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元記事:【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?
 主人公を強く見せるために敵を弱くするというのは昔からあることですが、小学生レベルの掛け算で賢者認定、杜撰な知識で異世界改革など主人公が強い・すごいというより周りがひどいだけの設定や描写で主人公を賛美するのは無理がありませんか?

2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について
 いわゆる中世風異世界に「ジャガイモ」と呼ばれる農産物を登場させたときに「その時代にジャガイモがあるのはおかしい」という批判は、現実世界の歴史を基にした主張です。ジャガイモという名前に引っ張られる形でその歴史過程までも異世界に当てはめようとしてしまうことがおそらく原因でしょう。
反論としては、「異世界が舞台であり現実のそれとは違う」というものがありますが、この場合「ジャガイモ」という名称の由来が新たな争点となります。
異世界であるなら別に「ジャガイモ」である必要は無いのではないかというわけです。(無論すべての名詞を異世界風に改めるのは某FFのように読者の理解が追い付かなくなる危険がありますが)
 もう一つ話題になったものとして「異世界シャワー問題」があります。(僕はその作品を読んでいないので詳しいことはわかりませんが)異世界なのになぜシャワーがあるのか? という疑問だったと思います。ジャガイモやシャワーに限らず異世界に関する描写・設定について読者はどこまでを現実的に判断し、どこからをファンタジー的に判断するのでしょうか?(考えるだけ無駄という意見はこの際おいといて)

上記の回答(【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信)

投稿者 手塚満 : 2 投稿日時:

正直なところ、ご質問内容には興味が湧きませんでした。1は作品ごとの工夫を度外視しての一般化ですし、「小学生レベルの掛け算」「杜撰な知識」「周りがひどいだけの設定や描写」と、スレ主さんが期待する回答は既に決まってしまってます。

2ですと、逆に個々の事例に拘ってしまっている。確かにジャガイモは例だし、ご質問もジャガイモを例に取った説明のように見える。ですが、「ジャガイモ」が名詞という記号であり、実態そのものでないこと等へ踏み込む様子がない。

「異世界シャワー」問題に至っては、読んでないと仰ってますよね。それで何か論じられるんでしょうか? 私も書籍版は読んでいません。話題になった当時は「なろう」にありましたんで、読んでみました。シャワーに違和感を表明したのは、あるプロ作家でしたね。作品内容だけでなく、その作家の普段の言動なども考えないと、JKハルにおける「異世界シャワー」問題は論じられないように思います。

いずれも以下の各項で触れてみたいと思います。興味ないのになんで回答を試みる気を起こしたかといえば、各ご回答には興味ある内容が多かったからなんです。ご質問はお世辞にも中身があるとはいえませんが、少なからず寄せられた回答がよき議論になっている。だから参加してみたくなったのです。

> 1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?

これって作者が設定する強弱、賢愚の相対性に過ぎません。無双主人公を出したいのなら、抜きんでて強力、ないしは天才になるのは必然です。でも「抜きんでて」なんですよね。絶対的な基準じゃない。例えば「12万5千度の炎が出せるなら最強」にしてみたとして、15万度出されたら最強じゃなくなる。主人公の12万5千度を最強としたいなら「この作品世界では理論上の最高温度」とか「他のキャラはそこまでやれない」とするくらい。

既出の良回答と被りますが、現実の歴史でも「小学生レベルの掛け算」を古代の庶民に見せたら、賢者レベルに認定される可能性が高い。異世界なら文明や教育レベルは設定次第ですよね。

設定次第を使った作品だってあります。ドラえもんですと、のび太が他の惑星に行ったら、超人的な膂力と認定されるなんて話がありました(重力が弱い星なので、住人の筋力が低いという設定)。確か永井豪さんの昔の作品で、未来世界に行った男の話もありました。その話では、機械文明の発達で人間が虚弱化してしまった、と設定されていました。そのため、過去から来た普通の男でも超人的になってしまう。

いずれも無理な感じはありません。周囲が主人公を褒め称えるのも自然でした。作品内での整合性があるからだと思います。

一方、無理を感じるものがあるのも確かでしょう。実際の作品を出すのははばかれますので、この場で捏造してみます。例えば、悪役(嫌われ役)が凡人レベルの実力もないのに親の七光りだけで威張り散らし、周囲を虐げている。主人公が颯爽と現れ、悪役の親が公認するゲームで悪役を叩きのめす。周囲が主人公を「凄い」「最強」「英雄だ」と心から称賛する。

おかしいですよね。凡人以下の悪役は実際にはモブキャラでも倒せてしまうことは分かり切ってるわけですから。悪役が叩きのめされて気分はいいでしょう。しかし主人公が強いことにはならない。戦えさえすれば誰でも勝てる相手に勝ったに過ぎない。

こういうの「ご都合主義」と呼んでるわけですよね。作者が「みんなが主人公を褒め称えるシーンが欲しい」と思って、整合性、必然性等を考慮せずに話を運んでしまうといったことで起こることです。

仰っている内容は、おそらく無双だからではありません。ご都合主義が感じられるとリアリティのなさにがっかりする、という昔から言われているものに過ぎません。ご質問(ないしはご主張)は問題のとらえ方が間違っています。

> 2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について

「ジャガイモ」という名詞は語源があって、ある一つの種類の芋を指しますね。そういう意味では、「ジャガイモ」と書いたら、対応する芋がイメージされる。現実の古代~中世ヨーロッパが舞台(ただし魔法やドラゴンはいたりする疑似的なもの)だとしたら、避けるべき。それは分かります。「国王の人気が失速」したり、「話が脱線」したりという表現も避けるべきかもしれません。そこまで制限して、作者、読者ともメリットが生じるかは疑問です。ですので、出すのを控えたり、変えるとしたら固有名詞だけでしょう。

