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一番合戦 仁さんの返信一覧。最新の投稿順19ページ目

元記事:どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?の返信

一気に書きますので口語が混ざることを予めご容赦願います。
もう一点最初に。
私自身が数年前から自閉症スペクトラムについて理解を深める必要に迫られており、そういった経緯から先入観的なもの、これらを排除しようと努めていますが、同時にそれが影響しひょっとすると不快な点が見受けられるかもしれません。
遠慮無くご指摘頂ければ幸いです。

湾曲表現を避けたいところですので、伝えたいことから端的に。
『ご自身が感じられている特異性を足かせにする必要は全くありません』

さて本題。
あのですね、これ、難しい話です。
どこが難しいかと申しますと、

>僕はアスペルガー症候群を持っており、感情の共感性が著しく低いです。

この、ご自身に対する認識を部分的にでも覆す必要があるように感じてしまいます。
有り体に申しますと、あなたは特別に共感性が低いわけじゃないと思うのです。
これは医師という専門家に診断を受けられたであろう、おそらく『共感性』について説明を受けられたであろうことを考慮に入れても、それでも少なくとも私の身の回りの方を拝見してそう感じますので、こう書かざるを得ません。
実際に竹牟礼さんと対面してお話ししたわけじゃありませんので、たぶん、とつけますが、それでも、きっと、表現方法が多数派から解りづらいだけではないでしょうか。

こう書いたのは前述の通り私自身の経験に基づくのですが、ここ数年生業であるデザイン関係で某教育機関において客員みたいなことをしており、そこの生徒さんに多くいらっしゃるのです。(と、いうか職種的にも、同業者とその関係者に比較的多くいらっしゃいます)
『なにと比べて多い?』というと、学生時代に家電量販店で接客業のアルバイトをしており数え切れないほどの人と会話しておりましたので、その経験に基づき『世間一般・不特定多数のお客さん』と比べてですね。家電量販店というのは接客時間が長くなりがちですので、こういってはナニですが、たかが数年のアルバイト経験とはいえ、やっぱりちょっとした事で「おそらくは、」と感じることがありました。

現在の生業として周囲には世間一般の認知に近いアスペルガーの方、いわゆる『得意なジャンルで力を発揮する』というプラス面の特徴をそのまま発揮している方がいらっしゃいます。
職種的に困難だろうと思うのは『個人事業主となったときの営業』ですね。これは個人事業主、特に駆けだしにとって避けようのない出来事になってしまいますが、それ以外の企業所属という道もありますので、選択の幅です。

なにが言いたいかと申しますと学内、つまり場所によっては多数派や少数派という垣根がなくなり、普通のことになる。
半数は流石にいませんが、それでも自閉症スペクトラム分類ASの特徴が多分に見受けられる人が”5人にひとり”ぐらい(かな?)になると、『多数派の意識の持ちよう・観察認知の角度の差異』程度のことになります。
そしてですね、生徒さんも少数派は結構少数派同士で仲が良い、いや、ちょっと感覚的にストレートではないのですが、静寂の仲の良さといいましょうか。これは悪くとらないでください。単純に価値観や物の見方が同じなので自然にそうなるのでしょう。

ともかく綺麗事抜きに、少数派が少数派として存在しない場、そうなると時として多数派が客観的には浮いた存在にすら見えることがあります。
ここらは『大前提として学内関係者は見とけ!』と紹介されている資料のひとつを手っ取り早く。NHKのサイトです。http://www1.nhk.or.jp/asaichi/hattatsu/about_nt.html#video-03

さて、冒頭から書いたことをもうちょっと突っ込んで。
人間、言葉だけじゃ無く全身で感情を表します。興味がある出来事には”前のめりになる”といった具合に体幹が変化しますし、”どん引き”なんてのもそうですね。
手の位置や足の組み方、顔なら眉や口元は特に雄弁に語ります。そして興味のある内容を話し出すと目が輝きます。
これら全身言語というべき観察を加え、彼ら彼女らを見る限り間違いなく共感してます。ポイントが多数派と若干異なるだけ。要するに多数決の問題で、これが当人の置かれている場の影響により、噴出したり引っ込んだりということです。

DSM分類という存在からしても程度問題でもありましょうが、少なくとも私が知る限り、教育機関に通うことが自主的に出来る人は”特定の場において共感を表現しずらく、その方法が多数派とは異なる”が私の認識です。

そもそもですね、私を含めて多数派の人間が『共感している演技をしていない』と何故いえるでしょうか。
ぶっちゃけ『そういう反応が正しいという教育のたまもの』だったり、もっといえば『ウソをついてる』だけかも知れませんよ?

>母が父にDVを受けて泣いているときに、一緒に泣いてあげられなかったことを今でも勝手に後悔しています。

同様の経験がございませんので、本来は黙して語らずべきかも知れません。
ただ、ですね。
多数派の人間だって泣けないことがあります。
小説でも映画でも、漫画だってもちろん泣くヤツ、私なんですが、それが母親が亡くなったというのに涙が出ない。
葬儀が終わっても泣けない。自分でも冷たいと思いましたが、あるのは苦しいほど悲しくとも涙が出ないという事実だけです。
でもある日、結婚して数ヶ月後、お気に入りの音楽をならしてくつろいでいるとき、寄り添ってきた愛犬の頭を撫でながら、嫁さんが裁縫をしているのをぼんやり眺め、ふと顔をあげると母親の写真が目に入った。そこでいきなりボロボロと涙が落ちました。
これが母親が身罷って3年後、まだ子供も産まれる前でした。
そんなことだってあります。
これは嫁と犬が自覚せず泣かせてくれた、というありがたくも大切な出来事。

