小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

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元記事:テーブルゲームなどのリアリティについての返信

多少長くなりましたので、結論から申し上げますと、現実では再現できないイベントを描いて大丈夫だと思います。むしろ、いい戦略になり得ます。以下、少し説明してみます。

1.引用でお示しの創作のコツについて

元の記事を読んでみましたが、お示しの部分はかなりの前提がありそうです。挙げられている失敗事例とされるものは、

A. 中世欧風作品で、平民が騎士隊長に騎士に取り立てられ、即座に舞踏会に臨む。
 →史実ではそのような身分の飛び越えは不可能に近い。
B. 中世欧風作品で、異世界転生した高校生が孤児院に収容される。
 →中世では現代の高校生の年齢は大人であり、孤児院は無理。孤児院自体、教会がなければ存在しえない。

というものですね。そのような方針で執筆すること自体は問題ありません。ですが、注意点が必要となります。それは、

「拘った細部のリアルさ(リアリティ:迫真性ではない)が、他の細部でも同様であること」

です。

仮に「中世欧風異世界に転生して、騎士隊長に「お前は騎士だ」と言われても、騎士隊長以外には騎士扱いされず、舞踏会も拒まれる。食っていけなくても、大人と見做されて誰も保護してくれず、孤児院なども存在しない(もしあっても拒否される)」と描写したとします。そういう拘りで書いてもいいでしょう。

それなら例えば、通貨も異世界であっても史実に則ったリアルなものでないといけません。騎士も孤児院も駄目で、しかし「1ゴールド銅貨」なんて作るのは、基準が一定せず、読者が混乱しかねません。騎士や孤児院の細部に拘る描写を見せたら、読者は他の細部も同様に史実に則ると期待するからです。

でも、異世界なら現実の歴史のどこでもないし、延長線上でもないわけですよね。単に見かけがなんとなく似ているだけです。魔法があってもいいし、ドラゴンが山に割拠していても不自然ではない。ぱっと見は中世欧風、くらいが史実通りで、それ以上は作者オリジナル、独自の空想でいいわけです。それもよくあるやり方です。

つまり、作者が現実世界との類推をどこまで用いるかに関わるわけです。リアリティについて、どこまでがリアルで、どこからがバーチャルなのか、読者に見分けがつきさえすれば、問題ありません。「この世界は18歳まで入れる孤児院がある(運営は作品世界の宗教団体、王立、民間の寄金等々でも可)」「この世界では騎士隊長が誰かを騎士だと認めれば、即座に舞踏会レベルは認められる」としてもいいわけです。

リアルに則る利点の1つは「書いてない部分は類推できる」ことです。異世界転移した主人公が「元の世界でいえば、中世ヨーロッパくらいか」と独白し、「乗馬した騎士が城から出てくる」で、大体の風景が目に浮かんだりします。

大事なのは「正しいことを書く」ことではありません。作品世界が読者に分かればいいのです。文章で書ける情報量はあまり多くありません。ですから、書いてない部分を読者が補えればいい。そのためには「どこまでがリアルからの類推でよく、どこからが独自なのか」を読者にハッキリ伝え、「独自」の部分をしっかり描写すればいいわけです。
(そのためには、確かにリアルの知識はあって損はない。だけれど、リアルの知識に囚われる必要はない。)

お示しの引用の元記事・コラムは慎重に読む必要があるんじゃないかと思います。少なくともコラムで挙げられている事例を、「リアルから外れるのは不可」みたいな一般的な失敗と考えるべきではありません。

2.フィクションは不可能を可能にしていい

アリストテレスは観客を驚かせるには、「信じられないけれど、可能なこと」よりも「実際には不可能だが、ありそうなこと」を選べ、と述べているそうです。一見して、変な気もします。不可能なら嘘だし、ありそうなことならツカミとかにならなさそうですから。

ですが「事実は小説より奇なり」と、よく言われます。確かに、奇跡的な事件とか、ニュースやネットで見かけることがあります。サイコロで例えるなら「10個のサイコロを振ったら、全部1の目だった」みたいな感じでしょうか。確率は約1/6000万です。何度試してみても、起こりそうにありません。

