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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信

セントラル・クエスチョンの語義通り、主題(テーマ)についての問いかけと考えたらいいと思います。

構想してお出で作品であれば、テーマは「母親を取り戻す」とすれば、セントラル・クエスチョンは「母親を取り戻せるか?」となりそうです。しかし、母親の存命は伏せられているし、障害となるものは母親の友人と名乗る摩耶が偽りの平和を与えにやって来ること。仰るようにセントラル・クエスチョンを出すに出せない状況ですね。

では、テーマを「平和な家庭を取り戻す」にしたらどうでしょうか。セントラル・クエスチョンは「平和な家庭を取り戻せるか?」。このクエスチョンは変遷することになりそうです。

1:摩耶とうまくやっていけるか?(達成しても偽の解決)
2:摩耶の真意を知ることができるか?
3:摩耶を倒して、母親を取り戻せるか?

物語冒頭~序盤で、主人公に偽の目的が与えられるって、よくあるんじゃないかと思います。例えば、主人公が(善人そうでいて実はラスボスであるキャラから与えられた)使命を果たそうとあがいているうちに、事件の真相や真の障害・敵が分かって来るパターンですね。隠されたセントラル・クエスチョンは「主人公は隠された悪事を暴けるか(そして解決できるか)?」なんですが、伏せられている。

しかし、主人公が何をしようとしているか(何をする話なのか)が提示できないと、読者としては読む目的を見失い、読了するモチベが削がれます。ですので、偽の目的を与えておくわけです。明示的なセントラル・クエスチョンも偽の目的に沿うことになります。

真相が分かると、明示的なセントラル・クエスチョンも変わって来るわけですが、少し大枠で見てみると、「事態を解決できるか?」というセントラル・クエスチョンは不変です。大枠はブレないけど、章/幕ごとで主人公にはセントラル・クエスチョンの具体的な見え方は変わっている。主人公が試行錯誤する物語では、そういう手法、展開を使ってはどうかと思います。

試行錯誤する主人公が揺らぐ物語でも、最初から最終的なセントラル・クエスチョンを与えることは、不可能ではありません。例えば「劇的アイロニー」を使う。劇的アイロニーは「読者は真相を知っているけれど、作中のキャラは知らない」というものです。三人称なら可能です。

構想中の作品であれば、主人公がいないシーンで摩耶に独白させるとか、主人公の不利を図るとか、母親を監禁しているシーンを入れておく等々です。主人公はそのことを知らない。だけど読者は描写から摩耶の真意は知っている。読者は「主人公、摩耶の陰謀に気づけ」「主人公、危ないぞ、そっちじゃない」とかハラハラしながら読み進めることになります。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

>手塚満さん、コメントありがとうございます!

>構想してお出で作品であれば、テーマは「母親を取り戻す」とすれば、セントラル・クエスチョンは「母親を取り戻せるか?」となりそうです。
なんか、多くの回答者さんからテーマは「母親を取り戻す」だとご指摘をいただくんですが、母親を取り戻すことが書きたいんじゃなくて、「大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい」というのを書きたいんですけど……。
クライマックスで、大切な人(息子)が死んだ悲しみに我を忘れ悪に身を落とし自殺したヴィランの悲しみを目の当たりにして、同じように大切な人(父)の後を追って星になりたがる母の気持ちを汲んで星にしてあげようとする主人公を、ヒーローが励まして、素直になった主人公が「これを言ったら私のわがままかもしれないけど、ママ、死なないで」と頼む、そして、死んだ父の魂を星にしないといけない夜白の悲しみを知った母が夜白を支えるために生きることを決意する、というクライマックスが書きたいんです。だから、単純に母を取り戻すというのがセントラル・クエスチョンと言えるのか、あんまり納得できない気持ちがあります。それでいうと「母は、父が死んだ世界で一緒に生きてくれるか?」というのがセントラル・クエスチョンかなーと思いました。

>しかし、主人公が何をしようとしているか(何をする話なのか)が提示できないと、読者としては読む目的を見失い、読了するモチベが削がれます。ですので、偽の目的を与えておくわけです。明示的なセントラル・クエスチョンも偽の目的に沿うことになります。
確かに。目的がわからないと読む気が失せるので、いつも主人公の目的は何かを意識して書くようにしていました。
それで言うと、セントラル・クエスチョンを暗示的にしていいわけないですね。

>劇的アイロニーは「読者は真相を知っているけれど、作中のキャラは知らない」というものです。
三人称多元視点にしようと思っていたので、やってみる価値はありそうですね。

