小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:世界観

スチームパンクな世界観を創作したいなと考え中なのですが、蒸気機関なガジェットやアイテムがある中で、ファンタジーともいえる 魔法 を入れたいと思っています。

機械や現代文明がある中で、魔法という物は両立が可能ですか? 

上記の回答(世界観の返信)

投稿者 s.s : 2 投稿日時:

質問の答えは可能です。

洋ゲーのバイオショックが似たような世界観でした。
バイオショックは滅んだ海底都市ラプチャーで主人公が冒険するアクションホラーです。このゲームではプラスミドという魔法のような異能と、銃器を使い敵と戦います。
ラプチャーが滅ぶ前では、火を放つ魔法であればタバコに火をつけるのに使ったり、氷や水を出す魔法はウェイターがお客さんにお冷のおかわりを注ぐときに使ったりしていました。
このように日常での、ちょっとした不便や道具を用いる作業を魔法に置き換えるとイメージしやすいかもしれません。
例えば、釘を打つのに身体を鉄のように硬くする魔法を使ってみたり、電車に乗り遅れそうになったときに瞬間移動の魔法を唱えてみたり、そんな感じです。

しかし、プラスミドや例は魔法とは少しイメージがズレているかもしれないので、更に書いていこうと思います。
機械と魔法の両立ではなく、融合と考えてみたらどうでしょうか、エンジンではなく魔石で動くロボット、火薬ではなく魔法で発射する銃など、幼女戦記では弾丸に魔法を込めて敵の近くで炸裂させたり、魔力を機械に送り飛んでいたりしています。
私的には、魔法がエネルギーとして利用でき、魔法でスマホを充電したり、魔力発電みたいな世界観が面白そうです。

要は考えようです。現代に魔法があったらどうしようと考えてみると分かりやすいかも、しれません。
何かのお役に立てれば幸いです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 世界観

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元記事:人間と自然の矛盾について

哲学的な問題ですが、力を貸してください。

私が今書いている小説の中で、自然の傲慢さや身勝手さを描いて批判する場面を書いているのですが、どうしても人間側と矛盾が生じてしまいます。

人を襲った獣とか災害を引き起こしたりした自然そのものと対話するシーンが数多いのですが、彼ら自然な物を傲慢な存在として描くので、彼らは「殺した人間の事などどうとも思っていない」「生きる為に肉を食らうのは当たり前」「人間など大自然から見たらちっぽけな物だ」等々、身勝手な考えを持っています。

それを主人公達に論破させたいのですが、いかんせん上手い言い回しが見つかりません。人間も同じように生きる為に肉や魚を食べているので、矛盾が起きてしまうのです。

最終的には読者が獣や自然が「完全な悪」であると納得させたいのですが、怒りを感じた主人公はどうやってこの存在を論破するべきでしょうか?

上記の回答(人間と自然の矛盾についての返信)

投稿者 s.s : 0 投稿日時:

主観ですと、自然を悪と断ずるのはかなり難しいと思いました。
おそらく、アライさんは自然は人間のことなどお構いなしに自然災害を起こしたり、人間の都合など関係なく獣は人間を食う、それは悪いことだと思っているようですが、
例えば自然に意思があって、人間を苦しめてやろうと言う悪意のもと自然災害を起こしたり、獣を使って人間を襲っているならともかく、自然は無意識的なものであってそう言った悪意はありません。
なので、自然は確かに人間の都合の悪いことをしていますが、それを悪と断ずることはできないと私は考えます。
自然にも自然の(子孫繁栄)都合がありますから。

まぁ、ここで言っていることはそんなことではなく、エンタメ的な勧善懲悪を書く際に、自然を敵たらしめる理由が欲しいと言う質問内容だと思うので、その理由を列挙していきたいと思います。

・戦いは往々にして先に手を出した方が悪くなります。なので、戦争の火蓋を自然側に切らせると、自然軍が不当に攻めてきて、人間はそれに対抗すると言う勧善懲悪的な関係が生まれます。

・容赦のない、冷酷非道な行いは悪役たらしめる理由になります。なので、自然は人間を捕まえて拷問して最大級の苦しみを与えて殺してるとか、倫理的にしちゃいけない行為を自然にさせると自然は悪くなります。尚、これは自然自体に意識がある場合です。意識がなければ上記の理由でダメです。

・主人公の私怨と言う別アプローチもあります。これは勧善懲悪からは少し逸脱するのですが、主人公は自然側に彼女やら家族やらを殺されており、自然を憎んでいる。主人公を自然絶対許さないマンのダークヒーローとして描くといいかもしれません。

