小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:とある映画監督の感情グラフについての返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信

>「作者として作り上げるもの」と「読者だから感じる事」はそんなに違うものなのでしょうか。
結構感覚的なものもあるから、説明が難しい。
舞台の裏から見える景色と表から見える景色は違うよね、と抽象的なこと言ってもピンとは来ないと思う。
観客席の表から裏の構造を分析するのと、裏側から表の反応を分析するのは意味が違うと思う。この違いが大きい。
読者視点だと、当たり前だけど「完成してる作品」が前提になるけど、作者視点だと「これから作る作品」で、読者視点では結果論が多分に含まれる。
まあ、「結果その形になればよい」わけだから結果論でもいいんだけど、だったら最も効率的な学習法は「分析」ではなく「模倣」です。
うーん……そうは言っても「その結果になる過程を分析してるんだ」と思われてしまいそうだけども、ええっと……例えば「作者は敵キャラを嫌なヤツとして書いた」のだけど「結果的に人気が出てしまって続くシリーズでも登場させることになった」なんて場合は、私個人としては「その敵キャラが人気である理由を分析する意味はない」と思う。
そこにも異論があろうけど、というのも、「作者が本気で嫌なヤツとして書いた」という前提があるから、なんらかの展開で人気に火が付く現象が起こったのであって、「人気が出そうな敵キャラ」として書いてたら絶対コケてたと思うため。結果は大事だけど、前提をしっかり把握しなきゃ分析に意味はないと思う。
「敵キャラに人気が出た」というのは結果論であって、「作者は本気で嫌なヤツを書いた」って前提を無視してはいけないんじゃないかなぁ。
つまり、裏から表の反応を気にするのと表から裏の分析をするのは違うと思うし、その分析で得られた答えが正しいものだったとしても、それを実行したところで結果は違ってしまうと思う。
ただ、思考の足しにはなると思う。

今でもたまに聞くのがネーミングに関する問題で、
「平凡だけど主人公っぽいネーミングをしたい」とか「悪役の親玉っぽいネーミングが思いつかない」って悩む人がいるんだけど、「平凡な名前」を主人公たらしめているのはストーリーであって、「平凡な名前」が主人公っぽく活躍するから主人公のイメージが付いていく。結果「平凡だけど主人公っぽい名前」に思える。
決して「平凡だけど主人公っぽいネーミング」をするためのコツがあるわけではない。そんな結果論の分析は無駄。って感じ。
「敵キャラが人気」っていう結果からは、「作者は本気で嫌なキャラを書いた」という前提にはたどり着かない。
もちろん、私はそういう答えに行き着いたというだけで、その分析で得るものはあると思うし、あくまで私にとっては無駄ってだけの話ね。

>こういう研究があったら知りたいです。
研究というか、探せばどっかに論文とかありそうだけど、もっと簡単な話で、
例えば身近な大切な人が死んでしまったら悲しいよね。おそらく9割9分の人は「悲しい」って感じるでしょう。
そういう一般常識として間違えない範囲を限定していけばミスは少ないと思う。
親がネグレクトで虐待を受けてる女の子が、それでも母親に振り向いてもらうため健気に誕生日プレゼントを作って、ところが母親はそのプレゼントを生ごみと一緒に捨てていた。
そんな場面を書いたなら、読者は女の子を不憫に思うし母親に怒りを感じるはず。
そういう当たり前の反応を引き出せる展開を「思いつける」のが大事だと思うよ。

> この比率がどちらかに偏る場合、例えば1対3とか、10対9とかですが、この比率の読者層や趣味趣向ごとの最適値が知りたいです。
そりゃ本ごと違うよ。
例えば、私はわかりやすく「学園のアイドルに助けてもらう」って書いたけど、じゃあ、そのエピソードの落ちで「学園のアイドルはイジメっ子と付き合ってて、主人公を罠にハメていただけだった」ってなったら、どうよ。
たぶん、「抑圧」としてはこっちのほうがより面白い展開だと思うよ。私は鬱展開が苦手なのでこういうの嫌いだけど。
「苦しい」が10割で救いがない話もあるし、映画ダンサーインザダークとかバッドエンドものは「苦しい」の比率が高いんじゃないかな。
でも「そこが面白い(見どころ)」っていう作品作りなわけじゃん?
で、そういう作品作りの方向性は文字通り作品ごと違うのだから、「比率」という考え自体を否定はしないけど、それはスレ主さんのみに通用する比率であって、すると、それはスレ主さんが自ら手探りで作っていくものだよ。

