小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

あまくささんの返信一覧。最新の投稿順248ページ目

元記事:オマージュからは距離をおいた方がいいかもの返信

比較・分析とは、
比較は元の作品と自分の作品を比較して、「ここは似すぎてるから修正しよう」ということでしょうか。

発想法については「真逆にしてみる」のほかに「属性を変える」「別のなにかをくっつける」など聞いたことがあります。自分でパッと思いつく要素から自分なりの変化をさせて自分の作品にできればと思います。
エヴァなら、ロボットものからミステリーにして主人公シンジ君が裏組織のボスで父親のゲンドウから「探偵となり謎を解け、でなければ帰れ」と言われ、同期探偵でライバル兼ヒロインのアスカに「あんたバカァ? こんなの簡単に推理できるわよ」と言われるという感じでしょうか。

上記の回答(オマージュからは距離をおいた方がいいかもの返信の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

>比較は元の作品と自分の作品を比較して、「ここは似すぎてるから修正しよう」ということでしょうか。

それは少し性急。
分析というのは、修正する前の段階でやることです。どこがどう似ているのか見極めないと修正のしようがありませんから。
で、見極める方法は色々あるでしょうが、先に話題になっていた「抽象化」もその一つだと思いますよ。

>参考作品の展開「過去にヒロインを苦しめた現在になって敵が現れ、それを倒しヒロインを助ける」

>自分の作品の展開「ヒロインを苦しめている呪いを解き、助ける」

あくまで一例ですが、書きたいのが「苦しんでいるヒロインを助ける物語」なのだとしたら、ヒロインを苦しめているものについてはバリエーションはいくらでもあるはずです。彼女は因習に凝り固まった厳しい親に束縛されているのかもしれないし、冤罪で投獄されていて主人公が潔白の証拠を見つけないと1週間後に死刑になるのかもしれません。

そういうことが思いつかなかったら、要素を逆にしてみるという手もあるという話。
例えば元ネタが「過去にヒロインを苦しめた敵」なら、「過去」を「未来」に変えたらどうなるか考えてみます。
未来の敵って何でしょうね?
予知夢に現れる恐ろしい怪物とか、ヒロインは実はタイムマシンで未来からやってきたとか?

>エヴァなら、ロボットものからミステリーにして主人公シンジ君が裏組織のボスで~

単にあれこれ変えて組み合わせるだけで別のストーリーができるわけではありません。
変えることが目的なんじゃなくて、固定観念をこわして新しいアイデアを引き出そうということです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 好きなジャンルと要素はあるけれどストーリーが作れない

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元記事:キャラクターの「死」を扱わずに感動させる方法

「死」は誰にとっても衝撃的であるから悲しみや感動を生み出します。
二度と会って話せないことが悲しい
死後に故人の残した想いを知って泣いてしまう
命を懸けて生き抜いた姿に感動してしまう
だから「死」は感動させるのに、言い方は悪いですが無難な手段です。

では、「死」無しで感動させるにはどうすればいいか。
私が思いつくのは「スポーツ」です。毎日毎日厳しい練習、挫折することもあるけど、目標のために歯を喰いしばって立ち上がる。いざ本番になって、辛い苦しい厳しい諦めたいと思うけど、なんとか踏ん張って、仲間や支えてくれる人たちががいるならその人たちを想い最後まで全力を注ぐ。
その姿に感動を覚えます。

他に「死」を扱わずに感動を生む方法はあるでしょうか。

上記の回答(キャラクターの「死」を扱わずに感動させる方法の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

主人公に困難を与え、その困難を乗り越える過程を描けば読者や視聴者は感動する。これが、基本だと思います。スポーツものは、そういう流れを作りやすいということでしょう。

「死」が感動を生むという考えは、個人的には疑問を感じます。「悲しみ」「感傷」ならわかりますが。

>命を懸けて生き抜いた姿に感動してしまう

うん、そういうのもありますね。
しかし、それは「生き方」に感動するということが本質では? 死によって生き様を際立たせることも可能でしょうが、死の描写はそれほど必要ではない気がします。むしろ安易じゃないかと。

>だから「死」は感動させるのに、言い方は悪いですが無難な手段です。

無難な感動というのは矛盾していませんか?

