小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

雨オカマさんの返信一覧。最新の投稿順5ページ目

元記事:天皇について作中で触れることの可否の返信の返信

 ああっと、俺の想定している世界について言うとまず大前提として『概ね現実世界と一緒だけど、伝承・神話に登場する神的存在が実在している』けど、同時に彼らは『歴史の表舞台には顔を出さず、隠棲している』という設定です。

 隠棲している理由については、まあ色々ありますが、そういう訳で少なくとも教科書に載っている程度の歴史は概ね事実です。
 その上で、『魔術的にも天皇は神ではない』と主人公が言い切った後、『人権問題について言うなら、(魔術再度ではない表の世界においても)象徴天皇制も本当は良くないと思うんだけどね』と口にしても良いだろうかという話。かな。

 ちなみに三大神勅辺りは多分失効してますね。6~7世紀辺りに仏教がやって来て死後の世界について揉めたり、戦国時代に十字教と揉めたりしてますが、俺の想定としては『一次世界大戦でビビった神々が、以降余程の事態(と人物)以外には手を貸さないことに決めた』っていう感じです。
 まああと、良くあるタイプの『科学技術の発展に伴って、神々は人間に干渉しなくなった』って言うのもある程度起こったので、現在の神々は『有事の際(十万人単位で死ぬ場合)以外は見守るだけ』の存在になっている感じかな。まあ、神無月の縁結びを始めとして『あまり被害が出ない程度』に人間で遊ぶけど。

 そういう訳で、限りなく『現実世界の問題』に近いんですよね。今回の場合。
 ご意見参考になりました。ありがとうございました。

上記の回答(天皇について作中で触れることの可否の返信の返信の返信)

投稿者 雨オカマ : 0 投稿日時:

 一応元の質問に個人的感想を求めるっぽい記述もあったので(どの程度許容できるかという)、こっちの質問だけだとあれなので蛇足ながら。気になるツッコミどころがなければ礼儀としての返信は結構です。

 政治にまつわる意見は「無理やり言った感じ」があると嫌なのですが、設定と場面から見てそういうことはないし、「キャラの言動」とか「整合性」とか「そのストーリーのテーマとの関り」は作者様が最善を尽くしてくれると思うので、個人的な感想として、純粋に内容だけ見れば「全然OK」です。

 話題も複雑だし、天皇制の議論についてはあなたのほうがお詳しいので、単なる感想以上のことを述べるのはちょっと気が引けますが、私的には制度の批判は天皇陛下個人の批判と一緒ではないし、理屈としては現状の天皇制以外で「天皇への崇敬」を存続させることもできるのではと思っているし、「今それをどのようにするのがいい・わるい」の議論はあるでしょうが、原理的に「天皇の崇敬」と矛盾するわけではないので、この意見単体で宗教批判や神道への敵視にもならないと思っています。
 当然「過激派」「切り取り」とそれによる「最悪の結果」などを考えれば「天皇もイスラムも人種も自民党も共産党も書くべきではない」と言うしかないでしょうけれど・・・。

 多分大丈夫だと思うけど、政治とかを扱って「ただの付言でこの荒れよう・・・、この国には表現の自由がないのか・・・」的な対応からの、「場外乱闘・とげとげしい議論・有象無象のURL乱舞」からの「きっと炎上商法なんだよ・でも関心は持たせたから」とかいう流れはあんまり見たくないかなと思います。
 やっぱり小説ってフィクションで一方的伝達になるので、事実や議論を要求する事柄に触れると、それだけでちょっと、楽しむにも議論するにもノイズになるっていうか・・・とくにエンタメだと。作品として「独特の観点(曖昧ですが)」をもたらしてくれるなら楽しいし、「その作品を通して社会や政治について関心を持てた」とはなるんですが、半端にやると作品と関わらない場外乱闘で政治を知っても作品についてはなんとも思わないし、しかも議論のノイズも多くなりそうなので嫌ではあります。ほかの方も言ってることだと思いますが・・・。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 天皇について作中で触れることの可否

この書き込みに返信する >>

元記事:次に何が流行ると思いますか?