で、たぶんですね。
御作の参考になればという思いで書きますが、もし暴力行為を受けて泣いている人を見たとすると、それがたとえ親しい人であっても私も泣けないと思います。
肉体は起こりえる戦闘準備に備えて忙しくなりますし、頭の方も今後の解決方法の模索、こっちに感情が向くでしょうから、それに大部分が支配されます。
人の反応なんてそれぞれです。

>僕は他人を心の底から想いやったことが、ほぼ一度もありません。

ごめん。
いや、謝るこっちゃないんですが、思わず。
『心の底から』という条件なら、私もほぼしたことがありません。
心の底から思いやる事が出来る(と、自分で思っている)のは親友・恋人・親族、こういった相手だけです。
こういった相手が幸せに生きてる限り、また人生において重大なトラブルに見舞われたとしても解決方法がある限り、つまりそういったケースは何度も発生しておらず、そういう意味で”ほぼ”です。
言葉遊びじゃ無いですよ。
そりゃ赤の他人に対して可愛そうだとか、辛いという感情を見てとり、心を揺さぶられることはあります。
物語で涙を流しても、だからといって流さない人より共感しているなんて勘違いもしてません。
これそのものが『あんたは多数派だから』という愚を犯しているだろう自覚もありますが、たとえば私が病院に入院したとしても、いや死んだとしても、親しい人間に泣いて欲しいとは思わないんです。
私に共感してくれるなら、できることなら『良い生涯だった、お見事!』と微笑んで欲しい。そうしてくれるなら、これだって共感だと思うのです。

むしろ親しい相手に対して、ほんの些細な事であっても心の底から共感していると思えるのは人間よりも犬ですね。
犬は生まれついて愛を知っている素晴らしい生き物です。人間がそれを忘れさせようと育てない限り、先天的に愛情で溢れています。これは一般的に『怖い』と思われがちな獣猟犬と、その血統だって全く変わりません。
田舎、というより先祖代々の土地がありますので猟もしますが、犬は自分の体重の10倍近い相手に口の周りを返り血で真っ赤に染め、猛然と立ち向かいます。
で、猟が終われば普段はペット。行動も愛玩犬と変わりません。こういう猟犬がやってくれてるのは《イノシシを家族(人間)と一緒にとっちゃる!》これだけ。
変に人間が『猟犬はかくあるべし!』と気負って育てちゃうと禁猟期に手に負えない犬になります。よくあるのは主従関係が~ってヤツ。バカがやる犬の育て方です。

あることはあるがまま。自然に逆らわずナチュラルで良いんです。
人間の欠点は雑念が多すぎること。感情の表し方なんて個性です。
で、だ。

>僕はアスペルガー症候群を持っており、感情の共感性が著しく低いです。

「第三者に、そう言われた」が元々ではないですか?
相手が医師なら(受診時に、その医師が持つ当時最新の医学的知見に基づき)
こういうことです。
他の情報も一緒。
ネットなら(どっかの誰かが)もしくは、ってか悪くいえば(馬の骨)
発信者が明確なネット記事や書物なら(著者が)突っ込んだ事実として(玉石混淆の出版業界において)

私だって個人情報を晒す気はちぃともありませんので、どっかの馬の骨未満です。それを承知で書きますが、私は竹牟礼さんのご質問を拝読して、共感性が著しく低いという根拠は見つけられませんでした。
むしろ、

>僕はこの作品を見て一番考えさせられたことがあります。曰く《他人の事を想う純粋な気持ちと言うのは、こんなにも美しいものなのか》と。

『美しいモノを美しいと感じる感性』はお持ちですよ。
『美しいと感じられない人』よりも間違いなく遙かにアドバンテージがあります。

>>僕はアスペルガー症候群を持っており、感情の共感性が著しく低いです。

ご自分が指摘された特異性と向き合うことは大切です。
医師のアドバイスに向き合うことも大切です。
でも足かせにする必要はありません。

最後になりますが、興味深い記事を紹介して締めくくります。
もう5年も前の記事ですが。
https://news.mynavi.jp/article/20130625-a145/

竹牟礼さんが得意とされる部分を、ご自身の力で発見されることを切に望みます。
応援します!

上記の回答(応援してくれて本当にありがとう!!)

スレ主 一番合戦 仁 : 0 投稿日時:

うらやましいです。
自分が自分のままでいられる場所にいられるなんて素晴らしいことですね。
僕の住む世界は、「あんたの得意なことはあんたが勝手に探せばいいんじゃないの?その件にしては関知しないし、私たちが支援するのは、【普通の健常者】並みでなくても良いからまっとうに働けるように、あんたを普通にすることだけ。それ以外は手伝わない」というスタンスの家族や支援機関に囲まれた矮小な世界です。
それに僕は余りにも多くの罪を背負い過ぎた。
家庭内の不仲が原因で精神的に追い詰められて、両親の財布から札束をパクったまま家出して一日ホームレス生活したり、キャンプ中にはしゃいで箸を振り回して間違って他人の目を突いちゃったり。大声で説教されたことで聴覚過敏が限界に達し、家で大暴れして精神病院に入院したり。数え上げれば枚挙に暇がありません。
悪気はほとんどなかったとはいえ、僕はその罪を今償っています。
また道徳的な罪を犯せば、どのみちホームレスかムショ行きです。
だから今のままの自分を愛して許すなんて甘ったれた事、だあれも許しちゃくれないし、望んでなんかいないんですよ。
いつだってそう。
皆が正しくて僕が間違っている。
それが僕の世界のルールです。
どうすればいいんでしょうね、いや、どうしたらよかったんですかね。

