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元記事:補足。オマージュではなく換骨奪胎

練習と割り切るならパクりを恐れる必要はない、という提案は後ろ向きで嫌ですか?

もしそうなら、それは忘れてもらってもかまいません。

もう少し前向きな話をしてみますね。ただ、詳しすぎる説明はかえってわかりにくいかもしれないので、端的な言葉にしてみます。

◎目指すべきは「オマージュ」ではなく「換骨奪胎」です。

失礼して、サタンさんとのやりとりから抜粋しますね。

>元ネタを大雑把に抽象化すれば、それを好きに変更しやすいということですか。

そういうことです。

>参考作品の展開「過去にヒロインを苦しめた現在になって敵が現れ、それを倒しヒロインを助ける」

>自分の作品の展開「ヒロインを苦しめている呪いを解き、助ける」

これは正解。
発想を「ヒロインを助ける展開」にまで単純化し、具体的なシチュエーションを変更しています。これが「換骨奪胎」です。

>参考作品のキャラ ツンデレ 金髪ツインテール 低身長 同い年

>自分のキャラ   ツンデレ 赤のロングヘア 高身長 年上

こちらは何とも言えません。髪の色や身長という枝葉末節を捨てて、「ツンデレ」という「ストーリーに絡みやすい、より本質的な属性」を残しているので、これも「換骨奪胎」であることは確かです。
ただツンデレ属性がストーリーの根幹に深く結びついてる場合は、元ネタとの類似が目立ってしまうかもしれません。
なので、基本的な考え方は間違っていないのですが、髪の色を変えたくらいでは不十分かもしれません。
ツンデレそのものはそう珍しいキャラ付けではないので、他の部分の変更やアレンジがもっと大きければ成立すると思います。

上記の回答(補足。オマージュではなく換骨奪胎の返信)

スレ主 どんごる : 0 投稿日時:

私の悩みをまとめると、「具体的なストーリーが思いつかない。ならば似た要素のある先人の作品のストーリーを参考にしよう。けれどパクりにならないだろうか」
ということになります。
誰しも影響を受けながら作品を書いてると理解して、自分も怖がらずに参考にしながら書いていけばいいでしょうか。

文章をそのままパクって批判されたという話を聞いたこともありますので、そこは気をつけなければいけないと思っています。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 好きなジャンルと要素はあるけれどストーリーが作れない

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元記事:好きなジャンルと要素はあるけれどストーリーが作れないの返信の返信の返信

>パクりたいならパクればいい、批判を怖がるくらいならやめればいい、ですか?
うーん……
創作は自由ですよ、ってことです。
そもそも批判が怖いなら表現自体するべきじゃないので、壇上に立って何か発言するなら批判の一つや二つは覚悟すべきだし、そんなものはあって当然で無けりゃおかしい。

あまくささんも書かれていますが、パクることをオマージュとして表現するなら元ネタに対するリスペクトつまり敬意がなければならないし、実践で使うのは、実は結構難しいですよ。
私の場合は難度が高いからって理由でまずやらない。

>正解は無い、とにかく書いていこう。と考えていけばいいですか?
そうですね。
そもそもプロットはそうやって話の骨格だけ作って試行錯誤するもので、本編のワンシーン5千文字を執筆しながら書いては書き直しを繰り返すよりも、要点だけまとめたプロットの「ワンシーン」という一行を書き直したほうが圧倒的に楽でしょ?
一度作ってプロット完成じゃなくて、それが既視感あって丸パクリだーじゃなくて、一度形にしてからこねくり回すものだと思うよ。プロットは。

あと、換骨奪胎 についてだけど、
Youtubeで岡田斗司夫が超わかりやすくアイディアの作り方を解説してたから、それ見るのが早いかもしれんと思う。
私が書いたこととちょいちょい違うとこあるけど、基本としては動画のほうが正しいと思う。私のはあくまで私がそう思うってだけだから。
Youtubeで「岡田斗司夫 アイディア」で検索すりゃすぐ出てくるかな。
漫画「デスノート」を少女漫画的作品に置換する方法論を語ってたら、私が見たのと同じやつだと思う。