単なるネタ質問です。スイマセン(;´∀`)気軽に考えていただけると幸いです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
最近【もう遅い】というものがジャンルとして確立したと言われています。

 追放モノよりずっと追放した側に悪意を乗せ、かつ「悪は滅ぶべし」みたいな思想が乗っている。
 あとコロナ禍の影響で、派遣切りや解雇された人々の悲しみやショック感を解消するための寓意とも取れる気がします。

 現代ものなんかだと【タイムリープ】が猛威を振るっている気がします。
推理要素もあり、サスペンス要素もあり、キャラの魅力掘り下げに便利なジャンルだとしみじみ思います。

・・・で、次はやるとしたら何が流行ると思いますか?異世界はもちろん、現代ものだとか、ジャンルその物ごと「変わる」かも展開もありです。

なんか単純に「こういうの読みたいなー」とか「これ流行んないかなー」とかでもOK。
 あと、【もう遅い】系って根底は○○じゃない?みたいな別の考察もあれば聞いてみたいです。

良ければお聞かせくださいm(__)m

上記の回答(次に何が流行ると思いますか?の返信)

投稿者 雨オカマ : 0 投稿日時:

「二項対立を煽る存在が悪役として登場する」「善と悪と見せかけて悪と悪の戦いだと知る」「物語のなかの争いはある宗教による人類統合のための長期的計画の一環だった」みたいな陰謀論的なことが強調される展開

悪魔崇拝の情報(というかアメリカ人の迷信というか)が流れてきたのと、それに加えて呪術廻戦系の作風が継続するなら、「ハイテクノロジーとオカルトの融合」みたいな設定が出てくるグロ多めの物語、「シンボリズム」を題材にした推理もの、「宗教的洗脳組織を持つ国家を超えた上流階級」とかの悪役

・・・マニアにとっては通俗化してるし、一般人は関心がないし、まじめに取り組むと難しいので意外と取り扱われないっていう

「多様性のある社会で一部に刺さる作品を作るのは簡単」という価値観から一般読者まで「どれだけ浅く受ける工夫をしているか」「どれだけ受け手を受動的にできているか」を称賛の基準にし始め、技術論が盛り上がりを迎える。

考察系ユーチューバーなどによる設定考証や考察、伏線、リアリティという「深読み」的価値基準の通俗化。それに伴いマニアたちは「キン肉マン的なもの」へと回帰しようとしはじめる。

・・・作品の流行じゃなくなってしまってるね

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 次に何が流行ると思いますか?

この書き込みに返信する >>

元記事:異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

売れる/売れない等は別として、異世界(=この世界と地続きでない世界)の文化や言語(あるいは異世界を構成する任意の「この世界と異なる要素」)を考えることは(SFとしてまたは純文学として)「正しい」のでしょうか。

というのも人が異世界へ行ったとき、その人が異世界に辿り着き生存し知的生命体と遭遇する確率はともかくとしても、たどり着いた世界の住民が肺で酸素を取り入れ呼吸するものである確率や, 住民の口腔等の形が地球人のものと似ていて人間の可聴域内かつ発声可能な音を出す確率, 会話の内容が人間の持つ処理能力で理解できる確率などを考えるとあまりにもご都合主義であり、今更言語や文化といった余りに微々たる違いを考えたところでそれらを埋め合わせることはできないように思えます。そこまで「運命力的な力」が働いているなら、なぜ完全に地球と同じ世界まで持っていくことはできなかったのかと思うのです。

これについて二つほど反論を知っています。一つは「異世界側の人物が呪文で主人公を呼び寄せていたり、あるいは異世界に関わる何らかの意思持つ存在が主人公を移動させる話の場合、人間に近い存在がしたことであるので異世界に人間が居るのは納得できることである」というもの。
もう一つは「それが転移モノ(=主人公が異世界の人物に生まれ変わる話)である場合、魂の器は人間しか有り得ないから、異世界へ行く場合は人間の住む世界だけを選んで転移できる」というもの。
どちらも納得できる論だとは思うのですが、何故かなんとなく違和感を覚えます。うまく言葉に出来ないのですが、どこかに作者の匙加減な部分が見える気がするのです。

