小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

あざらしさんの返信一覧。最新の投稿順6ページ目

元記事:三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写について

視点移動についての疑問です。
現在三人称で小説を書いているのですが、視点移動がタブーという話を聞きました。
三人称というカメラが映している人間の心理描写を、カメラで映す人間を変えて何人もやっていいのか気になり、相談させていただきました。
説明が下手で申し訳ないのですが、具体的に言うと、男、女の2人が同じベッドにいるとします。男をA、女をBとしたときに下記の例文のような描写の仕方をしていいのか気になりました。

朝日が差し込むベッドの上でAはBの穏やかな寝顔を見つめていた。緊張から一睡もできなかったAはぐっすりと眠るBの幸せそうな顔に少しばかりの恨みとそれを大きく超える愛おしさを感じている。頬に軽く唇を触れさせ、優しく髪を撫でると、触れられたことに気が付いたのかBの目がうっすらと開いた。
「おはよう、B。よく寝れた?」
「おは……、っ!?」
一緒に寝ていたことをすっかり忘れていたのかBの目が大きく開く。ぽやぽやとした眠気が一気に吹き飛ぶのを感じたBは、羞恥心からベッドを飛び出し勢いよく平手を振りかざした。

この場合、Aの恨みと愛おしさという心理描写した後、会話文を挟んでBの眠気の吹き飛んだ感覚や羞恥心を描写するというように、カメラがAからBに移るのですがこのような視点の変わり方をしてもいいのでしょうか?

そもそも三人称でこのような心理描写をしていいのでしょうか、その人物しかわからない心理を描写してしまったら一人称になってしまうのでしょうか。

上記の回答(三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写についての返信)

投稿者 あざらし : 0 投稿日時:

書こうと思ってたお勧め書籍が抜けてました。
【貴志祐介著:悪の教典】
ジャンル的に好みがありそうですが、あえて。
上下巻の二冊ですが、三人称の使い分けが流石にお見事。ベテランの味です。
背表紙程度のネタバレですが、特に下巻の殺戮シーン。主人公はもちろん被害者にも視点が移動します。
視点移動時のサインとして時刻を利用しているのですが、移動してからの距離感の調整が物語に見事にはまっています。
人称でのお勧めですので当然小説で読んでいただきたいのですが、物語としても小説がお勧めです。小説を10とすると映画はオマケして6ぐらい。是非とも小説でどうぞ。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 三人称におけるカメラを向けた相手の心理描写について

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元記事:ライトノベルでのターゲット層について

私は前職で長い間WEBの仕事に携わってきました。
SEOなども行い、ターゲット層の調査やキーワード調査などは本格的に行ってきており、お客様との打ち合わせでも企業提案やコンサルタントも行っていました。

このサイトでは、ターゲット層が10代であるという記述を見かけ、それが正しいのか疑問に思い、インターネット上での既存データを調べました。
理由として、基本的に収入のない年齢層をターゲット層だと誤認している企業様が非常に多いためです。

スマホでの通販利用者年齢分布では、10代は50代とほぼ同じで最低ライン、一番多いのは30代と20代、次いで40代。
データ参照 https://netshop.impress.co.jp/node/5950

amazonでの購入品目が1番多いのは書籍類なので、上記数値と同様の分布図と推定できる。
データ参照 https://research.nttcoms.com/database/data/002069/

結論からいうと、購入者層は20代~40代が圧倒的に多く、10代をターゲット層と指定しているのは再検討すべきであるといえる。

また、小説ラノベ化し、仮にアニメ化までしたとします。
そのときの放送枠は深夜帯であり、10代が見るいわゆるゴールデンタイムではない。
講談社の少年ジャンプ等のようにゴールデン枠で放送される枠ではない。

また、現在人気の小説家になろうでは、転生ものが圧倒的に人気である。
この傾向は、読者層が自身の未来に希望が持てなくなったからという裏返しの物であり、その体験は社会経験によるものが大きい。
自身の夢が何かをまだ見つけていない10代という年齢層の傾向とするには、過分な誤りが含まれている。

10代の読者もいるので、わかりやすい文章で書く、という点は理解できるが、ターゲット層を10代だけに絞り、20代以上の年齢層の意見を無視するといった姿勢は明確に謝りだと言える。

結論。ライトノベルでの主要ターゲット年齢層は20~30代である。

といえるかと思われますが、いかがでしょうか。

上記の回答(ライトノベルでのターゲット層についての返信)

投稿者 あざらし : 4 人気回答! 投稿日時:

職業柄で知り得る情報をモラルに反しない程度に書きます。
一時に比べて激減しましたが、ライトノベルを軸にした専門誌がありますよね。
こういった雑誌の広告主への情報提供として年齢層分布というのがあります。
ボカしますが、

>結論からいうと、購入者層は20代~40代が圧倒的に多く

あくまで広告主への情報提供が目的、つまりは広告が存在する専門誌を元にした実売データですが、仰っていることはハズレていません。
専門誌も買うというとコアなファンになりますが、専門誌を買うが単行本を買わないという人はそういないでしょうから、単行本にしても支えている年齢層でもあるはずです。

同じように漫画にも年齢層がありますよね。
少年誌・ヤング誌・青年誌といった具合に細分化された対象年齢が想定されています。
こっちにも広告が色々とありますが、少年誌も現在は大体どの雑誌も平均年齢は30代になっています。

でも、だからといって明らかに青年誌のカラーを持つ漫画作品が、少年誌に掲載されるかというと、そうではありませんよね。
各々の雑誌にはカラーがあり、大きく逸脱した作品は掲載されません。

これは何故かというと、対象年齢層というものは下限に設定されているからです。
要するに、少年誌の『10代向け』というのは、10代の読者を下限として楽しめる内容を元にしています。
一方で上限ってのはありません。だから購買層が30代に移行しても、少年誌は少年誌なんです。
言い方を変えれば、10代を下限にするというのは幅広い年齢層に向けた内容でもあるわけです。

