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元記事:現実の誰かをモチーフとした悪役

「ウルトラマンR/B(ルーブ)」に登場した愛染マコトことウルトラマンオーブダークや、仮面ライダージオウの劇場版に登場した常盤SOUGOこと仮面ライダーバールクス、及び彼の率いる組織クォーツァーといったキャラクター達。
彼らは長寿シリーズや歴史ある界隈にはつきものの「拘りの強い迷惑な古参ファン」を揶揄したと思われるキャラクター造形となっており、ファンコミュニティではその手のファンが諍いを起こした際にこれらのキャラクターに擬えて茶化されるなど、ある種のミームとなる程話題となりました。

本題に入りますと前回のスレッドで取り上げた「ラスボス候補の悪役X」なのですが、実は彼にも「近年のラノベやアニメを取り巻く偏見やアンチ活動」というモチーフが存在します。
具体的に言うのなら、一部のまとめサイト等、特定の作品やそのファンを貶める事で盛り上がっているあまり良くないコミュニティです。

これは拙作がメタフィクション的な要素を多く持ち、何より主人公のキャラクター性がラノベそのものをテーマとしている事から、「昨今のネットの負の側面」を擬人化した者以上にラスボスとして適任な者も居ないと思った事にあります。
その点から冷笑的で意地悪な性格や、敵味方問わず大勢を翻弄する様に加えて「主人公に勝手に○○太郎という渾名をつける」などのキャラ付けをしており、終盤初めて明らかになるスペックに関しても「作中の神々が束になって掛かっても勝てない」ラスボスとしては申し分ないものでありますが、これに関しても「神々(=書き手)もネットで吹き荒れる風評被害は止められない」というメタな事情から来るものです。

個人的に悩ましいのが彼のモチーフとなった人々とどの程度繋がりを匂わせるかという事です。
なぜならこの手の揶揄は必ずしも歓迎されるとは限らないからです。

「はがない」終盤から「いもさえ」序盤の頃の平坂読氏は、まとめブログへの敵意を作品にストレート過ぎるほどに反映し、失笑を買っていた事を覚えています。
平坂氏に関しては当時まさに彼やその作品がその手のブログのバッシングの的だっただけに気持ちは分からなくはないですが…

自分自身も「学園黙示録」に登場した、恐らく作者が嫌っている政治思想やその持ち主を揶揄したらしい市民団体の描写に関しては「くどい」と感じました。
初めて出た橋でのデモのシーンからわざわざ生還させてまで再登場させて主人公一行に噛み付かせる程の意味は無かったと個人的には思います。

個人的に見出した「良い揶揄」のやり方は「相手にもそれなりの格を与える」「過度に貶め過ぎない」事と思いました、実際成功例として上述したオーブダークやバールクスは強敵として登場し、身なりもダークヒーローらしい非常にかっこいいものに仕上がっております(どちらも過去作の主人公のリカラーないしリデコのようではありますが)
この辺は拙作の悪役Xについてもクリアできていると思います。

他に何かこの手の「モチーフが居る」キャラを描くコツ、またはこの手のキャラで他に成功例であるキャラはいますか?

上記の回答(現実の誰かをモチーフとした悪役の返信)

投稿者 ヘキサ : 0 投稿日時:

>この手の揶揄は必ずしも歓迎されるとは限らないからです

うん、これ実はすごく気になってたのよ……
だから私は「こいつがゲスなのは想定の範囲内」で、「どう散らせるか」のほうに先に意識がいっちゃってたのよ。やられ方で印象も変わるから。

まず仮面ライダーと違うことを強く意識して欲しいのは「小説では見た目のカッコよさに騙されない読者が多い」こと。
あと、成功例はたぶん仮面ライダーを参考にするのがいちばんだということ。何故なら子供向けバトルエンタメの脚本の最高峰の人材が揃っているところなので。

あとは、ようするに主人公側が彼を「どう熱血論破できるか」にかかっているかな?熱血ものはバトルそのものより、論破のほうが重要だったりするので。

相手は絶対に負けるわけだから、負けた時の今までの余裕の態度がどう変わるかってところだよね。ここでいきなり小者感が出てしまうものもあれば「これで勝ったと思うな、私は人が○○な限り何度でも甦る……」的な、最後に問題提起して散っていく奴もいると思う。

結局のところ、ストーリーにどれだけ真剣に役割を考え配置されて、それを演じているか、だったりするんだ。
だからいたずらに揶揄るだけだと反感オンリー、処刑ソング(その作品のOP)流されてフルボッコ、下手すると今までの他の敵より弱い(実際にそうでなくても、怒りMAXの主人公達からそう言われて徹底的に血祭りに上げられる)ってことになっちゃったりもする。

