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リアリティラインとは何なのか (No: 1)

スレ主 リボンブラウスデビル 投稿日時:

「るろうに剣心」の原作では技の名前を叫びます。実際には技を出しながら技名を叫ぶことはないので、リアルではありません。一方でるろ剣は、赤報隊や新撰組といった史実に基づいた描写をするため、この点ではリアルです。このリアルでない部分とリアルな部分とのギャップがツッコまれる時もありますが、しかしながら「嘘をつくなら、それ以外の部分を本当のように描く」のは創作の基本だと思います。では、「ある部分ではリアルで、そうでない部分ではリアルでない」における「ある部分」と「そうでない部分」との境界はどこにあるのが適切なのでしょうか。(るろ剣はリアルさのチグハグさを誤魔化すために読者の意識を誘導していると思いますが、そのことは今考えないことにします。)

以下、リアリティを出すための説明のうち、「読者に余計な疑問を抱かれそうな部分で使用されるもの」のみについて考え(説明そのもので楽しませるような場合を含まない)、リアルであるとは、その際の説明がより高度な知識を要するものであると読者に認識されることを意味すると定義して、話を進めます。

私見によれば、この「リアルさの統一されているべき区画」の境界は、少なくとも人物の髪色と物語の間にあります。アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」や「響け!ユーフォニアム」は、人物関係の描写が生々しい反面、人物の絵はコミカルにデフォルメされています。人物の髪色という区画に関してはそのリアルさはエポケーされる一方で、物語のある部分の区画で視聴者は「生々しい」と感じると思います。しかもこの二つの作品は生々しさの質だけを見ても大分印象が違います。リアルさを演出する方法をさりげなくするのか意識させるのか, その区画を物語に深く関わらせるのか関わらせないのか, その区画に対して登場人物がどういう反応をするのか, 他の部分とのリアルさのギャップはどの程度あると視聴者に認識されているか, といった要素によって印象が変わるのだと思いますが、要素が多すぎて推測のしようがありません。

物語だけに関して、特に非ファンタジーの王道恋愛ものについて、どこからどこまでの区間あるいはレヴェルを一区切りとしてリアリティが統一されているべきなのか。また例えば「清楚な」印象を与えるにはそのリアリティの統一された区画をどういう風に扱えばいいのか。それを教えてください。

カテゴリー: 文章・描写

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リアリティラインとは何なのかの返信 (No: 2)

投稿者 サタン : 1 No: 1の返信

投稿日時:

物語の話なのに、その境界にキャラクターの視覚情報を持ってくるというのはどういう理由かなと。

単純に、「作者が見せたいもの」が基準だと思いますよ。
例えば推理ものでトリックにわかりやすい嘘があったら興ざめじゃないでしょうか。「犯人は被害者の首を日本刀で切断したものの、切れ味が凄まじかったので被害者の首はそのままくっついて数時間は生きていた」とか、アホかよ、って感じだと思う。
まあ、推理作家は病んでくるとそういうネタ書いて大コケしたりするんだけど、でも、同じようなネタでも「推理もの」ではなく「ミステリ」だとこれはアリになったりする。
流石に「切れ味が良かったからくっついた」は無いけど、京極夏彦の百鬼夜行シリーズだと「容疑者は認知機能に障害があって、別の家を自宅だと思いこんでた」とか「死体は足元にあったけど、主人公が鬱状態で正常な判断ができなかったから気が付かなかった」とか、そういうのがかなりある。
だから、百鬼夜行シリーズは終盤で探偵役が推理っぽいまとめをするんだけど推理ものとして読むとくっそ駄作で、でもミステリとして読むとすこぶる面白い。

つまり、推理ものの場合は推理すべき事件とそのトリックが主軸になるからここに嘘があってはならない。けど、例えばIQ200の高校生とか妙な薬品で小学生になったとか、トリック以外の場所では、逆に嘘をついたほうがインパクトが出やすい。
一方でミステリの場合は解くべき謎の「謎」が主軸になるので、その原因には嘘があっても良い。多少無理があっても世界観と作風で押し通せる。

