小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

あざらしさんの返信一覧。最新の投稿順7ページ目

元記事:戦記物を読んで思うのですが

私は戦術や戦略を練って実行する描写が好きなのですが、なろう系統における戦記物の流行りを読んでいるとチートを使って無双したり、付け焼刃な知識で敵軍を蹂躙するなど戦記と言えるのか怪しいお粗末な内容が多いです。
なろうに投稿された作品はあくまで趣味であると理解していますが、やはり主人公に苦悩や刺激、それを解決するために行う努力などがある作品は読んでいてストレスになるから嫌煙されているのでしょうか? 皆さんは戦記物にどういう楽しみ方をしますか?

上記の回答(戦記物を読んで思うのですがの返信)

投稿者 あざらし : 3 人気回答! 投稿日時:

なろうに限らずラノベ、もしくはラノベ調の作風とは合致しにくいというのがあるように思います。

1)寡戦はゴアっぽくなる・ラノベっぽい作風と合わない
2)フィクションの宿命として、敵を無能や阿呆の集団にはできない
3)そもそも現実世界においても、装備含め兵器はチートであることを目指している

とりあえ三点あげましたが、こういったことかと思います。
戦記物が未来世界を書いたモノでなければ、ファンタジーを代表に古典的戦争の射程内(端的には剣と槍、弓的な)を元にした戦況は、ランチェスター第一法則でおおよそ語れますよね。
基本構造は 攻撃力 = 兵力数 × 武器性能 です。

もちろん実際は兵の練度やら士気といった条件が入りますし、それらを埋める形で兵力集中原則等があるのですが、単純には同程度の質である武器を双方が所持していた場合、兵数が多い方に勝利がもたらされます。
ところが、これをフィクションでやると兵数有利の上での戦闘、ありていには『一方的な蹂躙』とも受け取られかねません。フィクションの主人公は正義、とまではいいませんが大義名分を固持する必要があります。虐殺はむろん、蹂躙者側には極めてしにくい。

>主人公に苦悩や刺激、それを解決するために行う努力などがある作品

こちらですね。
仰る通り盤石の勝ち戦よりも寡戦、小勢である主人公側が普通なら負ける相手(大勢)と戦う方が見せ場になります。
同様に、敵を弱くするという方法もフィクション的に栄えません。強敵に打ち勝ってこそ主人公です。
実際には常套手段のひとつ、兵站を絶つために商人等の非戦闘員を襲って戦闘持続を困難にさせる、なんてのも主人公がやるとマズイわけです。

いわば正々堂々ともなりますが古典的戦闘の場合、寡戦を崩す結果もたらせられるのはゴアです。
閉路襲撃といった地形を利用したり、敵軍の混乱に乗じて切り込んだりと、他にも色々ありますが、戦地で繰り広げられる様は接敵距離からしても、まぁゴアといって良いでしょう。
主人公とヒロインがきゃっきゃうふふ、いちゃこらやる雰囲気とは真逆、血と肉が爆裂するゴアであり骨太な話しに転じます。

これは両立できません。(なろうに限定すれば超展開でも何でも書けばよいのでしょうが)真っ当な作者なら、戦闘を売りにする骨太な作風なら、ヒロインとの接点も骨太に仕上げるものです。
ベルセルクだとか、ギリでマブラヴ、ガンパレードマーチみたいな感じの雰囲気がピッタリはまる世界観、近作ですと【安里アサト著:86-エイティシックス-】が代表格でしょうか。

おそらくは感じられるであろう「そうはいってもゴアを避ける方法もある!」というのも解ります。
情報戦、故意に起こすヒ水の戦いみたいな方法もあります。
けれど結局は『なにを売りにしているのか? それによって作品全体の雰囲気が変わる』というのが肝心で、そこが読者の求めるモノ著者の書きたいモノと一致する必要があるのではないでしょうか。
と、1)2)をごっちゃに書きましたが、個人的にはこういった理由かと思います。

さて。
ほぼ本題になってしまったチートですが、これは現実的にも真っ当な流れです。
ニュースで『○○という兵器を自衛隊が購入』だとか、『米軍基地に○○が配備』という報道がありますよね。
これらが報道されるのは、ぶっちゃけ軍事バランスを変化させるチート(の一種)だからです。

配備直後のイージス艦なんて代表格ですね。その打開策でランチュウやアドミラル・ゴルシコフクラス、超速度対艦ミサイルといった中国・ロシアとの競争が発生するのもまた必然。
チートへの対抗策はチートです。

ここらは現代兵器の基本思想にあるアウトレンジ攻撃の発想を発展させたものともいえます。
『相手の弾は届かないけど、こっちは一方的に攻撃を加えられる』というのを共同交戦能力としてデータリンクで発展させたシステム、というわけですね。

お気づきと思いますが、アウトレンジ攻撃、現代兵器においてもチート的な代物は”血”をあまり感じさせません。
接敵距離は㎞単位、遠いことが最大の利点ですので、肉眼で感知できません。

小説のチート能力というのも多くは接敵距離が比較的遠くとれますし、それは剣で切り込んだときのように血しぶきを浴びたりしない距離になるかと思います。
作風を壊しにくい、というわけですね。

チートが問題というより、作品によっては弱点らしい弱点が存在しない、これが問題になるように思います。ウルトラマンのカラータイマーはよく出来てますね。
チート能力で活躍するというのは、描き方に工夫があれば決してフィクションの世界で批判を浴びるようなものではないと個人的には思います。

言い方を変えれば、チート能力というのは死者が見えない、ゴア表現を徹底的に避けることだってできます。
作風を変えることなく、平時にヒロインとイチャコラしてても大丈夫。
おそらくは順番が変わって、結果がオマケでついてきたような話しではありますが、執筆される方にとっても非常に都合が良いはずで、作風を大きく崩さない戦闘シーンというのは私のような読者にとっても喜ばしいことです。