「敵をカッコよく」の前に「ストーリーを真剣に」考えるのが大事だと思う。
またちょっと何か追加で書き込みそうな気がするけど、とりあえず一旦ここまでで失礼します。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 現実の誰かをモチーフとした悪役

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元記事:現実の誰かをモチーフとした悪役の返信

>この手の揶揄は必ずしも歓迎されるとは限らないからです

うん、これ実はすごく気になってたのよ……
だから私は「こいつがゲスなのは想定の範囲内」で、「どう散らせるか」のほうに先に意識がいっちゃってたのよ。やられ方で印象も変わるから。

まず仮面ライダーと違うことを強く意識して欲しいのは「小説では見た目のカッコよさに騙されない読者が多い」こと。
あと、成功例はたぶん仮面ライダーを参考にするのがいちばんだということ。何故なら子供向けバトルエンタメの脚本の最高峰の人材が揃っているところなので。

あとは、ようするに主人公側が彼を「どう熱血論破できるか」にかかっているかな?熱血ものはバトルそのものより、論破のほうが重要だったりするので。

相手は絶対に負けるわけだから、負けた時の今までの余裕の態度がどう変わるかってところだよね。ここでいきなり小者感が出てしまうものもあれば「これで勝ったと思うな、私は人が○○な限り何度でも甦る……」的な、最後に問題提起して散っていく奴もいると思う。

結局のところ、ストーリーにどれだけ真剣に役割を考え配置されて、それを演じているか、だったりするんだ。
だからいたずらに揶揄るだけだと反感オンリー、処刑ソング(その作品のOP)流されてフルボッコ、下手すると今までの他の敵より弱い(実際にそうでなくても、怒りMAXの主人公達からそう言われて徹底的に血祭りに上げられる)ってことになっちゃったりもする。

「敵をカッコよく」の前に「ストーリーを真剣に」考えるのが大事だと思う。
またちょっと何か追加で書き込みそうな気がするけど、とりあえず一旦ここまでで失礼します。

上記の回答(現実の誰かをモチーフとした悪役の返信の返信)

投稿者 ヘキサ : 0 投稿日時:

ウルトラマン・仮面ライダー等の特撮のジャンルは該当キャラの末路がネットに流布しているのでそれを見てもらえばいいと思うけれど、それ以外でメタ要素が強いものっていうと、フリーゲームの一部かな。

「ネフェシエル」では、ラスボスはその世界の創造主で、数多いる「魔神」と称される神属性のボスキャラ群のさらに上を行く存在だったけれど。弱点があって、RPGツクールの仕様上装備との属性相性が非常に重要なんだけれど、これが「神属性」ではなく「人属性」だった。ので、攻略方法は人属性の武器でメッタ刺し。

この流れを組む「イストワール」では、ラスボスの幹部「十二悪魔将」の中に、妙な小細工を弄する「”姿なき声”トルバドール」ってのがいるけれど、ストーリー上重要な役割を担っているにも関わらず実力は幹部中最弱、ラスボスと比べるのもおこがましいくらいなんだけれど、ラスボスは(いちおうネタバレ回避のために正体は伏せるけれど)もう「可哀想」としか言えない。トルバドールはラスボスとの対戦中に全体攻撃の余波でいつの間にか消し飛んでるゴミみたいな存在だった。ビッグマウスだけは印象的だったがな……

この流れでいく「魔王物語物語」では、メタ要素がいろいろ散りばめられていて、ゲームクリア後のエキストラダンジョンとかもすごかったりしたけれど。やはり装備に仕掛けがあって、初期に手に入る意外な安い防具「闇夜の錦」の隠しステータス(精神防御力)が高く、対ボス戦ではそれを使うことになったり。名称からして頼りなさげな武器「蟷螂の斧」が実は最強(即死攻撃)だったりと、手が込んでいる。装備の名前が特に捻られていて、物理的な強さよりも、人の想像力のほうが強い世界なんだよ、という感じの世界観だったかな。

ラスボスは「どう強いか・かっこいいか」よりも「どう倒されたら読者が納得できるか」を追求し、そこから普段の性質や言動を逆算したほうがいいと思う。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 現実の誰かをモチーフとした悪役

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元記事:現実の誰かをモチーフとした悪役

「ウルトラマンR/B(ルーブ)」に登場した愛染マコトことウルトラマンオーブダークや、仮面ライダージオウの劇場版に登場した常盤SOUGOこと仮面ライダーバールクス、及び彼の率いる組織クォーツァーといったキャラクター達。
彼らは長寿シリーズや歴史ある界隈にはつきものの「拘りの強い迷惑な古参ファン」を揶揄したと思われるキャラクター造形となっており、ファンコミュニティではその手のファンが諍いを起こした際にこれらのキャラクターに擬えて茶化されるなど、ある種のミームとなる程話題となりました。

