小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

かにさんさんの返信一覧。最新の投稿順3ページ目

元記事:ライトノベルでのターゲット層について

私は前職で長い間WEBの仕事に携わってきました。
SEOなども行い、ターゲット層の調査やキーワード調査などは本格的に行ってきており、お客様との打ち合わせでも企業提案やコンサルタントも行っていました。

このサイトでは、ターゲット層が10代であるという記述を見かけ、それが正しいのか疑問に思い、インターネット上での既存データを調べました。
理由として、基本的に収入のない年齢層をターゲット層だと誤認している企業様が非常に多いためです。

スマホでの通販利用者年齢分布では、10代は50代とほぼ同じで最低ライン、一番多いのは30代と20代、次いで40代。
データ参照 https://netshop.impress.co.jp/node/5950

amazonでの購入品目が1番多いのは書籍類なので、上記数値と同様の分布図と推定できる。
データ参照 https://research.nttcoms.com/database/data/002069/

結論からいうと、購入者層は20代~40代が圧倒的に多く、10代をターゲット層と指定しているのは再検討すべきであるといえる。

また、小説ラノベ化し、仮にアニメ化までしたとします。
そのときの放送枠は深夜帯であり、10代が見るいわゆるゴールデンタイムではない。
講談社の少年ジャンプ等のようにゴールデン枠で放送される枠ではない。

また、現在人気の小説家になろうでは、転生ものが圧倒的に人気である。
この傾向は、読者層が自身の未来に希望が持てなくなったからという裏返しの物であり、その体験は社会経験によるものが大きい。
自身の夢が何かをまだ見つけていない10代という年齢層の傾向とするには、過分な誤りが含まれている。

10代の読者もいるので、わかりやすい文章で書く、という点は理解できるが、ターゲット層を10代だけに絞り、20代以上の年齢層の意見を無視するといった姿勢は明確に謝りだと言える。

結論。ライトノベルでの主要ターゲット年齢層は20~30代である。

といえるかと思われますが、いかがでしょうか。

上記の回答(ライトノベルでのターゲット層についての返信)

投稿者 かにさん : 2 投稿日時:

ども、さっとですが個人的に色々調べました。

少し古いですが、以下のような調査があります。
https://xbusiness.jp/young-adult-fiction/marketing

>2016年9月に矢野経済研究所が実施した消費者アンケートより、「ライトノベルオタク」を自認する消費者は日本国内に約165万人と推計。年代は19歳以下:20.8%、20代:32.9%、30代:22.2%、40代:12.1%、50代:8.2%、60代:3.9%

なのでターゲット層は20代をボリュームゾーンに10代、30代に広がるイメージが正しそうですね。

>「ライトノベルオタク」を自認する層が「ライトノベル」にかける金額は平均で年間11,133円。1冊700円と仮定すると、月1~2冊程度購入している

推定市場規模約165万人が一人当たり年間11,133円だと、売り上げは183億円ほどで、年間売り上げ約270億円に80億円ほど足りないですね。売り上げから読むに、「ライトノベルオタクを自認する消費者」と「自認していないけど実際に購入している消費者」との間にズレがあって、実態は少し人数が多くて、推定市場規模250万人程度でこの中に月5冊以上購入するコア層が10万人前後いる感じでしょうか。

2012年出版の「ベストセラーライトノベルのしくみ/飯田一史著」では「300万人市場にコア層が10万人前後」と推定されていたので、おおよそは合ってる感じ。「売り上げの上下=購買者数が減ってる」に繋げるのは安易ですが、「購買人数が縮小(300万→250万)している一方で一人当たりの単価が増加した」とデータから推察できなくもないでしょうか。(なお市場規模は2012年300億、2016年270億と縮小している点には留意が必要)

後、私個人の意見として、スレ主の挙げたデータは調査のスコープが適切じゃなくて、業界ごとのターゲットの特性を無視しているので、「ラノベ市場でも~」と主張する根拠としては疑わしいという印象です。

例えば、書籍購買層の中でもラノベ買う人とビジネス本買う人じゃ層が違いますし、漫画は買うけどラノベは買わないみたいな層もいたりするでしょうし。「地球の70%は海だから、日本の70%は海」という論理がおかしいのと同様です。(ついでになぜかツッコミがないようですが「Amazonの利用に関する調査結果」の調査対象に10代が含まれていませんよね)

