小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信

おっしゃる通り、「変化」なんですよね。
それを逆手にとって、ゴタゴタあったけど何も変わらなかった、でもいいんですけど。
読者の感情を動かすのは、むしろ「プロット」のほうではないかと思います。

上記の回答(ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 0 投稿日時:

あぁ、ストーリープロットは別物だって話かな?
私もけっこう混同して説明したりすることが多いな。
プロットは物語の概要、要点を書き出すもの。その要点とは何が変化しているのかという事で、それが面白さに繋がるものである。
という事だよね。
しかし一方ストーリーは、そういった変化にスポットを当てなくても「同じ内容」を書くことはできる。例えば私がよく例に挙げる「勇者が魔王を倒す話」は、勇者が魔王を倒せばそれで終わりなので、
弱者である勇者が仲間をみつけて力をつけ、やがて強敵である魔王を倒すという「強さ・勇気といった変化」に注目してもいいし、
最初から強い勇者が次々と敵を倒して魔王を討伐するという「特に変化のない話」でもいい。
面白いかどうかは置いといて、変化を書かなくとも同じ物語は成立する(なので私は面白さを度外視して成立する物語の説明をすることが多い。そもそも物語を作れない相談が多いので)。

もっと身近な例で例えると、「主人公が朝おきて学校へ行く」というだけの話を考えると、目が覚めて身支度をし朝食を食べて家を出て通学路を通って学校へたどり着く、と、何もない面白くない物語を書ける。
これがストーリーを考えるということで、
夜ふかしをした事で寝坊した主人公が通学路をショートカットしようとする。そこで不運に見舞われ酷い目にあってようやく学校へたどり着き、もう二度と夜ふかしはすまいと反省する。と、「夜ふかし」に対して考えに変化を持たせる。この考え方がプロットを考えるということである(正確には変化に対する要点を考える)。
という感じかな。
両者ともに「魔王を倒す話」「通学する話」という同じものを作れるんだけど、その結果の面白味はまったく違う。

読者の感情を動かすには、「面白く書く」という執筆面でストーリーで盛り上げるのではなく、そもそも「最初から面白い組み立てをしなさい」という事だ。
それがプロットを作るってことだ、って感じかな。

これは、うーん……
私も同じ考えではいるし、間違っていないと私も思います。
ただ、これはメインプロット、物語本筋を考える場合の話だよね。それのみで良い短編や掌編なら問題ないのだけども、長編の場合は
序盤で「勇者は魔王を倒すために故郷から旅立つ」というシーンを設定すると、このシーンもシーンの中に「変化」がないとこのシーンは面白くないってことになるよね。
だから古典王道で言えば「勇者の故郷が魔王の軍勢に滅ぼされ、大事な人を失った主人公は旅立つ決意をする」とか、主人公の心情の変化を置いたりしてる。
とすると、その変化を書くためには「平穏で幸福に満ちた故郷」という描写がないと、「それが失われた絶望」という変化を書けない。
そしたら「平穏な故郷」というシーンでもまたこのシーンの中に「変化」がなくてはならなくて……
ってなって、プロットがめっちゃ細かくなる。
プロットを「どこまで考えるか」は人それぞれだから、どこかで「面白く書く」という執筆面での話になっちゃう。

細かく設定するとワンシーン単位で全て「プロット」を作っていくことになるんですが、こうすると「成立する物語」を書けるには書けるけど、今度は全体像が把握しにくくなるので、書き慣れてないとシーンの取捨選択が出来なくてバランス悪く、面白くないプロットに仕上がってしまったりします。
例えば、序盤なんかはさっさと物語を始めたほうが良いため、ある程度は省略させたほうが良いでしょう。「平穏な故郷」なんてのはキャラ紹介とかぶせて雰囲気だけ伝わるようサッと済ませたいし、主人公が旅立つまでの過程は極力短くコンパクトにしたい。

