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本題の方に返信するのを忘れていました……の返信の返信(元記事)
サタン様、補足ありがとうございます。
ラスボスの心理描写に関してはそれを書くことじゃなくて、それを書くことができる状況を作っているかが問題ですか。
それだと拙作の場合は完全に失敗していますね……このシーンは主人公の視点から見ている戦いなので、一元だと「主人公が覗き見てる」という形になってしまっています。
一元視点に統一する場合、このシーンは作り直す必要がありますね。
>>三人称でも基本的には誰かに視点を固定すべきです。
シーンによって移動させるのは構わないけど、一つのシーンでは統一するべき……ですか。
やっぱり神視点を採用した(その上途中から一元視点とどっちつかずになった)のが良くなかったのか……
次回からは一人称か三人称一元のどちらかに統一して書きます。
神視点に頼った結果どっちつかずという事態はこれからは避けたいですね。
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投稿者 ヘキサ 投稿日時: : 0
うーん、どこから話そう。視点の問題ってホント奥が深いんだよ。
サタンさんが補足してくれてもまだ話題が尽きないくらいに。
まず、視点=カメラと思い込む人にその違いを理解してほしいので、私は「視点」という言葉よりも「認識」という言葉をよく使う。
三人称一元でその人物の心情の奥深くまで書いてはいけない、心の声形式で書いてはいけないと思い込んでいる人も多いんだけど、三人称一元というのは「どんな文体でも形式でもいいから、その視点人物が認識できていることであれば何をどういう形で書いても構わない」と思っている。ほんのちょっとズルして「意識を失いかけている時のこと」「しっかり聞き取れなかったこと」「その時よくわかっていないけど重要なこと」とか、やや余分に付け足すこともあるけれど。
で、「なるべく主人公固定が推奨」はホントの話。「一人の人間が認識できることでまとまった内容になっている」ことが「物語が物語の形を成している」わかりやすい一例であるから。
で、多視点でもブレにくいジャンルの最たるものが「戦記もの」。これはその「戦争」という一大イベントに対して、多くの人間がそれに注目している状態だから。つまり、主人公固定の単視点は「主人公の物語」。戦記ものは「その戦争の物語」。だから、この「お題」がしっかりしていて、キャラクターがちゃんとそれに意識を向けている状態なら多視点でもブレにくい。fateなんかも「聖杯戦争」ですからね。
ちなみに、漫画「エンバーミング」で群像劇のつもりで描いたんだけどなんかうまくいかなかった、よく「主人公は誰?」と言われる、という反省点を作者が漏らしてる。これは「人造人間たちの物語」なんだけれど、やっぱり感想書いてる人達の意見は「なんか視点がぶれてる感じ」。最初に出てくる主人公ヒューリーの復讐劇、愛についての問題提起になっているエルムとアシュヒトの物語、一番よくわからなかったジョン(最後に出てきたくせに真主人公みたいな扱いだった)の物語。みんな同じ場所に集まってくるんだけれど、どこか物語がすれ違っている感じ。おそらく、各々が見てるものが違う→視点がぶれてる、共通点が人造人間というだけでは視点を集中するお題として弱いのではないか、という感じ。なんとも言いにくいんだけれど失敗例として参考になった。
他は……そうそう、単視点でもふつう作者は登場人物全てに「その人の人生を全て背負う覚悟」を持ってるもんだよ。そうそういいかげんなキャラは書けない。ただ、他者からその人を見るのと、その人になりきって「その人の認識」でもって地の文を書くのとはその負担はぐっと違ってくる。漫画はいいの、あれも普段は「外からその人を見てる」状態だから。その人の全てを全部言葉にしているわけではないから。
そしてちょっとキツイ言葉で言った「出歯亀」あたりの発言に関してだけど
「神視点やりたがる→いつまでも傍観者でいたい→無責任」
「多視点やりたがる→視点が定まっていない、文字通り目移りしている→危なっかしい、信用できない」
私の脳内認識はこんな感じ。で、読者はそのままで全然構わない。でも作者はそれだけじゃ作品作り上げることはできないよって話。このあたりは最近の「物語を完結させられない」関連の悩み相談のスレッドにいくつか私見が書いてあるので、ちょっと同じこと書く気力がないので探してみて。
……うーん、質問の拾い落としあったかな。ラスボス関連はサタンさんの意見にわりと近いかも。ひとまずこのへんにさせてもらいます。
カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 情景描写の量について