しかし、もし全人類77億が一斉にやってみたら、かなり起こりそうです。計算すると、期待値は100人以上になります。現実世界では人数も多いし、期間を長くとればとるほど、イベントの数も増えます。可能でありさえすれば、何でも起こると考えたほうがよさそうです。

ではフィクションはどうしたらいいか、と考えると、アリストテレスの言も捨てたものではなさそうです。不可能なことなら現実では決して見かけるはずがない。それを、あり得そうに描写できたら、なんとなくあり得そうな気がする。しかし、現実のどこを探してもない。そういう奇跡を見せる戦略は、フィクションとしてはアリでしょう。

つまり「イメージ通り行くわけもなく、再現とか無理でした」はアリです。そのイメージが「なんだかあり得そう」と思えるような描写を心がければいいわけです。フィクションのリアリティは迫真性です。真に迫っているけれど、真でなくていいわけです。むしろ真でないほうがいい、というのがアリストテレスの見解です。

上記の回答(テーブルゲームなどのリアリティについての返信の返信)

スレ主 サイド : 0 投稿日時:

手塚満さん、返信いただき、ありがおうございます。
レスが遅れまして、申し訳ありません。

>結論から申し上げますと、現実では再現できないイベントを描いて大丈夫だと思います。

はい、他の方のアドバイスもふまえ、あまりこだわりすぎない方向で行こうと思っています。

>「拘った細部のリアルさ(リアリティ:迫真性ではない)が、他の細部でも同様であること」

ご指摘いただいて、今、書き進めるにあたって、ぶつかっているところはここだと思いました。
主人公達がやっていることはアプリゲームで勝負することですが、それにあたって決めていた「攻撃、防御、敏捷」などの基礎ステータス、「一回攻撃するごとに、攻撃力15%アップ」などのバフ(補助)、デバフ(逆補助)の扱いが「他の細部でも同様」とすることに、苦痛を感じているのが、躓きの原因となっている感じです。
あれも、これもと力を入れようとして、よく分からなくなっているというか。

で、今考えている打開策としては、本当にいいたいこと以外の要素、設定をバンバン削除すること、引き算していくことですね。

>基準が一定せず、読者が混乱しかねません。騎士や孤児院の細部に拘る描写を見せたら、読者は他の細部も同様に史実に則ると期待するからです。

仰っている、「騎士や孤児院の細部に拘る描写」が、僕の作品内での、「アプリゲーム内でのステータス、バフ・デバフのこだわり」なんだと思います。
ですがいざ、書いてみると、「このこだわり、かえって邪魔」と感じているのが現状です。(汗
そこはプロットの甘さですし、オチへ辿り着くまでにそれほど必要でもない情報なら、これも削除していけばいいと思っています。

>リアリティについて、どこまでがリアルで、どこからがバーチャルなのか、読者に見分けがつきさえすれば、問題ありません。

仮想現実で勝負するシーンがあるんですが、今は、「オンライン要素のあるアプリゲームだからって、ファミレスとかで顔を突き合わせてスマホ握って、プレイしちゃダメなルールもないよね」と思っています。
その辺りは、作品内の「リアリティについて、どこまでがリアルで、どこからがバーチャルなのか」を僕自身が掴み切れていなかったんだと痛感しています。

>「信じられないけれど、可能なこと」よりも「実際には不可能だが、ありそうなこと」を選べ

なるほど、言葉を聞くと後者の物語の方が面白そうだと思います。
ギャンブル作品なんかだと、ほとんどが後者ってイメージですね。

>可能でありさえすれば、何でも起こると考えたほうがよさそうです。

ワンピースの空島編でですが、「想像し得るものは、現実でも起こり得る」(うろ覚え)みたいなナレーションが入った後に、空から大きな船が落ちて来るシーンがあって、それを思い出しました。
今書いている主人公の性格は、「大丈夫、今、思いついてないだけで、解決法はあるから。詰めていけば、ヘーキヘーキ」みたいな感じなので、そこをうまく使いたいところです。

>フィクションのリアリティは迫真性です。真に迫っているけれど、真でなくていいわけです。むしろ真でないほうがいい

逆の言い方ですが、麻雀とかの動画を観ると、「どうやって勝つんだろう?」って見て、勝ったらすごいと思うのに、それをそのままフィクションの世界でやられても、「う、ううん?」ってなる感じでしょうか。
まあ、理屈としてあっていることほど、物語の世界で見せられたら、「うん、そうね?」ていどで終わってしまうのと同じ現象かもしれません。
ある意味、理不尽。(笑

重ねて、返信いただき、ありがとうございました!