戦記物ではありませんがここらは、なろう小説でなら【蘇我捨恥著:異世界迷宮でハーレムを】の対人戦闘・決闘シーンが非常に上手く作風を壊さず調理されていました。(もし未読ならば:題名からはエッチィ感じがしますが原作小説はR15なれど、そういったシーンは俗にいう”朝チュン”で誰にでも読める内容です。なろうで読めますが一部かなり加筆修正されていますので出版本をおすすめします。奴隷とありますが実際は”異世界で冒険仲間を増やすためのお金儲け小説”ともいえます。ロールプレイング日記風のシーンが多いのが好みの分かれるところですが、そこが気にならなければ良作です。ちなみにコミックも良い出来。ただしエロ方面にも力が入ってますので、ここらはお好みでどうぞ)

>皆さんは戦記物にどういう楽しみ方をしますか?

ここまで書いておいてナニですが、世間一般のイメージでいうところの暴力的な行為は好きなんですが(当然、犯罪と殺戮は否定ですよ)暴力的なシーンが多いフィクションはあまり好みません。率直には読者へのウリが戦闘シーンになっている作風のモノはジャンル問わずに敬遠しがちです。(この場合はフィクションの枠組みが重要。リアルに近づくほど拒否感が強くなります)
ですので、さじ加減として現実から距離をとっている戦記物は歓迎します。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 戦記物を読んで思うのですが

この書き込みに返信する >>

元記事:教えてホラー(心霊現象系)が苦手な心理

唐突ではありますが、皆様はホラーが苦手OR好きな方はいらっしゃるでしょうか?よろしければ、その心理、および持論みたいな部分を教えてください。

私はホラーは好きですが・・・・心霊現象系のみ好きなタイプ。

ゾンビ、殺人鬼が全力疾走、ストーカーもの、血とかブシャーするもの、びっくり要素が強い物、デスゲーム物はほんとに駄目で、正直「世にも奇妙な物語」や「彼岸島」すら怖くて見られないレベルです。推理物も探偵も殺されそう(デスゲーム系)だと怖くて見られないし、読めない。

近隣にヤクザ屋さんが多い地域に暮らしているため、幽霊より刺青入りの当たり屋の方が怖いし、肝試しも幽霊が怖いのではなくヤクザ屋さんの私有地に入るのが怖いからやりたくない派。

同様に変質者に追っかけまわされた経験から、深夜のコンビニとかも怖くて行けない派です。

いるかも怪しい幽霊よりにんげんのがこわいやん。

ゆえに私は心霊をファンタジーミステリー感覚で視聴&読んでしまえるので平気な気がします。

==========================

・・・ただ私の周囲には【ホラー(心霊)駄目絶対!!】というタイプの人しかいません。

しかもそういうタイプの人は、なぜか肝試しやゾンビは平気で、バイオハザードも遊ぶことができるし鑑賞もします。(その間わたしは怖すぎるのでギャーギャー喚いて目を瞑っているというのに・・・・)

一度友人にそのことを訪ねた事があるのですが友人はこう答えました。

「だってゾンビやエイリアンは殺したら死ぬじゃん。幽霊とか盲信出たら殺せないんだよ?」

・・・・・・私には、意味が分かりませんでした。

そういった心理の差はどこからきていると思いますか?
良ければ意見をお聞かせください

上記の回答(教えてホラー(心霊現象系)が苦手な心理の返信)

投稿者 あざらし : 1 投稿日時:

ホラー全般大好物です。
ちょい分類分けを交えながら書き込ませていただきます。※元々、人によって定義がバラバラでもありますので、以降はあくまで個人的な見解です。

○ホラー
大ぐくりの根っこですね。
大きく分けると『架空であっても現実におこる可能性がゼロにはならない(殺人等)恐怖』タイプと、『空想の産物を恐怖にした完全フィクション・現実には起こりえない(お化け等)』タイプに分かれますよね。
これによって、どういう所が好きかが異なります。
まずは前者、現実におこる可能性がゼロにはならない、から

○サイコ系
基本的には危害を加えてくるのが生身の人間。
小説でなら真っ先に【貴志祐介著:黒い家】が浮かびました。
スリラー色を強めると、必ずしも人間に限りません。
【スティーブンキング著:クジョー】なんかもこれですね。狂犬病こぇぇっ!
好きな理由を感覚的にいうなら『興味深い・ドキドキ・ハラハラ』です。

○サスペンス/スリラー/ショッカー系
本質的には全く別物ですが、レンタルビデオの棚なんかでも一緒くたにホラー扱いされることが多いですので一応。
これは【アルフレッド・ヒッチコック監督:サイコ】の印象が強すぎてホラーの意味を持たさていったように感じます。
後述のハイター博士と違って、【ジョナサン・デミ監督:羊たちの沈黙】のレクター博士なんかはこっちですね。
感覚的には『ワクワク・ハラハラ』です。

続いて『空想の産物タイプ』
○オカルト系
宗教的な解釈、時として科学が入ります。
ジャンルが異なりますが真っ先に浮かぶのは映画【ウィリアム・フリードキン監督:エクソシスト(1973)】
感覚的には『興味深い:面白い』が7:3ぐらい。

○モンスター系
古くはフランケンシュタインやドラキュラ、ちょい現在に近づけると13日の金曜日のジェイソンなんかもこの類いでしょうか。個人的には【トム・シックス監督:ムカデ人間】のハイター博士なんかはこっちです。
感覚的には『面白い』です。

