小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

日暮一星さんの返信一覧。最新の投稿順5ページ目

元記事:筆が乗らないのです

お世話になっております。藍川です。
タイトルの通り、小説の続きが書けなくなってしまいました。
全く書けない訳ではないんですけど、「これだ!」っていういい表現が全然浮かばないんです。
昨日まではスラスラ書けていただけに少し焦っています。
皆さんはこういう事になった事はありますか?
また、どうやってこれを乗り越えましたか?

上記の回答(筆が乗らないのですの返信)

投稿者 日暮一星 : 1 投稿日時:

 初めまして、日暮一星です。

 内容を見る限りではプロットに行き詰まってるというより、文章のごく一部の瞬間に悩んでるように見えるので、その方向で答えさせていただきます。ほんの一つの場面であっても、プロット作成の不足によって『中身が見えない場面』に出くわすとパッタリ書けなくなることもあるので。

 表現を考えるのではなく、まず『文章』を考えてはいかがでしょうか。

 前提として、文章や表現が書けたり思い浮かんだりする『筆の調子』は常に上下します。イメージしやすかったり、なにを書けばいいのか把握できている部分、構想の段階から書きたくて楽しみだった場面はスラスラ書けるものですが、その逆のイメージしにくい場面や、なにを書くか把握しきれていない部分、そもそも書きたくないけど書かざるを得ない部分は必然的に筆が進まないものです。

 結論からいって、自分は『筆が止まる』という現象はしょっちゅう起こります。ですので、自分なりに『筆が止まらないように執筆できる工夫』を考えたり実行したりして創作にあたります。付け加えていうと、自分は頭の中に思い浮かんだ映像を文章に変換してるので、いきなり表現そのものを考えることもあまりありません。

 自分はどうも『表現』と聞くと『比喩表現』などの技巧的なイメージが強く出てしまいます。直喩はそこそこ使うものの、隠喩に限っては滅多に用いることがありません。読者へ強く印象づけたいシーンをそれほど多く設けていないので。そのような『表現の是非』は、時間を置いてから読み返して、その時に考えます。

 仮に『これはいい表現だ!』と渾身の文章がかけたとしても、後日読み返すと『そこまでの文章じゃなかった』と思うこともあれば『いや、こっちの表現の方がいいな』と思うこともあります。逆に『こんなもんでいいのか?』と思いながら書いた表現でも、また後日読み返すと『別に悪くはなかったな』と思うことだってあります。少なくとも『ぶっつけ本番』で表現を完成させることを自分はしません。それだけで完成させるような才能を持ち合わせていないので。

 ですので、まずは淡泊でもいいから文章を書く。印象的にしたい文章はよく考えて出し所を決めて、とりあえず思いついた表現を(思いつかないなら最悪でも文章を)書いてみる。時間を置いて読み返して、表現の是非を考える。

 小説において、文章や表現は作品を構成する素材の一つに過ぎないので、そこまで神経質になる必要もないと思います。とある偉人の言葉を借りると【完璧を目指すより、まず終わらせろ】です。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 筆が乗らないのです

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元記事:設定づくりの切り上げ時について

当方設定づくりにのめり込むタイプ(人物よりは機械など小道具、とりわけ兵器類)なのですが、はっきり言って際限なくいじり続けます。適当なところで切り上げるべきとは思うのですがどれくらい練り込めばよいのでしょうか?
例えるなら 
1、予定より長くなっても矛盾なく動かすため、作中に出ないであろう細部までガッチガチに設定しておく 
2、ある程度緩く設定しておき、必要に際して柔軟に動けるようにする 
3、ジャンプマンガのごとく後で矛盾が出てもいいからかっちり決めておく(当方ジャンプ読まないのでイメージですけど)

上記の回答(設定づくりの切り上げ時についての返信)

投稿者 日暮一星 : 0 投稿日時:

 初めまして、日暮一星です。

 書き手のさじ加減次第――といってしまえば身も蓋もないのですが、自分はどこで切り上げるかより『設定を作中にどこまで出すか』を意識して書いてます。いわゆる『10考えて3書く』論法です。こうしなければ本編が説明文だらけになってしまったり、不要な描写に追われてストーリーのテンポが悪くなったりと様々な不都合が出てくるからです。
 自分は主要キャラクターを練り上げて考えるタイプなので、おのおの本編でキャラを掘り下げようとするとこの悪手に陥ります。キャラの描写に追われてストーリーが薄くなってしまうんですね。

