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元記事:生身の人間とキャラクターの違いとは? キャラクターが成長するとは? どういうこと?

すみません。かなり根本的なことを聞いてしまいますが、生身の人間とキャラクターの違いとは何でしょうか?
ご意見をいただけるとありがたいです!

以下、私の考察です。

・人間
同じ状況でほぼ同じ行動をする。
変化する。
多面的で複雑

・キャラクラー
同じ状況で必ず同じ行動をする。
不変な存在。
人間の個性の一面を切り取って、それのみを全面に押し出し極端化した存在。
特定の役割を持つ。

例えば、ドラえもんののび太は、昼寝が大好きで勉強が嫌いなキャラです。。
彼が、突然勉強に目覚め、クラスで一番の秀才になってしまったら、それはもうのび太ではありません。

しかし、現実に存在する生身の人間では、勉強が嫌いな劣等生が何かの切っ掛けで東大合格を目指して猛勉強し、東大生になる、ということは起こりえます。
キャラクターとは不変の存在であり、生身の人間とは変化する存在である、と言えると思います。

時代劇で有名な『水戸黄門』では、必ずラストに印籠を出して悪人を平伏させるというシーンがあります。
しかし、一度だけ、印籠を出さずに事件を解決してしまった回があったらしいです。その時、視聴者からテレビ局に猛クレームが来たと言います。

同じ状況で必ず同じ行動をするのが、キャラクター。印籠を出さない黄門様など、水戸黄門ではない、ということです。

キャラクターは特定の役割を持った存在でもあります。
ライバルキャラ、お色気担当キャラ、お笑い担当キャラ、解説キャラ、ラスボスなどといった名称は、キャラクターが特定の役割を果たす存在であることを示しています。

例えば、なろう系ラノベでは、ヒロインは、処女で主人公を何があっても全肯定する、トロフィーガールに徹するのが役割であると言われます。
これは、なろう系ラノベの目的が、読者の承認欲求を満たすことであり、各キャラクターは、この目的に果たすために存在するギミックだからです。

もし、なろう系ラノベでヒロインが、非処女であり、主人公以外の男を好きになったりしたら、読者の自尊心を傷つけることになるので、ヒロインの役割を果たしていない、ヒロイン不適格となります。

●キャラクターが成長するとは、どういうこと?

例えば、進撃の巨人の主人公エレンは、第二部に入ったあたりから、性格がガラリと変わり、目的のために手段を選ばないラスボスっぽいキャラクターに変化しています。

最初は、母親を殺した巨人を憎み、巨人たちを駆逐してやる! 海を見に行くんだ! と少年っぽい純粋さがありましたが、仲間の裏切りや残酷な世界の真実を知って、すっかり人格が変わってしまった印象があります。

このようにキャラクターが成長すると、深い、文学的と高評価されますが、キャラクターの原則である「変化しない」に触れるので、かなり難しいと思います。

実は、ラノベ作家さんたちの話では、「キャラクターがブレるのはストーリーが破綻するより悪いこと」だそうです。
これは漫画編集者も言っているので、真実かと思います。

キャラクターがブレるのと、キャラクターが成長するのは違うと思いますが、どう違うのか、よくわかりません。

キャラクターが成長するとはどういうことなのか?
このあたりにまだ答えは出ていないので、教えていただけるとありがたいです!

上記の回答(生身の人間とキャラクターの違いとは? キャラクターが成長するとは? どういうこと?の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

端的に言えば、キャラクターは人間を記号化したもの、と思っています。
イラストで考えてみると、アニメキャラの造形は完全に人間離れしていて少女漫画のイラストなんて眼球が頭蓋骨に収まりきらないだろうってものもありますよね。
でも不自然ではない。
当たり前ですがこれは「人間」をデフォルメしたもので、可愛らしいという記号がわかれば良いので成立している絵なんだろうと思います。
それを文章で表現しているのが、小説におけるキャラクターでしょう。
もちろん、「目が大きいことを説明する」という見た目の話じゃありません。
人間の記号化を文字で表現する、という話。

だから、「成長」も「ブレ」も基本的には現実の人間基準。
正義を愛する完全無欠のヒーローが悪に染まるというのは、事情があればないことはない。
人間、どう転ぶかわからないものだしね。
でも、正義のヒーローが万引きとかカツアゲとかしょっぱい悪事を働く、親友の陰口を叩く、というのは「キャラじゃない」からキャラクターとしてはブレてると思う。
もちろん、そういうキャラですって前提があるならいいんだけども。
最初に設定した「記号」から外れてしまうと、それは「ブレてる」と思う。

一方、ドラえもんののび太が一生懸命勉強して頭が良くなりました、というのは確かにキャラではないけど「成長」だと思う。
二次創作でドラえもんを作ったのはのび太だってオチがあったけど、あれは良かったね。

ではこの違いは何かというと、あくまで持論でしかありませんが、
成長というのは「記号」そのものが変化している、と私は思っています。
のび太の場合、のび太は「バカで貧弱で意思が弱い」というキャラクターなので、基本的にはこのキャラから反れる行動は「ブレ」に当たる。
でも、その「バカで貧弱で意思が弱い」という記号自体が変化し(変化するという展開の物語がある前提)、「ドラえもんのために一生懸命勉強するんだ」となると、キャラクター自体は変化してないけどそのキャラに内在する「記号」がガラッと変わるわけですね。
すると、それ以降は「一生懸命勉強する、頑張る」という行動が真になり、これに反することこそ「ブレ」に当たるようになる。