また自分でも一つ反論を考えてみました。それは「あらゆるフィクションに於いて超自然的な出来事を語る際には読者の理解しやすいものに加工する必要があり、異世界のありようはその影響を受けている」または、「少なくとも自分の考える異世界では常人には理解できない出来事が繰り広げられており、それらを他者に語った時点で人間の理解できる形に喩えられる性質がある」というものです。しかしながらこの論はともすると「読者に理解できなさそうな出来事は考えなくて良い」という考えにも繋がる筈で、そのようにして作者や読者の都合のために「嘘っぽくなさ」を追求するのをやめるのは甘えではないかと思っています。

ファンタジー世界の架空言語を考えていらっしゃる方々がたまにいらっしゃいます(トールキン, セレン, Fafs F. Sashimi, 中野智宏, etc...、敬称略)。その人たちは架空言語を何からの形で存在させたいから書いているのでしょうが、自分としては設定面と同様、物語としての「嘘っぽくなさ」も大事にしたいと考えています。

ファンタジー(あるいはフィクション全般)に言えることなのかも知れませんが、ともかく自分はこうした疑問を抱き、創作が止まってしまいます。些細な問題かと思いますが、回答お願いします。

上記の回答(異世界の文化や言語を考えるのは不毛かの返信)

投稿者 雨オカマ : 0 投稿日時:

ストーリーという点から見れば、「主人公の目的が達成される」ということが軸になることが多いでしょう。例えばコテコテのスーパーロボットモノの「操縦型の超でかいマシーン」と「超でかい敵」っていうのは見かけから「軍隊じゃ勝てない感じ」に説得力を持たせて、「主人公がやらねば誰がやる」って状況を分かりやすく作ってると思います。つまり割と簡単に「選ばれし者」に主人公がなるという展開。
そうなってやっと主人公の行為が世界にとって重要になり、その意思と価値観に意味が生じる。シンプルにいけば、世界を守る戦いを描くなら世界中の誰もかなわない存在とそれを倒せる設定だけでいい。
でも、お話が複雑化した現代、ライバルとの死闘、社会との関りや思春期の葛藤、リアルな戦争などの内容を含まなくてはいけなくなってきた。国家・組織との関りを描きたいのに超強すぎるロボットだと不都合ということがあって設定も複雑化せざるを得ない。ただただ無敵の力を扱うのではなく、味方や社会に依存したり、そのことによる葛藤を描きたいと思う人、それを見たい人が増えた。
でもそもそも異世界も超能力も超科学ロボットも「詳しい理由は説明しません」の言い換えみたいなものです。詳しい説明を入れなくてもいい舞台を整えて、そこに「好き勝手に匙加減していく」ための装置です。むしろ現実の面倒ごとを除去していると言ってもいい。

なので「異世界という超非現実な道具は使って、そこの自然環境はご都合で、そこに呼び出されるのもご都合なのに、そこでの生活は緻密に描くって・・・それでリアリティ感じさせれんの~?」っていうのは、一理ある疑問ですが「それが異世界という舞台立てです」としか言いようがないです。
それが嫌ならば自分自身納得のいく異世界と現実に近い移転前の世界の在り方を設定しなおすしかないではないでしょう。そして、それを描かなくてはならないのはあなたがそういう要素が作品に必要と思ったからであって、異世界自体に「原子力発電所」とか「相対性理論」みたいなもののように、特定のリアリティを要求する要素はなく(とまでは言えなくともかなり薄く)、ストーリーとの兼ね合いで色々加わるだけで、要は「そういう世界だから」を実現させる道具の一つだと思います。
多分異世界物のテンプレ的な設定から、遠い星と類比的に考えるのが妥当と判断なさったのでしょうが、別に異世界がそういった設定を持っていなくてはならない理由はなく、「なぜ異世界の環境が都合よく人間にあっているのか」というのが問題になっているのは、あなたがそういう設定にしてしまってるからで、それにはストーリーやイメージから要求される何かがあったのではないでしょうか。
なにか違和感があるとすれば異世界やそこへの召喚ということが物語の雰囲気みたいなものを欠損するからでしょうが、それはもしかしたら異世界のことを現実的な科学とか歴史学から考えすぎてストーリーの雰囲気がリアリズム的になっているのに、描こうとするイメージが少年誌みたいな内容になっていて、そのテンプレと設定が不釣り合いを起こしてるのかもしれない。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

この書き込みに返信する >>

現在までに合計23件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全5ページ中の5ページ目。

ランダムにスレッドを表示

小説のプロローグについてアドバイスをお願いします

投稿者 回答数 : 5

投稿日時:

これから執筆しようとしている小説のプロローグについて友達にアドバイスを求めたところ、冒頭に設定を詰め込まない方が良いと言われました。... 続きを読む >>

好きな物だけ伸びないのはなぜ?