 設定作りは『世界(観)作り』なので、書こうとすればするほど手が止まらなくなり、その気になればいつまでたっても執筆に手がけられなくまります。また細部まで設定を練り上げることで『その世界観に説得力を持たせる』ことができるので、安易に疎かにすることも難しいです。
 ですので自分は、
『本編に合わせて設定を考える』
『個々の設定(色んな種類の兵器など)は、自分なりに納得がいくまで練り込む』
『本編で使わない設定はボツにせず裏設定として取っておく』
 を基準にして設定を作っています。もちろん、矛盾が出ないよう節々に修正するなどの柔軟性も込みです。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 設定づくりの切り上げ時について

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元記事:三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

絶賛三幕構成を勉強しなおし中のみりんです。

質問は、セントラル・クエスチョンについて。
ウィキペディアには、

「主人公の解決しなければならない問題である。これはセットアップの最後に観客への問いかけとして示され、その答えはクライマックスに Yes/No で与えられる。セントラル・クエスチョンは、主人公の行動する「きっかけ」という目線から立てられる (例: 「X はダイヤモンドを取り返せるか?」「Y は彼女をゲットするか?」「Z は殺人犯を逮捕できるか?」など)。すなわち「主人公は目的を成しとげられるでしょうか」ということがクエスチョンとなる (主人公の心理的な変化が目的となる場合もある)。セントラル・クエスチョンは、ストーリー上の全ての出来事に関係する。セントラル・クエスチョンの設定によってセットアップは終了し、本当のストーリーを始める準備ができる[142]。

セントラル・クエスチョンは、インサイティング・インシデントと対になっており、インサイティング・インシデントの事件によって示される」
と書かれていました。

でも今私の作品にいざあてはめようとするとうまくいきませんでした。
具体的には以下のような感じでして……

第一幕:セットアップ5W2H誰がどこでどのような状況で何をする話か:父が死に、悲しむ母を主人公天沢夜白はなぐさめる
テーマの提示:大切な人が死んでも、一緒に生きてほしい(「パパはお星様になってママと私を見守ってくれているよ」となぐさめることで提示)
インサイティング・インシデント (つかみ・FTのきっかけとなる出来事・引き込み要素):母が失踪し、母の友人と名乗る女・摩耶(ヴィラン)が家にやってくる
セントラル・クエスチョン:主人公の解決しなければならない問題:(ヴィランを倒せるか?)
主人公はどのような人物像か(主人公の日常):夜白はまじめで前向きな性格で、摩耶と仲良く暮らしていきたいと家事を率先して行うが摩耶は冷たい。
主人公をめぐる問題が具体的に何か明確化: 婚約者を名乗る月兎族の賢人が現れ、 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいないと言われる。
ファースト・ターニングポイント(アクション・選択):母が生きていると知り、取り戻すと決意する

インサイティング・インシデントに連動したセントラル・クエスチョンとなると、ヴィランを倒せるでしょうか? という問いになるかと思ったんですけど、次のシーンで主人公の夜白は母の友人を名乗り、家の管理をしてくれるヴィランと仲良くしようとするような真面目な性格です。倒そうとしてないし……。(仲良くしようとする動機は、父が死に、ヴィランに母も死んだと言われ天涯孤独だと思っているため寂しいので前向きに仲良くしようとしています)つまり、セントラル・クエスチョンがすごくわかりづらい設計です。
さらに、ヴィランである摩耶がヴィランだと判明するのも、第二幕の中盤くらい。

このように、セントラル・クエスチョンが暗示的でも面白い作品になると思いますか?

というか、セントラル・クエスチョンとテーマの違いって何でしょうか?

ややこしい質問で申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。

上記の回答(三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信)

投稿者 日暮一星 : 1 投稿日時:

 初めまして、日暮一星です。

 そもそもセントラル・クエスチョン自体が『ストーリー(主人公)の目的を暗示する役割』を持っているので、明確にした方が無難かと。例えば『ヴィランを倒せるのか?』がCQなら『ヴィランを倒すこと』が目的に当たりますし、『母を取り戻せるのか?』がCQなら『母を取り戻すこと』が目的になるわけです。

 ですので、『ヴィランを倒せるか』をCQにするなら、いっそのこと次の日常パートで主人公が直接ヴィランの手にかけられるくらいのことをした方がいいかと。緩急が見受けられないのもそうなのですが、場面が進むたびに主人公の目的が分からなくなるような構成はマズい気がします。

 ヴィランを倒せるかというCQ→仲良く暮らしていきたい→ 悪霊化する幽霊の霊魂を夜空に上げる月の神になれるのは夜白しかいない→母が生きていると知り、取り戻すと決意

 CQをそのままにして構成に当てはめるなら、
 ヴィランを倒せるか→力のない主人公はヴィランに容赦なく追い詰められる→婚約者を名乗る賢人に助けられヴィランと母について聞かされる→母を取り戻すためにヴィランの元へ主人公は行く