傾向を知りたいのかもしれないけど、こういうのはあくまで私見の域を出ないから、私の回答も「私の回答」でしかないよ。
まずは何にしても「作品テーマ」や「何を書きたいのか」や「どこを見てほしいのか」っていう作品の中心に置くものが重要になる。
例えば「虐げられてる奴隷たちが革命を起こして自由を得る話」なんてのを想定したなら、「革命」というクライマックスが起こるまでは「抑圧」を書くことになる。
書きたいテーマが「抑圧」の側にあるのなら、6:4 ~ 10:0くらいの割合じゃないでしょうか。
一方で、例えばハリーポッターみたいな「虐げられてる少年が別の環境で才能を開花させる」という、「抑圧」を話の前提に置く場合もある。
読むせんさんが挙げられてるけどいわゆる「ざまぁ系」がこれですよね。
この場合、「虐げられてる」という抑圧の前提は「主人公の行動理由」とかでしかないし、作品テーマはその前提から生まれる「主人公の冒険」だから、抑圧自体は「主人公の現状紹介」に内包されていて、ほとんどそこだけなので、比率としては1:9 か 3:7じゃないでしょうか。

ちなみに私がこの比率に感じた理由は、
書きたいテーマが「抑圧」側にある場合は全編通して抑圧されてる様子を書く10:0の話になるか、三幕構成のミッドポイントまで抑圧を書いて話の落としどころを提示した以降にオチへと転ずるから、物語の半分を少し過ぎたあたりから変わる6:4の2パターンを想定したため。
「抑圧」が話の前提になる場合は、前述したとおり「主人公の現状紹介」に内包される1:9になるか、物語が本格的に始まるターニングポイントまでの3:7ではないかなと考えたため。

年齢層で言うと、バッドエンドものは難度高いし読者も選ぶし対象年齢高めになるから「抑圧」の割合が6から10に上がるごとに年齢層も高くなるんじゃないかな。
抑圧の中にも希望を出しておいて中盤以降に盛り上がるんであれば、背伸びした10代前半も楽しめるかな。
「抑圧」が前提になる場合は、ハリポタって児童書の例もあるように、前提にするだけならアクセントになるのみだから特に考える必要はないけど、なろう のザマァ系とか復讐ものになると「抑圧」の前提を雰囲気だけでなくちゃんと理解しないと話が追えないからそこそこ対象年齢は上がると思う。
あくまで私見だけどこんな感じかなぁ。

上記の回答(とある映画監督の感情グラフについての返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

スレ主 リトル : 1 投稿日時:

 作者は過程を作り、読者は結果を見る。
 読者は過程を知ることはできない。つまり、結果から過程を知ることはできない。だからこそ、読者視点と作者視点は違う。
 読者視点からの分析で得られた答えが正しかったとしても、作者側も完璧ではないので、それによって読者の動向を完璧に制御することはできない。ということですか?
______
 それから、比率の考察ですが、ありがとうございます。参考になります。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: とある映画監督の感情グラフについて

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元記事:執筆中に休むと続きが書けなくなる

小説執筆に関する悩みです。一度書いて、休んで、また執筆ということができません。

たとえば、30分ほど執筆して、いったん風呂に入り、上がってから執筆を続行すると、さっきの30分のときに感じていた「物語に対する関心」や「ワクワク感」が明らかに切れているのです。
もちろん、書き上げないと批評もしてもらえない、ということは熟知しているのですがね……そのストーリー自体は面白いと思えますし、ある程度筋は通してあるので、残す作業は書くだけですが、不思議なことに、一度休憩を挟むと続けられません。苦痛になってやめてしまいます。

過去に書き上げた作品を思い出してみると、夜更かしして書いたものがあったり、または短い時間で書ききれるショートショート形式の作品が多いです。
もしかして自分は執筆中に休憩できないタイプなのかな?と思ったりします。
自分で考えた対処法としては「たくさん時間を取って一気に書く」ことですが、そんなに都合よく時間は取れないし、自分自身ももうすぐ忙しくなるので、どうしたものかと困っています。