カテゴリー : その他 スレッド: ライトノベルでのターゲット層について

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元記事:主人公の心理について

はじめまして橙というものです。
今回大雑把に言いますと男子高校生が命の価値が低い異世界に召喚されて...という話を書こうとしています。
その話で私が特に重点を置きたいのが男子高校生である主人公の心の成長です。
そこで悩んでいることがあります。
私の考え方では基本的に小説に出てくるヒロインは主人公に確たる信念があるからこそ魅了されて恋愛感情を抱くと思っています。しかし、私は男子高校生の定まりきっていないアイデンティティに注目して書こうとしています。なので、主人公の信念も定まらないものと考えています。そのため、ヒロインを主人公に対して恋愛感情を抱かせることができないと考えています。 そこで私は主人公に確たる信念を持たせるために様々な仲間の死を体験させようと思いました。
高校生という多感な時期にアイデンティティを形成させる手段として仲間の死を用いるのは間違えていますか?
回答よろしくお願いします。

上記の回答(主人公の心理についての返信)

投稿者 かにさん : 3 人気回答! 投稿日時:

>私の考え方では基本的に小説に出てくるヒロインは主人公に確たる信念があるからこそ魅了されて恋愛感情を抱くと思っています。しかし、私は男子高校生の定まりきっていないアイデンティティに注目して書こうとしています。

主人公に確たる信念がなくても、ヒロインが主人公に対して「信念がある」と思い込めば恋愛感情は成立するのではないでしょうか。ヒロインの主観として部分を全体と勘違いさせればいいわけです。アイデンティティは「ある」か「ない」かの二択ではなく、「部分的にはあるが、全体としてまとまってはいない」などのグレーゾーンが存在する概念なので、テーマとも矛盾することはないと思います。

全体の構想として、ヒロインは観察者として登場させるのが一つアリかと思われます。ヒロインは、「主人公が自分で気づいていない一面」を観察した結果、それが主人公の全体と思い込んで恋愛感情を抱いた。実態として主人公はまだアイデンティティを確立していないが、物語が進む中でアイデンティティの揺らぎを感じるも、ヒロインの提示したアイデンティティの像を参考にすることでまとまった自我を形成してゆく。……というのは、構想として悪くない気がします。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 主人公の心理について

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元記事:性別を主題にした物語を作りたいが……

最近漫画などでは、性別未分化モノが流行っている様で、どこか性別という概念の息苦しさを表している様にも思えます。甘粕です。

甘粕自身、性別が男女の中間に位置する中性の為(詳しくはwikiを参照の事)
性別を主題とした物語を手がけたいと思ったのですが
ここで二つほど悩みが出てきました。

・漫画では、その性別の曖昧さがイラストによって可視化され、
わかりやすくなっている&大半が恋愛もの、なので読んでくれる人も多かろうと思うのですが、小説ではジャンルは選べても性別の曖昧さを表現する事がどうにも難しい。
(私は数年前漫画を描いていたので、別媒体で展開も出来なくもないのですが……)

・そして性別という概念を社会全体の仕組みから考えた時に
社会が崩壊するレベルで、制度などを考えるのが難しい。
(これを回避する為に性別未分化モノは殆どが恋愛ものなのか? と思ったり)

性別未分化モノを恋愛抜きで小説で展開させる事は難しい事なのでしょうか?

私が何故そのジャンルを手がけたいか、という理由を述べますと
私自身がはっきりしない苦しい思いを昇華させたい、知ってもらいたい、という思いがあるからですね。で、わかりやすい手段として「物語化」させたいという事です。

皆様の知恵をお貸し頂けないでしょうか?

上記の回答(性別を主題にした物語を作りたいが……の返信)

投稿者 かにさん : 1 投稿日時:

中性というのは、生物学上の性別とジェンダー・アイデンティティに差異があるということでしょうか。となると、テーマとして語りたいのは以下のような内容でしょうか。

■テーマ概要
現実において、生物学上の性別は「選択の余地なく与えられたもの」。それを「選択できるもの」にすることで物語の主体が「決断のリスク」を自覚せざるを得ない状況を作って、「どちらの性を選ぶべきか?」という主題を語りたい。

となると、作中で以下は語る必要がありそうです。

①中性(未分化)であることのメリット・デメリット
→「そのままでもいいんじゃない?」という選択
②男性であることのメリット・デメリット
③女性であることのメリット・デメリット
④物語主体の「どの性への分化するのか?」の決断とその決断の根拠。

この時、性別を決めないことに対するリスクがあって「タイムリミットを過ぎると生殖機能を失ってしまう」みたいな設定があると、決断を後押しする展開が作りやすいと思います。有性生殖能力がなければ性別はないので、これは「中性(未分化)」から「無性」という選択になりますね。

ついでに、「未分化状態から分化後、性別は固定されるのか? 分化後も外的因子によって性転換が可能なのか?」という設定は決めておく必要があると思います。

世界観は「人間が性的に未分化であることは当たり前」の世界にして、社会構造はもう語らない方向のほうが楽でしょうね。語ろうとすると、テーマとなる『性別』の背景にある知識をどれだけ持っているかが、創作難易度に直結すると思われます。