話が作れないのであれば、動画を参考に同じようにすりゃ物語自体はさほど難しくなく形にできると思うよ。
ただまあ、この動画の方法の問題点は、まず最初にやらなきゃならない抽象化や重要な要素の抽出が素人には出来ないし、無理してやってもその抽出で正しいのか漏らしはないのか、やはり素人には判断できなくて最初の構造の抜き出す行程で躓きやすいってことだと思う。
でも、なんとなくスレ主さんはソコは出来そうな気がする。

上記の回答(好きなジャンルと要素はあるけれどストーリーが作れないの返信の返信の返信の返信)

スレ主 どんごる : 1 投稿日時:

>そもそも批判が怖いなら表現自体するべきじゃないので
万人にウケる作品はないですよね。

>そもそもプロットはそうやって話の骨格だけ作って試行錯誤するもので
書く前にプロットの段階で一行ずつ調節していくということでしょうか。

動画視聴しました。
デスノートを「特別なアイテムによって主人公と周りの世界に大きな変化をもたらす」作品と定義する。
・特別なアイテム
・人間関係
ここを立ち位置を似せながら変更していく。
月とLの関係は「敵対」ですが、物語において「重要な中心となる関係性」と定義すれば、月子とL様は「運命の2人」にできる。
物語の展開については、デスノートの展開は気にせず、恋愛漫画でよくある展開に持っていけばいい。

抽象化や要点の抜き出し、自分なりに頑張ります。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 好きなジャンルと要素はあるけれどストーリーが作れない

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元記事:補足。オマージュではなく換骨奪胎の返信の返信

>文章をそのままパクって批判されたという話を聞いたこともありますので、そこは気をつけなければいけないと思っています。

そうですね。
パクり問題で一番こわいのは、そのケースです。プロの作家でも、それで作家生命を失った人が何人もいます。
数行の文章が完全、またはほぼ一致することは偶然では有り得ないと誰でも思うし、類似箇所を並べてネットなどに晒し、「どうです? そっくりだと思いませんか?」ということが容易にできてしまうからです。

簡単に言うと、参考にした素材をそのまま使ってしまうのはダメ。自分なりに料理すればOK。料理の仕方にオリジナリティがあって優れていれば、なおよいということです。

そういう意味でオマージュは、技術的には料理のレベルが低いと言えます。作者自身がその作品が好きで、読者もそこに共感してくれるだろうと期待した上での行為なので、『自分独自の味を作ってやろう』という工夫があまり無いからです。

パクり疑惑を避けるための要点を簡単にまとめます。

(1)ある要素を、容易に比較できてしまう形で、料理しないでそのまま使うのはNG。

(2)自分なりにアレンジし、そのアレンジにオリジナリティがあればOK。

(3)一つの作品の数ある要素のうち、一つの要素だけが(1)に該当しない形で類似している程度なら、普通は大丈夫。

(4)複数の要素が類似しているのは危険。偶然の一致は有り得ないと見なされるからです。

(5)類似要素が一つだけでも、それが作品の根幹にかかわるような重要な部分である場合は危険。

総じて言えば、参考にした箇所以外の部分にオリジナリティや魅力があれば、たいてい大丈夫ということになるかと思います。

上記の回答(補足。オマージュではなく換骨奪胎の返信の返信の返信)

スレ主 どんごる : 0 投稿日時:

オマージュしつつもオリジナリティを出す。
当たり前のことですが、難問ですね。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 好きなジャンルと要素はあるけれどストーリーが作れない

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元記事:オマージュからは距離をおいた方がいいかも

「オマージュ」という言葉に惑わされない方がいいかもしれませんよ。

1)パクりと見なされてしまう模倣。

2)オマージュ。

3)オリジナリティのある正当な模倣。

この三つは異なります。もう少し詳しい補足を追加すると、

1)パクりと見なされてしまう模倣。 → 作者がズルをして楽に書こうとしていると見なされやすい。

2)オマージュ。 → 「好きだから模倣する」という行為は1にはあたらないので、寛容に見てもらえる。

3)オリジナリティのある正当な模倣。 → 参考にした作品と自作を冷静に分析することが必要。

こういうことです。

1はもちろん論外。
2は正当な行為ではありますが、なまじ好きな作品に寄り添う行為なので、3の「冷静な分析」ができなくなりがちです。そのため、「オマージュしつつもオリジナリティを出す」ということが難問になってしまうのです。
3は元ネタと自作を冷静に比較・分析することなので、それができればオリジナリティを盛り込むこともできます。