投稿者 飴井凜 回答数 : 2

投稿日時:

どうも、飴井凛と申します。 私の書いた小説の中で、どうしても売れて欲しい、感想が欲しいと思っている小説にいいねや感想が来ません。ど... 続きを読む >>

ランダムに回答を表示

元記事:会話文の作法について

1:(元の文章)
「凄いなぁ、(キャラ名)は。実はね、悪いとは思ったんだけど実験させてもらったんだ」

2:(指摘者が改めた文章)
「実はね。俺の〇〇には特別な力があるみたいなんだ。女性を幸せにするためのね。申し訳ないと思ったけど、(キャラ名)で試させてもらって、それが本当だと分かったんだ。」

 自分の小説ではないので礼に失する質問かもしれませんが、上記の会話文(1)を「小説的にご法度っぽい書き方」と評している人がおりました。
 また、その方は(1)(元の文章)を改めた作例として(2)(指摘者が改めた文章)を上げていました。

 私には、元の会話文の何処が作法に反する〝ご法度〟なのか全く理解できません。
 それどころか、改めた会話文の方が括弧の前に句点を置くなど作法に反する気がします。

 内容をよく読んでも、物語として、矛盾がある訳でも不自然な点がある訳でもありません。
 ですから、自分の知らない〝小説のご法度〟があるのかと頭を悩ますばかりです。

 浅学の身を恥じるばかりですが、皆様の教えをいただきたく存じます。

 前後の文を読まないと理解が出来ないと仰られるかもしれませんが、分かる範囲で教えていただければ幸いです。
 特に会話文の作法などご教授いただければと思います。

上記の回答(会話文の作法についての返信)

投稿者 手塚満 : 1

結論から先に申し上げますと、台詞の適否を決めるのは前後の文脈です。台詞だけ取り出しても分からない。短すぎて分からないのではなく、短いから分からないわけです。

既存の良回答にもありますが、これだけで何か判断するのは難しく、興味深いご質問とは思ったものの、回答を逡巡しておりました。スレ主さんの補足などもあり、少し分かる気もしましたので、多少の説明を試みてみたいと思います。

1.添削後の2について
> 2:(指摘者が改めた文章)
> 「実はね。俺の〇〇には特別な力があるみたいなんだ。女性を幸せにするためのね。申し訳ないと思ったけど、(キャラ名)で試させてもらって、それが本当だと分かったんだ。」

順序が逆となりますが、こちらが小説の情報・設定を説明できているとしまして。この台詞主を話し手A、聞いているはずの(キャラ名)を聞き手Bとします。

この台詞から窺えるのは、

a. 話し手Aに女性を幸せにする異能がある
b. 聞き手BにAの異能が確かに作用した
c. 聞き手Bは何らかの説明を必要としている

ということですね。しかし、こういうのは説明台詞と呼ばれかねないものになります。この台詞だけで設定説明が成立してしまっているからです。

例えばAの異能が対象女性に多幸感をもたらすものだったとします。普通、主に地の文でAの異能発動とBの状態変化(態度、言動等)を描写するはずです。仮に台詞が必要とすれば、Bが不審に思っているのでAが説明する必要があった、などでしょうか。

ただ、地の文で長々説明するのを避けるため、状況が飲み込めていない人を登場させることはよくあります。あるシーンでどうしても設定説明が必要なんだけど、地の文に入れてみたらどうも説明のための説明に堕してしまう。そこであるキャラの不安、好奇心として自然に出そうな質問台詞を発して、状況をよく知るキャラが説明してあげる。

しかし多用は出来ない手です。繰り返し使ってしまうと不自然さが鼻につくようになってしまいますから。ですから、上記のような説明台詞を言いたくなったら、その台詞の前後を見直すべきなのです。