たぶん物語ではなくキャラクターにリアリティを持たせたいのかなと読み取れるのですが、物語でいいんかな。
物語の場合は、見せたいものを明確にして、そこが嘘にならないようしっかり書くべきだと思う。

それ以外は、まあ、そもそもスレ主さんは物語における「リアリティ」を誤解されてると思うのですが、
創作において「リアリティ」というのは「現実的」という意味じゃないです。
創作において「リアリティ」というのは「説得力」という意味。
だから、バトル漫画でキャラクターが技名を叫んだりすることはただの演出であって演出に対して「リアルじゃない」というのは不毛で、「リアリティ」の話ではない。
「リアルな演出がしたい」のなら話は別だけど、創作においては「リアルな演出」のことを「リアリティ」と呼ぶわけではない。

なので、「見せたいもの」に関しては「リアル」にすべきだと思うけど、それ以外のものはあくまで「説得力」があれば良い。

キャラクターの場合は「清楚」を書きたいのなら「清楚」のエピソードを書けば良い。
ひょっとしたら、イメージは出来てもその「清楚」のエピソードを思いつかないから、その発想の起点としてリアリティについて悩み始めたんかな。
だとしたら、「清楚」という言葉から具体的なイメージを抽出していくといい。
「飾り気がない」「清らか」「立ち振る舞いが美しい」「謙虚」「上品」「淑やかだけど前向き」「ルールを守る」「誰に対しても優しい」
こんな感じかね。
そしたら、このワードをテーマに三題噺とか使って軽く小ネタを作る。
それで「清楚なエピソード」は作れる。
個人的には、これらワードを使った文章を考えてしまうのが楽。
例えば「悪さをした不良を優しく諭し、ルールを守って不正を暴く清楚さん」みたいな。
文章考えてしまえばなんとなくエピソードの形は出来るから、イメージしやすくなる。

ここに「リアル」を入れたいのなら、人は「熱血キャラクター」とか漫画のキャラクターみたく一面しか無いってことは稀なので、側面を用意すべきで、「清楚だけど○○」と別の面を考える。
これは個人的な感覚だけど、側面は「たまにしか見られない」から側面なわけで、例えば「清楚だけど腹黒」とかであれば、メインの「清楚」よりも側面の「腹黒」にこそ「リアルさ」を込めるべきじゃないかなと思う。
腹黒のリアルさが、かえって「清楚」に対する説得力になるからね。
まあ、これだと腹黒が悪目立ちしちゃうけども。
「ぼっちざろっく」でも、主人公は本当に一人きりのときは頭ハッピーな変な行動取ったりするじゃん。常にネガティブなわけじゃないでしょ。
そういう側面が、ボッチな人からすると「脳内でならこんな風にはっちゃけることはある」と思えてボッチな主人公に人間味を感じるんじゃないかな。

たぶん、スレ主さんが求めてるものは「そういうエピソードの総合的な印象」で、即物的なものではないと思うよ。

雑談、いいですか? (No: 3)

投稿者 あまくさ : 1 No: 2の返信

投稿日時:

すみません、ちょっと気になったので。以下はもとよりスレの論点ではないし、私の主観というか、解釈の問題に過ぎないかもしれないので、不快に感じられたらスルーしてください。

おそらくミステリ・マニアにとっては、ミステリ、とくに「ミステリー」ではなく「ミステリ」と記述する場合は、「本格推理もの」を指すことが多いように思います。
本格推理ものの典型作は、1929~1937年に書かれたエラリー・クイーンの「国名シリーズ」かと。このシリーズで作者は「すべての手がかりはフェアに読者に提示されており、論理的に思考すれば一切の謎が解ける」ことを標榜し(異論はありますが)、解決編の直前に「読者への挑戦状」を挿入しています。
日本の場合、ほぼ同時期に活躍した江戸川乱歩の本格推理ものが受けず、異常心理を前面に出した作品群がヒットしてしまったため、道が大きく分かれました。
戦後、乱歩の後を追った日本の推理作家達はクイーン流の本格ものも志向していましたが、ミステリとSFってアイデア勝負の部分が大きいので、「本格」は先人がネタを出しつくしてしまうと苦しいんですよね。過去の名作の「落ち穂拾い」をするしかなくなってしまいます。それゆえ、結局のところ異常な状況や心理に寄ってしまうのだと思われます。