◆プロローグ
第一幕:セットアップ5W2H誰がどこでどのような状況で何をする話か:父が死に、悲しむ母を主人公天沢夜白はなぐさめる
テーマの提示:大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい(「パパはお星様になってママと私を見守ってくれているよ」となぐさめることで提示)
インサイティング・インシデント (つかみ・FTのきっかけとなる出来事・引き込み要素):母が失踪し、母の友人と名乗る女・摩耶(ヴィラン)が家にやってくる

◆幕間
摩耶が母に月の神殿の禁書庫に侵入して禁書を盗んでくるように命令しているシーン

セントラル・クエスチョン(偽):主人公の解決しなければならない問題:主人公は摩耶を取り戻せるか?
主人公はどのような人物像か(主人公の日常):夜白はまじめで前向きな性格で、摩耶と仲良く暮らしていきたいと家事を率先して行うが摩耶は冷たい。
主人公をめぐる問題が具体的に何か明確化: 婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。
ファースト・ターニングポイント(アクション・選択):母が生きていると知り、取り戻すと決意する

こんな感じでしょうか。
ちょっと冒頭で視点移動多めですが……。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信

 初めまして、日暮一星です。

 そもそもセントラル・クエスチョン自体が『ストーリー(主人公)の目的を暗示する役割』を持っているので、明確にした方が無難かと。例えば『ヴィランを倒せるのか?』がCQなら『ヴィランを倒すこと』が目的に当たりますし、『母を取り戻せるのか?』がCQなら『母を取り戻すこと』が目的になるわけです。

 ですので、『ヴィランを倒せるか』をCQにするなら、いっそのこと次の日常パートで主人公が直接ヴィランの手にかけられるくらいのことをした方がいいかと。緩急が見受けられないのもそうなのですが、場面が進むたびに主人公の目的が分からなくなるような構成はマズい気がします。

 ヴィランを倒せるかというCQ→仲良く暮らしていきたい→ 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいない→母が生きていると知り、取り戻すと決意

 CQをそのままにして構成に当てはめるなら、
 ヴィランを倒せるか→力のない主人公はヴィランに容赦なく追い詰められる→婚約者を名乗る賢人に助けられヴィランと母について聞かされる→母を取り戻すためにヴィランの元へ主人公は行く

 三幕構成を参考にされているのであれば『ログライン』あるいは『プレミス』を考えていますか? 映画脚本の参考書で必ずと言っていいほどでてくるのですが、どちらも『作品を一言で説明する言葉』を言います。考えているのであれば、幕ごとにその一言を考えて、それに基づいて物語を構成することをお勧めします。自分はこれを考えることでかなり助けられています。

 セントラル・クエスチョンが『主人公が解決しなければならない問題を視聴者へ問いかける』であることに変わりないでしょう。しかしテーマに限って言えば、HOW・TO本によって様々な定義が明記されているので一概には言い切れないのが現状です。

 シド・フィールドの脚本術…キャラと行動

 物語の法則…物語全体を統一する要素となっている、なんらかの人間の衝動や性質を言い表す一つの言葉
 
 SAVE THE CATの法則…なにについての映画(作品)か

 ストーリーの解剖学…人々が社会においてどのように行動すべきかということについての、 書き手自身の観点

 全てハリウッド関係の本ですが、参考になれば幸いです。それでは

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

日暮一星さん、コメントありがとうございます!

>緩急が見受けられないのもそうなのですが、場面が進むたびに主人公の目的が分からなくなるような構成はマズい気がします。
まずいですよね。
緩急というか、アクションシーンは一応一幕にも入れる予定で、省いてますけど、

主人公をめぐる問題が具体的に何か明確化: 婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。

この部分で、悪霊に取りつかれた人が襲ってきて、それを撃退するというアクションシーンを書こうと思っています。そこではっきり詰めてないんですけど、母親が邪魔しにくるか、母が生きていると口頭で聞くかして、母がヴィランに操られていると思い、賢人に協力することになる感じの流れを書きたいと思ってます。

>三幕構成を参考にされているのであれば『ログライン』あるいは『プレミス』を考えていますか?