ですが、古代~中世欧風の異世界だと話は違いますよね。「ジャガイモ」があって何がいけないのか。現実世界とリンクしてしまい、異世界感が損なわれるからでしょうか。それは一理あります。「ジャガイモ」を避けるなら、リンゴもピーナッツも避けるべきでしょう。調理法、食器にもオリジナルのものと固有名詞を考案する必要が生じます。結果、わけが分からない食事シーン描写に陥ります。

それでもいい、と思える作品もあるでしょう。例えば、異世界(ないしは異星)に放り込まれて戸惑う主人公ならアリでしょう。食品も(現代日本から来た)主人公にはグロテスク、味も不慣れなうちは極めて不味くて苦労するといった運びなら、異質・異常感を出すために、現実のものを連想させない固有名詞を与えるのはアリです。

一方、冒頭から美味しそうなご馳走を出したかったらどうか。例えば、腹を減らした主人公が宿屋に駆け込んで来たら、大勢がご馳走を食べていて、とか。未知のオリジナルな固有名詞で美味しそうと感じてもらうのは相当に無理が生じます。ビーフステーキにジャガイモの付け合わせ(に相当する食事)をどう言い換えるのか。言い換えること自体は簡単です。ですが「美味しそう」と感じてもらうのは、事実上、無理でしょう。

異世界感よりも食事が美味しそうなほうが大事であれば、なじみのある表現を使うべきなんです。異世界なんだから、なんでもかんでも異質にするべきと一律には言えない。そもそも、異世界の住人とて2足歩行で顔には目が2つ、鼻と口は1つずつ、髪の毛が生えていているだけではなく、美人・イケメンかどうか、マッチョか否か、とかとか、現実世界基準のものが多数あるわけです。たとえ、異世界感を強調する作品でも。でないと、例えば恋愛とか描いても感情移入はしてもらえないですよね。

これも問題意識の持ち方が間違ってるんです。問いの立て方がおかし。「ジャガイモ」を例にしてもいいけど、「中世欧風でアリかナシか」と考え始めると、罠にはまります。ジャガイモが出て来て雰囲気壊れる作品読んだら「ナシ」と言い始め、ジャガイモが出て来ても自然な作品を読んだら「アリ」と言い始めてしまったりします。

さらに映像作品を引き合いに出して文章作品に安易に適用したりして、さらに間違ったりします。例えば「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの前日譚「ホビット」シリーズでは、ホビットが食道楽ですんで、食事シーンがふんだんにある。原作小説はありますが、映画版で考えてみます。中世欧風異世界ハイファンタジーですが、食事ではジャガイモやトマトなどが並んでいる。まるで全世界から食材を集めてきたかのようです。

大変に美味しそうで効果的です。ですが、だから文章でも同じに描いていい、とはなりません。映像は説明しないから成り立つ面が多分にあります。トマトに見えるけど、トマトと呼んでないし、単にさりげなく置かれているだけ。意識してみなければ、「あ、トマトだ」とは思わない。文章だと必ず名詞を書かないといけません。必ず意識することになります(意識しないなら読んでない)。

同様のことが「エヴァンゲリオン」(1995年)でも見られました。日常シーンでアスカがゲームをしているんですが、マシンがセガサターン(そっくり)だったんです。だけど、単にさりげなく置いてあるだけだから無理は生じていない。これを文章で「アスカがセガサターンでゲームをしていると」と書いたら、相当おかしな感じになります。「2015年でなんでセガサターン? レトロゲームファンなの?」みたいになりかねません。映像作品だからこそ、さりげなく置くことができ、当時の視聴者に日常感を感じてもらうことが可能だったわけです。

同様に、「トップをねらえ」(1989年)。日常シーンのソフトドリンク(缶)、スナック菓子は当時に実際にあったものを忠実に描いていました。ただし誰も固有名詞で呼んだりはしない。映像作品だからこそ、それで日常感を出せたわけです。どちらもGAINAX作品・庵野監督で、小道具での効果の出し方に特有の拘りがあったのかもしれません。

表現媒体でも違いが出てしまうわけですね。決して「中世欧風(異世界)ファンタジーでジャガイモはどうか?」みたいな、大雑把な、あるいは大枠過ぎる問いを立ててはならないと思います。間違った問いには適切な答えは生じません。延々として終わらない議論であるのも、無理からぬことかと思います。必ず「この作品にジャガイモは適するか否か」みたいなピンポイントな疑問を持つべきです。
(続きます)

カテゴリー : その他 スレッド: 【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

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元記事:【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信

正直なところ、ご質問内容には興味が湧きませんでした。1は作品ごとの工夫を度外視しての一般化ですし、「小学生レベルの掛け算」「杜撰な知識」「周りがひどいだけの設定や描写」と、スレ主さんが期待する回答は既に決まってしまってます。

2ですと、逆に個々の事例に拘ってしまっている。確かにジャガイモは例だし、ご質問もジャガイモを例に取った説明のように見える。ですが、「ジャガイモ」が名詞という記号であり、実態そのものでないこと等へ踏み込む様子がない。

「異世界シャワー」問題に至っては、読んでないと仰ってますよね。それで何か論じられるんでしょうか? 私も書籍版は読んでいません。話題になった当時は「なろう」にありましたんで、読んでみました。シャワーに違和感を表明したのは、あるプロ作家でしたね。作品内容だけでなく、その作家の普段の言動なども考えないと、JKハルにおける「異世界シャワー」問題は論じられないように思います。

いずれも以下の各項で触れてみたいと思います。興味ないのになんで回答を試みる気を起こしたかといえば、各ご回答には興味ある内容が多かったからなんです。ご質問はお世辞にも中身があるとはいえませんが、少なからず寄せられた回答がよき議論になっている。だから参加してみたくなったのです。

> 1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?