>オマージュしつつもオリジナリティを出す。
>当たり前のことですが、難問ですね。

比較・分析ができれば別にそんなに難しくはないはずです。
それでも難しいと思われるなら、コツとしては一つの要素を「真逆」または「意外に思うほど違うもの」に変えてみるのが、わりと効果的です。男女の関係性で成り立っているエピソードなら、性別を変えてみるといったことです。

例えば、エヴァの最初のエピソードのシンジをアスカに変えてみたらどうなるか? みたいに考えてみます(アスカをゲンドウの娘にしてしまう)。性別が少女に変われば周囲の反応も変わるだろうし、シンジとアスカはかなり性格が違うのでこちらの言動も同じにはならないはずです。するとどんな展開になるのが自然だろうと考えていくと、原作とはまったく違ったストーリーに変質していきます。
それがオリジナリティになります。

* 当然ですが、最終的に仕上がったストーリーではアスカやゲンドウというキャラ名は変えます。組織や背景も似ても似つかないほど変える方がいいです。

説明したプロセスはあくまで「発想法」として、スタート地点のみ模倣から考え始めるということです。

上記の回答(オマージュからは距離をおいた方がいいかもの返信)

スレ主 どんごる : 0 投稿日時:

比較・分析とは、
比較は元の作品と自分の作品を比較して、「ここは似すぎてるから修正しよう」ということでしょうか。

発想法については「真逆にしてみる」のほかに「属性を変える」「別のなにかをくっつける」など聞いたことがあります。自分でパッと思いつく要素から自分なりの変化をさせて自分の作品にできればと思います。
エヴァなら、ロボットものからミステリーにして主人公シンジ君が裏組織のボスで父親のゲンドウから「探偵となり謎を解け、でなければ帰れ」と言われ、同期探偵でライバル兼ヒロインのアスカに「あんたバカァ? こんなの簡単に推理できるわよ」と言われるという感じでしょうか。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 好きなジャンルと要素はあるけれどストーリーが作れない

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元記事:キャラクターの「死」を扱わずに感動させる方法の返信

そら山ほどあると思うよ。
ただ、感動って 感じ入って心が動く ってことだから「それで貴方の心は動かないかもしれませんね」って事もあるし、人次第の部分も大きい。
となると、万人が感動しやすい要素はと考えれば万人が共通するものを挙げることになって、「死」は代表的な一つだろうね。

じゃあ逆に、「死」でも感動しない場面はあるかって考えると、これも山ほどあるよね。
はっきり言って見知らぬ誰かが死んだところで何も感じないのは当然だし、交流がある人でも自分の人生にほぼ関わりない人なら心が動くほどではない。
つまり、
「死は人を感動させる」という考え自体が間違っていて、感動の正体は別にあるのでは。

でも恩人が犠牲になるエピソードとか報われないまま若い命を終える少女とか、やるせない気持ちになるような「死」が感動させる話があるのも事実で、すると、なぜ「死」が人を感動させるか?

それは、「死」という結末が人を感動させているのではなく、その過程にある「恩師が尊敬される姿」とか「報われない少女が健気に頑張ってる姿」とか、そういったものが「人の心を動かせる」のであって、「死」という結末はそれ以上がない明確な終わりを意味するから、そこで人は感動を「実感する」のではないかな。

スポーツの例も同じで、
>毎日毎日厳しい練習、挫折することもあるけど、目標のために歯を喰いしばって立ち上がる。いざ本番になって、辛い苦しい厳しい諦めたいと思うけど、なんとか踏ん張って
こういう過程が「感動」の正体で、その辛く厳しい練習をしてきたという証明として「仲間が支えてくれる今がある」から、「仲間が支えてくれる」というシーンで辛かったときの感動が一気に来るため感動する。
辛かったけど乗り越えたことの証明があるから、そこで読者は感動を実感できる。