本題に入りますと前回のスレッドで取り上げた「ラスボス候補の悪役X」なのですが、実は彼にも「近年のラノベやアニメを取り巻く偏見やアンチ活動」というモチーフが存在します。
具体的に言うのなら、一部のまとめサイト等、特定の作品やそのファンを貶める事で盛り上がっているあまり良くないコミュニティです。

これは拙作がメタフィクション的な要素を多く持ち、何より主人公のキャラクター性がラノベそのものをテーマとしている事から、「昨今のネットの負の側面」を擬人化した者以上にラスボスとして適任な者も居ないと思った事にあります。
その点から冷笑的で意地悪な性格や、敵味方問わず大勢を翻弄する様に加えて「主人公に勝手に○○太郎という渾名をつける」などのキャラ付けをしており、終盤初めて明らかになるスペックに関しても「作中の神々が束になって掛かっても勝てない」ラスボスとしては申し分ないものでありますが、これに関しても「神々(=書き手)もネットで吹き荒れる風評被害は止められない」というメタな事情から来るものです。

個人的に悩ましいのが彼のモチーフとなった人々とどの程度繋がりを匂わせるかという事です。
なぜならこの手の揶揄は必ずしも歓迎されるとは限らないからです。

「はがない」終盤から「いもさえ」序盤の頃の平坂読氏は、まとめブログへの敵意を作品にストレート過ぎるほどに反映し、失笑を買っていた事を覚えています。
平坂氏に関しては当時まさに彼やその作品がその手のブログのバッシングの的だっただけに気持ちは分からなくはないですが…

自分自身も「学園黙示録」に登場した、恐らく作者が嫌っている政治思想やその持ち主を揶揄したらしい市民団体の描写に関しては「くどい」と感じました。
初めて出た橋でのデモのシーンからわざわざ生還させてまで再登場させて主人公一行に噛み付かせる程の意味は無かったと個人的には思います。

個人的に見出した「良い揶揄」のやり方は「相手にもそれなりの格を与える」「過度に貶め過ぎない」事と思いました、実際成功例として上述したオーブダークやバールクスは強敵として登場し、身なりもダークヒーローらしい非常にかっこいいものに仕上がっております(どちらも過去作の主人公のリカラーないしリデコのようではありますが)
この辺は拙作の悪役Xについてもクリアできていると思います。

他に何かこの手の「モチーフが居る」キャラを描くコツ、またはこの手のキャラで他に成功例であるキャラはいますか?

上記の回答(現実の誰かをモチーフとした悪役の返信)

投稿者 読むせん : 0 投稿日時:

専門的過ぎてよくわかんない!!\(^P^)/
えっと??

>>「拘りの強い迷惑な古参ファン」を揶揄したと思われるキャラクター造形
とのことなので、要は迷惑なやつや嫌な奴をあてこすったキャラを立てたい!!という感じでしょうか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>>またはこの手のキャラで他に成功例であるキャラはいますか?

ワンピースの敵キャラ全員がそんなかんじっすよ?

最近の敵だと・・・・『ビッグマム』は「毒親や家族の悪意」

『ドフラミンゴ』は復讐に憑りつかれすぎて、「限度を超えた復讐者の悪意」を描いています。

ワンピースのテーマ?として「ちゃんと考えて自分で決める」というのがあり、それを邪魔する要素を混ぜながら生み出された存在が作中の敵キャラ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コツは・・・・その「あてこすり要素」を持った存在を一人だけにしない事、そしてちゃんとキャラを掘り下げること?

ワンピースのすごい要素に、倒した敵のほとんどが、それなりに笑って楽しそうに生きている事です。
 主人公とその仲間達サイドは、彼らに家族や仲間をむごたらしく殺されたりしているんですけどね。
 

カテゴリー : キャラクター スレッド: 現実の誰かをモチーフとした悪役

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元記事:あまくささん、回答ありがとうございます。

 僕はあくまで娯楽小説の土俵でやりたいと思います。
 言いにくくて伏せていたことがあります。まずはそのことを言わなかったとんちんかんをお詫びします。
 まろん師匠は知性の鋭い方ですが、人を見下す癖があるので本気にするかどうか悩んでおりました。
 湊かなえにしろ百田尚樹にしろ、人に受けるように配慮した文がお嫌いらしいです。
 ですが、あまくささんの一言で目が覚めました。

 彼女に小説を書かせれば、本人によるとリーダビリティを破壊した新文体小説を書くつもりらしいです。
 やはり彼女の言う文学論を当てにしないほうがいいのでしょうか。遂行の指摘に関しては非常に鋭い意見をくださるので、つい彼女の言うことに耳を傾けてしまいます。

 というか、相談で意見を聞くことよりも、自分でどうしたかをきちんと決めるほうが大切ですよね。
 でも、基準がないのでどうしても迷ってしまいます。
 ベースはあります。娯楽小説の土俵でシリアス路線の小説が書きたくて、現実の差別や迫害、障害などを書いていきたいと思います。

 そのうえでお尋ねしたいことがあります。
 性格、または人格が破綻、もしくは歪みかけている人物の主観でお話を書くにはどうしたらいいでしょうか?