今回の場合は、生物学と社会学に関する以下のような知識はある程度必要になるかと思われます。

有性生殖、無性生殖
繁殖戦略
性的二型
性決定
性転換
性同一性
Xジェンダー
フェミニズム

これに加えて社会の作られ方に対する理解も必要なので、結構しんどいと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 性別を主題にした物語を作りたいが……

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元記事:ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

どうも。質問は初めてです。よろしくお願いいたします。

本題ですが、ラノベの一般読者層の知性について質問です。

会社でなんとなくぼーっとしていたとき、ふと「ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいなのではないか?」という仮説が思い浮かびました。これについて、色々調べたところ、以下のようなことが分かりました。

――――――――――――

■テレビの想定視聴者層はどれくらいか?

(少し昔の話題になりますが)とある芸能人が「CMは偏差値40の人にも理解できるものじゃなきゃダメ。この会社にいる時点で普通ではないと自覚しろ。世間にはおそるべき量のおそるべきバカがいる。そしてそれが日本の『普通の人』だ」という発言をしました。

また、演劇人の壤晴彦氏は、Twitterで同じような発言をしています。
「もう随分昔、当時の売れっ子脚本家とプロデューサー同席の時「日本のTVドラマは小3の語彙力で書けと言われます」俺「ホント?」P「ウン」俺「小4じゃダメなの?」P「視聴者から『難しい』ってクレームが来るんだよ」

さらに、KeyHoleTVの開発者である苫米地英人氏は自著の中で「そもそも現代のテレビ番組が、どういう層を対象にしているかというと、小学生高学年レベルの知力を対象レベルとしている。つまり、小学校高学年の頭脳が見てちゃんと理解できるレベル以上のものは、テレビには存在しないのだ。報道だろうが連ドラだろうが、同じである。すべて小学生向けのものだと思って間違いない。」と語っています。

小学3~4年生レベルの知性というと、国語が「ごんぎつね」、算数が「割り算」「小数」「角度」、理科が「磁石のしくみ」くらいとなります。いやいやさすがに馬鹿にし過ぎではないかと疑ったのですが、その手の人と付き合いのある友人に確認してみたところ、「まさにそう。彼らの知識はほんとそれくらい」と強く頷いていました。

これらを鑑みるに「テレビは小学生高学年レベルが理解できるように作られている」というのは信ぴょう性が高い(と私は思っています)。

■偏差値40の人は何に興味があるのか?

下記サイトにて、「偏差値40の人は何に興味があるのか」を解説していました。

はあちゅう氏の電通の先輩が言う「偏差値40の人向けPR」を解説。
https://www.kyohei-suzuki.com/entry/hensachi40-pr

(以下引用)
『偏差値40程度の人達は「時間が潰せること」と「快楽を得られるもの」に興味が振れていると言えます。電車やバスの待ち時間、退屈な授業中の暇潰しはスマホでソシャゲー。でも、ゲームだけだと飽きるので、楽しいことがしたいと思って恋愛を求めたり、バイクに乗ったり、ギャンブルにはまったりする。恋愛は本能、その他は「周りがやってるから」という理由で選び、ハマって行きます。彼らは多くのこと、本質的なことは考えず、本能や親しい人の勧めに従って行動するのがパターンです。物事をよく考えてから判断して行動する傾向のある、偏差値の高い人々とは逆のベクトルを向いています。』

そのうえで、偏差値40の人に受け入れられるコンテンツの特性として以下の要素を挙げていました。
・五感に訴え、本能を刺激するもの
・強く共感させるもの
・親しみを持たせるもの

――――――――――――

上記を踏まえたうえで、ライトノベルの一般読者層は、上記のような特徴を持つ人々と考えてもよいと思いますでしょうか? それとも、これ以上の知性を想定すべきでしょうか? もし、後者を支持するならば、どれくらいの知性を想定すべきだと思うでしょうか?