例えば、金も人気も全て持ってる傲慢な人間が大失敗して全てを失いどん底に落ちる。彼のことを知らない貧民層の人たちに優しくされたり辛い現実を見たりするけど、あるとき傲慢だった頃の彼の被害者とも言える人物と出くわして、さんざんに恨み言を言われる。でも、そのときの彼は貧民層の人を助けようとしていた。それを知ってか知らずか、被害者は彼の手助けとなり、彼は人の優しさを知って過去の行いを悔いた。
とか。
この場合、主人公がどれだけ傲慢だったかとか、被害者は主人公にどんな酷いことをされてどんな恨みを持ってるのかとか、そういうところが大事で、「被害者が手助けしてくれた」とか「人の優しさを知った」とか、結末だけを重要視しても大した感動はないと思う。

まあ、言っちゃえば「感動」は物語の中でもかなり楽に表現できる部類で、ある程度のテンプレがあるし、
「感動」は「心が動く」ってことだから、単純に登場人物の心を大きく揺り動かすような展開にすればいいだけ。
あとはその登場人物にどれほど感情移入できるかっていう問題になるから、言い換えれば、感情移入させられればあとは登場人物の心を動かすだけで感動する展開は作れる。

で、感情移入しやすい要素ってのは、ぶっちゃけ「同情心を誘いやすい要素」とかだから、感動モノには「不幸」である要素が結構あるのよね。

上記の回答(キャラクターの「死」を扱わずに感動させる方法の返信の返信)

スレ主 どんごる : 2 投稿日時:

返信ありがとうございます。
登場人物の心が大きく動けば、読者も感情移入して感動になる、ですか。
心理描写をしっかりしないといけませんね。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: キャラクターの「死」を扱わずに感動させる方法

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元記事:途中でシナリオが行き詰まる

趣味でゲームのシナリオを書いているものなのですが、つなげたいエンディングにどうやってつなげればいいのか思いつかず、行き詰っています。
作っているのは主人公が殺人鬼と偶然遭遇してしまい、いろいろなことを殺人鬼と一緒にやっていくようになるというストーリーのゲームなのですが、一番大事なエンディングにスムーズにいくための主人公と殺人鬼の親密度が足りない気がするのです。なんとか二人の距離がぐっと縮まるようなイベントを起こしたいのですが、全く思いつかない。。。
色々調べてインプットを増やしたり思い浮かばない理由を深く考えてみたりしているのですが、いまいち効果がありません。途中でストーリーが浮かばないとき、どうすればよいでしょうか?

上記の回答(途中でシナリオが行き詰まるの返信)

投稿者 通りすがり : 0

共通の話題で盛り上がってみたら?
主人公も過去殺人鬼だったとか。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 途中でシナリオが行き詰まる

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投稿日時:

元記事:カタルシスの分散

 こんにちは、大野です。

 今回、ちょっと分かりにくいタイトルになってるんですが、大雑把に言えば「話の落としどころで迷っている」という感じです。

 今俺が描いている(推敲中)作品は現代ファンタジーを舞台とした魔術探偵モノです。主人公は『嘘や多少の法律違反を厭わず、最終的に丸く収まれば真実にこだわる訳ではない』探偵を主人公にして、半分頭脳戦・半分アクションみたいなことをする作品を目指しています。
 
 問題のラストシーン付近のプロットなんですが、『探偵が黒幕の陰謀に気付く』→『陰謀がなされる直前で探偵が妨害に入る』→『陰謀を阻止する』→『黒幕が降伏』→『後日談でエンディング』くらいの物を考えています。
 まあ、探偵モノとしては王道なんですが。

 主人公をおちゃらけた性格にしてしまったこと、作品そのものが『スタイリッシュな探偵』より『ちょっと気の抜ける探偵』を目指していることもあって、『格好良く陰謀を阻止してしまっていい物かなぁ……』と思っている部分が有ります。
 
 そこで、『黒幕が降伏した後、しかし実は「陰謀を阻止するために使った仕掛け」が見せかけだけ作った偽物だった」と主人公がネタバラシするシーン』を入れようかと迷っています。主人公のキャラ的にはいかにもありそうな事なのですが、一方で作品のカタルシスとしてはよろしくないと思う部分もあります。
 こういう、『最終決戦後の気の抜けるおふざけ』みたいなの、やっても良いと思いますか?
 皆さんの意見を聞ければ幸いです。