 三幕構成を参考にされているのであれば『ログライン』あるいは『プレミス』を考えていますか? 映画脚本の参考書で必ずと言っていいほどでてくるのですが、どちらも『作品を一言で説明する言葉』を言います。考えているのであれば、幕ごとにその一言を考えて、それに基づいて物語を構成することをお勧めします。自分はこれを考えることでかなり助けられています。

 セントラル・クエスチョンが『主人公が解決しなければならない問題を視聴者へ問いかける』であることに変わりないでしょう。しかしテーマに限って言えば、HOW・TO本によって様々な定義が明記されているので一概には言い切れないのが現状です。

 シド・フィールドの脚本術…キャラと行動

 物語の法則…物語全体を統一する要素となっている、なんらかの人間の衝動や性質を言い表す一つの言葉
 
 SAVE THE CATの法則…なにについての映画(作品)か

 ストーリーの解剖学…人々が社会においてどのように行動すべきかということについての、 書き手自身の観点

 全てハリウッド関係の本ですが、参考になれば幸いです。それでは

カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?

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元記事:注目させたいシーンや台詞の目立たせ方

いつもお世話になっております。

現在はヴィクトリア朝風な架空国家を舞台とした、長編小説の執筆を進めております、やとうと申します。

こちらの皆様に様々なご指導を頂きながら現在、第一話にあたる章のプロットが完成した後に、ト書きのようなものから段々小説へと書き直しを進めています。
しかし今度は描写力の無さから、その作業がうまくいかず悩んでいます。
色々な作品を読み、書かれている方々のアドバイスをいただければと思いお邪魔しました。

現在自分の書いたモノを読み返すと、起伏が無く平坦といいますか、
映画にたとえると、視点の遠近が無く淡々と同じ角度で見せてしまう、といえばいいのでしょうか…
うまく言葉にできているか自信が無いのですが、
「見せたいシーン」とそうではないところとの境がわかり辛く、
この台詞、動きが重要、というのが伝わりにくそうで、全体的に起伏が少なくさら~っと流れてしまっているような内容となっています。

描写の行数を増やせば良いのか、改行で短文にするだけでも違うのか…などなど考えますが、どうにもしっくり来ないので書くスピードも落ちてきてしまっています。

プロット→ト書き→書き加え というところまではそこそこできたのですが、
その先の肝心な本文、小説としての描写の段階になり、経験や知識の無さで試行錯誤してもうまく進まずという状況になりました。

大切な台詞、動き、伏線などを目立たせる、
そこまでに至る過程で「溜める」や視点の「引き」をどのように表現するか、
また、参考になる良い作品など、皆様の執筆のご経験やお考えをいただければ幸いです。

お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いいたします。

上記の回答(注目させたいシーンや台詞の目立たせ方の返信)

投稿者 日暮一星 : 0 投稿日時:

 実際に読んでみないと「見せたいシーン」とそうでないものの境目の区別が付くかどうか分からないのですが、

【①(シーンの書き出し)→A(見せたいシーン)→②(シーンの終わり)】
 
 という形があるけれど、①②とAの部分が区別が付きにくいのでは?――という認識でよろしいでしょうか。

 まず単純に考えられるのが、
『①と②の部分に筆を尽くしすぎている』
『Aの部分が、シーンを構成させるための要素として小さすぎる』
 という例ですかね。

 一つ目は、無駄な描写や情報を書きすぎているというパターンです。
 上手い書き手は、特に①の部分にキャラクターの些細な特徴や仕草(愛煙家なら喫煙、食いしん坊なら常になにかを食べているetc)やキャラ同士の関係(軽い口喧嘩やイチャラブetc)、シーンの舞台である場所の特徴(Aに控えるアクションシーンのための状況説明)などを導入します。それでいて本題であるAの部分にしっかりと筆を尽くしているわけです。これがどうして上手い書き方なのかというと、この書き手にとってAはもちろん①も②も『必要なシーン』だから。上手いシーンというものは無駄がないものなんです。

 ですので、見せなくてもいい(必要ではない)シーンがあれば省いたほうがいい。いっそのこと、①を飛ばしてAの部分から書き出すくらいの勢いで書いたほうが分かりやすいです。もちろん「Aの部分も必要なシーンである」という前提があればの話ですが。

 これが違うなら二つ目の例ですね。
 いくら重要であっても、「動き」や「台詞」もシーンを構成する一つの要素に過ぎません。見せたい動きや言わせたい台詞があっても、それ一つだけでは淡泊なものに終わってしまいます。それだけをシーンのAに据えても、①と②の部分に食われてしまい、重要かどうか区別しにくいシーンになってしまうんです。