でも僕は知らずの内に勘違いをしていたみたいです。
リアルの人から言われたことを鵜吞みにしていました。
勘違いを解いてくれて本当にありがとうございます。
正しくは美しいものを美しいと感じることはできるけれど、リアルの対人関係での友情とか、愛情を読み取ることが苦手、と言った方がよかったでしょうか。

>>『心の底から』という条件なら、私もほぼしたことがありません。
心の底から思いやる事が出来る(と、自分で思っている)のは親友・恋人・親族、こういった相手だけです。

問題は親族が辛い目に遭って、それからいくら時間がたってもなあんにも感じないし、何をしてあげようとか今更思わないのです。
昔だったら思ったかもしれないけれど、今はそんなこと、微塵しか思いません。極端な話、まるで赤の他人同士です。

でもおっしゃるとおり、誰かに酷い目に遭わされた人、たとえばもし母が死んでしまった場合、「大丈夫、心配しないで。僕は立派に生きて見せるから」って言って笑って墓前に拝む方が、気持ちどうこうは別にして、絶対に本人も安心して逝けるはずですよね。
参考になりました。ありがとうございます。創作には関係ないかもしれませんが、できれば前半の質問にも応えてくれたらななんて甘えていいですか。
うざかったら無視して下さい。その方がかえって傷つきません。
それでは。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?

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元記事:よくもまあ、言いたい放題言ってくれましたね。の返信

私の名が出たようなので横槍入れますと、
確かに私は竹牟礼さんの質問に答えていません。毎回と言われてるけど、前回と今回の2回ですね。その前はかなり懇切丁寧に回答した記憶があります。
前回と今回の2回は、「前提の考え方に間違いがあるよ」という指摘をしているので、助言のしようがなかっただけです。
しかし前回も含め、他の方の見る限りでは実りのある回答もあったようですから、私の返信は余計だったのでしょう。
余計な茶々を入れてしまったようで申し訳ありませんでした。

上記の回答(いや、こっちこそ謝らせるようなきつい言い方してごめん。)

スレ主 一番合戦 仁 : 0 投稿日時:

いやいやいやいや、受け手の僕が読めないせいもあるから、僕もかなり悪いって。
僕の読解力が未だに低いのは、まだしょうがないことだけど、どの道一応謝んなくちゃいけないことだから、「余計な茶々」なんて一言は微塵一万粒くらい大げさだよ。
気にしない、気にしない。
ホントすいませんでした。
ただ、ちょっと上から目線の読みにくい文章にイラッと来ちゃっただけだから、そこさえ何とかして欲しいなっておもっただけ。
こんどからこっちも過剰な敬語止めるから、そっちもあんまり鍵括弧ばかり使わないでね。
あと、文章を少し短くしてくれると非常に助かる。
らー、しわさんけー。(まあ、気にしないで)

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?

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元記事:神様や生死について特別な設定がある世界観は宗教的に大丈夫?

どうもはじめまして。
蒼い三毛猫です。
初めて投稿させていただきます。
自分の書きかけている作品は時代小説で、妖(あやかし)が人間と同じ次元に存在する世界です。
詳しく書くと長くなるので、ポイントを掻い摘まんで書かせていただきます。

・大昔、まず八百万の神が居た【実在する神様の登場】

・神様が此の世に静物と生物の2つの「もの」を作った【実在する神様と異なる点】

・静物に宿る精霊が静寂に堪えられず悪霊化し、生物を襲い、その肉体や魂を蝕むようになった【アミニズムを歪ませたようなオリジナル設定】

・神様が対策に烏天狗(妖怪)を此の世に派遣【実在する神様と異なる点】

・烏天狗は、魂を彼の世に導く使者という(魂のガイド的な)存在である。そして主人公が烏天狗♂(顔は擬人化寄り)【実際に言い伝えられてる烏天狗と異なる】

・人間の見解では悪霊+妖怪→妖(どっちも悪)

以上となります。
要は、八百万の神様とアミニズムを融合させて独自の設定を付加した結果、人間と妖の共存を強いられてしまったという感じの世界観です。

【】が大丈夫か気になっている箇所です。
実在する宗教等に関係したような作品は、避けた方が良いとは見聞きしたことがありますが、どこまでなら大丈夫なのか分からず、こちらに相談させていただきました。
果たしてこの世界観の設定は、言われなければバレない程度なのでしょうか?それとも書き換えた方が良いレベルなのでしょうか?
長文失礼しました。

上記の回答(皆の言う通り、宗教ネタ取り扱うなら描写はその宗教の教義に準じていた方が無難だぜ?)

投稿者 一番合戦 仁 : 0 投稿日時:

やあ、どうも。「壱番合戦 仁」だよ。
まあね、一例として僕の作品を引き合いに出すと、キリスト教プロテスタント宗派特務部隊の女の子が出てくるのね。
で、神様(この場合はヤハウェね)の新たな計画の一環として人間に天使の力を与える事になって堕天使ルシファーの後釜を継いで、空座になっていた智天使に任命されたって設定なんだ。
で、聖書の記述をそっくりそのまま具現化しちゃえる能力を持っているんだけど、ここで大事なのが『宗教って登場人物の価値観にすら影響を及ぼすから、性格も自然とその宗教の影響を受ける』って事。
で、なにより特に注意したのは、『教義が厳密な宗派は取り扱わない方が藪蛇になりにくい』っていうセオリーを守る事だね。
プロテスタントの人たちは、基本的に信心を馬鹿にされなければ、そういうことには寛容だからね。
むしろ自分たちの事を書かれて嬉しがると思うよ。
僕が読者だったらそう思う。
僕もキリスト教信者なんだけど、ゴリゴリのキリスト教系異能力バトルもののラノベがあったら、手に取ってみようかなと思うかもしれない。
ていうか、聖書の「伝道者の書」に自分の細かい陰口は聞かない方が楽ですよって、ハッキリ書いているし、「隣の人を愛しなさい」と言う教義からして、ある程度の寛容さがうかがえると思わない?
そういう所をモチーフにするといいよ。
じゃあね。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 神様や生死について特別な設定がある世界観は宗教的に大丈夫?