まあ、簡単に言えば。
「ブレ」ってのは、一度変化したくせに元の位置に戻ったりする場合で、書き慣れてない人は意図せず作者の癖が展開に表れてしまうために、キャラじゃないことをキャラにさせてしまう。故によく言われることではないかなと。
一方で「成長」ってのは、「変化」なので、元に戻ったりしない。
例えば「漫画家を目指してたけど、今日から小説家を目指す!」と宣言した人が、翌日「やっぱ漫画家になりたいなー」なんて言ってたら「おまえブレブレじゃねーか」と言えるでしょ。
「変化」は良いものだけど、それが固まってないと「ブレ」になる。
だから、「小説家もやめて、いまは映画監督に興味あるわ」になると、これもブレ。でもそういう「移り気で飽き性なキャラ」は固まってるので、そういう視点で見ればかえってキャラが出てる。
同じ経過であっても、「小説家を目指しているけど、少し興味があるから今は映画脚本を書いている」だと、まあちょっと怪しいけど「成長」に当たると思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 生身の人間とキャラクターの違いとは? キャラクターが成長するとは? どういうこと?

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元記事:なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?

なろう系ラノベは、「友情」「努力」「勝利」の法則を掲げた少年ジャンプとは対極にある存在で、読者はチートハーレムを望んでおり、主人公が努力するのはタブーである、ラノベ読者は努力が嫌いである、という言説があります。

一方で、ラノベ新人賞の下読みさんによると、物語には成長要素が不可欠で、読者は登場人物が成長していく姿に心を動かされると言います。
果たして努力をせずに、成長が描けるのか?

実は、なろう系ラノベの読者は努力が嫌いなのではなく、対価の約束されていない努力が嫌いというのが真実だと思います。

その証拠として、主人公がモンスターを倒して経験値を稼ぎ、ステータスをアップさせる、新たなスキルを獲得するというタイプの物語が多いことが挙げられます。

これはシリーズ累計発行部900万部突破のヒット作「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 」(GA文庫・2013/1/11刊行)がパイオニアとなった要素で、主人公などの登場人物のパラメータがゲーム的に表示され、モンスターを倒すたびにこれがアップしていきます。

「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 」の主人公は、登場した当初は最弱でしたが、成長速度が異様に早くなるスキルの持ち主で、どんどん強くなっていきます。
この成長要素が快感だったわけです。

なろう系の異世界転生とは、より本質的に言えば、ゲーム世界への転生です。
ゲームの世界では、モンスターを倒せば必ず経験値やアイテム、お金が手に入ることが約束されており、努力が無駄になりません。

これはラノベの読者層であるオタクに馴染みやすい要素であるため、受け入れやすく、努力して強くなっていく主人公に感情移入しやすくなっています。

しかし、これ以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いたなろう系ラノベ(書籍化作品)は、寡聞にして知りません。
もし、これが以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いた書籍化作品がありましたら、その内容などを教えていただけるとありがたいです。

なろう系に努力の要素を持ち込むのはタブーか?についてもご意見をいただけるとありがたいです!

上記の回答(なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

ちょっと主旨からズレてしまうかもしれませんが、
まず、能力をゲームパラメータ的に表現したのは「ソードアート・オンライン(2002年~)」のほうが先でしょう。
こちらはまんま「ゲーム世界」なので、SAO以前からあったアイディアではありますが、ゲーム世界から異世界へとシフトしていく過程で「ログ・ホライズン(2010年~)」や「オーバーロード(2012年~)」などの作品があり、完全にゲーム世界から切り離して異世界でゲーム的要素を取り入れたのが「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」や「転生したらスライムだった件(2013年~)」になるかなと思います。
「能力をゲーム的に表現する」という意味で言えば、おそらくはソードアート・オンラインがパイオニアであると言えるかなと。
ゲーム世界から異世界へのシフトは、もともと異世界には「冒険者ギルド」や「強さのレベル」といったゲーム的要素があったので、ファンタジーが流行ったなろう系では受け入れやすい土壌があったものと思います。
余談ですが、それまで「ギルドのクエスト」などの名称がゲーム的過ぎて「ギルドの依頼」という現実的な言い回しにしてたのが、この頃を境に「スキル」とか「経験値」とか「ステータス」とゲームっぽさを全面に押し出すようになった、というのは興味深いですね。
それまで避けてたものを歓迎するようになった感じで。

次に「努力」についてですが、といってもこれは持論でしかないので「これが正しい!」って意見ではないのですが、
「友情・努力・勝利」というのは、「ジャンプの法則」と言われてますが、その法則自体はジャンプに限定した話ではなく、物語の法則でもあります。
というのも「勝利」というのは結末・結果を意味しています。であれば「友情・努力」は過程を意味します。
勝利というのは美酒と例えられるように良いものです。
一方で努力というのはできればしたくない、あまり良いイメージのないつらいものです。
「つらい努力を友情をもって乗り越え、勝利を掴む」という事になりますが、この物語を読んだときに読者が得られるものを考えると、
これは、「カタルシス」についての話をしている言葉です。
カタルシスは「抑圧」と「開放」の関係なので、「努力」と「勝利」がこれに当てはまり、努力を乗り越えるスパイスがジャンプ的に言えば「友情」である、という事になる。
だから、一昔前の話ではありますが、ラノベの流行作品ではこの「友情」が「恋愛」でしたよね。
前回の話題で出てきた「灼眼のシャナ」や「ゼロの使い魔」などは、まさにこれでしょう。
つまり、「友情・努力・勝利」における「勝利」はカタルシスが得られる瞬間のことで、「友情」は読者層の好み、「ジャンプっぽさ」や「ラノベっぽさ」から来るもの。
そして「努力」は、勝利のための試練であり、どんな物語にも共通するカタルシスを得るための「抑圧」となります。