ちょっと休んでも執筆を続行できる方法ってあるのでしょうか。また、どうすればいいのでしょうか。
自分みたいな人は、案外、いるものなのでしょうか。
どうか回答をよろしくお願いします。

上記の回答(執筆中に休むと続きが書けなくなるの返信)

投稿者 ミミッキュ : 1 投稿日時:

そういう人は多いと思うよ。自分もそうだし。
解決法ってわけじゃないけど、忙しい時は忙しい時なりに書く方法はある。
例えばこれも人によるけど、気分によっても執筆したいものが変わると思うのよね。

家で一人で静寂に包まれてる時があるとする。
こういう時はとにかくストレスもなく退屈だから、起伏に富んだ冒険だとか前向きなストーリーが書きやすくなると思う。

でも、外に出たり、出勤の多い日が重なるととにかくストレスが溜まる。
そういう時は、まぁ大袈裟かもしれないけど「あいつ殺したい」とか「あいつよりも優位に立ちたい」とか負の感情が湧く。
でも負の感情が湧いた時はそういう物をストーリーに起こせばいいわけで。
例えば気に入らない金持ちから金を奪って市民にばら撒くねずみ小僧のような話が書きやすくなるかもしれないし、仲睦まじいカップルが不幸になるNTR物も書きやすくなるかもしれない。

端的に言えば、その時に書きたいものを書けばいいのよ。
所詮素人創作なんだから。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 執筆中に休むと続きが書けなくなる

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元記事:執筆中に休むと続きが書けなくなる

小説執筆に関する悩みです。一度書いて、休んで、また執筆ということができません。

たとえば、30分ほど執筆して、いったん風呂に入り、上がってから執筆を続行すると、さっきの30分のときに感じていた「物語に対する関心」や「ワクワク感」が明らかに切れているのです。
もちろん、書き上げないと批評もしてもらえない、ということは熟知しているのですがね……そのストーリー自体は面白いと思えますし、ある程度筋は通してあるので、残す作業は書くだけですが、不思議なことに、一度休憩を挟むと続けられません。苦痛になってやめてしまいます。

過去に書き上げた作品を思い出してみると、夜更かしして書いたものがあったり、または短い時間で書ききれるショートショート形式の作品が多いです。
もしかして自分は執筆中に休憩できないタイプなのかな?と思ったりします。
自分で考えた対処法としては「たくさん時間を取って一気に書く」ことですが、そんなに都合よく時間は取れないし、自分自身ももうすぐ忙しくなるので、どうしたものかと困っています。

ちょっと休んでも執筆を続行できる方法ってあるのでしょうか。また、どうすればいいのでしょうか。
自分みたいな人は、案外、いるものなのでしょうか。
どうか回答をよろしくお願いします。

上記の回答(執筆中に休むと続きが書けなくなるの返信)

投稿者 元々島の人 : 0 投稿日時:

僕は「今日は半分だけ」とかにせず、疲れていても1話分書き上げます。
1話書くまでは短距離走のようにダッシュしてください。テンションを保ちながら。
長編を書く行為自体は、マラソンみたいな物ですが。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 執筆中に休むと続きが書けなくなる

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元記事:とある映画監督の感情グラフについての返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信

 作者は過程を作り、読者は結果を見る。
 読者は過程を知ることはできない。つまり、結果から過程を知ることはできない。だからこそ、読者視点と作者視点は違う。
 読者視点からの分析で得られた答えが正しかったとしても、作者側も完璧ではないので、それによって読者の動向を完璧に制御することはできない。ということですか?
______
 それから、比率の考察ですが、ありがとうございます。参考になります。

上記の回答(とある映画監督の感情グラフについての返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信の返信)

投稿者 サタン : 1 投稿日時:

私が変なこと言ったせいでだんだん主旨からズレてしまってきてるけども、
感覚的なものを説明しようとしたためにややっこしいこと言ってしまったけど、そういう小難しい理屈じゃないかなと思う。
というか、いまさら大前提を置くけども、これあくまで 私が言ってるだけ のことだからね。