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元記事:どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?の返信

レス含めて色々気になる部分があったので書いてみました。

>どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?

こうタイトルを書かれた直後に

>タイトルのまんまの質問ですので省略させていただきつつ、

自分の聞きたいことのはずなのに省略してはだめなんでは?

そしてその後

>ここで質問です。
>どうしたら、他人を想う気持ちを描写できますか?

聞きたいことって結局これでいいんですよね?

もうすでに何人もの方が回答されてますし竹牟礼さん自身もそれに答えられているので今さらですが、もう少し最初から要点をまとめて書けばよかったんではないでしょうか。

会話しているのとは違ってネットの掲示板は文字が形として残りますから書き出したものをすぐ投稿するのではなくある程度時間をかけて推敲した方がいいですよ。

>ええですが、感情誘導のテクニックを使って読者に自己補完してもらうだけでは
>手ごたえが無いんですよ。
>確かにその技術を使えば《聲の形》のような名作を書く事ももしかしたらできる
>かもしれません。

あなたが他人を思う気持ちを描写できたと言う手応えが欲しいのなら、残念ながらあなたが感動したと言う当の「聲の形」すら参考にはなりません。

サタンさんの投稿を読む限り、聲の形の作者ですらそこまでに至っていない訳で、それ以上の「感動できる何か」を望むのはあり得ないものを求めているようにしか見えません。

いやそうじゃないんだ、自分の作品はそうしないと完成しないんだと思われるかもしれませんが、現状でもっとも有効な方法として「感動できる場面、設定を作る」「それらを読者にうまくアピールする」しかありません。
聲の形の作者も含め、古今東西の作家に「他人を本当に思う気持ちって書けますか?」と聞いてもおそらくは「そんなもの書けるはずがない」と言う答えしか返ってこないでしょうね。
まあこれすらも私の勝手な考えだとして捨て置いてもらっても結構ですが、言いたいのは大多数の作家は人間心理に基づいておそらくこうするであろう、こう思う・考えるであろう事柄を適切に描写しているに過ぎないのであって、本当にそれがわかると言い切れる作家はまずいないと思います。

>なるほど、その豹変するまでアイルの様子を地の文でさりげなく丁寧に描写して
>いけばいいわけですね?

あまくささんとのやり取りでどうも勘違いされてるんじゃないかと思ったからですが、地の文にしろセリフ部分にしろ読者に必要な情報を与える働きがないといけません。

なぜキャラの態度が豹変したのか?事前に情報を知っていて直前まで黙っていたからか、それとも相手の何気ない言葉から自分にとって有利となる情報を引き出せたからか、どちらでも構いませんがそうなることが読者にとってもわかるように、かつ納得できるかたちでさりげなく作中の文章に織り込ませる必要があります。

聲の形自体は私も読んだことがないので具体的には言及できませんが、

>あのシーンに至る主人公の心理の微妙な移り変わりが丁寧に描かれていたこと。
>あの時点で視聴者は主人公の心根の誠実さを疑っていません。そういう下地が
>あってはじめて活きてくるシーンなのではないでしょうか?

これは必要だから作中でそのように描写しただけで、丁寧に描くことそのものに意味はありません。
大事なのは必要な情報を必要なだけ読者に与えることです。
これは作家としてそれらの効能・意味を熟知・熟達する必要があるだけで、作家個人の人間的成長は一切関係がありません。

今竹牟礼さんに必要なのは作家としての実力をつけることだけで、それには数多く書く以外の方法はないと思います。

ゲームでもレベル1ではラスボスはおろか、当面の関門のボスすら倒せないでしょう。
もしそれをやれた例があったとして、TASみたいな変態じみたプレイは誰にでも出来る訳ではなく、普通はコツコツ雑魚モンスターを倒して地道にレベル上げをしてから挑むしかないでしょう。

何を言いたいかと言うと今書かれている作品はひとまず置いておいて、まずは簡単な短編などでもいいから一作、できることなら数作は書き上げることです。
そんなことはしたくないんだ、今書いているものでないと書く意味もない、書く気にもなれないと思われるでしょうが、正直なところ御作の概要をチラと見ただけでも並の作家でも中々書きづらい内容なのに、処女作でそれを書くのは無謀極まりないのではないかな、と。

もちろん最終的に判断するのは竹牟礼さん自身ですが、本当に自分の作品として納得のいくものにしたいなら一旦筆をおいて作家としての自分の実力をつけていくことにまず注力した方が結局は近道になるのだと思います。

何を悠長な、そんなかったるいことはしたくないと思われるでしょうが、私自身かつての浅はかだった自分の行動を省みて(小説ではないですが)今はそうするのが一番だと思った上での意見です。

あ、あと読みにくいなら読みにくい、わかり辛いと伝えるのは恥ではないですよ。
文章だけで情報を得るのは読む側の読み取る力や内容をかみ砕く力も備わってないと、特に長文だと難しい場合もありますから先方に失礼にならない程度に伝えるのは問題ないと思います。

私なりに思ったことを書き綴っただけで、かなりレスもついていて疲れたでしょうから返信はなくても結構ですよ。
気が向いたらレスしてください。
では。

上記の回答(じゃあ、短編執筆のコツについて、スレッド立ててみますね。)

スレ主 一番合戦 仁 : 0 投稿日時:

ああ確かに、高難易度の題材を使った長編を何年もかけて完成させるよりも、短編を何本も書いていった方が作家としての腕も上がりやすいですものね。
ちょっと書きたいものにこだわり過ぎたかもしれません。
一度頭を冷やして質問し直してみます。
ご指摘ありがとうございます。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: どうしたら臨場感あふれる修羅場が書けますか?