少年誌を読む30代は、少年誌を期待して読みます。
ライトノベルを読む30代は、ライトノベルを期待して読みます。
ユーザーの期待を外すというのは、一番マズイ戦略ですから、今後もここは出版社も固持するでしょう。
そのため各出版社は、ラノベであっても年齢層の下限をあげたレーベルを作ってますよね。同様にWeb系も専用レーベルをつくって区別しています。
基本的なSTP戦略程度のことしか書いていませんが、少なくとも出版社はそれにあわせて間口を作っていますので、執筆される方も作風にあったレーベルを選択すれば良いのではないでしょうか。

カテゴリー : その他 スレッド: ライトノベルでのターゲット層について

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元記事:行ったことの無い実在の地域の描写について

現在、現代日本を舞台にした小説を書いています。
物語である人物が東京に転向する展開があり、そこから東京の描写も増えてくる予定です。

しかし、私は地方の人間で、実際の東京の地理感覚は観光客程度のものしかありません。まして実際の東京の学生たちの通学事情や日常の買い物についても分かりません。

このように、行ったこと・住んだことのない地域の描写はどのようにすれば違和感のないものになるのでしょうか。やはり憶測ではなく事実に即したリアリティが大切なのでしょうか?よろしくお願いします

上記の回答(行ったことの無い実在の地域の描写についての返信)

投稿者 あざらし : 1 投稿日時:

ご質問を読む限りは、取材するべきだと思います。
具体的には、

>そこから東京の描写も増えてくる予定です。~中略~ 実際の東京の学生たちの通学事情や日常の買い物についても分かりません

ここですね。
御作にとって東京であることが重要になるのだと感じました。
作中で『東京ですよ』で済ませられるなら、これは東京にする必要性すらなく、『日本のどこか、都会』でも良いはずです。
もしそうであるならば、東京というピンポイントを避けるべきで、比較的ばびぶべボン娘さんの身近な都市をモデルにされる方が良いのではないでしょうか。それによりご質問の根幹は解決されるはずです。

物語上、東京である必要性が避けられないならば、これは取材するべきでしょう。
実際に赴く必要を感じたのは、
1)現代日本の東京というピンポイントが読者に影響する
2)情報量の差
3)空気を伝える
大きくはこの三点です。

ちょい細かく。
言わずもがな東京は日本最大の都市で、ざっくりと総人口の10%。近隣都道府県から通勤や通学をしているような日常的に馴染んでいる人を入れると更に増えますよね。
また、過去に住んでいたという人も数多くいらっしゃいます。
ぶっちゃけ『肌の感覚で東京を知っている人』が多すぎます。
これらの方々から見ると、東京というのはあまりにも現実すぎます。ズバリいってしまうと『著者より東京を知っている人がたくさんいる』わけですね。言い方を変えると『著者より東京を知らない人もたくさんいる』ということです。

小説を書かれるときに頭の片隅にでも置いていただきたいのは、読者は文章から過去の経験を当てはめて読み進めることが往々にしてあります。例えば『港』と書いたとしても、連想する景色は人により様々です。フェリー乗り場も漁港も『港』には違いありませんが、まったく景色は異なりますよね。クレーンとコンテナが並んだ港を想像する人だっているでしょうし、波止場を思い浮かべる人だっているはずです。
これが『読者にどう連想してもらってもかまわない』ならば良いのですが、場合によっては著者と読者で頭に思い浮かべるものが異なり、ちぐはぐなことになります。
港という解りやすい例を用いましたが、ビルや駐車場も様々です。何処に住んでいる人であっても同じようなものを想像してもらう必要が出てくるシーンもあるのではないでしょうか。
ばびぶべボン娘さんと読者の間で発生する齟齬を埋める必要があり、そのためには何が食い違いになるかを知る必要があります。
取材をせずに書いた場合、違和感が出てしまい、それが読書の邪魔をするという恐れを払拭できないように思います。これが1)。

続いて2)ですが、街というのは表情を変えます。
朝・昼・晩・深夜といった時間的なもの、天候の良い日と悪い日、平休日、たったこれだけでも街の顔は異なりますよね。
上記に季節ごとの違いを含めるだけで百面相になり、それが街で、それらを五感で感じることが『取材』です。
現地で発見することは数多くあるはずです。

ちょっと説明が難しいのですが3)。
当たり前のことを書きますが、街というのは人が住んでいます。
バスに50人乗っていれば、50人の主観があるように、街というのも主観の集まりです。
大都市、たとえば東京と大坂を例にして靴を買いに行ったとしましょう。同一ブランドのショップに入っても、東京だと『どうぞ、気に入ったら買ってください』大坂だと『良いでしょ、良いよね、是非買って、ね、ねぇってば』という異なった空気が感じられます。(あくまでザクッとした話し。大坂だと難波と梅田、東京なら新宿と渋谷といった具合に細かく違う)
靴屋の店員さんを例にしましたが、もちろん実際にはこんなこと喋りません。喋るのではなく空気です。(が、たぶん多くの人が感じるはず)
ばびぶべボン娘さんがモデルにする街がどこであろうと、そういった街が持つ独特の空気があるはずです。こういったことは実際に行かないと解りません。

もし取材に赴かれるなら、ウィークリーマンション(とはいえ一日単位で借りられる所もある)に泊まり、モデルとされる街で数日、可能ならば一週間ほど生活されることをお勧めします。
たぶんこれぐらいで1)~3)の片鱗はつかめるはずです。神経を研ぎ澄ませて下さい。(余計な事かも知れませんが、この手の土地に密接に関係する小説は、プロでも実際に住んでいた経験を生かしているケースが多いです)
もし「ちょっと無理かな」ということならば、『日本のどこかの都会』に設定されるのが良いかと思います。