読者は過程を知ることはできないというより、読者はそもそも知る必要がないから、読者視点だとそこを認識すらしない。
前のレスではあくまで説明のために「前提」とか「結果」とかって言葉を使ったけど、
そもそも「悲しいシーン・楽しいシーン」を作るには一種のロジックっていうかテンプレみたいなものがあって、そこに当てはめて形を整えたりすりゃ書けるし、えーっと、つまり、
これもほんと説明のためだけの例えだけど、
「作者の感情・やりたいと思う事」 → 「それを形にするための数式」 → 「読者がそれを読んで感じるモノ」
みたいな図式が作品に対するざっくりした作者と読者の関係のようなもの。
で、このスレッドの本旨である「感情グラフ」は「形にするための数式」の一つだと思う。だからそこを考えること自体は間違ってないし良いことだと思う。
でも、読者はそもそも「作品を読む」が最初にあるから、読者視点の場合この図式の指向が逆になってる。
すると、前述したけど 読者はそもそも過程を知る必要がない から、
つまり、読者は過程を知るのではなく、結果から直接作者の作品を「読み取る」わけで、
「読者が作品を読んで感じる」 → 「作品を読み取る・共感する」 → 「作者がやりたいと思ってる事を知る」
ってなる。
その中で「作者はこの展開にしたいから、このキャラはこういう性格なんだ」なんて仕組みを読者は知る必要はないでしょ?

で、この読者視点の「分析」だと結果ありきだから、例えば「ゴブリンスレイヤーの主人公は熟練者だけど英雄と比べて弱く描かれている。この弱さがカッコよさの秘訣だ」とか考えたりする。
主人公は特別強いわけではないけどカッコよく活躍するからね。
そういう主人公を作りたいと思ったアマチュアは、読者視点だと「自分が感じ取ったもの」が頭にあるから「弱いけど活躍するヒーロー」を作ったりする。
けど、作者視点だとこれはまったく違って、
「ゴブリンスレイヤー」の主人公は「ゴブリンに親しい人を目の前で殺されて復讐に生きてて、ゴブリンを殲滅するためならなんでもやる」という設定になってる。
おそらく「ゴブリン殲滅」が書きたいことで「親しい人を目の前で~」ってのは理由付けだろう。
そして、そこが魅力でそこが作品の面白味になる重要なパーツって設計をしてる。
だから「ゴブリンに対する執着」というワードがとても大事で、「ゴブリンを殺すためならどんな事でも執念深く追い詰める」ということを表現するために「強いヒーロー」より「弱いヒーロー」のほうが「執念」を書けるので主人公に特別な能力を与えることはなく、熟練者という程度が適切。という答えになる。
つまり、「自分が感じたもの」ではなく「そのシーンの目的」など物語ないし作者の考えを想定して考える。
だから、読者視点の分析だと「弱いけど活躍するヒーロー」は書けるけど、作者視点でないと「何かに対する執念で弱くとも挑んでいくカッコよさ」は書けない。
ゴブスレ主人公の魅力は「弱さ」や「強さ」ではなく「執念」なので、極論、無双キャラでも同じヒーロー像は作れる。

でも、「弱いけど活躍するヒーローがかっこいい」という結果と、その分析結果は別に間違いってわけじゃないと思う。
あくまで「弱いけど活躍するヒーロー」はうまくすれば書けると思うから。
けど「ゴブリンスレイヤー」の主人公の魅力は分析しきれていない。それは作者視点が足りてないから。
ちなみに、これは「ゴブリンスレイヤーの作者の視点」って意味じゃなくて、「自分が書き手である(創作する立場の人間)という視点」ね。

じゃあ、その作者視点(書き手の視点)とは何かって言ったら、これは単純で、
「作者(書き手)が何をしたいのか」がまず頭にあるってこと。
作品分析する際には、「その作者は何をしたくてこの設定にしたか・この展開にしたか」を前提に置かないと。読者視点の場合は「この展開を読んで自分がどう思ったか・感じたか」が前提にあるから。
そういったものを無しに「Aを書くためにはこういう工程を踏めばいいんだ」と分析したところで、それは既存作の「ガワ」だけを分析したにすぎず、「なぜ・中身・目的」そういったものが抜けている。
そのため具体性がなく、具体性が持てないと再現性もないので、それはおそらく、失礼なこと言うけど、おそらく 理解したところで書けない・表現できない と思う。