ご意見よろしくお願いいたします。

上記の回答(ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信)

スレ主 かにさん : 1 投稿日時:

みなさんご意見ありがとうございます。

私個人としては、にわとりさんのご意見が一番しっくりときました。

『読み手個人個人は本来小学3年以上の知性があるはずだけれど、「ラノベというコンテンツは頭空っぽにして楽しむもの」という意識があるため本来の知性は発揮されず、ラノベ読書時は偏差値40の状態になっている』。これが実態な気がします。ラノベってエンターテイメント・コンテンツですものね。私の中に「本を読む=知的活動」という先入観があり、「人の知性レベルは状況・状態によって変動する」というのが盲点になっていました。

また、「『語彙力ベースで考えれば小3程度で大抵のことは表現可能』だから、そのレベルが作り手の想定する知性のボトムラインとなっている」という考えも納得できました。

他、いただいた意見の中で、自分の考えと異なるものに意見を添えさせていただきます。

■手塚満さんの「本当は読者は必ず作者より賢い」について

必ずしもそうではないと思っています。というのも、読者の集合知は、あくまで各々の知識集まりであって、一つの体系としてまとまっているわけではないからです。読者集団の知識は体系化される際の批判プロセスを経ていないため、根本で間違えている可能性があります。例えば、集団の多くが特定の偏見を共有していた場合、集団の主張する『統計的根拠』は信用できないものになります。これには実例があり、作家の竜騎士07氏が自作「うみねこのなく頃に」にて問題出題編にてミステリーの謎を読者に提示して、同作の次エピソードを執筆している(エピソード8まであり、半年単位で発売された)際、2ちゃんねるに正しい答えを提示した人が一人いたらしいですが、その答えがその他大勢の連携によって「間違っている」と潰されるのを氏はリアルタイムで目撃したらしいです。
上記のような話もあり、大衆の知は、統計的に有意となる特定条件下でない限りは、あまりあてにならないと思っています。それよりかは、多くの批判を超えた専門的な体系知の方を信用すべきです。

■あざらしさんの「小説において『面白い』は少数を向いてても良い」について

そうだったら嬉しいなあと思っています。ただ、プロとしての活動を想定する際は、この考えは取り間違えるとリスクになると思っています。というのも、ラノベのビジネスモデルには以下二点の特性があるからです。

①ラノベのキャッシュは「数」によってもたらされるため
※競争差別化の話は置いておいておきます。

ラノベのビジネスモデルは、基本値上げを想定していません。これは、ライトノベルが「数のビジネス」であることを示しています。「100人に価値200を提供する」のと「200人に価値100を提供する」のでは、集団に同じ量の価値を提供していますが、後者の方がキャッシュが入ります。出版社は営利団体のため、後者の作家のほうを重宝すると考えられます。

②ラノベ作家は「売れるか売れないか」による格差が極めて大きい職業のため

ラノベのビジネスモデルは、メディアミックスを前提にしています。ラノベの中で売れたものをアニメ化してメディアミックスで稼ぐ。「リスクの少ないところでテストする」という合理的な考え方です。この時、メディアミックスの有無によって出版社にもたらされるキャッシュの差が100倍あると聞きます。また、編集者は一人当たり50人前後の作家を担当しているため、優先順位が低い人に対してはあまり時間を使えないらしいです。

これら二点は、作家の所得/待遇に対する格差の存在を表しています。私個人も前者のような「少数に強く受ける作品」を書く/読むのが好きなのですが、だから「それでいいんだ!」と開き直るのは、プロ作家活動としてのリスクになると考えています。まあ、この辺りの方針は自身の思想や技術と相談しつつ、自己責任で決定してくものだと思います。

■あざらしさんの「存在しないスポンサーではなく、読者を向いて執筆して欲しく」について

……まあ、スポンサーいるんですよね。出版社というスポンサーが。そして、スポンサーがキャッシュ上のリスクを負っている以上、それに背く意思決定は事実上できないし、してはいけないのだと思っています。会社と株主の関係と同じですね。自由なものを書きたいのなら自分の資本でやれって話ですし。ビジネス上のこの点には納得していますし、そうあるべきだとも思っています。

プロ作家としては、スポンサーの利潤を追求しつつ、エンドユーザーの要望に応えるのが職業的な義務である。スポンサーの利潤にならない商品は、自分の資本で出して、自分で資本的責任を持つ。これが正しい考え方じゃないかと思います。

時間が遅くなったので、この辺りで。
みなさん、ありがとうございました。

カテゴリー : その他 スレッド: ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

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元記事:物書きへの適正について

当方自分は文章を書くのに向いてないと思っています。
理由はだいたい二つ
1) 何事にも無感動、無感想
作文を一行未満で完成とし、講義の感想?を書けといわれて30分以上居残りさせられるような人間です。無論読書感想文は鬼門、正直一人で書き上げた覚えがないです。
2) 対人能力の不足
当方中学卒業後はネット環境を含めても交友関係がほとんどありません。そもそも人の気持ちをうかがうこと・空気を読むことがまるでできず、弟の同級生が亡くなった際、その人が長期入院中だったと聞いて『どうせ誰も覚えていない』と発言するほどです。
他に、他人とはだいぶ違った思考をする点(例えば好きな人に値段をつけてといわれれば10円だか50円だかという安値をつけたり、怖いものと聞かれてペストと答えたり)も挙げられるでしょうか。
国語自体は答えればたいてい当たるほどには得意なのですが、こんな人間はアイデアをプロット投稿板に投げて他人頼みにするほうがいいんでしょうか?
それとも意地と執念だけを頼りに自分で書くことに挑戦した方がいいのでしょうか?