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: テーブルゲームなどのリアリティについて

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元記事:世界観とキャラの双方を個性的にする方法

このサイトのどこかで、同じ作品では世界観とキャラクターのどちらかしか個性的にはできないというようなことを言っていて、なるほどなと思ったことがあります。

たしかに、例えばSF小説の冒頭で並行世界を自由に行き来する主人公の視点が様々な季節や場所、状況へと移ろい、読者が混乱しているといったような状況で、鯛焼きを盗んで逃げてきた少女と出くわすようなことがあっても、テーマがばらつくだけで面白くないのは想像がつきます。実際、無理にそうした人物を出して、取ってつけた感のあるロボアニメなんかを見たことがあります。確かに世界観が個性的でも言動の背景よってキャラクターに深みを持たせることくらいはできるかもしれませんが、ソーシャルゲームなどによくあるような、シルエットだけで誰か分かるような人物を登場させられるのは、その世界観が(ヨーロッパとかサバンナとか)ある程度見慣れたものであるか、仕組みの曖昧であるものに限られるのかもしれません。

しかしながら自分としては人物の奥行きもさることながら、なるべく複数の「属性」が組み合わさった強烈なキャラクターを作りたいのと、また世界観もSFとまではいかなくともセンスオブワンダーを重視した一捻り加えたものを作りたい訳で、それらを両立させるためにどのような手法を取るべきなのか、それともそれを成し遂げたい欲求は幻影に過ぎないのか、教えていただきたく思います。

上記の回答(世界観とキャラの双方を個性的にする方法の返信)

投稿者 サイド : 1 投稿日時:

>「後世の料理の歴史に残る一品」と言えるほどレアなモノなのか

これは、「2000年前に食べてもおいしくて、現在食べてもおいしくて、2000年後に食べてもおいしい料理」と言い換えることができると思います。
これを「普遍の料理」とした場合、そのレシピを求めている料理人の方はいらっしゃると思いますし、意味もありますが、必要があるかというアプローチをしてみてはいかがでしょうか?

「普遍の料理を供給する料理人」と「普遍の料理を食べたい消費者」がマッチングする確率は、かなり低いと個人的には思います。
食事は栄養補給であり、同時においしいものを食べる身近な娯楽です。
ならば、気軽に行けて、ワンコインで済ませられる「大衆食堂」でもいいのではないでしょうか。
ライトノベルってそういうジャンルだと思いますし。

また、「その他の全てを堅実に作ること」と「置き去り」は同じ意味だとも感じています。
もし、「これはみかんだけど、りんごの味もして、でもパイナップルでもあるんだ」と言われて、新種の果実を見せられたら、戸惑いが先立つのではないでしょうか。
「新種のみかん」でないとダメ! と考えが、そのまま供給者側の「置き去り」とイコールとなり、需要側の心理に応じていないという感じですね。

ちょっと回り道の例えになりますが、「PS5」が欲しい(世界観とキャラの双方を個性的にする方法を知りたい)なら、5万円程度のお金が必要です。
で、その5万円を手にするための手段は、「宝くじで五億円当て、そこから捻出する」である必要はありません。
「一か月、がっつりバイトする」で充分です。
なので「世界観とキャラの双方を個性的にする方法」は、もっとハードルを下げたものでいいというのが、個人的な印象ですね。
僕も完璧主義のきらいがかなりある人種なので、何かの助言になれば、幸いです。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 世界観とキャラの双方を個性的にする方法

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元記事:【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。