・自然を操る第三者。実は自然は第三者に操られていて、人間を攻撃していた。その第三者が同情の余地もないクソ野郎だった。これが一番しっくりきます。つまり、黒幕がいて、そいつが全部いけない的な、そう言う感じです。

質問内容とは少し逸れましたが、私的に自然を「完全な悪」として書くのは無理があると思います。自然と人間は良くも悪くも相利共生(若干人間が自然に迷惑をかけてる気もしますが)なので、今のアライさんの質問文から察すると、人間は自分たちのしてきたことを棚上げし、自然が悪いと言おうとするあまり、矛盾が生じてる、という気がします(邪推です、すみません)
私がこう言った話を書く場合は、上記の四つのどれかを使うと思います。

お役に立てるか分かりませんが、執筆頑張ってください。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 人間と自然の矛盾について

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元記事:悪役の終わらせ方

初めまして、紗菜と申します。
現在小説プロットづくりをしていますが、クライマックスで手が止まってしまったので相談させていただきました。

ラストは登場人物たちを皆平穏にしてあげたい、と思っているのですが、悪役の最後に困ってしまいます。
何かスッキリ感を演出したいけれど、殺すのは主人公の性格に合わない。(バトルは普通にあるのですが……。)
あまりおざなりにはしたくないので、事故で思いがけず殺してしまうというような展開も考えたのですが、却下に。

精神攻撃も何かしっくりこない。
かと言って、適当に終わらせるような性格でもいいし。
何かいい決着の付け方はあるでしょうか?
それとも、和解の方がいいのでしょうか。
などなど、考えてしまってそこで突き詰められません。

もちろんアイディアをそのままパクるようなことはしませんので、よければ参考に皆さんの”悪役”の終わらせ方を教えていただけませんでしょうか。

散文駄文、失礼いたしました。

上記の回答(悪役の終わらせ方の返信)

投稿者 s.s : 1 投稿日時:

主人公が手を下さない、悪役の終わらせ方を箇条書きにしていきたいと思います。

・無限地獄に落ちる、作中世界で冥界や地獄が出てきて、そこに不意に落ちてしまう。または、宇宙空間に飛ばして、考えるのをやめさせる。

・鬼滅の刃のように、主人公が悪役を倒した後、その悪役の願いを叶えてあげる。これは主人公が手を下していますが、主人公の目的は悪役を殺すことではなく、願いを叶えることなのでセーフだと思います。

・悪役は力を失い、逃げ惑い、廃人のような生活を送る。または、普通の人間になった悪役がそれまで苦しめてきた人間たちと暮らす。前者は多少残酷ですが主人公が手を下してないのでセーフ。後者はかなりハートフル、悪役も人間として暮らしているので、かなりライトな悪役。

・懲らしめられる。主人公たちがした行動が思わず、悪役のウィークポイントをつき、それに懲りた悪役が悪さをしなくなる。これは微妙ですが、まぁ締まりは良い。

・悪役が自分の兵器で自爆する、または命をかけて暴走兵器を作動させる。これは結構間抜けな悪役。

・悪役が自死を選ぶ。個人的にこれがしっくりくる。

紗菜さんが書く話の悪役がどのようなものか定かではないので、いくつか箇条書きしました。

何かのお役に立てれば幸いです。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 悪役の終わらせ方

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元記事:『プロローグ相談』の人口が少ないのでこちらで相談させてください、第二弾。

 大野です。お久しぶりです。
 以前から相談していたロボットモノの再構成版・プロローグの相談です。
 用語とかは結構似通ってるんですけど、設定は色々変えました。作品としては『ポストアポカリプス世界での日常』みたいな感じですかね。『明るくて未来を信じられる感じの「人類は衰退しました」』を目指したい作品です。

以下、企画概要。

・舞台は魔術文明が栄えた後、次第に『生活に必要ない技術』を封印して行ったあとに大規模な戦争で『技術全部』を開封した挙句、両軍が壊滅するまで戦争したファンタジー異世界。その戦争の中心地で荒野となった『空白地帯』のとある難民キャンプ。戦後十年ってところ。

・主人公は戦時中の基地跡を盗掘してきて、売り払う仕事の十五歳の少女。同業者が街に何人もいて、彼らが拾ってきた素材をリメイクすることで、難民キャンプは徐々に復興してきている。