取材された場合は、色々と細かく書き連ねたくなるかも知れません。
ですが、ここでストップ。
読者が読みたいのはストーリーですので、取材でつかんだことをグツグツ煮詰めて下さい。そうして煮詰めた中から必要な描写を選択してください。
ほんの数行であっても『ああ、これは東京だ』と感じさせることができる、これが大正解です。

最後になりましたがお勧め書籍を三冊。
【森見登美彦著:有頂天家族】
物語と土地が密接に関係している小説で、真っ先に頭に浮かびました。空気感がお見事な文章、まさに京都です。ネタバレにもならない程度ですがタヌキの話です。当然ヒロインもタヌキなんですが、これが可愛い。ヒロインの書き方の勉強にもなるのではないでしょうか。京都市左京区周辺を舞台にしています。
【万城目学著:プリンセス・トヨトミ】
ぶっ飛んだ設定の物語を得意にする著者さんですが本作も例に漏れず。かなーりぶっ飛んでます。けれどもリアルさも感じさせる筆致はお見事。『リアリティってなんぞい?』というひとつの答えがあります。大坂を舞台にしてます。
【秋山瑞人著:龍盤七朝 DRAGONBUSTER】
ご紹介した前二冊と異なり完全に架空、著者の脳内から産み出された街で、ファンタジーです。
ところがビックリ。雑踏のざわめきを文章から感じられるほど、現実以上に存在する街を感じさせてくれます。著者本人以外には書けないと思うほどの凄みを感じさせる筆致ですが、分析することでその一端でも参考になるはずです。

ではでは執筆頑張って下さい。
面白い物語お待ちいたしております。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 行ったことの無い実在の地域の描写について

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元記事:技術を求めるうちに書けなくなりました

初めまして。趣味で二次創作をしている者です。

何作か書き上げるうちに、もっと上手くなるにはどうしたらいいだろう?と考えるようになり、他人の小説を研究するようになりました。
文章を丸暗記するほど読み込んだり、好きな表現を抜き出して小話を作ってみたり、ストーリーの構造を分解してみたり。
結果、全く小説が書けなくなりました。

大好きなキャラクターにこんなことをさせたい、こんなことを言わせたい、こんなシーンが書きたい、それを理想の形で表現するための技術が欲しい。
その技術を追い求めるあまり、今では萌えより何よりいかに凝った文章にするか、凝った表現を使うか、凝ったストーリーにするか、そんなことばかり考えるようになってしまい、執筆が楽しめなくなってしまいました。

原作への愛も、キャラクターへの萌えも、書きたいネタもたくさんあります。
けれど、以前は頭の中で活き活きと動いていたキャラクターたちが今は全く動いてくれない。
自分の中からキャラクターたちがいなくなってしまったような、そんな喪失感さえ覚えています。

また楽しんで執筆を行うにはどうしたらいいでしょうか。

上記の回答(技術を求めるうちに書けなくなりましたの返信)

投稿者 あざらし : 4 人気回答! 投稿日時:

ん~。
率直には解りません。
解らんのですが、ご質問を読んでいて感じる部分があります。
まず『技術を求めて書けなくなった』というのは違うように感じました。

>以前は頭の中で活き活きと動いていたキャラクターたちが今は全く動いてくれない ~中略~ キャラクターたちがいなくなってしまったような、そんな喪失感

ここですね。気になりました。
『以前より凝った~』云々は、向上心の現れだと思います。
ぶっちゃけ、以前より面白いものが書きたくなったのですよね。

好き嫌いは別にして、二次創作を否定したりはしません。
ただですね、二次創作というのはスタート地点から結末までキャラクターが変化しないものです。
もちろん程度問題ではありますが、基本的にキャラクターを変化させられません。

著者が好きになったキャラクター、これを別物にしては読者にとっても二次創作にならんわけです。絶対的な制約を抱いたまま執筆するジャンルでもあるということです。
二次創作という『もうひとつの世界』を書く以上、それはストーリーというラインで構成されるものではなく、元ネタの出来事やキャラクターといった点で作られるものです。

一方でオリジナルというのは、物語開始時点での主人公と、終了時点の主人公は変化しているのが普通です。(成長に限りません)
技術を追い求めるなか、こっちに引っ張られたのではないでしょうか?
有り体には『創作意欲』が強くなったように感じられました。
もしそうならば、二次創作のノリで良いと思いますので、元ネタから逸脱して好きなように伸び伸びと思い通りに書いてみるのもひとつの方法かと思います。

二次創作のノリ、つまりは当然ながら第三者に見せれば『(元ネタの)パクリ』といわれる作品が出来るでしょうが、それで書けるならオリジナルに転向する時期なのかも知れません。
ある意味、普通に成長していらっしゃる証明のようにも感じました。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 技術を求めるうちに書けなくなりました

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元記事:書いた小説を「読めない」と言われてしまった

才能なくとも
書かなきゃ生きていけないのです
甘粕です。

私は過去に120本程、作品を書いてきました。(今書いているのも含めると、数はもっと増えますね)

この掲示板には常々お世話になっていますが、ライトノベル志望ではありません。どちらかと言えば純文学です。(良質なサイトがここしかない)

ラ研にいる方に、貴方の作品の中で「読めない」作品があった。最終話まで目を通したのに。そしてそんな感想を述べたのは、貴方が初めてだと言われてしまい、大変自信を失っています。

過去の質問に書いてある改善点も上手く咀嚼し、身に出来ていない事に非常に焦りを感じ、また駄作量産機で人の時間を無駄にさせてしまった事や学習速度の低さが憎くてしょうがないです。