これって作者が設定する強弱、賢愚の相対性に過ぎません。無双主人公を出したいのなら、抜きんでて強力、ないしは天才になるのは必然です。でも「抜きんでて」なんですよね。絶対的な基準じゃない。例えば「12万5千度の炎が出せるなら最強」にしてみたとして、15万度出されたら最強じゃなくなる。主人公の12万5千度を最強としたいなら「この作品世界では理論上の最高温度」とか「他のキャラはそこまでやれない」とするくらい。

既出の良回答と被りますが、現実の歴史でも「小学生レベルの掛け算」を古代の庶民に見せたら、賢者レベルに認定される可能性が高い。異世界なら文明や教育レベルは設定次第ですよね。

設定次第を使った作品だってあります。ドラえもんですと、のび太が他の惑星に行ったら、超人的な膂力と認定されるなんて話がありました(重力が弱い星なので、住人の筋力が低いという設定)。確か永井豪さんの昔の作品で、未来世界に行った男の話もありました。その話では、機械文明の発達で人間が虚弱化してしまった、と設定されていました。そのため、過去から来た普通の男でも超人的になってしまう。

いずれも無理な感じはありません。周囲が主人公を褒め称えるのも自然でした。作品内での整合性があるからだと思います。

一方、無理を感じるものがあるのも確かでしょう。実際の作品を出すのははばかれますので、この場で捏造してみます。例えば、悪役(嫌われ役)が凡人レベルの実力もないのに親の七光りだけで威張り散らし、周囲を虐げている。主人公が颯爽と現れ、悪役の親が公認するゲームで悪役を叩きのめす。周囲が主人公を「凄い」「最強」「英雄だ」と心から称賛する。

おかしいですよね。凡人以下の悪役は実際にはモブキャラでも倒せてしまうことは分かり切ってるわけですから。悪役が叩きのめされて気分はいいでしょう。しかし主人公が強いことにはならない。戦えさえすれば誰でも勝てる相手に勝ったに過ぎない。

こういうの「ご都合主義」と呼んでるわけですよね。作者が「みんなが主人公を褒め称えるシーンが欲しい」と思って、整合性、必然性等を考慮せずに話を運んでしまうといったことで起こることです。

仰っている内容は、おそらく無双だからではありません。ご都合主義が感じられるとリアリティのなさにがっかりする、という昔から言われているものに過ぎません。ご質問(ないしはご主張)は問題のとらえ方が間違っています。

> 2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について

「ジャガイモ」という名詞は語源があって、ある一つの種類の芋を指しますね。そういう意味では、「ジャガイモ」と書いたら、対応する芋がイメージされる。現実の古代~中世ヨーロッパが舞台(ただし魔法やドラゴンはいたりする疑似的なもの)だとしたら、避けるべき。それは分かります。「国王の人気が失速」したり、「話が脱線」したりという表現も避けるべきかもしれません。そこまで制限して、作者、読者ともメリットが生じるかは疑問です。ですので、出すのを控えたり、変えるとしたら固有名詞だけでしょう。

ですが、古代~中世欧風の異世界だと話は違いますよね。「ジャガイモ」があって何がいけないのか。現実世界とリンクしてしまい、異世界感が損なわれるからでしょうか。それは一理あります。「ジャガイモ」を避けるなら、リンゴもピーナッツも避けるべきでしょう。調理法、食器にもオリジナルのものと固有名詞を考案する必要が生じます。結果、わけが分からない食事シーン描写に陥ります。

それでもいい、と思える作品もあるでしょう。例えば、異世界(ないしは異星)に放り込まれて戸惑う主人公ならアリでしょう。食品も(現代日本から来た)主人公にはグロテスク、味も不慣れなうちは極めて不味くて苦労するといった運びなら、異質・異常感を出すために、現実のものを連想させない固有名詞を与えるのはアリです。

一方、冒頭から美味しそうなご馳走を出したかったらどうか。例えば、腹を減らした主人公が宿屋に駆け込んで来たら、大勢がご馳走を食べていて、とか。未知のオリジナルな固有名詞で美味しそうと感じてもらうのは相当に無理が生じます。ビーフステーキにジャガイモの付け合わせ(に相当する食事)をどう言い換えるのか。言い換えること自体は簡単です。ですが「美味しそう」と感じてもらうのは、事実上、無理でしょう。

異世界感よりも食事が美味しそうなほうが大事であれば、なじみのある表現を使うべきなんです。異世界なんだから、なんでもかんでも異質にするべきと一律には言えない。そもそも、異世界の住人とて2足歩行で顔には目が2つ、鼻と口は1つずつ、髪の毛が生えていているだけではなく、美人・イケメンかどうか、マッチョか否か、とかとか、現実世界基準のものが多数あるわけです。たとえ、異世界感を強調する作品でも。でないと、例えば恋愛とか描いても感情移入はしてもらえないですよね。

これも問題意識の持ち方が間違ってるんです。問いの立て方がおかし。「ジャガイモ」を例にしてもいいけど、「中世欧風でアリかナシか」と考え始めると、罠にはまります。ジャガイモが出て来て雰囲気壊れる作品読んだら「ナシ」と言い始め、ジャガイモが出て来ても自然な作品を読んだら「アリ」と言い始めてしまったりします。

さらに映像作品を引き合いに出して文章作品に安易に適用したりして、さらに間違ったりします。例えば「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの前日譚「ホビット」シリーズでは、ホビットが食道楽ですんで、食事シーンがふんだんにある。原作小説はありますが、映画版で考えてみます。中世欧風異世界ハイファンタジーですが、食事ではジャガイモやトマトなどが並んでいる。まるで全世界から食材を集めてきたかのようです。

大変に美味しそうで効果的です。ですが、だから文章でも同じに描いていい、とはなりません。映像は説明しないから成り立つ面が多分にあります。トマトに見えるけど、トマトと呼んでないし、単にさりげなく置かれているだけ。意識してみなければ、「あ、トマトだ」とは思わない。文章だと必ず名詞を書かないといけません。必ず意識することになります(意識しないなら読んでない)。