・世界観/設定や主人公の拾ってくるモノの中に、色々な謎を詰め込むんだけど主人公たちが謎解きをするわけでもなく、大半は『匂わせる程度』。ストーリーの基本は盗掘屋同士の人間関係だったり、『町』の軍人たちの回想だったり、行き違いで戦闘になったことをきっかけにする事件の解決だったりを繰り返す、あくまで日常。大規模な事件は起こらない。

・やりたいこと『ロボットアクションしつつ、SFっぽい世界で重い過去を持つ者同士に明るい人間関係を築かせる』

こんな感じの企画です。
形式としては短編連作になるかなと思っています。
以下、プロローグ。

大きな戦争が終わった。十年ほど前の話である。
 かつて魔法文明によって三千年の栄耀栄華を誇った大陸統一国家、パルム帝国を二分する内戦――俗に『壊滅戦争』なんて呼ばれるそれは大陸の中央に大規模な空白地帯を生み出した挙句、両軍の実に七割以上という損害を出して終結した。
 十五年にもわたって行われたその戦争の中で、両軍はかつて封印したはずの『兵器』としての魔道技術を持ち出してまだ争い、殺し合った。
 その残骸は、今なお数多くが空白地帯の荒野に埋まっている。

「今日はこんな所かなーッと!」
 ガサゴソと、巨大ロボットーーGG(ギア・ゴゥラム)と呼ばれる戦時中の二十メートル級人型魔導兵器を操縦しながら少女が声をあげる。
 彼女の名前はライカ。十五を少し超えたばかりの少女だが、学校なんて贅沢な物もない上、この空白地帯(ワイルドランド)では少なくない孤児とあって、もはやすでに一人前の仕事人である。
「このあたりの基地跡も漁りつくしたしなァ……。そろそろ狩場を変えるか……」
 ぶつくさ言いながらも操縦桿を動かし、GGにひもで結わえ付けた荷台にそこらから拾った鉄くずを投げ込んでいく。
「ケーッ! GGの一台、銃の一丁もないでやんの。しけてやがる」
 ぶつくさ言うと、彼女は機体のスラスタを吹かし基地跡を飛び出す。
 とは言ったって、ここ三カ月近くに渡って彼女が盗掘に来ていたのだから、残り物が無くても仕方ない。
「いじゃ、今までお世話になりました、ッと」
 軽く会釈するようにGGの上体を曲げる。もともと小規模な基地だったらしいとは言え、春先からこっちひたすら掘り起こし続けてきたお陰で、基地の基礎や外壁のコンクリぐらいしか残り物はない。
 貯水タンクや、基地内の食堂まで盗掘したライカに探し漏らしはなかった。
「にしても、ここの基地は稼げたよなァ……」
 この規模の基地にしては、という条件付きであるが。比較的状態のいいGGが三機に、指揮官室に残されていた徽章などの貴金属類、更にはまだ使える整備用の道具など。
 色々なものが残されていたお陰で、この三カ月食いつないでこれたのだ。戦って散ったものが居るというなら哀悼の一つも示すが、それ以上に『飯のタネ』としての感謝がでか
い。
「しっかし、どこもかしこも惨澹としちゃって……。ま、生まれた時からだけど」
 戦争が激しくなったころに生まれ、物心つく頃には空白地帯の難民キャンプにいたライカにとってはこの光景こそ日常である。『惨澹とした』なんて言えるのは義理の親である酒場のおばちゃんに読んでもらった絵本のお陰だ。
 よく見ると、地面のあちこちに民家の跡や畑があったであろう微かな灌漑の溝・破片だけになった木材が散らばっている。すでにその跡すら消えかかっているところが、戦争の規模を物語っているとも言えよう。
「……ハァ。明日から、どうしよ」
 いくらか貯えがあるとはいえ、半年もあれば使い切る。その前に次の『狩場』を見つけねばなるまい。ため息をついたところで、生まれ故郷の『町』が見えてきてライカはアクセルをもう一段踏み込む。