ほんで、「変化」というのは結局は「AがA'になる」ということで、最短では「A」と「A'」という2シーンだけあれば書けるので、慣れると「この場面は執筆で面白く書く」で書けるんですよ。
ようは何が変化するって注目するポイントを押さえれば良いだけだし、物語の本筋に関係ないのであれば執筆中の即興で合わせていけば良いだけ。
だから、「そこは面白くなるように書きましょう」といった書き慣れてる人の発言は、ストーリーとプロットを混同してるわけじゃなくて、変化することは当然のこととして意識してないってだけ、ではないかなと。
そもそも才能ある人は気づいてすらいにままコレが出来てると思うし、別の方法論を持ってる人なら「変化」以外の答えを出していると思う。

私の考えはスレ主さんと近いので、けっこうわかる部分も多いですが、その答えは万人に当てはまる創作論ではないことに注意されたほうが良いかと思います。
例えば、「じゃあ流行りの無双チートは何が変化してんの? なんでウケてんの?」って事になりますからね。
私は私なりに答えを出せますが、その答えもまた万人が納得できるものではないと思っています。
読者の感情を動かすのはストーリーではなくプロットでの組み立て、というのは万人に当てはまる回答ではないけど、その通りだと思います。
ストーリーはそのプロットをどう演出するかに注力したほうが良いと思う。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

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元記事:ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信

ヨーロッパの古い小説は、1シーンで全ての登場人物の心理を描いてしまったりします。
日本でこれはタブーとされているのは、私小説の伝統によるものではないかと私は考えています。

上記の回答(ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

そこまで単純ではないですけどね。
もともと洋の東西に関わらず、神話・説話・民間伝承などを伝えたり記述したりする場合に誰も「視点」なんて細かく気にしないわけで。
そんな中で19世紀のヨーロッパには若干特殊事情があって、それは市民革命。それまでの王政・貴族政・宗教などの権威が否定され「個人の自立」がきわめて重視される社会思潮が芸術や文学にも反映したんです。その結果、特にフランスで個人の心理を克明に分析して描写するという「心理小説」というのが流行して。とりわけ(フランス人の嗜好かどうか知りませんが)恋愛心理を描くのが好まれたため、「フランス流心理小説」の実態は「恋愛心理を分析的に理屈っぽく描く小説」という感じだったんですね。
そういうものだから「男女双方の心理のすれ違い」みたいなことにフォーカスされて、結果的に「1シーンで全ての登場人物の心理を描いてしまう」みたいなのが流行ったんです。
それがヘキサさんが仰る(もしくは栗本薫さん?)「近代(19世紀)心理小説の視点」ってやつです。

で、長くなるから詳述しませんけど、19世紀の終わりから20世紀にかけては客観描写を重視する「自然主義」とか、ある意味哲学的に「視点」にゴリゴリにこだわる「実存主義」なんてのが擡頭して、なんか小説ってのがやけに難しくなってしまいました(技術的に難しいんじゃなくて、観念的に難しくなった)。

で日本ですけど、明治時代の一大特徴である「西洋化」というのがあって。当時はヨーロッパのものは何でも最高っていう感覚があって、文学もかなりそんな調子だったんですね。そして明治~大正の日本文学が一番影響を受けたのが「自然主義」だったために、それを日本流に曲解ぎみにアレンジした「私小説」が小説の最高峰と信じられたんです。

しかし、そういう伝統は有りますが、現在のエンタメ小説の世界でも「視点の統一」が推奨されるのは、その種の文学史的事情とはあまり関係ありません。
ごくごく実践的な考え方として、不用意に視点が動きすぎるのは読者にとって読みづらいということが明らかになったので、「それじゃダメよ」って話になっただけ。
なので、読みやすく書ける分には視点なんていくらでも動かしてもいいけど、それができないうちは黙って視点は統一しておきなって、そう言われているだけの話です。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

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元記事:ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信の返信