 ただ「第一話にあたる章のプロット」とのことなので、中盤以降のクライマックスに比べれば平坦に見えてしまうのは必然的なことです。もしかすると序盤のシーンとしては問題ないものだったり、あるいは「見せたいシーンであっても不要なシーン」である場合もあります。後者の場合は遠慮なくカットしましょう。

 >>大切な台詞、動き、伏線などを目立たせる、そこまでに至る過程で「溜める」や視点の「引き」をどのように表現するか

 大切な――と言われると中盤以降のクライマックスのシーンを想像してしまうのですが、この場合は『必要な』という解釈でもよろしいでしょうか。クライマックスを指すのであれば、序盤の時点でそれを表現するにはスケールが足りない気がします。
 大切な要素を目立たせたいのであれば、第一話を含む序盤の部分は、それらを目立たせるために必要な「溜め」の部分です。逆に『大切ではないけど必要』であるのなら、大げさな溜めも引きも無理して書くことはありません。むしろ物語の構造上、序盤におけるそれらのシーンは大げさな「溜め」も「引き」もありません。できるだけ読者に知ってほしい情報だけを提示、描写して中盤に入ります。

 それでも序盤のシーンに起伏を作りたいのであれば、アクションシーンを導入して平坦さをなくすという手法があります。これは読者へ強引に緊迫感を持たせて目を離さなくさせる常套手段です。
 あるいは単に「目立たせたい」だけなら、序盤以降もこまめに動きや台詞を繰り返させる、伏線なら読者が一目見ただけでも分かるように提示させる――などの工夫をするべきかと。重要なのは『シーンそのもの』を目立たせるのではなく『シーンの中にある要素』を目立たせることです。

 以前、他の回答で書いたことですが、自分はシーンを書く際に『取引』を考えています。
 どのシーンにも、そこに出てくるキャラクターはそれぞれ違う目的を持っていて、それを果たすために各々は行動を起こします。この行動が取引であり「シーンの中の動き」で起伏です。この取引が終わると同時にシーンもスパッと終わります。この時、場面や場所ごと変えて次のシーンに移ることもあれば、物語を進めるための出来事を導入させて次のシーンに移ることもあります。

【プロット→ト書き→書き加え】という書き方は、ストーリーやシーンの外側(キャラやシーンの動き)を考えるには最適なのですが、肝心の『中身=シーンの内側』をあまり考えずに進んでしまいがちになります。
 内側というのはキャラの心情の動きだったり、そのシーンにおけるキャラの目的、そのシーンに登場するまでにあった(しかし実際には描かれない)キャラの動きなどです。自分も最近気付いたことなのですが、シーンの中身の構想が疎かになると外側の動きも描きづらくなるんです。そうなるとシーンの進め方であったり起伏の付け方がハッキリしづらくなります。

 ですので自分は外側からシーンを考えて描くのではなく、まず内側を考えてシーンの中心核を重ねるようにト書きを加えて肉付けをするように心がけています。シーン毎の心情の動き、取引の動き……これらを考えるようになってからは起伏のないシーンは書かなくなったと感じています。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 注目させたいシーンや台詞の目立たせ方

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元記事:新人賞に落ちた時の立ち直り方

お久しぶりです、本居です。
突然ですが、人生で始めて応募した小説が一次落ちしてしまいました。自信作だったので非常に悔しいです。
初めてなので当然かと思いますが、やはり一次通過すら出来なかったと言うことは作品がつまらなかったと言う事でしょうか?
文章構成、描写共に能力不足だったとは思います。しかし物語としては自信がありました。
そこで質問です、作品の内容ではなく、能力不足で一次通過出来なかったと考えても良いのでしょうか? 単につまらなかったと面と向かって言われれば納得出来ますが、そう言う訳でもないのでどうしても能力不足を理由にしたいです。
また、1から構成し直し作品を作り直すのは意味があるのでしょうか? これも経験と受け入れ、次回作に力を入れた方が良いのでしょうか。
ご回答、よろしくお願いします。

上記の回答(新人賞に落ちた時の立ち直り方の返信)

投稿者 日暮一星 : 1 投稿日時:

 初めまして、日暮一星です。

 自信作と強く自覚しているほど、その熱もなかなか冷めにくいものです。冷ます方法としては切り替えて新作を書くか、落ちた作品を他の出版社の新人賞に回して落ち続けるという力業もありますが、後者は審査員関係者からやめて欲しいという声が強いです。
 一方、新人賞受賞者インタビューなどを見てみると『自信作ほど落とされる』傾向があるようです。これは個人的な持論ですが『自身が手がけてる作品に熱を持ちすぎると、客観的な考えができなくなるためにクオリティーが落ちる』と自分は考えています。

 前作の熱が冷めないまま新作を書くのはとても辛い作業ですが、かえって作品を冷静に見られるので、自分が思った以上に面白く書けたり、思いのほか結果を残せるかもしれません。本居幸様のご健闘を陰ながら応援しています。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 新人賞に落ちた時の立ち直り方