○動物/パニック系
これは正確にはパニック系単独にするべきかも知れません。
前述の【クージョ】と異なり、クラーケンのような規格外サイズなんかはこっちですね。B級映画、雨後の竹の子みたいに連発されるサメ映画なんかもこれ。
個人的には『面白い(笑いの意味)』が強くなっちゃいます。

○スプラッタ
血しぶきドバドバ、肉片ぶっちゃーってヤツですね。
これは筆頭で【サム・ライミ監督:死霊のはらわた】という・・・邦題がイケてない(原題The Evil Dead)けど内容はお勧め映画があります。リメイクも悪くありませんが、やっぱ元版の方が出来が良い。
この類いは基本映画になりますが『作り物っぽさ』にセンスが求められます。リアルにすると内蔵は美しくも神秘を感じさせる代物。やたらリアルにしてもダメという結構難しいジャンル。
個人的には『いけいけドンドン! ヒューヒュー』って感じです。

○心霊系
人によっては現実のひとつとして捉えちゃう面白いジャンル。貞子ちゃんで有名な【リング】シリーズなんかもこれですね。小説も映画も好きです。
もうちょっとど真ん中でなら【清水崇監督:呪怨】のビデオシリーズは後生に残る名作です。このタイプの映像作品は日本がメッチャ強いジャンルですが、小説なら【スティーブン・キング著:ペット・セマタリー】を強烈にお勧めします。”泣けるホラー”という素晴らしい小説に仕上がっています。
個人的には『興味深い・面白い』です。

中には、小説版は『現実にあり得ない』映画版は『現実にありえる、かも』という【スティーブンキング著:シャイニング】【スタンリー・キューブリック監督:シャイニング】というのもありますが、おおよそこんな感じです。

と、個人的にホラー大好きなんですが、あまり怖いと感じながら見ていません。
感じたとしても、クジョーみたいに『現実にありえる』タイプだけです。
普通は創作者側も『現実』『非現実』のどちらかに寄るのですが、どちらのホラーも手がけるスティーブン・キングはすげぇですね。
さすが王様です。

で、ですね。

>ぜか肝試しやゾンビは平気で、バイオハザードも遊ぶことができるし鑑賞もします。

たぶんですが、これも同じじゃないでしょうか?
ゾンビもバイオハザードも完全フィクション。
肝試しも人為的な恐怖で「いまから肝試しをしますよー」というフィクションです。
『幽霊とか殺せない』というのは、ご友人にとって『現実にあるかも知れない』存在なのでは、と思います。
一部であろうと霊を信じている、否定しきれない、という方ですね。

もう一点。
この手の怖いは、『 正体不明(わからない)=怖い』が本質だと思います。
正体不明に限らず、先々の予測が立たない「これからどうなるんだろう」というは結構怖いです。
というのも、

>ヤクザ屋さん

この人たちが使う手口も同じです。(正確には任侠じゃなく暴○団の方ですが)
学生時代、企業むけ暴対法改正(2012)執行前に家電量販店でバイトしてたんですが、結構頻繁にあったんです。(あっちは企業を脅して金にするのが仕事ですのでトラブルのタネを作って仕掛けてきます)
一番酷いのはバイト先の店長がビビリまくって「頼むから一緒にきて」とお願いされてついて行ったんですが、事務所に入ったら20人ぐらいに囲まれて、6時間ほど怒声を浴びせさせられるという目にあったことがあります。向こうは順番に声を張り上げてくるので疲れ知らず、こっちはひたすら正座で耐えるという(笑)当時フルコン空手の選手枠だったんで店長はボディーガードのつもりだったんでしょうが、んなもん後のことを考えたら耐える以外できるわけがありません。
怖いっつーか、なにより胃が痛い。
はっきりいって声のお仕事です、あれは。
さすがプロだけあって、その怒声の勢いと罵声の内容は想像以上です。映画なんて可愛いもん(http://y2u.be/oIYHe-WqeKY これの10倍ぐらいは軽く迫力あります)
ちなみに6時間というのは、「それ以上の時間返してくれなかったら出ます」という警察のお墨付き。ちなみに警察に事務所に呼び出されたと言っても、なーんもしてくれません。※今は違うはずです。暴対法改正で代紋ひとつ見せたら恐喝です。

最近、あの方々のお金儲けも大変だそうですので読むせんさんも気をつけて下さい。関わらんのが一番です。
と、ちょっと方向性がずれた締めになってしまいましたが、『先の予想がつかない。解らない、が怖さの原点』ではないでしょうか。
ではでは。

カテゴリー : 流行分析(なろう研究) スレッド: 教えてホラー(心霊現象系)が苦手な心理

この書き込みに返信する >>

元記事:ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

どうも。質問は初めてです。よろしくお願いいたします。

本題ですが、ラノベの一般読者層の知性について質問です。

会社でなんとなくぼーっとしていたとき、ふと「ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいなのではないか?」という仮説が思い浮かびました。これについて、色々調べたところ、以下のようなことが分かりました。

――――――――――――

■テレビの想定視聴者層はどれくらいか?