今は長編ではなく短編でリハビリをしようと考えています。

改善点、
こうすればいいよという意見は
すでに頂いているのに
上手く克服出来ないのは失礼ですよね。

克服したいのに上手く飲み込めない。
言われている事が分からない。こういう時はどうしたら良いのでしょうか。

改善点
・初め取っつきやすいのに、
中盤思考垂れ流し、終わりはパッとしない
・背景描写が出来てない
ストーリーが理解できないものがある

の三つです。

一瞬筆を折ろうかとも考えたくらいなので
お手柔らかにお願い致します。
今は世に出ている創作物全て、楽しむ事が出来ません(自分と比較してしまう)

上記の回答(書いた小説を「読めない」と言われてしまったの返信)

投稿者 あざらし : 1 投稿日時:

何本か読んできました。
感想の前に、

>身に出来ていない事に非常に焦りを感じ ~中略~  学習速度の低さが憎くてしょうがないです。

それでいいです。
なーんも間違ってません。
ご自分の力を出し切ったのですよね? その上で自作に納得できないからこそ伸びるのです。現段階で「俺の小説を理解できないヤツが悪い!」なんて心持ちになると、もう伸びしろはありません。そんなのは爺になって孤独死寸前にやればよい。

仕事柄多方面のクリエイターとつきあいがありますが、第一線で活躍しているプロにはいくつか共通した特徴があります。
○ 感想に素直に耳を傾ける。
○ 感想は、第一義に自分を客観視することに利用する。
○ 感想を咀嚼し、飲み込んだ後に自分のオリジナリティを殺さないよう取捨選択する。

とりあえずは、この三つを意識されればよいです。
あと、ご質問にある、

>書かなきゃ生きていけないのです

病的に好きだと受け取りました。
そうであるならば、これは創作を幸せにするための武器です。
とても優れた資質ですのでバンバン書いて下さい。
繰り返し書く以上に上達する方法はありません。

一方でちょっと心配なのは、

>今は世に出ている創作物全て、楽しむ事が出来ません(自分と比較してしまう)

比較なんかしてもしゃーないです。
そんな婚活に血道をあげる三十路オンナみたいな行動はやめなはれ。
おもしろさ、というのは他者と比較してどうこういうものではありません。本質的に読者にとって”おもしろい”は何本も存在します。
甘粕さんが目指すべきは、何本も存在する”おもしろい”の一本に仲間入りすることです。

学校のテストは減点方式ですが、創作は0点をスタートにした加点方式です。
読者の存在を考えて下さい。
読書とは、決して100点から間違い(ダメなところ)を引いていくような方法で楽しむようなものではありません。
創作者を志すなら、義務教育でたたき込まれた洗脳から脱出しましょう。
比較する、それはご自分の個性が十二分に発揮されていない所に原因があります。

甘粕さんとは異なる個性を持った人、それがプロならば尚更学ぶことは多数あるはずです。現状「もう他の人の作品を読む必要はない」という所にいらっしゃる訳ではないと感じます。
もちろん、こんなことを言われたって、すぐに切り替えて楽しむことが出来ないでしょうから、まずは頭を空っぽにして楽しめるような映画か漫画でもどうですか?
あえてお勧めは書きませんが、必要ならば仰って下さい。いくらでも書きます。

さて。
最後に御作を読んでの感想をオブラートに包みながら。
ひと言でいうなら『もっと読者を意識して下さい。』です。
ご質問で『改善点』として書かれている項目も、ここに集約されるように思います。(少なくとも私はそう感じました)

読んでもらう必要がなければ、それは机の引き出しにそっとしまっておけばいい訳ですが、そうじゃありませんよね。
読者がいて、そこで初めて生命が発生します。

番号を振ります。
1)【初め取っつきやすいのに ~中略~ 終わりはパッとしない】
2)【背景描写が出来てない】
3)【ストーリーが理解できないものがある】

順をおって書きます。
1)
読者はみんな忙しい毎日を過ごしています。
仕事があり、家族との団欒があり、読書以外の趣味があります。
読書一つとっても、プロが書いた小説が月に何冊も発行されています。
その隙間を縫って甘粕さんの小説を読むわけです。
読み始めた読者を絶対に離さない、有り体に言えば退屈させない工夫が必要です。
エンタメ小説で冒頭からの10ページでハートを掴まなければ、それは致命的です。ワクワク感・次の展開への期待・読者が読み進むために小説に推進力を持たせて下さい。
純文学を目指すならば筆致だけで読み続けさせることを目指して下さい。(この点だけは、お勧め書籍を。川端康成・遠藤周作、両先生の作品を熟読されることをお勧めいたします)

2)
おわかりだと思いますが、読者に与える情報の大切さを意識して下さい。
あくまで想像ですが、どうも甘粕さんご自身『目を閉じれば小説の情景が浮かぶ』こういう状態になっていないように感じました。
「著者が浮かばないのに、読者の脳裏には情景が浮かぶ」これは流石に無理があります。読者を信用しすぎです。

3)
エンタメでの解りづらさ、これを持ち味にするのはハイテクニックです。と、だけ。

悩む必要はありません、やるなら考察と熟考を。
ちょいとですね、ロープーウェイで行けるような場所で良いので山頂から景色でも眺めてリフレッシュされることを勧めます。
悪くないけど良くもない、これを打破する原動力として、甘粕さんご自身の個性が役立つはずです。
突出した、他者とは違う、これが個性の根っこです。

とにかく書き続けて欲しく思います。
面白い小説お待ちしております。
応援します。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 書いた小説を「読めない」と言われてしまった

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元記事:執筆の乗り具合が悪い時は

 こんにちは。
 自分には執筆の乗り具合にかなりムラがあります。そこでですが、執筆の乗り具合が悪かったり、執筆の調子が乗らない時でも、やはり毎日欠かさず練習のために執筆は怠らない方がいいのでしょうか?