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: キャラクターの「死」を扱わずに感動させる方法

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元記事:リアリティラインとは何なのかの返信

物語の話なのに、その境界にキャラクターの視覚情報を持ってくるというのはどういう理由かなと。

単純に、「作者が見せたいもの」が基準だと思いますよ。
例えば推理ものでトリックにわかりやすい嘘があったら興ざめじゃないでしょうか。「犯人は被害者の首を日本刀で切断したものの、切れ味が凄まじかったので被害者の首はそのままくっついて数時間は生きていた」とか、アホかよ、って感じだと思う。
まあ、推理作家は病んでくるとそういうネタ書いて大コケしたりするんだけど、でも、同じようなネタでも「推理もの」ではなく「ミステリ」だとこれはアリになったりする。
流石に「切れ味が良かったからくっついた」は無いけど、京極夏彦の百鬼夜行シリーズだと「容疑者は認知機能に障害があって、別の家を自宅だと思いこんでた」とか「死体は足元にあったけど、主人公が鬱状態で正常な判断ができなかったから気が付かなかった」とか、そういうのがかなりある。
だから、百鬼夜行シリーズは終盤で探偵役が推理っぽいまとめをするんだけど推理ものとして読むとくっそ駄作で、でもミステリとして読むとすこぶる面白い。

つまり、推理ものの場合は推理すべき事件とそのトリックが主軸になるからここに嘘があってはならない。けど、例えばIQ200の高校生とか妙な薬品で小学生になったとか、トリック以外の場所では、逆に嘘をついたほうがインパクトが出やすい。
一方でミステリの場合は解くべき謎の「謎」が主軸になるので、その原因には嘘があっても良い。多少無理があっても世界観と作風で押し通せる。

たぶん物語ではなくキャラクターにリアリティを持たせたいのかなと読み取れるのですが、物語でいいんかな。
物語の場合は、見せたいものを明確にして、そこが嘘にならないようしっかり書くべきだと思う。

それ以外は、まあ、そもそもスレ主さんは物語における「リアリティ」を誤解されてると思うのですが、
創作において「リアリティ」というのは「現実的」という意味じゃないです。
創作において「リアリティ」というのは「説得力」という意味。
だから、バトル漫画でキャラクターが技名を叫んだりすることはただの演出であって演出に対して「リアルじゃない」というのは不毛で、「リアリティ」の話ではない。
「リアルな演出がしたい」のなら話は別だけど、創作においては「リアルな演出」のことを「リアリティ」と呼ぶわけではない。

なので、「見せたいもの」に関しては「リアル」にすべきだと思うけど、それ以外のものはあくまで「説得力」があれば良い。

キャラクターの場合は「清楚」を書きたいのなら「清楚」のエピソードを書けば良い。
ひょっとしたら、イメージは出来てもその「清楚」のエピソードを思いつかないから、その発想の起点としてリアリティについて悩み始めたんかな。
だとしたら、「清楚」という言葉から具体的なイメージを抽出していくといい。
「飾り気がない」「清らか」「立ち振る舞いが美しい」「謙虚」「上品」「淑やかだけど前向き」「ルールを守る」「誰に対しても優しい」
こんな感じかね。
そしたら、このワードをテーマに三題噺とか使って軽く小ネタを作る。
それで「清楚なエピソード」は作れる。
個人的には、これらワードを使った文章を考えてしまうのが楽。
例えば「悪さをした不良を優しく諭し、ルールを守って不正を暴く清楚さん」みたいな。
文章考えてしまえばなんとなくエピソードの形は出来るから、イメージしやすくなる。

ここに「リアル」を入れたいのなら、人は「熱血キャラクター」とか漫画のキャラクターみたく一面しか無いってことは稀なので、側面を用意すべきで、「清楚だけど○○」と別の面を考える。
これは個人的な感覚だけど、側面は「たまにしか見られない」から側面なわけで、例えば「清楚だけど腹黒」とかであれば、メインの「清楚」よりも側面の「腹黒」にこそ「リアルさ」を込めるべきじゃないかなと思う。
腹黒のリアルさが、かえって「清楚」に対する説得力になるからね。
まあ、これだと腹黒が悪目立ちしちゃうけども。
「ぼっちざろっく」でも、主人公は本当に一人きりのときは頭ハッピーな変な行動取ったりするじゃん。常にネガティブなわけじゃないでしょ。
そういう側面が、ボッチな人からすると「脳内でならこんな風にはっちゃけることはある」と思えてボッチな主人公に人間味を感じるんじゃないかな。

たぶん、スレ主さんが求めてるものは「そういうエピソードの総合的な印象」で、即物的なものではないと思うよ。

上記の回答(雑談、いいですか?)