同様のことが「エヴァンゲリオン」(1995年)でも見られました。日常シーンでアスカがゲームをしているんですが、マシンがセガサターン(そっくり)だったんです。だけど、単にさりげなく置いてあるだけだから無理は生じていない。これを文章で「アスカがセガサターンでゲームをしていると」と書いたら、相当おかしな感じになります。「2015年でなんでセガサターン? レトロゲームファンなの?」みたいになりかねません。映像作品だからこそ、さりげなく置くことができ、当時の視聴者に日常感を感じてもらうことが可能だったわけです。

同様に、「トップをねらえ」(1989年)。日常シーンのソフトドリンク(缶)、スナック菓子は当時に実際にあったものを忠実に描いていました。ただし誰も固有名詞で呼んだりはしない。映像作品だからこそ、それで日常感を出せたわけです。どちらもGAINAX作品・庵野監督で、小道具での効果の出し方に特有の拘りがあったのかもしれません。

表現媒体でも違いが出てしまうわけですね。決して「中世欧風(異世界)ファンタジーでジャガイモはどうか?」みたいな、大雑把な、あるいは大枠過ぎる問いを立ててはならないと思います。間違った問いには適切な答えは生じません。延々として終わらない議論であるのも、無理からぬことかと思います。必ず「この作品にジャガイモは適するか否か」みたいなピンポイントな疑問を持つべきです。
(続きます)

上記の回答(【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信の返信)

投稿者 手塚満 : 1 投稿日時:

(No.15の続きです)

3.異世界シャワー(JKハル)

「なろう」にあったものを読んだだけですが、結論を先に申せば「シャワーは必要であり、特別なものであってはならない」です。「JKハル」は女子高校生が(忌み嫌う男子高校生と共に)剣と魔法の欧風異世界に来てしまい、生きて行くために娼婦を始めるというものですね。娼館があって、そこに就職する。

主人公ハルは娼婦を否定はしないけれど、好感を持っているわけではない。娼婦として成り上がろうとも思ってない。欲しいのは平和な日常です。ですが、魔物もいれば戦いも絶えない世界のこととて、そうそうは上手く行かない。好きな食べ物だって、当初はない。感覚的な不満が溜まってしまう世界であるわけですね。

対象読者層を考えると、どうも自分には不向きのようです(少なくとも、女性向けだと感じた)。実際、感情移入もできなければ面白くもなかった。ですが、狙いは自分なりに分かります。娼婦となっても性的に屈せず、むしろ客となるキャラを軽蔑する。ただし、娼館の客だからではなく、普段、あるいは隠された人物像、性格、生き方を軽侮するわけですね。

だけど嫌なものばかりであるわけです(下手な話運びではなく、そこが溜めになって終盤で効果を出している)。物語を壊さなくて、しかしハルの息抜きになるものが必要となります。でないと、ハルに感情移入している読者も溜まる一方の嫌悪感に悩まされる。

だから「シャワー」があるんです。客を取った後、体くらいは流して清潔になりたい。嫌な客と取るという生理感覚的な下げの後、ちょっと上げるわけですね。その落差で、(主人公も読者も)少しホッとすることができる。

これは読者にもなじみがある「シャワー」だから良いわけです。イメージしにくい道具とか、不可思議な魔法で体を清める、では生理的な上げにならない。苦労して読み解いたら、論理的には清潔になることが分かった、ではまずいんです。感覚的にすっと分からないと、感覚的な上げにならない。

シャワーを例に貶した例のプロ作家さんですが、ハヤカワから出ているため、異世界感満載を期待して読んだようです。そりゃハズレと思うでしょうね。「JKハル」は主人公が不快な世界に転移したことが、読者に苦も無く分かることを狙って書いてあるようですから。作品の目的が違うんです。「あれは何?」「これはどういうこと?」みたいな、異世界観光的なものではない。むしろ、現実の不快感を利用し、分かりやすく強調するために異世界を利用してます。場所は隔絶、感覚は類似、といった感じですね。

そのプロ作家さんが、改善案として引き合いに出した作品事例もまずかった。例えば、ヒロインが卵を産む種族、なんてのを称揚して、「JKハル」に駄目出ししようとしてました。生活だけでも元の世界に回帰させたいという主人公、それに感情移入した読者の感覚が分かってない。感情移入した主人公が不潔なことだけでも嫌な思いをしているのに、シャワーはやめとけ、さらに卵を産むのがいいなんて。嫌悪感を減らす必要性・工夫に対して、嫌悪感を増す手法を提示してはいけません。自分が卵を産むと想像して、誰が共感し、嬉しがれると思うんだか。

そういう作品特有のことを度外視して、「異世界にシャワーがあってもいいの、悪いの?」なんて語っても意味はありません。もしシャワーの是非を考えるとしたら、「この作品のここで、こういう風にシャワーが出てくるのは、どういう効果になるのか?」といったことであるべきです。

繰り返しになりますが、「JKハル」は私には不向きです。ありていに言えば、嫌いなタイプの作品ですらあります。しかし、嫌いだからと言って、作品がなし得ていることまで否定することはできません。「JKハル」には、シャワーはごくありふれたものとして必要です。
(極めて個人的な判断ですが、件の作家さんは、自分の好き嫌いが万人共通であり、質の客観的な良さの尺度であると思い込んでいる節があるようです。しかも、どうあしざまに言うかを工夫しがちのようでもある。話半分に聞いておくべきだろうとも思っています。)

カテゴリー : その他 スレッド: 【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

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元記事:【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

1.主人公の無双描写(能力・知識チート)の質について、その限度は?
 主人公を強く見せるために敵を弱くするというのは昔からあることですが、小学生レベルの掛け算で賢者認定、杜撰な知識で異世界改革など主人公が強い・すごいというより周りがひどいだけの設定や描写で主人公を賛美するのは無理がありませんか?