よって、「努力」というのは文字通り「努力する」必要はないわけですね。
カタルシスの抑圧にさえなれば良いので。
それで言えば、あくまで「努力に相当する抑圧」という意味で言えば、
>これ以外の方法で努力したり、主人公の成長を描いたなろう系ラノベ(書籍化作品)
ほぼ大部分の作品で描かれている事だろうと思います。

この板は多数の人が見るものと思うのでうっぴーさんに対する発言ではないのですが、
「抑圧」に対してよくある誤解というのが、
「抑圧っていうとイジメられてるとかつらい状況だ」と考えてしまう事です。だから「そんなしんどい場面を書いても面白くないし、読まれないのではないか」という思いに至る。
努力もつらいものだしね。
しかしこれは大きな間違いで、まったくの逆です。
むしろ「抑圧」の要素がその物語の「売り」になるので、「つらいもの」を書こうとしているから「しんどい場面」になってるだけ。
「抑圧」っていう言葉の字面に騙されてるわけですね。
「主人公はイジメにあっている」という設定はプロット段階の話を聞くときによく耳にしますが、「イジメられてる様子が面白く見えるよう」に書かなきゃいけない。
まるでゲスい小悪党のような言葉ですが、そうではなく、例えば「イジメられて絶体絶命のときに、ヒロインや頼りになるキャラなどが助けてくれて仲良くなる」というドラマを作れば、「イジメられる事が面白い」のではなくて「イジメから助けられたことが面白い」わけで、「イジメにあってる様子」について書いていることは変わりませんが、その物語の「面白さ」は大きく違います。
「イジメ」の例では「イジメを乗り越えること」が大事なんだから「どのようにイジメを乗り越えるか」強いては「イジメを乗り越えようとする様子を楽しむ物語だ」と言えます。
つまり「抑圧」というのは、物語から見ると「抑圧に関連する要素を楽しむ話だ」ということになるので、「抑圧」は「読者が楽しめる要素」で、これってのは物語の「売り」なんだ、と私は思っています。

>実は、なろう系ラノベの読者は努力が嫌いなのではなく、対価の約束されていない努力が嫌いというのが真実だと思います。
こちらは慧眼だと思いますが、上記したことに照らし合わせると、
対価のない努力というのはカタルシスを得られない抑圧という事なので、好き嫌いではなく、そもそもそんな話を面白いという人はいないだろう、と思います。
慧眼だと思ったのは、私のように理屈っぽい事を長ったらしく書かずとも本質を言い当ててるあたりです。
私はほんとに無駄話が多いね。

確かに、最近のなろう系ファンタジーはチート系からの流れもあって、努力せずに力を手に入れることが多く、流れで領主になったり魔王になったりしてる。
強くなる=成長だ、という図式が成立するため、お手軽な成長要素で「強くなるための努力」が不要になってきているように見えます。
でもこれは先に書いたとおり、「努力」そのものは必要ではなく、ジャンプの「友情努力勝利」の「努力」はあくまで「カタルシスの抑圧」として機能すれば問題ないので、それで言えばお手軽な成長をするなろう系でも、面白い作品はやはり「抑圧」はちゃんと存在していると思います。
つまり、「友情努力勝利」の「努力」に相当するものはちゃんとある、と。

それを、「相当するもの」ではなく「努力」として書いたら駄目か? という事になると、正直、それはもうジャンプでやればいい話で、なろう系に限らずラノベ全般で「努力する主人公」というのは、そもそも古今通してあんま思いつかない……。
展開上結果的に努力してると受け取れることは確かにあるけども。ラブコメでも告白するため必死で動いて七転八倒する話とか、ヒロインの秘密を必死に守る話とか、ああいうのも主人公の主観で言えば努力になるしね。結果的に努力してるってのはあるけど、ジャンプのスポ根ほど訓練して努力して勝利に向かうラノベってのは思いつかない。
そうなると、これは「努力」の話ではなく「抑圧」の話になるかなと。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: なろう系ラノベに努力の要素を持ち込むのはタブーか?

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元記事:キャラの外見が途中から変わることについて

キャラクターの髪と目の色が途中から変わる設定でストーリーを進めているのですが、本当に変えていいのか疑問になってきました。

主人公は訳あって髪と目が本来の色でなくなっています。
中盤で問題が解決して本来の色に戻るのですが、髪と目の色が与える印象は大きく、途中から変えていいのか分からなくなりました。
実際、外見が変わって「前の方がよかった」と言われているキャラクターを見ることがあります。
外見は成長による変化や変身中などの一時的な変化以外で変えない方がいいのでしょうか?