投稿者 あまくさ : 1 投稿日時:

すみません、ちょっと気になったので。以下はもとよりスレの論点ではないし、私の主観というか、解釈の問題に過ぎないかもしれないので、不快に感じられたらスルーしてください。

おそらくミステリ・マニアにとっては、ミステリ、とくに「ミステリー」ではなく「ミステリ」と記述する場合は、「本格推理もの」を指すことが多いように思います。
本格推理ものの典型作は、1929~1937年に書かれたエラリー・クイーンの「国名シリーズ」かと。このシリーズで作者は「すべての手がかりはフェアに読者に提示されており、論理的に思考すれば一切の謎が解ける」ことを標榜し(異論はありますが)、解決編の直前に「読者への挑戦状」を挿入しています。
日本の場合、ほぼ同時期に活躍した江戸川乱歩の本格推理ものが受けず、異常心理を前面に出した作品群がヒットしてしまったため、道が大きく分かれました。
戦後、乱歩の後を追った日本の推理作家達はクイーン流の本格ものも志向していましたが、ミステリとSFってアイデア勝負の部分が大きいので、「本格」は先人がネタを出しつくしてしまうと苦しいんですよね。過去の名作の「落ち穂拾い」をするしかなくなってしまいます。それゆえ、結局のところ異常な状況や心理に寄ってしまうのだと思われます。

そうした中、日本の現代推理小説のジャンルで最もエラリー・クイーンの遺伝子を素直に継承しているのは、私見では『名探偵コナン』ではないかと思います。
マンガというのはかなり荒唐無稽が許されるジャンルで、はなから「組織の開発した薬によって小学生の姿になってしまった高校生探偵」なんてトンデモ設定がありますから、リアリティの敷居が目一杯低く、要するに何でもありがベースになっているんですね。毛利小五郎にしても、リアルならあんなに何度も睡眠薬の静脈注射で眠らされたら深刻な後遺症に苦しむと思うのですが、そんなこと気にする読者・視聴者はいません。なので、多少トリックに無理があっても、推理に穴があっても通用してしまいます。そこを逆用して、今や小説の世界では不可能とも言える「古典的本格推理」ごっこをのびのびと楽しんでいるという、なかなかの発明だと思います。

   *   *   *

などと書きながら思い当たったのですが、小説の世界でわりと古典的な本格推理の雰囲気を醸し出しているのは、『謎解きはディナーのあとで』みたいなライト文芸っぽいところかもしれませんね。
そんなところからガチガチの推理マニアとは別の流れが発生している感じもあります。『ミステリと言う勿れ』なんかもそんな流れの中にあるような気も。
得てしてガチガチ派は純文学における「前衛小説」みたいに難しいとこに行ってしまう傾向があるのに対して、格式にこだわらないマンガやライト文芸の方が楽々と古典の風味を漂わせてしまうという。

だから今風の感覚では「ミステリ」は「軽推理もの」という感じになってきているのかな? なんかお洒落な語感がありますからね。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: リアリティラインとは何なのか

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元記事:リアリティラインとは何なのか

「るろうに剣心」の原作では技の名前を叫びます。実際には技を出しながら技名を叫ぶことはないので、リアルではありません。一方でるろ剣は、赤報隊や新撰組といった史実に基づいた描写をするため、この点ではリアルです。このリアルでない部分とリアルな部分とのギャップがツッコまれる時もありますが、しかしながら「嘘をつくなら、それ以外の部分を本当のように描く」のは創作の基本だと思います。では、「ある部分ではリアルで、そうでない部分ではリアルでない」における「ある部分」と「そうでない部分」との境界はどこにあるのが適切なのでしょうか。(るろ剣はリアルさのチグハグさを誤魔化すために読者の意識を誘導していると思いますが、そのことは今考えないことにします。)