そこまで単純ではないですけどね。
もともと洋の東西に関わらず、神話・説話・民間伝承などを伝えたり記述したりする場合に誰も「視点」なんて細かく気にしないわけで。
そんな中で19世紀のヨーロッパには若干特殊事情があって、それは市民革命。それまでの王政・貴族政・宗教などの権威が否定され「個人の自立」がきわめて重視される社会思潮が芸術や文学にも反映したんです。その結果、特にフランスで個人の心理を克明に分析して描写するという「心理小説」というのが流行して。とりわけ(フランス人の嗜好かどうか知りませんが)恋愛心理を描くのが好まれたため、「フランス流心理小説」の実態は「恋愛心理を分析的に理屈っぽく描く小説」という感じだったんですね。
そういうものだから「男女双方の心理のすれ違い」みたいなことにフォーカスされて、結果的に「1シーンで全ての登場人物の心理を描いてしまう」みたいなのが流行ったんです。
それがヘキサさんが仰る(もしくは栗本薫さん?)「近代(19世紀)心理小説の視点」ってやつです。

で、長くなるから詳述しませんけど、19世紀の終わりから20世紀にかけては客観描写を重視する「自然主義」とか、ある意味哲学的に「視点」にゴリゴリにこだわる「実存主義」なんてのが擡頭して、なんか小説ってのがやけに難しくなってしまいました(技術的に難しいんじゃなくて、観念的に難しくなった)。

で日本ですけど、明治時代の一大特徴である「西洋化」というのがあって。当時はヨーロッパのものは何でも最高っていう感覚があって、文学もかなりそんな調子だったんですね。そして明治~大正の日本文学が一番影響を受けたのが「自然主義」だったために、それを日本流に曲解ぎみにアレンジした「私小説」が小説の最高峰と信じられたんです。

しかし、そういう伝統は有りますが、現在のエンタメ小説の世界でも「視点の統一」が推奨されるのは、その種の文学史的事情とはあまり関係ありません。
ごくごく実践的な考え方として、不用意に視点が動きすぎるのは読者にとって読みづらいということが明らかになったので、「それじゃダメよ」って話になっただけ。
なので、読みやすく書ける分には視点なんていくらでも動かしてもいいけど、それができないうちは黙って視点は統一しておきなって、そう言われているだけの話です。

上記の回答(立ち位置の統一)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

なお。

1シーンや1章で視点を統一するというのとは別の意味で、「この話は誰の物語なのか?」ということはあります。

変化ということで言うなら、冒頭で提示されたある登場人物が中盤~終盤でどう変化するのか? そういうことには読者は引き付けられるんじゃないかと。
なので、物語の主軸になる人物はきっちり決めた方がいいのだろうと考えます。

視点の統一ではなく、立ち位置の統一と言ったらいいかな。

で、人物の立ち位置を統一した場合、書き方として視点も統一した方が相性がいいことはいいだろうと。

そういう意味で視点を統一するのなら、本質的な意味で重要な感覚だと思います。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

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元記事:ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信

ストーリーと事実の羅列の違いは、感情ではないんですよね。
ストーリーは、人物同士の葛藤や目的達成の過程、あるいはテーマのもとに関係づけられる出来事の展開です。
感情を動かすのは、その構成すなわちプロットです。
何だかストーリーとプロットが混同されているような、そんな記事をラ研で見かけましたので、このスレッドをたてさせていただきました。

個人的な考えを述べますと、作品への感情移入は作者にないほうがいいと思います。
もし、感情移入するなら主人公ではなく、敵役ですね。
果てしなく「都合のいい」に話は、作者の感情移入が透けて見えることが多いものです。

上記の回答(ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

>さらに、読者の感情・作者の感情・登場人物の感情は区別したほうが書きやすいのではないかと思います。

最初にそう仰っていましたが、兵藤さんご自身がそのへんを混同気味に論じていらっしゃらないでしょうか?

>個人的な考えを述べますと、作品への感情移入は作者にないほうがいいと思います。

それは同意します。
で、これは作者の感情の話ですよね?