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元記事:読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?の返信

なんと申しましょうか、あらら、という感じ。
ちょい残念です。
前回の書き込みで私が引用したカ所は、

>皆が正しくて僕が間違っている。
>それが僕の世界のルールです。

こうでしょ。
私がグッときたのは、この字面です。

>普通に暮らせている皆が正しくて、発達障害を持っている僕が間違っている。
>それが僕の世界のルールです。

こっちの字面では、まったくピクリともこない。
これじゃ婆のヌードです。

否定から産まれるモノってのは”ほぼない”ので、あまりこういう書き方はしないのだけれども、絶対にやっちゃダメなことをしそうな気配があるので、あえて。
いいかな。
『著者が発達障害であることを読者に伝える』これをやると、きみは自分の小説を殺すことになります。

発達障害の主人公、これは全くもって問題ない。
理由は『作品で勝負しているから』

ぶっちゃけ読者にとって『誰が書いているのか?』なんてのは、作品が面白かった結果として興味が出ること。
素人の、初めて読む小説で、著者についての情報なんて読む気を阻害するだけです。
率直に、隣家のオッサンの靴のウラの方がよっぽど興味深い。

著者の実体験を書きたいなら、それは小説じゃなくエッセイでやってください。

よく見て、考えて。
『皆が正しくて僕が間違っている』
これはね、多かれ少なかれ、誰しもがそういった感情を抱いた経験があるものです。
けど日常的には考えない。
それがこの字面で、心の底に沈殿していたオリ、自己への疑問がフッと立ち上がってくる。
で、『それが僕の世界のルールです。』
こう締めくくるわけだ。
つまり”僕”にとっては、それば生き方となっている。(あ、この僕というのも良いね。”ぼく”でも”ボク”でもない、ひらがな・カタカナ・漢字これで印象が変わるってのも小説の醍醐味です)

で、さ。
元々の字面だと、これは長編向き。文庫本一冊ぐらいにはなるはずです。
短編云々は私が書いた事じゃありませんし本来の趣旨から離れていきますが、ちょっとお借りします。
同じ元となるネタを使うとしても、これだって頭で産み出せば良いんです。

ちょっとやってみようか。
この境遇に置かれている”僕”は、色々とパターンがありますよね。
A)性同一性障害の少女
B)内戦で反政府軍に占領された地域で暮らさざるをえない、政府軍将官の息子であることを隠している少年
C)家族や友人が寄生虫に心を乗っ取られ、ひとり正気を保っている少年

ね。
ジャンルはバラバラですし、かなり直接的にやってますが、それでも『皆が正しくて僕が間違っている。それが僕の世界のルールです。』に、なりますよね。
ネタとして短編で栄えそうなのは、A)とC)
B)でやるなら思い切った刈り込み、という感じでしょうか。

短編の参考にされるなら、お勧めの筆頭は落語。
笑いに着目されがちですが、人情話、怪談といった演目もあります。なによりも時間にして20分~40分、これぐらいの時間で話を広げ、それを盛り上げ、結末を仕上げるという物語の運び方は、ちゃんと味わい、租借して知恵を働かせれば短編小説の勉強になるはずです。
有名な演目については付き合いによっては知らないと恥をかくレベルの一般常識でもありますので、少なくとも無駄な時間にはならないでしょう。

他にお勧めするなら、有名漫画家の短編集。
基本ルートとして(短編読み切り)→(連載)という道をたどる漫画家さんが多いので探すのもあまり苦労しないはずですし、短編集は基本的に売り上げが低いのでネームバリューのある方が出すケースが多いです。中には藤子不二雄両氏のように短編の名手と呼べるレベルの方もいらっしゃいます。
最近の作家さんですと、石黒正数氏が抜群にお上手です。

ちなみに聲の形。
あれも元々は新人賞への投稿作品、つまり短編です。
基本となるネタ次第で、短編でも長編(全7巻)でも2時間の映画にもできるって事実です。

いずれにせよ『長編でこそ力を発揮する』という方が少なからずいらっしゃいますし、これは小説でも漫画でも同じです。
短編の良いところは、なによりトライアンドエラーの回数を多く持てることにつきるのではないでしょうか。

とにかくね、書くべきです。
相談するより、まず書く、その上で直すべきところを考える。どうしても自分の手に余る事態が発生したら相談する。
これで良いと思います。
トライアンドエラーの回数を増やさない限り、上達はありません。
ちょっとでもね、前に進みましょう。

上記の回答(なるほど、使い回しが利くテーマだから飯が食えるんですね。)

スレ主 一番合戦 仁 : 0 投稿日時:

僕ったら、大勘違いしていました……。
てっきり前回の「白きエルフに花束を」の話に限ったことかと考えていたのですが、もっと普遍的なテーマだったんですね。
そこが分かっていない限り、多分この先次の作品を書く際に行き詰っていた可能性があったと思います。
ありがとうございます。
そうですね、やっとどこに感動されたのかおっしゃって下さったので相解りました。
これからはその辺を意識して行こうかと思います。

あとですね、いきなり短編を書いてみたらって助言を受けて、途方に暮れていたのです。
正直経験がない上に知識も長編執筆から引き継いだ知識以外、全くのゼロベースだったので、それこそ「手に余っていました」。

もちろんあざらしさんに限らず、皆さんに頼ってばかりいられないのも解っています。
しつこかったらすみません。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 読後感を爽やかにするにはどうすればいいのか?短編を書く上で気を付けておくべきこととは何か?

