小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

ちくわちゃんさんの返信一覧。最新の投稿順1ページ目

元記事:原作レイプの被害を受けました

どうも皆さま、お久しぶりです。マリン・Oと申します。
まず本題に入る前に一言断っておかなければいけないことがありますが、本日の私はいささか精神が荒れています。
そのため知らず知らずのうちに皆様を不快にさせてしまう物言いをしてしまうかもしれません。
その際には遠慮なくお叱りの言葉を下さい。

前置きが長くなりましたが本題に入ります。
先日立てさせて頂きましたスレッド「プロットの作り直しについて」への書き込みでどうしても許せない書き込みがありました

その書き込みでは私が先日皆様に掲示したキャラクターが無残なほどに改悪されて書かれていたのです。
特に改悪が凄まじかったのはライバル役のベアトリクスでした。
そのプロットでのベアトリクスはどこを取っても短所しかないキャラクターにされてしまいました。
人目をはばからず自暴自棄になる、追加された弟子にはただただ高圧的、挙句の果てには人道に反する振る舞いをする。
皆さまはこのようなキャラクターに魅力を感じるでしょうか?少なくとも私は一片も感じませんでした。
ただ悪辣なだけで印象の良い長所が一つも書かれていないからです。
普通こんなものを原作者の許諾を得ずに作るでしょうか?

正直に言って、素人の同人活動の範疇で原作レイプの被害に遭うなんて思ってもいなかったです。
私はこの勝手な解釈を許せません。我が子同然の思い入れで作っているキャラクターをこんな無残な形に改変されたら誰でも怒って当然だと思います。
その後なぜこのような解釈をしたのか考案者に説明を求めたのですが、納得できる回答は得られませんでした。

皆様はこのような被害を受けたらどう対処されるのでしょうか?
どうか怒りと憔悴でボロボロになった私に立ち直る力を下さい。

上記の回答(原作レイプの被害を受けましたの返信)

投稿者 ちくわちゃん : 0 投稿日時:

人間観察のためにサイトを見ている立場のちくわちゃんとしては、

一生恨みましょう!呪いましょう!!

その憎悪の権化となったマリン・Oさんの様子を観察させて下さい。
ちくわちゃんの糧にさせて下さい。
よろしくお願いいたします。

カテゴリー : その他 スレッド: 原作レイプの被害を受けました

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元記事:小説が書けません続

プロになりたいわけではありません。好きなものをなかなか見たことがないもどかしさにより、自分で生み出したいので小説を執筆したいのです。
しかし本編を一文字も書けず、設定もふわっとしたものだけ。
私は小説をろくに読まないのですが、小説を読めばいつかは改善できるでしょうか?活字が苦手で読んでません。
質問になっていなかったらすみません(二回目)。とても深刻に悩んでいます。

上記の回答(小説が書けません続の返信)

投稿者 ちくわちゃん : 0 投稿日時:

【論理的思考】ができて、
【面白い】とは何かを理解すれば、
誰でも小説は書けます。

ということで、
論理的思考が出来るようになりましょう。
面白いの正体を解き明かしましょう。
頑張って下さい。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 小説が書けません続

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元記事:作品と作者の人格

良く作品と作者の人格は分けて考えろ、とは言いますが、Twitterなど素が垂れ流しになっている現代だと、呟きなどの印象からどうしても読むのが無理になってしまったり、なかなか分けて考えるのは難しいと最近良く感じます。

良く交流していた物書き友人もフェミニストばかり叩いているのを見てしまってから読めなくなったりしました。

皆様は分けて考えられるタイプですか?
それとも分けては考えられないというタイプですか?

また上記の友人の様に執拗に誰かを叩いている人にどの様な印象を持つでしょうか(私の心が狭いだけでしょうか?)