教えていただけましたら幸いです。

上記の回答(キャラの外見が途中から変わることについての返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

まったく問題ないと思うけど、場合によってはそう断言することも難しいとも思います。

まず問題ない理由としては、あくまで小説なので、髪や眼の色にこだわる初心者は多いけど「それをイメージするのは読者」ということを忘れてはいけない。
作者がするのはせいぜいイメージを誘導してやるくらいなもので、髪や眼の色までキッチリ指定するとかえってイメージしずらくなります。
「こんな感じ」という特徴だけを伝えればそれで問題ないし、読者は「こんな感じ」に合えば自由にイメージできるので、イメージしやすいです。
漫画やゲームなど絵がある作品であるならいざしらず、小説はそこまで詳細に決める必要はありません。
よって、それが変化したところで、読者としてはさして気になりません。
「髪や眼の色」は「キャラクター性」にはまったく関係ないので。
ですので、
>実際、外見が変わって「前の方がよかった」と言われているキャラクターを見ることがあります。
それは「小説」でそのような作品があったのでしょうか? たぶん漫画かアニメではないかなと思うのですが。
あるいは、見た目が変わると同時に性格も変わった、それで「前の性格のほうが良かった」ということならキャラクター性の話なので、髪や眼の色の話は関係ないでしょう。

次に問題がある場合ですが、その髪や眼の色を話のネタにしている場合、などですね。
例えば金髪ばっかの中世ヨーロッパ風ファンタジーで東洋人である主人公が活躍すると、その髪の色から「漆黒の剣士」なんて字名がついたりする。
国のお偉いさんとかも「その髪の色、まさしく聞いていた通りよな」とか言ったりする。
そういう、色が一個の個性として話のネタに定着していると、展開途中でこれを変更してしまうと、そのネタが使えなくなるので、ネタの扱い方が上手ければ上手いほど「変更前の雰囲気のほうが良かった」ってことにもなる。
まあ、それほど上手い人なら変更してもなんとかできると思うけども。

最初からこのように「色」で個性を主張してない場合は、何も問題ありません。
というか、元の色に触れなければ良いだけで、例えば「無職転生」なんかでも展開途中で魔眼を手にすることで瞳の色が変わった、と書かれているけど何も違和感ありません。
もともと何色だったか覚えてないし、「変化したんだな」という事がわかるだけなので。
また、髪の色も恐怖から一部白くなったりもしますが、なんも違和感はありませんでした。
「ありふれた職業で世界最強」ではガラッと変わりますが、これはキャラクター性が変わったことの表現なので、重要な要素でもあります。
髪の色や雰囲気が変わったことで旧友と再会するたびに「おまえ本当に◯◯か?」と言われ、「変化した」ということをアピールしている。
つまり色をネタにして変化したことを強調しているわけですね。髪の色が変わることでその色をネタにすることが出来るようになるため、重要な要素となっています。

よって、作品それぞれ「色」の扱い方、それをどうネタにしているか、によって答えは違います。
しかしながら、通常、意図しなければ「髪や眼の色」で個性を主張することはそうそうないので、基本的には何も問題ありません。
というか、そもそもWebでは一人称主体で書く事が多いですが、もし一人称で書いているのだとすると、なおのこと問題になりません。
三人称で書いているなら気持ちはわかるのですが、一人称は主人公の視界内の事を書く機会が多いので、つまり主人公の目線から主人公自身の眼の色や髪の色なんて見えないし、それを書く事は一人称のルール的に、鏡を見てない限りは難しいです。
そもそも自分の眼の色や髪の色なんて気にしないだろうから、それが気になる事自体、一人称としてはちょっとおかしい、という事になります。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラの外見が途中から変わることについて

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元記事:オリジナリティとはテンプレの組み合わせのセンスである!オリジナリティとは何か?

小説家になろうからプロ作家になった人と話していて、おもしろい発見がありました。

「オリジナリティとはテンプレの組み合わせのセンスである」という考え方です。

なろうは、とにかくテンプレを理解し、読者の好む物語を提供することが求められる場所です。
ランキング上位を取るためにはオリジナリティは必要ない、テンプレと流行がすべてだ!と言い切るプロの人までいます。

では、このように言い切るプロ作家さんの作品にオリジナリティが無いかと言われると、違います。ちゃんとオリジナリティを感じることができます。

オリジナリティとはいかに100番煎じの物語を作ろうとも作品から滲み出るものであり、突き詰めるとテンプレをいかに組み合わせるかのセンスである、ということです。
オリジナリティが感じられない作品とは、組み合わせるテンプレの数が少ない、あるいは、組み合わせに失敗していると言えます。

例えば、なろうから書籍化された有名な作品として、「君の膵臓をたべたい」(2015.6刊行)という文芸作品があります。
これはキャラ文芸に分類される恋愛小説です。

異世界を舞台にせずに大ヒットした作品ですが、プロの方から、なろう系ラノベの影響を受けた承認欲求充足型の物語だから、読んでみて欲しいと言われて読んでみました。

あらすじは、ヒロインが膵臓の病気で死ぬことが冒頭で示されます。
主人公は、ヒロインが秘密にしていた膵臓の病気のことを知ってしまい、そのことで、ヒロインの遊びに強引に付き合わされるという内容です。

「君の膵臓をたべたい」とは、ヒロインなりの遠回しな愛の告白です。
最初は、このように回りくどい好意の示し方をしていましたが、どんどんヒロインの主人公好き好き大好きアピールが加速し、露骨になっていきます。

友達がおらず他人にも興味がないダメな受け身主人公が、人気者の女子に強引に誘われて遊ぶというのは、涼宮ハルヒ的な学園物ラノベのテンプレート。
最初から、ヒロインが主人公が大好きで、彼を全肯定するのは、なろうヒロインのテンプレートです。

ダメな男が主人公というのは一般文芸の伝統で、森鴎外の舞姫の主人公は、ヒロインを妊娠させておきながら、出世のために彼女を捨てます。
このような一般文芸ダメ主人公テンプレートと、ラノベの受け身主人公テンプレートを組み合わせ、文芸っぽく見せています。