 その技術を教えてください。

上記の回答(あまくささん、回答ありがとうございます。の返信)

投稿者 あまくさ : 0 投稿日時:

>ベースはあります。娯楽小説の土俵でシリアス路線の小説が書きたくて、現実の差別や迫害、障害などを書いていきたいと思います。

娯楽小説の土俵にシリアスをのせるというのは、私が目指しているものと同じです。ただ私の場合、シリアスの部分はさり気なく伝わればいいと思っています。ぐいぐい押し出したりはしない方針なのですが、壱番さんはそこをぐいぐいやりたい方なのでしょうか?

>性格、または人格が破綻、もしくは歪みかけている人物の主観でお話を書くにはどうしたらいいでしょうか?

そこ、どうあっても「主観」で押したいですか?
性格が歪みかけた人物の行動を、ある程度突き放して客観的に描いてみる。そんな物語作りを一度やってみてはと思うのですが、そういうことはやりたくないのかな。

いくつか読ませていただいた作品では、舞台やキャラ設定はラノベのテンプレを使っているのだけれど、物語を動かしはじめると「これをやりたい」という想いが先走りすぎてしまっている感じでした。
しかし娯楽小説の土俵でやると決めたのなら、その土俵の部分をもっと着実に安定させる必要があると思いますよ。

技術を教えてほしいとのことですが、技術というのはもう少し具体的なものなので。
「リーダビリティを破壊した新文体小説」にしても「性格、または人格が破綻、もしくは歪みかけている人物」にしても、はっきり言えば中身のない抽象的な言葉に過ぎません。なので、この人たちは何かをやりたいようだという気分しか伝わってこないんですね。
性格の破綻した人物ではなく、もう少しストーリーに即してある程度は顔が見えるキャラ像を示した上で、こういうことをやらせたいとか、それを通して読者にこれこれを伝えたいのだけれど思うようにいかないとか。
そんなふうに質問してもらわないと技術の話はできません。

願わくば、ご一考を。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ラノベに行間は必要か?また、まろん師匠の文学論について。

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元記事:ラノベに行間は必要か?また、まろん師匠の文学論について。

 こんにちは。壱番合戦 仁です。

 皆さんに質問させていただきたいことがあります。
 ズバリ、「ラノベに行間は必要ですか?」

 これについては、詳しくないので僕は意見しません。皆さんの回答をお待ちしております。

 次にまろん師匠の文学論について。
 彼方は、「せっかくアスペルガー症候群の君が、アスペルガー症候群の主人公をかくのだから、常識や常人の感性につきやってやる義理はない」と僕にご教示なさいました。
 暗に彼女は、「(きっちり描き切ってなお読者が読めないと文句を言うならそれは読者のせい)だからこそ、読者に媚びて読みやすくしてやる必要などない」といいます。湊かなえや百田尚樹のような売文奴になってほしくないのだといいます。

 「自分の主義主張を曲げてまで馬鹿に面白いといわれる事より、文学者として意義のある小説を書いて賢人に称えられるほうが尊い」

 これが彼女の一貫した主張です。これには僕も大いに賛同するところです。
 ですが、ここで一つ疑問が出てきます。
 「これって、純文学の流儀だよね?」「この方向があっていると強くサンドする僕は、ラノベ作家をやるべきではないのではないか?」と思ってしまったのです。

 面白い小説は書きたい。でも、読者に媚びたくないし、主義主張を捻じ曲げるなんてまっぴら。ましてや、奴隷ハーレムものを書いて「さすが○○様!すごいです!」なんてやりたくない。

 正直そろそろラノベに飽きました。
 【異世界転移ものにしろ、転生ものにしろ、魔王勇者ものにしろ、奴隷ハーレムものにしろ……。自己承認欲求を満たして現実逃避するためのオ〇ホじゃねーか!!】

 っとと。失敬。これは言い過ぎですが、読了しても胸の奥に何も残らない小説が多すぎる気がします。萌えとか抜きで、ラストシーンに差し掛かったあたりのヒロインを抱きしめたくなるようなラノベも、味わいのある余韻が残って、文学的に意味のある感動を覚えるラノベも、聞いたことないし見たこともありません。