(少し昔の話題になりますが)とある芸能人が「CMは偏差値40の人にも理解できるものじゃなきゃダメ。この会社にいる時点で普通ではないと自覚しろ。世間にはおそるべき量のおそるべきバカがいる。そしてそれが日本の『普通の人』だ」という発言をしました。

また、演劇人の壤晴彦氏は、Twitterで同じような発言をしています。
「もう随分昔、当時の売れっ子脚本家とプロデューサー同席の時「日本のTVドラマは小3の語彙力で書けと言われます」俺「ホント?」P「ウン」俺「小4じゃダメなの?」P「視聴者から『難しい』ってクレームが来るんだよ」

さらに、KeyHoleTVの開発者である苫米地英人氏は自著の中で「そもそも現代のテレビ番組が、どういう層を対象にしているかというと、小学生高学年レベルの知力を対象レベルとしている。つまり、小学校高学年の頭脳が見てちゃんと理解できるレベル以上のものは、テレビには存在しないのだ。報道だろうが連ドラだろうが、同じである。すべて小学生向けのものだと思って間違いない。」と語っています。

小学3~4年生レベルの知性というと、国語が「ごんぎつね」、算数が「割り算」「小数」「角度」、理科が「磁石のしくみ」くらいとなります。いやいやさすがに馬鹿にし過ぎではないかと疑ったのですが、その手の人と付き合いのある友人に確認してみたところ、「まさにそう。彼らの知識はほんとそれくらい」と強く頷いていました。

これらを鑑みるに「テレビは小学生高学年レベルが理解できるように作られている」というのは信ぴょう性が高い(と私は思っています)。

■偏差値40の人は何に興味があるのか?

下記サイトにて、「偏差値40の人は何に興味があるのか」を解説していました。

はあちゅう氏の電通の先輩が言う「偏差値40の人向けPR」を解説。
https://www.kyohei-suzuki.com/entry/hensachi40-pr

(以下引用)
『偏差値40程度の人達は「時間が潰せること」と「快楽を得られるもの」に興味が振れていると言えます。電車やバスの待ち時間、退屈な授業中の暇潰しはスマホでソシャゲー。でも、ゲームだけだと飽きるので、楽しいことがしたいと思って恋愛を求めたり、バイクに乗ったり、ギャンブルにはまったりする。恋愛は本能、その他は「周りがやってるから」という理由で選び、ハマって行きます。彼らは多くのこと、本質的なことは考えず、本能や親しい人の勧めに従って行動するのがパターンです。物事をよく考えてから判断して行動する傾向のある、偏差値の高い人々とは逆のベクトルを向いています。』

そのうえで、偏差値40の人に受け入れられるコンテンツの特性として以下の要素を挙げていました。
・五感に訴え、本能を刺激するもの
・強く共感させるもの
・親しみを持たせるもの

――――――――――――

上記を踏まえたうえで、ライトノベルの一般読者層は、上記のような特徴を持つ人々と考えてもよいと思いますでしょうか? それとも、これ以上の知性を想定すべきでしょうか? もし、後者を支持するならば、どれくらいの知性を想定すべきだと思うでしょうか?

ご意見よろしくお願いいたします。

上記の回答(ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信)

投稿者 あざらし : 3 人気回答! 投稿日時:

テレビの番組作りとは目的が異なりますので、想定読者の参考にすべきではないと思います。

>そもそも現代のテレビ番組が、どういう層を対象にしているかというと、小学生高学年レベルの知力を対象レベルとしている。~略

これは全くもってその通り。
ただ『なぜ?』が必要なお話です。
テレビのチャンネルってのは無料と有料に分かれますよね。ここで書かれている『現代のテレビ番組』は、電通とあることからも俗にいう民放放送局を対象とした話しでしょう。
民放、無料放送においては、番組を見て欲しいのではなく、CMを見てもらうことが最大の目的です。
放送している番組はそのための手段であり、目的ではありません。
仕事上広告会社とも関わりがありますがクリエイティブとは真逆のお仕事です。どっちかというと制作サイドとは喧嘩する方が多いです。そうやってバランスをとってくれます。

>「日本のTVドラマは小3の語彙力で書けと言われます」

視聴者ではなく、スポンサーを向いてする仕事です。
無料放送局とCMスポンサーの理想を夢のようなレベルにすると『CMのみを流しっぱなしで視聴者が釘付けになって見てくれ、広告効果で商品がバンバン売れる』こうです。広告代理店は無論、放送局もスポンサーもウハウハですが、法的にもそういうわけにはいきませんから番組を作ってます。(意地の悪い言い方ですよ)

加えて、広告というのは『誰に見せたいのか?』というのが付きものです。自ずと対象が絞られる商品、たとえば(男性向け・女性向け)なんて最たるものですね。
ターゲットが存在しますから、どうしても番組もそれに合わせたものになります。ターゲットを決めるというのは、言い方を変えれば『それ以外の人を切る』という側面もあります。

スポンサーからすれば『足きり』は出来ればしたくないことですが、ターゲットを絞る上で致し方ありません。
ここからさらに『難しさ・理解しづらさ』で足きりをしたくないので、必然的に『誰でも楽しめる番組作り』が求められる、単純にはこういう形です。

視聴者から見れば『番組を楽しむための費用はスポンサーが払ってる』ということですね。視聴者以前にスポンサーが好むというのが大前提です。
内容はどうあれ、商品ターゲットとなる層が見てくれさえすれば成立します。
ぶっちゃけ視聴率さえ稼げれば面白いドラマを作る必要なんてありません。
ではライトノベルの単行本は、誰がお金を払って読んでいるでしょうか?

>P「視聴者から『難しい』ってクレームが来るんだよ」

これも同じですね。
正しくは「視聴者から来たクレームをスポンサーが過度に気にすることもあるんだよ」でしょう。

>はあちゅう氏の電通の先輩が言う「偏差値40の人向けPR」を解説。

当たり前ですが広告屋さんの方式ですね。(良い悪いの話しじゃなく)
多数決至上主義で、これもまた正しく間違いではありませんが、ひとえに『面白い』を作る方式じゃありません。
これで面白くなるなら、日本のテレビドラマだってもっと良質なはず。