以下、リアリティを出すための説明のうち、「読者に余計な疑問を抱かれそうな部分で使用されるもの」のみについて考え(説明そのもので楽しませるような場合を含まない)、リアルであるとは、その際の説明がより高度な知識を要するものであると読者に認識されることを意味すると定義して、話を進めます。

私見によれば、この「リアルさの統一されているべき区画」の境界は、少なくとも人物の髪色と物語の間にあります。アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」や「響け!ユーフォニアム」は、人物関係の描写が生々しい反面、人物の絵はコミカルにデフォルメされています。人物の髪色という区画に関してはそのリアルさはエポケーされる一方で、物語のある部分の区画で視聴者は「生々しい」と感じると思います。しかもこの二つの作品は生々しさの質だけを見ても大分印象が違います。リアルさを演出する方法をさりげなくするのか意識させるのか, その区画を物語に深く関わらせるのか関わらせないのか, その区画に対して登場人物がどういう反応をするのか, 他の部分とのリアルさのギャップはどの程度あると視聴者に認識されているか, といった要素によって印象が変わるのだと思いますが、要素が多すぎて推測のしようがありません。

物語だけに関して、特に非ファンタジーの王道恋愛ものについて、どこからどこまでの区間あるいはレヴェルを一区切りとしてリアリティが統一されているべきなのか。また例えば「清楚な」印象を与えるにはそのリアリティの統一された区画をどういう風に扱えばいいのか。それを教えてください。

上記の回答(あらためてリアリティについて)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

申し訳ありません。
サタンさんのコメントを拝見して少しウズウズしたところがあったので、あちらで脱線してしまいました。

ただ、脱線とは言え、向こうでも少しリアリティの問題に触れた部分があります。

マンガというジャンルは、リアリティの敷居を低くすることによって、自由に表現しやすいという特徴があると思っているんですね。
サタンさんへの書き込みでは『名探偵コナン』をあげましたが、推理もの以外では『ガルパン』が面白い例ではないかと思います。

部活で「戦車道」を嗜む女子高生。
あの作品ではまず、このトンデモ設定でリアリティの敷居を思いっきり破壊しています。それでいて作中で描かれる戦車や戦闘の描写はけっこうリアルです。

最初の設定で視聴者は「ああ、このアニメでリアリティがどうのと言うのは野暮なんだな」と理解します。するとどうなるかと言うと、スレ主様が仰る「リアリティの境界」が無効化されるんです。作者の都合でリアリティが有ったり無かったりを自由に行き来できるようになります。

例えばガルパンの作中で、45度くらいの下り坂に戦車を停車させて、下方の敵を砲撃するというシーンがありました。リアルなら、その角度で停車したら滑り落ちてしまう危険が高いと思います。
ただ、『ルパン三世』では90度近い崖面を車が走ったりしているのと比べたら、キャタピラはけっこう無茶がきくところもあるし、物理的に不可能ではないかもなという線をギリギリ守ってはいます。

また、そのシーンのコンセプトは、超重戦車を中戦車・軽戦車の連携プレーで仕留めるというものでした。(私はミリオタではないので、重・中・軽戦車の専門的な分類は知りません。そのへんが間違っていたらお許しください)

で、まあ。

軽戦車の車高の低さを利用して、超重戦車に正面から突っ込んで、乗り上げさせてしまうんですね。さらに、もう一台の軽戦車が超重戦車の上にも乗り上げて、砲塔の回転をロックしてしまいます。そうして立ち往生させたところを上から狙い撃ちするという作戦。

これもね。
現実には、まあ、無理でしょう。ただ、物理的に絶対不可能とまでは言えないラインだったと思います。「実際にやろうとしても、そんなに上手くいくはずないよね」という意味での「無理」です。
何より、こういうのはある程度突拍子もないアイデアじゃないと盛り上がりません。
そこで物語のベースがリアル寄りだとご都合主義と言われていしまいますが、最初にリアリティの敷居を低くしているために通用してしまうのです。そして、「意表を突く冴えた展開」を「ノリと勢い」で心おきなく楽しめるという寸法です。