 調子が悪い時に執筆した場合以下のような問題点がありました。
〈問題点〉
 文章がおかしかったり、淡白、稚拙だったりする。
 同じ単語を使用していることが多い。
 文末が連続的に同じ言葉になる。「〜た」などのあれです。
 大まか作ったプロットをストーリーとして執筆した場合、内容がつまらなくなる。アイデアやストーリー展開の思いつきに苦労して、それでも無理やりストーリーを作ろうとした場合の出来が悪い。

 と、こんな感じです
 調子が悪い時に執筆したストーリーと、調子が良い時(こんなストーリー、あんな展開にしたら面白くなりそうなどが直ぐに思いつく)に執筆したストーリーはかなり差があると思いました。自分の執筆した小説に自ら評価するのは変かもしれませんが。

 無理やり執筆した部分はしばらく寝かせておいて、あとから見直したりするのですが、面白くないと感じて一気に書き直すことがほとんどです。
 書き直した場合、書き直す前よりも大分面白くなったと感じることが多いです。その時は書き直す前と書き直した後のストーリーの結末が一緒でも、結末前の展開が変わったりしています。

 執筆することに辛いと感じることもありますが、それでもやめようと思うことはありません。とにかく執筆しようとしてます。でも、どうしてか筆が乗りません。
 そういう調子が悪い時でも執筆した方がいいのかそれともダメなのか、アドバイスをください。
 

 あとこれは延長線の問題ですが、執筆の乗り具合が悪い時は、ストーリー展開やアイデアが思い浮かばないことが多いです。その時に思いついたとしても、やっぱりつまらなく感じて書き直します。
 自分は、結末を予め考えておいて数行分のプロットを作って、執筆しながら浮かんだアイデアをストーリーに加えたり、展開を付け足したり変えたりしています。そういう執筆スタイルのため、調子が悪い時はとことん悪く、ストーリー内容や地の文がおざなりになるのかもしれません。

 調子が悪い時を少なくする為にも、アイデアが思い浮かぶ方法、アイデア発想力を鍛える方法を教えてください。

上記の回答(執筆の乗り具合が悪い時はの返信)

投稿者 サタン : 1

うーん……。
まず、問題点とされてることはそれぞれ原因が別にあるかと思います。
次にプロット作成についてですが、ようするに「気が乗らないときの出来が悪い」ということですよね。
これは、じゃあ、「気分良く作れて出来が良いと思えるプロット」は執筆した完成品の評判はどうだったの?
つまり他人の意見はどうなんだろう? 
モスモスさんが言ってるのは、つまり作者が「出来が良い」「出来が悪い」と主観的に判断してるだけだから、「気が乗らないからそう感じるだけ」ということはない?
「気が乗らないときに書いた作品」と「気分良く書いた作品」で、その評価(第三者による評価)は目に見て違うものだった?

まあ、おそらく「気が乗らないときの作品の評価はイマイチだった」という事もあったろうと思う。
「気が乗らない」と集中力も途切れがちなので、それが文章にも出るから。
でもそりゃ「文章」の問題であって、「プロット」の問題ではない。
そういうのを考慮して、客観的に見た場合、本当に「気が乗らない方の物語は出来が悪い」と言えるのか? と思います。

「気分良く書いてるとき」というのは言い換えれば「ノッてる」ってことでしょう。
そういうときって細かいことに目がいない。
極端なことを言えば、「作者が面白いと思ってるから面白い」というだけ。
その前提である「作者が面白いと思ってる」という部分が「そう思ってない」となれば前提が崩れるので、同じ作品でも「気分がノッてなければ面白いとは感じない」のでは?
要するに、「気分が乗ってるとき」と「気分が乗らないとき」で、作品の出来自体はそんな変わらないです。それを見てる作者の心境が違うだけなので。

ということは。
「気分が乗らないとき」に目に見えるストーリーの問題点「なぜ面白くないのか」が今後モスモスさんが乗り越えるべき課題になる。
「気分良く書いてて良いのが出来た」と思っても、そりゃ作者の心境がそう思わせてるだけで、潜在的に問題点は抱えたままだもの。
逆に「気分が乗らないとき」も、「面白くない」と感じてるのは作者がそう感じてるだけで、潜在的な面白さは同様に大して変わらないハズ。
勉強のチャンスですよ。

この考えで言うと、「気分が乗らないとき」は「課題」が見えやすくなるので、それを把握できるまでは作り続けたほうが良いです。
克服するまでではなく、把握できるまでで十分だと思う。やる気がないのに克服しようとしても苦痛を伴うだけだと思うので。

一方、文章に関する事は、これはそれぞれ原因が違うと思いますが、共通する事で言えばやはり集中力の欠如でしょう。要するに「やる気」なので気分が乗らないのは当たり前と言えば当たり前なわけですね。
この場合はしょうがないので、自分をなんとかやる気にさせるしかないです。
気分転換もいいけど、気分転換に読書してそのまま執筆しなかった、という事が多いと思うので、読書するなら自分より下手な人の作品を見てみると良いです。
オススメは自分の過去作ですね。書き続けて成長してる以上は過去の自分は今の自分より確実にレベルが下なので。
また、自分より下手な人の作品ってのは基本的に退屈です。そんな事をするくらいなら「自分で執筆したほうが楽しい」でしょ。
上手い人のを読むと、刺激されて良い影響を受けるけど、同時に自分と比べてしまうと自分の下手っぷりに筆が鈍る事が多いから、下手な人のを読んだほうがやる気は出ると思う。