一応考えていたんですが、
「天沢夜白が、本来の力を取り戻し、星形成の姫神になる話」
となっていて、なんかズレてる気がするなーって思ってます。

>テーマに限って言えば、HOW・TO本によって様々な定義が明記されているので一概には言い切れないのが現状です。
そうなんですね。勉強になります。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信

ようするに問題提起みたいなモンなので、「ヴィランは敵」「主人公がヴィランを倒す話」とか、そういうわかりやすい提示ができてれば問題ないシーンだと思う。
私は三幕構成推しですが、とはいえあんまり理論に傾倒してもいいこと無いんで、ほどほどにしたほうが良いと思う。

セントラルクエッションというのはセットアップの後に来るものだから、ターニングポイントの展開による問題提起になる。
そのプロットから読み取ると、
>ファースト・ターニングポイント(アクション・選択):母が生きていると知り、取り戻すと決意する
とあるので、セントラルクエッションは「主人公は母を取り戻せるのか?」になる。

で、テーマはその「主人公が母を取り戻す過程」の話題の表現だから、
>大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい
という話題で「過程」を表現していく事が求められる。
Wikipediaには「誰かがテーマを口にする」と書いてあるけど、これは映画脚本の場合。別に小説でも「誰かが口にする」で問題ないけど、なぜ映画だからなのかというと、映画は尺が短いので端的にわかりやすくパッとテーマを提示しないと序盤でグダってしまうため、最も簡単で単純な方法すなわち「直接口に出す」という方法を取ってる。
小説の場合、まあ小説でも序盤だけを思えば尺は短いけど、映像や音で印象的に表現できる映画と違って小説はセリフだけではインパクトが薄いので、何かしらテーマを表現する演出を考えたほうが良い。
父の死と母がテーマを口にするというのは悪くないと思う。

テーマは「一緒に生きて欲しい(見守ってる?)」という事だから、この話題で「母を取り戻す」を書いていくわけで、「母親の形見」みたいな見守ってくれてる的なアイテムがあったほうがやりやすそう。
テーマを口にするときに主人公に手渡せば一石二鳥。

ほんで、ターニングポイントによる問題提起がセントラルクエッションなら、別にわざわざセントラルクエッションなんて設定する必要ないじゃん?
ターニングポイントが書ければセントラルクエッションは必然的に出てくるわけだしさ。
じゃあなんでわざわざ設定すんのかって言うと、単純にセットアップつまり序盤のターニングポイントまで終わらせた段階で「主人公は母親を取り戻せるのか?」という問題提起が読者に伝わっているかどうか、というチェックのために言語化してるだけ。
映画は小説と違って複数人で作るので、「こういう演出で、こういう意図で、こうなってないとダメ」というのがスタッフ全員に伝わってないといけないでしょ。だから言語化して明確にしてる。

もっとも、みりんさんは今回まぎらわしくて少々混乱しただけだと思うけど、
>セントラル・クエスチョン:主人公の解決しなければならない問題:(ヴィランを倒せるか?)
と、このように見当違いな回答を出すことも多い。
こうなるとターニングポイントの出来事と一致しなくて、セットアップの第一幕を読んでも何が目的なのかわからない出来になったりする。
なので、言語化して明確にしておくのは悪くはない。
けど一方でセントラルクエッションは慣れれば小説のプロットには不要なものだし(わざわざ考える必要はないという意味)、たしかみりんさんはそれなりに書いてる人だったと思うので、本来は言語化しなくても出来てたハズと思う。
最初に書いた通り、そうした技術や理論に振り回されてもしょうがないので、ほどほどに。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信)

スレ主 みりん : 1 投稿日時:

サタンさん、コメントありがとうございます!

今回三幕構成を勉強しなおして、もとのプロットを三幕構成的に再構成しているところです。
元のプロットが以下。

天沢夜白が、本来の力を取り戻し、星形成の姫神になる話

プロローグ:父が死に、母が行方をくらます。摩耶が現れ、一緒に住むことになる。
つかみ:両親と死に別れ母の友人であるヴィランと二人暮らしをしている薄幸な女子高生の夜白の前に婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れる
説明:地上にいる霊の悪霊化を防ぐため夜空に上げる神になって欲しいと言われる。
後戻りできない動機:実際に人が死んでいるのを知ってしまった。自分しかできないと言われた。
母親が闇落ちしているのを知る
葛藤:静かの海の神殿に行きネクタルを飲もうとするが、ヴィランにネクタルを奪われる。何とか逃げ延びる。
試練:ネクタルなしで神にならないといけない。闇落ちしている母を助けなければいけない
ピンチ:空にワームホールが現れ月から霊が降りてきて、悪霊化する
ヴィランが星を呼び寄せる
クライマックス:覚醒した主人公がヴィランを星にする
おわり:賢人の励ましもあり、闇落ちした母に死なないでと言う。父を星にする
エピローグ:母と二人暮らしの幸せな朝。賢人から舞踏会参加への催促がくる。さらに賢人が転校してくる

ファースト・ターニングポイントにあたる、後戻りできない動機が、3つあります。
このうち、母を取り戻すと決める、というのが一番構成的にいいかなと思ったんですけど、自信がありません。
ログラインも間違っている気がします。
No: 13にも書いたのですが、

