リアリティとは人々の生活に宿る/新人賞下読みが回答

シルヴィさんの質問 2016/10/11

シルヴィです。新たに質問があります。
上橋菜穂子先生の『守り人』シリーズや『獣の奏者』、『鹿の王』といった作品群を読んでいて、私がいつも思うのは、「ピンからキリまでそれぞれ独特の存在感(リアリティ)がある」ということです。

物語や人物はもちろんですが、国々、民族、動植物、料理、どれも架空の存在なのに、そう簡単に切り捨てられない、文面から浮かび上がる独特の存在感やリアリティを私は覚えざるをえないのです。

人物と動植物はまるで本当に息をしているかのようだし、料理はどれも美味しそうです。物語を含む全てが本当にありそうに思えます。それらの作品群にはおかしなところは何一つ感じられない、まさに完璧という言葉が相応しい独特の雰囲気が感じられるのです。

作者は多岐に渡る知識と経験(?)を持っているのだということはなんとなくわかります。しかし、それ以上のことはよくわかりません。自分の作品のため、私はその存在感の正体を掴みたいのです。正体を掴むヒントが一つでももらえたらと思い、質問しました。

皆さんは、架空だとは容易く切り捨てられないような存在感の正体についてどう考えますか。

●下読みジジさんの回答

基本的にリアリティとは「生活」であるものと考えてます。

人々がどのような生活を営んでいるのか、それを軸に食材や料理、道具。村、町、国。善悪観、自治、政治等々の設定を広げていくと、自然にまとまりのある世界観ができあがっていきます。

コメント

  1. 夏SNOOPY より:

    これ、本当にコメントしてもいいんですか?
    いいなら、コメントしますね。

    それは私の意見としては、言い方は悪いですが、
    「細かいこと、あるいは。くだらないと普通思われるような、そういうことを、普通よりも掘り下げて、沢山書く。いや、というより、どうでもいいという意味で、細かい点について、信じられないぐらい細かく、不必要なぐらい、無駄と思われるぐらい沢山掘り下げて書く」
    ということをしているからなのでは、と推察します。実際どうなのかは存じておりませんが。
    なぜなら、料理にしても、ただ「うまい」と書いて、リアリティを、どうして感じられましょうか?
    そんなことはあり得ません。人間は基本的に、書いてあることしかわからないからです。

    そこで私が例として挙げたいのは、「新世紀エヴァンゲリオン」の、最初の有名なアニメです。
    下らないと言ってしまえばそれまでの、人間側の高度な、ハイテクな武装と、第三東京市という設定がありながら、最後はムッチャクッチャな終わり方をします。

    それでも、その、ムッチャクッチャな、点数をつけるなら、0点の結末があるのにも関わらず、設定について、書いてない、永遠に事実は闇の中のままのはずの、その闇の中の部分について、皆がああだこうだと、結論に至るはずもない議論を、続けているのです。このサイトでも触れられていますが。

    ということは、作り手としては、こう把握しておけばいいでしょう。
    精緻な設定は、ぞんざいな物語を神聖な物にする力をも秘めている、と。
    そう考えましょう。
    もっと言えば、話の流れとして、オチがなくて、最悪でも、設定がよければ(もちろん設定だけでなく、終わりに向かって最高潮まで期待が高まるという、後はオチがあれば完璧だという、そういう話の流れでしたが)それでいいのです。

    そういうものを作るには、とにかく、細かく設定を作ることです。
    ただし、忘れてはいけない、大事なことがあります。まず、細かく書く物についての最低限の知識を持つことです。

    例えば、八宝菜を作る描写だとしたら、プロなどに、大事な点を聞いて、そのままその知識を使って(ある意味、パクってとも言う)書くことですね。
    私なら、自分の知識を使って、油通しをすることを書きます。
    油通しというのは、野菜をお湯やしょっぱいあんなどに絡ませる前に、油で軽く揚げることです。これをするだけで、味が全く別の物になります。
    この知識が、八宝菜について書くなら、必要です。
    ところが、クックパッドのような無料のサイトには、その情報がほとんどありません。目立たないところにちらっと書いてあるぐらいで、必死で探しても見つかるか見つからないか。

    やっぱりプロか、専門書かに頼るのが、一番早いです。
    ところが、それだけして、必死で作り込んでも、やっぱり肝心の話の中身が、くだらないと、やっぱりダメになってしまいます。

    (これは書かなくていいです)某最近発売されたRPGみたいになっちゃいますから。私は全然知りませんが、売れてないみたいですしね。

    しかし、自分の情熱と知識があり、かつ、専門家やマニアでなくてもわかるように、わかりやすく書くという条件を満たしていれば、精緻に書き込むのは、確実にプラスになるでしょう。
    専門家やマニアでなくてもわかるように書くということも、決して疎かにしないでください。逆に言うと、専門家にしか凄さがわからない部分は、よっぽどうまく説明しないといけません。いっそ、書かない方がよいかもしれません。