上記の回答(物書きへの適正についての返信)

投稿者 かにさん : 0 投稿日時:

やれるだけやってみたらいいと思います。

無感動は「感情的にならず中立的な視点を持って物事を見れる」とも取れます。
対人能力の不足は「他にない独特な個性を持っている(集団と共有する背景が大きく異なるから意思疎通のハードルが高く、社交性がないように映る)」とも取れます。

上記の特徴は、小説家としては普通の人に比べて有利に働きうる素質でもあります。

長所と短所は裏返しなので、短所を無理に無くそうとする、克服しようとする必要はないです。日本社会は能力平等観に立った価値観(人の能力はみな平等だ)を持つ人が多くいるので、短所の克服を求めますが。個性的な人間に個性を克服させるのは無理ですし、やる意味がない、コスパに合わないと思います。

自分の長所が使えて、短所をなるべく使わないクリエイター系の職業につくのは、むしろ向いているのではないかとも思います。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 物書きへの適正について

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元記事:文章を真似る方法を考えました

A.文の類型
文には役割に応じた三つの種類がある。
1. 場所等を表し、それ単体に動作や意味がない、または意味を掴むことが難しい。
2. ある動作や状況等が他と結びついていることを表す。
3. 描かれている範囲が全体としては小さすぎ、それ単体では状況がうまくつかめない。
1を設定文、2を連関文、3を限定文と呼ぶことにする。

1は主に場所、時間などの状況を表すが、たとえ場所が描かれているとしても、全体の状況がつかめないのであれば3に分類されると考える。この場合は主に主人公の境遇を暗示したりする役割で用いられる。このため、文脈に合わせて主体が人なのか物なのかを決定し、その主体の描かれ方が1~3のどれに当てはまるのか見る必要がある。

 実際に、これを使って解析してみる。()内…文 ○内…段落

①(1)ある日の暮方の事である。(2)一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
②(3)広い門の下には、この男のほかに誰もいない。(4)ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。(5)羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子、もう二三人はありそうなものである。(6)それが、この男のほかには誰もいない。

(1)は場所の設定文
(2)は場所と人間の位置関係を表す連関文
(3)は状況の設定文
(4)は場所の一部を表す限定文
(5)は場所と可能性との連関文
(6)は状況の設定文

(4)の主体は蟋蟀である可能性もある。しかしながら、現時点では意味を持たないので主体ではないと考える。

設定の描かれ方や、時勢、話法、情景による心理描写など、他にも考慮すべき物事はあると考えられるが、どの役割の文章が並んでいるかを真似ることによって、他人の文章を真似ることができると考えられる。

児童文学では状況の連関文が多く、SF小説では連関文が少ないと思われる。なぜなら、児童文学では児童に対しては何が起こっているのかを説明する必要があるが、SFでは読者に文脈が共有されているため、設定や状況を単語に組み込むことが可能であると考えられる。

B.文節の使われ方
文節を動詞句(:=用言の終止形)、副詞句、連体修飾語句、名詞句、接続詞句、Be動詞句(:=です、ます)に分ける。ある作者の特定の役割の文には、ひとつの文節を一度に修飾する文節の数や、Be動詞句の省略の度合いなどに一定の傾向があると考えられる。

上記の回答(文章を真似る方法を考えましたの返信)

投稿者 読むせん : 0

よくわかんない!!!試しに何か書いてみて。
個人的に苦手な文章はサリンジャーなので、サリンジャー調で書いてくれたら一発で分かるわ。
――――――――――――――――――――――――
あとはサイトにもよるとは思いますが、芥川はかなり「。」を使うコマ切れ節なので、現代人にはウケが悪い傾向を見かけます。芥川ってなんか全体的に児童文学味があるって話も聞いた気がします(うろ覚えです)
―――――――――――――――
連関文、とやらも良く分かんなかったけど・・・・近年のラノベだと主人公=語り手による一人称視点にする事で、説明に連関性をいれなくても分かりやすくする傾向もみられる気がする。

児童文学はけっこう三人称多めなんですよね。SFは一人称も、かなり多い印象です。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 文章を真似る方法を考えました

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投稿日時:

元記事:戦記物を読んで思うのですが

私は戦術や戦略を練って実行する描写が好きなのですが、なろう系統における戦記物の流行りを読んでいるとチートを使って無双したり、付け焼刃な知識で敵軍を蹂躙するなど戦記と言えるのか怪しいお粗末な内容が多いです。
なろうに投稿された作品はあくまで趣味であると理解していますが、やはり主人公に苦悩や刺激、それを解決するために行う努力などがある作品は読んでいてストレスになるから嫌煙されているのでしょうか? 皆さんは戦記物にどういう楽しみ方をしますか?