クライマックスで、大切な人(息子)が死んだ悲しみに我を忘れ悪に身を落とし自殺したヴィランの悲しみを目の当たりにして、同じように大切な人(父)の後を追って星になりたがる母の気持ちを汲んで星にしてあげようとする主人公を、ヒーローが励まして、素直になった主人公が「これを言ったら私のわがままかもしれないけど、ママ、死なないで」と頼む、そして、死んだ父の魂を星にしないといけない夜白の悲しみを知った母が夜白を支えるために生きることを決意する、というクライマックスが書きたいんです。だから、単純に母を取り戻すというのがセントラル・クエスチョンと言えるのか、あんまり納得できない気持ちがあります。それでいうと「母は、父が死んだ世界で一緒に生きてくれるか?」というのがセントラル・クエスチョンかなーと思いました。

>で、テーマはその「主人公が母を取り戻す過程」の話題の表現だから、
>>大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい
>という話題で「過程」を表現していく事が求められる。
過程は、どっちかというと、夜白が月の神になることを描いている感じがします。
ここのちぐはぐ具合を何とかしないとダメだなーと思いました。

>父の死と母がテーマを口にするというのは悪くないと思う。
テーマを口にするのは主人公です。
母は、父が死んだことにショックをうけて、父の霊魂を星にされないように
主人公が神になるのを邪魔してきます。

>最初に書いた通り、そうした技術や理論に振り回されてもしょうがないので、ほどほどに。
なんか、いままでラブコメしか書いてこなかったので、ファンタジー難しいです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:魂を空に上げる力への探求の軌跡

繰り返しますが、物語の本筋を明確に意識することが大切です。
で、そのためには、テーマがあるならそこから逆算するという方法もあります。セントラル・クエスチョンは、主人公がその本筋を正しくたどるための道しるべと考えてください。

>テーマの提示:大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい(「パパはお星様になってママと私を見守ってくれているよ」となぐさめることで提示)

これがテーマなら「ヴィランを倒す」はあまり関係ないので、セントラル・クエスチョンにはなり得ません。また、「母を取り戻す」も少し微妙です。なぜなら、母は実は生きていたことが後で明かされるわけですから、「死んでも一緒に生きてほしい」ということとそぐわないからです。
そう考えるとやはり、

>婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。

こちらの方がテーマに近いと思うんですね。

それを踏まえて、「母が失踪し、ヴィランがやってきた」ということがインサイティング・インシデントになるかと考えると、これはなると思います。
「母の失踪」はきわめてドラマティックな出来事。そこに母の友人と名乗る女がやってきて家に居座ってしまうというのは、その女と母をめぐって何か大きな秘密があるのだろうと読者に想像させるに十分です。それは読者を引き込む牽引力になり得ますから、この秘密そのものがセントラル・クエスチョンになると思うんですよ。

で、

>婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。

この婚約者を名乗る月兎族の賢人は暗中模索状態の主人公を助けるメンターとしてうってつけですし、もちろん素直に恋人役でもかまいません。
悪霊化した霊魂を夜空に上げるのは、冒頭の「パパはお星様になってママと私を見守ってくれているよ」にも繋がり、おそらく物語のクライマックスでもこれに係わる大きなイベントがあるのでしょうから、ストーリーの全体を通しての中心軸になりそうです。

よって。

セントラル・クエスチョンは「ヴィランを倒す」でも「母を取り戻す」でもなく、霊魂を夜空に上げる月兎族の秘密に主人公が近づく探求の軌跡そのものであるべきで、「ヴィランを倒す」「母を取り戻す」「亡き父への想いを昇華する」などは、それに後からついてくる結果ということになるのではないかと。

上記の回答(魂を空に上げる力への探求の軌跡の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

あまくささん、コメントありがとうございます!

>婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。

こちらの方がテーマに近いと思うんですね。
ううん。他の方の意見と違う&私の意見と違うので混乱しています。

確かに、当初設定したログラインは、「天沢夜白が、本来の力を取り戻し、星形成の姫神になる話」でした。
けど、テーマは、「大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい」なので、この時点でズレてますよね。
書きたいのは、
クライマックスで、大切な人(息子)が死んだ悲しみに我を忘れ悪に身を落とし自殺したヴィランの悲しみを目の当たりにして、同じように大切な人(父)の後を追って星になりたがる母の気持ちを汲んで星にしてあげようとする主人公を、ヒーローが励まして、素直になった主人公が「これを言ったら私のわがままかもしれないけど、ママ、死なないで」と頼む、そして、死んだ父の魂を星にしないといけない夜白の悲しみを知った母が夜白を支えるために生きることを決意する、というクライマックスです。