単なるギャグに近いお題目、お遊びに近い質問になります。ご不快に感じたら申し訳ありません。

『幸せの色はいつも薔薇色だが悲しみの色は、人の数だけあるという』

これは、私の言葉などではなく、なにかの漫画のセリフのうろ覚えです。
 引用先を書こうにも、なんの漫画のだったかも覚えていないし、いつ読んだかも忘れてしまったレベルなのですが、このセリフだけ印象に残っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 みんな望むものは誰しも「似たり寄ったり」で、それこそが【幸せ】に違いないと考えて、類型のパターンに嵌まっていく。幸福こそが、ある種の【テンプレ】に近いと思います。

ですが、逆に望まぬもの、不幸せだと感じるもの、どうにも嫌だと思うものはビックリするほど個体差が浮かび上がってくる。そこが面白い。

・・・・・要は大喜利です(笑)

 笑えるものだと嬉しいですが、シャレにならない物や真面目なもの、真剣なものでも構いません。
よろしければあなたの考える【最高に嫌なハーレム】を教えていただけないでしょうか?

 世界感やジャンル、主観(ハーレム主視点、ハーレム要員視点、ハーレムを冷かす第三者視点などなど)、シチュエーションには規制を求めず、ただひたすらに【こんなハーレム絶対イヤ(笑)】というネタを利かせて欲しいです。女性の場合は【最高に嫌すぎる逆ハーレム】なども聞きたいです。

よければお付き合いください。

上記の回答(【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。の返信)

投稿者 サイド : 0 投稿日時:

出て来るヒロインが全員主人公が大好きで、主人公も全員が大好き。
ヒロイン達が主人公を愛する理由は、主人公が「優しく」、「真面目」で、「誠実」であるからで、どんなに外道な行動(優柔不断、粗暴な言動、流されるままor欲望のままの無責任な性交渉など)をしても、最後には、「でも、それが主人公君の優しさだから……」で許される世界でしょうか。

うん、これは個人的には地獄のハーレムです。(笑

少女マンガはあまり読まないので、いい例が浮かびませんが、そっちで例えるなら、「フルーツバスケット」に出て来る男性キャラが全員、「透君」のことが恋愛的な意味で大好きで、媚びまくる。
で、「透君」もあの振る舞いのままだけど、最後には誰も選ばないみたいな。
うーん、嫌な世界というより、無常観ある感じで辛いような?(謎

とはいえ、最近の少年誌ラブコメだと、主人公が最後に一人の女性をちゃんと選ぶというのが主流な気がしています。
つい最近完結したジャンプの「ぼくたちは勉強ができない」は、終盤、ヒロインごとの個別ルートをifで描く作品でしたね。

最初からこの予定だったのか、出版社の都合なのかは分かりませんが、いろんなところで、この形式で終わるラブコメ作品が増えているように思います。
コケずに終わらせるには、主人公を「誰とくっついても違和感のない、いいやつ」にし、「破綻しないフラグ立て」もする必要があるので、バランスが難しそうというのが、正直な感想です。
そういう意味では、「ぼく勉」は成功なんだろうなあ、と。
毎週楽しみでしたし。

逆に、主人公が最初から一人の女性を一途に思う形式だと、「かぐやさまは告らせたい」が挙がると思います。
うろ覚えですが、「かぐやさま」の作者は、「可愛いヒロインがわんさと出て来て、皆にモテて、主人公が目移りしながら優柔不断みたいなのは、イヤ」という考えがあって、主人公を「かぐや」をひたすら思う男、にしたそうです。

僕は「かぐやさまは告らせたい」が好きなんですが、読みたいと思う大きなポイントに、「白銀(主人公)の仲間思いイケメンムーブと、かぐやに対する漢っぷり」があります。
なんやかんやで、ヒロインのピンチを救うヒーロー像に感情移入しているんですが、同じ行動を「誰とも性交渉を持つ鬼畜主人公。救ったヒロインもやることやったら、ポイ」がやったら、「うわぁ」となると思います。

まあ、その辺りの、「理想の主人公像」は人それぞれなので、一意見として見ていただければ、です。
エロゲなんかにでてくる、ドエロで欲望に忠実な主人公も、アリだと思いますし。
そういう意味だと、僕はハーレムにどんな女性がいるかより、「中心にいる男性がどういうやつ」かを重視する人間なのかなー、とか。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。

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元記事:【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。の返信の返信

関係性に重きを置く発想という感じでしょうか?