では、

>感情を動かすのは、その構成すなわちプロットです。

これは誰の感情の話ですか? 構成すなわちプロットによって感情を動かすということは、これは結果としての「感情」。すなわち「読者の感情」ということになるように思います。

ストーリーと事実の羅列の違いは、感情ではないんですよね。
>ストーリーは、人物同士の葛藤や目的達成の過程、あるいはテーマのもとに関係づけられる出来事の展開です。

では、これは?

「ストーリーは」「感情」ではなく「人物同士の葛藤や目的達成の過程、あるいはテーマのもとに関係づけられる」という文脈ですから、ストーリーを作るツールとして「感情」は妥当ではないと仰っているように読めます。
だとしたら、この「感情」は結果として読者の心に生まれる「感情」ではないことになります。何らかの形で作中の要素として盛り込む感情ということになり、無生物や出来事に感情は宿りませんから結局「登場人物の感情」ということになりそうです。

このように3種類の「感情」を曖昧につなげて論旨を述べてしまっておられるように見えるのですが、どうなのでしょうか?

   *   *   *

ちなみに個人的には、小説においての「感情」とは、ここでわかりやすく盛り込むこむのが効果的だと思ったときに盛り込むものにすぎません。

で、この場合、もちろん作者の感情とも読者の感情とも別物です。

ただ、まったく別の意味で、作品を世に問うからには、何らかの形で読者の感情を刺激することを目指しはします。この「読者の感情」には「知的好奇心」なども含みます。
そして、そういう感情を読者に与える設計のためには、読者の感情がどういうものであるのか知る必要はあり、それを知るためには作者自身の感情は参考にはなります。
そういう意味で「作者の感情」と「読者の感情」に大いに興味はありますが、それらは実際に作品に盛り込むものではありません。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

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元記事:ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信の返信

>さらに、読者の感情・作者の感情・登場人物の感情は区別したほうが書きやすいのではないかと思います。

最初にそう仰っていましたが、兵藤さんご自身がそのへんを混同気味に論じていらっしゃらないでしょうか?

>個人的な考えを述べますと、作品への感情移入は作者にないほうがいいと思います。

それは同意します。
で、これは作者の感情の話ですよね?

では、

>感情を動かすのは、その構成すなわちプロットです。

これは誰の感情の話ですか? 構成すなわちプロットによって感情を動かすということは、これは結果としての「感情」。すなわち「読者の感情」ということになるように思います。

ストーリーと事実の羅列の違いは、感情ではないんですよね。
>ストーリーは、人物同士の葛藤や目的達成の過程、あるいはテーマのもとに関係づけられる出来事の展開です。

では、これは?

「ストーリーは」「感情」ではなく「人物同士の葛藤や目的達成の過程、あるいはテーマのもとに関係づけられる」という文脈ですから、ストーリーを作るツールとして「感情」は妥当ではないと仰っているように読めます。
だとしたら、この「感情」は結果として読者の心に生まれる「感情」ではないことになります。何らかの形で作中の要素として盛り込む感情ということになり、無生物や出来事に感情は宿りませんから結局「登場人物の感情」ということになりそうです。

このように3種類の「感情」を曖昧につなげて論旨を述べてしまっておられるように見えるのですが、どうなのでしょうか?

   *   *   *

ちなみに個人的には、小説においての「感情」とは、ここでわかりやすく盛り込むこむのが効果的だと思ったときに盛り込むものにすぎません。

で、この場合、もちろん作者の感情とも読者の感情とも別物です。

ただ、まったく別の意味で、作品を世に問うからには、何らかの形で読者の感情を刺激することを目指しはします。この「読者の感情」には「知的好奇心」なども含みます。
そして、そういう感情を読者に与える設計のためには、読者の感情がどういうものであるのか知る必要はあり、それを知るためには作者自身の感情は参考にはなります。
そういう意味で「作者の感情」と「読者の感情」に大いに興味はありますが、それらは実際に作品に盛り込むものではありません。