「ただーいまー!」
 『町』に着くなり、彼女が愛機を飛ばして向かうのは彼女が北側から見て裏手の大広場。昔軍で働いていたという数名の査定担当が、拾ってきた鉄くずを買い取ってくれるところがあるのだ。
「おっちゃん! 今日も査定を頼めるかい!」
 自分用のスペースとして決められたところにGGと荷台を止めるとコックピットを開いて声を張る。
「おいおい、また盗みかい?」
 叫びを聞きつけて寄ってきた男をGGのマニピュレータで掬い上げて荷台の上に乗せるとトホホと表情を崩された。
 彼の名はトーマス。ライカが最も世話になっている、そして『町』一番の博識の査定屋にして、顔役の一人でもある。ちなみに年のころは三十とちょっと、『オッサン』と呼ばれるのが地味に辛かったりする。
「『盗み』って言い方は良くないぜ、おっちゃん。『盗掘』であっても『盗賊』じゃねぇ。それがアタシのポリシーだ!」
 山と積まれた鉄くずの傍で胸を張って少女は言うが。
「『盗掘』だって盗みだよ……」
 まったくその通りである。
「とはいえ、お前(まい)さんがたが居るからこの町は成り立っているんだけどね。どれ、荷台を見せてみな?」
 『町』なんて呼んじゃあいるが、ここもかつての難民キャンプの一つ。
 それが『町』と呼べる規模にまでなっているのは、屑鉄を回収・分別して分配し、建物を建てたり、生活に必要な道具に作り替えるシステムのお陰である。故にこそ、この町における『盗掘屋』は無くてはならない存在であった。
 ここが激戦区跡に近いということもあって、この街の復興は『空白地帯』全体でも屈指のモノであった。それでもまだまだ裕福には程遠いが。
「ありゃ、正真正銘の鉄くずばっかじゃないか! 魔道具の一つもありやしない!」
 査定、と言ってもかなりの量の鉄くずである。ライカにもわかるような金目のものは湧けて持ってくるにしろ、そうでなければ今回のようにまとめて持ってきて『魔道具を選別する魔道具』で探し出すのがいつものやり様であった。
「あのライカちゃんも不調かい?」
 割合勘が良いライカはこの町の盗掘屋の中でも屈指の稼ぎを誇っていたが、ここ数日は大したものを持ってこない。そのことに不信を感じてトーマスは尋ねる。
「いやいや、ここのところ世話になっていた『狩場』が引き揚げ時でね。屑鉄ごっそりかき集めてきただけだよ」
 それなら確かに納得がいく、頷いてからトーマスはもう一つ質問をつなげた。
「なるほど、ちなみに次のアテは?」
「アタシのことバカにしてんだろ、それを教えちゃ食っていけないよ」
 万が一にも手癖の悪い他の盗掘屋に聞きつけられれば、横取りされてしまうかもしれない。着けて来るヤツに多少分けてやるのは構わないが、まとめて持っていかれちゃ敵わないのである。
「言う割に、俺のことは信頼してくれてるみたいだけど?」
 今だって現に愛機と自分の取り分を全部預けているのだ。GG操縦がうまかったり、多少戦闘の心得こそあるがライカは少女でトーマスは元正規軍人。強引に奪い取ろうと思えばできるだろう。
「アタシだって、大概のヤツは信用しているさ。どっちみち今の時代、ズルして儲けたってたかが知れてるしな」
 世界全体が戦争によって疲弊して、貧乏なのだ。
 大金があっても使い道はなく、盗賊に狙われるだけ。それならば皆で協力した方がいいし、他が協力している中で一人だけズルをしたって、周りから袋叩きに合うだけだ。それがこの町の、何よりライカ自身の気風だった。
「微妙に男前な性格、相変わらずだねぇ……」
「『先取りされちゃあ敵わない』なんて言ってる時点で、アタシも十分女々しいよ」
 言った頃合いで、トーマスの査定が終わる。
「今日の料金渡すから、中心街までついてきて!」
 町の顔役、ということもあって中心街に大きな事務所を持つ彼は、そこで査定料金を渡すことにしている。歩く分手間だとしても、お金を盗まれないようにやむを得ないことなのだ。
「ちょいと待ってな。今コクピットにロック掛けていくから」
 言うと、コクピットの魔道式ロックを閉じ、上からさらに南京錠をガチャリとかける。
 魔道式ロック自体、数年前にトーマスがライカ専用に設定してくれたものなので他人には開けられないが、『念には念を』と言う奴である。
「とりあえず今晩は、掘り尽くし祝いに盛大に食うかな!」
 呑気なことを呟きつつ、ライカはトーマスを追って駆け出した。

上記の回答(『プロローグ相談』の人口が少ないのでこちらで相談させてください、第二弾。の返信)

投稿者 ふ じ た に : 1

以前他の方から日常系のプロットの相談を個人的に受けたとき、私は日常系に詳しくなかったので資料を探したんですけど、
そのときにラ研の中で二つ見つけたんですよね。

●物語の起伏、日常系を書くコツ
https://www.raitonoveru.jp/howto/h5/715l.html

日常物の緩急の付け方とは?/新人賞下読みが回答
https://www.raitonoveru.jp/cms2/2015/06/22/1764/

これを読むと、日常系で公募に応募するときは、個性的なキャラか設定で売りを作る必要があるみたいですね。
日常系(マンガですが)を自分が読むとき、キャラを気に入って読み続けていることが多いので、キャラも大事っていうその意見に私は同感でした。