 おそらくですが、ラノベの正体を彼方が知ったとしたら、たぶん僕がラノベ作家になることを義人はしないでしょう。そして、ぼくも、同じラノベを書くにしろ、純文学や大衆文学を書くにしろ、味気ない小説を書くつもりはありません。

 続きはまた今度。

上記の回答(ラノベに行間は必要か?また、まろん師匠の文学論について。の返信)

投稿者 葉月 : 0 投稿日時:

人に何かを教えるときに短所を直すか、長所を伸ばすか、又は両方をするかってあると思うんですけど、まろん師匠さんのそれは壱番合戦さんが今もっているものを伸ばしていこうよ。いっそ振り切っちゃおうってものだと思います。

ただその場合には、わかる人だけわかってくれればいいということになると思います。壱番合戦さんの小説を読んだ限りでいうと(序盤しか読んでませんが)

まろん師匠自身の考えだったとしても、それはそれでアリで正解もないので、壱番合戦さんとの相性の問題になると思います。

壱番合戦さんが小説でやりたいことって、なんですか?

ラノベでも純文学でもまろん師匠さんの言われてることを実行に移した場合、差別をする方達が読むかと言ったら正直読まないと思います。
バカにする目的で読むことはあるかもしれないけど、壱番合戦さんの本意は届かない可能性がかなり高いです。

そういう方に届けるには工夫が必要です。
真っ正面からいっても手にとってもらうことは難しい。本を買うとき、ネットで小説を読むとき、興味がもてないものは彼らに限らずスルーしますよね。

本当に彼らに届けたいのならラノベだろうと純文学だろうと、興味をもってもらって、そこがスタートライン。ストーリーを楽しんでもらう中で、さりげなく自分の言いたいことをエピソードの中に落とし込んで、読み終わったあとに自然な感想として差別について考えてくれたら上出来なのではないでしょうか。

これは媚びるのとは違って、興味をもってくれてなんぼって話です。

 純粋な疑問なんですが、主人公が読者の気持ちがわからない独りよがりの文章というのは、どういうことなんでしょうか?

主人公は小説のキャラなので読者の気持ちがわからないのは普通のことだと思います。私のキャラも読者の気持ちはわからない。

主人公のキャラによっては、他のキャラの気持ちがわからないことはあると思います。でも、主人公の世界に読者はいないと思うのです。何か思い違いをしてるなら申し訳ないです。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: ラノベに行間は必要か?また、まろん師匠の文学論について。

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元記事:異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

売れる/売れない等は別として、異世界(=この世界と地続きでない世界)の文化や言語(あるいは異世界を構成する任意の「この世界と異なる要素」)を考えることは(SFとしてまたは純文学として)「正しい」のでしょうか。

というのも人が異世界へ行ったとき、その人が異世界に辿り着き生存し知的生命体と遭遇する確率はともかくとしても、たどり着いた世界の住民が肺で酸素を取り入れ呼吸するものである確率や, 住民の口腔等の形が地球人のものと似ていて人間の可聴域内かつ発声可能な音を出す確率, 会話の内容が人間の持つ処理能力で理解できる確率などを考えるとあまりにもご都合主義であり、今更言語や文化といった余りに微々たる違いを考えたところでそれらを埋め合わせることはできないように思えます。そこまで「運命力的な力」が働いているなら、なぜ完全に地球と同じ世界まで持っていくことはできなかったのかと思うのです。

これについて二つほど反論を知っています。一つは「異世界側の人物が呪文で主人公を呼び寄せていたり、あるいは異世界に関わる何らかの意思持つ存在が主人公を移動させる話の場合、人間に近い存在がしたことであるので異世界に人間が居るのは納得できることである」というもの。
もう一つは「それが転移モノ(=主人公が異世界の人物に生まれ変わる話)である場合、魂の器は人間しか有り得ないから、異世界へ行く場合は人間の住む世界だけを選んで転移できる」というもの。
どちらも納得できる論だとは思うのですが、何故かなんとなく違和感を覚えます。うまく言葉に出来ないのですが、どこかに作者の匙加減な部分が見える気がするのです。

また自分でも一つ反論を考えてみました。それは「あらゆるフィクションに於いて超自然的な出来事を語る際には読者の理解しやすいものに加工する必要があり、異世界のありようはその影響を受けている」または、「少なくとも自分の考える異世界では常人には理解できない出来事が繰り広げられており、それらを他者に語った時点で人間の理解できる形に喩えられる性質がある」というものです。しかしながらこの論はともすると「読者に理解できなさそうな出来事は考えなくて良い」という考えにも繋がる筈で、そのようにして作者や読者の都合のために「嘘っぽくなさ」を追求するのをやめるのは甘えではないかと思っています。

