[ 著者名 ] 上橋菜穂子
[ ジャンル ] 異世界FT
[ 出版社 ] 講談社文庫
[ 発売日 ] 2009/8/12
シルヴィさんの書評
図書館から単行本の一巻を借りて読んだのが、始まりであった。
読み始めから、私は驚愕した。
そのわけは、「紙に書かれた文章から真の生命と土の香りが漂う」様であったからだ。
「リアリスティックファンタジー」という新ジャンルに出会った瞬間であった。
文章で世界観に引き込まれ、夢中で読み続けた。
読み続けているうちに、新鮮で素晴らしいものがあることに気がついた。
東洋的な要素も混じっているが、実在する民族や文化のどれかをあからさまに想起させるものがない。ジャンル名を付けるとするなら、「無国籍風ファンタジー」であろう。
架空の世界の架空の国が舞台で、闘蛇や王獣といった架空の生き物が重要なものとして登場するのに、真に迫るさまである。
登場する人物は「物語のために用意された人形」ではなく、「物語を紡ぐ人間」である。
ありきたりのライトノベルの紹介を見ていて感じる、作者が読者に媚びていることを示す「これでもかというくらい極限にまで甘くしたスイーツ」のようなくどさや違和感、キャラの偶像性などはこの作品には存在しない。
この作品は、普通なら目を逸らしがちな現実的な一面も見せ、残酷なものも暗黒面も生々しく映し出す。そこがまた、魅力的なのだ。
ジョウンやエサルが語り、後にエリンが己の身を以て知ったように、人と獣にはどうしても大きな隔たりがある。
獣の生が人の勝手な都合で歪められてしまう残酷性。しかしその一方で、現実世界に生きる我々もがそうやって生き続けてきたのも、紛れも無い事実である。
「真王」という権威と「大公」という権力が二分化したことで、両者の領民の間に軋轢が生じる。
そればかりか、「真王が滅ぼすべき諸悪の根源であり、大公が国王となることで国は救われる」と説く身勝手な集団(現代で言う過激派組織か)も生まれている。
人々に伝わる神話や伝承、規範、掟に隠された、隠蔽工作をした者にとって不都合な、驚くべき真実。
前作である精霊の守り人は無論だが、獣の奏者にも間違いなく、現実世界に通ずるものを持っている。
私はそんな「リアリスティックファンタジー」に惹かれるのだ。
誠に勝手ながら、この傑作をいつもは小説やファンタジーを読まない人、いつもはライトノベルを読む若者らが手に取り、「素晴らしい」と思ってくれるなら私は満足だ。
お気に入りのキャラはいますか?
もちろんであろうが、主人公のエリン。
知識欲が旺盛で、一旦「どうしてこうなのか」を知ろうとすると止まらない。
以下、ネタバレ。
エリンはジョウンの手引でカザルム王獣保護場の学舎に入学し、王獣の子リランを育てることとなる。
リランはケガの治療のためカザルム王獣保護場に連れてこられてから、餌の一つも口にせず衰弱していた。
保護場に来る以前、野生の王獣を見た事のあったエリンは、王獣規範を破り特滋水も音無し笛も使わずにリランを野生の王獣のように世話した。
その結果、リランがやっと餌を口にしたのは別の話だが、上記に見られるように、エリンの知的好奇心は定められた規範さえも破ろうとするほどなのだ。
ネタバレは以上。
余談だが、私もエリンのように知的好奇心が旺盛なので、母が私の事を「(エリンに)そっくりだ」と言ってくれていた。