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元記事:葬儀について

ここに何度もご相談させていただいている作品のことでまた質問させてください。
冒頭で、主人公の父が死に、気落ちした母を慰めるというシーンが書きたいです。
この慰めるシーンは葬儀の後がいいかなと思ったんですけど、あまりイメージができません。

設定を書くと、
主人公は女子高校生(15)で、春に進学したばかり。
そして、亡くなったのは父親・陽斗40歳で、天文学者(大学教授)です。

陽斗は両親を事故で亡くしているので親戚がいません。
母杏里とは駆け落ちして結婚したため、母方の親戚も葬儀には来ません。

こういう設定だと、喪主は杏里になると思うのですが、気落ちして手続きなどとてもできないという状態です。
なので、葬儀の手続きは主人公が行ったことになるかなと思います。で、ひとりだと判断が難しいと思うので、陽斗の大学の学生、ゼミ長や近所のおばちゃんたちが手伝ってくれたりしたという設定が無難かなあと思いました。

40歳大学教授である陽斗の葬式は家族葬でも良いと思いますか?
式場は自宅(一軒家)ですか? それとも、どこか葬儀会場で行った方が自然でしょうか?
家族葬の場合、親戚がいないので、ご近所さんとゼミ生、大学教授が数人来たとして、何人規模になるでしょうか?

精進落としを食べた後は、自宅には仏壇がある状態なんでしょうか?

プロローグという、冒頭も冒頭なので、あまりごちゃごちゃ書かない方がいいかなという気もしています。陽斗が死んでも読者は悲しいと思わないはずなので、どちらかというと淡々とした描写で書かなければならないこと(陽斗の死、杏里の悲しみ、母を慰める主人公)だけ手短かに書ければいいと思うんですけど……

ご助言をよろしくお願いいたします。

上記の回答(葬儀についての返信)

投稿者 あざらし : 0

少々前置きをさせて頂きます。

>冒頭も冒頭なので、あまりごちゃごちゃ書かない方がいいかな
>どちらかというと淡々とした描写で書かなければならないこと

ご質問にある、上記の二点に重点を置いて書き込ませて頂きます。
まずは気になった部分から。

○) 父親・陽斗40歳で、天文学者(大学教授)
かなり注目しました。
感想は「お~優秀な父親だったんだな」です。
いや、もちろん40才の天文学教授だってありえます。
そういうことではなく、少々突出気味に感じます。
(もしも)読者に引っかかりを持って欲しくないならば、”頭の隅っこに居場所を造らない” ”伏線と勘違いさせたくない”こういう方向に舵を切るならば、スラッと読み飛ばすような世間一般で年齢的にも普通の肩書き(例えば40才なら助教授)の方が相応しいのでは? というだけです。
無論、御作で『教授であること』が重要な設定ならば、この限りではありません。

>葬儀の手続きは主人公が行ったことになるかなと思います。

喪主である母親が精神的に衰弱しているということですので、女子高校生(15)が葬儀の主導権を握ることは良いと思います。
もちろん、これも前項と同じに『少々突出気味』ですが、こちらは主人公ですので全く問題には感じません。
むしろ行動がキャラクターを語っていて良いと思います。
冒頭とのことですが、(しっかりしている)(お母さん思い)こういった印象を持ちますので、後の展開がどうあれ『主人公はしっかり者(という一面をもっている)』という読者への印象づけにもなります。

>陽斗の大学の学生、ゼミ長や近所のおばちゃんたちが手伝ってくれたりした

御作にとって『父親の教え子を初め、親しい大学関係者』『近所のおばちゃん』が重要な役柄ならば、それで良いと思います。
が、もしも物語での重要性が低かったり、冒頭以降に出番が無いならば悪手にすらなります。(書くならばサラッと、という意味です)
葬儀の手伝いをしてくれた人物が重要で無ければ『葬儀会社にまかせっぱなし』で良いのではないでしょうか。(事実、相手はプロですので完全にお任せで葬儀を進行してくれます)

>精進落としを食べた後は、自宅には仏壇がある状態なんでしょうか?

精進落としですが、葬儀後の食事で結構でしょうか?(初七日や四十九日あけではなく。現代では一般的に葬儀後の食事を指すことが多いので)
以下は、そうである、として書きます。
設定を読む限りですが、その仏壇は父親用(先祖代々ではなく)ですよね?
でしたら『仏壇はない』で問題ありません。
むしろ父親用の仏壇が葬儀後にあると、(小説として)妙に引っかかりますし、推理要素が多少なりとも入る小説ならば、まぁ内容によりけりですが場合によっては親族の犯罪も疑っちゃいます。(ここまであからさまだとミスリードの印象ですが)
仏壇ですが、多くの場合、別段決まりはありませんので、おおよそ四十九日ぐらいに合わせて用意するお宅が多いように思います。(もちろん宗派によります)
とはいえ、世の中いろいろですから、やたら気持ち悪い仏壇大好き仏教系新興宗教もありますので一概にはいえませんが(笑)

>40歳大学教授である陽斗の葬式は家族葬でも良いと思いますか?