2.俗に「中世ジャガイモ問題(ジャガイモ警察)」と呼ばれる設定に対する解釈について
 いわゆる中世風異世界に「ジャガイモ」と呼ばれる農産物を登場させたときに「その時代にジャガイモがあるのはおかしい」という批判は、現実世界の歴史を基にした主張です。ジャガイモという名前に引っ張られる形でその歴史過程までも異世界に当てはめようとしてしまうことがおそらく原因でしょう。
反論としては、「異世界が舞台であり現実のそれとは違う」というものがありますが、この場合「ジャガイモ」という名称の由来が新たな争点となります。
異世界であるなら別に「ジャガイモ」である必要は無いのではないかというわけです。(無論すべての名詞を異世界風に改めるのは某FFのように読者の理解が追い付かなくなる危険がありますが)
 もう一つ話題になったものとして「異世界シャワー問題」があります。(僕はその作品を読んでいないので詳しいことはわかりませんが)異世界なのになぜシャワーがあるのか? という疑問だったと思います。ジャガイモやシャワーに限らず異世界に関する描写・設定について読者はどこまでを現実的に判断し、どこからをファンタジー的に判断するのでしょうか?(考えるだけ無駄という意見はこの際おいといて)

上記の回答(【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈についての返信)

スレ主 サヴァ : 0 投稿日時:

 確かにこの質問の仕方は雑ですね。申し訳ありません。
ご回答いただいた方々、貴重なご意見をいただきありがとうございます。

カテゴリー : その他 スレッド: 【質問/考察?】主人公及び異世界の設定・描写、その解釈について

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元記事:敵対者が主人公達と敵対する理由についての返信

大昔に、世界征服を企む悪の秘密結社がとりあえず県内征服を開始するマンガがあったのを思い出しました。ギャグならありの手法ですよね。
逆に小さい事件かと思ってたら実は背後に大事件、とやればシリアスになりますが、規模が大きくなりがちなのも確か。適度なところに留めるバランス感覚が問われそうです。
マリン・Oさんが例示した「誘拐グループ」の話なら、ひとつの誘拐事件かと思っていたら実は複数の連続した事件で、真の目的が隠されていた、という感じでしょうか。
その真の目的が、警察がどうにかできる範囲に収まっていれば適度になりそうな気がします。例えば、単純な少女誘拐事件かと思っていたら、実は父親が証人として出廷予定でそれを阻止しようという組織の暗躍だった、みたいな。
刑事ドラマだと結構ありがちな展開な気もしますが。

上記の回答(敵対者が主人公達と敵対する理由についての返信の返信)

スレ主 鬼の王の墓標 : 1 投稿日時:

田中一郎様
刑事ドラマはあまり見ないのですが、誘拐した娘を盾にして父親の出廷を阻止するというのは中々頭を利かせていると思います。
私の作品では頭脳派の悪党が少ない傾向にあるので、そのような狡猾な悪事も描写に組み込んだ方が深みが増すと思いました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 敵対者が主人公達と敵対する理由について

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元記事:敵対者が主人公達と敵対する理由についての返信

いや。
どんなものでも理由を明確に書いたらスケール小さくなりますよ。
なんせ考えてるのが人間なんで、人間のスケールは超えられないし、自分を作者と想定して、自分みたいな少庶民のスケールで書いてるんだから。

例えば。
ホラーにおいて幽霊ってのはどうして生者を呪ってくるんでしょうね?
こうこう、こういう理由があって、それが原因です、って仔細を語ったら面白くなくね? という話。
もちろん謎にしろって事ではなくて、辻褄が合えば良いだけで、悪役の動機や理由を理解する必要はないわけですよね。
なので、ありがちな万能動機として「悪い事が好きだからやってるだけだ」ってのがあるけど、これも作品によってスケールがピンキリじゃないでしょうか。
悪役の「そうなった理由」を語りたくてそういう過去を語っちゃうと、かえって悪役の人間らしさが出ちゃうので、人間のスケールなんですよね。
一方で「私は生まれつき善悪が理解できなくてね」と性格のせいにしたりしちゃうと、コイツが理解できないのでスケールが測れない。
なので、理由も動機もひょっとしたら犯罪行為自体もショボいんだけど、悪役としての存在感は大きいんですよね。

理由や動機は考えるべきだけど、別にそれが理解できるものである必要はないし、理解できるとスケールが知れるので、そんなふうになっちゃいます。

理由も動機も特に無いけど行動原理はある設定として、組織に属してるってのが便利ではあります。
犯罪なら犯罪組織ですね。特に設定を考えたくないので幹部も全容を知らないとかベタな感じで。彼ら悪役はただの実行グループですかね。
まあ、有名所ではコナンくんのジンとかウォッカとかあんな感じ。

で、そうすっとそんな組織を出したら話の規模がでかくなる、と考えるかと思いますが、悪役たちが組織に属しているというのはただの設定であって、今回の物語は悪役と主人公たちの話なので、主人公と悪役の話がまとまってりゃ、この物語で「組織」というのは「悪人が所属してる場所」というのが理解できりゃそれで十分です。
この組織の「理由・目的」もまた全容を語る必要はないわけですね。なんか凄そうな組織というのが伝われば良いので、その理由や目的が凄いものである必要はないんですよ。

上記の回答(敵対者が主人公達と敵対する理由についての返信の返信)

スレ主 鬼の王の墓標 : 0 投稿日時:

サタン様
いつもお世話になっております。

>>どんなものでも理由を明確に書いたらスケール小さくなりますよ。
>>ホラーにおいて幽霊ってのはどうして生者を呪ってくるんでしょうね?
こうこう、こういう理由があって、それが原因です、って仔細を語ったら面白くなくね? という話。

うぉ……説得力がありすぎて反論しようがない……
確かに幽霊が呪ってくる理由なんて詳細を語っても面白くなんかないですよね。
説明しようと思っても私はせいぜい「生きている人間が嫌いだから」くらいの理由しか思いつきません。実際説明するならそれくらいで十分ですよね。