私の言はまるで「読者視点は良くない」とでも言いたげだけど、別にそうでもなくて、考えることは思考の足しになるし、「模倣」で書くなら読者視点でガワを真似てったほうがよりよいクォリティで形になると思う。
下手に分析せずに真似て学んだほうが良いこともある。
「この展開を読んで自分が感じたこと」を強調して書けばオリジナルよりも一歩進んだ形に書けるし、読者視点の理解が良くないわけではない。
作者視点が足りてないよという指摘だったので。

というのも、スレ主さんは「小説の構造において、この四つの状態を繰り返し配置することで、」と、「繰り返し配置する」というワードから短いシーン単位での構造を想定していたものと思われる。
けど、そもそも「そのシーンの目的は?」ってことを考えると、その比率は千差万別で「どういう目的があってこういう比率にしている」と答えられる分析ではないと思ったため。
「メリハリのある感情変化」というのが目的のように受け取れる文面だけど、これは結局のところ「読者を飽きさせないためには」という事に集約されると思う。そのための「メリハリある感情変化」なのでは?
すると、感情グラフそのものの分析や映画監督の言の流用は良いと思うけど、そこだけ切り取った分析は、それだけでは不足ではないかと思う。
そもそも「こういうテーマの物語を書くうえで、こんなシーンがあり、こういう印象を与えたくて」とかなり限定されたときに、「感情グラフ的にこうしたほうがいいかな」と判断の助けになるような考えだと思うかな。
なのでそういう「前提のテーマや目的」が知らされてない状態で第三者が「感情グラフは正しいね」とは言えんと思うし、たぶん、その感情グラフはシーン設計が正しいかどうかを判断するツール(なので解説には向いてる)で、シーンを作るための道具ではないと思う。

カテゴリー : 創作論・評論 スレッド: とある映画監督の感情グラフについて

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元記事:執筆中に休むと続きが書けなくなる

小説執筆に関する悩みです。一度書いて、休んで、また執筆ということができません。

たとえば、30分ほど執筆して、いったん風呂に入り、上がってから執筆を続行すると、さっきの30分のときに感じていた「物語に対する関心」や「ワクワク感」が明らかに切れているのです。
もちろん、書き上げないと批評もしてもらえない、ということは熟知しているのですがね……そのストーリー自体は面白いと思えますし、ある程度筋は通してあるので、残す作業は書くだけですが、不思議なことに、一度休憩を挟むと続けられません。苦痛になってやめてしまいます。

過去に書き上げた作品を思い出してみると、夜更かしして書いたものがあったり、または短い時間で書ききれるショートショート形式の作品が多いです。
もしかして自分は執筆中に休憩できないタイプなのかな?と思ったりします。
自分で考えた対処法としては「たくさん時間を取って一気に書く」ことですが、そんなに都合よく時間は取れないし、自分自身ももうすぐ忙しくなるので、どうしたものかと困っています。

ちょっと休んでも執筆を続行できる方法ってあるのでしょうか。また、どうすればいいのでしょうか。
自分みたいな人は、案外、いるものなのでしょうか。
どうか回答をよろしくお願いします。

上記の回答(駄文行)

投稿者 ごたんだ : 0 投稿日時:

まず早めに寝て、食って、好きなことを思いっきりして1~2日くらい様子を見て下さい。

思い残すことが無いように…

もし、それで駄目なら『オモイコミ』という作業に入りますが…これを詳しく話すと、…犯罪に抵触する恐れがあるので割愛します…。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 執筆中に休むと続きが書けなくなる

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元記事:NAROU ANALYZEを見て

先日、「名詞の使い過ぎ?」というタイトルで
相談しましたが、その延長でもう一度不安なことを
質問させてください
名詞の使用が偏っていると話しましたが
ほかにも形容詞と助動詞が少ないのが気になり出しました
今から全部直そうとするには限界があると感じました
NAROU ANALYZEを改めて見てみると
『小説家になろう運営サイトとは無関係の個人がやっている』
『解析結果が作品の優劣を判断する者ではない』とのことです。
不要な名詞だけ削って、もう割り切って賞に投稿しようと思いました。
受賞できる気がしないけど、次回作に生かそうと
考えているのですが、どう思いますか?