それでいうと「母は、父が死んだ世界で一緒に生きてくれるか?」というのがセントラル・クエスチョンかなーと思いました。

ちなみに、あらーいプロットでは、こうです。

プロローグ:父が死に、母が行方をくらます。摩耶が現れ、一緒に住むことになる。
つかみ:両親と死に別れ母の友人であるヴィランと二人暮らしをしている薄幸な女子高生の夜白の前に婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れる
説明:地上にいる霊の悪霊化を防ぐため夜空に上げる神になって欲しいと言われる。
後戻りできない動機:実際に人が死んでいるのを知ってしまった。自分しかできないと言われた。
母親が闇落ちしているのを知る
葛藤:静かの海の神殿に行きネクタルを飲もうとするが、ヴィランにネクタルを奪われる。何とか逃げ延びる。
試練:ネクタルなしで神にならないといけない。闇落ちしている母を助けなければいけない
ピンチ:空にワームホールが現れ月から霊が降りてきて、悪霊化する
ヴィランが星を呼び寄せる
クライマックス:覚醒した主人公がヴィランを星にする
おわり:賢人の励ましもあり、闇落ちした母に死なないでと言う。父を星にする
エピローグ:母と二人暮らしの幸せな朝。賢人から舞踏会参加への催促がくる。さらに賢人が転校してくる

>>主人公をめぐる問題が具体的に何か明確化: 婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。
>であるならば、こちらの方が主人公の目標として本筋に近い感じがします。
>でも、このことと母の失踪、ヴィランの登場というイベントがどう結びつくのか、この時点でははっきりしません。
ああー。じゃあ、この段階で摩耶がヴィランだとばらすことができますね。
母の真意は第二幕で父の霊から聞く予定なので、それまでは、ヴィランに操られている、
という感じにして、ヴィランから母を取り戻す暗示を解くための魔法を使えるようになるために、
月の神になる決意をするって感じでしょうか……。
まったく決めてないわけじゃないけど、ぼやっとしてますね。詰めないと。

いろいろ書きましたけど、やっぱりログラインにそう

>婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。

がセントラル・クエスチョンだと思いますか?

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信

 ……と一度は書いたものの、あまくさ氏のNo.10を読んで考えが変わった。
 たしかにセントラルクエスチョンを『母を取り戻す』にしてしまうと、テーマの『大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい』にいまひとつそぐわない印象がある。それに物語のピークがヴィランとの対決じゃなくて母との再会に来てしまいそうな気もするし。
 で、過去の質問も踏まえて考えると、構想中の作品には"死者の霊魂を無理に地上に縛り付けておくべきではない"みたいな死生観がある様子。ヴィランとの対決で焦点になるのもそこなのかな、と感じる。つまりクライマックスではヴィランを物理的に倒すだけではなく、思想的にも勝利しなければならないんじゃないかと。
 そこから逆算すると、セントラルクエスチョンは「大切な人との別離にどう向き合うか?」だったりしない?

 インサイティングインシデントで母親の失踪を経験した主人公が、喪失感を乗り越えて母の不在を受容することで、ヴィラン(=異なる価値観)に打ち勝つ話、みたいな。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信の返信)

スレ主 みりん : 0 投稿日時:

>それに物語のピークがヴィランとの対決じゃなくて母との再会に来てしまいそうな気もするし

私は一番書きたいのは、何度もコピペで申し訳ないんですが、

クライマックスで、大切な人(息子)が死んだ悲しみに我を忘れ悪に身を落とし自殺したヴィランの悲しみを目の当たりにして、同じように大切な人(父)の後を追って星になりたがる母の気持ちを汲んで星にしてあげようとする主人公を、ヒーローが励まして、素直になった主人公が「これを言ったら私のわがままかもしれないけど、ママ、死なないで」と頼む、そして、死んだ父の魂を星にしないといけない夜白の悲しみを知った母が夜白を支えるために生きることを決意する、というクライマックスです。

だから、単純に母を取り戻すというのがセントラル・クエスチョンと言えるのか、あんまり納得できない気持ちがあります。それでいうと「母は、父が死んだ世界で一緒に生きてくれるか?」というのがセントラル・クエスチョンかなーと思いました。

だから、クライマックスの一番盛り上がるところは、母と向き合うシーンでも特に問題は感じないんですけど……。
間延びしますか?