>偏差値40程度の人達は ~中略~ バイクに乗ったり、

おいおい。(御茶ノ宮 悠里さんの言葉じゃないのに失礼。おもわず出た言葉そのままです)
多数決至上主義ってのは、こーいうトコです。
ライダーのひとりとして私怨が混じっちゃいますが、ひどい話しだ。高校からの友人でアグスタ乗りは医者だし、ベスパをこよなく愛してるヤツは誰でも知ってる大学で教鞭を執ってます。
そもそも休日にツーリングしてるライダーなんて珍しくもありませんが、ソコソコ金のかかる趣味ですから、ある程度の収入を得る背景を持つ人が多いです。サラリーマンなら示す意味として世間一般の想定偏差値だと思いますよ。
もちろんリンク先のお題として大多数を語るのは当然ですが、それ以外の視点がスッポリ抜けた話しをクリエイティブな執筆に持ち込むのは、ちょい違うのではないでしょうか。

小説において『面白い』は少数を向いてても良いんです。
だってですね、テレビ番組とはそもそも考え方が違います。
『赤字は絶対に避けないと出世できない。視聴率10%を死守! だから嫌われる要素を徹底的に排除して面白くなくてもいい。最低ラインを確保できる材料をそろえよう』民放のテレビドラマにおける主流ってこういう作り方です。視聴率はキャストやら話題性を煽ることで予め予定されるものです。

視聴率ってのは競争です。
もちっと細かく書くと『キー5局、19時』という時間枠の中だから競争が発生します。録画視聴ってのもありますが、基本的にチャンネルAを見てる人は、Bを見ない(見られない)から競争が発生しますよね。
時間枠がなければ、競争からは(無くなるとはいわないが)縁遠くなります。

読者は「漫画とラノベ、どっちが面白い?」なんて競争しませんよね。ラノベAとBでも同じこと。
これは「面白ければ、どっちも読む」これだけのことです。
少数ウケであり大ヒット作がなくとも『この著者の本が出たら必ず買う』という熱狂的ファンが一定数いてれば成立します。名前は出しませんが、ラノベでもちょくちょくいらっしゃいますよね。

ラノベ読者は『今月は一冊しか読めない!』
こんな制約はありません。
普通は小説AもラノベBも、漫画だって映画だって生活を乱さない範囲で時間が許す限り好きに楽しんでます。
どっちも好き、どれもが好き、で正解です。

>上記を踏まえたうえで、ライトノベルの一般読者層は、上記のような特徴を持つ人々と考えてもよいと思いますでしょうか?

大前提に対して否定的な見解を書きましたが、偏差値も似たような話になります。
たぶんこれ、偏差値って間接的に関係しているように見えるだけで、直接的には無関係のように思います。

偏差値が低いというのは勉強が苦手、つまり『勉強が習慣になっていない(という環境で過ごしてきた)』という話しですね。
”仮に”このいいまわしをご質問に当てはめさせていただくと、
『ライトノベルの一般読者層は、勉強が習慣になっていない(という環境で過ごしてきた)人々と考えてもよいと思いますでしょうか?』
こうなっちゃいます。(もちろん『偏差値』に挿入した部分は私の言葉ですが)

>後者を支持するならば、どれくらいの知性を想定すべきだと思うでしょうか?

昼間っから一杯やって顔を赤くし、ソファーに寝そべってのんびりと余暇を過ごしているメンサメンバーを想定して欲しく思います。
いや、冗談抜きで読者は『じっくりと読む』ということが普通に出来ます。
映像作品と異なり、クエスチョンマークが浮かべばページを戻ることもできます。
もちろん『その小説がおもしろければ、』ですが、知性で壁なんてできません。
ラノベにおいては『読者は賢い、でもライトに読みたい時もある』それだけで良いのではないでしょうか。

いずれにせよテレビとは第一義が異なる以上、同じエンタメであっても小説とは根底から全く異なりますので比較すべきではないと思います。偏差値云々については率直にドン引き。
存在しないスポンサーではなく、読者を向いて執筆して欲しく思います。

カテゴリー : その他 スレッド: ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

この書き込みに返信する >>

元記事:可愛いヒロインの描写

ヒロインを始めとした女性キャラの可愛い台詞や可愛い描写や可愛くなる展開がイマイチ思いつきません。
パッと思いつくのが
・ヤキモチを焼く
・照れる
・主人公を好きな気持ちを自覚して「そんなことない」と否定したり、主人公とのイチャイチャを妄想してニヤけるなどです。

他にもヒロインの可愛い描写を教えてください。

上記の回答(可愛いヒロインの描写の返信)

投稿者 あざらし : 1 投稿日時:

直接的ではありませんが資料としてどうぞ。
敬称略で羅列します。
【田中ロミオ 丸戸史明 ヤマグチノボル 唐辺葉介 竹宮ゆゆこ 奈須きのこ 麻枝准 虚淵玄 木緒なち 衣笠彰梧 王雀孫 早狩武志 なかひろ 御影】

ざっと思いついた方を書きました。
多くはラノベ作家さんです。
なかにはアニメシナリオのみ方もいらっしゃいますが『可愛い』が絶対条件、ないと成立しない(R18含む)ギャルゲーで活躍された方ばかりです。
ラノベ業界全体の方向性を変えるレベルで大ヒットを飛ばした方もいらっしゃいますので参考になるはず。

ゲームシナリオライター出身の方を羅列させていただいたのは理由があります。
1)ひとつの作品で登場人物数名(少なくても~10名。多ければもっと)の性格を書き分け、ヒロインの可愛い方向性も変化させる必要がある。
2)イラストには頼っていない。文章で可愛いを発揮させているジャンル。
3)なにより物語が面白い。物語を最も面白くするヒロインであり、ヒロインを最も魅力的にする物語を書かれる。

そもそも現在のヒット作の中にも「間違いなくこの作者は○○を知っているな」という展開があるほど、ギャルゲー(ってか、まぁエロゲーなんですけど)はラノベや漫画と親和性が高いです。