長くなったけど、ついでに「原因は別」と書いたので、それにつて少しだけ。
> 文章がおかしかったり、淡白、稚拙だったりする。
「おかしい」の内容がわからんので何とも言えないけど、日本語の基礎としての「主語述語の関係」がしっかりしてりゃ、あとは「何を伝えたいか」という問題でしかないので、稚拙も淡白もないです。
モスモスさんが「迫力あるシーンだな」と思う小説を開いてみてくださいな。
「主人公は剣を構えた」と、それだけのあっさりした地の文が書かれてたりしないかな? これって一行だけで見たらとても淡白な文章だよ。
中にはそんな「淡白な文章」が頻発するシーンだってあるよ。
でも「迫力あるシーンだ」と思うわけでしょ。
文章は飾り付ければ良いという話ではないし、凝った言い回しが素晴らしいわけでもないです。
> 同じ単語を使用していることが多い。
コソアドの事を指しているのであれば、これは「主語」の扱いの問題である事が多いでしょう。
> 文末が連続的に同じ言葉になる。「〜た」などのあれです。
ラノベでは、なんとなく気を使ってるのかなと思えることがあるけど、大衆小説とかを読んでみてください。文末がずっと「~~た」で終わることは普通に多いです。
それで文末が気になるような文章でもありません。読み返して見ると気がつくレベルで自然です。
文末で「~~た」になる文が続く、それ自体は何も問題ないです。
その文末が気になるのは、そもそも文末ではなく文章自体に問題があります。
例えば、描写が出来ておらず箇条書きが続けば文末が一致することは多いだろうし、気になります。でもこれは「箇条書き」なのが問題なんであって、文末が問題なのではありません。
ーーっと、コレを指して「淡白」と言ってるのであれば同一の問題になりますね。

>アイデアが思い浮かぶ方法
実を言うと私も今そういう状態なんだけど、何でだろうね、他人の相談にはこんなにもスラスラ答えられる。
まあ、そんなもんですけどね。
こういう場合は、「何について、どう考えたら良いのかわからない」ために頭が真っ白になります。
なので、まずは序盤から終盤までの流れをしっかり(つまんなくても良い)させて、「この物語のココを考える」と思考を狭めてやれば思いつきやすくなります。
それでも「その一部分の展開が思いつかない」ということもありますが、その場合は「どう考えるか」を決めてやりゃ良いです。
これは、簡単に言えばそのシーンの「テーマ」を考えてしまう事ですね。「このシーンは『主人公が剣の達人である』という事がテーマ、それさえ伝われば話は通じる」という具合。
そしたら、「主人公は剣の達人」って場面を書けば良いだけなんだから、アイディアも何もないでしょ。
「どうしたら主人公が達人である事がわかりやすく、面白いシーンになるか」というネタ探しでアイディアは重要ですが、基本的にはアイディアが無くても書けるっちゃ書けるし、すべてのシーンでそんな秀逸なアイディアを作り続ける必要もないんだし。
このテーマは、例えば「このシーンは『魔法はMP消費する』という設定がテーマ」など、何でも良いので、本当に何も思いつかないのであれば設定を列挙して書けそうな設定を適当にテーマに選んでしまえば良いです。
それが可能なのも「序盤から終盤までの流れをしっかり作ってる」という事が前提なので、まずは、何がどうなってどういうオチになる、と簡単に考えてみると良いでしょう。
その流れを即興で適当にでっち上げるスキルが身につけば、気が乗らなくても適当に話を作れますし、そうした大筋を簡単につくれるってことは、ワンシーンの起承転結も簡単にでっち上げられるって事で、テーマさえ設けてやりゃアイディアもなにも無いです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 執筆の乗り具合が悪い時は

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元記事:読者を世界観に没頭させたい

私はストーリーを考えるよりもハイファンタジーの舞台となる異世界の設定や世界観を考える方が好きで、「読者に自分の作った世界観や設定をアピールしたい」という意識が強くて、今はハンターハンターみたいな現代風異世界を考えているんですが、読者を世界観に没頭させるコツって何でしょうか?
ハンターハンターは「この作品ってなんで現代風の異世界を舞台にしてるんだ?現実の現代を舞台に架空の設定を足した、いわゆるローファンタジーの作品じゃダメなのか?」なんて言われませんよね?
一方で野村哲也さんがFF15について「ゲームを始める時、あまりに空想的な世界からだとなかなか感情移入できないんです。だからまず現実っぽい世界を用意して、そこから空想的な世界に入ってもらおうと。」と言った時は(このことへの反応集は『スクエニ野村 「ファンタジーっぽい世界だと感情移入できない」』って検索すれば出てくるはず)「一時でも現実を忘れたくてハイファンタジーものの作品に触れるのに、現実思い出すような世界観にすんなカス」と否定されたり、「何これ?現実が舞台なのかよ」とあくまで現実世界の現代に似てるだけの異世界が舞台なのに現実世界が舞台だと思われたりしてますが、なんでFF15はハンターハンターと同じく現代風異世界が舞台なのにこんな風に否定されてるんでしょうか?こうならないためには何を気を付けたらいいでしょうか?
よく「話が面白けりゃ世界観や設定なんかどうでもいい」とか言う人いますけど、私にとってはストーリーが評価されても世界観や設定が評価されなきゃ意味ないですよ。

上記の回答(読者を世界観に没頭させたいの返信)

投稿者 手塚満 : 2

読者が世界観や設定に没頭するとしたら、その世界でキャラ、特に主人公がが生き生き動き、面白い騒動を起こすからに他なりません。

逆に言えば、世界(観)だけ提示しても無駄なのです。作品に人気が出ると設定集も出て、夢中になって読む人はいます。その逆はありません(世界観含む設定が提示されて、人気が出て作品が出る等)。以下、少し説明してみます。

