで
うけた傷が癒えた訳ではないし、その点では絶望したままなんです。
なので、そこに気づけば解決するというたぐいの話ではないと思います。

>魂の悪霊化も実は絶望が原因だったということにすると話が分かりやすくなるかもしれません
そこは、そういう設定ですよ。大丈夫です。
霊は死にとらわれた存在で、死んだ瞬間の感情を常に強く意識させられている状態で、
時が止まっているため永遠につづく悲しみの中にいます。うつ病みたいな。
その辛さから逃れるために自我を失い悪霊化してしまう予定です。
絶望という言葉ではないですが、そんな感じ。一幕で霊を登場させたときにこの話をして、
夜白に霊を星にすることは、霊にとっては悲しみからの解放になるということを学ばせて、
月の神になることへの動機のひとつとしてもらおうと思っています。

霊を星にすることは、霊にとって悲しみからの解放である→
霊を星にすることは、残された人(杏里・摩耶)にとっては残酷なことである→
残された人にとっては、亡くなった人にとらわれ続けていることは残酷なことである→
残された人にとっては、大切な人がいない世界に意味を見出せず、追いかけることでしか救われない場合もある→
それでも、一緒に生きてほしい

流れとしては、こんな感じです。
うまく書けるかはわかりませんが……
頑張ります。

ご意見参考になりました!
ありがとうございました!!

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:シノアリス

どうも、初心者リイドと申しますシノアリスをモチーフに小説を書こうと思うのですが、かいてもだいじょうぶですかね?
まだ使い始めたばかりなのでシノアリスの小説があるかわかりませんが。
なければ、書きたいなという感じです。
シノアリスを余り知らない人も居ると思いますが、アドバイスよろしければお願い致します。
内容的にはグレーテルを主役で、
ナイトメアとキャラを消しながら兄と作者を生き返らせるお話にしようと思ってます。(ベタですかね。)
ご解答を是非宜しくお願い致します
〔消す=殺すです。〕

上記の回答(シノアリスの返信)

投稿者 みりん : 0 投稿日時:

シノアリスを名前しか知らないみりんです。

検索してみたところ、pixivというサイトにSSが投稿されているようです。
何作か読んでみて、参考にしてみるのも良いかもしれませんね。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: シノアリス

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元記事:ヒロインもしくは今後ヒロインになる予定の女性言い返す、反論するのはいけないことなのか

ヒロインの中には主人公を酷く罵倒する人がいます。
ライトノベルを読んでいるとその罵倒を受けている主人公はヒロインの言葉に何も言い返さないことが多いです。
主人公は心の中で悪態をつくのが関の山で、ヒロインの罵倒を聞いて言われっぱなし、最後にはヒロインに従う。

ヒロイン「○○しなさい」
主人公「なんで俺が」
ヒロイン「」ギロリ
主人公「わ、わかったよ」

こういうの大嫌いです。

また、そんなヒロインに限って危機的状況になると主人公を頼ります。
今までの謝罪も何もなくです。

主人公「ちゃんとお願いしますって頼め」

これくらいは言ってほしいです。

現代が舞台の作品に多い印象です。

普通の人間なら罵倒されると何か言い返したくなるのは当たり前のことでライトノベルの主人公は聖人君主のようにヒロインの言葉を受け入れて言われっぱなしです。
私の中ではそんな主人公に違和感と不快感しかありません。

そして主人公はヒロインのために貧乏くじを引く。
引いた結果の不幸をヒロインはケアも何もなし。
不愉快です。

ヒロインが可愛いからすべて許されるというわけではないと思います。

しかし、ヒロインが作品を支えているのは間違いないことです。ヒロインたちが言い負かされて悔しがる様子は不快感を与えるものなのでしょうか。

上記の回答(ヒロインもしくは今後ヒロインになる予定の女性言い返す、反論するのはいけないことなのかの返信)

投稿者 ドラ猫 : 0

そのヒロインがよっぽど性格が悪いのなら読者としては主人公になにか良い帰してほしいところでしょうが、そう思わせる次点でキャラクターとしては失敗だと思います。どのラノベの内容かまではわかりませんが、少なくとも私の読んだラノベにはそういうタイプのヒロインはいませんでした。
クレしんのみさえ辺りがイメージにピッタリですが、あれはあれで味のあるキャラクターですからな

カテゴリー : キャラクター スレッド: ヒロインもしくは今後ヒロインになる予定の女性言い返す、反論するのはいけないことなのか

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投稿日時:

元記事:スランプ?書かない方がいい?