色々な考えを聞いてみたいです。

上記の回答(作品と作者の人格の返信)

投稿者 ちくわちゃん : 0 投稿日時:

〉良く作品と作者の人格は分けて考えろ、とは言います

【作品を評価するときは】の話ですよ(*・ω・)ノ

カテゴリー : その他 スレッド: 作品と作者の人格

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元記事:プロを目指す上で。

はじめまして、名無しの三平と申します。自分はひっそりとラノベを書いているのですが、やっていくうちに疑問に思ったことがあり、そこで皆様の意見を頂戴したいと思い、こうして掲示板に書かせていただいた次第です。

自分はプロを目指してるのですが、まだしがない新人であっても、読者に受けるものを書いていくべきでしょうか? それとも自分が思いついたネタをとにかく小説という形にしていくという反復(?)創作をしていくべきでしょうか?

現在、いくつもネタがあるものの、小説という形に落とし込むことに躊躇しています。どうか、皆様の意見をお聞かせ願いたいです。よろしくお願いします。

上記の回答(プロを目指す上で。の返信)

投稿者 ちくわちゃん : 1 投稿日時:

>読者に受けるものを書いていくべきでしょうか? 
>それとも自分が思いついたネタをとにかく小説という形にしていくべきか

あなたは面白い人ですか?
イエス → 自分の思いついたネタを小説に。
ノー → 読者に受けるもの。

ちくわちゃんの格言を言うと、
『ツマラナイ人の面白いはツマラナイ』
です。

周囲から『ツマラナイ』と言われる人は、
「オレはツマラナイ奴になる!」と思っているわけではなく、
自分では面白いと思ってるか、何も考えてないかのどちらかです。

イエスなら面白いができる人なので、問題無い。
ノーなら面白いができない人なので、まずは面白いの勉強から始めてください。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: プロを目指す上で。

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元記事:ハーレムもので「衆道」の導入はアリか

ハーレムものをそれまで半ば食わず嫌いしていたのですが、少々気が変わって執筆・制作に挑戦してみたいと思っております。

この話の特色として考えていた要素として、一つはハーレムメンバーをメタ的には使い捨てにする(一部を除き後半にかけてフェードアウトさせるという意味)という前提でとんでもない数にしている事、そしてもう一つは主人公は男(同性)にも何人か手を出す予定だという事です。
ストーリー上は所謂「男の娘」の加入から初めて、後半にかけて筋肉質な人物とも…と段階的に慣らしていこうという心づもりです。

動機としては、神の生まれ変わりたる主人公の超然とした在り方を表現したいみたいな意図があります。
範馬勇次郎が最近「毛深いオッさん…どころか全人類が性対象たりうる」という設定が出てきた事にヒントを得ており、自分自身「女しか興味ないのはなんか凡人臭い」と思ったからです。

後はまあ…「ウケ狙い」という側面は否めないかもしれません、衆道の導入しかりなのですが、この話の主人公は「(神側の人格が出た時のみとはいえ)人前でフルチンになっても平気、どろこか自分から脱ぐ」等読者の自己投影を無視して濃ゆい味付けをしすぎたきらいはあります。
ゼウスやスサノオのような「良くも悪くも癖の強い神様」というイメージだったのもありますが、正直やり過ぎかなという懸念もあります。

一応、サンプルとしていろいろ読んだ上で考えた事ではあるのですが、またズレた事をしていないかという懸念はあります。
「ハーレムもの」としては如何なものなのでしょうか。

上記の回答(ハーレムもので「衆道」の導入はアリかの返信)

投稿者 ちくわちゃん : 3 人気回答! 投稿日時:

タイトルを
【狂人が書いたハーレム物語】
とでもすれば成立するので良いと思います。

たぶん、バッキーさんは商品ではなく、
作品を作ろうとしているのだと思います。

自由気ままに行けば良いと思います。

カテゴリー : キャラクター スレッド: ハーレムもので「衆道」の導入はアリか

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現在までに合計7件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全2ページ中の1ページ目。