2.原文1について
> 1:(元の文章)
> 「凄いなぁ、(キャラ名)は。実はね、悪いとは思ったんだけど実験させてもらったんだ」

「2:(指摘者が改めた文章)」の内容が正しいとすると、この1はちょっと疑問が生じます。話し手Aは聞き手Bを凄いとしており、この台詞からは異能の持ち主が聞き手Bであると受け取れます(AはBの異能が本物か、試してみた)。

この台詞1が2と同じ状況だとすると、話し手Aが言ったのは、聞き手BがAの異能に反応できる点が凄い、といった受け取り方になります。そういう会話も普通にあるでしょう。例えば、異能が「素直な人なら喜ぶ」作用だったとすると、褒めてもおかしくはない。

ですので、この台詞1つだけ取り出されても、必ずしも2の添削後の台詞と齟齬があるかどうかは不明です。この前後をみないと、台詞の情報が適切かどうかは判断できません。2のように添削した人がいるということは、2に含まれる情報がこの台詞前後で不足していたからかもしれません。

ただ、この1の台詞は短めですよね。だから読みやすい。2の文章量は78字(最後の句点は除く、台詞時間12秒くらいか)、1だと39字(句点での間がないことを考慮して、5秒以内か)。

2のような台詞が発せられるということは、聞き手Bは自分自身の何らかの状況変化、ないしは異変めいたものを感じているはずです。10秒以上もAの意味不明な説明(異能の内容がまだBには明らかでないはず)を聞いているかどうか、疑問です。

Bが己が異変がAが原因だと思い、BからAに説明を求めたのでない限り、Aの「実はね。俺の〇〇には特別な力があるみたいなんだ」でBがAの話を遮りそうです(「そんなことより、私に~」みたいな)。それでも短めですから添削後の2よりは読むのが楽なはずです。

3.会話文の作法?
しかし、この1の台詞ですら、話し手Aの「凄いなぁ、(キャラ名)は」まで言ったところで、聞き手Bが「何が? それよか私ね」と言って遮りそうです。そこでBも「実はね」と遮り、説明を続けることになりそうです。ですが、Bを焦らせる意図がないなら、「実験させてもらったんだ」を「俺の異能のせいなんだ」くらいにしてもいいでしょう。

「凄いなぁ、(キャラ名)は」
「え、何が? いや私、今」
「うん知ってる、悪いとは思ったんだけど俺の異能のせいなんだ」

こんな感じでしょうか。でもこれはダメな例です。元の1自体、問題があるのです。それは台詞で状況を説明してしまっている、ということです。ですので2はその点では、もっと問題がある。地の文ならいいという問題ではありません。

キャラを見せる小説では、キャラを動かして状況を見せるべきなんです。描写ですね。例えば、AがBに話しかける前に、AがBを見つめて念じる→浮かない顔だったBが急に嬉しそうになる→すぐに不思議そうな顔をする、という描写をしておく。するとAからBへの(最初の)台詞は「それ、俺の異能。ごめんね」くらいで済みます。

1にも2にも「実はね」があります。この言葉を書いたら、その続きは説明になります。「実はね」は要注意です。描写が足りていないから、そう書きたくなったのではないかと疑う必要があります。

もっとも、大事な場面では描写で語るということであって、端折りたいときは別です。1ないし2の台詞のシーンで、異能の開示・説明自体が重要でないなら、2のような台詞で済ますほうがいいこともあります。少し大事だとすると、前後の文脈にも説明・描写を分散して1の台詞ということもあります。

ですので、最初に申し上げたように文脈で考えるしかありません。会話文だけ取り出したら、適不適は判断できません。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 会話文の作法について

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:最強厨になってしまう

私は元々地に足の着いた強さの主人公達が途方もない強さのモンスターに四苦八苦しながら戦う、というコンセプトで作品を作っていました。

しかし最近のなろう系の最強主人公達やスケールのインフレしたSF作品を見ているうちに「こんな奴に負けたくない」「強さに説得力を持たせないと」とどんどん話のスケールや主人公の強さが膨らんでいってしまい、話が破綻してしまっています。