自作の改稿に当たって、スランプに陥っています。何か抜け出す方法やヒントなど、思うところをお伝えいただけると嬉しいです。

現在自作の大々的な改稿を行っているのですが、そのうち2章の改稿で行き詰まっています。1章は個人的に満足のいく改稿となりましたが、2章がいまいち納得できていません。というのも、2章は起こった『事件』が少なすぎると思ったのです。

私の作品はラノベ系の文学というよりは、海外ファンタジーの児童書のようなイメージです。有名どころでいえばハリーポッター、ダレン・シャンなど……。その関係で、私の理想として、1章=1巻、2章=2巻のつもりで書いています。
よくある海外児童書ファンタジーは、1巻完結型で、2巻は1巻を引き継ぎながら事件を展開していき、謎を残しつつも2巻の大きな事件を解決して終了、そして3巻~のようなイメージだと思います。
私はそこまで厳密に作っているわけではないのですが、大体このような形にできればいいと思って改稿しています。

そして現在見返していたところ、2巻はほとんど事件がないことに気付いたのです。私の作品は本来事件解決型というよりは、○○というゴール(最終地点)を目指しながら世界中を旅して、その道中で起こったことを書いていくようなストーリーではあるのですが、それにしても2巻に大きな出来事が何もないと思って、新しくエピソードを追加しようと思いました。

そしてエピソードを思いつき、それを上手く組み込むための理由もできましたし、その伏線も綺麗に貼れそうだと思いました。そのエピソード自体は、イメージ的には、小説全体のクライマックスに当たる魔王との戦いに向けて、2巻の時点で魔王がチラッと顔を見せ少し戦いを仕掛け、それを撃退する、のようなエピソードです。つまり、物語の根幹をなすストーリーの伏線のようなエピソードにできました。

ただ、これの執筆ができません。
このエピソードの設定や展開、結末まできちんと考えられたのに(プロットはできました)、筆が進みません。書こうと思えません。なぜでしょうか?

私は普段小説を書く時、筆がのると2~3時間で一気に5000字ほど進めてしまいます。5000字でだいたい一区切りがつくので、区切りが着いたら、その時点で書いた文章を推敲する~のようなやり方で執筆を行っています。
ですので、私が上手くいっている、物語として自信がある!というときは、集中して物語を書き続けられるのです。でも、今回はそれができません……。

いつものように書けないということは、今回書こうとしている、原作に組み込もうとしているエピソードが"間違って"いるのでしょうか。書くな、入れるな、ということでしょうか。このままで十分面白いし、入れたら逆におかしくなる、本能的にそう悟っている、というようなことなのでしょうか……。

スランプかなとは思うのですが、同じ作品の番外編などは書けるので、完全なスランプでもないようなのです。今書こうとしている話が書けない……そういう状況です。

事情があって、時間を置いて一旦忘れる、というようなことができません。なるべく早く、このままエピソードを追加せず改稿を完了させるか、エピソードを追加して完了させるか決めなければいけません……。

エピソードを追加した方がいいのか、しない方がいいのか、スランプの原因はなんなのか、スランプを抜け出すためにはどうすればいいのか、
なんでもいいので、思うところがあればご教示いただけますと幸いです。

上記の回答(スランプ?書かない方がいい?の返信)

投稿者 サイド : 0

他の方がほとんど解答されてる感じだったので、あえてちょっとヘンなことを。
最近、プロットも最後まであった長編を書き上げたんですが、その中で普段扱わない要素、ヘイトを買うかもしれない要素を書くか迷ったことがありました。

筆が止まるということまでにはならなかったんですが、その時、自分にブーストかけてたのが、「ここでベタにしたら、50過ぎて読み直した時、誤魔化したな」って後悔しそうって想像でした。

ヘンに思われるかもしれない、新人賞でマイナス要素になり得る、叩かれる、頑張りが無駄になるかもしれない、後悔しそう。
そういう気持ちは常にありましたが、今までブレーキを踏んでいた箇所で、あえてアクセルベタ踏みしてみたんです。

書き上げたのが最近なので結果は出ていませんし、非常に怖いですが、実際にやってみて得られた肌感覚というか、そういうものが少し身に付いたというか。

なんだかあやふやな感じのことを言ってしまいましたが、個人的には、「まず健康面、経済面に不安がない」ことがクリアされているのなら、アクセルベタ踏みでやりたい事やって、突っ走って見るのも一つの手かなと思います。
そしたら読者さんの中にも、「ああ、この作者さんは暴走じゃなくて、今、冒険(実験)してるんだな」と理解してくれる人はいると思うので、そこでのコミュニケーションを大事にするのもいいかもしれませんね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: スランプ?書かない方がいい?