>物語だけに関して、特に非ファンタジーの王道恋愛ものについて、

一口に王道恋愛ものと言っても、しっとり系からハチャメチャ・ラブコメまで、色々ありますよね?
後者ならガルパン流と相性がよいと思います。
前者なら「ノリと勢い」路線は使えないでしょうが、読者の好む情緒的な雰囲気で盛り上げてリアリティの敷居を無効化することは可能かもしれません。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: リアリティラインとは何なのか

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元記事:面白そうなあらすじが書けないです……。

こんにちは、初めまして みず です。
私は主に短編を書いているのですが、いつも「あらすじ」で悩んでしまいます。
どこまで内容を開示するか、とか。作品のどこをセールスポイントにするか、とか。
作品を魅力的に宣伝するのが苦手で困っています。
皆さんは10,000文字以内の短編を書いたときにどのようにあらすじを書いていますか?
よろしければお教えいただけると幸いです。

上記の回答(面白そうなあらすじが書けないです……。の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

はじめまして。

あらすじと言っても、「公募用の梗概(要約)」「プロットを練るための作業過程」「内容紹介のための宣伝文」などがあり、それぞれまったく別物です。書き方も違います。

私の場合。
まず、公募用の梗概は、募集要項で求められていればもちろん書きます。これは大量の応募作を短時間で読まなければならない下読みさんなどのためのものなので、ストーリーの最初から終わりまで飾らずに要約するのがベストです。なまじ作者が売りや宣伝を意識して書いても無視されるし、かえってイラッとされるおそれがあります。

入り組んだストーリーを練るためにプロットを紙やPCで書くことはあります。これは本編執筆のための設計図です。長編ならこの作業は必須ですが、10,000文字くらいならたいてい頭の中だけでイメージできてしまうので、書かずにすませてしまうことが多いですね。

内容紹介のための宣伝文は、公募では求められないのが普通じゃないですか? 内容を簡潔に要約した梗概は求められますが、先に書いたようにこれは宣伝文ではありません。
宣伝文は、WEB小説ではよく見ますね。ただ、私はなろうなどには投稿していないので、その手の文章は書いたことがありません。

ただ、思うんですが。

>どこまで内容を開示するか、とか。作品のどこをセールスポイントにするか、とか。

セールスポイントは本編を書く段階で把握してないとダメでしょう。紹介文を書くときに作者がどこがセールスポイントかわかっていないというのは、かなりマズイ状態だと思いますよ。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 面白そうなあらすじが書けないです……。

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元記事:物語り(主人公サイド)の目的の明確性と数

 私は、人気アニメ作品で、漫画アニメや共同制作アニメは明確な目的が1~2つ決まっていて、ライトノベル作品の方は、小さな目的が複数ある場合が多い、ということを感じました(特に最近は異世界+αものが多く、主人公行動中に目的が出てきて、それを果たしてまた次…のような作品が多い気がします)。
1.まず明確な目的を持っている作品というのは「進撃の巨人」、「終わりのセラフ(小説版)」などの作品です。
2.そして小さな目的が複数ある作品というのは「リゼロ」、「とある」などの作品です。
 私は作家志望ですが、1の作品の方がどちらかというとストーリが壮大で面白いように感じました。しかし、前述した通り上位のライトノベル作品には2の場合が非常に多い気がしました。
ライトノベル作品を作る場合、明確な目的を1~2つで構成するのはありでしょうか?
私はありだと思うのですが…。ぜひ第三者の意見を聞きたいです。

上記の回答(物語り(主人公サイド)の目的の明確性と数の返信)

投稿者 みりん : 2

大目的がある話にも、小目的はたくさんあって、それを毎回解決しつつ、大きな謎にせまる、というストーリー展開をしていると思います。

例えば、「ハリーポッター」は、構想の段階で全7巻と決めてたそうです。
邪悪な魔法使いヴォルデモートを倒すというのが大目標ですが、1巻ごとに小さな目的があって、賢者の石を守るとか、秘密の部屋にいる大蛇を倒すとか、魔法学校での1年を区切りにして、巻数を積み重ね、最後の巻で大目的を倒すことに成功しています。