>>悪役の「そうなった理由」を語りたくてそういう過去を語っちゃうと、かえって悪役の人間らしさが出ちゃうので、人間のスケールなんですよね。

なるほど……私の好きな悪役の一人であるサウザーはこのパターンに該当するのですが、彼は人間らしいから多くのファンを得られているのですね。

>>理由や動機は考えるべきだけど、別にそれが理解できるものである必要はないし、理解できるとスケールが知れるので、そんなふうになっちゃいます。

なるほど、悪役の動機は別に理解できるものじゃなくてもいいのですね。
安易な勧善懲悪を避けようと思っていたら、これまた落とし穴に……
私は小手先の技術には頼らない方がいいのかな……

>>悪役たちが組織に属しているというのはただの設定であって、今回の物語は悪役と主人公たちの話なので、主人公と悪役の話がまとまってりゃ、この物語で「組織」というのは「悪人が所属してる場所」というのが理解できりゃそれで十分です

うーん、いい例なのですが今回は使えないですね……
説明するのを忘れましたが首領を倒す予定で作ってしまったので……

重ね重ねになりますがいつも意見をして下さってありがとうございます。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 敵対者が主人公達と敵対する理由について

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元記事:【雑談】勇者ロボがファンタジー異世界に転生する際の、舞台設定と整合性について

創作小説のプロットについて、ファンタジー世界(いわゆるナーロッパ)の通例や設定の落とし込み方について知恵を貸してください。

【相談の概要】
「制作中止になり、この世に出ることなく資料が処分された子供向けロボットアニメ『疾走変形ストレンガー』の主役ロボのストレンガーが、RPG的な異世界に召喚される物語」を考えています。
設定を詰めるにあたり、以下の2点に悩んでいます。

①スーパーカー型ロボの不整地への対応について:
スーパーカーから変形するロボ(10m級)が、未舗装の多いファンタジー世界の不整地を走ることに違和感がある。

②異世界の文明レベルについて:
いわゆる「ナーロッパ」に合わせるべきか、それとも自動車が発明された、19世紀末欧州風に寄せるべきか。

【作品の基本設定】
主役ロボ:
『疾走変形ストレンガー』(劇中アニメ設定)のストレンガー。
マントをつけた騎士のようなデザインで、武器は剣。
変形元のモチーフは、バブル崩壊で市販されなかった実在のスーパーカー。
https://web.motormagazine.co.jp/_ct/17625328

世界観(転生先):
『ドリムメント(夢の欠片)』というファンタジー世界。巨大な(10m)トロルなどの怪物が存在する。

バディ: 召喚先で出会う少年、ソーヤ(元の世界のアニメ主人公に似た存在)。

敵: 魔王「フースイ・ガイ」の軍団。

【相談したいポイント】
① 不整地での運用について
スーパーカーを、中世ファンタジー風の道でどう活躍させるのが自然でしょうか?
「富山県八尾町のような石畳舗装を出す」「ロボの足回りが、転生を管理する者のパワーでオンロードに対応させられる」などのアイデアがあれば伺いたいです。

② 文明レベルの設定について
私はファンタジー作品のうち、「ドラゴンクエスト5」、「ファイナルファンタジー5」、「レジェンズ〜甦る龍王伝説」の知識はありますが、近年のいわゆる「ナーロッパ」の通例に詳しくありません。
スーパーカーを出すなら、
ガソリン車が発明されたばかりの、19世紀末の欧州程度の技術レベルにした方が、物語として馴染みやすいでしょうか?

上記の回答(【雑談】勇者ロボがファンタジー異世界に転生する際の、舞台設定と整合性についての返信)

投稿者 ドラコン : 1

ドラコンです。ご質問のうち、文明レベルについて私見を申し上げます。

ナーロッパの世界だからと言って、ロボットやスーパーカーを出してはいけないことはないでしょう。ナーロッパにするなら、エネルギー源に魔法を絡めたほうがそれっぽくなるでしょう。石炭や石油をただ掘り出すのではなく、加工段階で魔術師が魔術的加工を行うのが一案です。

科学を魔法に置き換えた例としては、ご覧になってるかとは存じますが、『ドラえもん のび太の魔界大冒険』があります。

代田さんもご存じの『ドラクエ5』には、キラーマシンという「ロボット型モンスター」が登場します。また、2026年2月にリメイク版発売予定の『ドラクエ7』では、ロボット軍団に襲われている国が登場しますからね。

自動車も『ドラクエ10オンライン』に登場します。フィールド上を徒歩よりも速く移動できるバイク的乗り物「ドルボード」の見た目を変更するアイテムです。詳しくは下記動画の1分28秒~の「スライムカー」をご覧ください。

『【攻略】無課金ドルボードをバザーで買おう♪初期ドルボード卒業だ★のんびりアイドル・ルナちゃん★ドラクエ10』
https://www.youtube.com/watch?v=mDp_72m1zfg

ついでに、『ドラクエ10』には近代文明の象徴である鉄道が重要な交通手段として登場しています。

『ドラゴンクエスト10 鉄道唱歌(アストルティア五大陸編)Duoバージョン』
https://www.youtube.com/watch?v=HW-0Czoyc_M

直接の回答にはなりませんが、作中の文明レベルを考え、作者自身を納得させるに資する一冊を紹介します。

『古代技術』
ヘルマン・ディールス著
平田寛訳
ちくま学芸文庫

書評は、私が管理している掲示板「エンタメ小説研究交流会」に掲載していますので、リンクを貼っておきます。
https://z.wikiwiki.jp/mp3uipllsbmww3zf/topic/21