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投稿日時:

元記事:注目させたいシーンや台詞の目立たせ方

いつもお世話になっております。

現在はヴィクトリア朝風な架空国家を舞台とした、長編小説の執筆を進めております、やとうと申します。

こちらの皆様に様々なご指導を頂きながら現在、第一話にあたる章のプロットが完成した後に、ト書きのようなものから段々小説へと書き直しを進めています。
しかし今度は描写力の無さから、その作業がうまくいかず悩んでいます。
色々な作品を読み、書かれている方々のアドバイスをいただければと思いお邪魔しました。

現在自分の書いたモノを読み返すと、起伏が無く平坦といいますか、
映画にたとえると、視点の遠近が無く淡々と同じ角度で見せてしまう、といえばいいのでしょうか…
うまく言葉にできているか自信が無いのですが、
「見せたいシーン」とそうではないところとの境がわかり辛く、
この台詞、動きが重要、というのが伝わりにくそうで、全体的に起伏が少なくさら~っと流れてしまっているような内容となっています。

描写の行数を増やせば良いのか、改行で短文にするだけでも違うのか…などなど考えますが、どうにもしっくり来ないので書くスピードも落ちてきてしまっています。

プロット→ト書き→書き加え というところまではそこそこできたのですが、
その先の肝心な本文、小説としての描写の段階になり、経験や知識の無さで試行錯誤してもうまく進まずという状況になりました。

大切な台詞、動き、伏線などを目立たせる、
そこまでに至る過程で「溜める」や視点の「引き」をどのように表現するか、
また、参考になる良い作品など、皆様の執筆のご経験やお考えをいただければ幸いです。

お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

上記の回答(注目させたいシーンや台詞の目立たせ方の返信)

投稿者 ヘキサ : 0

ト書きですかー。漫画原作でその形式で書いたことがあるんですが、けっこう圧縮したにも関わらず、漫画のネームでは自分用でも他の方に渡す用のでも他の方から頂いたものでもさらに圧縮する結果になった覚えがあるんですよね。小説>映画やアニメ>漫画の圧縮率の違いを思い知らされたことがあります。

おそらくやとうさんだとヴィクトリア朝風景の空気感を描写したい、という気持ちが強く出ているかもしれない、と思うのですが、小説は心理描写ゴリゴリ入れ込んでも「平坦」という評価が出てもおかしくないです(←自分も他の人もそういう評価で悩んだことがけっこうある)。

ちなみに、絵描き同士だと絵で「ここ絶対大ゴマだよね」「作画に気合い入れるところだよね」という製作意図の通じ合いがわりと簡単だった(指示されてなくてもわかった)んですが、そのためかえって描写関連の語彙がむしろ絵を描かない人よりも貧弱になる傾向もあり……うっかり描写が不足しないように日々研鑽中です、つまり何が言いたいかと言うと、自分もアドバイスできるほどできてない。

強いて言えば、漫画の「大ゴマ」にあたるページを占める面積を、文章量に置き換えて換算する。「作画に気合い入れるところ」の作画中の気持ちを思い出して語彙をなんとか捻りだす。……絵描きでない人に通じない例えでどうするよ、という感じで申し訳ありません。ですが、漫画のデフォルメ率というのは侮れないものでして、「映画みたいに平坦になってしまう」のが気になるようでしたら、さらにデフォルメ率の高い漫画を参考にする。

お好きな漫画を思い浮かべてみてください。アニメでなく漫画、ここ大事です。漫画原作のアニメはむしろ漫画の隙間を埋めるようにオリジナルシーンを挿入するものなので。アニメーターの人でも「漫画ではコマの大きさや形を変えられるのが羨ましい、漫画原作をアニメ化するのにいちばん気にするのはそこ」と言っていたことがあります。

もちろん「映画くらいの平坦さでも構わない」というスタンスの方もいらっしゃるでしょうから、別に無理しなくてもいいんじゃないかと思いますが。というか前作のやとうさんの作品はどちらかというと映画よりな感じなんですが。いきなり圧縮率を高くしすぎるとむしろ「わざとらしさ」が出てしまうこともあるので、無理をしすぎなくてもいいんじゃないかと思っていますが。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 注目させたいシーンや台詞の目立たせ方

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投稿日時:

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