ファンタジー世界の架空言語を考えていらっしゃる方々がたまにいらっしゃいます(トールキン, セレン, Fafs F. Sashimi, 中野智宏, etc...、敬称略)。その人たちは架空言語を何からの形で存在させたいから書いているのでしょうが、自分としては設定面と同様、物語としての「嘘っぽくなさ」も大事にしたいと考えています。

ファンタジー(あるいはフィクション全般)に言えることなのかも知れませんが、ともかく自分はこうした疑問を抱き、創作が止まってしまいます。些細な問題かと思いますが、回答お願いします。

上記の回答(クラリオン乙女)

投稿者 ごたんだ : 0

そういう疑念をストーリーに組み込めるるかが(後付けでも!)風呂と海女の大きな溝だと錘

Hレンとヨカサのカップ麺って、合わないんだよな…
『新聞の巨人』 嫌いなアン○はまず
そこを突く! だけど、それを解消して物語の起点にする当たりに舌を巻いたわ!!!

奨学金的に『アン○』に寄せたラストな訳だ。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界の文化や言語を考えるのは不毛か

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投稿日時:

元記事:アクションシーンにおける地の文と台詞の配分・長短について(アンケート)

 お世話になっております、大野です。
 質問内容はほぼタイトル通りなんですが、一応掘り下げて説明をさせて頂きます。

 八月くらいからボチボチ新作を書いているのですが、リアルの忙しさ等あって二年ほど書いていなかったせいもあり、まあ大分文章力が落ちていることを実感しております。
 特に、動きの激しいシーンにおける描写・台詞・場面の切り取りの判断が難しく、皆さんのお知恵を借りたいと思った次第です。

 具体的には以下の三つの質問なんですが、そこから外れていてもアドバイスが貰えるならうれしい限りです。

お世話になっております、大野です。
 質問内容はほぼタイトル通りなんですが、一応掘り下げて説明をさせて頂きます。

 八月くらいからボチボチ新作を書いているのですが、リアルの忙しさ等あって二年ほど書いていなかったせいもあり、まあ大分文章力が落ちていることを実感しております。
 特に、動きの激しいシーンにおける描写・台詞・場面の切り取りの判断が難しく、皆さんのお知恵を借りたいと思った次第です。

 具体的には以下の三つの質問なんですが、そこから外れていてもアドバイスが貰えるならうれしい限りです。
お世話になっております、大野です。
 質問内容はほぼタイトル通りなんですが、一応掘り下げて説明をさせて頂きます。

 八月くらいからボチボチ新作を書いているのですが、リアルの忙しさ等あって二年ほど書いていなかったせいもあり、まあ大分文章力が落ちていることを実感しております。
 特に、動きの激しいシーンにおける描写・台詞・場面の切り取りの判断が難しく、皆さんのお知恵を借りたいと思った次第です。

 具体的には以下の三つの質問なんですが、そこから外れていてもアドバイスが貰えるならうれしい限りです。

お世話になっております、大野です。
 質問内容はほぼタイトル通りなんですが、一応掘り下げて説明をさせて頂きます。

 八月くらいからボチボチ新作を書いているのですが、リアルの忙しさ等あって二年ほど書いていなかったせいもあり、まあ大分文章力が落ちていることを実感しております。
 特に、動きの激しいシーンにおける描写・台詞・場面の切り取りの判断が難しく、皆さんのお知恵を借りたいと思った次第です。

 具体的には以下の三つの質問なんですが、そこから外れていてもアドバイスが貰えるならうれしい限りです。
 皆さんが読者であるとして『これぐらいなら理想的だな』という意見が欲しいです。

質問①アクションシーンでの台詞回しについて。
 『リアリティを重視するなら、動きの多い場面の台詞は短く・感嘆などの表現が多くしろ』という意見もありますが、時間の流れを有機的に表現できる小説においては勢いを無視しても多少は思考の流れや『キャラの見ている物』がわかるようにある程度の長さのセリフの方が良いとも思います。皆さんどう思われますか?

質問②アクションシーンでの地の文について。
 台詞と同じく、地の文を書き込みすぎると勢いが損なわれてしまうという意見があります。一方で、文字媒体である以上は説明していないものは読者の目には映りません。ただ、文字数が増えてしまうと作中での勢いが見えづらいというのもあるとは思います。
 特に悩ましいと感じているのは、1カット分の地の文(例えば、『攻撃を受けて、受け身を取りながら着地、辺りを見回してから反撃に移る』くらいの一連の動きについて、敵味方双方の描写を含む1シーンの中のやや短いアクションの流れ)です。
 それについて、出来ればなんらかの具体的指標(文字数・ページ数・行数)を含む形で、文章的長さに関する意見意見が欲しいです。