例えば、ハーレムをうまく維持してくれるわ!!というガッツのある「ドエロで欲望に忠実な主人公」によるハーレムとかはアリですか?

上記の回答(【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。の返信の返信の返信)

投稿者 サイド : 1 投稿日時:

>ガッツのある「ドエロで欲望に忠実な主人公」によるハーレムとかはアリですか?

全然アリです。
ジャンプで言えば、ダーク・シュナイダー、エロゲで言えば、鬼畜王ランスみたいなのに、特に嫌悪感とかはないですね~。
なんやかんやで、ちょっといいところもあるからかも知れませんが、やるならあれくらいやってくれた方がスッキリします。(笑

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 【ネタ質問ですスイマセン】こんなハーレムは、嫌だ。

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元記事:ネットで小説を読むのに一番「ちょうどいい」時間帯とは?

そろそろ次の作品の投稿をはじめようと思い立ったのですが。
恥ずかしながら、生まれも育ちも田舎でして…。
バスとか電車とかの公共交通機関に乗っての空き時間を利用してネット小説を読む人が多い、とは聞くものの、じゃあそういった読者層っていったい何時くらいの時間帯の何分くらいを読書に費やしているんだろう?というのが、感覚的にわからないんです。
だいたい投稿感覚の日にちペースは掴めてきたので、次の段階としてできる限り目につきやすい時間帯に投稿したいのですが、そのために都会の生活ペースについて教えてほしいです。個人差があるとは理解していますが、なるたけ多数の新規読者の目に触れられるように、「更新された小説」のような項目に目を通す人が多い時間帯を知りたいです。

上記の回答(ネットで小説を読むのに一番「ちょうどいい」時間帯とは?の返信)

投稿者 サイド : 2 投稿日時:

僕は、夕食終わりの20~22時辺りが一番「ちょうどいい」時間ですね。

僕も地方育ちで、車で配信サイトのラジオを聞きながら、出退勤しています。
学生の頃は都会にいたので、満員電車も知っていますが、朝から小説を読む気力はなかったです。(笑

新規の読者を獲得するとなると、作者名と作品名を覚えてもらうことが大事だと思いますが、それだと、仰っているように、「お昼に更新する作者」として認識してもらうのが一番ではないでしょうか。

>どの時間帯でも「埋もれる」か「見られにくい」かの違いで、なんだかいつ投稿しても同じな気がしてきました

とあるサイトで単発と連載の投稿をしたことがありますが、「埋もれる」スピードってハンパないですよね。
次々に新作が投稿されるので、トップ表示からあっという間に流れ、モチベーションの維持が大変でした。(苦笑

カテゴリー : その他 スレッド: ネットで小説を読むのに一番「ちょうどいい」時間帯とは?

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元記事:創作してぶつかる悩み

こんにちは、初めて相談いたします。
私は先日、創作小説を通信販売しました。初めての本だからなのか、人の評価が気になって仕方ないです。名前も知られていないので当然ですが、作品への評価がないことから、いまでは他の方へ妬みすら抱いてしまうようになりました。
マイナス点であれ言ってくれるのなら知りたいと思います。けど、なんの反応もない状況に、少しずつSNSからも離れるようになりました。
「自分が書きたいんだから書く」を心に持ち続けるには、どのような考えでいればいいのでしょうか。(二次創作はwebに上げております。それに関しては評価がなくても気にはなりません。自分が読みたい話を書きたい。としっかり思えています。なぜ二次と同じように一次ができないのか…)
それでも気になるとSNSを覗いてしまう日もあります。負のループとでも言うのでしょうか。気持ちを切らさず、いま書いている作品だけでも完成させたいです。
もうひとつ質問があります。
状況するには、小説を読んで学ぶことがよいとは思うのですが、無意識に真似てしまわないか不安です。友人は、先生方の作品は真似するとかいう次元にない。と言ってました。けど絵でも、目の描き方や画風が似ていると言われているのを見ました。小説の場合は、それが表現方法や言い回しに当たると思います。語尾や表現は単調にならないよう気をつけて書いています。何度も考え直していくうちに、頭の隅にあるそれらを取り入れてしまうのではないかと思うと怖いです。なので小説はほとんど読んでいません。
これらがあって、自分の力不足から、上で述べたように評価がもらえないことに繋がっていくんだろうなと感じてはいます。
きっと私が悩んでいることは、創作している人がぶつかる壁だと思いますが、みなさんはこれらをどうやって乗り越えていったのでしょうか。

上記の回答(創作してぶつかる悩みの返信)

投稿者 手塚満 : 4 人気回答!