>インサイティングインシデントで母親の失踪を経験した主人公が、喪失感を乗り越えて母の不在を受容することで、ヴィラン(=異なる価値観)に打ち勝つ話、みたいな。
母の不在を受容するというか、母に愛されていたという記憶を思い出す(風邪をひいた時に母が飲ませてくれたジュースが神の酒ネクタルだった)ことで覚醒・本来の力を取り戻し、神になってヴィランを倒すという流れなんですけど……。愛されていることを思い出して力を得た夜白は、ヴィランを倒すけれど、ヴィランの亡くした人を追いたいという気持ちを受け止めて、一度は母も星にしてあげようと考えるけれど、ヒーローに励まされて本音を話し、その涙に心打たれた母を思いとどまらせる(改心させる)というような話を書きたいです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:農作物と人口等の関係

自分は今異世界を舞台にしたファンタジー小説を書いています。その世界で舞台になる国には氷河〜熱帯までの様々な気候がバラバラに存在しています。
それぞれの地域で、ジャガイモ, トウモロコシ, カボチャ, 豆, 小麦, 乾いた土地で育つ米, 大麦, オーツ, ソバ, バナナ, その他粟や稗やアマランサス等少数の穀類のうちのいずれかが育てられ、あるいは交易されています。また、水牛でない牛や羊, 豚, ヤギ, 場所によってはアルパカ等が、牛耕や食用, 毛をとるためなどに育てられています。(もしかしたら蚕も居るかもしれません)

問題として、そのようなイモ類・穀類・その他の動植物を育てている環境では、たとえば一つの集落や街の規模や人口はどのようになり、森林の伐採はどの程度行われ、あるいは他の生活形態よりもどのような生活形態を取るであろうことが予測されるのか
そうしたことをどのように調べたら良いのか分からないということがあります。
それを知ることができれば、設定した農作物等によって形成されるべき街や集落の様子と、理想の様子とが異なる場合に、魔法や魔物などを設定することで調整することができます。

農作物と人口との関係等の知識を得るための入門書的な本を教えてください。

上記の回答(YouTubeの参考動画のご紹介)

投稿者 ドラコン : 1

ドラコンです。ご質問の件について、本ではなく、YouTubeのチャンネル・動画で恐縮ですが、ご参考になりそうなものを、ご紹介します。

『歴史雑記ヒストリカ』
https://www.youtube.com/@mond_historica/playlists

クレオパトラとマリー・アントワネットを主人公に、西洋史を中心とした「教科書に載らない歴史雑学」を解説。文化史、生活史、技術史が多く、西洋風異世界ファンタジーなら押さえておいたほうが良い動画が多いです。

以下の再生リストをご覧になれば、食物・料理・家畜・気候史の動画も多く、参考になる動画があるかと存じます。

「ゆっくり博物図鑑」
https://www.youtube.com/playlist?list=PLeomnMT4XFkqkrNCeChxbZBJ0vKBQbLGu

「ゆっくり歴史文化辞典」
https://www.youtube.com/playlist?list=PLeomnMT4XFkpUj-ptFR_wNBqHUJqz99Ul

『歴史雑記ヒストリカ』の姉妹チャンネルも2つ紹介します。これらも、再生リストを一覧される価値があります。

『ゆっくりモンド2』
https://www.youtube.com/@mond2/playlists

一応、海の歴史(大航海時代・海賊・交易)を中心とした解説チャンネル。ただ、それ以外の西洋史、イスラム史を中心に取り上げています。

中世ヨーロッパは、現代人が考えるほど汚くはなかったのでは? との反論動画もあります。

「中世ヨーロッパ君が不潔とか暗黒とかウ〇コとか言われすぎて可哀想なのでフォローしておく動画」
https://www.youtube.com/watch?v=GQygc-IZylY&list=PLSuDYgrKdH2K4_wwa7EajRS3td9P9os6h&index=1

『旧ゆっくりモンドちゃんねる』
https://www.youtube.com/@old-mond/playlists

『ゆっくりモンド2』の前身チャンネルで、海関係の世界史を中心に解説されています。ご質問なら、香辛料やコーヒーに関する以下の動画はご覧になってはいかがですか。

「なぜコショウに価値があったのか?大航海時代の謎…「食品保存のため」って嘘くさくない?説【ゆっくり歴史解説】」
https://www.youtube.com/watch?v=iJIcmmuRvZg&list=PLOJC-pMpAR-xdd5wlWttYJgy0qNtHIxcj&index=2

「英国は紅茶よりもコーヒー大国だった!東インド会社とコーヒー貿易【ゆっくり歴史解説】」
https://www.youtube.com/watch?v=9tHXcQW8DhE&list=PLOJC-pMpAR-xdd5wlWttYJgy0qNtHIxcj&index=3