ん~。
まず、大学教授ならば(営業的な意味だけで無く)葬儀社がやんわりと反対意見を出すだろうと思います。
大学の教授というと、多少なりとも学内での政治的な付き合いがあったはずで、そういった世界では旧態依然の手続きを固持する、という印象はあります。
というか、こういった世界は『家族葬にする理由』を外野が気にしますので、遺族の方も苦労します。(この場合、固持するであろう人はショックを受けてる母親。細々とした事が出来ずとも護ろうとする一線ですね)
もちろん家族葬がダメという意味はなく、葬儀社も要望に逆らうことまではしないでしょうから、不思議はありません。
あくまで『読者の印象に残さないならば』です。

>式場は自宅(一軒家)ですか? それとも、どこか葬儀会場で行った方が自然でしょうか?

都心ならば、葬儀会場が多いですね。
かなり昔からある、お屋敷が並んでいるような所なら自宅でされることも多いですが、一般的な普通の住宅地ならば葬儀会場が多いはずです。

>家族葬の場合、親戚がいないので、ご近所さんとゼミ生、大学教授が数人来たとして、何人規模になるでしょうか?

語感優先で書きます。
【家族葬】極近親者のみ(血縁者+友人)で葬儀場で簡単にすませ火葬、という流れが多いように感じます。人数的には10人前後、多くても30人ぐらいまで、でしょうか。

ご近所さんやゼミ生が参列されるなら、それはもう家族葬というより、普通の葬儀になるように思います。
小さな葬式、でよいのではないでしょうか。

最後に。
個人的に付き合いが多いので不幸ごとの挨拶も比較的よくする方だと思いますが、葬儀を出された人(喪主)がよくいうのは『葬儀社にまかせっぱなし』です。
これは尤もなことで、多くの人は(父母のいずれか残された親)で一回、年配の方で(連れあいを亡くされた)で二回目。
あと可能性があるのは(子供)ですが、そうはありません。
要するに、定年近くの部長さんだって喪主をされるのは生涯で初めてか、二回目です。
地域性もあると思いますが、田舎だと近所総出で手伝ってくれますので全く知らなくとも周りが手配してくれますが、都心だと葬儀社が仕切るケースが多いように思います。

ではでは執筆頑張って下さい。
応援いたします。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 葬儀について

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投稿日時:

元記事:投稿作品のジャンルについて(&聴覚的描写について)

 すみません、ほぼ連投になっちゃいました。他の方の質問があれば、そちらの方を優先していただけるとありがたいです。下の方に質問のまとめを置いてありますので、長文読むのが面倒くさいという方はそちらを参照してください。
 あと、もしかしたら「ノベル道場」の方に投稿するべき内容かもしれません。個人的には描写とジャンルについてなので創作掲示板側かなあと思っているのですが、不快に思われた方にはお詫び申し上げます。

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 先日こちらに冒頭(および第一話)を掲載させていただいた作品について、そのジャンルをどうしようかと迷っております。読むせん様からの「ゴシック・サイバーパンク」とのご指摘もありましたので今のところはSFジャンルとして投稿する予定にしておりますが、その他の皆様の意見も参考にしたく思い、スレッドをたてさせていただきました。
 この作品がどのジャンルに属しているか、教えていただけると幸いです。

 ちなみに投稿サイトとしては
 1.小説家になろう
 2.カクヨム
 3.ノベルアップ+またはアルファポリス
 のいずれかを検討していますので、そちらのジャンル指定に従っていただけると幸いです。(このスレッドの最後に、各サイトでのジャンル分類を記しておきます)

 またこの作品の情景描写について、できれば聴覚(音楽)的描写をもう少し増やしたいと思っています。というのも、物語の最終盤で音楽要素を使う予定になっているのですが、そっちの方へと焦点が合うか心配でして……。
 一応、第三、四話でもう少し音楽要素を追加する予定ではあります。が、第一話、第二話での描写からみて「唐突だ」と感じられてしまうと辛いので、第一話、第二話時点である程度、音楽的要素が入っているかどうか確認していただけると嬉しいです。また、第三、四話の時点で入れるつもりの話は「少女の情報商店での演奏(おおよそ2000〜3000字)」と「列車移動中の音楽についての会話(およそ500〜1500字)」、「街道での少女と主人公の演奏(4000字程度)」の三つですが、他に入れた方が良い、あるいは削った方が良い話などがあれば教えてください。
 ……すみません、まだありました。内面/情景描写について、私個人は「長すぎる」と思っていたのですが、前のスレッドでは「妥当では?」という指摘もいただきました。ですので、皆さんはどう思うか、読者目線での回答をお願い致します。想定読者層としてはライトノベルと文芸の中間層あたり(少し文芸より)です。
 また、他にご意見などあればそちらもお待ちしております。