上記の回答(戦記物を読んで思うのですがの返信)

投稿者 サタン : 9 人気回答!

ラノベで戦記といったら、ファンタジーではアルスラーン戦記あたりが有名ですかね。
どちらかと言うと、戦術や戦略と言うよりはその世界の歴史を読んでる、という楽しみがメインかなと思ってます。
物語における主な問題解決手段が戦争というツールになってるから戦記と題してる、みたいな。
でも「問題解決手段が戦争」って形で進めると、いくら戦術や戦略を練ったところで割と単調になりやすいんですよね。
戦場ってあんま大きく代わり映えしないので。
なので、私の場合、主に楽しむのは戦争のシーンではなくてそんな時代に生きてるキャラクターのドラマです。

ですが、言っちゃなんだけど人間ドラマって物語の基本ではあるけど正直初心者には扱いにくいし、10代向けじゃないのでラノベに乗せるには工夫が必要だと思う。
そういった、「戦術メインだと単調になりやすい」「人間ドラマは扱いにくい」という問題を考えると、「チート無双」というのは一つの答えではあると思います。
チート無双にすると、要するに「キャラクター(主人公)の活躍」という楽しみ方が出来るので、作者としてはそこに注力すれば良いし、読者としてもそれを読めば良いことがわかるので「主人公が活躍して誰を倒したら終わり」と話がわかりやすいんですよね。
「どこそこの部隊が活躍している」という状況よりも「主人公が活躍している」というほうが明らかにわかりやすいかなと。

人間ドラマを面白く書いてく自信があって、戦術メインで単調にならない工夫があるのなら、何も問題ないし倦厭もされないと思う。
でもまあ、「戦術・戦略を楽しむ」という楽しみ方はやや対象年齢が高く流し読みもしにくいのでWebには向かないと思う。
「戦術・戦略を楽しむ」というのは、結局のとこ「それを考え実行してるキャラクターの活躍を楽しむ」と考えるほうが楽しみやすいし、戦術の概要を把握してなくてもキャラが活躍してるってことがわかれば楽しめるので、結局はキャラ主体になりがちじゃないかな。

>やはり主人公に苦悩や刺激、それを解決するために行う努力
現実に考えて、刺激はともかく、苦悩や努力は楽しいものでしょうか?
つまりこれを書くのは「面白くないものを面白く書く」というだけの力量あって成立する話なので、例えばありがちですが「終盤で主人公は成長するから、そのための辛い抑圧を序盤に書かなきゃいけない」という気持ちで書いていると、その序盤は「読んでて面白くない」ことはわかりますよね。
面白く書こうとしてない、辛く書こうとしてるので、当たり前でしょう。
「ストレスになるから」という理由じゃなく、「作者が進んでストレスを作ってるから」というのが理由です。
カタルシスをより良く書くには序盤に抑圧を置く事は正しい選択です。しかし、それを「ただ辛いだけのもの」として書いているのが間違いで、面白く書かなきゃいけません。
「面白くないものを面白く書く」というだけの力量がなければ、と書いた意味がわかるでしょうか。
何も考えず状況だけ書いてりゃ「面白くないものを面白くないまま書く」わけだからストレスになりやすいというのは事実だと思いますが、苦悩や努力それ自体がダメなわけではありません。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 戦記物を読んで思うのですが

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投稿日時:

元記事:回想と設定の説明のバランス

ストーリー展開について質問です。

冒頭では設定をくどくど書かない。
回想シーンは物語の進行を遅らせるから多用しない。
全編に主人公を登場させるつもりで物語を書く。

のが原則であり鉄則だということをこちらのサイトの記事を読んで学びました。
とはいえ、世に出回っている漫画・アニメ・小説では、冒頭こそ設定は最小限(もしくは完全省略)にしてあるものの、後々のストーリー展開において回想だけのエピソードや主人公が全く登場せず、準主役や脇役のキャラクターたちが中心で活躍したり、敵同士のバトルが繰り広げられるだけの下りが殆どのコンテンツで見られます。

ワンピース、僕のヒーローアカデミア、ナルト、ジョジョの奇妙な冒険、BLEACH、遊戯王、HUNTERXHUNTER、幽遊白書、ブラッククローバー、鬼滅の刃、るろうに剣心、呪術廻戦etc......