1.キャラへの興味が先、作品世界への知識欲は後

面白く感じるのが先にあって、知識欲は後なんですよ。面白かったら知りたくなる。知ったから面白くなることはない。例えば、学校の授業で織田信長の事績を習ったとして、信長について知りたくなるか。普通は逆ですよね。ドラマなどで信長が描かれて、実際にはどんな人物だったのか知りたくなったりするわけです。そうなると戦国時代という時代背景にも興味が出てくる。

2.作ってる本人しか面白がらない罠(イケア効果)

しかし、我々志望者はつい設定にハマりがちです。作ってて面白いからです。イケア効果と呼ばれる原因があります。自分の作ったものには異様に高い価値を感じてしまう。他人がマイナスの価値をつけてるのに、作った本人はプロの作品より凄いと本気で思ってしまう、怖い現象です。

3.難しいことを無意識に避けてしまう罠

もう1つ、逃避ということがあります。舞台とか小道具とか、アイデア出すのは相対的に簡単なんですよ。キャラを面白く動かすほうがよっぽど難しい。ストーリー、ドラマ、シーン作りはなかなか思うようにできません。しかし小道具、大道具、舞台装置は楽に思いつけてしまう。ついつい、やればできることに熱中してしまいがちです。

創作以外でも頻繁に起きる現象です。テスト勉強をしないといけないときほど、普段やらない部屋の掃除が熱心にできてしまったりする。逆に年末の大掃除のときは、勉強が面白く感じてしまったりもする。「何をいつまでに、どこまでやらないとけないか」が分かることはしんどいもんです。逆に「適当にやればよくて、どこでやめてもいい」ことは楽です。どうしても楽なほうをやってしまいがちになるのは人情ではあります。

4.作者は読者の楽しみの便宜を図るためにいる

創作が自分一人の趣味なら、自分が楽しめることをやればいいです。設定を思いつけ、好きに煮詰められる楽しみは否定しません。しかしもし、人様に見せて喜んでもらいたいなら、しんどいほうを選ばねばなりません。キャラを面白く動かすことです。繰り返しになりますが、そっちが難しいんです。読者は楽に楽しみたい。ですので、作者にしんどいことを代わってやって欲しいわけです。

5.つまらなければ至る所を貶される

「ハンター×ハンター」と「FF15」については、面白いか否かでしょう。「ハンター×ハンター」は面白いとされています。各キャラについて、熱心に語る人も少なからずいますよね。一方、「FF15」は低評価する人が少なからずいます。実際、「FF15」は発売以降、値崩れが起きたほどです。

その差は世界観どうこうじゃないんです。ゲームとしてつまらない、キャラを操作しても面白い展開にならない。そういう話です。そこへ当時のディレクターの野村哲也氏が「個人的な話をすると」と前置きして「あまりに空想的な世界からだとなかなか感情移入できない」云々の発言が非難の的として掘り返されたに過ぎません。多少極言すれあば、八つ当たりです。

6.キャラの動きが面白ければ世界や設定は気にならない

「話が面白けりゃ世界観や設定なんかどうでもいい」と言う人は確かにいるでしょう。その人は、世界観や設定を強く打ち出さない作品が面白かったという経験をしたんでしょう。その人がどうこうというより、その作品を作った作者の狙いだと考えるべきでしょう。少なくとも創作者志望であれば、ですが。

7.世界観や設定が主人公を困らせるから面白い

しかし、世界観や設定を面白がる人もいるわけですよね。上述しましたが、そこは世界観や設定の工夫よりも、キャラがその世界で何をして、設定でどう動いたかが大事です。世界観や設定の最大の役割は「主人公の障害となること」です。

例えば「魔法がある世界」だとして、主人公が最強の魔法を駆使して最初から最後まで無敵、なんてたいてい退屈です。困難がないからですね。主人公が面白く動くためには、魔法があるから困るという状況が必要です。言い換えれば、世界観や設定は主人公を縛ってこそです。世界観や設定に困らされた主人公がいかに事態を打開するか、でカタルシスが生まれ、感動もされます。

8.主人公への好感度で世界観や設定にも魅力が感じられる

主人公の活躍に感動できると、主人公の行動にも愛着が出ます。行動を支えた世界観や設定も愛おしくなります。世界観がいいとか、この設定は感動したとかの感想も出るようになります。そうなってようやく、世界観や設定をもっと知りたくなったりもします。そういう現象はしかし、主人公の行動に感動したということに支えられているわけです。

9.作者は自分がやりたくないことにむしろ手をかけるべき

作者としては普通、主人公が大好きです。ですので、主人公を困らせる世界観や設定は作るのがしんどいことが多い。もし世界観や設定を作っている最中に楽しいとしたら、読者が楽しめないことを作っていると考えたほうがいいでしょう。

作者は作中の嫌いなキャラこそ手をかけろ、というコツがあります。主人公だけをいくら飾り立てても魅力を出すのは困難だからです。対比される嫌なキャラがいてこそ、主人公を光らせることができます。よくある例は、悪役抜きに正義のヒーローは存在しえない、というものでしょうか。

世界観や設定はいわば悪役です。作っていて嫌な感じがしないなら本物ではありません。読者に評価されることもないでしょう。ではその悪役に手をかける方法は何かと申せば、主人公が困り、なんとかしようとジタバタすることです。悪役も主人公との対比で際立つものだからです。

ですので、まずキャラクター、特に主人公をどう困らせるかを考えてください。それが主人公のドラマであり、ドラマに必要な設定や世界観は(主人公をより困らせるように)煮詰められていきます。

10.世界観や設定は作者も縛る嫌なもの

もう1つのしんどい側面は「世界観や設定を作ったら、作者はそれを絶対に裏切ってはいけない」ということがあります。例えば「この壁は絶対に突き崩せない」と作中で言ったら、絶対にその壁を壊してはいけない。ストーリーの都合上、どうしてもその壁の向こうに主人公を行かせたくて、「実はこうすれば壊れる」とかやっちゃいがちなんですけど、読者が深く失望します。