これも「エンタメ小説研究交流会」に掲載したのですが、以下の本も異世界転生時の転生先住人の反応として参考になり得るので、リンクを貼っておきます。

『中国奥地紀行』(全2巻)
イザベラ・バード著
金坂清則訳
平凡社ライブラリー

19世紀末の英国人イザベラ・バードの中国四川省旅行記。異世界転生モノの参考資料としての活用ポイントの詳細は、リンク先の通り。19世紀末~20世紀最初頭以前の西洋人のアジア旅行記や、日本人の西洋旅行記、漂流記のたぐいは、「異世界転生者の体験記」として読むことが可能です。

「正式版『中国奥地紀行』(本文)のご紹介 中華モノ旅、三国志モノ(呉・蜀)、異世界転生先住人の反応に参考になる一書」
https://docs.google.com/document/d/1hFXak4RbDKsHtPHfASRRBwb7pbRFbgpIWpF4mRsaWd0/edit?tab=t.0

「正式版『中国奥地紀行』付言「バード女史の行動・考え方に関する感想」(前編)」
https://z.wikiwiki.jp/mp3uipllsbmww3zf/topic/42

「正式版『中国奥地紀行』付言「バード女史の行動・考え方に関する感想」(後編)」
https://z.wikiwiki.jp/mp3uipllsbmww3zf/topic/41

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 【雑談】勇者ロボがファンタジー異世界に転生する際の、舞台設定と整合性について

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投稿日時:

元記事:人間とAIの恋愛について

現在練っている小説のプロットで、主人公は高校生、ヒロインはAIで、二人がARゲームの中で知り合うんですよね。
それで徐々に惹かれていくんですけど、AIと人間の恋愛や人権についての意見があったら聞かせてください。
また、それについての面白い論文などがありましたら是非紹介してくれればと思います。よろしくお願いします。

上記の回答(人間とAIの恋愛についての返信)

投稿者 ズッパシ : 0

論文ではないですが……。
かなり有名な作品なので既にプレイされているかもしれませんが、「デトロイトビカムヒューマン」という作品には触れましたか?
“実際にAIを搭載したアンドロイドが普及したら”というコンセプトでかなりリアルに(本当に現実でこうなりそうと思うほどリアルです)作られた作品です。
人間とAIをテーマに据えた小説を書くのでしたら、絶対影響を受けてしまいそうなほど衝撃的な作品なので、ぜひプレイしてみてほしいです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 人間とAIの恋愛について

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投稿日時:

元記事:主人公の目標の有無について

「○○王になる!」のような主人公が絶対的な目標を抱き、そこへ向かって邁進する作品がある一方で
巻き込まれ型と言われる平和なときは特に目標のない、トラブルが発生するまで立ち止まる主人公もいます

どちらも結局のところは、その都度トラブルを解決していく物語になりますが
前者と違い、後者は主人公の最終目標が分からず何かと批判されがちだと思います
しかし後者って本当に駄目なんでしょうか
こうやって作品論を語るときは大体「ないよりあった方がいい」的な結論に至りますけど、世の中の作品を見れば目的意識に欠けた巻き込まれ型主人公って多く存在しますよね

要は
家族に身の危険が迫ったから助ける→仲間に身の危険が迫ったから助ける→世界を脅かす存在に立ち向かう
などと小さなトラブルから徐々に大きなトラブルへ移行し、そして締めに入っていく構成を用意してやれば
これで読者は別に不満を抱かないというか、主人公の目標の有無をそんな気にしていないのではないかと疑問を覚えました
みなさんは主人公に絶対的な目標を抱かせるべきだと思いますか?
それとも、あってもなくても気にしないですか?
ご意見を聞きたいです

上記の回答(主人公の目標の有無についての返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答!

個人的に思ってるだけの持論なのだけど、
「目標」というのは2つに分けられて、一つは「主人公の目標」と一つは「物語の目標」。
このうち、まず「物語の目標」については言ってしまえば当たり前の話なんだけど、物語は始まった以上は終わらなければならない。その「終わり」が物語の目標に当たる。
例えば「人々を助ける話」を書くならば、「人々を助ける」というのが物語の目標。
一方で「主人公の目標」は、文字通り主人公が目標ないし目的とすること、主人公の行動原理のこと。
こちらは、偉そうだけど、物語を作りなれてない人には意外かもしれないけど、実はその目標達成の成否は問わない。普通に失敗しても話は成立する。
例えば、「父親を探す旅のなか、道中で人と関わって困ってる人を助けていく」という概要だとすると、主人公の目的は「父親を探すこと」で、物語の目的は「困ってる人を助ける」ということ。
そのうえで、例えばその物語のオチで「父親は既に死んでいて会うことは出来なかった」と失敗に終わってもかまわない。
何故なら物語の目標は達成してるから。話として成立している。
つまり、この2つは別のもので、主人公の目的 = 物語の目的 ではない。

しかしながら、例えば「勇者が魔王を倒す話」といった場合は、そもそも主人公の目的と物語の目的が合致しているので、結果的に2つが同じものである、というだけ。
そして、少年漫画やライトノベルにおいては「主人公の話」を書くことが多いため、この場合「勇者が魔王を倒す話」のように「主人公の目的」がそのまま「物語の目的」になっていることが多い。
つまり、主人公の話だから、主人公の目標を達成したら物語は終わり = 物語の目標も同じもの。ってだけ。
本来は、この2つは別のもの。
ただ「主人公の話」をメインにしてるから同じになってるだけ。

で。
>小さなトラブルから徐々に大きなトラブルへ移行し、そして締めに入っていく構成を用意してやれば
こちらの例題は、つまり各話で更新される「物語の目的」があって、主人公には特に目的はなく動かされているだけ、という形で、そういうのはぜんぜんあり。
例えば、私が出すタイトルも年々古くなってきちゃってるけど、ジャンプ連載してた「銀魂」とかがそのタイプだね。
このタイプの特徴は、基本的に「物語の目的」が更新されていって主人公には特別強い行動原理が無いから、寄り道がすっごいしやすいってとこがある。
その代表格で言ったら「名探偵コナン」だね。
コナンは「事件の解決」が物語の目的で、その中身(事件の内容)が新しいものになっていって、ときおり「組織」の話題に更新されてメインストーリーが進んでる。
超長期連載コナンはずっとそれをやってるからネタにされがちだけど、この構造としては銀魂も同じだね。
寄り道がしやすいので、こういう長期連載や長期シリーズの場合はよくある形式。