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元記事:「Sanチェック」が必要か

物語の終盤に敵陣営によって神格の召喚が実現し、ついにこの世に現れてしまうという下りがあり、その時主人公らはどんなリアクションを取らせるべきかと考えています。

この話自体はあまりホラーテイストではないものの、世界観の土台にクトゥルフ神話があり、この呼び出された神様というのもその主神クラスのヨグ・ソトースをモチーフにしています。

何故その時のリアクションについて悩むかというと、所謂SANチェックみたいな事の必要性です。
元ネタはさる事ながら、この神様自体も全貌は地球どころか太陽系より大きく、能力も事実上全知全能という設定で、主人公サイドは発狂しないまでも大なり小なりショックは受けた方が自然であるでしょうし、存在それだけでも破壊的という風に説得力を出せると見込んでいます。

ただこれからそれと対峙しなくてはならないという時になって、はちゃめちゃに取り乱されるだけならまだどう立ち直るか見所とはなりうるものの、1D100に失敗した時のようにそれだけで精神崩壊されてしまうのは流石に自分も困ります。

この話は一応バッドエンドにはならず、討伐はまず不可能なのでなんとかこの神様に帰ってもらう方向で考えているので尚更そう思う所です。

説得力とその後の諸々のバランスを取るには、どんな塩梅がいいのでしょうか。

上記の回答(「Sanチェック」が必要かの返信)

投稿者 読むせん : 0

あけましておめでとうございます。
いえーい、今更かもですが新年初コメさせていただきます。
前に見かけたものだと 

①そもそも見ないように気を付ける
②多重人格所有者が大事な人格を崩壊させて別人格がメイン人格になってしまう

とかですね。
――――――――――――――――――――――
 私はクトゥルフを誤解して長年、苦手意識があったもので詳しくないです。
キャビンとかもクトゥルフ知識なしだとキツイ映画らしいと噂をきいてみていないレベル・・・。
なのでスティーブンキング原作かなんかのアレ『目視した時点で発狂→そもそも見ない』とかを考えてしまいました。

 もう一つはサイコ系SFで見たやつになりますが、多重人格保持者の仲間が主人公とかを庇って人格崩壊→別人になっちゃうパターン
 廃人になるのではなく、別の人格が以降の人生を送る感じなので、かつての仲間はロストしたけど普通の人生を生きてくれる。ややビターエンドっぽい案件になります。

見たやつだと、「乗っ取り人格(不良)」が死んで「オリジナルの人格(金持ちの一人息子な良い子ちゃん)」が戻ったため、以降は回収に来た家族(金持ち)と、仲直り。そこそこ幸せに暮らしそうでした。

乗っ取り人格にとってオリジナル人格の家族は、じぶんの自立を邪魔する過干渉な奴らだったのですが、オリジナルには大事なパパ&ママだったので、まあハッピーエンド。

毒親仲間だった主人公たちは、友人を失ってしまった感じでしたが・・・・死んでもおかしくない状況だったので、廃人になっていない事を喜ぶ気持ちもあって複雑そうでした。

ワルプルギス さんが言ってらっしゃる『主人公らの一部には壊れてもらい、残りのメンバーでぎりぎりバッドエンド回避。』の亜種ですねー。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 「Sanチェック」が必要か

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元記事:主要キャラが男性だけではいけないのでしょうか?

 ヒロインはちゃんと居るのですが、主人公視点の話はヒロインが死んだ後からです。ラストにヒロインの蘇生シーンや主人公からの告白みたいなものがあるのですが、それまで一切出てきません。死んでます。

 交互で入るヒロイン視点の話では、ヒロインと主人公が出会う前からヒロインが主人公に殺されるまでになります。そちらでボーイミーツガールだとかアレやコレがあるのですが、主人公視点の話ではそう言ったことはしたくないんです。もちろん女性キャラが全く出てこない訳では無いのですが、出会って別れてでレギュラーにはなりません。

 やはり主人公視点の主要キャラが男性だけではいけないでしょうか?

上記の回答(ヒロインを助ける理由と各キャラの魅力を)

投稿者 三文山而 : 2

 各レーベルの新刊案内を見ると、同じレーベルでも色々な方向性の作品があります。ダーク・ファンタジーならジャンルとして「どたばたラヴ☆コメ!」なんてノリも求められていないでしょうし女性キャラとの絡みが少ないのもアリかと思います。
 ライトノベルの新人賞であれば最初から一冊で続きを出すつもりがないというわけではないでしょう。第一巻のラストシーンでヒロインが蘇生した後は、続刊で主人公とヒロインのイチャイチャも、『帝都物語』みたいにヒロインが何度も攫われたり可哀想な目に遭う展開も期待できます。
 ラストシーンまでヒロインが死んでるというと、死んでませんしヒロイン視点もありませんけど宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』を思い出しました。(アニメ映画じゃなくて原作の方)主人公の男の子が異世界へ行って冒険をする話ですが、ヒロインは現実世界にいて、しかも主人公が出会ったときには既に意識がありません。この時の描写で、「この女の子を助けてあげたい」という思いが主人公と読者の心にしっかりと刻み付けられたからこそ、異世界で一緒に旅をする猫耳の少女は「大切な仲間」ではあってもメインヒロインとは認識されず、台詞もない現実世界の少女がメインヒロインとして存在感を発揮するのです。
 「主人公にこの子を助けてもらいたい」という気持ちを一番強く印象付けたキャラこそがメインヒロインで、明確にメインヒロインが決まれば後は恋愛描写がなくとも主人公と協力したり対立したりしながら読者に可愛さをアピールできるキャラクターがサブヒロインとして充分働いていることになります。
 それから男性キャラもしっかりと魅力を引き出せれば「サブヒロインより男キャラの方が人気の出るラノベ」「むしろ男性キャラが出てれば女性キャラとの絡みがほぼ要らないラノベ」などと読み手から言われ、女性キャラの出番の少なさも問題にならなくなるかもしれません。離れたサブヒロインとも別れっぱなしではなく後の巻でまた出会えうなどすれば展開としては盛り上がると思われますが。