しかし「鬼滅の刃」や「モンスターハンター」を指して「○○太郎様なら鬼や古龍なんて瞬殺ww」などと言えば「キモイ」の一言で追い返されてしまうでしょう。ゴブリンスレイヤーなんて弱い所に魅力があります。実際ちゃんとした作品は他作品との比較などされず作品内でちゃんと敵の脅威や世界観の大きさを表現できています。
実際クロスオーバーされた場合でも、例えばスーパーロボット大戦で原作では街一つの中でウダウダやっているビッグオーが惑星間規模の戦いをするクアンタよりもダメージを稼いでも誰も文句は言いません。

そういう風に考えたいのですが、どうしても「この敵も主人公も○○の主人公や敵なら楽に倒せるだろうなあ」という考えが頭によぎり、どうしても主人公や世界観を、自分の想像力の及ばないところまで広げてしまいます。

こういう風に、他作品と自分の作品のスペックを比べてしまう癖がついたらどうすればいいでしょうか?同じような症状をお持ちの方、昔は持っていた方は少なくない筈です。そういった方はどうやって克服したのでしょうか?

上記の回答(最強厨になってしまうの返信)

投稿者 mika : 0

あの・・・すみませんが、
物語の作り方に関する考え方を変えて、
「主人公チームvs敵チームで、お互いを戦わせる方向性」にこだわるのではなく、
「主人公チームvs敵チームで、お互いに【特定のアイテム(どんな物にするのかは自由に決めてOK)】を奪い合う方向性」にしてみるのはどうでしょうか?

これなら、例え主人公が最強であり敵に負けなかったとしても、
アイテムが敵に奪われてしまったのであれば、
その時点で主人公の負けは確定となり、
「敵に勝って、勝負に負けた」という状況を作る事が可能です。

で、先程挙げたその作品を作りたい場合は、
例として挙げるなら、
「世界忍者戦ジライヤ」、
「轟轟戦隊ボウケンジャー」、
「仮面ライダーオーズ」、
「ドラゴンボール(少年期時代)」、
「犬夜叉」、
「仮面ライダーX(3クール目であるキングダーク編)」、
「仮面ライダーゴースト」
などがありますので、
参考にしてみればいかがでしょうか?

その作品達は、
「ジライヤ」の場合は、「パコの秘宝の行方がわかる粘土板」を奪い合っています。
「ボウケンジャー」の場合は、「プレシャス」という宝を奪い合っています。
「仮面ライダーオーズ」の場合は、「オーメダル」というメダルを奪い合っています。
「ドラゴンボール(少年期時代)」の場合は、「七つのドラゴンボール」を奪い合っています。
「犬夜叉」の場合は、「四魂の欠片」を奪い合っています。
「仮面ライダーX」の場合は、「RS装置の設計図の切れ端」を奪い合っています。
「仮面ライダーゴースト」の場合は、「15個の眼魂」を奪い合っています。
先程挙げたその作品達は、特定のアイテムをお互いに奪い合っている系の作品達です。
お好きな作品をどうぞ。

ちなみに僕が、参考資料としてオススメするなら、
「ジライヤ」と「ボウケンジャー」と「仮面ライダーオーズ」をオススメします。

あなたが参考資料にするしないを考えないのであれば、
個人的に作品としてオススメしたいのは、
「ジライヤ」と「仮面ライダーオーズ」と「仮面ライダーゴースト」と
「仮面ライダー555」と「新竹取物語1000年女王」
という作品です。

と、いうわけで、
少しでも力になれたのであれば幸いです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 最強厨になってしまう

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:教えてホラー(心霊現象系)が苦手な心理

唐突ではありますが、皆様はホラーが苦手OR好きな方はいらっしゃるでしょうか?よろしければ、その心理、および持論みたいな部分を教えてください。

私はホラーは好きですが・・・・心霊現象系のみ好きなタイプ。

ゾンビ、殺人鬼が全力疾走、ストーカーもの、血とかブシャーするもの、びっくり要素が強い物、デスゲーム物はほんとに駄目で、正直「世にも奇妙な物語」や「彼岸島」すら怖くて見られないレベルです。推理物も探偵も殺されそう(デスゲーム系)だと怖くて見られないし、読めない。

近隣にヤクザ屋さんが多い地域に暮らしているため、幽霊より刺青入りの当たり屋の方が怖いし、肝試しも幽霊が怖いのではなくヤクザ屋さんの私有地に入るのが怖いからやりたくない派。