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東京大阪高級出張デリヘル欲望楽園倶楽部LINE:699jp

投稿者 日本欲望樂園俱樂部 回答数 : 0

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東京大阪高級出張デリヘル欲望楽園倶楽部LINE:699jp / Telegram:@tyo52JP | Gleezy : jpq52... 続きを読む >>

執筆中に休むと続きが書けなくなる

投稿者 puregret 回答数 : 5

投稿日時:

小説執筆に関する悩みです。一度書いて、休んで、また執筆ということができません。 たとえば、30分ほど執筆して、いったん風呂に入... 続きを読む >>

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元記事:モチベーションの維持

初質問です。
ファンタジー小説を書こうと志してから1年ほど経つのですが、未だに納得のいく設定、プロットが書けずネット小説サイトに投稿すらできない状態が続いています。今までは何万字と書いた設定集やプロットなどを没にしても、「もっと面白いものが書けるはず」と考えてモチベーションを保っていましたが、それも難しくなってきています。
やはりある程度は妥協して投稿してみるべきなのでしょうか? 
それとも自分の中で完璧だと思えるプロット、設定ができるようになるまで粘るべきでしょうか?
初歩的な質問で申し訳ないのですが、どなたかご教授いただけますと幸いです。

上記の回答(モチベーションの維持の返信)

投稿者 読むせん : 0

プロットで煮詰まったら、そのまま放っておくかな?

 どっちみち「今の自分」では完成できない、知識とか何かとかが足りないんですよ。何の知識が、何が必要だったのか?とかを見つける日まで放置します。

場合によっては、こういったサイトでプロットを公開して、アドバイスもらうのも一手です。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: モチベーションの維持

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投稿日時:

元記事:異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

売れる/売れない等は別として、異世界(=この世界と地続きでない世界)の文化や言語(あるいは異世界を構成する任意の「この世界と異なる要素」)を考えることは(SFとしてまたは純文学として)「正しい」のでしょうか。

というのも人が異世界へ行ったとき、その人が異世界に辿り着き生存し知的生命体と遭遇する確率はともかくとしても、たどり着いた世界の住民が肺で酸素を取り入れ呼吸するものである確率や, 住民の口腔等の形が地球人のものと似ていて人間の可聴域内かつ発声可能な音を出す確率, 会話の内容が人間の持つ処理能力で理解できる確率などを考えるとあまりにもご都合主義であり、今更言語や文化といった余りに微々たる違いを考えたところでそれらを埋め合わせることはできないように思えます。そこまで「運命力的な力」が働いているなら、なぜ完全に地球と同じ世界まで持っていくことはできなかったのかと思うのです。

これについて二つほど反論を知っています。一つは「異世界側の人物が呪文で主人公を呼び寄せていたり、あるいは異世界に関わる何らかの意思持つ存在が主人公を移動させる話の場合、人間に近い存在がしたことであるので異世界に人間が居るのは納得できることである」というもの。
もう一つは「それが転移モノ(=主人公が異世界の人物に生まれ変わる話)である場合、魂の器は人間しか有り得ないから、異世界へ行く場合は人間の住む世界だけを選んで転移できる」というもの。
どちらも納得できる論だとは思うのですが、何故かなんとなく違和感を覚えます。うまく言葉に出来ないのですが、どこかに作者の匙加減な部分が見える気がするのです。

また自分でも一つ反論を考えてみました。それは「あらゆるフィクションに於いて超自然的な出来事を語る際には読者の理解しやすいものに加工する必要があり、異世界のありようはその影響を受けている」または、「少なくとも自分の考える異世界では常人には理解できない出来事が繰り広げられており、それらを他者に語った時点で人間の理解できる形に喩えられる性質がある」というものです。しかしながらこの論はともすると「読者に理解できなさそうな出来事は考えなくて良い」という考えにも繋がる筈で、そのようにして作者や読者の都合のために「嘘っぽくなさ」を追求するのをやめるのは甘えではないかと思っています。