また、難病になったヒロインと恋愛するというのは2000年代に流行したケータイ小説のテンプレートです。

ケータイ小説テンプレ+学園物ラノベテンプレ+一般文芸+なろう系承認=「君の膵臓をたべたい」

以上のことから、テンプレの組み合わせが新しい物語を作るのではないかと、考えていますが、いかがでしょうか?
オリジナリティとは何かについて、ご意見をいただきたく思います。

上記の回答(オリジナリティとはテンプレの組み合わせのセンスである!オリジナリティとは何か?の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

>友達がおらず他人にも興味がないダメな受け身主人公が、人気者の女子に強引に誘われて遊ぶというのは、涼宮ハルヒ的な学園物ラノベのテンプレート。
>最初から、ヒロインが主人公が大好きで、彼を全肯定するのは、なろうヒロインのテンプレートです。
そういう受け取り方をしたら何でもその法則に当てはまってしまうよ。
特徴のない受け身主人公が、目立つ(美人だとか性格に難があるとか)ヒロインに強引に物語へと導かれるのは、要するに「巻き込まれ型」と言われる典型で、おっしゃる通りハルヒの時代からこのテンプレートが非常に多かったのは確かです。
でもこれは、ハルヒ以前は「落ちもの系」だとか「ドラえもんタイプ」とか言われてたもので、別に「ライトノベル特有の構成」というわけではありません。
ちなみに落ちもの系で代表的なタイトルは「天空の城ラピュタ」でしょう。

最初から高感度最大の状態で始まるのは、
通常、「高感度が低い状態」がスタートで「高感度が高い状態」がゴールであり、この変化を書くことが「物語である」と受け取れるのですが、最初から「高感度が高い」だと変化の過程という「物語」が書けないので、別の物語を用意してやる必要があります。
で、それ(どうやって別の話を用意するか)が「アイディア」なわけで「オリジナリティ」なので、通常の物語では「恋愛の変化の過程の物語」になるけど、その典型ラブストーリーの一歩先へ行こうとすればアイディアが必要となり、新しいネタを持って「既に高感度が最大の状態だけど、そこから始まる物語です」と「君の膵臓をたべたい」は実にオリジナリティのあるネタだと思います。

うっぴーさんの考察を否定するような内容ではありますが、「テンプレの組み合わせで新しいものが出来る」という話の主旨は、私も同感です。
これはテンプレに限らず、基本的に物語の雛形は数えるほどしかないので、あとはそこにどのような組み合わせをするかという話になります。
ただ、詰め込みすぎるのは良くないので、単純な足し算ではないでしょう。
そして、
>ケータイ小説テンプレ+学園物ラノベテンプレ
これというのは、それをどうやって組み合わせるのか、という話にもなるので、この式だけを見たら「とにかく流行り物を積み込めばいいんだな」って事になりかねない。
それをどう組み合わせるのか、がオリジナリティなんだし、道具自体はテンプレに限らず何でも従来のものを使ったほうがいい(そのほうが参考資料が多いため)。
問題はその組み合わせ方。
どうやって「従来の」から一歩先へ行くか。
そこで作者のセンスが光るのだと思います。

カテゴリー : 著作権・オリジナリティ スレッド: オリジナリティとはテンプレの組み合わせのセンスである!オリジナリティとは何か?

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元記事:書いている小説の問題点について、意見を下さい。

 今個人で書いている小説があるのですが、個人ではどうしても解決策が見いだせない問題が出たのでご助言ください。

 一つ目は序盤の展開です。牢獄からの脱獄に加え、剣術習得までの約15万字の間、ヒロインが一切出てこない。しかし、物語の構成、性質上この二つの詳細な描写を避けて通ることが出来ない。時系列の入れ替えを行うと、短期間に二度長い回想シーンが入るか、最も書かなければならない描写ができない。というジレンマに陥ります。

 二つ目は中盤以降の内容です。主人公が精神的に追い詰められ、自暴自棄寸前な時期が約35万字ほど(一番どん底な時期はそのうち10万字ほど)続きます。その間の主人公がうざくないかどうか分からないのです。以下にその状況での主人公の言動を時系列順に複数挙げます。(米印で解説を加えます)

「何故だ!? どうして欲しいものだけいつも取りこぼして、無用の長物ばかり増えていく!? 俺は自由を共に求める仲間と、旅することさえ認められないのか!? 愛した人と共に過ごす。そんなささやかな願いさえ、許されないとでも言うのか!? なんだそれは! ふざけるな!」
※遂に危惧していた思い人の介錯までしてしまい、その墓前で超常の力を獲得した瞬間の咆哮。その力さえあれば確実に思い人を介錯せずに済み、また発想次第では悲劇の前に獲得可能だった。挙句これが5度目の介錯。

(救出、奪還ねぇ)
 失笑は嘲笑に変わる。一番救いたかった人を、一番取り戻したかった人を取り戻せなかった自身が、性懲りもなく挑むのだ。周囲からすれば勇気ある行いだが、当人からすれば愚者の振る舞いであった。
※一国の姫の単独奪還に挑む道中。ボーイ・ミーツ・ガールの典型だが、一番そうしたかった相手は己の手で殺めている。

「端的に聞く。俺の精神を魔術で操作できるか?」
ヒロイン1の顔面が蒼白になる。主人公の目は本気で自身の精神操作を要求しているのだ。ヒロイン1は自身が外出している間に、主人公に何があったかは分からない。しかし精神状態が急激に悪化したのは今の主人公の言葉で理解した。
※自身の精神の限界を感じるも、諦めることは出来ない主人公。その妥協案として精神操作に特化したヒロイン1の技量を借りて、自身の感性や性格を操作することを求めた。