同様に変質者に追っかけまわされた経験から、深夜のコンビニとかも怖くて行けない派です。

いるかも怪しい幽霊よりにんげんのがこわいやん。

ゆえに私は心霊をファンタジーやミステリー感覚で視聴&読んでしまえるので平気な気がします。

==========================

・・・ただ私の周囲には【ホラー(心霊)駄目絶対!!】というタイプの人しかいません。

しかもそういうタイプの人は、なぜか肝試しやゾンビは平気で、バイオハザードも遊ぶことができるし鑑賞もします。(その間わたしは怖すぎるのでギャーギャー喚いて目を瞑っているというのに・・・・)

一度友人にそのことを訪ねた事があるのですが友人はこう答えました。

「だってゾンビやエイリアンは殺したら死ぬじゃん。幽霊とか盲信出たら殺せないんだよ?」

・・・・・・私には、意味が分かりませんでした。

そういった心理の差はどこからきていると思いますか?
良ければ意見をお聞かせください

上記の回答(教えてホラー(心霊現象系)が苦手な心理の返信)

投稿者 にわとり : 4 人気回答!

 ヤクザは自分も実物に遭遇したことありますが、あれは怖い。不規則なタイミングで声を張り上げたりして、そういう演出だって分かってても、やっぱり本物を目の前にすると"万が一"の可能性が頭の中から振り払えないんですね。その恐れこそが奴らの飯のタネなんだってのは分かってるんだけど、それでも、それでも。あれはね、ほんと無理。あんなの目の前でやられたら理性的な判断なんかできないですよ。こっちは店頭だったんであざらし氏のハードな体験談に比べたら遥かにマシですけど。それでもキツかったな。
 まあでもそれはそれとして、そういう経験があったからといってフィクションのヤクザ映画を見る目が変わったかといえばそんなことはなくて、自分にとってフィクションはやっぱりフィクションなんですよ。アウトローが活躍するタイプの映画結構好きだし。主人公に感情移入して普通に感動したりする。
 単純にあなたが、フィクションの「こういう楽しみ方をしてください」っていう誘導とか暗示にかかりにくくて、冷静に考えて自分がこんな体験をしたらどうなってしまうだろうか……って方向に想像力が向きやすいのかな、と思いました。
 ゾンビ、クリーチャー、エイリアン、サイコ系の映画ってホラーでも割と主人公が"うまくやれば勝てそう"なんですよね。実際勝っちゃうラストの映画も多いし。ゲームだともっと"勝てそう"な感じは強くなる。ゲームである以上うまくやれば勝てることはわかりきっているので、メタ的な安心感があるわけです。
 逆に心霊系って"勝てそう"な感じがないですよね。映画でゴシカとかシックスセンスみたいにいい話っぽく終わるやつはあるけど、霊を倒して勝つっていうのとはまた違うし。霊を倒す方向に振り切れるとゴーストバスターズになりますけど、あれはもうホラーじゃないですよね。
 過去の因縁とか出てくるともう悲劇的な結末がほとんど確定じゃないですか。物語の構造的に、ターゲットにされたキャラは助からなそう。つまり"勝てそう"な要素がない。それが『だってゾンビやエイリアンは殺したら死ぬじゃん。幽霊とか盲信出たら殺せないんだよ?』の真意じゃないかなと思う。最終的に絶望して死ぬのが分かってるのに、主人公に感情移入するのは辛いし怖い。だから読みたくない、視聴したくない。そんな感じなんじゃないでしょうか。
 個人的な勘なんですけど、心霊ホラー苦手な人は地獄少女とかウシジマくんとかアンネの日記も苦手なんじゃないですかね。悲劇的な予定調和全般が苦手で、心霊ホラーはあくまでその一例っていうか。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 教えてホラー(心霊現象系)が苦手な心理

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

トップページへ

▼書き込みの検索

▼投稿者の検索

質問、相談をする!
コメントは4500文字以内。
返信通知設定(必要なければ外してください)

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

ページの先頭へ

小説の書き方Q&A:創作相談掲示板の使い方・利用規約(必ずお読みください)。お問い合わせ