何とかレンジャーも、あまり詳しくないですが、大目標として悪の組織を倒すと決まっているけれど、毎週放送される一話ごとに怪人を倒すという小目的があって、1年かけて大目的を倒すことになっています。

名探偵コナンとかもそうですね、黒の組織を倒すという大目的はありつつ、毎回怪盗が出たり、殺人ラブコメをやったりと、組織と関係ない事件ばっかり起きますが、犯人を捕まえて事件解決を短いスパンで繰り返しています。

逆に小さな目的が複数ある作品に「リゼロ」を挙げてらっしゃいますが、「リゼロ」にも、ヒロインを女王にするという大目的があるのではないでしょうか?

「進撃の巨人」も、巨人を駆逐するという大目的がありつつ、立体駆動装置を使いこなせるようになる、とか仲間のうちに巨人が編とか、壁奪還とか、小目的に分けようと思えば分けられます。

なんでこういう風に、小目的がたくさん必要なのかというと、謎が提示される、解決する、というスパンが短い方が面白いからです。疑問に思った不自然な点が放置されると読者は不快に感じます。
こちらが、いくらクライマックスでどーんと謎が解けてカタルシスが生まれるんだーと思っていても、最近の読者は、特にWEBでは、冒頭の数行読んで面白くなかったら読むのをやめてしまいます。
なので、ここは伏線で、疑問に思ってもらっといて最後に解消、などという悠長なことはできません。
だから、大目的ひとつだけで長編ストーリーを構成というのが、そもそも無理があるように思います。

主人公の身になったとしても、ヒロインを落とせって大目的をいきなり達成することは無理でも、連絡先を交換するとか、デートに誘うとか、告白するとか、手を握るとか、段階を踏むための小目的ならできるような気がしますよね。
その小目的の内容に一喜一憂したりして楽しむのがストーリーなのでは? と思います。

WEBで作品を発表するだけなら、いくら長い作品を構想するのも自由なので、大目的を用意して、作品を作ることは可能。
だけど、大目的だけでストーリーを構成するのはそもそも困難。
小目的をクリアして、そのクリアした結果得られた事実やアイテムによって、新しい小目的が現れて、それをまた解決するために奔走し、謎に近づいて行く、という形に必然的になる。
謎→解決のスパンが短い方が、読者にストレスを与えないで読んでもらえそう。
伏線を引っ張ると、そうとう上手くやらないとだいたい失敗する。

また、上記の理由とは別に、
「SAO」では、「ゲームで死んだら死んでしまうゲームをクリアして現実に戻る」という目的が解決した後も続編が続いているので、大目的がないと感じるかもしれませんが、そもそもこの「ゲームをクリアして現実世界に戻る」が最初のシリーズの大目的ですよね。
ただ人気があって、続編希望の声が多かったので、大目的達成後の世界が描かれたということなのかなと思います。

以上のように、
「どんな作品にも大目的は1~2こあるし、小目的もいくつかあるものだ」
というのが私の意見です。
商業的に成功したら、大目的達成後も、キャラクターと世界観を引き継いで新たな大目的が設定された続編が描かれることもあるけれど、という但し書きがつきます。

2.小さな目的が複数ある作品が多いと感じるのは、商業的に成功するかわからないので、1巻ないし、上下巻で終わる話にしてリスクヘッジするから。そして、人気だったら続編を出すために無理やり大目的を設定した2巻を作るから、シリーズ通した大目的のない作品が増える、ということなのかなと思います。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 物語り(主人公サイド)の目的の明確性と数

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投稿日時:

元記事:現在書いている物語の概要と主人公についての批評を下さい

 連投すみません。オミクロンです。前回の質問でご指摘いただいた部分は鋭意見直し中です。

 さて、今回は前回よりもう少し踏み込んで、全体のストーリーと主人公の大まかな言動についてまとめました。少々長くなりますが、それに関する批評をお願いいたします。

ジャンル:異世界転移、精神成長もの、チート要素あり

【起】
 日本で高校2年生だった主人公は、落ちこぼれの烙印を押されていた。本人が怠惰なわけではなく、どれほど努力を重ねても結果が大きく実らないというものだった。更に本人の性格が努力至上型だったため、いつの間にか諦念に塗れて塞ぎ込んでいた。そこで突如として異世界に召喚される。