「羨ましい、だと? どこがだ! 奪わなければ手に入れられず、それでいて守りたいものだけ取りこぼしたこの力の、一体何が羨ましい!? 羨ましいのは俺の方だ! お前のようになりたかったさ! お前が羨ましくてたまらなかった! でも、俺にはお前にあるものが全くなかったんだ! それでも、それでも諦めきれないからこうして無様を晒してる!」
※折りの悪い才能に恵まれた友人との衝突。主人公がその友人以上の力を持つためには、相応の望まぬ犠牲があった。それでも、主人公は夢を諦めきれない。

主人公の瞳に光はない。言葉も最小限しか発さず、纏う雰囲気は極限まで淀んでいる。その魂の狂気に操られる人形と呼ぶに相応しい有様であった。
※目的地直前の主人公を描写した地の文。直前に最悪の事実が判明し、一度完全に発狂している。構成上この後立ち直るための決定的な事件が訪れる。

例示ここまで

 軸に据えている内容が主人公の精神的成長であり、必要だとは思っていますが、流石に35万字はどうかと思うところがあります。塞ぎ込む、決断できないといったものはあまりありませんが、陰鬱な心理描写や情景描写が続くため不安です。ご意見のほどよろしくおねがいします。
 

上記の回答(書いている小説の問題点について、意見を下さい。の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

うーん……実際モノを見ないと何とも言えないかなと思う。
例えば「自暴自棄寸前な時期が約35万字ほど」とありますが、35万字というとラノベの単行本3冊分くらいでしょう。
長いと言えば長いけど、「そういう陰鬱な印象の話だ」と考えれば、そもそもそれが主旨なのだから問題ない話です。
言ってしまえば、ホラーを書いてるんだけど全編通して暗い雰囲気なんだよね、これって直したほうがいいかな? と言ってるようなもの。
つまりホラーはただの例だけど、そういう物語本編がどういう雰囲気でどんな内容なのかを知らないと、安易に口を挟めないと思う。
35万字も書いてるんだから、その作風がその作品の個性なんじゃないのかな。

回答が前後するけど、
>一つ目は序盤の展開です。
こちらの場合も読まないとわからないと思う。
ヒロインやそれに相当するキャラクターの出番が遅い作品というのは、実のところ少なくないです。
しかし確かにライトノベルに限定すると、少ないです。
というのも、多くのライトノベルは「主人公とヒロインの話」なので、二人が出会うなりしないと物語が始まらないんです。
さっさと話を始めるために二人の出会いが冒頭にある、というだけで、別段、早めに出会いを書かなければならないという事はありません。
冒頭は、話さえ始められれば別に問題ないです。なので、単行本にして二冊分くらいヒロインが出てこないというのもあります。
これというのは、「どこからが物語の始まりなのか」をよく考えなければなりません。
「主人公とヒロインの話」であるなら、どうあっても冒頭で二人が出会ってなければいけない。
なぜなら、作者がどのような構想を持っていようと「主人公とヒロインの話」である以上は「二人が出会ってから」が物語の始まりになるためです。
ここで10万字以上もかけているのだとすると、それは物語が始まる以前の話すなわちプロローグで10万字も書いている、という事です。
もしそういう現状なのだとしたら、物語の構成や性質上難しいのではなく、その構成が間違っている、という事になります。
もちろん、「主人公主体の話、ヒロインはサブキャラクターと同等の存在」という場合は、主人公さえいれば話は始められるので、冒頭におけるヒロインの存在はただ華があるだけの賑やかしなので、いなくても問題はありません。
ちょうど文庫版の「転生したらスライムだった件」を読んでたところなんだけど、これはヒロインらしいヒロインがいないってのもあるけど、レギュラーキャラで登場し続ける女性キャラは二巻にならないと出てきません。
「主人公主体の話」であって、それ以外のサブキャラはあまり話に関係しないため、ぶっちゃけ話の駒として動けばなんでもいいし、物語にはなるためですね。

実際読まないと軽々しく言えないのだけど、あくまでお悩みの内容を読んだ印象では、一言で「書きすぎてるのでは」というのが思いつきます。
例えば、「軸に据えている内容が主人公の精神的成長であり」とありますが、では、「どうしたら主人公が精神的に成長したと言えるのか?」という定義に明確な答えを持っているでしょうか。
これが曖昧だと、そのためのシチュエーションをアレコレ思いつく限りに書いてしまって、シチュの数だけ話が膨らみます。
例えば仮に「マイナス思考の主人公が前向きになる」と考え、その定義として「トラウマを乗り越える」など用意しておくと、極論、「主人公がトラウマを乗り越える」というワンシーンさえ書けりゃ成長が書けます。
正しくは「トラウマで失敗するシーン」と「トラウマを乗り越えるシーン」の2つが必要ですが。
漠然と「マイナス思考の主人公が」と考えていると、「マイナス思考」で思いつくシチュを書いていくことになり、「トラウマ」と範囲を限定するより「マイナス思考」は範囲が広いので、それを表現するために複数のシーンを書かいたりして一気に文章が膨らみます。
人間の「心」は当然ながら目に見えないので、これを表現するためには工夫が必要です。
とにかく展開にまかせてセリフや地の文の独白などで心を書いていけば、前述した通り文字量は膨れ上がります。
ぶっちゃけ冒頭も同じで、物語のスタート地点を正しく見極めて話の主旨・シーンの主旨を把握していれば、不要なシーンはダイジェストにまとめてしまうとかどうとでも短くできます。
話が進展しなければ長い訓練の様子なんて書いても仕方ないので「この数ヶ月で剣術を習得した」と数行で済ませてしまうかすればいい話です。
「無職転生」では主人公が転生したタイミングから物語が始まり、赤ちゃんの状態からのスタートですが、ほんの数シーンで数年が経過するし数行で魔法を習得していきます。
キャラ紹介したあとはヒロインを出さないと話が進まないので、さっさと成長させてヒロインが登場できる条件をダイジェストでまとめて、すぐに話を進めてる形ですね。
この場面を「ちゃんと成長として書こうとしたら」と考えれば、ヒロインが出てくるまで魔法の訓練や身体の成長などでそれこそ10万字はかかる感じだったでしょう。
あくまで質問内容から感じた印象でしかありませんが、これを地で行って「ちゃんと書いてしまった」ために書きすぎて文章が膨れてるんじゃないかなと。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 書いている小説の問題点について、意見を下さい。

