小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

長巻 守宮さんの返信一覧。最新の投稿順1ページ目

元記事:優先順位の設定を『テーマ』付けと呼ぶ。

ぶっちゃけ、この手の解答は理系のように計算して導き出すことが出来ます!!!

人に聞かず、故人で計算しましょう。

それと後で修正出来る問題は後で悩みましょう!

誰かに読まれて、『パンバーグ』肉をパンに混ぜて膨らしたものだ、や『スコッチ』ーースコットなる人物が広めたから、その愛称で呼ばれる。など後から修正された方がファンは喜びます!!!

『紙はサイフに宿る』なんて言われますが、緒戦は細部…それにかまけて大筋に影響が出ては逝けません!!!!

上記の回答(優先順位の設定を『テーマ』付けと呼ぶ。の返信)

スレ主 長巻 守宮 : 0 投稿日時:

返信が遅れまして申し訳ありません。

計算して導き出す――ですか。

そう言われてみると、確かに私はまだまだ計算したりないのかもですね。

もっとじっくり考えて作品を煮詰めていきたいと思います!

ありがとうございました!

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 架空と現実の配分

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元記事:架空と現実の配分の返信

前に悩んどったやつ?
やったらパラレルワールド感覚で使ってしもても割といけると思う。
ちゃんと分けたい時は注釈いれて、他はわりとそのままスルーみたいな。

分類すると、ケモナー向け作品に近いスタイルやろ?

 ケモナー向け作品って○○系獣人みたいに動物の名前そのまま頭につけて表現する事が多いから、「そのそも、既存の生物準拠の獣人名称って変じゃない?」ってツッコミは割と野暮やねん。

肉食獣人の食う食品は草食獣人になるの問題、
ゾウ獣人とネズミ獣人の体積や寿命って揃えるの問題、
鳥とか蛇とかの手指が退化した生物群の獣人化形状ってどうするの問題
異種交雑によって生まれてしまった個体に生殖機能を持たせるのか問題
あまりに異種すぎる生物間に発生する一代雑種系はどう扱うか問題

もっと世界感における重要度の高い問題が待ち構えてるからねー

上記の回答(架空と現実の配分の返信の返信)

スレ主 長巻 守宮 : 0 投稿日時:

そうなんですよー

以前質問してから結構時間が経過しているのに、未だにプロット作成の時点で悩みまくってしまいお恥ずかしい限りです。
仰る通り、別世界系なので、今回の質問以外にも考えなければならない問題点や解消すべき矛盾は山ほど出てくるとは思いますが、ひとまず抱いたアドバイスを作成や今後に生かさせて頂きたいと思います。

ありがとうございました!

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 架空と現実の配分

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元記事:書き漏らしによる追記です

 書き漏らしたので、追記します。失礼しました。

 >この問題は、億劫がらずに辞書・事典を引けば、案外あっさり解決することもあります。

 辞書・事典を引けば、解決することもある、というのは、「地名・人名によらない名称がある場合もある」からです。

 以前にも書いたことです。「ジャガイモ」(インドネシアの首都・ジャカルタに由来)には「馬鈴薯」、「サツマイモ」(薩摩に由来)には「甘藷」という、地名にちなまない名称もあります。

上記の回答(書き漏らしによる追記ですの返信)

スレ主 長巻 守宮 : 0 投稿日時:

アドバイスありがとうございます。

世界観を壊さないためにも、辞書を引いたり、言葉のルーツを調べてプロット構築や執筆を進めていこうと思います。
ありがとうございました!

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 架空と現実の配分

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元記事:架空と現実の配分の返信

>皆様は異世界モノなどで、現実世界の生物や存在が出てくるのをどの程度なら許容できますでしょうか?