上記の回答(NAROU ANALYZEを見ての返信)

投稿者 あまくさ : 0

そのサイトを見てきました。
あういうものは使い方次第で多少の参考にはなるでしょうが、とらわれすぎるのは考え物。ヘタすると、かえって有害です。あ、サイトが有害だと言っているのではなく、誤った使い方をすると有害になりかねないという意味ね。
そもそもサイトの説明文を読んでも、単に品詞などの出現率によって文章の傾向を示しているだけで、偏っているから悪い文章だとは書かれていません。
……まあ、サイトの隅々まで熟読したわけではないので読み落としていたらすみませんが、一般的に考えても品詞の最適な割合は作品の内容などによっても違ってきます。一律な数字の基準に当てはめて計測できるものではありません。

あのサイトの意図するところも、どちらかと言うと個々の作品がどうかということよりも、人気作の文章の傾向を比較してみるのが主眼なのでは?
人気作や自分が好きな作品と自作を比較してみることは、多少参考にはなるかもしれません。しかし作品の魅力は品詞の割合で決まるものでもないですから、そこだけにこだわって闇雲に人気作に近づけようとすると、かえって改悪になってしまうこともあると思いますよ。ですから、あくまで参考程度にとどめておいた方がいいです。

なので、

>不要な名詞だけ削って、もう割り切って賞に投稿しようと思いました。

当然、それでいいと思います。
ただし名詞の割合が多すぎるから削るのではなく、読み返してみて不要と思われる名詞があったら削るか他の言葉に置きかえるということ。その結果、名詞の割合が多くなっも少なくなっても、そんなことは関係ありません。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: NAROU ANALYZEを見て

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投稿日時:

元記事:思うような展開にならない

こんばんわ。
今構想中のストーリーの第1章なのですが、

1 冒険者初心者のヒロインと主人公が出会い、PTを組んで冒険する
2 主人公は活躍するのに条件が必要な職業で本人はその条件を満たしているが、ヒロインは初心者故にそれをわかっていない
3 ヒロインは他のお手軽テンプレPTに誘われ、そのままそちらに移ってしまう
4 捨てられた主人公は高レベルPTに誘われ、最前線で戦う
6 ヒロインPTが強敵に出会ってピンチの時に主人公PTが駆けつけ、倒してしまう
7 ヒロインは主人公を見直し、また仲間になる。ヒロインは主人公のPTへ仮入隊。報酬は主人公の分け前を折半するという形に。
8 強力なモンスターを狩る事になったが、モンスターの予想外の行動と強さによって仲間がピンチに陥る
9 ヒロインの活躍で仲間を助け、モンスターも倒す
10 ヒロインの活躍を認めたPTメンバー達がヒロインの分け前を寄越してend

というものなのですが、これではヒロインが主人公の力目当てにくっついてきたようで釈然としません。
主人公とヒロインの関係を「強いけど血の気の多いのが欠点の主人公と、それを諫める実力的にも精神的にも成長していくヒロイン」という形にしたいのですが、今のままではヒロインが主人公にくっついてるだけの金魚の糞みたいになってしまいそうです。
できれば3までの展開はそのままにヒロインの精神的な強さを見せられるような展開に変えたいのですが何かいい案はないでしょうか?

上記の回答(思うような展開にならないの返信)

投稿者 s.s : 1

レスを全て読んだ訳ではありませんので、もしかしたら既に記述されている可能性もあると思いますが、自分なりに解決策が思い当たったので、書かせていただきます。
まず、一から三については変えません。
して、四は主人公は最前線で戦うとのことですが、ここで主人公は強いからとこき使われ、報酬なども同じ理由で他のパーティーメンバーに回されます、更に主人公はもっと強い敵を望んでおり、このパーティーは弱い敵ばっかり狙ってつまらん(半ば作業)、という描写をいれましょう。
あと、六七、八は全カットで、代わりに……
ヒロインは新たに入ったパーティーで姫プされ、ゲームが徐々につまらなくなります。
そんななか、何かしらで主人公とヒロインのパーティーが共同でクエストを行います。
その際、ありえない強敵に出会い、仲間のパーティーメンバーが無くなっていきます。最後、主人公とヒロインのみがその場に残ります。
その際、主人公はヘマしてやられそうになりますが、そこをヒロインが助け、互いにカバーし合うように戦います。そうしていると、二人はパーティーメンバーのせいでゲームをしてもつまらないと思っていたけど、二人で強敵に立ち向かうことで友情が生まれます。ゲームを楽しく感じます。
最終的になんとか、強敵を倒し、レアアイテムを手に入れた二人、パーティーメンバーたちはそのアイテムを欲しがります。
しかし、主人公はヒロインとのパーティーを組むことを宣言します。めでたしめでたし。
というのは如何でしょうか? 
ここでは、利害の一致、強さ、アイテムを得る為、などでなく、二人でゲームをする楽しさを全面的に押し出せば、ヒロインの金魚のクソ感はなくなると思います。
深夜テンションで失礼しました。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 思うような展開にならない