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元記事:自作小説の冒頭シーンについての相談

 お久しぶりです、半額オソーザイと申します。前回相談を投稿したのが3ヶ月前に1回きりだったので、音沙汰もなかったので影は薄いと思います。

 あれから少しずつですが勉強を始めて、小説の書き方も思い出してきたところです(ただ、トレンド研究がまだなので、流行には乗れていないと思いますが……)。まずは”小説家になろう”に投稿して、少しでも手応えのある成果を得ようと思い、そちらに投稿することを前提とした異世界転生モノの作品の執筆を現在行っています。

 ただ、小説作品における「冒頭シーン、序盤、第1話でどれだけ読者の気を惹けるか」がイマイチ掴めず、自分ではあまり面白いと感じられるものが書けていないと感じてしまいます。タイトルと同じぐらい冒頭は大切だと聞いたので、読者視点で続きが読みたいと思えるものに仕上げていきたいと感じていますが、どうにも読者視点が自分だけでは分からないので、こちらに相談させていただくことにしました。

【主に意見を頂きたいところ】
・読んでみたいと思えるタイトルかどうか。
・冒頭を読んで、続きが読みたいと思えるものか。
・そもそも異世界転生モノとしてどうなのか。陳腐? ありきたり?

 何度も書き直すことは承知のうえで、まずはトライ&エラーと思ってチャレンジしている次第ですので、どんな意見でも構いません(面白くなかった、つまらなかった。の一言でも大丈夫です。どんな意見でも改善の手がかりにはなるので……)。
 皆様の忌憚のないご意見、お待ちしております。

↓小説冒頭のURLです↓
https://ncode.syosetu.com/n0838hb/

上記の回答(自作小説の冒頭シーンについての相談の返信)

投稿者 あざらし : 2

個人的な感想を。
良くはないが悪くもない、という感じです。
言葉にすると『引っかかるところがない』
もうちょっと噛み砕くと『答えが用意されている。しかもその応えに意外性がない』

ところが、これ、全編を通して同じ印象かというとそうでもない。
【2】になるとグッとよくなる。
ですが『描かないといけないことが描けてなく、描かないで良いことを描いている』感じがついて回ります。
バランス感覚が良くない。
これが最もよく現れているのが末尾、

>ごく普通の、ほんの少しの幸せを感じられる、今の生活で十分なのだ。
>何も特別である必要はない。 ただ、こんな日常が一日でも長く続けばいい。

心情吐露の部分ですが(読者に)そう考えていると感じさせるべき部分だと思います。描くのではなく感じさせる。
なぜならば、主人公にとって、この部分が第一話の最も重要な部分だから(ですよね?)少なくとも物語り開始段階の主人公の行動原理です。
これ以降、主人公の考えが変わろうと貫き通そうと極めて重要なことです。     
直接書いたことは下手すりゃ単なる文字です。
ところが読者が”そう感じた”ことは、物語からくみ取った読者の感情が入ったことです。強烈に心に刻まれます。
重要度でいうと物語を通して大事な設定がリンネが転生者であるということ。
物語の土台、舞台装置が転生者の万能性です。
こういった物語での重要度がチグハグです。

極端な言い方ですが【1】の出来事は後回しでかまわない。
いや、正確には入れるべきだけど、求心力に乏しい。
その理由が『答えが用意されている。しかもその応えに意外性がない』です。
”なぞ”が無く、想像の範疇を超えない。

例えば、全体像はそのまま、

>「たとえば魔法を極めようと必死に頑張っても ~略~

この説明セリフを無くすか、もっと感情の入ったセリフにする。

もうひとつあるのは助けてもらった相手(ユウマ)に、違う反応をさせる。
どんな反応が相応しいかはシャルの性格によりますが、現状引っかかりがなさ過ぎ。
助けてもらって『ありがとう』ってのは、そりゃ正しい反応ですが、それだけじゃないでしょう?
当たり前すぎますし、ご自分で書いてます。

>転生者として活躍できるようにしなきゃと躍起になっていたが

過去に”躍起”になってたんですよね?
現在、転生者としての活躍を諦めていたとしても、過去に躍起になるほど渇望した転生者である(ユウマ)に、そのチート能力で助けられたのです。
人生を達観したジジイでも、もうちょっと思うところがありそうなものです。

総括すると『キャラクターが人物になっていない』
役割を演じているだけで血肉が通っていないのが、非常に惜しい。
普通とらない反応は当たり前から脱却し。違う反応は”謎”になり、謎は引っかかりになり、それが物語を読ませる推進力のひとつになります。