 同級生も十数名召喚されていた。才能が可視化され、身体能力と技能が数値化された世界においてさえ、その世界独自の忌み嫌われる【規格】を保持していたせいで牢獄行きになる。完全に諦め命を捨てようとした瞬間に、もう一人の罪人(元天才錬金術師)から禁忌の技術を手に入れる。

 それは【規格】を持つ者のみが、他者から才能と技能を奪えるものだった。しかし致命的な欠陥があり、双方の同意を得なければ奪えないという残酷なものだった。それでも主人公は自由になるという夢をかなえるため、異世界で出来た二人の師を同意のもとにその手で殺め、異世界の旅を始める。

【承】
 旅の過程で主人公と仲間たちは複数の国を巡っていく。仲間と共にダンジョンに挑み、時には異世界(地球)の技術をフル活用して大儲けする。また、その強さと行動力を称えられ高位の冒険者に認定される。(要は異世界転移モノのなろう小説みたいな内容です)

【転】
しかし、二人目の師を殺めた時点で手放そうと決めたはずの技術は、不幸な事故によって有効に活用されいていく。(技術の行使は作中5回)危機感と恐怖を抱いた主人公は、技術を封印しようとする。だが、高位冒険者になったことを滞在中の国に利用され、いつの間にか片思いしていたヒロインの一人をその技術によって手をかける。

 失意のどん底に陥りながらも、それでも夢を諦められない主人公は2周目(物理的な意味)の旅に出かける。(シナリオ上世界そのものが狭い設定です)その最中で陰謀に巻き込まれそうになった同級生と幼馴染を救ったり、仇のある国(主人公らを召喚した国)への戦争準備に協力したりする。

 2周目の終点間際で、幼馴染がやむにやまれず件のヒロインに致命傷を負わせた事実に気が付き、自身のほんの些細な機転で回避できたことを知り発狂する。自身に完全に失望した主人公は、かつてと同じように塞ぎ込み始める。

【結】
 その危機を救ったのは死んだヒロインであった。ヒロインは主人公を罪悪感の鎖から解き放ち、主人公は再起する。

 それまでに行ってきた仇の国への工作の結果、その世界では初となる人類同士の世界大戦が勃発する。(他の国も仇の国と戦う理由はあります)そこで再起した主人公は英雄的活躍をする。仇の国は周囲を他の国の連合軍によって包囲され、滅亡する。

 その滅亡と同時に黒幕が登場し、今度は全人類対黒幕の戦争が勃発する。(黒幕に関しては序盤から布石や伏線を張っています)黒幕と主人公の一騎打ちの果てに、主人公は望んでいた自由とは何だったのかを理解し、黒幕に完全勝利する。

 二つの迷いを完全に克服した主人公は、望んだ「自由」を手に蘇生したヒロインと共に生きていく。(蘇生に関することも布石を置いてあります)

【承知している問題点】
シナリオ上必要な仲間のサブキャラの犠牲が5人いる事。しかもその殺害描写をしっかりと書いていること。また間隔が短い為、使い捨てにしていること。

物語の構成上【転】の部分でもう1周世界を回るため、必然的に長く(全体の3分の1ほどに)なり、どうしても重苦しくなること。

【主人公に関して】
 主人公の性格として、基本は自己中心的だが、悪意をもって行動することは滅多にない。周囲の事情を鑑みることが出来る。頼まれたら中々断れない。それでいて決断が甘いときがある。人情に入れ込みやすい為、出会った敵以外の人間を見捨てることが出来ない。

 矛盾しているようですが、自らの欲求を叶えると同時に他者の利益も考えるwin-winを重視する人間といった感じです。

 長くなってしまいましたが、ご意見のほどよろしくお願いします。

上記の回答(現在書いている物語の概要と主人公についての批評を下さいの返信)

投稿者 とある書籍化作家 : 0

はじめまして。

まずこの作品は、公募に出されるのですか?
それともなろうで文字数に制約なく連載されるのですか?