ファンタジーの場合は、そのへんけっこうアバウトですよ。

>色々と異なる世界に我々の世界の存在が登場するのって設定的に矛盾になってしまうのではないかと疑問に思ってしまいました。

理屈っぽく考えればそうでしょうが、それを言い出すと異世界に人間(もしくは人間に酷似した生物)がいるのもおかしいということになってしまいます。

ジャンルにこだわるわけではありませんが、ファンタジーとSFの違いと考えると分かりやすいのではないかと思います。

>異世界とは現実世界、つまり地球と似通った、あるいは共通点のある別の星、または別宇宙だというアドバイスをいただき

その考え方はどちらかというとファンタジーよりもSF寄りです。SFの場合、いかに隔絶していても何らかの物理法則に支配され、同じ時空のどこかに存在する星という感覚で設定します。
もしくは、時空そのものが異なる別の宇宙だとしても、じゃあそれはどう異なっていて、どのように成り立っているのかをある程度論理的に考えるんですね。まあ、論理と言っても疑似科学にすぎないのですが、基本的な設定に矛盾しない範囲でストーリーを展開させるのがSFです。

それに対してファンタジーの場合は、論理ではなく作者の感性で世界を創ってしまいます。それであっても登場するものが現実世界にあまり似すぎていると読者に違和感をもたれることはあるでしょうが、そこは理屈ではなく表現力で処理してしまうんですよ、ファンタジーは。

以前、ファンタジーの異世界にハンバーグが登場するのはおかしいんじゃないかと質問された方がいました。
ハンバーグというのはドイツのハンブルグに由来する名称ですから、さすがに避けた方がよいと思います。ただしそれは論理的に変だというより、イメージとして世界観を損なうのがよくないという話です。

イメージとして損なうというのはどういうことか、うまく説明するのが難しいですが。

要するにね。異世界の連中だって、酒くらい飲みたいでしょ? みたいな。そういうのを全部排除したら読者に分かりにくい以前に、物語がつまらなくなるじゃないですか。
しかし、例えば「スコッチ」とか出してしまうと、あれはハンバーグと同じで地名由来だと思うので(スコットランド)、違和感が強くなりすぎる気がします。「さけ」は地名ではないですが本来は日本酒特有の名称。そういう意味で論理的にはスコッチと同じくらい使いにくいはずですが、こちらはアルコール一般というニュアンスもある言葉なので、まあセーフかなと。

つまり、現実にあるものの固有のイメージを想起しすぎると使いにくく、一般性の高い言葉で表現できればOKという感じになるかと思います。

上記の回答(架空と現実の配分の返信の返信)

スレ主 長巻 守宮 : 0 投稿日時:

さっそくのアドバイスありがとうございます。

そうですね。確かに固有名詞で出してしまうと世界観を損なってしまいますよね。

後れ馳せながらですが、現在私が構築しているプロットファンタジー+SFなので、
ある程度は自身の感性を反映させられるのですが、世界観の構築に戸惑った末に、今回のような疑問を感じてしまいました。

頂けたアドバイスを参考に、更なるプロット構築に励みたいと思います。

ありがとうございました!

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 架空と現実の配分

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元記事:主人公最強作品における障害と危機

主人公が最強の作品は、文字通り、主人公は誰にも負けず、勝つことが当たり前です。
物語の基本は、主人公が障害と危機を乗り越えることです。その障害と危機があったとしても、主人公が最強であるなら乗り越えて当たり前ではないかと、読者をハラハラさせられないのではないかと考えました。
最強主人公の作品に合った障害と危機とはなんでしょうか、どう考えたらいいでしょうか。

上記の回答(主人公最強作品における障害と危機の返信)

投稿者 長巻 守宮 : 1 投稿日時:

戦闘において絶対に負けない主人公にとっての困難や危機とは、いかに戦いに参戦できるかどうか、だと思います。

主人公は最強なのですから、戦いにおいては負け知らず。
であるならば、そんな主人公を敵に回す羽目になってしまった敵は、いかに主人公とのの戦闘、衝突を避けるか、という見せ方が出来るかと思います。

マニアックな例を出すと、かのルパン三世の原作では、最強でこそないものの、主人公のルパンの宿敵である銭形警部は、ルパンの手の内を易々と見抜き、容赦なく追い詰めてくる強敵として描かれています。

従って、ルパンはいかに銭形警部が現れる前に仕事を終え、逃げるかという事に重点を置いています。

この例を基に話を戻しますと、
主人公は最強であり、参戦出来さえすれば勝利を納められる。
が、敵の戦闘力では突破できない策略や罠に阻まれ、駆けつける事が出来ない。
刻一刻と状況は悪化していく。
間に合うのか――!?
みたいな感じがよいのではないかと?