現状【2】から物語がスタートしても、若干の手直しで(スロースタートタイプの物語として)成立しますよね。
ラノベとしては順番は現状の方が明らかに良いと思いますが、それぐらい【1】が凡庸でチグハグで勿体ない。
原因はおそらく簡単で、【2】の方が筆がノッた状態だろうと思います。

これは簡単に言えば『読者が最後まで読んでくれるとは思わない方がいい』という事です。
率直にいいますが、半額オソーザイさんがちゃんとレスポンス返す方だとわかり、お力になるために読みました。
が、単に読者として読んだ場合、初めの説明台詞が出た時点で放棄してます。
これは非常に勿体ない。

読者にとってシャル君は初対面な訳です。
おまけに(物語開始時点とは無関係に)本来、時系列として”それ以前”の時が存在するはずです。
初対面の人間に、延々と『チート能力についての所感』という電波なことを言われたって腑に落ちない。
だったらいきなり竜に襲われる方が納得いきます。

現状、高評価とは言いがたい感想になりましたがブラッシュアップで充分に魅力的に化けると思います。
最後になりましたが、ご質問の【主に意見を頂きたいところ】を。
素人作品基準でちょい厳しめです。

>・読んでみたいと思えるタイトルかどうか。
3点
>・冒頭を読んで、続きが読みたいと思えるものか。
3点
>・そもそも異世界転生モノとしてどうなのか。陳腐? ありきたり?
序盤は3点。
【2】の展開以降は8点

ではでは執筆頑張ってください。
応援いたします。

カテゴリー : 小説の批評依頼 スレッド: 自作小説の冒頭シーンについての相談

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投稿日時:

元記事:ループ系について

今、ループ系の物語を考えていて。主人公視点で話は進むんですけど、実はヒロイン視点から見ると数百回目だったりするって感じのループもの。

主人公に待ち受ける死の分岐を変える為に、ヒロインやその仲間が彼を死なせない為に色々活動していくんですが。

その場合、ループ系を匂わせるような台詞や描写ってどんなのがあるでしょうか。是非参考に教えて貰いたいです。

上記の回答(ループ系についての返信)

投稿者 サタン : 0

いやいや。そりゃ物語次第です。
主人公以外の人がループしてるって作品で有名なのは「ひぐらしのなく頃に」かなと思いますが、ここではループしてる人物は主観時間でえらい長く生きてるので、子供のフリをしながらある時ふと大人びた言葉を吐きます。いたぶられて殺されるのは嫌だからと自分で包丁を首に刺したり、子供の行動としてはぶっ飛んだ行動をしたりもします。
でも、そうした行動が御作の参考になるかっていうと違うでしょうし、「ループしてる人物は主観時間ですごい年を取ってる」って発想も、これはそういう物語の中でだから生きてくるアイディアと表現なので、無理に「主観時間」を取り入れちゃうと逆に足かせになると思う。

ループ、つまり前に同じ経験をしてるって事だから、「妙に勘がいい人」とか「別の場所で起こってる事を言い当てる」とか、主観時間を取り入れるなら「唐突に大人びた顔をする人」とか、ループを続けることで起こりうる事をよくイメージして、そこから自分の作品にマッチする手段を取ったら良いのではないかなと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: ループ系について

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投稿日時:

元記事:連載として物語を続ける場合の、話の展開のやり方について

よろしくお願いします。

皆さんは長期に連載する場合(刊行なら一巻から続いて、二巻三巻と出していく)、どう物語を展開していきますか? 皆様のやり方を教えてください。

自分は分かりません。例えば仮に一巻分は書けたとしても、続刊となると、どう展開していけばいいか思いつきません。

メリハリを、とか、緩急着けて、とか、構成力が~とか、今一ピンと来ません。他にに何かないでしょうか?

今のところ、自分なりの「こうすればいいのだろうか」と思うものが断片的にあります。

1:とある編集の方が、キャラが立っていればストーリーは後からついてくると仰っていました。ので、まず第一にキャラの設定を事細かに、重点的に考える。

2:幾人かのキャラを適当に考えたら、この人達が出会ったら何が起こるのか? この人達の持つそれぞれの設定が打つかったら何が起こるのか? と、邂逅することで何かが生まれる、というところから物語を作り、または膨らませる。

3:そのキャラ、特に主人公に対して「君は色々あるだろうけれど、色々出会って、成長して、最後はこうなってほしい」と此方の願いを込めて、色々体験させていくことが、続刊の物語になっていく?(ここは挙げた中でも、自分でも首を傾げるところです)

以上になります。

三幕構成は、説明、対立・衝突、解決と決まった形があるけれども、しかしそれが同じ物語を量産するとは限らないと書いてありました。でも、自分が書いたらどうにも二巻三巻も同じ物語になるだろうなぁと不安になります。(状況説明、問題起こす敵が現れた、対立・衝突。主人公が敵を倒す。問題解決。その繰り返し)

あとは、二巻、三巻と続けられてもオムニバスになるんじゃないかとも不安です。それぞれの巻で完結する物語ですね。

どうか、皆様の「連載のやり方」を教えて頂けたら幸いです。

上記の回答(連載として物語を続ける場合の、話の展開のやり方についての返信)

投稿者 神原 : 0

新たな問題を出せばいいんではないですか? 

問題を解決に導く為に障害が現れる。もちろん問題も簡単に出来る事ではない。そして、その問題は1で解決した出来事があったからこそ起こる事。など。

問題を解決しそうな時に危機が訪れたり、仲間の間でもめたり、敵が仲間になったり、考えれば色々仕込めそうです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 連載として物語を続ける場合の、話の展開のやり方について

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投稿日時:

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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