ここにはキャラ設定がないのでプロローグからキャラを探したんですけど、
ライカ(15歳)とトーマス(30代)の二人がメインキャラという認識でよろしかったでしょうか?
あと、「重い過去を持つ者同士」っていうのは、二人のことでしょうか?
このキャラ設定や情報に曖昧さを感じて、よく分からなかったです。

あと、終末系で物を拾って生活という設定自体に私は個人的に目新しさを感じなかったので(ごめんなさい)、売りの部分は結構キャラにかかっているのでは?って思うのですが、現状ではキャラ情報が曖昧に感じるので、その点が私と認識が違うような気がしました。もちろん私が間違っている可能性もあるので、きちんとスレ主様のほうで考えがあるなら、スルーしてくださいね。
色々なやり方がありますしね!

他の気になった点は、他の方とかぶってますので、今回は特に触れません。
文明が今よりも発展した戦争後で、日々の暮らしが大変な世界観が、プロローグから伝わっていたと思います。

生活は大変でも、酒場のおばちゃんに育てられたとか、大概の奴を信頼しているとか、トーマスさんを信頼しているとか、日々助け合うような人情味を感じました。

ただ、そうなると、やりたいことに「重い過去を持つ者同士に明るい人間関係を築かせる」ってあるので、「重たい過去」は私を含めて現代の日本人にとっては世界観自体がそうかもしれませんが、主人公にとっては「当たり前の日常」のようにも考えられますし、「明るい人間関係を築かせる」って、冒頭から既にそうなっている気がしないでもないんですよね。もう和やかに助け合っているように感じてます。
なので、現在のプロローグと「重い過去を持つ者同士に明るい人間関係を築かせる」から、どういうラストを想定しているのか、ちょっと想像がつきにくかったです。

短編連作の構成の話になりますが、全体を通しての変化が必要だと思うので、ラストを想定して、「変化前」の冒頭を用意しないと、全体を通して読み終わった後にその変化が伝わりづらくなってしまうのでは?って思いました。
なので、やりたいことが「重い過去を持つ者同士に明るい人間関係を築かせる」なら、冒頭では逆に「暗い人間関係」が描かれている必要があるのでは?って思いました。
恋愛ものでよくあるのが、最初は両片思いだったけど、最後は両想いになってハッピーエンドですかね。
成長ものの短編連作なら、最初主人公は新人で、話数を重ねるごとに成長していく感じでしょうか。
これも私が知らないだけで短編連作でも色々な構成の型があるなら、全然スルーしてくださってかまいません!

ほのぼのした雰囲気は、私は好きでしたねー。主人公もトーマスさんも好感が持てますけど、そこまで強い個性を感じなかった気がします。なので、相棒キャラで個性的な子(人間でもいいし動物やアールツーみたいなメカでも)がいてもいいのでは?って思いました。

あくまで個人の意見なので、合わなければ流してくださってかまいません。
ではでは、失礼しました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 『プロローグ相談』の人口が少ないのでこちらで相談させてください、第二弾。

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投稿日時:

元記事:作中の障碍者の扱いについて。

 どうもこんにちは。壱番合戦 仁です。

 前々から世間で疑問視され続けていた重大なテーマについてお聞きしたいと思います。

 ズバリ!

 『障碍者を使って泣ける話を作って、自慰行為するなッ!!』
 はい、これまんまの話です。障害を持った人が主人公のドラマとか、映画って、見ていてなんか違和感ありませんか?でも、僕からしてみれば、よくよく見るとどう考えても、『疲れた健常者のために作られている』としか思えません。当事者にこれっぽっちも優しくないんです。
 すこし福祉の心得がある人ならすぐわかると思うのですが、当事者からしてみれば『いつも通り生きているだけなのに一挙手一投足に感動すんなよ。ウゼェな』というのが本音なのです。
 特に挙動や振る舞いが健常者にかなり近い(流暢に会話する、空気はそこそこ読める、的外れだけど気を使うくらいはできる、集団行動は訓練したから後天的にできる、身だしなみも気を付けている、常識も気にしている)僕の様な「アスペルガー型」からすると、偏見以外の何物でもありません。
 ああいったものばかりが世に出回っているおかげで、僕たちの認知が一向に進まないのです。実に腹立たしい。
 実際、僕はそういったお涙頂戴物のドラマなど見ません。カナー型自閉症の男の子の恋が【健常者の女性に対して】実ったみたいな話は、制作者の意図が透けて見えて、反吐が出ます。
 また、アニメや漫画での障害の扱いは非常に軽いと思います。例えば、「アルプスの少女ハイジ」。