③キャラの精神的成長やミステリが主題となる作品(つまりアクションが主軸でない作品)にアクセント程度にアクションシーンを入れる場合の『純粋なアクション部分』だけの長さについて。
 言い換えますと、『物語の本筋から読者の気が逸れないようにしつつ、ひとまずの盛り上がりどころ』として戦闘シーンが入ってるとして、どれくらいまで戦闘をやって良いのかな、という話です。
 なお、この場合の戦闘シーンというのは『こういう戦闘があったらしい』という伝聞的に誰かが誰かにあらましを話すシーンでなく、視点が戦闘のその場にあるタイプのきちっとしたアクションシーンとしての話です。

 『基本的には異世界ギャグの作品で、長々と見開き30ページもアクションをやるのは流石にダメだろう』とか『一回の戦闘を2000文字で納めるのは、いくらラブコメのおまけでも短すぎる』みたいな意見を求めています。
 これは指標の決め方が難しいので、感覚的な意見で構わないのですが、ご意見いただけると幸いです。

 以上、三点について皆様にご協力いただけると幸いです。

上記の回答(アクションシーンにおける地の文と台詞の配分・長短について(アンケート)の返信)

投稿者 サタン : 1

>質問①アクションシーンでの台詞回しについて。
地の文ならともかく、セリフはやはり短めかな。
というのも、動きの多い戦闘中に「そんな長台詞してる暇ある?」って思っちゃうため。だから、もちろん「そういう暇がある展開」なら全然長台詞書く。例えば戦闘中の作戦会議とか。
または、セリフと最低限の地の文だけで戦闘の様子がわかるように会話で戦闘の流れを描写するというのもある。
そうしないと地の文がめっちゃ続くことになっちゃうしね。
ただ、やりすぎると説明的なセリフになるというか、わざとらしいセリフになるからセリフに落とし込めるものと落とし込めないもので自分の中である程度のルールは決めてる。

>質問②アクションシーンでの地の文について。
ワンカットの具体的指針はないかな……。
さすがにセリフなしはほとんどしないけど無いわけじゃないし(例えば遠景で戦闘を見てるシーンとかセリフ少ないほうが遠景っぽさが出る)、地の文を短めにってのはワンポイントでやることだと思ってる。私は戦闘の地の文は多め。
表現次第だけど、あんま多用できないけど気に入ってる表現は、戦闘シーン全カットで地の文で解説しちゃうって形。
 その戦闘は瞬きのあいだに終わっていた。衆人環視のもと彼らの動きを理解できた者は果たしていただろうか。
みたいに前振りして、そこから戦闘の様子を解説しちゃう。
私の例文が下手だからいまいちピンと来ないだろうけど、最初に挑発的なことを書いて後から冷静に本題を書くっていうエッセイだかを書くテクニックの応用。
漫画でも時々解説パターンの戦闘描写があるしと思ってやってみたら、上手くハマって我ながらなかなか読めるシーンになった。
リアルタイムなスピード感は無いけど、とにかく瞬時の出来事だってことは解説っていう長い地の文があっても読者に伝わる。

あと気にしてることは、戦闘の流れかな。
スレ主さんが言う
>『攻撃を受けて、受け身を取りながら着地、辺りを見回してから反撃に移る』くらいの一連の動き
こういう流れのことじゃなくて、「戦闘開始、味方が優勢」「新手が出てきて劣勢」「攻勢は一転し撤退するが本隊と分断されて逃げられない」「窮地の中、主人公が奥の手で敵を倒す」みたいな、戦闘全体の流れ。あるいはこれら要素の中の流れ。
この例の場合4つの要素があるけど、この1要素がワンセンテンス。
「戦闘開始」から「味方が優勢であることを印象付けられる演出」までのワンセンテンスの流れ。
その要素4つを持って一つの文脈になって、戦闘の全体像が理解できる。という考えね。
読者が読みたいのは「文章」ではなくそれによる「情景」でもなく、物語、強いては「展開」だから、どう展開するのかという要点がしっかりテンポよく書けてりゃ基本的にはテンポのいい戦闘シーンに見える。
これはあくまで私個人の考えだけど、キャラクターの一挙手一投足を書くことは些末な事で、キャラがどう動いたかなんてのはどうでもいいことだと思ってる。
だから、スレ主さんが言う ワンカット に対する具体的な指針は持ち合わせていないし、言うなれば「流れを邪魔するな」というのが指針になる。
キャラの動きはどうでもいいと言っても書くは書くわけだからね。そこを重要視していないってだけで。
それより戦闘の展開の要点をテンポよくあるいは効果的な演出をもって見せたいから、その流れの邪魔をしない程度、という具合。