----------

 だいぶ長くなってしまったのでまとめますね。

[質問内容]
(1)物語のジャンル
(2)内面描写の過不足
(3)聴覚(音楽)的描写の過不足
 (a)第三話で音楽へと焦点がやや移るがそれに違和感はないか?
 (b)第三話で触れる予定の以下の内容について、他に追加するべきもの、あるいは消すべきものなどはあるか? 文字数については参考程度(その時の気分で伸び縮みする)
   ・「情報商店での少女の演奏」
       ─2000から3000字
   ・「列車移動中の音楽の会話」
       ─500から1500字
   ・「街道での二人の演奏」
       ─4000字程度

[各サイトでのジャンルについて]
 関係ありそうなジャンルだけまとめています、もしも他のジャンルが妥当だと思われる場合は、できれば調べていただけると幸いです。/に関しては、ジャンルとして独立していることを表していますので片方を選択していただけると幸いです。

《小説家になろう》
・異世界/現実恋愛
・ハイファンタジー/ローファンタジー
・ヒューマンドラマ
・空想科学/パニック

《カクヨム》
・異世界/現実ファンタジー
・恋愛/恋愛

《アルファポリス》
・SF/恋愛
・ファンタジー
・キャラ/ライト文芸

《ノベルアップ+》
・異世界/その他ファンタジー
・SF/恋愛
・文芸/青春ドラマ

[作品URL]
第一話
 https://ncode.syosetu.com/n7380jq/2/
第二話
 https://ncode.syosetu.com/n7380jq/3/
第三話(現在書き途中状態で投稿)
 https://ncode.syosetu.com/n7380jq/4/

上記の回答(投稿作品のジャンルについて(&聴覚的描写について)の返信)

投稿者 たまねぎくん : 0

第一話にざっと目を通しましたが、カクヨムでSFとファンタジーの両方にチェックできないとしたら、それはおかしなことです。また、そういう場合にジャンルにこだわるのはあまり意味がないと思います。

それと、内面描写の過不足という話のようですが、はっきり言えば、それによって長さが足らなくなって応募できない、という場合以外は、ある程度は短いほうがいいでしょう。しかし、それ以上どこまで書くかは、書き手の裁量で決めていいと思いますので、他人に聞かないほうがいいかと。

> 自分でしたことの責任は、最期まで。
これは漢字が違いますね。最期、と、この漢字で書くと、死ぬまでは責任を持つけど、死んだら知ったこっちゃない、逃《に》げ得《どく》だという意味になります。死んだら全部チャラになるほどこの世界は甘くありません。こういう死んだらチャラ、というのはヤクザに多い考えです。

音楽は、三話でもはっきり書かれていないような……。もし三話の最後に出てくるなら、そうおっしゃってくだされば一応読みますが……。あまり重要なファクターではないのかな、と思います。

このパスコード=歌、が音楽なんですか?

このパスコードが音楽でなければならない必然的理由がないとまずいですね。情報量なら画像なんかのほうが多そうですし。

基本的に、他人に訊《き》いてはいけないような内容が多いですね。
自分で考えたほうがいいですよ。
というよりまず、最後まで書いたほうがいいです。
たとえばあなたがもし、この物語を最期まで書かなかったら、この相談は意味がなくなりますよね。
まず、なんでもいいから最後まで書き上げてください。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 投稿作品のジャンルについて(&聴覚的描写について)

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元記事:ライトノベルでのターゲット層について

私は前職で長い間WEBの仕事に携わってきました。
SEOなども行い、ターゲット層の調査やキーワード調査などは本格的に行ってきており、お客様との打ち合わせでも企業提案やコンサルタントも行っていました。

このサイトでは、ターゲット層が10代であるという記述を見かけ、それが正しいのか疑問に思い、インターネット上での既存データを調べました。
理由として、基本的に収入のない年齢層をターゲット層だと誤認している企業様が非常に多いためです。

スマホでの通販利用者年齢分布では、10代は50代とほぼ同じで最低ライン、一番多いのは30代と20代、次いで40代。
データ参照 https://netshop.impress.co.jp/node/5950

amazonでの購入品目が1番多いのは書籍類なので、上記数値と同様の分布図と推定できる。
データ参照 https://research.nttcoms.com/database/data/002069/