羅列したお名前で検索し、あらすじで気になったものを片っ端から読まれれば、金村さんご自身が本当に可愛いと思えるキャラクターの全体像が見つかるはずです。
おそらくは、そうやって見つけられた”可愛い”が最も役立つように思います。
ラノベで読まれるなら【田中ロミオ氏 丸戸史明氏】の、お二方だけでも充分に参考になるのではないでしょうか。

カテゴリー : キャラクター スレッド: 可愛いヒロインの描写

この書き込みに返信する >>

元記事:ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信

みなさんご意見ありがとうございます。

私個人としては、にわとりさんのご意見が一番しっくりときました。

『読み手個人個人は本来小学3年以上の知性があるはずだけれど、「ラノベというコンテンツは頭空っぽにして楽しむもの」という意識があるため本来の知性は発揮されず、ラノベ読書時は偏差値40の状態になっている』。これが実態な気がします。ラノベってエンターテイメント・コンテンツですものね。私の中に「本を読む=知的活動」という先入観があり、「人の知性レベルは状況・状態によって変動する」というのが盲点になっていました。

また、「『語彙力ベースで考えれば小3程度で大抵のことは表現可能』だから、そのレベルが作り手の想定する知性のボトムラインとなっている」という考えも納得できました。

他、いただいた意見の中で、自分の考えと異なるものに意見を添えさせていただきます。

■手塚満さんの「本当は読者は必ず作者より賢い」について

必ずしもそうではないと思っています。というのも、読者の集合知は、あくまで各々の知識集まりであって、一つの体系としてまとまっているわけではないからです。読者集団の知識は体系化される際の批判プロセスを経ていないため、根本で間違えている可能性があります。例えば、集団の多くが特定の偏見を共有していた場合、集団の主張する『統計的根拠』は信用できないものになります。これには実例があり、作家の竜騎士07氏が自作「うみねこのなく頃に」にて問題出題編にてミステリーの謎を読者に提示して、同作の次エピソードを執筆している(エピソード8まであり、半年単位で発売された)際、2ちゃんねるに正しい答えを提示した人が一人いたらしいですが、その答えがその他大勢の連携によって「間違っている」と潰されるのを氏はリアルタイムで目撃したらしいです。
上記のような話もあり、大衆の知は、統計的に有意となる特定条件下でない限りは、あまりあてにならないと思っています。それよりかは、多くの批判を超えた専門的な体系知の方を信用すべきです。

■あざらしさんの「小説において『面白い』は少数を向いてても良い」について

そうだったら嬉しいなあと思っています。ただ、プロとしての活動を想定する際は、この考えは取り間違えるとリスクになると思っています。というのも、ラノベのビジネスモデルには以下二点の特性があるからです。

①ラノベのキャッシュは「数」によってもたらされるため
※競争差別化の話は置いておいておきます。

ラノベのビジネスモデルは、基本値上げを想定していません。これは、ライトノベルが「数のビジネス」であることを示しています。「100人に価値200を提供する」のと「200人に価値100を提供する」のでは、集団に同じ量の価値を提供していますが、後者の方がキャッシュが入ります。出版社は営利団体のため、後者の作家のほうを重宝すると考えられます。

②ラノベ作家は「売れるか売れないか」による格差が極めて大きい職業のため

ラノベのビジネスモデルは、メディアミックスを前提にしています。ラノベの中で売れたものをアニメ化してメディアミックスで稼ぐ。「リスクの少ないところでテストする」という合理的な考え方です。この時、メディアミックスの有無によって出版社にもたらされるキャッシュの差が100倍あると聞きます。また、編集者は一人当たり50人前後の作家を担当しているため、優先順位が低い人に対してはあまり時間を使えないらしいです。

これら二点は、作家の所得/待遇に対する格差の存在を表しています。私個人も前者のような「少数に強く受ける作品」を書く/読むのが好きなのですが、だから「それでいいんだ!」と開き直るのは、プロ作家活動としてのリスクになると考えています。まあ、この辺りの方針は自身の思想や技術と相談しつつ、自己責任で決定してくものだと思います。

■あざらしさんの「存在しないスポンサーではなく、読者を向いて執筆して欲しく」について

……まあ、スポンサーいるんですよね。出版社というスポンサーが。そして、スポンサーがキャッシュ上のリスクを負っている以上、それに背く意思決定は事実上できないし、してはいけないのだと思っています。会社と株主の関係と同じですね。自由なものを書きたいのなら自分の資本でやれって話ですし。ビジネス上のこの点には納得していますし、そうあるべきだとも思っています。

プロ作家としては、スポンサーの利潤を追求しつつ、エンドユーザーの要望に応えるのが職業的な義務である。スポンサーの利潤にならない商品は、自分の資本で出して、自分で資本的責任を持つ。これが正しい考え方じゃないかと思います。

時間が遅くなったので、この辺りで。
みなさん、ありがとうございました。

上記の回答(ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?の返信の返信)

投稿者 あざらし : 3 人気回答! 投稿日時:

ちょっと心配になったこともあり補足させて頂きます。
①と②については御茶ノ宮悠里さんご自身が、

>取り間違えるとリスクになると思っています。
>だから「それでいいんだ!」と開き直るのは、プロ作家活動としてのリスクになると考えています。
>の辺りの方針は自身の思想や技術と相談しつつ

と、書いていらっしゃいますので、私が意図した部分も汲み取られていると思います。

>まあ、スポンサーいるんですよね ~中略~ それに背く意思決定は事実上できないし、してはいけないのだと思っています。

出版関係の付き合いは堅い内容の会社が二社ほど、以前取材を受けた某専門誌のライターと編集者、あとはアマチュア時代にファンとして感想を書いていた方で後にプロになられた作家さんと飯を食いにいくぐらいですが、少なくとも私が見聞きし、認識している『良い関係』とはかなり異なっています。
作家と編集者はビジネスパートナーではありますが、下請けではありません。
ステロタイプ的には【サザエさん】の、いささか先生とノリスケの関係といえば良いでしょうか。
たとえ新人であっても、ちゃんと”先生”として立てるところは立てて扱われています。