>ミステリが主題となる作品(つまりアクションが主軸でない作品)にアクセント程度にアクションシーンを入れる場合の『純粋なアクション部分』だけの長さについて。
作風によるんじゃないかな。
さすがにアクション主体じゃないのにアクションが作品の大部分を締めてたらジャンルに疑問符を浮かべるけど、
いや、でも、うーん……
答えに窮するのは、SFだと割とアクション長めなのが多いよねって思ったため。
例えばアニメ作品だけど「PSYCHO-PASS」とか「攻殻機動隊」とか。
後者は完全にSFアクションになるか。
でも提起されてるのは「アクセントとしての戦闘」だから戦闘が内包されてるジャンルは違うか。
そうすると、身もふたもないけど、「アクセント」と言ってる以上は「アクセント」の枠を超えない文量が適切じゃなかろうか。

というのも、そもそも分量で考えないので、適量としか言えなかったりする。
例えば「戦闘というアクセント」っては、これは「何に対するアクセント?」と考える。いろいろあると思う。「物語のクライマックスとして」とか「キャラクターの表現として」とか。
そうすると、「物語の盛り上がりを見せる」のが戦闘の主旨であり、「キャラクターの個性を押し出す」のが戦闘の主旨であると言える。
だから、「それが出来る分量が適切」であって、主旨によって変わる。
戦闘メインの漫画や小説でも、例えば最序盤のキャラ紹介的な戦闘シーンは「キャラを見せる戦闘」だから戦闘メインなのにそんなに長い戦闘シーンじゃないでしょ?
戦闘の主旨によって変わるわけで、ジャンルによって変わるわけではない。というのが私の考え。

なので、戦闘じゃないけど同じ主旨かなと思えるもので、コメディ作品のシリアス展開って基本的に嫌いなのよね。
シリアス展開は戦闘と違って明確な終わりが見えずらいから、主旨を超えて延々とやって本編に浸食してきたりする。長編ラブコメ終盤のシリアス展開とか。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: アクションシーンにおける地の文と台詞の配分・長短について(アンケート)

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元記事:ただ褒めてもらいたい人だけの人が小説に着手する理由とは

ある時、なろうである作品に対して少し厳しい感想を送った所、

その作者さんはすぐに感想受付を停止し、仲の良い人としかやり取り出来ない状態にしてしまい、私が感想欄で投げかけた質問に対しても謝ってばかりで答えず、活動を再開する時も謝ってばかり。

その人の別サイトでの作品が好きだった分、嫌悪感が募りました。

再開してごめんなさい、とか、私の人生だから我儘にさせて、とか誰に向かって言っているのか分からない文章でしたが、正直内輪でやってて欲しいなと幻滅しました。

そこで疑問に思った事が一つあります。
ただ褒めてもらいたい、作品じゃなくて自分自身を見て欲しいという人が何故小説を選んだのか、という事です。(ここに挙げた人でなくても、結構遭遇したので。あれこの人別に自分を表現するのに、小説じゃなくても良いんじゃない? という人を)

小説で自分を表現する事が駄目といっている訳ではないのですが、サークルに入っていた時期に多く遭遇した為疑問に思いました。そういう人は何をメリットとして小説を選んだのか、純粋に疑問です。

上記の回答(ただ褒めてもらいたい人だけの人が小説に着手する理由とはの返信)

投稿者 読むせん : 3 人気回答!

 ただ元気をもらいたかっただけでは?

多いのはブラック企業や嫌な人間関係とかでぐったりしたときに、好きな趣味や好きだったことをして「私もこういうの好き!」って喜んでもらって、気持ちをリセット目的での執筆とか。
 ネットで褒められたがる人は、リアルで墜とされたり土下座させられたり踏みにじられて気持ちが麻痺しそうになっている人も多いです。

なにせ自己顕示欲の大きいだけの人は、小説を書けるほど努力できないから、どっちかというと作者をノイローゼに追い込む毒者化やら、目をむくレベルの盗作やらコピペやらかしたり、卑屈なエッセイ書いたり荒らしをして時間を潰してしていますから。

創作って難しいし、手間ばっかかかるからね。

言っては何ですが・・・・・その方は、たぶん別サイトとかで粘着されているか、メンヘラー毒者にストーキングされたり、ネット転載や盗作、晒し荒らしにあっていると思います。

好きな作者さんがそうなってしまったことある。

以前はあんなに明るくジョーク飛ばしてくれたり丁寧なレスポンスくれたのに、1年くらいずっと粘着されてキリキリいたぶられて・・・・・言動が被害妄想きつい卑屈な感じになって・・・・・・大手出版社の書籍化決まったのに、内容をひどく改変されたあげくの短期打ち切りも相まって、未だかつての快活な方に戻れない様子です。

カテゴリー : その他 スレッド: ただ褒めてもらいたい人だけの人が小説に着手する理由とは

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