あるいは主人公の関わってない、知りえない場所において物事が進行していたり、

複雑な事情や情勢などの関係で、軽率に戦闘を始める事が憚れる、などですかね?

「戦いさえすれば、主人公は強いのに」

と読者をもやもやさせておいて、あとで最強主人公の無双をこれでもかと披露し、カタルシスを与える、という手法です。

あとは最強であるが故の立場や状況、精神的な悩みや、戦闘において最強であるが為の代償を克服するなど、意外と戦闘においては最強でも、乗り越える危機や困難は結構描けると思いますよ。

長文失礼しました。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公最強作品における障害と危機

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元記事:人魚が魚を食べるのは共食いになるのだろうか

いつもお世話になっております。如月千怜です。
今回はスレタイの時点でいつもに増して下らない質問なのですが、ファンタジー書きとしてはどうしても気になる部分なので投稿させていただきます。
……常連様に散々迷惑をかけたキャラクター関係の話よりはまとも? まあ、そうですよね……

ファンタジー好きではない人にもファンの多い人魚なのですが、今回食性のことで大変気になることがあります。
というのも、彼らの食事は何になるのかということです。
一応私は順当なところとして魚、貝、海藻、甲殻類のどれかを主食にしているのだろうと考えました。
それで本題なのですが、今あげた候補の一つである魚を食べたら共食いになるのかという疑問が浮かびました。
既存作の「人魚姫のごめんねごはん」という作品では魚を食べることは共食いになるとされていました。またワンピースでも魚人島編では「人魚の主食は海藻と貝で魚は食べない」と言及されていたような気がします。

でも、この二作の描写が私はイマイチ釈然としないのですよね。
魚を食べる魚はたくさんいます。肉食魚という奴ですね。でも世間では肉食魚の食性を共食いと呼ぶことはありません。
だから人魚も肉食魚に入らないのかと思ったのですが……皆様はどう思いますか? ファンタジーが好きな方の回答をお待ちしております。

上記の回答(共食いではありません)

投稿者 あまくさ : 1

仮に人魚を魚類とします。人間は哺乳類です。(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・魚類)

1)人間(哺乳類)が牛・豚(哺乳類)を食べる。 → 共食いとは言わない。

よって、

2)人魚(魚類)がマグロ(魚類)を食べる。 → 共食いとは言わない。

と考えられます。

人形が魚類ではないとしたらなおさら。
要するに人間が人間を食べる、虎が虎を食べる、人魚が人魚を食べるというケースのみ共食いと言います。(人間が哺乳類の中でも親戚筋の霊長類であるサルを食べた場合でさえ、普通は共食いとは言いません)

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 人魚が魚を食べるのは共食いになるのだろうか

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投稿日時:

元記事:壱番合戦さんの障碍者観念について伺いたいところがあります。

 このサイトには時々お世話になっています。玉城名義でラ研に書き込みをするのは初めてです。
 壱番合戦 仁さんのアシスタントをしております。静かなレスの波を撹すことを先にお詫び申し上げます。
 本来は本人に直接伺えばよいと思いますが、私自身思うところがありますので、創作者兼同類として、厳しく質問させていただきます。私自身の倫理観も怪しいので、公然とした場所で伺いたいのですが、壱番合戦さんはどう思うでしょうか?
 創作倫理に関わることですので、できる限り答えをくだされば幸いです。
 今まで壱番合戦さんのひたむきさを見てきたので、おそらくは言葉に詰まってもなにかしらの返答はあるかと存じます。覚悟のほどを試させてください。
 私は書くにしても、仮面浪人の受験やアルバイトで忙しい身です。某新人賞目指すならたぶん来年の10月に提出になるでしょう。また、私自身なかなか筆がすすまず、先方ももどかしく思われたでしょう。
 私自身の迷いを振り切るために、公然での質問、受けてくださいますか?
 