カテゴリー : その他 スレッド: 主要キャラが男性だけではいけないのでしょうか?

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元記事:回想と設定の説明のバランス

ストーリー展開について質問です。

冒頭では設定をくどくど書かない。
回想シーンは物語の進行を遅らせるから多用しない。
全編に主人公を登場させるつもりで物語を書く。

のが原則であり鉄則だということをこちらのサイトの記事を読んで学びました。
とはいえ、世に出回っている漫画・アニメ・小説では、冒頭こそ設定は最小限(もしくは完全省略)にしてあるものの、後々のストーリー展開において回想だけのエピソードや主人公が全く登場せず、準主役や脇役のキャラクターたちが中心で活躍したり、敵同士のバトルが繰り広げられるだけの下りが殆どのコンテンツで見られます。

ワンピース、僕のヒーローアカデミア、ナルト、ジョジョの奇妙な冒険、BLEACH、遊戯王、HUNTERXHUNTER、幽遊白書、ブラッククローバー、鬼滅の刃、るろうに剣心、呪術廻戦etc......

といったように、
どういう仕組みで、どうしてそうなった? そういえばあのキャラクターはどうなった? 何故闇落ちしたのか? 何故死んでしまったのか? 重要なアイテムの正体って何? 国や街が滅んでしまった経緯と真相……

等々。どうしても回想シーンが必要になったり、場合によっては長ーーい説明を入れなければなりません。

これってつまり、

現役のプロ作家が書いている➡魅せる技術とキャラクターの引き立て方、ストーリーのバランスのとり方が巧いから、どのキャラクターもエピソードも魅力的に見える➡ゆえに面白いし、許されて認められる

アマチュアや素人が書いている➡まだろくに実績が無くて技術や能力も備わっていないから魅せ方も引き立て方も下手➡ゆえに面白くない。だから安易に手を出さない方が良い

ということでしょうか?

また、もし説明が必要な場合、くどくど語り口でただただ説明していくだけでなく会話形式であればOKですか?

A「これってどういうこと?」
B「〇〇で△△で◇◇だから※※なんだよ」
A「でもあれに対しては無効だよね」
B「その場合は〇〇を●●にして、それから◎◎にすればいける筈だ」
A「そうなんだ。じゃあさ――」

長文失礼しました。

よろしくお願いいたします。

上記の回答(回想と設定の説明のバランスの返信)

投稿者 サタン : 0

>冒頭では設定をくどくど書かない。
>回想シーンは物語の進行を遅らせるから多用しない。
>原則であり鉄則だということを
これは端的に言うと、「無駄を省け」ってこと。
特に冒頭は、読者は何も知らない状態なので興味のないことを延々と聞かされても興味ないことに興味はわかない。
だから、無駄を省いてさっさと「その物語に興味を引き立てるような事」を始めろ、ということ。
つまり、その「興味」が回想や設定にある場合は何も問題ないし設定から入る事は何の無駄ではない。

例として「設定に興味がある場合」を挙げると、シリーズものや人気作家でそもそも読書前から読者が作品に対して興味を持っている場合などは設定から入ることはよくある。
またはアニメやゲームなど、放送・発売前から情報が出てて前評判がある、制作会社やスタッフに対し信頼がある場合なんかもよくある。
なので、これらに憧れて物書きを始めた初心者は「よくやる」パターンではあると思う。
ゲームなんかは特にですね。今作はどういう設定なんだろうと、プレイする前から興味があったりするでしょ。

で。
これは言い換えると、「設定や回想をやる前に、読者の興味を引き立てておけ」ってこと。
回想を多用することや設定を解説すること自体は別に悪いことではない。
けれど、それをする前に読者の興味を獲得してなければ、それは読む価値がないシーンになりがちなので、「事前に興味を与えておく」という下準備が出来ない初心者や中級者はやるべきではないと思う。
ぶっちゃけ初心者は、特に回想とかは自分の気分がノッてるままに書いちゃうから、たぶん覚えがあると思うけど主人公の自分語りみたいなのになりがち。
設定や回想に近いもので言うと、一人称での主人公の独白とかもコレと同じ。興味という下準備が出来てないから、作者が酔ってるだけのような印象になったりしてる。

じゃあ、どうしたら興味の下準備が出来るのかというと、まあそれぞれだけども。
>会話形式であればOKですか?
会話形式も一つの手だけど、それもやはり同じことで「その会話(話題)に読者が興味なければ読まれない」ので、説明を会話に乗せただけでは弱いと思う。