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 農作物と人口等の関係

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投稿日時:

元記事:小説家としてのマナーと良識を教えてください。

 この前、お気に入りの小説に感想を書いたのですが、内容がまずかったらしく、作者さんを怒らせてしまいました。

 書いてほしいエピソードをリクエストしたつもりだったのですが、意に添わなかったようです。

 以前からこちらでも、僕はあまりの常識のなさで周りを振り回してきました。

 せめて、作家としてこれを言ってはいけない、とかこれだけは絶対にやるな!見たいのなのがあれば教えてください。

 一人で始めてから数年たちますが、不文律が多くて参っています。規約を読もうにもどのページに書いてあるのか知らないのです。

 正式な書式で書かれているだろうし、読んでも意味が解らないんじゃないかな、と不安です。

 皆様の回答をお待ちしてしております。

 追伸。
 連投ごめんなさい。

上記の回答(小説家としてのマナーと良識を教えてください。の返信)

投稿者 読むせん : 5 人気回答!

木葉さんの指示に従い感想欄を冷かしてきました。

うんお前さんの感想クソじゃねーか\(^p^)/うぼぁ
マジキチかよ。の一言ですね~。

カテゴリー : その他 スレッド: 小説家としてのマナーと良識を教えてください。

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投稿日時:

元記事:陰キャの成長は陽キャとなることなのか?

こんにちは、サイドです。
普段は掌編などでお世話になっている者です。

質問についてですが、タイトルの通り「陰キャの成長は陽キャとなることなのか?」です。

今、応募を目指した学園ラブコメを書いており、物語としては、
「カースト最下位の陰キャ主人公が、トップスリーの陽キャヒロイン達と出会い、ある事件を経て成長する」
がテーマになっています。

最初に作ったプロットの最後は、
「殻に閉じこもりがちだった主人公が、ヒロイン達を大切にし、視野を広めて前向きになる」
でした。

しかし、執筆が終盤に差し掛かり、「陰キャが陽キャへ変化する(陰キャの記号を陽キャのそれへ入れ替える)=成長」ではないのでは? と思う様になりました。
「陰キャ」と「陽キャ」という言葉が使われるようになったのは、ここ数年のことだと思います。
ですが、少し古い小説やアニメを見ても、「内向的な少年が、成長して前向きになる」は存在するので、物語の形としては王道だと理解もしているつもりです。

ここでどうして主人公が陽キャの属性に近付くことに違和感を持ったのかというと、

〇上記した「ある事件」とその解決法が、ヒロイン達といることで広まった妬み、嫌がらせなどの悪い噂の原因を見つけ、対処、解決することに比重が置かれているから

だと、考えました。

もしも、それらの悪い噂にはっきりとした犯人(例 カースト十位の嫌味な優男など)が存在し、それを打ち負かし、成り上がっていく作風であれば、主人公の成長が陽キャへ近づくのは納得できると思います。
しかし、書いていくにつれて主人公の行動指針は「悪い噂の解明と対応、及び解決」だけであり、成り上がりには興味のない人物になっていきました。
結果、競争心のない人物像となり、ラノベらしくないのでは? と感じています。

そこで、最後に辿り着く二つの主人公像を考えてみて、その判断をお聞きしたいと思っています。

一 他と関連、比較させてみて、初めて自身の存在をとらえ、最下位という劣等感を克服しようとする、相対的な判断をする主人公 
(比較という性質を持つため、競争や成り上がりへの意識が強い)

二 他と関連、比較などはせず、出会いを経てカースト最下位という自身の存在をとらえ、劣等感を持っている自分も自分だとする、絶対的な判断をする主人公
(優劣の意識があまりない為、ありのまま気楽に構えていればいいやと割り切っている)

個人的には、僕自身の性格が「二」寄りなので、そちらの方が書きやすくしっくりきます。
繰り返しになりますが、物語に「カースト十位の嫌なやつ」(この場合、悪い噂を流した張本人)などの明確な「敵」が存在せず、交流を経た内面の成長に比重を置き、成り上がりの性質は少ない為、話の流れとしても「二」が納得できると感じています。

ですが、ラノベ的にはカーストというランクがあるのなら、ヒロイン達の助けを借りつつどんどん駆けあがって行く、「一」の様な性格になる方が王道のような気もしています。
また、先に挙げたような「絶対的な評価」の主人公像をラノベ業界であまり見た事がないので、自分の書きたいものを書いているだけで需要や王道を無視しているのでは? とも感じています。