上記の回答(ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。の返信の返信の返信の返信)

スレ主 兵藤晴佳 : 0 投稿日時:

3つの感情の区別は、おっしゃるとおりです。

登場人物の感情を描かなくても「何がどうなったか」というストーリーは進められます。
読者の感情を動かすには、プロットによる語りの構成が必要です。
そのどちらにしても、作者は登場人物に感情移入するべきではないでしょう。
するとしても、それは敵役のほうです。

言葉が足りなくてすみません。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ストーリーとは、感情よりも「変化」ではないでしょうか。

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元記事:創作を際限なく続けるには?

私の周りに、HSPというか、二次創作で書きたいものが次々思い浮かんで、いくら書いてもネタのきれない人がいます。
おそらくは日常のあらゆることを観察し、どんなくだらないことでも、創作に生かすに際してどんなに労力がかかりそうでも取り敢えずメモしておく、という癖があるせいだと思います。
そしてそういう人は自分の観察をすぐさま創作に結びつける回路が頭の中にできているのだろうと思います。

私は残念ながらそれほど何かを好きになったことはないし、そうした回路がある訳でもありません。そういう人でも観察をすぐさま創作に結びつける方法があるとすれば、何をすればいいでしょうか?

以下、質問の動機です。
私は複雑なことを考えられないので、何かに意外性のあるものを作る前にまず「どこかで見たことのあるような形」を作ってから、それに手を加えるようにしています。誰でも知ってるような話を真似て、そこに何かしらのまとまった想像の「核」のようなものを次々と代入していき、その後で意外性を加える訳です。
日常生活における観察が「核の種」であるとするなら、種を核にすること(≒ネタ帳にメモすること)こそ、「観察を創作に結びつけること」と言えるのかもしれません。

上記の回答(創作を際限なく続けるには?の返信)

投稿者 読むせん : 0

↑荒らし乙w
古参を3人くらい追い出した英雄やで。讃えてあげてねー
ーーーーーーーーー
ワタシ読む専だから基本創作しない。
強いて言うと【自分の傲慢さ】を自覚するところから始めたらわ?

いくら書いてもネタのきれない人に仮称「N氏」とさせてもらうで。「N氏」は
①日常のあらゆることを観察している
②どんなくだらないことでも、創作に生かすそうとする
③創作のために、どんなに労力がかかりそうな事象でも取り敢えずメモしておく
④その上で対象作品がガチで好き

お前さん(仮にS氏)は
①複雑なことを考えられなーい★と思考放棄
②すぐさま創作に結びつける方法が知りたいのー♡と、安易で効果の高い手段を他力に聞いちゃう
③「どこかで見たことのあるような形」、いわゆるテンプレを二次加工して済ます
④残念ながら、それほど何かを好きになったことはない

S氏「N氏ほど創作に真摯に取り組む気も、作品愛も無いです!!」
S氏「でもN氏と同レベル、あるいはN氏を超えたいんです!!」
って傲慢を超えて下劣なんよ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず、そこから始めたらええと思うで。
駄目なデブは、楽して高カロリーなもの喰って、他人の力で痩せたがるんだわ。
醜(みにく)かろ?、気色悪(きしょくわる)かろ?薄(うす)ら、みっともなかろ?

そういう自分の醜さを作品内のキャラにフィードバックしてみ?
作品にもよるけど、大体の作品には共感性の嫌悪感をあおる醜さを抱えるキャラがいる。そのキャラの事なら、質問者さんも理解できるやろ?

その嫌悪の共感と深度が、あなたを深くすると思うよ。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 創作を際限なく続けるには?