ファンタジー世界の架空言語を考えていらっしゃる方々がたまにいらっしゃいます(トールキン, セレン, Fafs F. Sashimi, 中野智宏, etc...、敬称略)。その人たちは架空言語を何からの形で存在させたいから書いているのでしょうが、自分としては設定面と同様、物語としての「嘘っぽくなさ」も大事にしたいと考えています。

ファンタジー(あるいはフィクション全般)に言えることなのかも知れませんが、ともかく自分はこうした疑問を抱き、創作が止まってしまいます。些細な問題かと思いますが、回答お願いします。

上記の回答(異世界の文化や言語を考えるのは不毛かの返信)

投稿者 あまくさ : 1

SFやファンタジーにかぎらず純文学・私小説まで含めて、すべての小説は作者の脳内で作り出されたものであり、現実そのものではありません。したがって徹底的にリアリティを追求した小説であっても、作者の「作為」が微塵も入らないということは有り得ません。
また、純文学の作者が実体験や現実社会の事象にもとづいて作品を書いたとしても、そこには作品を通じて何かを読者に伝えたいという「意図」があるはずです。「意図」があれば当然、ストーリーの組み立てを「作為的」に「操作」することになります。
そのような「作為」「意図」「操作」は、あえて悪い言葉に置き換えれば「ご都合主義」に他なりません。作者の意図する方向にストーリーを誘導していることには違いないですから。

昭和のころの純文学作家は「いや、そういう操作をいっさい排除して、ありのままに書くのが真の文学だ」みたいなことを言ってましたけどね。そういう主張に対しては昭和の純文学界の中でさえ「そんなことは不可能。滑稽な思い込みに過ぎない。小説には作為があるのがあたりまえだ」という批判も出ていましたよ。
だいたい太宰治とか芥川龍之介とか、そうとう話を盛る作家じゃないですか。

という認識をふまえるなら、ファンタジーから純文学まで含めて実は「ご都合主義」が小説の本質だと言えます。

ま、これはあくまで私の考えなので異論はみとめますが、仮に上記の認識を前提にすれば、ファンタジー設定の現実との矛盾がどうのなんて議論は根底から崩壊してしまうんですね。

ファンタジーなんだから好きなように書けばよい。ただし、演出としての真実味と、作品世界内の最低限の整合性は必要。
また、異世界の文化や言語を考えるのは、不毛とか不毛じゃないとか議論するのがそもそもナンセンス。そうしたければそうすればよいし、したくないなら別にしなくてもかまわない。

それだけの話です。

   *   *   *

ということで、差し支えなければスレ主様の「フィクションの定義」をまずお聞きしたいところです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

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投稿日時:

元記事:主人公への自己投影はどの程度にすべきか

お初にお目にかかります。
当方現在執筆を目指しプロットを複数練っているところなのですが、大半の作品で自分を主人公のモデルにしたり特技や長所などに自分を投影しています。
こういったことはたとえ書きやすくてもよした方がよいのでしょうか。

当方こういった掲示板の使用は初めてなので、何かしら必要なマナー等ございましたらそちらもご教授願います。

上記の回答(主人公への自己投影はどの程度にすべきかの返信)

投稿者 あまくさ : 1

作者が主人公に自己投影すること自体は、別に良いことでも悪いことでもないと思います。そもそも主人公を視点人物にした場合、誰でも少しは自己投影が入ってしまうものでしょう。
注意点があるとすれば、

・やりすぎると作風が偏る。
・主人公のキャラを作者が客観視できるかどうか?

といったあたりでしょうか。
蛇鷲さんがこのような質問をしたということは、ご自身でも少し懸念を感じるからではないでしょうか? そうであれば、自分と違うタイプの主人公を作ることにも目を向けて見るといいかもしれません。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公への自己投影はどの程度にすべきか

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