この二つの主人公像や現在の需要、自分としては違和感があっても多くある王道へシフトする方がいいのか? に悩んでいるので、何か助言をいただければ幸いです。

上記の回答(陰キャの成長は陽キャとなることなのか?の返信)

投稿者 サタン : 1

1か2かで言えば2がいいんじゃないかと思う。
流行で言えば確かに「成り上がり」というか、底辺であることを自覚した上で這い上がってくストーリーがウケてるような気もしますが、
一方で、順位など気にせずがむしゃらにゴールまで走った後、振り返ってみて走った距離を実感する、というのも流行を問わず王道ではないかと思います。

玄翁さんが指摘されてますが、ラブコメないしコメディ調の作品に「成長」は合いづらいと思うし、別にあってもいいテーマではあるけど、意図しなければどうしても真面目なテーマになってりまうからこれを中心のメインテーマにはしにくいと思う。
だから、何かをやって行動して、ラストでふと振り返ると、成長しとったんやな、と実感する程度のサブテーマで良いと思う。
1は劣等感があることから成長に対して貪欲で、2は自覚しつつも気楽なため成長することにあまり興味がない。
1は成長することがメインになってしまう。少なくとも主人公の行動原理になる。
そのため、もともと成長譚として設計していたならともかく、途中から変更を考えて1を選択するのはキツいと思う。
主人公の選択肢も変わってしまうし、想定してたストーリーラインも変わってきそう。

「絶対的な評価の主人公」ですが、この時点で割と達観した人物像なので、確かにあまり見かけません。
でもそれは「成長をテーマとするライトノベル」での話で、おそらく書こうとしてる作品の類似作品をイメージしてるためではないかと思います。
「自分は自分」と達観してるので、成長というテーマが入り込む余地が少なく、成長譚としては合わない主人公像でしょう。
逆に成長の余地がありまくる、自分は天才だと思いこんでる行動力だけは凄いバカ、みたいなのが成長譚の主役としては理想的。
達観して「自分は自分」と納得してる人物像は理想の真逆にいる。

なので、例えば元から「成長の余地がないほどの強者」や「成長の必要がない人物」、ないし成長がテーマではない作品においては、達観した主人公は割と多いです。
ジャンルで言うと推理モノなんてのはホームズをはじめ頭脳明晰な超人が多いですから、一般文芸からライトノベルまで「成長の余地がない主人公」であることが多いです。
バトルものでも、ラノベではありませんがワンパンマンなど「頂点の強者」といった、主人公の成長をテーマとはしてない作品では、やはり達観してる人物であったりします。
こうした作品の場合、当然ながら主人公は大きく成長をしません。
例えば頭脳明晰でボッチだった天才が、アホだけど快活なヒロインと一緒に事件を解決してクラスメイトの輪の中に溶け込めるようになった、とか、
物語終盤になって、振り返るとそういう成長があったとありのままに書いたりします。

で。
これらはあくまで「成長」が前提の話なんですが、その前提に疑問を呈すると、これは別に「成長」ではなく「変化」と考えてもいいと思うんですよね。
「陰キャが陽キャに変化することが『成長』である」という定義をしての疑問ですが、
そもそもプロット段階では「成長」にスポットが当てられてる話ではなくて、結果的にそれは「成長」を描いているのではないか、と考えた。という話。

例えば逆に、最初から「成長」をテーマに書こうとして「じゃあ陰キャが陽キャになる精神的成長を書こう、その物語を考えよう」という場合なら、スレッドタイトルやお悩みの内容も理解できる話で、「どちらが成長を書きやすいだろうか」という意味で2タイプの主人公の是非を求む気持ちもわかります。
ちなみにこの場合なら1のほうが良いと思う。

でも、そうではない。
「陰キャが陽キャになる話」というのが最初にあって、そこから「成長じゃないか?」というテーマが生まれてきている現状。
それは、物語の核を後から仕込むようなもので、危ういのではないかと思う。
だから、「陰キャが陽キャに『変化』した」というプロット通りの解釈で良いと思う。
それの変化が「成長」であるかどうかは、読者が読み取れば良い話ではないかな。
となれば作者は「変化」を書けば良いだけで、1案と2案の両方に「劣等感」という単語があるけど、これも正直いらないと思うし、成長をメインテーマにしてしまう1案はナイと思う。

トンチみたいな言い方でずるいかもしれんけど、
スレッドタイトル「陰キャの成長は陽キャとなることなのか?」という疑問を読者に投げかける作品にすりゃいいんじゃない?
だから作者のすることは、「そういう変化を書く」という事で、「こういう成長を書く」ことじゃないんじゃないかな。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 陰キャの成長は陽キャとなることなのか?

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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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