三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信
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三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信(元記事)
こんばんは、のんです。横文字に弱いので質問を理解できているか怪しいですが、三幕構成についてだったので失礼します。
▼セントラル・クエスチョン:主人公の解決しなければならない問題:(ヴィランを倒せるか?)
セントラル・クエスチョンが作品内の全ての出来事に当てはまるのなら、この問題は微妙なところ。私の受けた印象では、このヴィランは中ボスくらいです。もしヴィランが敵全体を指していたとしても、テーマから逸れてはいないでしょうか。
テーマに合わせて「また母親と一緒に生きられるか?」でいいと思います。一幕目では母親が失踪して、どうやら生死不明だったようですから、不可能だとならないように、ちょっと工夫が必要ですが。
そこは摩耶を母親の代わりに一緒に生きたい人にしようとしたり、落ち込んで沈んだりが行けそうですね。
ターニングポイントが【母が生きていると知り、取り戻すと決意する】である以上、母親が軸になってそうです。
ターニングポイント自体で目標の提示がなされているので、セントラル・クエスチョンも「母親を取り戻せるか?」がより適切かもしれません。
▼セントラル・クエスチョンが暗示的でも面白い作品になると思いますか?
これは作品の軸。あるいは作品そのものだと思います。ですから、これを表に出さないのは難しいですね。
▼セントラル・クエスチョンとテーマの違いって何でしょうか?
前者が作品そのものなら、後者はその先。物語を通して伝えたいものでしょうか。主人公が青春を謳歌できるかという物語を通して、青春の素晴らしさを伝えるような、そんな感じで私は考えております。
以上で、乱文失礼しました。
三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?の返信の返信
スレ主 みりん 投稿日時: : 0
のんさん、コメントありがとうございます!
>そこは摩耶を母親の代わりに一緒に生きたい人にしようとしたり、
これは、主人公の行動理由としていいと思いました。テーマが明確になりそうですね
ちょっと入れれないか考えてみます
>ターニングポイントが【母が生きていると知り、取り戻すと決意する】である以上、母親が軸になってそうです。
> ターニングポイント自体で目標の提示がなされているので、セントラル・クエスチョンも「母親を取り戻せるか?」がより適切かもしれません。
なるほど……! そうですね。
主人公の夜白は母杏里が死んだと思っているため、それをそのままセントラル・クエスチョンに出来ない気がしたんですが、そこは変えたらダメな部分でしたね。
考え直してみます
カテゴリー : ストーリー スレッド: 三幕構成のセントラル・クエスチョンとは暗示的でもいい?