上記の回答(つむぎさん。僕は貴女の質問に精いっぱい答えたいと思います。)

投稿者 壱番合戦 仁 : 0

 皆様。渦中の壱番合戦 仁です。

 僕自身、まさかここまで話が膨れ上がるとは思いませんでした。お騒がせしてしまったこと、今も申し訳なく思います。

 皆様にいくつかお伝えしたいことがございます。

 僕は今まで、自身の個人的な悩みをスレッドに記載したことがあります。それによって、なんども版を荒らしてしまいました。

 ですが、誤解を恐れずにいうと、僕の小説の主人公は限りなく僕に近く作ってあります。僕という人格を丸ごとコピーしたものです。当初この小説は、私小説の部類に相当する幻想小説でした。そこから膨れ上がっていき、今の形を得ているのです。

 幾年かを経て、僕は「行って帰ってくる物語」という形式があることを学びました。それは、個人が精神的に成熟する過程、すなわち成人の儀と深いかかわりを持っていることが、多くの神話学者や民俗学者が示唆しています。

。「行って帰ってくる物語」自体、ロールプレイングゲームの根幹をなす概念でもあります。J・R・R・トールキンの作品群からおおくのRPG がうまれ、今もなお多くのライトノベルの理想的なフォーマットとして使われています。これと 私小説を混ぜると何ができるのか。
 それは、作者の影を主人公にした冒険譚に他なりません。当然、成人の儀と深いかかわりがある、行って帰ってくる物語の形式を採用している以上は、作り手が望むと望まざるとにかかわらず、内容も影である主人公の精神的な成人が大きな要素となります。影を動かすには影の主を動かさなくてはいけないのは、致し方のないことだと愚考します。

 実際、自分を抜きにして主人公を動かさなければいけないはずなのに、元が元である以上はそうせざるを得ないのです。
 僕は、この小説に四年間の間心血を注いできました。一度は完成したものの、出来はお世辞にも十分とは言えず、また、桂香/玉城つむぎさんと出会ってからは、第三版の執筆に取り組みました。

 ですが、ウリにするはずだった『「知名度の低い発達障害を描く」というライトノベル出版業界の禁忌に挑む』というスローガンがいつしか遠のいていく現状に、あらがうことができない自分に気づきました。

 どうしても、露骨な表現を避けようとする流れができてしまっているのです。試しにそういった描写をしても、非常に受けが悪く、当初想定していた「自身が当事者である」というアドバンテージを駆使しても、全く歯が立たないことに焦りを感じていました。

 「当事者でしか書けない圧倒的なリアリティを!」
 これを実現すべく努めると「しつこすぎる」とお叱りを受けてしまう。
 やがて、当事者であること。つまり自分の事としてとらえていることが、主観的な描写につながり、自分酔いしているように見えるのではないかということに気が付きました。

 すると次に求める材料が、自然と見えてきます。
 すなわち、「主観的な描写」であるならば、「客観的な意見」を取材するべきだ。
 こう思いいたりました。

 正直言って僕にとっても、こうした掲示板で私事についてお尋ねすることは苦肉の策でした。それでも、感情や思想を含めて一から構築する必要があったのです。それらはすべて、作品のコンセプトの中核を占める重要な要素でもありました。

 端的に言えば、「主人公を変えるには、自分が変わらなくては話にならない」ことに気が付いたのです。

 これを踏まえて、以前からの問題だらけの質問を投稿しようと決意しました。実際に自作を見てもらう方が早いと思い、URLを公開したこともあります。内心曰く、この本文から何かを感じ取ってくださるのではないか、と。

 期待は少しだけ外れました。投稿した質問文があまりにもつたなかったのです。
 こうして今書いている返信も、誰の怒りを買うのかよくわかりません。それでもサタンさんや、あざらしさんを始めとした皆さんは丁寧に回答して下さいました。