 クララが立てるようになるシーンは名作と言われていますが、そもそもクララはシリーズの途中で足が完治します。あとは本人が立てるようになるだけなのに、心療内科的な症状で立つことができません。そこを友人であるハイジらが励まし、彼女は障害を乗り越える。これだけならいいのです。この作品はきちんと障害に向き合った上で乗り越える様子を丁寧に描写していたはずです。

 ですがしかし、【本当にそれは、障害という設定を使ってまでやっていいことだったのでしょうか?】

 古来、物語において、キャラクターの『足や腕、または心の機能を取り戻す』というのは、自らの忌むべき過去との対決を意味しました。ですが、現実の多くの障碍者にとって、後天性なら自らの障害にまつわる忌むべき過去はあるかもしれませんが、もう今となってはどうしようもないことなのです。【現代医学では治せない】【ほぼ一生治らない】から障害なのです。「障害を乗り越えるべきものととらえるなど、烏滸がましいにもほどがあるのでは?」と少なからず疑問を覚えてしまうのです。
 僕は『障害を抱えたまま、成長していくこと』については大賛成です。それが本来の障碍者の讃えられるべき生き様だと思うからです。だから僕は、僕の異世界冒険記、改め、「イドラとユクサー」を書いています。
(ちなみに以前の質問で『私はただ夢が見たいだけ』とおっしゃっていた方もいらっしゃいましたので、あくまでその人も、僕も、一意見にすぎませんが)皆さんは障碍者を物語の中心に据える場合、どんな書き方をしますか?また、この命題に皆さまはどんな考えをお持ちでしょうか?

 倫理的な問題につながっているので、参考にしたいです。

 回答を心よりお待ちしております

上記の回答(作中の障碍者の扱いについて。の返信)

投稿者 あざらし : 2

所感を綴ります。

>障碍者を使って泣ける話を作って、自慰行為するなッ!!

桂香さんも書いていらっしゃいますが、いわゆる感動ポルノですね。
この問題の難しいところは発信者側だけの話しではなく、受け取り側のとらえ方でも変化するという点でしょう。

同じ物語でも、
Aさんは「感動した、素晴らしい作品」
Bさんは「感動ポルノで唾棄すべき作品」
当たり前の出来事です。
本質的には、ですが、作品に対する評価ですから、それは作品を味わった人それぞれが判断することです。
障害を扱うということに特異性を持ちやすいだけで、本質的には、あくまで根っこの部分としてはどの作品も変わりはありません。

もちろん例外『中身以前に大前提として首を傾げる』というのは存在します。
感動ポルノという言葉を日本で広めるきっかけになった番組でもありますが【24時間テレビ】ですね。
本当に募金を募ることが目的のひとつにするならば、
『TV局はCMによって得た収益を寄付』
『お金の流れ、システム的に必要となる広告代理店も収益の一部を寄付』
『出演者はボランティアでまかなう』
これを満たすべきですが、そうはなっていません。ゴールデン30秒のCM料金がおおよそ1000万ですから、募金金額が2億やそこらでは、収益が目的の商売だと思われても仕方ない。

内容も、個人的に品位があるとは到底感じられない作り、はっきり言えば下品ですが、個人的な拒否感と社会的意義は別枠で考えるべきだと思うのです。
『番組の存在により募金したであろう人の存在』
『番組がきっかけとなり、障害者の存在を意識したであろう人の存在』
この存在がゼロで無い限り、社会的意義もゼロではない。
「1000を1200にする」ということより、「ゼロを1にする」ということは遙かに困難ですから、人の行動のきっかけになる限り、手法を完全否定することも私は出来ません。
いかな手法、自己矛盾を孕んでいてすら、受け取り側である視聴者によって肯定されれば、その結果が単純に社会通念上でも『善いこと』になっていくのではないでしょうか。
感動ポルノ、これそのものが現象を指す言葉であって、特定の作品を示すべきではないと私は思うのです。

>また、アニメや漫画での障害の扱いは非常に軽いと思います。例えば、「アルプスの少女ハイジ」。

そもそもアニメのハイジは子供向け番組として作られています。
物語の内容が全て理解できなくとも、幼稚園にあがる頃には十分に楽しめますし、元々はそういった幼児でもみることができ、小学生になれば話しの隅々まで見ることができるように作られています。