何を拠り所として作品を理解したらいいか、読者として分からなくなるからです。もう作者の語ることをただ聞くしかなくなり、自分(読者)の最大の楽しみである想像を広げることができなくなります。

世界観や設定が主人公を縛り、必然的に作者(主人公の動かし手)も縛るわけですから、世界観や設定作りは楽しいだけではなくなります。むしろ不安や苦痛の種です。下手に作ると、作者が物語を進められなくなるかもしれないからです。

11.読者は世界観や設定のお勉強は望まない

「話が面白けりゃ世界観や設定なんかどうでもいい」にはもう1つの側面があります。読者は楽しみたいだけなのは当然ですよね。作品理解に必要なことを覚えるのは、作品が楽しめるまでは辛いお勉強です。主人公の活躍が同じ興奮を与えてくれるなら、覚える必要のあることは少ないほうがいい。お勉強というマイナス要因は少ないほどいいのです。

ただし上述しましたが、作品が面白ければ別です。面白ければ知りたくなる。しかし作品が面白いと本当に感じるのは、物語が終結してからです。ですので知識欲の先取りはできません。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 読者を世界観に没頭させたい

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元記事:キャラクターの心理描写関係の質問

どうもこんにちは。自制するとか言った次の日にはまた書き込みしていますが長い付き合いの知り合いの方から「早まりすぎだ」という指摘を受けたので、書き込みさせて頂きます。
ちなみに今後は「応対すればトラブルになる可能性濃厚」と判断した書き込みには返信しないことにします。
まあそれをしたらしたで「不誠実な奴」と思う人もいるでしょうけど……

今回現在執筆中の長編のキャラクターの心理描写関係で相談したいことがあります。
(ちなみにノベル道場に掲載した作品です)
そのキャラクターは第2部以後から登場するキャラクターなのですが、自分で考察して心理描写関係に矛盾が出そうだなと思ってしまいました。(厳密には第1部最終話で登場しているのですが、現状ではチョイ役です)

そのキャラクターは妖精の王という設定で、愛情が最も大事なものだと思っている大地の妖精という設定です。
物語の役割としては主人公達の味方という立ち位置で、侵略者の戦艦への破壊工作へ協力するという重要な役割のキャラクターになります。
侵略者は友達の妖精の島に攻撃を加えるつもりで、それを友達が先に察知したから破壊工作に協力してくれと出向いたのが話の流れです。(それに同行するのが主人公です)

協力の際は戦艦を破壊するための爆弾や油などの調達をするのですが、その手口が愛が大切なものだと信じている割には過激なのでは、という気がしてしまいました。
過激にならないように以下の理由付けを考えたのですが、どれも何かしら矛盾が生じかねないような気がするのですよね。括弧の中が懸念点です。

1友達の助けだから破壊工作に協力した(友達のためにならいくらでも冷酷になれるということの証明になってしまう)
2自然を荒らす者は誰であろうと許さない、という信念で協力した(自然を荒らすものが嫌いということは、愛情を大事にしている割に人嫌いなのでは?)
3友達の島の生き物達を守るため、心を鬼にした(同じく人嫌い説浮上案件。人間以外には愛情を向けてるだけマシ?)

皆様はどれが違和感が少ないと思いますか?

上記の回答(キャラクターの心理描写関係の質問の返信)

投稿者 大野知人 : 2

 俺も、どれだったとしても違和感がないと思います。
 っていうかね、厳密に言うと『他の要素・ストーリー展開が見えないから、どれでもいいと思う』。

 基本的に、人間(この場合、意志ある物全般)ってのは身勝手な生き物です。他のシーンと噛み合わせて『違和感がない』ように作り上げれば、どれでもいいと思います。

 設定の中で、『なんとなくおかしいんじゃないかな』ではなくて、『これハッキリと矛盾してるよね』っていうのを探す・追求することをオススメします。 

 例えばですけどね。
 ふざけた態度を取る飄々としたキャラクターが居たとします。
 ①彼女の態度は、実は他人との距離感を図るための仮面である。親しくなるにつれて、段々と馴れ馴れしさが抜ける/やや真面目な態度を取るようになる。
 ②彼女は他者に対して一定の尊敬の念を持つキャラクターである。基本的に外見や言い間違いを茶化したり、言葉尻を取った皮肉は言わない。
 ③彼女にはトラウマがある。かつて真面目ぶっていたころのトラウマであり、マジメちゃんでない姿を演じることで、精神的な均衡を保っている。
 ④彼女は何事に対してもやる気が無い。失敗するのを恐れているからだ。

 4つほどキャラ設定を書いてみましたが、ここまでで際立った矛盾点は有るでしょうか? 多分ないと思います。
 ですが例えば、設定①をガン無視して『終盤、仲良くなってきたと思ったのに、特に意味もなくノリだけで裏切る(そして作中で何のフォローもされない)』と言う行動をとれば、『なんかおかしいな』と感じるでしょう。

 設定②を無視して、痛烈な皮肉や嫌味・外見への罵倒なんかをさせた日には『実は真面目、とは何だったのか?』と感じる人も多いでしょう。
 ③・④もそう、『最初は真面目だった人間』がトラウマによって変化するなら『スレた、ふざけた人間』に変わるのが作劇上は面白いですし、『実は真面目』とか言いながら『特に理由もなく、やる気が無い(やはり作中でフォローは無い)』とかした日には、違和感なんてものではなくなるでしょう。

 雑に言えば、妖精王の設定がイマイチ見えてこないので『どれでもいいと思う』と言うことですし、逆に言えば『妖精王が行動する理由』から逆算して『妖精王の設定』を作っても良いと思います。

 参考になれば幸いです。

カテゴリー : キャラクター スレッド: キャラクターの心理描写関係の質問

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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン

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