といったように、
どういう仕組みで、どうしてそうなった? そういえばあのキャラクターはどうなった? 何故闇落ちしたのか? 何故死んでしまったのか? 重要なアイテムの正体って何? 国や街が滅んでしまった経緯と真相……

等々。どうしても回想シーンが必要になったり、場合によっては長ーーい説明を入れなければなりません。

これってつまり、

現役のプロ作家が書いている➡魅せる技術とキャラクターの引き立て方、ストーリーのバランスのとり方が巧いから、どのキャラクターもエピソードも魅力的に見える➡ゆえに面白いし、許されて認められる

アマチュアや素人が書いている➡まだろくに実績が無くて技術や能力も備わっていないから魅せ方も引き立て方も下手➡ゆえに面白くない。だから安易に手を出さない方が良い

ということでしょうか?

また、もし説明が必要な場合、くどくど語り口でただただ説明していくだけでなく会話形式であればOKですか?

A「これってどういうこと?」
B「〇〇で△△で◇◇だから※※なんだよ」
A「でもあれに対しては無効だよね」
B「その場合は〇〇を●●にして、それから◎◎にすればいける筈だ」
A「そうなんだ。じゃあさ――」

長文失礼しました。

よろしくお願いいたします。

上記の回答(回想と設定の説明のバランスの返信)

投稿者 サタン : 0

>冒頭では設定をくどくど書かない。
>回想シーンは物語の進行を遅らせるから多用しない。
>原則であり鉄則だということを
これは端的に言うと、「無駄を省け」ってこと。
特に冒頭は、読者は何も知らない状態なので興味のないことを延々と聞かされても興味ないことに興味はわかない。
だから、無駄を省いてさっさと「その物語に興味を引き立てるような事」を始めろ、ということ。
つまり、その「興味」が回想や設定にある場合は何も問題ないし設定から入る事は何の無駄ではない。

例として「設定に興味がある場合」を挙げると、シリーズものや人気作家でそもそも読書前から読者が作品に対して興味を持っている場合などは設定から入ることはよくある。
またはアニメやゲームなど、放送・発売前から情報が出てて前評判がある、制作会社やスタッフに対し信頼がある場合なんかもよくある。
なので、これらに憧れて物書きを始めた初心者は「よくやる」パターンではあると思う。
ゲームなんかは特にですね。今作はどういう設定なんだろうと、プレイする前から興味があったりするでしょ。

で。
これは言い換えると、「設定や回想をやる前に、読者の興味を引き立てておけ」ってこと。
回想を多用することや設定を解説すること自体は別に悪いことではない。
けれど、それをする前に読者の興味を獲得してなければ、それは読む価値がないシーンになりがちなので、「事前に興味を与えておく」という下準備が出来ない初心者や中級者はやるべきではないと思う。
ぶっちゃけ初心者は、特に回想とかは自分の気分がノッてるままに書いちゃうから、たぶん覚えがあると思うけど主人公の自分語りみたいなのになりがち。
設定や回想に近いもので言うと、一人称での主人公の独白とかもコレと同じ。興味という下準備が出来てないから、作者が酔ってるだけのような印象になったりしてる。

じゃあ、どうしたら興味の下準備が出来るのかというと、まあそれぞれだけども。
>会話形式であればOKですか?
会話形式も一つの手だけど、それもやはり同じことで「その会話(話題)に読者が興味なければ読まれない」ので、説明を会話に乗せただけでは弱いと思う。

これはあくまで一例だけども、私がよくやるパターンでは、「まず失敗させる」というのがあります。
例えば昨今よくある異世界もので言うと、「魔法が使えることが楽しくて主人公は使いまくって気絶してしまった」というシーンを書く。
そして「そんなに魔法を使えば魔力がなくなって気を失うのは当たり前だ!」と注意される。
こうすると、「魔法には魔力が必要で、使いすぎると魔力欠乏症となって気を失ってしまう」と説明するよりずっと読者の興味を維持できるし、あるいは「魔法を使いすぎると気絶するからね!」と説明を会話に乗せるよりも印象に残る。
説明したい事で「失敗させる」ことで、それを改善するために主人公は動く・周囲の助けがある展開に出来るので「説明したいこと」が物語(そのシーンの話題)の中心となり、読者の興味を獲得できる、というわけです。

私がよくやるのはこの「失敗させる」ですが、ようは「説明したいこと」で何かすりゃいいので、「ピンチになったときに聖剣が力を発揮して九死に一生を得た」とかでも、「聖剣は凄いんだよ」ってことが伝わりますよね。
文章で説明するんじゃなくて、物語で説明するんですよ、ってことがわかれば一歩レベルアップできると思います。
読者は、設定に興味を持ってるのではなく物語に興味を持って読んでいるので。設定は物語に乗せないと。