結論からいうと、購入者層は20代~40代が圧倒的に多く、10代をターゲット層と指定しているのは再検討すべきであるといえる。

また、小説がラノベ化し、仮にアニメ化までしたとします。
そのときの放送枠は深夜帯であり、10代が見るいわゆるゴールデンタイムではない。
講談社の少年ジャンプ等のようにゴールデン枠で放送される枠ではない。

また、現在人気の小説家になろうでは、転生ものが圧倒的に人気である。
この傾向は、読者層が自身の未来に希望が持てなくなったからという裏返しの物であり、その体験は社会経験によるものが大きい。
自身の夢が何かをまだ見つけていない10代という年齢層の傾向とするには、過分な誤りが含まれている。

10代の読者もいるので、わかりやすい文章で書く、という点は理解できるが、ターゲット層を10代だけに絞り、20代以上の年齢層の意見を無視するといった姿勢は明確に謝りだと言える。

結論。ライトノベルでの主要ターゲット年齢層は20~30代である。

といえるかと思われますが、いかがでしょうか。

上記の回答(ライトノベルでのターゲット層についての返信)

投稿者 読むせん : 0

まあ間違ってはいないと思う。
要は何に金を出すかですよね?

現在を2018ねんと考えた場合、
バブル世代(だいたい58~68歳くらい)はブランド(狭義な意味で高級品や一流品などを示す方)経験に金を出す世代だと言われています。あれな話、小説でハーレム作るより現地妻つくっちゃう世代。

この世代だと菊池秀行『魔界都市〈新宿〉』とかはあったけどそんくらい
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
団塊ジュニア世代
40代中盤からアラフィフ

1970年代後半には機動戦士ガンダムが人気でたとかで、オタクのはしりが出始める
受験戦争といじめが激化したのもこの世代。
ツッパリや暴走族、あとノストラダムスの大予言(1973年に発行された)が騒がれたり、オカルトブームもあった模様。幻魔大戦やAKIRAなんかのアニメ化
「ロードス島戦記」「ガンダム」「ろくでなしブルース」

消費はケチ臭くなる一方、バイクやゲーム、スーパーカーや高価なフィギアなど、少年期に欲しかったもの金を惜しまず購入する層が出始めるかんじ?
ものに金を出す印象
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ここから急にゴッソリまとめられている【悟り世代】20~30代

男女の感性が本格的に逆転。ポケベルをきっかけに、スマホや携帯、パソコン等とともに育った世代なので、パケ代携帯代、通信費用と切っても切り離せない。そのため、基本めっちゃケチ。
パケ代のためにすべてを切り詰める一方、無料を謳うものに食いつきやすい。

男のケチが地面を掘るレベルになっているが、女は割と気前良く消費するため、腐女子取り込み、F1層とか女から金を取る気が強め。

この世代に漫画・アニメ・ゲームが本格的に起動したため、ここら辺になじみやすい。そしてあらゆるデジタル・メディアを体験してきた層が多いのでSFっぽいものに対するロマンが尽きない気がする。

テレビ、ネット動画、小説も音楽も積極的に見るし聞く気がする。【課金】としてデータとかに金を出し始めた層
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今の10代
消費は海外通販、旅行、ライブなどのチケットだそうです。

知り合いにいないからよく分かんない。
ただスマホしか知らん世代が一気に増えた気がする。音楽もプレーヤーがスマホ。動画もスマホ、筆記もスマホ。ナビもスマホ。ゲームもスマホ。

個人的にスマホでマルチ・タスクしたってバッテリー食うだけだし、複数を一気におこなうから全体の動作が遅くなり、便利になっているのか不便になっているのか、いまだによく分からん。

デジタル機器的にも、なんかイマイチ発展がない、なんか下手にガラケーだったころの方が奇抜だったり革新的だった印象。無難な発想だらけの停滞世代な気がする。

便利なネットにどっぷりだからこそ、意見のすり合わせや雑多な情報のすり合わせの機会が少なく、良くも悪くも極端な嗜好のまま突っ走るタイプの増加があるっぽい。

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最近読んでびっくりした話だと、「最近の子はマンガの読み方が分からない(どういう順でコマやセリフを追えばいいか分からない)」というもの。

マンガで読解力を磨いていないためか、小説の内容すら理解不能な感じ?

20~30だいにとって、あたま空っぽな内容で、やっと10代に理解できるんじゃないかな?

変な印象、進撃の巨人とか「世界の破壊願望」と、インスタなどによる世界レベルでの「承認欲求」を感じるかな?

読むより書く、聞くより聞いてほしい。・・・・・たぶん小説指南書とか爆嬉し出していると思う。

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