これはあくまで一例だけども、私がよくやるパターンでは、「まず失敗させる」というのがあります。
例えば昨今よくある異世界もので言うと、「魔法が使えることが楽しくて主人公は使いまくって気絶してしまった」というシーンを書く。
そして「そんなに魔法を使えば魔力がなくなって気を失うのは当たり前だ!」と注意される。
こうすると、「魔法には魔力が必要で、使いすぎると魔力欠乏症となって気を失ってしまう」と説明するよりずっと読者の興味を維持できるし、あるいは「魔法を使いすぎると気絶するからね!」と説明を会話に乗せるよりも印象に残る。
説明したい事で「失敗させる」ことで、それを改善するために主人公は動く・周囲の助けがある展開に出来るので「説明したいこと」が物語(そのシーンの話題)の中心となり、読者の興味を獲得できる、というわけです。

私がよくやるのはこの「失敗させる」ですが、ようは「説明したいこと」で何かすりゃいいので、「ピンチになったときに聖剣が力を発揮して九死に一生を得た」とかでも、「聖剣は凄いんだよ」ってことが伝わりますよね。
文章で説明するんじゃなくて、物語で説明するんですよ、ってことがわかれば一歩レベルアップできると思います。
読者は、設定に興味を持ってるのではなく物語に興味を持って読んでいるので。設定は物語に乗せないと。

なので、例えばピンチを切り抜けたことで「聖剣は凄いんだよ」ってことが伝われば、そこで「聖剣に対して読者の興味を獲得できた」と言えるので、ここで「その聖剣は先代勇者が~~」って説明が入っても問題なく読んでくれると思います。

キャラ設定の説明のほうがわかりやすいかな。
「このヒロインはクールで異性に興味ない素振りをしているけど、実は異性に慣れてないだけで内心はいつもドキドキしている」
とか、そんな説明文ばかりを書いても「設定集か」ってことで、
キャラ設定の説明は「ヒロインがクールに見えるシーン」「異性に興味ない素振りをしているシーン」「でも実は動揺してるだけだったのを主人公は目撃してしまった」とか、物語にしなきゃいけない。
「ヒロインはクールだ」と文章で説明するのではなく、「ヒロインがクールに見えるシーン」を組み立てなければ、それは物語で説明したとは言えない。
そして、こういう下準備が出来てるからこそ「実はヒロインにはこんな過去があってーー」という回想に対して興味を獲得できる。

こういうキャラに関して言うと、例えばキャラが敵勢力に対して強い憎悪を持っていて、そんな暴力的なシーンが説明なく展開されて、ふと「ーーあれは五年前のことだ」と回想に入る、なんて場面は王道だろうし見たことあるんじゃないかな。
こういう王道展開も、ここまで読んでりゃその構造がわかるよね。
「説明なく憎悪を展開する」という下準備があるから、「回想」に読者の興味が向いてるって形。

だから、最初に結論を書いてるけど、「読者の興味を獲得する」という下準備が出来てないから、設定を物語に乗せられてないから、初心者が書くこれら冒頭シーンや回想は、非情だけど無駄扱いになって「やるべきではない」と言わざるを得ないと思う。

そんで一個省いて回答したけども、残りの
>全編に主人公を登場させるつもりで物語を書く。
これは、言ってしまえば当然のことなんだけど、「その物語は何の話か」ってことを意識できてない人に対して、よく言うことになる言葉だと思う。
「主人公の物語」でしょ。
なら、主人公出さないでどーするよ。って話。
物語の展開的に「ここはヒロイン視点・ライバル視点にしたい」ってことがよくあると思うけど、「その物語が何の話なのか」ってのを意識できてないためにこれは起こる。
だから、例えば「主人公の物語だけど、このエピソードはライバルを中心に書きたい」という場合なら主人公がでなくても何も問題ない。
主人公を中心にライバルを描くのであれば、主人公視点で書きつつライバル視点を置くような形になっても、問題ない。
あるいは、「この物語は事件の解決をする話」で、その語り部として主人公がいるって形だと、「事件」が話の中心であって「主人公の活躍」が中心ではないので、事件を中心に視点が変わったり主人公が出てこない場面が多くあったりする。
これは、正確には主人公って言いにくいけど、群像劇なんかが顕著ですね。
群像劇は「キャラ」ではなく「出来事」を話の中心に置くことが多いので。

少し難しいことを書いたと思うけど、「何の(誰の)物語なのか」ってことを意識すれば、それが主人公であるなら主人公を出すのは当然だということがわかると思う。
ポイントは「それが主人公であるなら」ってとこで、多くのラノベは主人公の活躍が中心にあるから全編に出すことは推奨される。
けど、これも「全編に主人公を登場させる」が絶対的に正しいわけではない。物語の中心、「何の物語なのか」が主人公ではない場合も往々にしてあるので。

キャラの立て方とかストーリーのバランスとかって話じゃなくて、ただただ読者の興味(書きたい設定や回想に対する興味)を獲得できてないだけで、それに下準備が必要なんだって事に気がついてないだけではないかと思う。
ある人物が猟奇殺人犯だったとして、その殺人鬼がバーンと出てきただけでは面白くないでしょ。
じゃあ、その殺人鬼は主人公の幼馴染で普段は物静かで優しくて、主人公のことが好きすぎて近寄る女どもを影で殺してました、とかだと怖いじゃん。
これって「殺人鬼」に対して「それがどうあったら面白いか」って思考なわけだけど、たぶんこれくらいなら普通にわかると思う。
でもこれと同じ話で、「書きたい設定」に対して「それがどうあったら面白いか」を考えればいいだけなのよ。
どうなったら「書きたい設定・回想」が面白く見えるか。
非情なことを言えば、「これを説明しなきゃならない」と考えてるうちは上手く書けないと想う。
「この説明をどう面白く書くか」と考えなきゃ。
それが興味を獲得する下準備になる。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 回想と設定の説明のバランス

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