こうして考えると、そもそも大事なのは「物語の目的」のほうで、「主人公の目的」はあんま重要ではないのではないか、ということになって、スレ主さんの疑問に行き着くと思う。
それは、「物語」にとってはその通りだと言えるんだけど、物語は、特にエンタメ向けの物語にとっては「キャラクタ-」あっての物語でもあるので、「物語の目的」のほうが重要だと踏まえたうえで、より大事なのが「主人公の目的」である、と言えます。
対象年齢が上がってくると「主人公の目的」の重要度は若干下がってくる。

というのも、まず「海賊王に、俺はなる!」ってすごいキャッチーですし、そのために行動してるってわかりやすいし、理不尽なことでも主人公が「海賊王に相応しくない」と思うような事はしないと納得しやすいし、最初に書いたけども、「主人公の目的」は主人公の行動原理を説明しやすい。
ワンピースのルフィは「海賊王に、俺はなる」のこのセリフだけで全部説明できるでしょ。
ナルトの「火影になる!」も同じ。
一方で、この2タイトルと同じくらい人気で看板背負ってた「ブリーチ」は、スレ主さんが言うとこの「巻き込まれ型」で、主人公には性格意外に行動原理が無く、各章で毎回違う目的を更新していた。
まあ、結局のとこ「ルキアを助ける」「織姫を助ける」とワンパターンで、新章に入って新しいことを始めたかと思えば「月島さんのおかげ!」で何がしたいのかわからなくて人気が低迷してきて、最終章で「主人公のルーツを探る」で物語は終わった。
ただ、ブリーチの作者はキャラ作りは神がかって凄い。あの人少年誌のキャラの天才だと思う。

なぜブリーチの話を出したのかっていうと、これは昨今のWeb小説にも言えるのだけど、このタイプの構造は、とにかく「新しい話題」を作るのが難しい。
コナンのように「新しい事件」で続ければマンネリ感が否めなくて、新しいことをしようとすると読者の期待に添えなくて一気に人気が低迷するってこともある。
個人的に思うその代表的タイトルで「タカヤ -閃武学園激闘伝-」てのを挙げとく。
タカヤは序盤は学園バトルもので結構面白かったんだけど、新章に入って異世界転移してファンタジーになった。そっから10週も連載しないで打ち切りになった。
「新しい話題」ってのは本当に難しいのよね。

とすると、そもそも読者の期待の方向性がブレないように一つの指針を示しておく必要がある。
それが「主人公の目的・目標」だとも言える。
例えば、Web小説で「いきなり異世界転移・転生したけど主人公には何も目的ないよ?」って事がけっこうあるけど、上手くやってるタイトルはだいたい「生前の社畜人生を反省して主人公は面倒事を避けたい・のんびりしたい」とか、アクティブではないから見つけにくいけど、たしかに目的が設定されてたりする。
「老後のために金貨をいくら稼ぐ」とか「世界を見て回りたい」とか「裏方に徹したい」とか。
こうすると、「金貨を稼ぐ」なら冒険者で一旗あげて次の章でいきなり商人はじめても「金策のためのステップアップ」で済むので、物語の目的をガラッと更新しても主人公の目的がブレてないので問題なく読めたりする。

あと、この手の話題「物語の目的」と「主人公の目的」の違いについては群像劇なんかを分析するとよくわかると思うのだけど、もうすでにずいぶん書いちゃったし、このあたりで止めておく。
一例だけ出しておくと、群像劇で有名なラノベは「バッカーノ」だと思うけど、群像劇を作るコツは「物語の中心になるものを一個しっかり作っておく」ってのがあって、バッカーノの場合はそれが「不死の酒」に当たる。
この不死の酒がどうなるのかってのが「物語の目的」で、キャラクターたちは各々がその不死の酒とは全然関係ない「主人公(キャラクター)の目的」を持って、知らない間に不死の酒に振り回され、最終的に「物語の目的」を達したところで話が終わる。

最後に結論だけ書くと、
まず「物語の目的」は不可欠。なけりゃオチが書けない。
対して「主人公の目的」は、ぶっちゃけ無くてもいいけど、エンタメ寄りにするならかなり重要度は高い。無視できない。
明確な主人公の目的を出したくない、そういう雰囲気にしたい、という場合でも、あえて書かないだけでちゃんと設定するのが良いと思う。
この場合例えば「人助けしたくなるお人好しな性格」とか「銭ゲバで金のためなら何でもする守銭奴」とか「厄介事は絶対嫌でのんびり暮らしたい」とか、キャラクター的にどっか一癖ある作りにしたほうが、行動原理は性格で説明できるので、「主人公の目的」感を出さないで行動原理を書ける。
なので、
>みなさんは主人公に絶対的な目標を抱かせるべきだと思いますか?
「絶対的」という文言がひっかかるけど、あるかないかで言えばあったほうが良いし、無い形にしたいなら「読者に知られないように設定しておく」ほうが良い。
なくて得することってほぼないんじゃないかな。
長期シリーズで寄り道しやすいと書いたけど、それも主人公の行動原理あっての事だし。
ただ、「物語の目的」と同一視して「魔王を倒すんだ!」とか「海賊王になるんだ!」って形で「主人公の目的」を作るんであれば、それは別にどーでもいい。
書きたい物語に影響がなく若い読者層を狙ってるなら、わかりやすくなるからあったほうがいいかな、くらい。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公の目標の有無について

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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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