アニメは1970年半ばの作品です。
今日でもそうですが、小学生にせよ幼児にせよ、日常生活で「歩けない人」に接する機会がどれぐらいあるでしょう? 
もちろん祖父母が車いすを使っているならば、それなりに機会があるでしょうが、そうでなければ街中で見かけるだけで『ほとんど存在を認識していない(実感できない)』という場合もあるでしょう。
視聴者からすればクララという『同年代であったり、お姉さんの年齢で歩けない人がいる』ということをアニメを通して実感する、これは大変に意味のあることだと私は思います。
ハイジはクララと初めて合ったとき「歩けないの?」と聞きます。大人だったら聞きません。
でも、子供であるハイジは聞くのです。
残酷であると受け止めることもできますが、真実の意味でフラットな反応と受け止めることもできますし、見ようによっては確かに軽いと見ることも出来ますね。
いずれにせよハイジにとってはクララを特別視するためではなく、今後の『日常』としてスタートだと思います。

>本当にそれは、障害という設定を使ってまでやっていいことだったのでしょうか?

私は子供に見せるアニメとして、障害者の存在を隠すより、よほどよいと思います。
クララが歩けないのは原作の通りです。
原作で歩けないクララが、アニメでは歩けることになっている。
こうなってしまうなら大問題でしょう。

>「障害を乗り越えるべきものととらえるなど、烏滸がましいにもほどがあるのでは?」と少なからず疑問を覚えてしまうのです。

ハイジの場合を先に書きますが(作中で明示されていませんが)転換性障害、機能性神経症状症、ひょっとすると脳の機能障害(もしくは併発)かも知れませんし、お嬢様でかごの鳥状態ですから日光の不足、ビタミンD欠乏による”くる病”かも知れません。
原作が書かれた19世紀だと、ひっくるめてヒステリーと呼称されてもおかしくありません。(日本語での語感、感情をコントロールできなくなっている状態、の意味とは異なります)
ぶっちゃけ当時も快癒する可能性がありますから、周囲と本人が治って欲しいと思い、それに伴った行動をするのは至極真っ当だと私は思います。
治る可能性が感じられる限り、そりゃ周囲も乗り越えるように手助けするでしょう。
ハイジもそうしていたと思いますよ。(ペーター、だったかな? 車いすを壊してしまうという行動も心理としてよいメタファーになっていたと思います)

さて。
個人的に、健常者は障害を持っている人を特別視するのではなく、そういった個性であると認識するべきだと思っています。

そう特別なことだと思わない方が良いと思うのです。
当たり前ですが、嫁さんは私より力がありません。
『男性に比べて女性は重労働には向かない』という産まれ持った性差による個性です。
ですので買い物に行ったら荷物は私が持ちますし、階段でベビーカーを苦労して持ち上げている女性がいたら『持ちましょうか?』と声をかけます。

目の不自由な方は『視覚情報に頼ることができない』という個性です。
ですので『私が代わりに見ることで助けにならないか?』を訪ねます。
同じことなんです。

昨今、アメリカでは障害者のことを先天・後天性に関わらずChallengedと呼称する文化が根付いてきています。
これは単純なポリティカルコレクトネスとは明確に異なります。
今日的には差別用語より若干マシ『(少なくとも公的な場では)つかうべきではない言葉』になっていますが、それ以前は障害者を意味するDisabledpersonやHandicappedです。
日本でなら外来語としてのハンディキャップですね。
スポーツ等でも使いますが『不利な条件』を示します。
つまり『健常者を平均としてのハンディキャップ』であり、人間に使うにはあまりにもネガティブです。

Challengedというのは、無理矢理日本語にすると『(神により特別に)挑戦する資格を与えられた人』です。(言葉の背景にキリスト教の価値観が関わります。あの国は、あの科学技術をもってして、人口の半分が進化論を拒否するぐらい生活の基盤で神の存在が普通のことです)

この言葉の重要なところは、
健常者にむいては『ネガティブに特別視するな。かわいそう、それが差別が無くならない理由』
障碍者にむいては『(神に特別に選ばれた)チャレンジドであることに誇りを持って生きよう』
こういった意味を内包しています。
健常者が乗り越えろと考えているのではなく、障碍者自身の望みでもあると私は解釈しています。

不慣れな土地で道に迷っている人と一緒。
自分で解決できそうな人に案内を買って出るのは不躾ですが、困っているならば助けるべきでしょう。
『自分で解決すべき』とは思いませんし、かといって『過干渉すべき』とも思いません。
道に迷っている本人の意思、本人の自由で判断することを、案内人は尊重するべきだと思います。
チャレンジドの方にも同じスタンスで行動すべきだと私は思います。

>皆さんは障碍者を物語の中心に据える場合、どんな書き方をしますか?また、この命題に皆さまはどんな考えをお持ちでしょうか?