 僕のわがままともとれる、めちゃくちゃな自己開陳は多くの人々に迷惑をかけましたが、そこから得た着想はこれまでの比ではなく、レイヤの造形に大きくいい影響を与えました。
 ですが、まだ決定的なものをつかんでいない。かけているものがあります。

 《主人公、風祭レイヤを【障碍者として魅力的に描写する】》。
 これを成し遂げるためには、緻密なプロットづくりが要求されると、さる論客は評されました。僕も論を同じくして、高度な技術を要すると思います。
 無論、彼が障害を抱えていることは、彼の一側面にすぎません。ですが、彼が大人になれない大きな理由は、『自身の障害を受容できない事』。また、『他人との絆を結ぶことに大きな困難を持つ事』。この二つがあげられると思います。

 これを解決すべく、まずは後者の他人との絆について重点を置いて描写しました。
 ですが、結果的にそれは大きなテーマの欠如を生み出しました。
 「自身のみならず、他者の障害を受容する事」と、「障害を乗り越え、成長すること」。これを情熱的に掻き切れば、いわゆる「燃え」につながると僕は踏みました。
 それでも、作品に込め切れていない。自分自身によくないバイアスがかかっていることを自覚しました。

 あざらしさんにはいつもお世話になっておりまして、この点については非常に惜しい回答をくださいます。痛しかゆしここに極まり、困っています。

 脱線してすみません。とりあえず、僕があのような、「面の皮の千枚張り」と罵られても仕方のないことをした理由を、述べさせていただきました。

 関連しているとはいえ、ご質問の真意に沿った提言ができず、僕も悔しいです。
 まだ、ご質問の意図をつかみ切れておりません。

 つむぎさん、まずは何について、決着をつけましょうか?

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 壱番合戦さんの障碍者観念について伺いたいところがあります。

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投稿日時:

元記事:「治し方を知っているものは壊し方も知っている」の元ネタとは?

 ええと、タイトルそのままです。
 以前、リゼロを読んだときに、既視感バリバリのこのセリフが出てきて、「あれっ?この台詞って格言とかことわざなのかな」と思い、ネットで調べてみたものの、鋼の錬金術師で、偽・賢者の石に関する名言に、似たような言い回しがあったのみで、特にヒットしませんでした。

 治し方を知っているという事は、必然的に治す大将の仕組みも知っているため、壊すのも上手いことが多い、という奥が深くて寓意にあふれたこの名言。

 一体どこの誰が言い出したのでしょうか。

 心当たりのある方、ぜひ、その前後の文か、発言者を教えていただけませんか?
 言った人の名前がはっきりしていると、設定や表現に説得力が出るので、なるべく詳しくお願いします。

上記の回答(「治し方を知っているものは壊し方も知っている」の元ネタとは?の返信)

投稿者 ヘキサ : 0

わからないけれど、そもそも中国拳法や東洋医学の発想がそのまんまじゃない……?
北斗の拳の経絡秘孔は、医療で用いられる経穴の知識がもとになっていて、過剰に刺激しすぎると身体に悪いことからの着想って話らしいですし。

近所の柔整体師のクリニックが「来週の日曜は柔道大会があるんでお休みです」って貼り紙があったから、基本的に格闘家=人体を知りつくしている、の概念が東洋では根深いと思う。

麻薬だって量を制限して麻酔薬として使われているわけだし「薬と毒は表裏一体」てことだと思う。

医療から離れますと、確かジョセフ・ジョースター氏は「飛行機ってのは飛ばし方を知ってれば着陸のさせ方もわかる」とか言ってたような。いや、でもアンタ搭乗中に襲われて「飛ばし方」を知らないまま着陸にチャレンジして失敗してばっかじゃん、というのはジョジョのお約束ですが。知識ってのは繋がっているってことだと思いますよ。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 「治し方を知っているものは壊し方も知っている」の元ネタとは?

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