そうした中、日本の現代推理小説のジャンルで最もエラリー・クイーンの遺伝子を素直に継承しているのは、私見では『名探偵コナン』ではないかと思います。
マンガというのはかなり荒唐無稽が許されるジャンルで、はなから「組織の開発した薬によって小学生の姿になってしまった高校生探偵」なんてトンデモ設定がありますから、リアリティの敷居が目一杯低く、要するに何でもありがベースになっているんですね。毛利小五郎にしても、リアルならあんなに何度も睡眠薬の静脈注射で眠らされたら深刻な後遺症に苦しむと思うのですが、そんなこと気にする読者・視聴者はいません。なので、多少トリックに無理があっても、推理に穴があっても通用してしまいます。そこを逆用して、今や小説の世界では不可能とも言える「古典的本格推理」ごっこをのびのびと楽しんでいるという、なかなかの発明だと思います。

   *   *   *

などと書きながら思い当たったのですが、小説の世界でわりと古典的な本格推理の雰囲気を醸し出しているのは、『謎解きはディナーのあとで』みたいなライト文芸っぽいところかもしれませんね。
そんなところからガチガチの推理マニアとは別の流れが発生している感じもあります。『ミステリと言う勿れ』なんかもそんな流れの中にあるような気も。
得てしてガチガチ派は純文学における「前衛小説」みたいに難しいとこに行ってしまう傾向があるのに対して、格式にこだわらないマンガやライト文芸の方が楽々と古典の風味を漂わせてしまうという。

だから今風の感覚では「ミステリ」は「軽推理もの」という感じになってきているのかな? なんかお洒落な語感がありますからね。

雑談、いいですか?の返信 (No: 6)

投稿者 サタン : 1 No: 3の返信

投稿日時:

あまり気にしてなかったけど言われてみれば確かに表記の違いでそうした区別があるのかな。
個人的には 出版社の校正による違い くらいにしか考えてませんでした。

しかし、なるほど。
新人賞でも「ミステリ大賞」と「ミステリー大賞」があるけど、あんま詳しくないとそういうところで躓くかもしれませんね。
実を言うと私個人としてはサスペンスとミステリの違いすらフワッとしてたりします。

リアリティラインとは何なのかの返信 (No: 4)

投稿者 読むせん : 1 No: 1の返信

投稿日時:

あー・・・・たぶん貴方は作品書くのに向いてないと思うわ。ワタシ的に。

【技を出しながら技名を叫ぶことないので、リアルではありません】
はかなりアホな回答です。しかも不正確です。

『少年漫画などの娯楽作品で』技を出しながら『技の使用者が』技名を叫ぶこと『は、よく見かけます』。『けれど、実際の殺し合いやプロレス試合では叫ぶような事は』無いので、『私にとっては』リアルではありません
くらいは必要やで?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『』内の言葉は察する事はできますが、察せない人が読むと刑法第129条くらいのノリに見えます。しかも【書いている本人が気づいていない】

貴方の言葉は、あなた自身が思うよりも必要な要素が足りなさすぎる。

断定的な上に説明不足で、それが絶対に見えるような独特の言い回し。あなた「けっこう重めのアスペルガー持ち」と推理するわ(-_-;)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
 アスペルガーにも傾向があるので、全員が全員同じではないですが、類型パターンがあります。
その一つが【 極 論 主 義 】ね。
 
あなたの認識している【リアリティー国境線】は、ぽわぽわした緩衝地帯や空白地帯がある、かなり広いスペースで、下手すると国一つ作れるような広い場所です。

あなたはそこを【線】としか考えていないから、扱い方が分からないと混乱しているんやと思いますよ。ワタシの考えでの中では、ね。
ーーーーーーーーーーーーーー
方法はザックリ2個。

①世界側が、あなたの理想通り、線で明確に区分できるシステムに変わる
②あなたが自分の定義をリセットし、再構築する

もっといろんな選択肢はあるやろうけど、ザックリするとこの二つや。好きに選び?

ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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演出とは何なのかの返信の返信 (No: 8)

投稿者 ごたんだ : 0 No: 4の返信

投稿日時:

マウント取り乙女

『リアリティ』はクリ(自主規制)なら一本も日本も骨子を持っていても更に議論の尽きない芳醇な『テーマ』である。

数学の論文相手に個人攻撃するくらいに滑稽だっ!!!

貴様らの目標は邪悪だと確信しているが、青ペン気取りで何するものぞ??! ブルーチーズよ

あらためてリアリティについて (No: 5)

投稿者 あまくさ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

申し訳ありません。
サタンさんのコメントを拝見して少しウズウズしたところがあったので、あちらで脱線してしまいました。

ただ、脱線とは言え、向こうでも少しリアリティの問題に触れた部分があります。

マンガというジャンルは、リアリティの敷居を低くすることによって、自由に表現しやすいという特徴があると思っているんですね。
サタンさんへの書き込みでは『名探偵コナン』をあげましたが、推理もの以外では『ガルパン』が面白い例ではないかと思います。

部活で「戦車道」を嗜む女子高生。
あの作品ではまず、このトンデモ設定でリアリティの敷居を思いっきり破壊しています。それでいて作中で描かれる戦車や戦闘の描写はけっこうリアルです。

最初の設定で視聴者は「ああ、このアニメでリアリティがどうのと言うのは野暮なんだな」と理解します。するとどうなるかと言うと、スレ主様が仰る「リアリティの境界」が無効化されるんです。作者の都合でリアリティが有ったり無かったりを自由に行き来できるようになります。

例えばガルパンの作中で、45度くらいの下り坂に戦車を停車させて、下方の敵を砲撃するというシーンがありました。リアルなら、その角度で停車したら滑り落ちてしまう危険が高いと思います。
ただ、『ルパン三世』では90度近い崖面を車が走ったりしているのと比べたら、キャタピラはけっこう無茶がきくところもあるし、物理的に不可能ではないかもなという線をギリギリ守ってはいます。

また、そのシーンのコンセプトは、超重戦車を中戦車・軽戦車の連携プレーで仕留めるというものでした。(私はミリオタではないので、重・中・軽戦車の専門的な分類は知りません。そのへんが間違っていたらお許しください)

で、まあ。

軽戦車の車高の低さを利用して、超重戦車に正面から突っ込んで、乗り上げさせてしまうんですね。さらに、もう一台の軽戦車が超重戦車の上にも乗り上げて、砲塔の回転をロックしてしまいます。そうして立ち往生させたところを上から狙い撃ちするという作戦。

これもね。
現実には、まあ、無理でしょう。ただ、物理的に絶対不可能とまでは言えないラインだったと思います。「実際にやろうとしても、そんなに上手くいくはずないよね」という意味での「無理」です。
何より、こういうのはある程度突拍子もないアイデアじゃないと盛り上がりません。
そこで物語のベースがリアル寄りだとご都合主義と言われていしまいますが、最初にリアリティの敷居を低くしているために通用してしまうのです。そして、「意表を突く冴えた展開」を「ノリと勢い」で心おきなく楽しめるという寸法です。

>物語だけに関して、特に非ファンタジーの王道恋愛ものについて、

一口に王道恋愛ものと言っても、しっとり系からハチャメチャ・ラブコメまで、色々ありますよね?
後者ならガルパン流と相性がよいと思います。
前者なら「ノリと勢い」路線は使えないでしょうが、読者の好む情緒的な雰囲気で盛り上げてリアリティの敷居を無効化することは可能かもしれません。

リアリティラインとは何なのかの返信 (No: 7)

投稿者 通りすがり : 0 No: 1の返信

投稿日時:

物語に出てくるような清楚な人なんて現実にはほとんどいないってのがリアルなんじゃないですかね。今までの人生で清楚な人に会ったことはありません。世の中の多くの人がそうなんじゃないかな。絶対いないとは言い切れませんけど。
清楚系ファッションの人なら街にたくさんいますが、あくまでファッションですからね。
なので極端な事を言えば清楚キャラが登場してる時点でリアリティが無く、清楚を演出してるキャラや清楚を追い求めるキャラ(欲望・願望・憧れ)にこそリアリティを感じられるかも。そしてそんなキャラばかりの中に1人普通の子がいれば比較で清楚に見えなくもないかなと。

リアリティラインとは何なのかの返信 (No: 9)

投稿者 ごたんだ : 0 No: 1の返信

投稿日時:

技名を叫ぶのは『飛天御劔虎』が物語のテーマにあるからです。
技名を叫ばず剣を振り回すだけなら、技の印象がエロで『飛天御劔虎』が出た瞬間、毒者は戸惑うことでしょう!!!
逆にミステリなどで重要な部文は、やけにあっさり流します。

思うにリアリティがどうこうラインがどうこうは客観的ではなく、主観的な話しです。

『飛天御劔虎』がストーリー上で重要だから“技"の名前を叫ぶことが毒者に優しいだけで、実際に男子が剣道を病める理由が声出しが恥ずかしいというのがトップに登るくらいうるさいです。
『飛天御劔虎』は技名を叫ぶのが流儀だのと裏設定があるのかもしれません。
だけど客観的には設定というリキミがあるだけではないでしょうか???

早い話しが、ゼロ、メカレンダ、ジロテクストに類するカタルトシヌは力まない書けない。
マスタードガスの親戚で脳みそ削減されたバイオトミーで寿命がガリガリ減った阿呆には不可能だということだと思います。

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「るろうに剣心」の原作では技の名前を叫びます。実際には技を出しながら技名を叫ぶことはないので、リアルではありません。一方でるろ剣は、赤報隊や新撰組といった史実に基づいた描写をするため、この点ではリアルです。このリアルでない部分とリアルな部分とのギャップがツッコまれる時もありますが、しかしながら「嘘をつくなら、それ以外の部分を本当のように描く」のは創作の基本だと思います。では、「ある部分ではリアルで、そうでない部分ではリアルでない」における「ある部分」と「そうでない部分」との境界はどこにあるのが適切なのでしょうか。(るろ剣はリアルさのチグハグさを誤魔化すために読者の意識を誘導していると思いますが、そのことは今考えないことにします。)

以下、リアリティを出すための説明のうち、「読者に余計な疑問を抱かれそうな部分で使用されるもの」のみについて考え(説明そのもので楽しませるような場合を含まない)、リアルであるとは、その際の説明がより高度な知識を要するものであると読者に認識されることを意味すると定義して、話を進めます。

私見によれば、この「リアルさの統一されているべき区画」の境界は、少なくとも人物の髪色と物語の間にあります。アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」や「響け!ユーフォニアム」は、人物関係の描写が生々しい反面、人物の絵はコミカルにデフォルメされています。人物の髪色という区画に関してはそのリアルさはエポケーされる一方で、物語のある部分の区画で視聴者は「生々しい」と感じると思います。しかもこの二つの作品は生々しさの質だけを見ても大分印象が違います。リアルさを演出する方法をさりげなくするのか意識させるのか, その区画を物語に深く関わらせるのか関わらせないのか, その区画に対して登場人物がどういう反応をするのか, 他の部分とのリアルさのギャップはどの程度あると視聴者に認識されているか, といった要素によって印象が変わるのだと思いますが、要素が多すぎて推測のしようがありません。

物語だけに関して、特に非ファンタジーの王道恋愛ものについて、どこからどこまでの区間あるいはレヴェルを一区切りとしてリアリティが統一されているべきなのか。また例えば「清楚な」印象を与えるにはそのリアリティの統一された区画をどういう風に扱えばいいのか。それを教えてください。

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