私は執筆しない単なる読者ですので、その視点で書きます。
障碍に限らず、万人に画一的な答えを当てはめられない問題は世に五万とあります。

例えば、死刑制度。
賛成派・反対派が存在する以上、扱いが難しいですよね。
いずれの発言にも納得できる部分はあります。
もちろんケースバイケースによって異なりますし、問われたタイミングで答えが変化することもあります。

こういった万人が画一的な答えを持っていない題材を扱う場合、
『ストーリーは登場人物を利用して可能な限りフラットに。物語を通して読者の心に発生した感情を作品のこたえにする』これがベストだろうと思います。
著者が発表した時点で、それは著者の手から離れ、個々読者にとっての作品に変わります。結論部分は読者にゆだねてよいのではないでしょうか。

品がないと感じるのは『制作者により予め用意された解釈による結論の押しつけ』
この結論を『感動』にすれば、安っすい邦画によくあるパターンです(笑)
こういうのは、鼻で笑い飛ばすぐらいしか反応できません。
こんなの態々時間を使って読ませるな、という話しです。

一本だけおすすめ映画を。
先日も放送していましたが【この世界の片隅に】
原作の同タイトル作品【こうの史代著】をかなり忠実にやってますので、漫画で読んでもよいと思いますが、アニメもよく出来ています。
安っすい著者や監督がやると、『鼻で笑い飛ばすしかない』題材を、流石の手腕でお見事に調理しています。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: 作中の障碍者の扱いについて。

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元記事:「実は○○だった」は絶対に必要でしょうか?

こんにちは。みね子と申します。

現代ファンタジーの小説を書いています。
簡単にストーリーを紹介すると、こんな感じです。
・主人公とヒロインがいるところに、宇宙人がやってくる。
・宇宙人は「ヒロインは"宇宙人性毒霧病"にかかっている。これは18歳の誕生日に、猛毒の煙になって死んでしまう病気だ」と説明する。
(宇宙人はこの病気の調査にきており、たまたま罹患したヒロインがいたため、親切心で教えた)
・治療薬は宇宙人用のものしかなく、地球人には効かない。
・主人公がいろいろ活躍して、ヒロインを完治させてハッピーエンド。

問題はこの「宇宙人性毒霧病」の説明なのですが、
どうしてヒロインがこの病気にかかったのか、どうして18歳の誕生日に死ぬのか、
説明をしないつもりです。
説明をしない理由は、病気にかかった理由を探る場面や、病気の性質を理解する場面は話の本筋と関係ないので、読者によけいな情報・負担を与えてしまうためです。

小説には説明しなくてもいい重要な設定があると思っています。
たとえばグラスホッパーは、現代日本に暗殺者集団がいるというトンデモ設定ですが、暗殺集団の後ろ楯は何か、どうして暗殺集団が結成されているのか、説明はなかったとおもいます。

1から10までつまびらかにするより、少しだけ「なぜなんだろう」の謎を残しておいた方がわくわくすると思います。
しかし、「いやそこは説明せんかい!」という謎もあると思います。

その「残しておく謎」と「説明しなければならない謎」の違いやさじ加減がわからず、悩んでおります。
みなさんはどのようにしているのでしょうか?
アドバイスいただけないでしょうか。

上記の回答(「実は○○だった」は絶対に必要でしょうか?の返信)

投稿者 黒鐘 黒ぅ : 0

少し補足を。
僕が伝えたかったのは、「謎を出す事が、必ずしもワクワク感になるわけではない」 という事です。
チンプンカンプンな謎は駄目だと申しましたが、それは「謎→ワクワク感」を意識した場合のみ言える事。
事実、何もかも全く明かされずに完結した作品は沢山あります。
エヴァンゲリオンなどでは、謎の答えを何一つ明かさない事で、「ワクワク感」 ではなく「余韻」をもたらしています。(ワクワク感と余韻では感じるタイミングが違いますが、かなり違った要素です)
つまり、「チンプンカンプンな謎は絶対駄目」というのは、必ずしも言える事ではありません。

最初のほうで少し説明したつもりでしたが、結論では省略していましたので、誤解を招いてしまいました。お詫び申し上げます。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 「実は○○だった」は絶対に必要でしょうか?

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