仰っている関係性はプロレタリアートの世界で通用する話し。クリエイターを志されているのなら世界が異なります。
私の仕事にもクライアントという絶対的存在がいますが、それでも言いなりになんてなりません。そんなことをすれば双方とも結果的にマイナスになります。方向性に食い違いが出たときは、最終的にクライアントに利益をもたらすことが出来る理由をのべて説得します。
クリエイターの立脚点は『自分の代替えは存在しない』です。ここが希薄になると存在意義そのものが霧散します。

>それに背く意思決定は事実上できない

仮にそうなら御茶ノ宮悠里さんが書く意味は何処にあるでしょう。
費用が安く言いなりになる人なら誰だっていいわけですが、出版社側にとってもそうじゃないはずです。

作家側の技量が発展途上にあるために編集者主導になるというのは、まあこれは必然でもあります。
けれど編集者主導というのは意見を押しつけるのではなく、執筆者に対して理路整然と『良くするための説得』を重ねるものです。
その説得を聞いた執筆者は一度意見を飲み込み、その上で納得できないことがあれば編集者から納得できるまで理由を引き出す。
編集者は執筆者を納得させた上で書かせるのが仕事です。執筆者が納得しないのに、それを読んだ読者が納得するはずがない。

とはいえ出版社もいろいろ、そこに勤める編集者もいろいろでしょう。
今回補足として書かせて頂いたのも、『スポンサーがいる』と断定されていることが気になりました。
もし御茶ノ宮悠里さんが既にプロに手が届くところにあり、担当氏との打ち合わせで斯様な考えに至ったのであれば、担当氏との関係を構築しなおすことも考慮にいれて欲しく思います。

以上、お目汚し失礼。老婆心でした。

カテゴリー : その他 スレッド: ラノベの一般読者層の知性レベルは、テレビの想定視聴者くらいを想定すべきか?

この書き込みに返信する >>

現在までに合計109件の投稿があります。 5件づつ表示中。現在全22ページ中の7ページ目。

ランダムにスレッドを表示

悪い性格の人が書けません

投稿者 CC 回答数 : 8

投稿日時:

悪い性格というものを自分はうまく描くことが出来なくて困っています。 ただ、悪役がというわけではなくて、根っこが「いい性格」の人以外... 続きを読む >>

ローファン 現実的問題

投稿者 ユシ 回答数 : 6

投稿日時:

架空の地球にモンスターが出現したらどうなるだろう。という定番ローファンタジーを考えていたのですが。 例えば、ネオナチが主人公で... 続きを読む >>

登場人物の名前の決め方について

投稿者 とのこ 回答数 : 7

投稿日時:

はじめまして。とのこです。 私は魔法少女ものを書こうと考えているのですが、登場人物の名前を考えるのがとても苦手です。 主人公は、... 続きを読む >>

ランダムに回答を表示

元記事:初歩的な質問なのですが。

こんばんは、こんにちは。
創作に索に関する質問と言えばそうかなと思いこちらに投稿させて頂きます。

さて多くの新人賞では「42文字×34行の書式で80枚から125枚」などの書式規定があるかと思います。そして多くの場合、ファイルはWordなどではなくテキストファイルを要求されます。
然しながらテキストファイル自体に文字数や行数を設定する機能はありません。
この場合、上記の例を用いますと、「42文字×34行」という書式に出版社が直してみた時に80枚から125枚を超えなければよいのか、また「42文字×34行」のような指定された書式になっていなくても文章量が既定の量を超えなければ問題ないのか、どこを調べても判然としないので、こちらで伺わせて頂きました。
わらりづらい表現がありましたらご指摘いただけますと幸いです。
ご返答、何卒よろしくお願いいたします。

上記の回答(初歩的な質問なのですが。の返信)

投稿者 旧利用者 : 4 人気回答!

>「42文字×34行」という書式に出版社が直してみた時に80枚から125枚を超えなければよいのか、また「42文字×34行」のような指定された書式になっていなくても文章量が既定の量を超えなければ問題ないのか、

その考え方で大丈夫です。
仰る通りテキストファイルには文字数・行数を設定する機能はありません。ですから応募者側が原稿をきちんと「42文字×34行、80枚~125枚」に作成しても、テキスト保存すると消えてしまいます。しかしながら文字数そのものが変わるわけではないので、公募側が何らかのソフトで規定通りの書式を設定して開けば再現されます。
当然そういうことを前提としての応募規定なので、心配する必要はありません。

カテゴリー : その他 スレッド: 初歩的な質問なのですが。

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:異世界の文明レベル

異世界ものの異世界の文明レベルは現代の地球で言うところの中世並みであることが多いですが、異世界の文明レベルが現代の地球に負けないくらい高くなることはありえないんでしょうか?
「地球側が異世界側から学ぶことはあっても、異世界側が地球側から学ぶことなんか一切ない」と言えるくらい高度な異世界を描ければ、「現代の地球の技術や知識で後進的な異世界で無双する」って異世界転移・転生ものに対する「『異世界は現代の地球に比べてずっと後進的に決まってる』と思いこんだり『地球こそ一番』などと驕ったりしてはいけない」というメッセージ性の強いアンチテーゼ作品になって面白いと思うんですが。

上記の回答(異世界の文明レベルの返信)