-----------
 俺の作品を既に知ってる人へ。『具体的にはこういう事よ!』って奴。
 『オカルト探偵(さぎし)、今日も騙る』という作品の話です。

 物語終盤、新月の晩(旧暦一日)にとある儀式をしようとするラスボスの元へたどり着いた主人公の瓜坂は、『日本では神無月に入ると土地の神様がいなくなり、大地の魔力が大きくズレる』事を利用して(気付かせずに)、相手が儀式を行う時間を引き延ばして、『神無月に突入させることで、儀式が出来る条件を破る』用に持ち込み、陰謀を砕く。
 という展開で書いています。

 今回やろうとしていることとしては、この『神無月に入ると大地の魔力が大きくズレる』部分について、『実は全部嘘で、別の手段で『大きな魔力の気配』を生み出して、さも儀式が失敗するかのように思わせた』という二段オチのネタバレを入れようかと思っています。
 具体的に言えば、最終決戦のいくらか前に『黒幕が主人公を始末するために仕向けた魔物』を主人公側が利用する形にしようかと考えています。クトゥルフのアイツですが、推敲の結果別の魔物に差し替えることになりました。

 俺の作品をご存じの方も、そうでない方も。こぞって意見を頂けると幸いです。

上記の回答(カタルシスの分散の返信)

投稿者 あまくさ : 1

一応話をスレの論点に戻したところでバトンを拾ってくれた人がいたので、後はおまかせしようと思ったのですが(笑
なんか議論が深化しているようなので、もう一度バトンを拾ってみます。当たりガチャ認定してもらったのを喜んでいいのかどうか不明ですが、まあ、褒められたと思っておくことにします。

>幼稚園高学年のころ、今とは違い天才寄りだった俺は、『幽霊』という妖怪(じゃないという説もある)に対して凄い興味を持っていました。まあ要するに、『死ぬとどうなるのか』ですね。

私は小学二年生くらいの頃に、人間は死んだら完全に消滅し、天国も地獄もないんだと思っていました。だから幽霊・妖怪もまったく信じていなくて、現代人なら誰でも普通にそう考えていると何となく思っていたのですが、そうでもないのでしょうか?
私の場合、幼稚園~二年生くらいに祖父と祖母が毎年一人づつ亡くなっていた時期があり、葬式ばかりやっていたので人間が死ぬってどういうことなんだろうと考えたんですね。そんな時期に誰かオトナに聞かされたことに、覚えていませんが何かしら影響されたのかもしれません。そういう刷り込みが、以下、大野さんとも少し世界観が違ってくる原点になっているのかなと思ったりもしますが、まあ、よくわかりません。

で、『物理法則と自由意志のジレンマ』について。この場合の物理法則とは「決定論(広義に言えば因果律)」のことですよね? 一般的な物理法則と自由意志は別に抵触しないと思われますから。

『物理法則と自由意志のジレンマ』。それはおそらく以下のような思考かと思います。
世界は必然性と偶然性と作為性の三つによって成り立っています。しかし、ビッグバン以来すべての因果の連鎖を俯瞰する神の視点から見たら、偶然性も作為性も実は存在せず、すべては必然のはずだという考え方ね。
この考えはしかし、「そうなのかもしれない」としか言いようがなく、そうだと証明する方法はたぶんありません。
算数では「1+1=2」と教わりますがこれも実は絶対の正解ではなく、「+」という加算の計算法を厳密に定義してはじめて成立する「条件付きの正解」でしかないことはお分かりかと思います。

決定論も同じで、そもそも「論理」というやつは、ある条件を仮定した時にこの命題は真か偽かという思考でしかないんですよ。これは人間の脳の限界で、人間は論理的であろうとするかぎり上記のような思考の枠組みを逸脱することができないようにできています。

ちょっと根源的なお話。
人間をとりまく世界なるものの実相について、ショーペンハウアーが私なんかよりずっと上手い言葉で説明してくれている本があるので(『意志と表象としての世界』冒頭)、引用します。

(引用始め)
世界は私の表象である。このことは、生きて認識するあらゆる存在に妥当する真理である。
(中略)
人間が知っているのは太陽や地球そのものではなく、ただ太陽を見る目や地球に触れる手を知っているに過ぎない。
(中略)
すなわち、世界はそれとは別の、世界を表象するもの(世界を見渡している視点人物というような意味です。あまくさ注釈)、すなわち人間との関係性のうちに存在するということである。
(引用終わり)