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投稿日時:

元記事:部活モノにおける練習風景の描写について

自分は現在新人賞向けの部活モノ作品(演劇部)を執筆中なのですが、練習風景の描写にどの程度割くべきか悩んでいまして……

誰もが知っているような野球やサッカーなどの場合は例えばキャッチボールやパス練習などは特に解説も不要で、それと平行して練習以外の何かに焦点を当てながら書くことができます。逆にマイナースポーツの場合殆どの人が知らないわけですから、読者に伝わりやすいよう意識して解説しつつ物語を進めるだけで様になりますよね。

演劇部はというと決してマイナーな部活ではなく、大体どこの学校にも存在するものと思いますが、未経験者でも実際の練習風景はある程度(発声練習や滑舌練習など)想像できる一方、舞台用語であったり照明や音響機材等知らないことも多いと思います。

そこで演劇でなくとも構いませんので、実際に部活モノを執筆した方で練習風景の描写をどうしたのかという具体例(読者の反応による成功失敗は問いません)を教えて頂きたいのと、貴方がもし演劇モノを読むとしたらどんな情報をどの程度知りたいのかを回答して頂けると助かります。

上記の回答(部活モノにおける練習風景の描写についての返信)

投稿者 たまねぎくん : 0

これって、知らない人間が言うようなことじゃないですよね。
なので、まずあなたに、知らない人間より、演劇部に所属していた人間に聞いた方がいいですよ、と言っておきます。

私も知らないのですけど、大体ドラマの撮影なんかだと、現場に入る前に台本を家で読んでセリフを練習してきているので、現場ではいきなり本番、というのが普通のようですね。
そりゃ当たり前で、現場で台本とセリフをはじめて読んで、全部覚えようとしたら、5時間ぐらいはかかるんじゃないですかね。だから、効率もよくないですし、全員が集まってやるのであれば、本番をやりますよね。

ただし、これは本当の話ですが、演劇にもドラマにも、アドリブというのがありますし、脚本から、役者が勝手に変更することがあります。
これが難しい所で、それがないと面白くない、と役者が思っているということなんですよ。だから、大人しい役者以外はアドリブを入れたがりますし、アドリブ合戦になって、尺が多くなりすぎて全部カットする、なんてこともあるようですよ。
素人からしたら、不合理で不可能なようにしか思えませんけど、本当にやるらしいです。
とにかく、実際に演劇部に所属している人に聞いてみてください。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 部活モノにおける練習風景の描写について

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投稿日時:

元記事:本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?

私は本を読むのが苦手です。

しかし、世の中の小説家を目指す人は必ず本をたくさん読んでいますし、小説家の人も読むべきだと言っています。

しかし、私は読む気にはなれません。まずお金がないです、「本は千冊読むべき」と言いますが、そんなお金はありません。時間もありません、千冊読むのにどれだけの時間がかかるのでしょうか?学生、さらにはもうすぐ就職する年齢なのにどうやって時間を取ればいいのですか?

そもそも他人の考えを見るのが嫌です。他人の書いた作品、千冊となれば昔の作品にも触れなければならない。ですが、私は現実で色々事情を抱えている以上、それを本の中で馬鹿にされたり否定されたりするのに耐えられません。過去の嫌な出来事や歴史を見ることができません。

どうしても、そんな地獄を千冊も繰り返すなんて難しいです。それでも私は小説家になりたいのですが、小説家になる為には「本を読む」という生き地獄を体験しなければならないのですか?これは必ずやらなければならないのですか?

上記の回答(本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?の返信)

投稿者 ふ じ た に : 0

もしかして、あと少しで就職する学生さんだから、これからの生活に不安も抱いているのかな?って思いました。
就職先が忙しい職場じゃないといいですね。
私は体力なくて、就職したら本は読めたけど創作活動はできませんでした。
今は生活が変わって戻ってきましたけど。

あと、読まなくても受賞できた人を知らないので、読まなくてもいい助言はできなくて申し訳ないですけど、二次創作とかされているなら、原作は読めたわけですから、
読めるジャンルを探して活字に親しまれてはいかがでしょうか?

お互いに体に気を付けて創作活動、頑張りましょうね!
ではでは、失礼しました!

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 本を読むのって必ずしなくちゃいけないのですか?

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投稿日時:

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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