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投稿日時:

元記事:「合う」という表現の使い方

 こんにちは、お久しぶりです。いつぞやはじつにつまらない質問に答えていただき、ありがとうございました。今回もあまり変わらないのが心苦しいですが、よろしくお願いします。
 と言いますのも最近また分からなくなってしまったのは、「合う」という表現の使い方なのです。合格とか合致のように働きや形状に見合うという意味でなら迷うこともないのですが、「話合い」や「助け合い」の場合に限って「これは当て字の類ではないのか?」と考えてしまって筆が進まなくなるのです。
 こんなことに悩んでいるからいつまでたっても文章が上達しないのだと自分でも情けなくなりますが、どうかお知恵をお貸しください。

上記の回答(「合う」という表現の使い方の返信)

投稿者 大野知人 : 1

誤用じゃない、ということはサタンさんが仰っているので少し別側面から書きます。

 まずはじめに。『漢字で書けるところをすべて漢字に変換しなくてもいいんだよ』ということを言いたい。

↑の文章、漢字に置きかえられるところをすべて漢字で書くと
 『漢字で書け得る所を全て漢字に変換し無くても良いんだよ』
 となります。これ、ちょっと読みにくくないですか?(この文もまた、『難』『無』などはめると読みづらい)

 『漢字で書くとなにか違和感がある』というのは重要な直感です。少なくとも、あなたにとって読みにくいわけですから、他の方にとってもそうかもしれません。
 むろん、全てをひらがなにすれば良いというものでもありませんが、読みにくいと感じるなら、ひらがなで書けばいいと思います。

 その2。『合う』とはそもそも何なのかを考えてみましょう。
 ここで、例えばこんな文を考えます。
『私達は政治について話した』
『私達は政治について話しあった』
 1つ目の例文の方は、『私達』が政治についてのスピーチをしたようにも聞こえますし、政治について意見交換をしたようにも読めませんか?
 一方で2つ目の例文であれば、まず『私達』は相互に話したととれるので、協力してスピーチをしたようには読めないでしょう。

 二文の違いはもちろん、『あう』です。
 ここで少し話がそれて、漢文の話になるんですが、『合う』という字も漢字である以上は大陸から来たもの(の派生物)なわけです。
 さて、さっきの二文を、どう漢文に翻訳するか考えてほしいんですが、『〜しあった』と言わなければお互いに意見交換したことがわかりづらい訳ですから、これは漢字にしなければいけません。
 するてぇと浮かんでくるわけです。『合』という字が。(実の所、ガチに古い漢文に翻訳しようとするともっと別の漢字を使うんですが)
 ただ、これで何となく分かるかと思いますが、読む上で判別をつけるために『~しあう』という表現をする必要があり、日本語の文章が根本的には漢文から派生した文化であることから言って、まず当てはまる漢字は本来存在するはずです。
 つーことで、『話し合う』などの表現に『合』という漢字を使うのは合理的に言って『当て字』ではありません。
 
 『その言葉は文章中でどういう役割を果たしているのか』を考えると、意外と当て字かどうかは判別できます。『無いと文意を誤解されかねない/そもそも通じない』ような語句は、日本語に派生する前の漢文の時点から存在するわけで、まずあてはまる漢字が存在してそれを日本語読みしたものが形を変えながら現代に残っているに過ぎません。
 もちろん、日本語オリジナルの表現や漢字もたくさんありますから、全てを解決できる技法では無いでしょうが、ふと似たような疑問を持ったときには試してみてください。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 「合う」という表現の使い方

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