極めて重要ですが、何文字で書くつもりなのかが明示されていないとプロットの良し悪しは判断できません。
いわゆる映画の脚本は2時間前後が前提としてあります。小説は大体一冊10万字前後です。

つまりこの枠におさまらない作品は、最初から破綻しています。
思うに、ここにある要素全てを一冊の本にまとめたら破綻は避けられないでしょう。

それほど長く、登場人物が多いためです。
多分、数十ページごとに重要と思われるサブキャラが死ぬことになります。
このペースだと読者の共感や感動を引き起こすのは難しいでしょう。

本の長さにあった物語を構築するのも、創作の大切な点です。
ご留意ください。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 現在書いている物語の概要と主人公についての批評を下さい

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投稿日時:

元記事:カットの仕方って、どうしていますか?

 気がつくと予定の量の二倍・推敲でさらに倍化するときがあります。

 心がけているのは、『エピソード・シーンなどを減らして、描写を濃くする』です。
 説明不足を避けるためですが、これのせいで文章が増えていると感じます。

 特に起承転結の起が困ります。全体の五パーセントから十パーセントに収めたいのに、三万・四万はオーバーします。予定が二四万字で、最後には倍になると計算すれば、ちょうどいいのでしょうか。
 いちおう、登場人物と身の回りの環境だけを描写した結果が、これですが。(章も一つ、まるごと削りました)

 解決策はプロットの変更です。しかし、設定・登場人物を削った結果、むしろ前より長くなったのではないかという疑惑が立っています。

 それとも、冒頭の問題でしょうか。
 承の事件・出来事が発生する場面を最初に持ってきたり、後から起で起きた出来事を説明したり。
 そういうやり方のほうがいいかもしれません。

 それと、説明を全て描写・エピソードに変換した弊害もあります。登場人物が物語を勝手に進めて、視点が読者側を向かず、置いてけぼりを食らっているのではないかと感じます。

上記の回答(カットの仕方って、どうしていますか?の返信)

投稿者 のん : 0

 こんばんは、のんです。以下、勝手な想像で意見させて頂きますので、見当違いの場合は申し訳ありません。先に謝っておきます。

▼『エピソード・シーンなどを減らして、描写を濃くする』
 との事ですが、蛇足となる話は切り捨てて重要なシーンをより掘り下げている。という事でしょうか。理由の説明不足を避けるため、というのも「より掘り下げたい」ということなんだと思います。
 これは何も間違っていません。物語の一体感を上げる有効な手段です。それが無駄に文章を増やしてしまう結果になったのは、折角削ったエピソード・シーンを描写を濃くする段階でまた植え付けてしまったせいでしょう。
 例えば、食事シーンを掘り下げるとき。一緒に食べているキャラクターや場所、食事の内容やその感想等。出せる情報はたくさん有りますが、必要でないものの方が多いですよね。見直してみては如何でしょうか。

 それに、そもそも描写は回りくどくなりやすいものです。出したい情報をそのまま説明するのではなく遠回しに伝えるのですから、当然ですよね。そういう意味の「描写」ではないのかもしれませんが、端的に説明する意識をもつと良いかもしれません。

 それから▼特に起承転結の起が困ります。と有りますが、長くなって困るのは展開が遅いと感じるからでしょうか。
 こう言ったグダりや中だるみは、得てして中盤に出やすいものです。それが序盤にとなると、気が付かない内に起から承に片足を突っ込み、転に手を伸ばしているのかもしれません。
 長編の起承転結はそう単純ではないと思いますが、つまりは起で必要な情報が見極められていないのです。序盤は物語が動き出す部分。そうそうグダりはしません。物語が始まったと思ったなら、サクっと切り上げて承にいくべきです。

▼設定・登場人物を削った結果、むしろ前より長くなった
 のは、きっとそこが消えた分の穴埋めをしようとしてしまったのではないかと。
 どうやらいろは歌様は、読者様に確りと伝えたい。という思いが強いようですが、何も一から十まで描写する必要はないんですよ。読んでみないことには何とも言えませんので、誰かに読んでもらってみて下さい。文章がより洗練されると思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: カットの仕方って、どうしていますか?

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