平たく言えば、私たちの体験は、現実なのか脳の誤作動によって生み出された幻なのか区別がつかないということです。
とは言えデカルトのコギトじゃないですが、世界が幻想であるなら少なくとも幻想は存在していることになりますから、百歩譲ってそれが何であるのかは分からないとしても何かしらは実在していると言えます。

何かが存在している。

これが出発点です。

そして、その「存在する存在物」は我々の360度周囲を取り巻くように存在している。われわれはそう実感しており、それを我々は「世界」または「環境」と呼んでおり、すなわち人間は本質的に「世界内存在」であると言えます。

人間は「世界内存在」であり、動物も「世界内存在」ですが、人間と動物には決定的な違いがあります。それは、動物は主に本能によって世界とつながり、人間は(本能もあるとは言え)主に脳が作用する「思考」によって世界とつながっているということです。

人間は知覚というセンサーによって外界の情報を受け取り、その情報を脳が処理することによって「世界観」を生成しています。このプロセスを通して人間が外界に働きかけるために、「論理」という形式を脳が運用しているんです。
しかし人間の脳も一器官に過ぎませんからその情報処理能力には限界があり、よって人間の世界認識も論理的思考も、その限界を超えることはできないわけです。

論理なんて、たかだかその程度のものです。

で、やっと「因果律論」「決定論」にもどります。
それらは限界があり不完全な人間の論理思考による机上の空論にすぎず、真実でも何でもありません。
人間は動物と違って主に本能より思考によって世界にアプローチすると述べましたが、本能だって無いわけじゃありません。いわゆる「勘の良い人」の行動や判断が秀才の論理を凌駕することがあるのは、それが理由です。

なので、非論理的な「素朴な直感」を信頼してもいいんですよ。

決定論に対抗する「素朴な直感」としては、私はよく「暴漢に襲われたときの行動」を例にとっています。
暴漢に襲われて命の危険を感じたときの反応は、「逃げる」「抵抗する」「立ちすくんで殺される」その他ですよね。それらのどれを選択するのもビッグバン以来の決定事項。そう考えて抵抗せずに殺されるのも自由ですが、いみじくもここで「自由」という言葉が出現しています。選択は必然的決定事項と考えることもできますが、まったく真逆に決定事項と考えて成り行きに身を任せるのも一つの選択とも考えられます。決定事項と思ったことが自由選択とも捉えられ、自由選択と思ったことが決定事項とも捉えられます。
要するにね。どっちも人間の脳が考えていることに過ぎないじゃないですか。
暴漢が襲ってきた。殺されるのも怪我するのもいやだ。いやだから逃げるか、自信があるなら反撃する。そういう反応が素朴に自然で普通でしょ?

それは素朴に「自由意志」だと私は思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: カタルシスの分散

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元記事:プロローグについて

プロローグは、かならずいるものでしょうか?

上記の回答(プロローグについての返信)

投稿者 あまくさ : 0

いりません。あんなものは、ただの飾りです。

小説の冒頭では「読者へのつかみ」「物語の方向性の提示」など配慮しなければならないことは多々あります。しかしそれらは殆どの場合第一章の書き出しでもできます。というか、第一章の書き出しとしても何の違和感もないパートを「プロローグ」とか「序章」とかしているのを結構見かけます。例としては『精霊の守り人』の「序章」はそんな感じでした(無駄のない優秀な書き出しだったとは思います。序章としてもしなくてもどちらでもいい、という意味です)。

他に、ポエムめいた文章や、物語の山場からワンシーンを切り取ってきて冒頭に置く手法もあります。そういうのはストーリーの流れから断ち切られているので「プロローグ」とでも名付けるほかありませんが、個人的には作者が期待するほどの効果があるかどうか疑問に思っています。
後者は、ストーリーの序盤をゆっくりした日常パートなどにしたい場合、読者が退屈する(つかみが弱い)のを避けるために、盛り上がりそうなシーンを冒頭に持ってくるわけですが……
盛り上がりというのはそこまでの過程があってこそなので、切り取っていきなりぶつけても効果は薄いのではないかと思うんですね。

いずれにせよ。
繰り返しますが必要なのは「プロローグという形式」ではなく、「つかみ」と「方向性の提示」です。それらが満たされているなら、そのパートをプロローグと呼称するかどうかは大した問題ではないと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: プロローグについて

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