良回答がたくさんありまして、どうしようか迷ったのですが、自分の失敗を繰り返す方は少ないほうがいいと思い、回答を試みてみます。以下で、駄目な事例を書いてたりしますが、ほとんどは自分の実体験と思ってください。

多少長くなりましたので結論から先に申し上げますと、「たくさん読んで、たくさん書くしかない」となります。

1.手段と目的が入れ替わってしまう

読むせんさんが、パズルゲーム実験でお示しのことは、現実でもよくあります。類例として、次のようなものがあります。

―――――――――――――――――――
「空き地で子どもが集まって球技をするので、うるさくて仕方ないと思った隣接の住人がいた。そこで子どもたちに「お小遣いを上げる代わりに、あっちの公園で遊んでくれ」と頼んだ。子どもたちはお小遣いがもらえるならと、喜んで応じた。
しかし次の日も子どもたちは空き地にやって来る。住人はまた小遣いをやって去らせた。そういうことが1週間続いた。
さらに次の日、子どもたちが空き地にやって来たが、立札があった。
『今日からお小遣いはありません』
これを読んだ子どもたちは、
「ちぇっ、お小遣いくれないんなら、もういいや」
と言って立ち去り、二度と空き地に近づかなくなった。
―――――――――――――――――――

子どもたちは最初、球技がしたいから空き地に来たわけです。しかし代償を得て、喜んでしまった。繰り返されて、子どもたちは目的が「球技がしたい」から「小遣いをもらいたい」にすり替わってしまった。

作品を通信販売してみて、書いたり読んだりする楽しさから、読者評価(結果は販売数に現れる)にすり替わってないでしょうか。おそらくそうだから、「他の方へ妬みすら抱いてしまう」という気持ちも起こるんじゃないかと思います。売れている作家のようになりたい、ですね。作品内容よりも、作者の知名度や、販売実績(やら感想やら、無料作品ならPVやら)に憧れるようになってしまってないでしょうか。

2.模倣は成長の第一歩

「あの人のようになりたい」「この作品のように書きたい」というのは、決して安易でも下卑てもいません。人間の基本的性質で、何かを見て「いいな」と思ったら自分でもやりたくなるのです。そうして個人の資質は上がっていきます(さらに属する集団のレベルも上がっていく)。模倣は向上のための第一歩になるわけです。

3.書きたいから書くのは、なぜ?

「自分が書きたいんだから書く」というのは二次創作ならおありであるわけですね。しかし「なぜ書きたい?」まで突き詰めたでしょうか。オリジナルではモチベが湧きにくく、二次創作なら面白がってやれるのはなぜか。

二次創作で起こりやすいモチベや興奮は、元作品(さらにジャンル)で得られた快の経験が刺激されることが大きく影響します。書いてみた(あるいは読んでみた)作品だけの面白さだけではないわけです。

これは他のことでもよくあることでして、美味いラーメンを食べると、ラーメンを食べ歩くようになるのと似ています。たとえ、美味しさに感動したラーメンに及ばないラーメンでも、最初の感動が蘇る効果があるから、充実度、満足感が得やすい。それが次のラーメンを食べに行くモチベともなります。一度もラーメンの味で感動したことがなければ、そんな好循環は生まれません。

4.作品1つだけで面白がれるわけではない

二次創作であれば、元になったオリジナル作品の面白さや、それに感動したことが、創作のモチベに加わるわけです。自分で作ってみた作品を読み返しても、元作品で得た感動が加わってくれます。共通の好きな作品があるファン同士だと、その作品で駄弁っても盛り上がります。その延長線上に二次創作の感動があるわけです。

オリジナル作品を書くと、そういう効果は得られません。書いてみた作品そのものの感動になるわけです。二次創作では面白がって書けて、オリジナル創作ではモチベが保ちにくいなら、自分の中の快の経験・記憶が刺激されるかどうかが影響している可能性があります。