なので、例えばピンチを切り抜けたことで「聖剣は凄いんだよ」ってことが伝われば、そこで「聖剣に対して読者の興味を獲得できた」と言えるので、ここで「その聖剣は先代勇者が~~」って説明が入っても問題なく読んでくれると思います。

キャラ設定の説明のほうがわかりやすいかな。
「このヒロインはクールで異性に興味ない素振りをしているけど、実は異性に慣れてないだけで内心はいつもドキドキしている」
とか、そんな説明文ばかりを書いても「設定集か」ってことで、
キャラ設定の説明は「ヒロインがクールに見えるシーン」「異性に興味ない素振りをしているシーン」「でも実は動揺してるだけだったのを主人公は目撃してしまった」とか、物語にしなきゃいけない。
「ヒロインはクールだ」と文章で説明するのではなく、「ヒロインがクールに見えるシーン」を組み立てなければ、それは物語で説明したとは言えない。
そして、こういう下準備が出来てるからこそ「実はヒロインにはこんな過去があってーー」という回想に対して興味を獲得できる。

こういうキャラに関して言うと、例えばキャラが敵勢力に対して強い憎悪を持っていて、そんな暴力的なシーンが説明なく展開されて、ふと「ーーあれは五年前のことだ」と回想に入る、なんて場面は王道だろうし見たことあるんじゃないかな。
こういう王道展開も、ここまで読んでりゃその構造がわかるよね。
「説明なく憎悪を展開する」という下準備があるから、「回想」に読者の興味が向いてるって形。

だから、最初に結論を書いてるけど、「読者の興味を獲得する」という下準備が出来てないから、設定を物語に乗せられてないから、初心者が書くこれら冒頭シーンや回想は、非情だけど無駄扱いになって「やるべきではない」と言わざるを得ないと思う。

そんで一個省いて回答したけども、残りの
>全編に主人公を登場させるつもりで物語を書く。
これは、言ってしまえば当然のことなんだけど、「その物語は何の話か」ってことを意識できてない人に対して、よく言うことになる言葉だと思う。
「主人公の物語」でしょ。
なら、主人公出さないでどーするよ。って話。
物語の展開的に「ここはヒロイン視点・ライバル視点にしたい」ってことがよくあると思うけど、「その物語が何の話なのか」ってのを意識できてないためにこれは起こる。
だから、例えば「主人公の物語だけど、このエピソードはライバルを中心に書きたい」という場合なら主人公がでなくても何も問題ない。
主人公を中心にライバルを描くのであれば、主人公視点で書きつつライバル視点を置くような形になっても、問題ない。
あるいは、「この物語は事件の解決をする話」で、その語り部として主人公がいるって形だと、「事件」が話の中心であって「主人公の活躍」が中心ではないので、事件を中心に視点が変わったり主人公が出てこない場面が多くあったりする。
これは、正確には主人公って言いにくいけど、群像劇なんかが顕著ですね。
群像劇は「キャラ」ではなく「出来事」を話の中心に置くことが多いので。

少し難しいことを書いたと思うけど、「何の(誰の)物語なのか」ってことを意識すれば、それが主人公であるなら主人公を出すのは当然だということがわかると思う。
ポイントは「それが主人公であるなら」ってとこで、多くのラノベは主人公の活躍が中心にあるから全編に出すことは推奨される。
けど、これも「全編に主人公を登場させる」が絶対的に正しいわけではない。物語の中心、「何の物語なのか」が主人公ではない場合も往々にしてあるので。

キャラの立て方とかストーリーのバランスとかって話じゃなくて、ただただ読者の興味(書きたい設定や回想に対する興味)を獲得できてないだけで、それに下準備が必要なんだって事に気がついてないだけではないかと思う。
ある人物が猟奇殺人犯だったとして、その殺人鬼がバーンと出てきただけでは面白くないでしょ。
じゃあ、その殺人鬼は主人公の幼馴染で普段は物静かで優しくて、主人公のことが好きすぎて近寄る女どもを影で殺してました、とかだと怖いじゃん。
これって「殺人鬼」に対して「それがどうあったら面白いか」って思考なわけだけど、たぶんこれくらいなら普通にわかると思う。
でもこれと同じ話で、「書きたい設定」に対して「それがどうあったら面白いか」を考えればいいだけなのよ。
どうなったら「書きたい設定・回想」が面白く見えるか。
非情なことを言えば、「これを説明しなきゃならない」と考えてるうちは上手く書けないと想う。
「この説明をどう面白く書くか」と考えなきゃ。
それが興味を獲得する下準備になる。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 回想と設定の説明のバランス

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