投稿者 大野知人 : 0

 先に結論だけ書きますけど、根本的に小説である以上は『読者に理解しうる程度にしか進んだ文明は描写できない』です。そのため、トータルで地球より完全に進んだ世界を描こうとすると、読者や主人公(転生者)の理解力を越えてしまうので、作品としてはほぼ『なんもわからんが頑張ってついていこうとする主人公』を追う形になるため、多分読んでて面白くないと思います。

 その上でちょっといろいろと掘り下げると。
 まず、目的はアンチテーゼじゃないですけど、『地球より文明の進んだ世界に転移する・転生する』モノは実はそこそこの数があります。というか、端的にSF転生・転移ってジャンルがあります。

 大きく2ジャンルあって、一つはゲーム転生ものの派生で出てきた『SFやロボットアニメの世界に転移・転生する』作品。
 もう一種類は『転生先でチートマシンを貰って、本人は気付かないまま無双する』ってタイプの所謂かんちがいモノ。

 前者は主に作品知識で無双したり、『原作と違う!』って慌てる主人公を楽しむ感じの作風が多いんですが、文明から学ぶ側面はあんまりないかなぁ。
 後者の場合、そもそも主人公が『何もわかってない』のが面白みの一つであるので、技術・文明の深い所に主人公が理解を示すと作品のコンセプトが崩れるんですよねぇ。
 ハッキリ言うと、『文明』を『魔法』と読み替えても違和感がない感じはします。

 逆に、文明・技術とは違いますが異世界の理不尽さに圧倒されながら主人公がもがく、みたいな転生・転移モノもそこそこ数はありますし、これに関しても根本的には『魔法』を『文明』に読み替えたっていいんじゃないかなぁ。

 なんでこうなるか、っていうと『なんかよくわからん技術』を何十ページも使って説明されても読者は退屈だし、『ひたすら先進的な文明を主人公が学ぶだけ』だと作品として盛り上がりに欠けるからです。
 なのでぶっちゃけ、『なんかそういうすげー魔法があるらしい』『勝てねーじゃんどうすんだよ』で解決するファンタジー的なパワーの側に理不尽要素が集約するわけです。

 まとめますと。 
 ①『進み過ぎた文明』を読者に理解しやすく・かつ説明シーンばっかりにならないように描写するのは大変。
 ②『現代人には理解できない・理不尽に思える魔法文明・技術』は『そういうもの』と言い張ればいいので描写しやすい。
 ③物語的な盛り上がりを考えると、主人公がひたすら技術や文明について掘り下げて調べるだけだと、ただの設定集にしかならないので面白みがない。
 ④物語に求められる起承転結を考えると、主人公側に一切アドバンテージが無い状態は避けたい。

 などの理由から、『魔法っていうすごいパワーはあるけど、文明的には現代より劣る』くらいじゃないと、読み手に取って面白いと思えるバランスが崩壊するのです。
 逆説的に言えば、サタンさんの例に挙げていた通り『魔法的にすごい強い人が現代文明に転生・転移してきて困惑する』パターンでもバランスはとれているので物語的には良いですよね。(代表的な所では『はたらく魔王さま!』など)

 質問者さんの望むようなメッセージを転生・転移モノでやろうとすると、それ一本でやるには作品コンセプトとして弱く、かつ『盛り上げにくい』ためうまく成立できないでしょう。
 一方で、主人公やその仲間たちが『現代より進んだ文明』に太刀打ちできるだけの物を持っており、かつ『現代より進んだ文明』と戦うだけの理由があるのであれば、そういった作品も成立しうるのではないでしょうか。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 異世界の文明レベル

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

元記事:作家目指して何もしなかった10年

ライトノベル作家になりたかった。けれど、何を書きたいのか分からずに悩み続けていた。
「こういうにが書きたい」というのはあったが、どう書いたらいいのか分からずに参考に似た設定のライトノベルやネット小説を読んで、探して読むことだけが目的になっていた。
ハウツー本を複数買ったが積んで置くだけに終わった。
ネットで長編を描こうとしたが、ようやく4年前に描き始め、1年間更新はストップしたまま。
ネットで短編小説を何度か投稿した。けれど、頻度は多くない。3ヶ月に1作程度しか書けない。

「本当にこの文章や設定でいいのか」「もっと他の本を読んだ方がいいにではないか」と思い執筆せずに、あれこれ考えるだけで終わる。
アイデアも頭の中の妄想だけで終わる。書き留めないから忘れる。

作家になりたい。けれど、10年止まってる。才能は無い。
もう諦めた方がいいのでしょうか。

上記の回答(未熟から恥メヨっ!!)

投稿者 ごたんだ : 2

芸能とは文芸に限らず、ホームレスみたいなモノリス。

何せ、ノンフィクションを回転しているのですから!!!
大きなお友達になって、「ロリコンは犯罪」と襲わらなかったですか??

他人の未熟さよりも、自分の未熟さをマスタードガスしなさい。

愛こそが行動、勇者は殺戮者の照合でなく、震える足で前へ進む者にこそ与えられる。

貴方の作品は儀式化すると何ですか?

棒剣を抜きましょう!!!

そこには、『変態』の扉がマッドネス…

失うことがあれど(特に社会的な)開拓地は暖かく迎えてくれます。人がいないので…そして、そこには性徴が待っている恥deth!!!!

貴方は勇者ではありませんが、勇者と呼ばれる資質はあります。

何故なら蛮人の元に“狂喜”はあるのゼクシィから、不味い…

極め者から、恥メなさい。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: 作家目指して何もしなかった10年

この書き込みに返信する >>

投稿日時:

トップページへ

▼書き込みの検索

▼投稿者の検索

質問、相談をする!
コメントは4500文字以内。
返信通知設定(必要なければ外してください)

「私はロボットではありません」にチェックを入れてください。

ページの先頭へ

小説の書き方Q&A:創作相談掲示板の使い方・利用規約(必ずお読みください)。お問い合わせ