対策がないわけではありません。二次創作の元作品とて、たいてい何らかのジャンルには属するでしょう。作品レベルではなく、ジャンルレベルで自分が好きなものを選べば、そのジャンルで培った快さが共鳴してくれる可能性が高くなります。

しかしもし、受けることを意識するあまり、自分が好きなジャンルや要素を犠牲にしていたら、難行苦行になりやすいでしょう。それに、興味が薄いことを書いていても、例えばリアリティは出しにくくなります。盛り上げ方もよく分からないはずです。興味が薄い分野は知識も少なくなりがちだからです。よく知らなことは見様見真似すらできない、と申したらいいでしょうか。

5.守破離の段階を確実に踏むべき

しかし、面白がって書いてさえすればいいのか。趣味で書いていても、(無料・有料を問わず)誰かに読んで欲しいから公表するわけですよね。プロでも自分が書きたいように書いて、評価されないと言っている事例がある。評価されるためには評価されるように書かねばならないわけです。これで売れるか、ではなく、これで買いたくなるかで書く。つまり、読者のために書く。

となると、書きたいように書いているだけではダメだけど、好きなことを書くべきという、一見は矛盾になります。これは段階別の話だからで、サタンさんがお示しの守破離だと、以下のように腕を磨いていって、最後に好きなことが書けるようになるからです。

守:1つの流派、1人の師を真似る
 →好きな作家の面白さを研究し、追求する。わき目はふらない。
破:他の上級者も真似てみる
 →守で得た基礎をもとに、優れていると思う他の作家の技術を盗んでみる(盗むには基礎が要る、守なしにはできない)
離:自分流に到達する
 →学んだことが自分の中でこなれて、身に着いたら到達できる。この時点で「きちんと真似するなんて、不可能に近い」と分かったりもする。

6.守の難しさは離に至ってから分かる

例えば、夏目漱石の「坊っちゃん」を読んで、模倣作品を書いたとして、元より面白くするのは至難の業です。
(ただし、書いた本人は元作品より面白いと思うことはしばしばある。イケア効果と呼ばれ「自分の手掛けたことに価値を感じる」から。自分の作品は同等の他人の作品より20倍面白く感じてしまう。)

無意識に名手の技を出せるかって、そんなことは確率的にもあり得ません(←よく引き合いに出される「猿がデタラメにタイプライターを叩いたら、シェークスピア作品になっていた」のレベル)。

劣化コピーになってしまうことはあります。模倣を意識しても、意識しなくてもです。普段、何気なく話している言葉だって、聞き覚えたものです。大なり小なり、真似て覚えたことを喋っているのがほとんどです。だから、他人が聞いて言葉自体に感動されるなんて、ほとんどない。意味内容・知識部分とて、たいていどっかで仕入れたものです。完全オリジナルの考え方なんて、滅多に出てくるものではありません。

では、誰の話も聞かず、書籍等から学ばずで、名言を吐いたり、他人が感心するような考えを編み出せるのか。無理なことはお分かりと思います。せいぜいが「車輪の再発明」でしょうか。もう誰でも分かっていることに行きつくのがせいぜいです。それ以外の圧倒的多数は、間違えただけになります。まずは人並みを目指すべきであるわけです。

7.結論再掲「たくさん読んで、たくさん書く」

ですので、小説を書きたかったら、小説をたくさん読んで、たくさん書くしかありません。小説を書くための基礎的な勉学も必須です。自分らしさを出せるのは、その先の先にあります。まずは、たった1つをそこそこ真似できるレベル(守破離の守)に達しなければなりません。

でないと、自分だけが気持ちよく、他人は読みたがらないものを書き続けてしまうことになりかねません。自分だけがしたい遊びに他人を巻き込むと、高確率で嫌われます。要注意です。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 創作してぶつかる悩み

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投稿日時:

元記事:怪物的強さの無双以外での描写

初めて質問させていただきます。
現在、悪役令嬢モノで怪物系主人公(美女と野獣の野獣のようなイメージ)を書いており、戦闘描写に悩んでいます。
怪物らしく怪力で、顔面も怖くて可愛げが無いクール系の女性なのですが、主題は「怪物が幸せになるまで」なので、戦闘力の高さを「敵を薙ぎ倒してスッキリ爽快!」という描写ではなく、「自分の暴力性に傷つきながら、それでも自分の目的を達成するには力を振るうしかない」などの「力への苦悩」にしたいです。
しかし、どうしても戦闘シーンが最強無双になってしまって困り果てており、お力添えを頂きたいと思いました。

前提
・学園モノ(戦闘訓練アリ)
・主人公は名の知れた公爵家
・主人公は冷静で傷付いていても顔には出づらい

そもそもいけ好かない要素が強すぎる設定のため、中々難しいことは承知ですが、何かご提案いただければ幸いです。

上記の回答(怪物的強さの無双以外での描写の返信)

投稿者 迷える狼 : 1

アニメ「悲劇の元凶となる最強外道ラスボス女王は民の為に尽くします。」では、シナリオ上の悪役令嬢が持つチート能力で、主人公は若干12歳程度で敵軍に無双します。

前例が無い訳では無いので、別に構わないのでは無いでしょうか。

要するに、話になれば何でも良いのだと思います。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 怪物的強さの無双以外での描写

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投稿日時:

元記事:魔法の設定について

 初めて利用させていただきます。なにかマナー違反やルール違反、あるいは既出の質問であるかもしれませんが、その際失礼します。今回はラノベなどを念頭に置いた設定についてお伺いしたいことがございます。
 ある作品で自然にある空気を圧縮して弾丸を防ぐという魔法の使い方があり、それに対して「弾丸を弾けるほどの空気圧縮を生み出す力っていうのは凄まじい力で、そんなエネルギーをなんで回りくどい使い方して防御するんだ」という批判を見つけまして、「たしかに土を操ったほうが・・・効率いいのか???土動かすってどんな力だ?」となりまして。さらに昔「同じMPの魔法だけど明らかに一方のほうが複雑な現象を引き起こしてるよな」という印象を持ったことがあるのを思い出しました。
 批判を受けていた作品の整合性の是非はどうあれ、「魔法が現象や物質を操る、生成する」、つまるところ「複数の属性を操る」といった考え方で、MPのような一定の力で操作や生成を行う場合に、同じ属性での温度や同じ動きでの速度が高くなるにつれて消費も増すのはなんとなく分かりますが、違う属性や異なる動きの魔法の力の度合いを比べる方法ないしは設定はあるでしょうか。土を生み出すのと火を生み出すのはどっちが大変なの?的な。何言ってんだって感じの質問ですが。
かなり曖昧な質問なのでテキトーにかみ砕いていただいて「わしならこうするのぅ!」とか「この作品がその辺細かいっすょ~」とか教えていただければ幸いでございます。

上記の回答(魔法の設定についての返信)

投稿者 【本人から削除依頼】 : 2

 魔法を万能化する方向で考えるのは、物語づくりについて損だと思います。

 例えば、なぜ魔法属性なんてものがあるのか。地、水、火、風などがあって、それぞれに特化した魔法しか使えず、二つ使えるのは天才だ、なんてよくありそうな設定です(忍術とされていますが、ナルトもそんな感じだったかと)。

 風だとして、風を操るエネルギーを考えたら、確かに銃弾を防ぐ風を起こすエネルギーは凄いものがあるはずです。そのエネルギーを他の方法で使えたら、は現実の技術などの発想です。だけど、フィクション作りたいわけですよね。

 例えば、現実ではリスクを下げたいけれど、フィクションではピンチを作って盛り上げたい。だから、わざと制限を設定しているんです。風の魔術師なら風しか使えない。魔力の素をいかに膨大に持っていても、風しか起こせない。

 フィクションにおける不便益です。不便だから苦労するし、危ない目にも遭う。だけど、それが物語づくりになりますよね。だから「俺は風しか作れねえんだ!」でいい、そのほうがいい、というわけです。

 言い換えれば、魔法は物語で起こる問題を解決するためにあるのではありません。問題を作るために設定するものです。魔法があってもこんなこともできない、あるいは、魔法があるからこそ困る、という点も重視すべきだと思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 魔法の設定について

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